第9章31話 優しい終焉

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 このタイミングでのルールームゥの介入はヴィヴィアンにとっては当然のこととして、ルナホークにとっても想定外のことだった。

 アビサル・レギオンの『作戦』はラビたちに比べて細かいところまでは決めてはいなかった。

 『それぞれの持ち場で迎撃する』――迎撃方法は各自に任せるという、『作戦』と呼ぶにはあまりに雑な、それでもレギオンメンバーの個々の戦闘力を鑑みれば充分すぎるほど有効な作戦だった。

 その中においてルールームゥの役割は■内における■■だったはずだ。

 《ムルムル-56》という特異な魔法を持っているとは言っても、臨機応変に他の戦場に駆け付けて援護する……というのは『役割』に全く沿っていない。事実、ルールームゥはヒルダにもジュウベェにも最後まで加勢することはなかった。

 ……それ以前に、『仲間を助ける』という行動をとるレギオンメンバーはいない。いや、そんな発想すら持っていないかもしれない。

 だというのにルールームゥがルナホークの元に駆け付けてきたのだ。


<ピピップ、ピポピパピー>

「…………コンバート《アサルト・デバイス》」


 ――しまった……!


 ヴィヴィアンは内心自分の迂闊さに舌打ちする。

 エル・アストラエアの時のようにルールームゥと二人がかりになる可能性は事前に予測はしていたはずだが、後一歩というところまで追い込んだ状況で頭から抜け落ちてしまっていた。

 ……というよりも、そんなギリギリの状況になるまで援護に駆け付けなかったのだ。まさか来るとは思っていなかったのが原因だ。

 油断というには厳しいだろう。


 ――! こんなことで……止まっていられませんわ!


 幾多もの戦いを経験してきたヴィヴィアンの判断はそれでもブレず、かつ早かった。

 ルールームゥが出現し、右腕を失ったにも関わらず心は折れない。

 何にしてもこの機を逃せば勝ち目はなくなる……それだけは確かなのだ。

 ここで止まったり下がったりすればルナホークを倒すチャンスは完全に潰れてなくなってしまう。

 それを理解しているヴィヴィアンは行動を続ける。


「《スタリオン》!」


 拙いのは、右腕を斬られたことでエクスカリバーを取り落としてしまったことだ。

 失った腕は再生できるものの、落とした剣までは自動で手元に戻っては来てくれない。

 かといって剣を拾いに行くような余裕もない――近くにあるとは言っても、剣を拾うよりも早くルナホークたちは攻撃を加えてくるだろう。

 いかに相手と距離を離さず、かつ素早く剣を拾い上げて再度隙を突けるか……ヴィヴィアンが勝てるかどうかはそこにかかっていた。

 ヴィヴィアンの呼び声に応え、突如巨大な『馬』が出現する。

 アーサー王の騎乗する馬を呼び出したのだ。


<[コマンド:トランスフォーメーション《パイモン-9》]>


 まるで大きな壁が倒れこんでくるかのような『スタリオン』の踏みつけに対し、ルールームゥが変形トランスフォーメーション――全身を風船のように大きく膨張パンプアップさせた形態へと変形する。


「……」


 ルールームゥ自身が壁となり『スタリオン』を受け止めようとするものの、それが逆に仇となりルナホークの射線を遮ってしまう。

 ルナホークが新しく身に纏ったのは《アサルト・デバイス》――両手に突撃銃アサルトライフルを持つ、軽快な動きでその名の通り突撃アサルトを仕掛ける強襲用兵装だ。


 ――……どうやら、二人の連携もあまりとれていないようですわね。でしたら、これは好機!


 『スタリオン』が壁となり攻撃を遮っている間に傷ついた肉体を『エクスカリバーの鞘』が修復。

 ヴィヴィアンは素早く足元に転がっていたエクスカリバーを拾い上げることに成功する。

 ……だが、エクスカリバーを握る右手に、ヴィヴィアンは違和感を覚えた。


 ――……やはり無条件に、とはいきませんか……。


 『エクスカリバーの鞘』で体力が続く限り再生できるとは言っても、何も代償を払わずとはいかないらしい。

 ほんのわずかではあるが、再生した箇所がしびれているような感覚がある。また、強烈な疲労感もあった。

 今はまだ小さな違和感ではあるものの、これが何回も繰り返されたら……やがて完全に麻痺して動かなくなってしまうかもしれない。

 ……しかし、それを恐れて戦っていられるような相手ではない。

 ルナホークが回り込んでヴィヴィアンへとアサルトライフルの一斉射撃を放とうとするのを横目に、ヴィヴィアンもまたルールームゥたちを壁にするように移動。


「スタリオン、もう少しだけお願いします!」


 いくら霊馬と言っても、本気になったルールームゥ相手にいつまでも拮抗していられるわけがない。

 抑え込まれた『スタリオン』が今にも潰されようとしていたが、彼もまたヴィヴィアンに仕える『妖精郷の守護者アヴァロン・ナンバーズ』の一員なのだ。

 主の声に応え、残された力を振り絞りルールームゥを逆に押しつぶそうとする。


<ピッ……ピー!>

「《ロンゴミニアト》!」


 狙われているのは自分だ、とルールームゥが気付いた時にはもう遅い。

 無防備な脇腹へと向けて黄金の槍が突き立てられ――なかった。


<[コマンド:トランスフォーメーション《ブエル-10》]>


 瞬時に身体をバラバラに分解し『ロンゴミニアト』を回避。

 ……したものの、その後ろにいたルナホークへと『ロンゴミニアト』が向かってしまう。


「……損傷、増大……!」


 完全に予想外だったのだろう、回避し損ねたルナホークの右肩を槍は深く抉っていた。

 ヴィヴィアンにとっても予想外ではあったが、結果として上手い具合にルナホークへとダメージを与えることができた。

 止まらず、生き残っている《ペルセウス》と《ガラハド》が『スタリオン』に同調、それぞれがバラバラになって逃げたルールームゥへと追撃を仕掛けようとする。


「ルナホーク、貴女はわたくしが!」

「……っ!」


 この機を逃さず、ヴィヴィアンはルナホークへと斬りかかろうとする。

 右腕が動かず左腕一本でアサルトライフルを乱射し近づけまいとするが、


「この程度で……怯みませんよ!」


 ヴィヴィアンは再生能力に全てを任せ、防御を捨てて直進する。

 無数の弾丸が全身を穿つものの、穿たれるそばから肉体が『エクスカリバーの鞘』によって再生されてゆき、距離を詰められる。


「コンバート――」

「遅いですわ!」


 別の近接戦用兵装にコンバートしようとした瞬間、再び懐へと潜り込んだヴィヴィアンがエクスカリバーを振るう。

 上段から振り下ろされた剣が、ルナホークの顔から胸、そして咄嗟に庇おうとした左腕を大きく斬り裂く。


「損傷……甚大……」


 今の一撃を魔力光波にすれば、という考えはないわけではないが、着実にダメージを与えてからでなければならないという考えが勝った。

 結果、ルナホーク本体へのダメージは蓄積し、兵装を入れ替えただけではリカバリーできないほどのダメージを与えられている。

 コンバートを中断され、両腕を失ったルナホーク――今こそが好機、とヴィヴィアンはついにエクスカリバーの魔力を解き放とうとする。



<! ピピッ!>

「ぐぁっ……!?」


 が、その瞬間バラバラに分離していたルールームゥの拳がヴィヴィアンの顔面へと叩き込まれる。

 流石に身体を幾つものパーツに分離しているためか、召喚獣たちでもすべてを抑えきることはできなかったようだ。

 もしもアヴァロン・ナンバーズが勢ぞろいしていたのであれば……と思わずにはいられないが、ナンバーズを犠牲にして追い込まなければここまで至ることはできなかっただろう。


「くっ……ルールームゥ……!」


 完全に攻撃のタイミングを妨害されてしまい、ルナホークに逃げられてしまう。

 退避したルナホークが今度こそコンバートを完了、両手両足を『格闘』戦用に切り替える。


 ――拙いですわね……。


 キング・アーサーをインストールしたといっても、ヴィヴィアン自身の格闘能力は大したことはない。

 パワーで強引にねじ伏せることも普通の相手であれば可能だろうが、格闘特化となったルナホークに加えルールームゥまでいる状態では難しいだろう。

 ならば、ルールームゥもまとめてエクスカリバーで薙ぎ払うか、と考えるがそれも難しいと言わざるを得ない。

 身体が霊装そのものであるルールームゥの防御力は相当のものだ。体力も果たして削り切れるかどうかはわからない。

 そもそもエクスカリバーを確実に当てるためにルナホークの隙を作ろうとしていたのに、ルールームゥによってそれが妨害されている状況なのである。

 手詰まりとまではいかないが、当初よりはるかに厳しい状況になったと言えるだろう。

 当然、だからと言って諦めるヴィヴィアンではない。


 ――……わたくし自身と、残るは《ペルセウス》《ガラハド》《ナイチンゲール》……。


 『スタリオン』はいつの間にかルールームゥの攻撃を受けて倒されてしまっている。

 自身を含めて四体――それがヴィヴィアンに残された正真正銘最後の戦力だ。


「きゅー……」

「……ふふっ、キューちゃん様もいらっしゃいましたわね」


 胸元に必死にしがみ付きながらも、ヴィヴィアンに同調するようにルナホークたちに威嚇? の唸り声を上げているキューを見て、ヴィヴィアンの心が少し落ち着いた。

 大丈夫、

 いつものように、自分たちよりも圧倒的に上回る相手に立ち向かい、勝利する――それだけのことだ。

 ただ一点、いつも通りではないのは、誰の助けも望めないということにある……が、仲間の助けを期待して戦うというのは『いつも通り』ではない。

 『アリスと共に並び立ち戦う』、ヴィヴィアンの想いは変わっていない。


「ルナホーク、ルールームゥ……貴女たち二人が相手でも、決して退きませんわ。この戦いは、必ずわたくしが勝ちます」


 エクスカリバーを構え、改めてヴィヴィアンはそう宣言する。

 難敵ではあるが、勝ち目のない戦いではない――それが今までの攻防でのヴィヴィアンの結論だった。

 状況は刻一刻とヴィヴィアンに対して不利にはなっているが、『詰み』ではない。

 むしろ、『後一歩』のところまでルナホークを追い詰めることは出来ていたのだ。

 ここから先はヴィヴィアンが倒れるよりも早く、最後の『一歩』を詰められるかどうかにかかっている。

 そして、その『一歩』を詰めるためには、今まで以上の『覚悟』が必要となることをヴィヴィアンは理解していた。




<ピピ……ピピプピプー>


 《ブエル-10》を解除、元通りの形態へと戻ったルールームゥだったが、ぼーっと突っ立っているだけで積極的に襲い掛かってこようとする気配は見えない。

 もちろん、ヴィヴィアンから攻めていけば反撃はしてくるのは疑いようがないが……。


 ――……? この方、一体……?


 図らずも仕切り直しとなったことで頭を冷やしたヴィヴィアンの脳裏に、ある疑念が湧き上がってくる。

 ルールームゥが現れたことで千載一遇のチャンスを逃したのは確かだが、だからと言って逆にヴィヴィアンが仕留められるということにもならなかった――その機会は確実にあったはずなのに。

 そもそも、最初の不意打ちでヴィヴィアンにとどめを刺さなかったのも不可解だ。

 タイミング的には十分ヴィヴィアンを倒すことができたはずだというのに、右腕を斬り落とすだけにとどめたようにしか思えない。

 他にも、『スタリオン』を止めるためとは言え、ルナホークの攻撃を邪魔するような《パイモン-9》への変形、そのあとはヴィヴィアンの攻撃を回避するために《ブエル-10》を使ったことによりルナホークへと『ロンゴミニアト』を当てさせてしまっている。

 ……ヴィヴィアンの援護をしているとは到底思えないが、だからと言ってルナホークの援護をしているとも思えない、奇妙な行動をとっているとしかヴィヴィアンには思えなかった。

 もっとも、その疑問をルールームゥ本人にぶつけたとしてもまともな答えが返ってくるとは期待できないが。


「敵機……叩き潰します」


 ヴィヴィアンの抱いた疑問をルナホークは抱いていないのか、変わらず無表情のまま拳を構える。

 ルナホークの今の兵装は《ノックアウト・デバイス》――両拳はボクシングのグローブのような形状に変わり、肘や肩、膝など打撃に使える箇所にスパイク付きのサポーターのようなパーツが装着されている。

 接近戦でエクスカリバーの脅威に晒されることはわかっていても、もはやルナホークには他の選択肢はないのだ。

 ヴィヴィアンが不得意な接近戦で、エクスカリバーをかわしつつ打撃でノックアウトする――無表情ながらもそう考えているであろうことはヴィヴィアンにも伝わってきていた。


<[コマンド:トランスフォーメーション《アモン-7》]>


 ルールームゥもまた、かつてジュリエッタと互角以上に渡り合った近接格闘形態 《アモン-7》へと姿を変える。

 変形完了と同時に二人が動く。


 ――速い……!


 左右に分かれ、ヴィヴィアンを同時に攻撃せんと一瞬で距離を詰めてくる二人。

 自ら近づいてきたところにエクスカリバーを……と考える余裕もなく、


「うぐっ!?」


 あっという間に距離を詰めたルールームゥの拳が、ヴィヴィアンの顔面を殴り飛ばす。

 ……この一撃で頭部を砕かれなかったのは幸運だった、とヴィヴィアンはくらくらとする頭で考えるが、当然『幸運』などではない。


「がはぁっ!?」


 続けてルナホークの拳が無防備な腹部へと突き刺さる。

 そちらへ意識を向けた瞬間、再びルールームゥの拳が顔面へ……。

 追撃しようとするルナホークを止めようと《ペルセウス》たちが三体がかりで襲い掛かる。


「くっ、この……!?」

<ピー!! ピ、ガー!!>


 今のうちに体勢を立て直し、と思う暇もなくルールームゥはまるで狂ったかのようにヴィヴィアンへと攻撃を続ける。

 それも、、だ。


「いい加減に、しなさいっ!!」

<ピガッ!?>


 確かに顔を殴られるのは痛いが、『顔しか狙わない』のであれば攻撃は単調にならざるをえない。

 拳の隙を縫って下から上へエクスカリバーを跳ね上げ、胴体をわずかながらに斬り裂く。


「はぁっ……はぁっ……」

<ピィィィ……ピピッキー!>

「!? こ、この……!?」


 斬られたことで一瞬怯んだルールームゥだったが、大したダメージにはならなかったのだろう、すぐさま反撃に移る。

 ……それもまた、ヴィヴィアンの顔面を狙ったものだった。

 執拗に顔だけを狙う意図がわからず、ヴィヴィアンも困惑する。

 ヴィヴィアンの萎縮を狙っている、とも思えない。

 確かに普通ならば顔を執拗に殴られる、というのは相手の心を折るには容易な手段の一つではある。ましてや、現実世界では10歳の子供でありかつ『ゲーム』内でもどちらかと言えば後方支援が主となるヴィヴィアン桃香にとって、何度も何度も顔を殴られるというのは恐怖以外の何物でもないだろう。怯えて縮こまるようになっても誰も責められまい。

 しかし今は状況が状況だ。

 『あやめを助ける』ためにあらゆる覚悟を決め、一人でも戦い抜くと決めた今のヴィヴィアンはその程度で萎縮などしない。

 むしろ、怒りと闘志をますます燃やすだけである。

 それでいて頭は冷えてもいる。


<ピピッ!?>


 脅威ではあるが単調な顔面を狙ったパンチを、自ら前に出ることで回避――ルールームゥの胸付近に左手を当て、ヴィヴィアンは叫ぶ。


「《ロンゴミニアト》!!」

<ビガァァァァァッ!!>


 今度は《ブエル-10》での回避もさせず、至近距離からの『ロンゴミニアト』が炸裂。

 胴体を貫くには至らなかったが、衝撃でルールームゥを大きく後方へと弾き飛ばすことに成功する。


「ルナホーク!」

「…………」


 ルールームゥが復帰するよりも早く、ルナホークを仕留める。

 すぐさまヴィヴィアンは駆ける。

 ルナホークはというと、自身に絡んできていた《ガラハド》を床へと叩きつけ完膚なきまでに砕いたところであった。

 残る《ペルセウス》も全身のあちこちにヒビが入り、満身創痍といった状態となっている。


 ――これで終わらせる……!


 次にルールームゥが復活したら、もはや為す術はない。《ペルセウス》だけではルナホークもルールームゥも足止めすることはできない。

 だからこれが最後の攻撃とならざるをえない。

 エクスカリバーを腰だめに構えながら一直線にルナホークへと向かう。

 ルナホークはそんなヴィヴィアンを見て、変わらず冷静に【演算者カリキュレーター】で計算し――その場から大きく後ろへと跳んで距離を離そうとする。

 たとえ召喚獣と接触して加速したとしても、ある程度距離を開ければエクスカリバーは容易に回避できる。そう計算結果を出したのだろう。それは実際正しい。

 正しいのだが……。


「ナイチンゲール!」

「っ!?」


 召喚獣同士を接触して加速させる――そこまではわかっていたはずなのに、【演算者】は見誤っていた。

 弾かれて加速したのはヴィヴィアンではなく《ナイチンゲール》の方だったのだ。

 支援役、かついざという時の加速役として存在しているとばかり思い込んでいた《ナイチンゲール》こそが、ルナホークに最大の隙を作るための伏兵だったことを、ルナホークも【演算者】も見抜くことができなかった。


「!? 行動、不……能……!?」


 当然、《ナイチンゲール》もただ体当たりをしたわけではない。

 彼女の持つ唯一にして最大の武器――巨大注射器の針が、ルナホークの腹部へと突き刺さっていた。

 《ナイチンゲール》の能力は治療だけではない。様々な薬品を混合した『毒』を扱うこともできるのだ。

 その『毒』がルナホークの動きを阻害する。


「意外とポンコツですわね、【演算者】」


 完璧なようでいてどこか抜けている――まるであやめのようなギフトにヴィヴィアンは軽く苦笑しつつ、最後のチャンスを逃すまいとエクスカリバーの魔力を解き放とうとする。


<[コマンド:トランスフォーメーション《ゴモリー-56》]>


 それを防ごうと、離れた位置に飛ばされたルールームゥが『粘着弾』を周囲に放つ。

 動きを完全に封じるまでには至らないが、それでも足を取られたヴィヴィアンがその場に躓きかけ勢いが削がれる。


「目標……排、除……!」


 《ナイチンゲール》を殴り飛ばして砕いたルナホークが、無理矢理身体を動かしヴィヴィアンへと拳を振るう。

 今度こそ――エクスカリバーは間に合わず、回避もできず、ヴィヴィアンにとどめを刺せる……はずだったが、ルールームゥが出鱈目に放った粘着弾のうち一発が、ルナホークの拳に命中してしまった。


「……ルールームゥ……」

<ピッ!? ピッ……ポー>


 そんなつもりはなかった、と言い訳するようなルールームゥだったが、構わずルナホークは攻撃を加えようとする。

 ルールームゥも構わず粘着弾を放ち続け、それが更にもう一発ルナホークの膝を固めてしまう。

 ……どちらにしろ、それでルナホークは止まらず、ヴィヴィアンも足を封じられている状況だ。

 距離的にもエクスカリバーを振るうよりもルナホークの拳の方が速い。

 再生可能とはいえ、この状況では再生し続けることができても意味がない――諦めてはいないものの、ヴィヴィアンも自身の絶体絶命を感じずにはいられない状況だった。


「――キュー!!!!」

「きゅ、キューちゃん様!?」


 そんな時だった。

 ヴィヴィアンの胸元にしがみついていたキューが飛び出し、ルナホークの顔面へとへばりついた。


「……邪魔、者は……排除…………!?」


 流石に顔に小動物が張り付いて視界を塞がれたらルナホークでもヴィヴィアンへの攻撃を外しかねない。

 真っ先に排除すべき障害としてキューを認定、引きはがそうと無事な方の手でキューを掴んだ瞬間――


「……?」


 まるで電撃に撃たれたかのようにルナホークの身体が一瞬、大きく震えた。

 が、すぐにキューを引きはがし、忌々し気に床へと思いっきり叩きつける。


「キューちゃん様!!」

「………………」


 ぐったりと床に横たわるキューは、もう鳴き声すら上げることができない状態だった。


「……ルナホォォォォォォォクッ!!!」


 ――再び、ヴィヴィアンの心が怒りで燃え上がった。

 エル・アストラエアを破壊したルナホークを目にした時と同じ、本当のあやめだったら絶対しないような非道な行いを目にし、ヴィヴィアンがついに

 ……その怒りの中には、キューを守ると言いつつも守り切れなかった自分への怒りも含まれている。

 諸々の怒りを込め、粘着弾に囚われた足をエクスカリバーで斬り落とし、ヴィヴィアンは目前のルナホークへとエクスカリバーを解き放つ。


<ピピッ……>

「…………」


 ルールームゥはそれを見ても――ただ成り行きを見守るかのように離れた位置から傍観し、ルナホークは迫る魔力光をただ沈黙して見つめ――




「…………強く、なりましたね……




 誰にも届くことなく、そう呟いた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は絶対時間にして185に遡る。




 816――あやめは特にやることもなく暇を持て余していた。

 ちょうど夕ご飯の少し前辺りの時間帯だ。

 いつもなら一緒に過ごす桃香も、この日は『そろそろ夏休みの宿題をやりなさい』と言われ半泣きで部屋に籠っている――あやめが傍にいるとほとんどをあやめが片付けかねないというので、敢えて離れ離れになっている。

 桃香の世話以外に特にやることもやりたいこともないあやめは、仕方なしに桜邸と併設している鷹月家の滅多に使用しない自室へと戻り、何となく片づけをしたりぼーっとしたりで時間を持て余していた。


”けけけっ……よーぅ、嬢ちゃん”

「!?」


 そんな時、どこからか――頭の中に直接響くような、奇妙な男の声が聞こえてきた。

 神経を逆なでするような、他人をからかうような不快な声の持ち主――小さな『サル』のような姿をした奇妙な存在は、いつの間にか部屋の中へと現れていた。


”初めましてだな、嬢ちゃん。俺っちのことは――と呼んでくれや”

「……」


 普通の女性なら悲鳴を上げるなりする場面なのだろうな、と頭のどこかで思いつつも冷静にあやめは侵入者『マサクル』と対峙する。

 人語を話す『サル』という点には、不思議と不自然さは感じていなかった――が、が不自然な存在であることだけははっきりと理解している。

 もしこれが自分ではなく桃香に仇なすものであれば――と自然とあやめの思考は『桃香のお姉ちゃん』から『桃香のボディガード』へと切り替わっていた。


”うけけっ、まー挨拶なしにお邪魔したんじゃしょうがねーやな”


 あやめの内心をわかっているのか、マサクルはおどけたように肩を竦めてみせる……が、それが本心とは到底思えない態度のまま一方的に続ける。


”で、話は変わるんだけどよぉー……”

「……あなたは、一体……」


 『不審者を倒そう』とか『逃げよう』とかいう気が

 恐れが原因ではないはずだが、

 戦うも逃げるも選択肢にならない――ただ、この奇妙な生物の話を……不思議とそう思ってしまい、あやめの身体はまるで操られるようにその場に縛り付けられていた。

 にやぁ、とマサクルが笑う。


”お前さん、ゲームは好きかい?”

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