第9章39話 interlude -2-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「と、桃香……少し離れててね、変身するから……」

「うー! うー!」

「……もう……」


 いち早く立ち直った――というより現実に戻ってきたのはやはりあやめの方だった。

 まだ戦いの決着はついていないのだ。

 あやめもいつナイアたちに気付かれ、【支配者ルーラー】や強制命令で操られるかわかったものではない。

 ある程度はアビサル・レギオンの内情を知っているあやめだからこそ、動けるうちにラビたちが有利になるように動いておかねばならない。

 ……だが、ようやくあやめと再会できた桃香の方が幼児返りしたのか、あやめの腰に抱き着いて離れようとしない。

 この様子を見ていると、やはり桃香から離れられない――という想いよりも、親たちの言う通り少しずつでも距離を取って自立を促さないと駄目なのかなとも思う。

 あやめがドライというわけではない。歳を重ねた分もあるだろうが、実際にはキューの身体に入ってずっと傍にいたというのもあるだろう。

 困ったように笑いつつ、何とか桃香を説得――再度ルナホークの姿へと変身する。


「痛ぅ……」


 変身した途端、腹部の傷が痛むが、この程度で済んだことに感謝するしかない。


「コンバート《スカウト・デバイス》」


 傷の修復、ヴィヴィアンとの戦闘で破損したデバイスの修復よりも優先すべきことがある。

 長距離レーダー等を備えた索敵特化の兵装へとコンバート。

 《バエル-1》全体、そして周辺の情報を収集しようとする。


 ――……『塔』内部は流石にわかりませんね……というよりも、《バエル-1》内部そのものが見えない……。


 予想通りではあった。

 《バエル-1》はあくまでもルールームゥが変形したものだ。内部を見る、ということはルールームゥの体内をスキャンすることと同義である。

 《スカウト・デバイス》は建造物の内部でも調査することはできるが、流石にピースの体内までは見ることはできない。

 だからと言って得られたものがない、というわけではない。

 ジュリエッタたち、クロエラたちの状況はおおよそわかった。

 ……地上のガブリエラたちの方は距離が離れすぎていて流石に調べることはできなかったが……。


「お姉ちゃ――ルナホーク様、どうでしょうか……?」

「…………厳しい状況は続いているようです」


 嘘で安心させても意味はない。正直にルナホークは告げた。

 この時点でジュリエッタとオルゴールはヒルダを撃破、しかし本性を現したエクレールに追い立てられている状態だ。

 クロエラも――キューを通して見て知っている姿とは変わり果ててはいるが――ジュウベェと戦っている最中。

 どこの戦場も勝敗はどう転ぶかはわからない。


「なら、わたくしも――」

「いえ、それは待ってください」

「え……?」


 少し休んだおかげで魔力は回復してきている。そもそもアイテムもまだ残っている状態だ。

 桃香は変身し、ジュリエッタたちの援護に向かおうとするものの、ルナホークはそれを引き留めた。

 確かに加勢すればそこの戦場では勝利を収めることは出来るかもしれない――ただエクレールにしてもジュウベェにしても、下手に加わったところで意味がない可能性もありうる、とルナホークは分析していた。

 局所的な勝利を積み重ねることは確かに重要だが、最終的な勝利を収めない限りラビたちが『勝った』とは言えないのだ。


「……【演算者カリキュレーター】」


 ラビたちにとってのプラス要素は、桃香ヴィヴィアンが勝利し自由に動けるようになったことと、今のところルナホークが正気に戻ったことをナイアに気付かれていないということだ。

 これらのプラス要素と、ルナホークが知るアビサル・レギオンの内情を踏まえ、起こりうる最悪を計算で導き出そうとする。


 ――……このギフト、確かにポンコツなところはありますが……。


 ヴィヴィアンとの戦闘中に横で見ていて、【演算者】は強力ではあるがポンコツな部分があるのは理解していた。

 予想外の事態が起きた時にあっさりと計算結果が崩れてしまうことがあるのは仕方ない。

 『戦闘』という予想外のことが起こりやすい時に、あまり頼りにならないギフトだとは確かに思うが――


 ――当機の知るあらゆる情報を変数として組み込めば……!


 起こるかどうかわからない事態を全て『仮の変数』として計算に組み込めば、不測の事態に対応した計算結果を出すことができるはずだ。

 考えうる中で『最悪』の事態が起きなければ計算結果が外れても修正も対処も容易いだろう。

 『起こらなかった事象』を変数から除外し、その場で再計算をして結果を修正していく――つまり、事前に想定しうる最大の結果を導き出し、そこから『引き算』をして現実に合わせていくというやり方である。


「うっ……くぅ……」

「ルナホーク様!?」

「だ、大丈夫です……」


 【演算者】は魔力消費をしないタイプのギフトだ。効果から考えれば、消費なしというのは破格の性能と言えるだろう。

 しかし、反面『計算』をするのには負荷がかかる。

 実際にルナホークのアバターに『脳』があるわけではないが、人間の脳やコンピュータのCPUのように、計算が複雑になればなるほどアバターに負荷をかける仕組みがあるのだ。魔力消費なしというメリットの変わりのデメリットだろう。

 酷い頭痛――まるで学校のテスト中のような――を感じつつも、ルナホークは堪え計算を続ける。


「…………やはりこのままでは……」


 そして算出した計算結果に顔を曇らせる。

 ラビたちが知らない、だがあやめが知っているアビサル・レギオンの内情を組み込んだ『最悪』の計算結果は――というものだった。

 もちろんあやめもアビサル・レギオンの総てを知っているわけではない。起こりうる、と思って組み込んだ変数が実は絶対に起こらないという可能性もあるかもしれないが、それでもラビたちの方が不利という結果には変わりはない。

 ……たとえ、最終決戦前にありすが提案した『切り札』を使ったとしても、タイミング次第では意味がないとさえも思っている――正確には、ただ漫然と『切り札』を使っても無意味になってしまうということだ。

 だから裏を返せば最良のタイミングであれば『切り札』は切り札たりえるということなのだ。


「……桃香、しばらく耐えることになると思いますが、大丈夫ですか?」


 計算結果を元に行動を決めるのはルナホークあやめ自身だ。

 そして、こういう『困った事態』におけるあやめの判断力と決断力は非常に優れている。

 やるべきことを自分の頭の中でまとめ、桃香に対してそう問いかける。


「! はい♡ ここまでずっと耐えてきたのですから、全然平気ですわ♡」


 長い間あやめの不在に耐えてここまでやってきたのだ。

 どちらにしろ戦いの終わりは近いのだ。ここで更にもう少し我慢するくらい、桃香にとっては苦でもない。

 待つにしても先の見えないあやめ救出のチャンスを耐えるのと違い、終わりが見えかけていることなのだ。待つにしても気持ちは全然楽だ。


「感謝します。

 ――では、これから起こりうる『最悪』の事態と、作戦を説明します。よく聞いてください」




 簡単にだがルナホークが説明をすると、桃香は神妙そうな顔で聞きうなずいた。


「……確かにルナホーク様のおっしゃる通りのことが起きたら、このままでは厳しい――いえ、わたくしたちに勝ち目はありませんわね……」

「はい、ですから――」

「承知しましたわ。わたくしは今は耐えることに専念いたします。千夏さんや昴流さんのことは、ルナホーク様にお任せいたしますわ」


 いつ操られるかわからないルナホークに『任せる』というのは不安はあるだろう。

 それでも今自由に動けるのはルナホークしかいないし、そもそも桃香はルナホークのことを信頼している。


「――お任せください」


 桃香の信頼には絶対に応える。

 ルナホークあやめはそう硬く決意する。

 桃香が遠隔通話でルナホークの言葉を伝えるのは、ルナホークが他のメンバーに接触した時だけに限られる。戦闘中に語るのは集中を乱して致命的な隙を晒しかねない。

 ルナホークも戦闘が終わった時――もちろん勝利していなければ意味がないが――を見計らって接触するつもりではある。

 上手くいくかどうかは『運』次第だ。


「では、作戦を開始します」


 ルナホークが迷彩を桃香に施すための兵装を呼び出し、ルールームゥの作った《デカラビア-69》から外へと出ようとする。

 桃香をここに残しておくのも選択肢としてはありだが、いつ《デカラビア-69》が消えるかわからない。

 万が一ルナホークが操られた時のことも考えれば、桃香もすぐ傍にいた方が安全だろう。

 桃香を抱きかかえ迷彩をかけようとしたが……。


「あの、そういえばキューちゃん様は……?」


 姿が見えなくなったキューのことが気になっているようだ。

 自分の攻撃で巻き込んでしまったのかもしれない、と気に病んでいるのかもしれないとルナホークは類推したものの、


ならば大丈夫です。逃げていったのを見ていましたので」


 そう答えておいた。


「そ、そうですか……でもここはお空の上ですし、見つけたらしっかりと抱きかかえておかないとですわね……」


 確かに全ての戦闘が終わったら、足場となっている《バエル-1》も消えることになるだろう。

 飛行ができるユニットならばともかく、キューだと真っ逆さまに地面に落下してしまうかもしれない――桃香の心配はわかる。

 しかし――


 ――……が上手くやったようですね。


 ルナホークは真実を知っていた。

 桃香に嘘を吐いたわけではない。

 本当に、戦闘の最中にのだ。

 キューがルールームゥの作った疑似生命であり、あやめの魂が抜けた後は『よくできたぬいぐるみ』に戻ることはもちろん知っている。

 なのになぜ抜け殻のはずのキューが動いたのか、その理由をあやめは知っている。

 ……その理由は『本人との約束』のため桃香たちには語れない。

 ラビたちにとって不利に働くことはないはずだが、かといって確実に有利に働くとも言い切れない――不確実なことであるため、敢えて伝えないようにと『彼女』は言っていたしあやめもそれがいいと判断した。


「! ともかく――行きますよ、桃香」

「はいですわ!」


 その時、《バエル-1》全体が大きく揺れた。

 《スカウト・デバイス》で様子を見ていた限りでは、外側の戦場が原因ではないのは想像がついた。

 ……『塔』内で何かが起きている。そう考えるしかない。

 状況は既に『最悪』に向かっている――いや、ラビたちにとって『最悪』となるようにナイアたちは準備していたのだ――が、まだ『最悪』には至っていない。

 『最悪』にならないためには今行動するしかない。

 元の身体に戻れ、洗脳も解除されている今こそが自由に動ける最後のチャンスになるかもしれない。

 ルールームゥはともかくとして、ラビたちに受けた『恩』を返すため、ルナホークは己にできる全力を尽くそうとするのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦場から離れていった『キュー』は、まるで何かに操られるかのようにふらふらと《バエル-1》内を移動していた。

 動いている、とは言っても中にあやめが入っていた時とは明らかに違う――傍目にはぬいぐるみを見えない誰かが引きずっているかのような有様だった。


「……」


 それでも、戦闘の激しい場所を避け、ピースの気配のない場所を的確に選んで『キュー』は進んでいく……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《バエル-1》の中心部――『ゴエティア』の地下部において。


「……ふ、決着がつき始めているようだな」


 そこに一人、エキドナがいた。

 ナイアによってラビたちへの手出しができないようになり、直接戦闘に関わることができないため、離れた位置で待機していたのだ。


「となれば――我がパトロン殿からそろそろ要請が来るかな」


 そう呟くと、自分の背後にある巨大な装置へと視線を向ける。

 それは大きな『砂時計』にも似た何かだった。

 ただし中に詰まっているのは『砂』ではなく、青白く光る幾つもの小さな球体である。

 ふわふわと球体が漂う『砂時計』――その装置からあちこちに管が伸びている。




 これこそが『ピース製造工場』――正確には、ピースを作るための『魂』を閉じ込める檻であり、『魂』から力を抽出する装置である。

 エキドナがここに待機しているのは、単にラビたちに手を出せなくなったからではない。

 アビサル・レギオンの中枢とも言える、この装置の管理と防衛をしているのだ。

 ……ピースたち『眠り病』患者を救出するには、この装置を破壊すればそれで良い。そうすれば、捕らえられた『魂』は解放され元の肉体――ピースとして作られた肉体へと戻り、ナイアたちが動かしている仮初の魂を追い出すことができるだろう。

 もちろん、ナイアを倒しゲームオーバーに追い込んでもこの装置はいずれ破壊されることにはなるだろう。誰も装置の存在に気付かず、永遠に放置されるということにでもならない限り、『眠り病』は必ず治るのだ。

 それがわかっているからこそ、ナイアは自身の持つ最強の駒であるエキドナを配置しているのだ。

 もっとも、《バエル-1》奥深くに存在する装置の元へとたどり着くことは、ある意味でナイアの元にたどり着くよりも困難でありまず不可能ではあるのだが。


『エキドナ、予定通りやって』

「くくっ、承知したよ、パトロン殿」


 そうこうしているうちに、エキドナの予想通りナイアから『ある指示』が下された。

 否はない。指示通りにエキドナは装置を起動――理由を実行、ラビたちにを見せつける。


「あぁ……なぁ」


 何もかもがに進んでいる。

 ラビたちが《バエル-1》に乗り込んでくるのも、ピースたちと戦うのも、、全てが想定内だ。

 何一つとして計算外のことは起きていない。

 自分の思う通りに物事が進み、エキドナは笑みを浮かべる。

 様子はわからないが、ナイアも今頃は同じく笑みを浮かべていることだろうと思う。

 ナイアにとっても想定の範囲内、全て計画の範疇の出来事しか起こっていないのだから。


「本当に、だ」


 ……だが、それが本当にナイアの思惑通りなのかはわからない。

 ただ一人、エキドナを除いて――


「……む? これは……」


 その時、エキドナは何かに気付く。

 遥か遠くから、物凄い速度で『何か』が《バエル-1》に急接近していることに。

 ルールームゥでさえまだ気付いていない距離から迫る『二つの流星』に、なぜエキドナがここで気付いたのかは――エキドナのみが知ることだ。


「くくっ、楽しいなぁ」


 一瞬で距離を詰め《バエル-1》へと降り立った『二つの流星』――それが何であるかを知っても尚、エキドナは笑うのであった。

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