第9章38話 愛は負けない

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 魔眼に取りつかれたルナホーク――彼女を助けることは、後にも先にも今をおいて他にない、とヴィヴィアンも確信していた。


 ――……とはいえ、状況は依然として厳しいですわね……。


 やるべきことはただ一つ、ルナホークの鳩尾辺りにある魔眼の破壊、あるいは取り外すことだ。

 ただそれをするのはかなり厳しい状況だと言わざるを得ない。

 ヴィヴィアンはインストールした《キング・アーサー》のおかげで傷の修復はできているが、度重なる再生でもう身体は限界に近づいている。もう長くは戦えないだろうと自覚している。

 ルナホークは洗脳から解き放たれ正気に戻ってはいるようだが、魔眼によって無理矢理動かされている状態だ。あやめが必死に抵抗しようとしているのはわかるが、完全に動きを止めることはできない。

 そしてルールームゥがまだこの場にいる――ヴィヴィアンにはルールームゥのおかげでルナホークが正気を取り戻せたことを知らない――のが脅威ではある。

 結局のところ二対一なのには変わりない。しかも、『妖精郷の守護者アヴァロン・ナンバーズ』はもう《ペルセウス》と《ナイチンゲール》の2体のみな上無傷ではない。


 ――……それでもやるしかないですわね……!


 ここからはもう出たとこ勝負だ。

 最大の懸念であったルナホークの洗脳は解けたのだから、後は魔眼をどうするかだけなのだ。


「……?」


 その時、ふとヴィヴィアンはキューの姿が消えていることに気が付いた。

 エクスカリバーの巻き添えにならないように狙いはつけていたはずだ。目を覚ましてどこかに避難していったのだろう、と信じるしかない。

 気を取り直し、ルナホークとルールームゥ2人を視界に収めつつどう攻めるかを頭をフル回転させて考える。


<……ピピピ、ピポパピピポパ!>

「く……ぅ……」

<[コマンド:トランスフォーメーション《デカラビア-69》]>


 最初に動いたのはルールームゥ。

 自身の肉体ではなく新たなパーツを作り出す変形魔法トランスフォーメーションを使う。

 現れたのはパラボラアンテナのようなパーツだった。

 そのパーツから光の粒子が放たれ――


「……閉じ込められましたか」


 ヴィヴィアンたちを取り囲む『光のドーム』を形成する。

 強引に突破、は考えない。触れたらどうなるかわかったものではないし、ここから距離を取り直す必要もない。

 あやめが魔眼に抵抗できるうちに、たとえ二対一であっても戦うしかない――ヴィヴィアンが最後の覚悟を決めた時、


<ピプー>

「…………は?」


 ルールームゥが間の抜けた電子音と共に、抜け殻のようになってその場に崩れ落ちる。

 油断させるための演技にしてはタイミングも何もかもがおかしい。


「ルールー……ムゥは、離れ、ました……今のうちに……!」

「!? え、えぇ!」


 ルナホークにはルールームゥの言葉が通じているのだろう、どういう意図かはわからないがルールームゥはこの場から去って行ったようだ。

 信じるに足る証拠はなにもないが、ならばヴィヴィアンは信じるのみだ。

 二対一が一対一になったのだ。これが本当に最後のチャンスとなるだろう。

 ヴィヴィアンは最後の戦いに臨む――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




<……当機はこれ以上の手助けはできません。しかし、これ以上戦いに介入はしません>

「く……ぅ……」


 ルールームゥの言葉に、『十分だ』と意思を込めた視線を返す。

 魔眼の存在は完全に想定外だったのだしルールームゥの責任ではない。

 むしろここまで『命令違反』スレスレの危ない橋を渡ってまであやめを助けることに尽力してくれたのだ、加えてヴィヴィアンの邪魔をしないようにこの場から去るとまで言ってくれているのだ。感謝しかない。


<[コマンド:トランスフォーメーション《デカラビア-69》]>


 ルールームゥの魔法が周囲に『バリア』を張る。

 ヴィヴィアンは気付いていなかったが、目で周りを見ることしかできないあやめにはこの魔法が『閉じ込めるため』のものではないと気付いた。

 『光のドーム』の外側が見えなくなっている。つまり、これは『外側から内側を覗けないようにする』魔法なのだ。


 ――……この魔法が効いているうちに、諸々済ませろということですね。


 足場となっている《バエル-1》のカメラを通してナイアたちは各地の様子を監視することが出来る。

 それを防ごうとしているのだ――流石にカメラの映像を切ったりするのは、あからさまな『命令違反』になってしまうための苦肉の策だろう。


<ご武運を>


 ――えぇ、ありがとう、ルールームゥ。


 敵ではあるが、ルールームゥには感謝すべきだろう。

 ……なぜこんなにも助けてくれるのかは気にかかるところではあるが――心当たりはあるが――その答えがわかる時は来ないかもしれないし、今考えることでもない。

 とにかく今は、全力で助けられることを考えるべきだ、と切り替える。


「ルールー……ムゥは、離れ、ました……今のうちに……!」

「!? え、えぇ!」


 ヴィヴィアンがどこまで自分の言葉を信じてくれるかは――疑うのは野暮というものだろう。

 これで正真正銘の一対一、いや『あやめ』が魔眼に抵抗しているのだから二対一だ。


 ――後は私が魔眼に抵抗し続ければ……!


 完全に動きを止めることができれば、ヴィヴィアンが魔眼を対処するのに役に立つだろう。

 ……それはかなり難しいことはわかっているし、抵抗しようとするとかなり苦痛を感じるが怯んではいられない。




 あやめと桃香ヴィヴィアン、二人はそれぞれの最後の戦いを始めるのだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 自分にできることはもう何もない――ルールームゥはそう考えた。

 『あやめを助けたい』という衝動に従って行動してきたが、結局のところ『あやめを助ける』という衝動はどういう道筋を辿ろうとも最終的には『命令違反』になってしまう。

 だから、これが精一杯だ。

 あのままその場にとどまっていたら、ルールームゥは『侵入者』であるヴィヴィアンに本気の攻撃を仕掛けなければならない。そうなったら、ルナホークを操る魔眼を取り除くことは絶対に不可能だ――ヴィヴィアンが限界ギリギリだということはルールームゥにもわかっている。

 ……同時に、魔眼に抗うあやめもそう長くもたないということもわかっている。

 魔眼を取り除けるかどうかは、正直五分五分……いやヴィヴィアンのダメージを考えればかなり難しい、というのがルールームゥの分析結果だ。

 ルールームゥがいなくなることで少しでも勝率を高められれば……という考えもあったが、それ以上にルールームゥの『本来の』役割を果たさなければならない状態になりつつあった。


<……ピー……>


 『ゴエティア』内部の戦況次第でルールームゥは動かなければならない。

 《ムルムル-54》と《バエル-1》本体、どちらか一方しかまともに動かせないのだからそれは仕方のないことだ。

 戦いの終わりは近い――ルールームゥはそう思っていた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 あやめが必死に抑え込んでいるため、ヴィヴィアンは何とか生き残れている――そんな状況だった。


 ――やはり、強い……!


 エクスカリバーでボロボロになったにも関わらず、ルナホークは格闘戦用ノックアウトデバイスから換装せずに愚直に殴りかかってくる。

 魔眼に操られているから単調な動きになっているのではない。

 今のヴィヴィアンを相手にするには、が最善だとわかっているためだ。

 あやめが抵抗しているせいでぎくしゃくした動きであっても、元々の高ステータスと近接戦特化の兵装による素早い打撃は、今のヴィヴィアンにとっては最もやりづらい相手だと言える。

 まぁ体力が万全だったとしても、接近戦が得意ではないヴィヴィアンにとってはやりづらいのには変わりはないだろうが。


「くっ……!?」


 回避するのが精一杯で攻撃を当てることが全くできない。

 下手に剣を振り回しても、受け流されカウンターを食らうだけに終わってしまう。


 ――このままでは、エクスカリバーを再度放とうとしても……!


 距離が近すぎたら回避される可能性がある。

 かといって離れて逃げ場のない広範囲の魔力光を放つにしても、ルナホークから距離は取れないし、そもそもあやめの意識が戻った以上ルナホークそのものを消し飛ばすわけにはいかない。

 あくまでも狙いは魔眼のみ。

 流石にルナホークがナイアのユニットのままなのは変えられないが、救助は目前に迫っているのだ。不要な苦痛を与えたくはない。


「はぁっ、はぁっ……!」

「……ぅ……」


 自分の身体が悲鳴を上げているのをヴィヴィアンは感じていた。

 それでもまだ動けているのは――


 ――……やはり、キング・アーサー様はお優しい方なのですね……!


 キング・アーサーがためだと理解していた。

 とっくに限界に到達しているはずのヴィヴィアンがまだ動けるのは、キング・アーサーがインストールを解除せずにいてくれているためなのである。

 インストールで肉体を強化したとしても、元となるヴィヴィアンが倒れれば解除されるし、肉体への負荷が限界を迎えれば安全装置として自動的に解除されてしまう。

 本来ならば既に解除されているであろうダメージを受けていても、キング・アーサーはヴィヴィアンの戦意に応え、インストールを強制解除せずに待ってくれているのだ。

 ……ヴィヴィアンの身体に致命的なダメージが与えられる危険はあるが、キング・アーサーなくしてルナホークとは渡り合えない。

 どんな手段をとってでもあやめを助ける。そのためならばどんな苦痛も厭わない。

 そんなヴィヴィアンの決意をキング・アーサーは尊重してくれているのだろう――本音はわからないが、ヴィヴィアンはそう信じることにした。


「っ――あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 顔面に拳を叩き込まれるが、痛みを振り切るようにヴィヴィアンは叫び、エクスカリバーを横薙ぎに払う。

 ……が、もう片方の手で刃は止められ、至近距離からの蹴りが胴体へと突き刺さり、ついにヴィヴィアンが地に倒れる。


「ぐっ……ごほっ……」


 ヴィヴィアンが立ち上がるよりも早くとどめを刺そうと動こうとするルナホークだったが、その動きが止まる。

 あやめが抵抗しているせいだ。


 ――……次が、限界でしょうね……。


 あやめのおかげで立ち直る時間ができた。

 しかし、いくらキング・アーサーが待ってくれているとは言っても、そろそろ限界だろう。

 体力自慢とは言ってもそれはあくまでも『ゲーム』内での体力ゲージだけだ。

 そちらの体力も危険水域ではあるが、それ以上に桃香自身の体力がもうもたない――キング・アーサーが強制解除されるのも時間の問題だ。


 ――エクスカリバーのチャージは不十分ですが……いえ、


 チャージはおよそ半分といったところだろう。

 これ以上はチャージの時間もかけられない。

 最後の勝負をつけるため、ヴィヴィアンは行動を開始する。


「……《ペルセウス》、《ナイチンゲール》!!」


 敢えて待機させていた残り2体のナンバーズへと最後の指示を下す。

 正面からヴィヴィアン、左右を挟み込むように《ペルセウス》と《ナイチンゲール》が同時にルナホークへと最後の突撃を行う。

 魔眼にどの程度の判断力があるのかどうか、今までの戦いの記憶が残っているのかはわからない。

 もしも残っているのであれば、怪訝に思っただろう――召喚獣同士の接触を利用した弾き飛ばしも、位置的には無理がある。

 だから三方向からの同時攻撃にすぎない。

 そして、ただの同時攻撃ならば十分に捌ける。気を付けるべきはヴィヴィアンのエクスカリバーだけだ。


「……『制圧モード』起動」


 《ノックアウト・デバイス》の両手足を構成するギアは、単純な打撃兵装ではない。

 『制圧モード』――対多数の際に使用する『高圧電流による制圧』、いわゆる『スタンガン』のような武装が存在する。ただし、威力は気絶させるでは済まない――イメージとしては打撃に雷属性を付与するのと同じと言えるだろう。

 ルナホークの両手両足が電撃を発し、それに呼応するかのように魔眼から赤黒い雷が放たれルナホークの全身を包み込む。

 ヴィヴィアンは電撃で止め、召喚獣はパワーで打ち砕く――それからとどめを刺す、それで終わりとなるはずだ。


「最後の勝負です!」

「……」


 ヴィヴィアンがエクスカリバーを腰だめに構え、前へと突き出す。

 チャージが不十分な状態で魔力光を広範囲に放っても倒すことは不可能、そう考えた末の突きによる『一点突破』だ。

 これならばたとえ不足していたとしても、一点集中された魔力光が強大な威力を発揮できる。

 ……しかし、それは相手が普通であればの話だ。


「! 魔眼……!?」


 ルナホークにはその狙いはわかっていた。

 魔眼の魔力を全て前面に集中、エクスカリバーの魔力光を相殺しようとする。

 両脇から迫る召喚獣を打撃で弾き、エクスカリバーを押し返そうとしながらヴィヴィアンへと迫る。

 光を押し返し、エクスカリバーを蹴りで弾き飛ばす。

 既に握力もなくなりかけていたのだろう、ヴィヴィアンは抵抗できずに剣を蹴り飛ばされ無手になってしまう。

 ……これで終わりか、とヴィヴィアンもあやめも――


「……っ!?」


 そこでルナホークの動きが止まった。

 あやめが力を振り絞って魔眼に抵抗したのだ。


「《ロンゴミニアト》!!」


 そして、自ら近くに寄ってきてしまったルナホークの鳩尾へと、無理矢理腕を伸ばし《ロンゴミニアト》を放つ。

 ヴィヴィアンが魔眼を取り除くために選んだ手段はエクスカリバーではなくロンゴミニアトの方だったのだ。

 チャージ不足のエクスカリバーよりも、一点突破であればロンゴミニアトの方が威力が高い。

 腹部の魔眼のみに的を絞り、至近距離からの攻撃で一気に抉り取る――エクスカリバーをフェイントで使い、ルナホークが反撃も回避もできないタイミングでの一撃必殺……体力も減少しているヴィヴィアンには他に手はなかった。

 召喚獣も破壊される前提でルナホークの動きを制限し、確実にロンゴミニアトはルナホークの腹部へと突き刺さるはずだった。


「! この状態で……!?」


 だが、ルナホークは――【演算者カリキュレーター】はそれも読んでいた。

 最初から回避する前提で動いていたのだ。

 大きく身をよじり、ロンゴミニアトは脇腹を掠るだけにとどまってしまう。


「目標……排除、完了……」


 エクスカリバーを弾かれ、ロンゴミニアトは回避され、召喚獣も全て打ち砕かれてしまったヴィヴィアンには、もはや為す術もなかった。


「――ッ!?」


 ヴィヴィアンの身体が衝撃と共に宙を舞った。

 電撃と魔眼の雷撃が同時にヴィヴィアンを撃ち抜いたのだ。


 ――……そんな……。


 最後の攻撃も通用せずに終わってしまった。

 せっかくあやめが正気を取り戻したのに、キング・アーサーが力を貸してくれたのに、結局本当の意味でルナホークを解放することはできずに終わってしまうのか……。

 しかし諦めず、残された手段を必死に模索しようとしている時、ヴィヴィアンはある『異変』に気が付いた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 【演算者】は更にのことまで計算済みだった。

 未知の変数想定外の事態が加わった瞬間に計算が狂うことはあるが、逆に言えば計算に必要な材料が揃っていればその予測はまず外れることはない。

 『キング・アーサー』という未知の召喚獣とその能力、ルールームゥの予想外の行動などのせいで計算は狂い続けていたが、もはや計算を狂わせる要素は何もない。

 ヴィヴィアンの全能力はキング・アーサーを含めてすべて把握済み、ルールームゥはおろか他のピースもいない。

 この一撃で倒せなかったとしても、もはやヴィヴィアンの攻撃は全て対処可能だ。




 ここからヴィヴィアンが取れる手段は限られている。

 魔力を回復させつつ召喚獣を呼び出し続け『アヴァロン・ナンバーズ』を再度呼び出す、そして隙を狙って《ケラウノス》での一撃必殺を狙う……これくらいしかないだろう。

 けれども、それはほぼ実現不可能だ。仮にやろうとしても今のルナホークでも十分妨害できる。

 複数の召喚獣がいない限り、《ケラウノス》は当てられない。《クリュサオル・トライデント》も同様だ。


 今度こそ戦いは終わる――ルナホークの動きを妨害しようとあやめも必死に抵抗しているが、今や魔眼の強制力の方が勝っている。止めるにしても、ほんの一瞬がせいぜいだろう。

 吹き飛ばされたヴィヴィアンを確実に葬るために、ルナホークは魔眼に衝き動かされるまま後を追い、近距離攻撃でとどめの一撃を叩き込もうとする。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 吹き飛ばされ、地面にたたきつけられたヴィヴィアンは自分の身体に起きている『異変』の正体をすぐに悟った。


 ――キング・アーサー様……!


 先のルナホークの一撃でヴィヴィアンの肉体は限界を迎え、インストールも強制解除、そのまま反動で動けなくなる……はずだった。

 なのに、

 それどころか、『エクスカリバーの鞘』で再生した後遺症で残ってた全身の鈍痛すらも消えている。

 その理由を直感で悟る。

 

 どうしてそんなことになったのかはわからない。

 ただ事実だけを見ればそうとしか思えない。

 致死ダメージどころか蓄積されていたダメージの総てをキング・アーサーがヴィヴィアンの代わりに引き受け、消滅――『死』んだのだ。


「……あ」


 地面にたたきつけられた時にもう一つの『異変』に気付き――


 ――……ルナホーク……!


 『異変』の理由を考える暇もなく、とどめを刺しに向かってくるルナホークへとを拾って反撃を行う。


「!? なぜ……!?」


 ルナホークもインストールが解除されたことは認識している。

 だというのに、なぜエクスカリバーが残されているのか。

 確かに《エクスカリバー》は単独の召喚獣として存在している。

 だが、先ほどまで振るっていたのは、『キング・アーサーの能力』で作っていたものだ。だからキング・アーサーが消えれば同時に消えるはずのものなのだ――現にロンゴミニアトは消滅していた。

 なのに、なぜ――


「ぐ、ぁ……」


 【演算者】がエクスカリバーの存在を組み込み再計算しようとするも間に合わず、自らの突進の勢いもありヴィヴィアンの突きを回避することはできず、刃が腹部に深々と突き刺さった。


「損傷、甚大……しかし――!」


 至近距離での戦闘ならばまだ自分の方が有利――ヴィヴィアンの命の火を消す方が圧倒的に速いはずだ。

 間近にあるヴィヴィアンの頭を潰さんと拳を叩きつけようとする。

 ……が、拳が命中する直前、ルナホークの身体が凍り付いたように動かなくなってしまう。


「――」


 こそが勝敗を決する局面なのだと、あやめが全力で魔眼に抵抗したのだ。

 消えるはずだったエクスカリバーが残っているという『奇跡』が起き、刃を突き立て回避も防御もできないこのタイミングこそが正真正銘、最後のチャンスなのだと――




 『アーサー王キング・アーサーの伝説』に曰く。

 彼が王となるきっかけは、『王となるべき者にしか引き抜けない剣』を抜いたことだった。

 この剣こそが『エクスカリバー』……とされることもあるが、

 『エクスカリバー』と呼ばれる剣には諸説ある――代表的なものは二つ。

 一つは『王の証』となる件の剣がアーサー自身の過失で折れた後に、『湖の妖精』が修復したというもの。

 もう一つは『王の証』の剣とは全く異なる、『湖の妖精』から授けられた別の剣であるというものだ。

 ……いずれにしても、エクスカリバーは『湖の妖精』からアーサー王へと渡されたものであることには変わりはない。


 なぜキング・アーサーが消えたのにエクスカリバーだけが残されていたのか?

 その理由は、まさに『アーサー王伝説』のエクスカリバーそのものの来歴にあるのだ。


 同じく『アーサー王伝説』にはアーサー王の最期も語られている。

 彼の最期に際し、エクスカリバーは従者の手によって『湖の妖精』へと返されることとなるのだ。




 湖の妖精――その名は

 彼女こそが、エクスカリバーの生みの親でありなのだ。




 アリスの魔法同様、ヴィヴィアンの魔法もまた神話や伝説に語られる武具や英雄の力を再現するものだ。

 ヴィヴィアンの場合は召喚獣を後になってカスタマイズすることは可能だが、最初に召喚した時には概ね自動的にある程度元となったモノの能力を再現している。

 だが数々の召喚獣の中でカスタマイズできないものもあった。

 それが《エクスカリバー》と《キング・アーサー》の二つである。

 つまり、この二つに関しては初めて召喚された時から変わっていない――伝説通りの能力を再現している召喚獣なのだ。




 なぜエクスカリバーが残っていたのか、その理由はただ一つ。

 《エクスカリバー》とは、キング・アーサーが死ぬことでヴィヴィアンの元へと返される召喚獣である、という能力を持っているためだ。

 振るうたびにステータスが減るのは、『キング・アーサーに所有者として認められていない』ためではない。

 そもそも、キング・アーサーが存在している時点では所有権は常にキング・アーサーにあるからなのだ。

 しかし今キング・アーサーは『死』に、聖剣は真の所有者――ヴィヴィアンへと返された。




 ――これが、最後の一撃……!


 突き立てた剣がかつてないほどのエネルギーを放つのをヴィヴィアンは感じていた。

 これこそが《エクスカリバー》の真の姿。

 正真正銘、ヴィヴィアンのものとなった聖剣の力。

 最後の力を振り絞り、ヴィヴィアンはその力を解き放つ。


「――《聖霊覇剣・崩魔砕神エクスカリバー》」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 魔眼があやめの抵抗を振り切り、ルナホークの拳がヴィヴィアンの頭を砕くよりも速く――文字通りの光の速度で、あらゆる邪悪を滅し敵を砕く光がルナホークを貫いた。

 ……もしもこれが離れた位置からの攻撃であれば回避するなり防御するなりができたかもしれない。

 だが、確実なとどめを刺すために近づくべし、と『計算』してしまったが故に刃を突き立てられ、回避も防御もできない距離でルナホーク……いや、彼女に取りつく魔眼に聖剣の光が襲い掛かる。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 光が止んだ後、


「……ヴィヴィアン……」

「……ルナホーク……」


 ヴィヴィアンの全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 それを支えるようにルナホークが硬く抱きしめる。

 腹部に傷は負っているが、間近で聖剣の力を受けたにしては傷は小さい。

 聖剣の浄化の光は、敵のみを滅する――ルナホークはヴィヴィアンの敵ではない、あくまで敵は魔眼のみなのだ。刃で刺しただけの傷しか残っていなかった。


「――本当に、良かった……」


 魔眼の力は消え、洗脳も完全に解けていることを本能で理解したのだろう。

 心の底から安心したようにそう呟くと、ヴィヴィアンの姿が桃香の姿へと戻る。

 ……言葉通りの全身全霊。肉体も精神も、体力も魔力も、ありとあらゆるものを削り切った桃香は限界が近かった。


「……~……ッ!!」


 ルナホークも変身を解き、あやめの姿へと戻り桃香を支え抱きしめる。

 もう長い間自分の両腕で桃香を抱きしめていなかった気がする――実際の時間では10日程度ではあるが、起こった出来事を考えればあまりにも長い時間だったとしか思えない。

 桃香もまた、長い間あやめの顔を見ていなかった気がする。


「桃香……!」

「……お姉ちゃん……おねぇちゃぁぁぁん!!」


 ついに――あやめを解放することができた。

 それを確信したことでずっと溜め込んでいた感情があふれ出してきたのだろう。

 怒りではなく喜びと安堵の涙を桃香は流す。

 最終決戦前、エル・アストラエアで一人泣いていた時よりも激しく声を上げて泣いてはいるが――あやめもまた同じだった。


「うっ、うぅ……桃香……ごめんね……ごめんね……!」

「うわぁぁぁぁぁぁんっ! な゛ん゛であ゛や゛ま゛る゛の゛ぉぉぉぉっ! お゛ね゛ぇ゛ち゛ゃぁぁぁぁぁんっ!!」

「……っ!」


 あやめには罪はない――ヴィヴィアンもそう言っていたはずだ。

 それが桃香の、ラビたちの嘘偽りのない気持ちなのだ。

 だから、あやめが言う言葉は一つしかない。


「――ありがとう、桃香……!」




 この戦いの発端であった『あやめの救出』はこれで概ね解決されたことになるだろう。

 残る問題は諸悪の根源であるナイアの討伐――あやめとピースたちの完全解放、そしてこの世界を襲う脅威の排除だけだ。

 ……それこそが何よりも困難なことであるとはわかっている。

 のだ。

 それは誰もが理解しているし、ナイアを倒さない限りあやめがまた操られる可能性があるのも理解している。


 だが、それでも今だけは、桃香もあやめもこの喜びを噛みしめるのであった。

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