第9章32話 遥かな世界より、愛をこめて -1-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「首尾よく『駒』を揃えられたようだな、パトロン殿」


 SFに出てくるような『工場』を模したマイルーム――マサクルのマイルームにて。

 黒衣を纏った『闇の聖者』エキドナと、小さな『サル』の姿をした使い魔マサクルが向かい合っていた。


”あぁ、は迷ったけどなぁ”

「鷹月あやめの方を選んだというわけか。ふむ、どちらを選ぶとなれば――私もそちらを選んだだろうな」


 言いながら小さくエキドナは笑う。

 反対にマサクルはため息を吐く。


”……はぁー……おめーがもうちょっとやる気を出してくれりゃ、確保できたんだろうけどなぁ”


 二人とも――それが何を意味しているかは明白だった。

 マサクルの目的は、『七耀』に連なる二人……すなわち、あやめと桃香の両方を自分のユニットとすることにあったのだ。

 しかし、それは叶わなかった。

 特別な事情があったわけではない。単純に、『ユニット数増加』を購入するためのジェムが足りなかっただけの話である。

 言われたエキドナは、特に悪くは思っていないのか軽く肩を竦めるのみ。


「それでも一人だけでも確保できてよかったじゃないか。『ゲーム』開始二日目にして複数のユニットを持ったのは、パトロン殿以外にはいないだろう」

”ま、そりゃな。

 ……ったく、も開始前に余計な噂流しやがって……”


 『ゲーム』開始前に流れていた噂とは、『特別な人間には特別なユニットが割り当てられる』というものだ。

 この噂があったからこそ、『七耀』の桃香はクラウザーに狙われたという経緯がある。

 もちろんマサクルも噂のことは知っていた。

 だから速攻であやめを確保しにいったのだ。

 ジェムさえ足りていれば、あやめと桃香の両方を確保し、より盤石となれたのに……と悔みはするものの、そこまでは高望みかとも心の中では思っている。


「ふ……裏で色々と企むのはお互い様だろう?」

”……けけっ、まーな”


 そう言って二人は笑いあう。




 プレイヤーの多くはおそらくは『善良』であるとはいえるし、単純に幸運にも選ばれた『ゲームのテストプレイヤー』として何の裏もなく『ゲーム』に興じていることだろう。

 しかし、マサクルをはじめとして『裏の目的』のために『ゲーム』に参加しているものも少なくない。

 ピッピ――アストラエアは自分の世界を守るために。

 マサクル――ヘパイストスはアストラエアの世界を侵略するために。

 あるいは、クラウザーのように何が何でも『ゲーム』の勝者になろうと野望を燃やすものもいる。

 いずれにしても明らかなのは、この『ゲーム』には複数の思惑が無秩序に絡み合い、裏で幾つもの陰謀が蠢いているということだ。


”まー、もう一人の方を確保できなかったのは残念っちゃ残念だが、アレスの旦那のユニットになったってのは悪くねーやな”

「アレス……ああ、クラウザーとかいう使い魔のことだったか? ふむ、確かパトロン殿と『協定』を結んでいるんだったか」

”そうさ。結んでいるっつーか、さっき結んできたばっかだけどな”


 ――時系列としてはこうなる。

 まず、マサクルがあやめをユニットとする。

 その後、クラウザーが桜邸へとやってきてマサクルと邂逅。

 そこでマサクルとクラウザーは『ある協定』を結び、表向きは協力関係となった。

 そしてクラウザーが桃香をユニットとした――こういう順番だった。


「パトロン殿は自分の正体をバラしたのか?」

”ああ。でなきゃ、アレスの旦那は動いてくれねーだろうからな”


 ヘパイストス、つまり『アバターの製作者』であることをクラウザーアレスにバラすことにこそ意味がある。

 自由にアバターを作る……クラウザーの考える『最強のユニット』、つまりは『ジュウベェ』を作れるのはヘパイストス以外にいないのだから。

 もちろんタダでヘパイストスも動かない。

 彼にとっても益のある見返りをクラウザーに要求しているのだ。


”けけっ、ま、もう一人の嬢ちゃんの性能がどんなもんかわかんねーけど、そこは俺っちの責任じゃねーやな。

 アレスの旦那には精々俺っちのために働いてもらうさ――を作るためにもな”

「ふっ……」


 マサクルが『ジュウベェ』を作る見返りとしてクラウザーに求めたものはただ一つ。

 ――つまり、数多くのユニットをゲームオーバーへと追い込むことだ。

 『ゲーム』の勝利のために参加者を減らすという目的では当然ない。

 最強の軍団……ユニットの能力を持ちつつユニットではない存在、『ピース』の材料とするためである。

 ユニットの『質』は問わない、というよりも問えない。

 とにかく頭数だけ集められるだけ集めれば、後はいかようにも『改造』することはできるのだ。

 クラウザーに数多くのユニットをゲームオーバーへと追い込んでもらうためにも、彼に強力なユニットとなる可能性を秘めた桃香を譲ったことは、マサクルの目的からすればそこまで的外れなものではないのである。

 ……もっとも、肝心の桃香が戦闘に積極的ではなく、対戦機能の実装も先延ばしとなった上に桃香が離脱することになるとは、この時に誰も予想できないのだが……。

 マサクルからしてみれば、とにかくクラウザーがピースの材料を増やしてくれればそれで良し、ということなのだ。桃香をユニットにできないのは惜しいが、かといってそこまで後悔することでもない。


「さて――これからどう動くかね、パトロン殿? ああ、それと事前に言っておいたが――」

”あぁ、わかってる。心配すんな。エキドナ……っつーか、おめーのは知られるな、だろ? マイルームの変身機能はオンにしてあるし、何よりも当分あやめちゃんは放置しておく”

「……ほう?」

”旦那任せにしてられねーからなぁ。俺っちの方でも抜け殻を増やすための『罠』を色々用意しておかねーと、な”

「なるほどな――クラウザーにわざわざ姿を晒したのは、取引のためもあるが『雲隠れ』する理由付けのためか」

”そゆことー”


 かつて、あやめはラビにこう語った。


『私の使い魔は、クラウザーに怯えて逃げた』


 と。

 クラウザーのユニットとマサクルのユニットが同じ家に住んでいる――そして、クラウザーは『最強の使い魔』という噂が流れていた。

 そのことに恐れをなし、マサクルは姿を隠した……とあやめの視点ではなっていた。

 事実は異なる。

 マサクルはクラウザーのことを恐れてなどいないし、むしろ上手に利用しようとさえしていた――実際に利用し、ユニットの抜け殻を量産させた挙句にクラウザー自身ジュウベェをも手駒にしてみせた。

 マサクルの計画では、『ゲーム』本編にそこまで力を入れる必要はない。

 あくまでも目的はアストラエアの世界を侵略することにある。

 そのために必要なのは、『ゲーム』のシステムの抜け穴を突く『ピース』の軍勢を作り上げることだ。

 ピースを作るために必要なユニットの抜け殻は、クラウザーがある程度は用意してくれるだろうが、他人の働きに自分の計画の中心を委ねるほどマサクルは呑気ではない。

 『罠』――ラビたちの知る『冥界』のような攻略不能のデッドゾーンを幾つも用意し、そこに嵌った哀れな犠牲者を手駒にする。

 その準備に集中する必要があるため、一時的に姿を隠す必要があったのだが、ただ消えるだけでは不自然さが残る。

 そこでクラウザーを理由付けのためにも利用したのだ。


「……ふむ、それはわかったが、鷹月あやめを放置するのはなぜだ?」


 エキドナにもその理由がわからない。

 普通に考えれば自身の保有する最大の戦力となるのは『ユニット』であるはずだ。

 エキドナが規格外の恐るべき力を持つユニットとは言っても、『完全無敵』ではない――理論上、どのようにステータスを上げたとしてもどんな能力を持ったとしても、何物にも敗北しえない『無敵』の存在にはなれないのだ。

 そうした事情を考えれば、エキドナの『隙』を埋めるためにもユニットは数体育てておいて損はないはずだ。それがエキドナと同等とまでは言わずとも強力なユニットであれば尚良いはずだ。

 ……『強力なユニットなる可能性が高い』が故に、あやめをユニットとしたはずなのになぜ放置するのか?


「…………何と?」

”お前さんみたいに放っておいて自由にやらせるのと違って、あやめちゃんはそうじゃねーからなー。

 いちいちクエストに付き添って育てるのもめんどーだし、かといって俺っちのやりたいことに協力させるにゃー……ちと『いい子』すぎるんだよなー。

 だから、まぁ確保だけしておいて必要になったら溜めたジェム使って育てればいーんじゃねーの?”


 想定外の返答にエキドナはしばし呆然とし、やがておかしそうに笑い声を上げる。

 ……あまりにもひどい理由ではあるが、マサクルのやろうとしていることを考えればあやめに協力をさせるのは確かに不可能だろう。

 ではあやめを真っ当に育てるかと言われると、その分だけマサクルの『計画』に遅れが生じることとなるし、どんなことが原因で『計画』がバレるかわからない。

 だから『確保』だけしておいて放置。必要になったら溜めておいたジェムで急成長させれば良い、そう合理的に考えたのだろう。

 合理的ではあるが、そこにあやめの意思は全く考慮されてはいないが。


「ハハハ、やはりパトロン殿は面白い。正解だった。

 いいだろう、納得した。では鷹月あやめはこのまま飼い殺しにして、必要になったら使うこととしよう。ただ、必要な時に彼女が言うことを聞くかどうかだな」

”ああ、まーそん時はそん時じゃね? はいくらでもあるだろ”

「フッ……」


 おおよそどのような手を使う気なのかは想像つくのだろう、エキドナはマサクルのいうことを否定しなかった。

 ――ただ、お互いに流していたためにマサクルは『ある重要な一言』を聞き逃してしまったのだが……。


”それじゃ、俺っちはこれから雲隠れして『罠』の準備と……ま、旦那用のユニットを作ってやるとするかぁ。いずれ俺っちの物になるんだけどな、うけけけけっ”

「私の方は適当にジェムを稼ぎながら、パトロン殿のご要望通り――ユニットの抜け殻を動かす術を『開発』するとしよう」

”ああ、そっちの方は任せたぜぇ、エキドナ”

「任せてくれたまえ、我がパトロン殿。あぁ――楽しいなぁ……」

”けけけっ、ああ、楽しく、愉快にやろうじゃねぇかぁ、エキドナ”


 ――あやめがユニットとなったその日、既にエキドナはマサクルのユニットとなっていた。

 彼らの『計画』――アビサル・レギオンによるアストラエアの世界の侵略は、既にこの時より闇の中で蠢いていたのだ。




「――おっと、そろそろいい時間だな」

”あ? ああ、朝か。けけっ、面倒だなー、お前さんたち人間は”


 ……いかにユニットの域を超越した能力を持つエキドナとて、本体は現実世界に生きる人間である。

 いつまでも『ゲーム』内にとどまっているわけにもいかない。

 もしも本体の人間が目覚めないままだったら、後に『眠り病』と騒がれるのと同じことが起きてしまうだろう。

 少し寝坊した、くらいならまだ言い訳がたつが、それもあまり頻繁に繰り返すわけにもいかない。


「フッ、まぁ仕方あるまい」


 言いながらエキドナは変身を解く。

 そこに現れたのは――


「うふふ……、現実世界ではとぉっても『いい子』で通ってますからね。夏休み中でも、お寝坊さんはできませんわ」


 そう言っては可愛らしい笑みを浮かべた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 あやめがユニットとなってからしばらくの間は、おおよそラビが知るのと同じ経緯だ。

 使い魔マサクルはクラウザーに恐れをなして逃げ、桃香がクラウザーから解放された後になっても連絡一つよこさずに姿を隠したまま放置……。

 そのこと自体に怒りや落胆はあまりあやめは感じていなかった。

 むしろ、『ゲーム』のユニットとして登録されたままであることにより、『ゲーム』の存在を認識することができ、クラウザーからの解放後も『ゲーム』を続ける桃香のサポートをすることができるのだ。感謝する気は毛頭ないが、助かっている面もある――果たして『ゲーム』も記憶がない時に、どれだけ桃香のことを信じてあげられたかは流石のあやめであっても自信がなかった。それだけ『ゲーム』の存在は現実離れした荒唐無稽にすぎる現象だ。




 桃香がラビのユニットとなってしばらくが経ち――クリスマスが近づいてきた頃、彼女は三つの悩みを抱えていた。

 一つは今年のクリスマス用に『自分でケーキを作って振る舞いたい』というものだ。

 ……これに関してはラビと互いに協力しあう、という名目で手伝ってもらって何とかなりそうな目途はついていた。もっとも、『協力者』のラビの方はというと……想像以上の苦労をしたので果たして対等な協力関係だったかと言われると疑問は残るが。

 二つ目の問題は、桃香たちが目を覚まさない――『冥界』に囚われたという問題だ。

 ただ、この問題はその日のうちにラビたちが解決してくれたため、どちらかと言えば『今後ゲームに関わってそうな危険な場所は早めにチェックして桃香たちを遠ざけよう』という内容での悩みに変化はしている。幸い、件の『幽霊団地』以外に近場で怪しい場所はなかったので杞憂に終わってくれそうだとはあやめ自身もおもっている。

 解決の目途が全く立っていないが、三つ目の問題だ。




 ――……一体、どうしてしまったのでしょう……カノン……。


 ここ最近、クラスメートであり親友のカノン――鷲崎花音かのんの様子がおかしい。

 いつも朗らかな笑みを浮かべている彼女だが、どこか落ち込んでいるかのような、不安げな態度を見せることがある――あやめや他のクラスメートといる時などはいつも通り振る舞っているように見えるが、あやめにはわかる。

 さりげなく何か悩みがあるのか、と水を向けてみても反応はなし……。

 思い過ごしならいいのだが、と納得しようとはしているが、どうしても気にかかる。

 かといって、どこまで踏み込んでいいものかどうか……親友だとは互いに思っていると信じているが、親友であっても踏み込めないことがあるのはわきまえている。


 ――ラビ様に相談……いえ、でもラビ様にこれ以上迷惑をかけるわけには……。


 親に相談するようなことかも判断がつかず、他に頼れる間柄といってラビが思い浮かんだが、ラビは花音のことを知らないし上手く説明することもできない。

 ……料理については一応迷惑をかけたという認識はあったらしい。


『あん? ……はっはーん? ついにファル子さんにも春が来たかー?』


 ダメ元で不本意ながらも仲のいい、かつ色々あって信頼できるクラスメートに相談したものの、全く頼りにならなかったことも付け加えておく。

 ……加えて、その返答にあやめが無慈悲なローキックで応えたことも。




 悶々と悩んでいるうちに世間はクリスマスを迎える一週間ほど前――あやめの知らないうちにこの悩みは解消されてしまった。


「カノン……?」

「え、どうしたの、あやめちゃん?」


 何の前触れもなしに、あやめのよく知る花音に戻っていた。

 普段通りの、見ているだけで心が癒される、何の陰もない笑顔を浮かべる花音にあやめは混乱する。

 いや、元通りになったのであればそれはそれで喜ばしいことではあるのだが、だと感じられたのだ。


「あ、いえ……」

「?」


 不自然なものを感じてはいるのだが、それが一体何なのかがわからない。

 花音自身になのか、それ以外なのか……自分でも説明ができず、それ以上花音へと言葉をかけることができない。

 ……この時点であやめは『ゲーム』に参加はしているものの深入りしてはいない。加えて、彼女の行動原理の中心にあるのは『桃香』のことなのだ。

 そして、『ゲーム』に深入りしていないがゆえに、桃香が助かったことに安堵し――物事を結び付けようという発想が起きなかった。

 桃香たちが『冥界』から脱出した時期と花音が元通りになった時期は、共にだった。

 そのことが何を意味するのか……あやめには理解することができなかったのだ……。

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