第9章36話 遥かな世界より、愛をこめて -5-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ルールームゥの分身体――《ムルムル-54》に連れられ、こっそりと空中戦艦から脱出。

 ラビたちの居場所をどうやって把握していたのかは不明だが、ともあれあやめ――の魂を乗り移らせた『器』はラビたちの野営地のすぐ傍へと降ろされることとなった。


<ピー……ピピッピポー>

「きゅー……きゅっきゅ」


 ルナホークの身体から抜け出たので、もうルールームゥが何を言っているのかわからないが、何かしらの別れの言葉なのだろうと思う。

 まぁ、今のあやめの言葉もルールームゥには通じないのだが……。


 ――さぁ、ここからががんばりどころですね……!


 今の自分ではラビたちにも言葉が通じない。

 ボディランゲージも小動物の身体では限界がある。筆談も難しい状態だ。

 だから、あやめはとにかく『ラビたちの傍にい続ける』ことを第一と考えた。


 ――……私が肉体ルナホークへと接触するのは、普通に考えても難しいでしょうね……。

 ――けれど、与えられた『最後のチャンス』を無駄にしないためには、とにかく待つしかない……。


 当然、今の身体でルナホークの前に出ることは出来ないし、できたとしても自殺行為にしかならないだろう。

 ラビたちがこの世界にとどまりマサクルらアビサル・レギオンとの戦いはいずれ起きるはずだ。

 であれば、そこでルナホークとも戦うことになるはず――あやめが狙うのは、洗脳されたルナホークとの戦いに何とかして割り込んで接触し、肉体の主導権を取り返すこと。

 ルールームゥの説明を思い返し、とにかくルナホークに直接触れることさえできればそれで肉体を奪い返せるはずだ。

 接触のチャンスを掴むためには、何が何でもラビたちに着いていかなければならない。


”うーん……

 ジュリエッタのディスガイズみたいな魔法で化けてるって可能性は?”

「……多分、違うと思う。魔法なら、内臓まで化けられない。そんな魔法があったらお手上げ……」

「うむ、我も見てみたが、其方らとは体の作りが根本的に異なっておる。間違いなくこの世界の生き物じゃな」

”そっかー……”


 ラビたちに見つけてもらったはいいが、《ムルムル-54》の抜け殻が残っていたため色々と疑われてしまっている。

 身体をあちこちまさぐられ――本当の身体ではないとはいえ女性として思うところがないわけではないが――『普通の生物』ということは納得してもらえた。

 ……ルールームゥが魔法で作った、人造生命ではあるが、ユニットでもピースでも、魔法の産物でもない。こういうことを見越して、ルールームゥは小動物の器を作り出したのだろう。


「まぁ親からはぐれた子狐が迷い込んだだけやもしれぬな」

「うん。放置で」

”だね……。じゃ、戻ろうか”

「きゅっ!?」


 『怪しいから潰しておこう』と怖い考えをされなかったのは幸いだったが、やはり『ルールームゥが連れてきた』という点が引っかかるのだろう。

 問題ないかもしれないが1%でも怪しければ信用しない、の精神でラビたちは小動物を放置することにしたらしい。

 ここで置いていかれたら、二度とラビたちに追いつくことはできなくなる。ルールームゥももう助けてはくれないだろう。


「きゅいっ! きゅいーっ!」


 野営地へと戻ろうとするラビたちに必死に追いすがる。

 無理矢理追い払われるということがないのは幸運だった。


「餌でも期待しているのやもしれぬな。何も貰えぬとわかればそのうち去るじゃろう」


 (あやめには)見覚えのない長身の女性がそういうと、ラビたちもそれに納得しとにかく無視することに決めたようだ。


 ――……うぅ、意思疎通ができないのがこんなに辛いなんて……。


 わかってはいたが、顔見知りに邪険に扱われるのはかなり精神にくるものがあった。

 とはいえ、力ずくでどうにかされなかったのだ。後は頑張って着いていくだけである。

 気を取り直し、あやめはこっそりと野営地――魔法で作った即席の小屋へと潜り込む。

 ラビたちが外にいるということは、この中には……。


 ――……! 桃香……!


 すやすやと眠る桃香の顔を見て、あやめは心の底から安堵した。

 昼夜の感覚を失っていたあやめにとって、実際の時間以上に長い間顔を見てなかったことと、桃香が無事であることを確認した瞬間……。


「……きゅぅ~……」


 張りつめていた精神の糸がぷっつりと途切れ、あやめはそのまま桃香の傍で眠りに落ちていった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちにずっと着いてきていた不思議な小動物『キュー』……彼女こそがあやめだったのだ。

 そう、

 気付けなかったことを責めることはできまい。

 当のあやめ本人が気を付けていたからという理由もある。

 ラビたちに自分の正体を知ってもらうのと知らないままでいるのと、どちらがいいかを考えた結果、後者を選んだ。

 そうした理由は、『万が一にもマサクルに気付かれる可能性を減らすため』だ。

 もしラビたちがキュー=あやめであることを知ったとしたら、自衛もままならないあやめを守ろうとはするだろう。

 そうした不自然な動きをマサクルたちが見逃すかは微妙なところだ。

 見逃さないだけでなく、キュー=あやめであることを知ったら……ルールームゥの計画は崩れ去るし、下手をしたらあやめは元の身体に戻る機会を永遠に失ってしまうかもしれない。

 最悪の事態を避けるためにも、自分の正体は知られない方が良い。それがあやめの判断だった。


「うふふ♡ らぶりーですわ♡」

「きゅーたん!」


 ……というわけで、『かわゆいマスコット』に徹するあやめなのであった。


 ――……ラビ様のお気持ちが理解できました……。


 桃香や撫子、そして妹たちの目がないところでこっそりと楓と椛、果ては(あやめにとっては見知らぬ少女の)マキナまでもがなでくりなでくりしてくるのだ。

 エル・アストラエアに到着後は、当然のようにお風呂にまで入れられている。


 ――……次にラビ様がお泊りに来た時には、もう少し手心を加えた方が良さそうですね……。


 年末年始にラビが桜家にやってきた時にも、当然のようにラビを含めて風呂に入っていた。

 ……ラビがチベットスナギツネのような顔をしていた理由がよくわかったあやめは、次からは遠慮なしにラビを撫でまわすのをやめよう、と心に誓うのであった。

 それはともかく、正体を気付かれないように……としていたあやめだったが、実は一人だけ気付いた人間がいた。


「…………貴女は、誰……?」

「きゅ!?」


 エル・アストラエア滞在中のある時、他に誰もいない時に『彼女』に声をかけられた。

 ピッピアストラエアである。

 ルールームゥの魔法で作られた人造生命、ということで違和感を覚えていたようだ。

 ただマサクルの手の者とまでは考えておらず、かといって他に心当たりもなく迷った末に直接聞いてみることにしたらしい。

 ……とはいえ、あやめも人間の言葉を発することもできないし、上手く伝えることもできない。


「…………マサクルの被害者……? いえ、もしや……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながらピッピは自分の考えを纏め、やがて自分の中での結論は出たらしい。


「何にしても、ラビたちの敵ではないし、マサクルの味方でもない――でもピースとなった子の一人でもなさそう……。

 …………ラビたちが助けようとしている、鷹月あやめさん、かしら?」

「! きゅ、きゅー!」


 一瞬否定するか迷ったが、結局肯定した――つもりだった。

 ここまで推測している相手に下手に否定して、ラビたちに『キューはあやめかもしれない』あるいは『キューの中身は誰か異世界の人間である』と話される方が困ったことになると考えたのだ。

 あやめの肯定を訴えかけるジェスチャーをちゃんと読み解き、困惑しながらもピッピは続ける。


「一体どういうことなのかしら……いえ、でもピースのようなものを作れるのであれば、こういうこともできるかもしれないわね……。

 ……マサクルがわざわざこんなことをする理由はないでしょうし、貴女の意思で何らかの思惑があってやってる……のよね?」

「きゅー!」

「うーん……とりあえず、ラビたちに相談は――」

「きゅっ!? きゅいー、きゅいー!」

「――……しない方が良さそうね」


 必死のジェスチャーは通じたようだ。

 ピッピもあやめが『被害者』側であることも、積極的にマサクルに協力することはない人物だということも知っている。

 マサクルの仕掛けた『罠』かもしれないのを恐れているのはピッピの立場上仕方ないだろう、とあやめもわかっている。

 それでもラビには黙っていてくれるということに心の底から感謝するしかなかった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 エル・アストラエアでの日々は、磨り減っていたあやめの心を確実に癒してくれていた。

 人は痛みに弱い。

 けれども、痛みは忘れることもできる。

 『自分があやめである』と知らせることこそできないが、それでも桃香たちと共に過ごす異世界生活は楽しかった。


 ――……早く戻りたい……。


 同時に、今の状況に泣きたくなってもくる。

 こんなところ異世界まで助けに来てくれた桃香たちに嬉しさと感謝と、それ以上の押しつぶされそうな申し訳なさを感じている。

 早く戻るためにはマサクルたちとの戦いが起きなければならないだろう。

 しかし、この平和を享受していたい。桃香たちを危険に晒したくない。

 ……複雑な思いがぐるぐるとあやめの頭の中を巡っていて、パンクしそうになっていた。




 そんな状況はすぐさま覆された。

 エル・アストラエア滞在四日目、ついにマサクルたちが攻めてきたのだ。


「きゅー……」


 ――ルナホークは来るでしょうか……?


 仮に来たとしても、迎撃準備をしているラビたちのユニットの誰かについていく、というのは少々無理がある。

 下手に構ってもらおうとして邪魔をしている……と見なされたら目も当てられない。


 ――……今は桃香とラビ様の傍にいた方が良さそうですね……。


 自分一人で状況把握は無理だ。

 であれば、『司令塔』たるラビの傍にいるのが一番いいだろう――もちろん邪魔をしないように弁えて。

 桃香ヴィヴィアンもラビと共に残ることになったようだ。

 『天空遺跡』の戦いではほとんど操られている状態だった上、監禁と『拷問パワーレベリング』のせいで心身ともに磨り減った状態で半ば夢うつつであった。

 だから桃香ヴィヴィアンが戦う姿をしっかりと見るのは、これが初めてとなる――魔法の練習をしているのは何度か目にはしていたが。




 ――桃香……!!


 初めて目にする桃香の戦い……いや、ユニットのはあやめに衝撃を与えた。

 邪魔にならないように、巻き込まれないように廊下側から部屋を覗いていたのだが、それでも巻き込まれるのではないかと思われるほど、激しい戦いだった。

 幻覚を打ち破るために《ヘカトンケイル》で部屋を破壊したり、普段の桃香からは想像もできないほどアグレッシブな戦い方に、もしや心に悪影響を与える効果があるのでは……と疑いたくなったほどである。


 ――……いえ、違う……。


 すぐにあやめは自分の考えを振り払った。

 桃香が、そして他の子たちが必死になって戦っているのは、『戦うのが好きだから』ではない――はずだろう(若干名怪しいのはいるが、そこまであやめはまだ知らない)。

 、ただそれだけのことなのだ。

 この戦いを制すれば、マサクルに起因する様々な問題が解決すると信じるがゆえに、必死に戦っているのだ。


 ――……桃香……皆さん……。


 自分が守らなければならない、と信じて疑わなかった桃香は、今や立派な戦士となって『敵』と戦っている。

 ……自分はこのままでいいのだろうか。

 ルールームゥの計画は確かに洗脳を避け身体を取り戻せる手段であろう。この計画が上手くいけばあやめをマサクルの元から解放する大きな助けとなるはずだ。

 だが、桃香たちが戦っている最中に何もせずに『待つ』のが本当に正しいのだろうか?


 ――……マサクル……!


 そんな時、戦いに紛れ『バランの鍵』を密かに探し出そうとしていたマサクルが、桃香たちにバレて追われて逃げてきた。

 自分ではもちろんマサクルを倒すことは出来ないだろう。

 キューの身体になっていることで多少の傷は与えることは出来るかもしれないが、それ以上は不可能だ。

 下手に近づいて、マサクルがキュー=あやめと気付くかもしれない危険性もある――それを避けるために、ラビたちにも正体を隠していたのだから。

 しかし、ここで立ち止まっているという選択はもはやあやめにはなかった。


「きゅー!!」

”ぐあっ!? な、なんだこいつ!?”


 逃げようとしていたマサクルの脚になりふり構わず噛みつく。

 倒せないのは百も承知。目的は桃香たちが追い付くまでの時間稼ぎだ。


”くそがっ! 離せ!”

「ぎゅっ、ぎゅー!!」


 何度も蹴られ床に叩きつけられるが、あやめは噛み千切らんばかりの勢いで歯を立て続ける。

 『拷問』以上の直接的な痛みも、興奮状態の今気にもならない。

 ……直前に見た、桃香たちの戦いの痛みに比べれば、なんてことない。


「逃がすかにゃ!!」

”ぐぎゃあっ!?”

「キューちゃん様!?」

”キュー!? ここにいたの!?”


 ついに桃香たちが追い付いた。


 ――これでマサクルを倒せれば……。


 自分の肉体に戻れるチャンスがあるかはわからないが、とにかく後のことは後で考えれば良い。

 そう考え、あやめはそのまま気を失うのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 あやめが意識を取り戻したのはかなり後になってからだった。

 状況を確認しようと桃香たちを探しに出ていったが――


 ――……状況はあまり良くないようですね……。


 どうやらマサクルは倒せたようだが、残ったもう一人のユニット・エキドナが暗躍しているようだ。


 ――桃香とありす様が……。


 楓たちの話を横で聞いて状況は大体把握できた。

 ラビと椛が人質として捕まり、それを救出するためにありすと桃香が先走ってしまっているようだ。

 桃香たちの身は心配なのは確かだが、捕らえられたラビたちも心配だ――自分が捕まっていた時のことが脳裏を過る。


 ――……私の身体ルナホークは襲撃にはいなかったようですし、うーん……。


 エキドナが活動している限り、この戦いは終わらない。

 ルナホークも今どうしているのか不明――いずれ元の身体に戻るにしても、ルナホークの所在がわからなければどうしようもない。

 エル・アストラエアに来ていなかったということは、今人質と共にエル・メルヴィンにいるのではないかと思われるが……そこへと着いていくことは流石にできなかった。

 ついていこうとしたのだが、楓たちに見つかり、


「キューは大人しく待っててね。撫子のこと、よろしく」

「きゅぅ~……」


 クロエラのバイクから降ろされてしまった。

 状況が状況だし、仮についていけたとしてもラビたちの救出の邪魔になってしまうかもしれない。

 チャンスはまだあるはずだ。

 そう自分を納得させ、あやめは大人しくエル・アストラエアで皆の無事を祈るしかなかった。




 ……と思っていたら、再びエル・アストラエアが襲われてしまった。

 エル・メルヴィンでの作戦と並行して、ベララベラムが襲撃してきたのだ。

 触れるだけでゾンビと化す感染魔法インフェクションの猛威に、ガブリエラがゾンビ化し、ノワールもダメージを受け、為す術もなく逃げるしかなかった。

 人造生命の自分も感染するのかはわからなかったが、もちろん試す気にはなれない。

 置いていかれるわけにもいかないので、必死に逃げるノワールたちに着いていく……。




<時間もないようだし、手早く終わらせよう。

 アストラエア――ボクとをしよう>

「取引……ですって……?」

<そう――君にとっても、悪い話ではないと思うよ? ……まぁ、ヘパイストスとイレギュラーに取っては微妙な話になるかもしれないけどね>

「……っ」


 避難所にて、瀕死のピッピが一人部屋にこもろうとするのを不審に思ったあやめは、外の戦いも気になるがそちらへと向かった。

 そこであやめの目には見えない『何か』とピッピが会話を始めた。


 ――い、一体何を……!?


 まさかピッピが裏切り、何者かと取引をしている……と思ったが、どうやらそうではないらしいことは何となくわかった。

 それどころかむしろ取引相手は『起死回生の一手』を打つための準備を手伝う、と言っているようだった。

 ……もちろん、タダで協力してくれるわけではない。

 『取引』なのだから、相手側からもピッピに対して要求が出された。

 悩んでいる様子だったが、結局ピッピはその要求を呑んだ。


「…………鷹月あやめさん、聞いてたでしょ……?」

「きゅ、きゅー……」


 どうやらピッピはあやめの存在に気付いていたらしい。

 ……あやめの知るところではないが、ピッピと『何者か』――ゼウスとの会話は、本来ならば誰にも聞かれてはならない話であった。

 かつてピッピがラビに語った通り、『ユニットの子には話せない・話さない方が良い』領域に突っ込む可能性があったからだ。

 そうならないようにピッピは言葉を選んでいたのだが。


「もし、私が……ラビとこの先話せなくなったら……申し訳ないけれど、貴女から伝えてくれないかしら……? それと、んだけど――」


 ゼウスからピッピへの要求――その内容について、ラビに伝言してほしいということだろうとあやめは解釈した。

 それ以外については話す意味がない、というよりも話せるようになった時にはどういう形にしろ決着がついた後になってしまうからだ。

 『もう一つのお願い』については……ピッピの現状を見れば、どういう意図であやめに願ったのかは理解できる。


「……きゅ」

「……ありがとう」


 あやめキューが神妙にうなずいたのを見て、安心したようにピッピは微笑み、椅子に腰かける。

 ――そしてそのまま、ピッピは結晶となり二度と動かなくなったのだった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 その後、色々とあったがベララベラムを撃破し、ひとまず落ち着いたようだった。


 ――……想像以上にアビサル・レギオンの層は厚いですね……。


 捕らえられていた時にアビサル・レギオンの構成員の戦闘力を直接目にしていなかったため、たった一人でエル・アストラエアを壊滅状態にまで追い込んだベララベラムの力は『ゲーム』の経験が薄いあやめであっても明らかに異常な強さだと理解できる。

 エキドナもそうだし、あやめの想像以上に敵は強大なのだと改めて思い知らされた。

 特に今は助けてくれているルールームゥも油断ならない。

 『あやめを助ける』という衝動に従って助けてくれてはいるが、あくまでも彼女に頼れるのは『肉体ルナホークを取り返す』までだ。

 ピース製造工場を解析し同等の能力を持っている、と彼女は言っていた。

 あやめ自身は目にしていないが、おそらくはそれはルールームゥの力の一端に過ぎず、真の実力はアビサル・レギオンでもトップクラスであろうことは疑いようがない。

 今は散発的に襲ってくるため迎撃できているが、いざ全面戦争となったら――


 ――それに、マサクルがまだ生きているなんて……。


 ベララベラム戦前にラビたちが情報共有をしたことで、マサクルが『ナイア』としてまだ生きていることを知った。

 加えて、自分の肉体が完全に操られているということも……ただし、これについてはルールームゥの計画通りではある。


 ――後は、どうにかして私がルナホークに接触できれば……。


 最も良いタイミングを見極めたい、とは今も思っているが、ナイアたちとの戦力差を鑑みれば拘れる余裕はないかもしれない。

 ルナホークと接触できるタイミングで即戻るしかないかもしれないと考え始めていた。


 ――……!? なに……この感覚……!?


 ベララベラム戦後、ピッピの遺体を発見しこれからのことについてラビたちが相談している時だった。

 全身を撫でまわされるような、ぞわぞわとした感覚があやめを襲う。

 ……その原因が何であるかはすぐにわかった。




 ジュウベェの襲撃、そしてそれに合わせるかのようなエル・アストラエア再襲撃……。

 外へと逃げ出した後に、エル・アストラエアを襲うルナホークの姿を見て、先ほどの感覚の正体が『肉体が近くに来た』ことによるものだと理解した。


「サモン《ペガサス》!」

”ヴィヴィアン!?”

「きゅっ、きゅー!!」


 同じくルナホークが街を砲撃しているのを見て激高したヴィヴィアンが、止める間もなく向かっていってしまった。


 ――……覚悟はしていましたが……これは、辛いですね……。


 洗脳されたルナホークがナイアたちに与し、攻撃を仕掛けてくることは予想していた。

 予想はしていたが、自分の肉体が『悪』としか言いようのない行動を取っているのを目の当たりにするのは精神にクるものがあった。

 しかも、対峙しているのは桃香ヴィヴィアンなのだ。


 ――……あぁ……桃香……。


 ユニットが倒れる姿を見るのは初めてだった。

 ……それが桃香になるとは思いもしなかった。

 後でラビが復活リスポーンさせられるのはわかっていたが、それでも耐えがたいものを感じていた。

 ただひたすらに、自分の無力さを嘆き――改めて『絶対に元に戻る』という決意を固めることしか、今のあやめにはできない……。

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