第9章5節 Mind Tricks

第9章29話 愛を胸に、剣を掲げよ

■  ■  ■  ■  ■




 『愛』は剣よりも強く、銃よりもなお剛く――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちが異世界へとやってきてナイアと戦っている最大の理由は、『眠り病』の解決――ピースとなってしまった者たちの救出にある。

 だが、それ以上に重要な目的は、『あやめの救出』にあると言える。

 もちろんピースとなった他の犠牲者たちを切り捨てて良しというつもりはない。

 それでも、冷たいようだが『身内』がどうしても優先になってしまうというのは、人間の心理として当然のことではある。




 中でも特にその気持ちが強いのが桃香だ。

 桃香にとってあやめは姉同然――どころか、姉そのものであると言える存在である。

 あやめが眠りに落ちてから、桃香の体感時間にして二週間以上が経過し、先日のエル・アストラエア襲撃で抑え込んでいた気持ちが弾けてしまった。

 ……その結果、ルナホークとルールームゥ二人がかりだったとは言え敗北を喫することとなってしまう。




 他のピース以上によくわからない状態に陥っているあやめルナホークを救出するのは困難を極める。

 賢く考えるならば、ルナホークに対してはひたすら足止めに徹し、元凶であるナイアを倒す――というのが最善であるのは言うまでもない。

 よくわからない状態と言えども、ルナホークはピースではなくユニットであるのは間違いない。

 であれば、使い魔であるナイアマサクルをゲームオーバーに追い込むことで自動的に『救う』ことになるはずだ。




 だが、その『賢い考え』を桃香は取らなかった。

 思いつかなかった、わけがない。ラビや楓たちも当然考えついていたし、桃香でもそういう手段があることは理解していた。

 それでも『賢い考え』を取らなかったのには幾つか理由はある。

 ただし、それは『より賢い考え』ではなく、主に感情的な理由ではある。




 一刻も早くあやめを解放してあげたい、という気持ちは当然ある。

 洗脳状態にあると仮定して、それを手っ取り早く解除するにはリスポーン待ちにするのが一番ではないか、という考えもある。

 エル・アストラエア襲撃時に桃香が思ったように、たとえ操られているとしてもこれ以上あやめに非道な行いをさせたくない、という思いもある。

 しかし、桃香が今抱いているのはそれらよりも強い気持ちだった。




 ――




 ただそれだけである。

 元々考えるよりも直感で動くタイプでもある。あれこれ可能性を考えながら動くのは性に合わない。

 あやめのことを他人任せにもしたくない。

 何にしても、アリスの妨害をさせるわけにもいかない。

 それらの諸々の事情と桃香自身の感情がごちゃ混ぜとなり、『とにかくルナホークの前に立つ』という結論に至ったのだ。

 子供じみた――実際『子供』なのだが――冷静さの欠片もない無謀な行為とも言える。

 本来ならばラビたちは桃香を止めるべきであったかもしれない。

 けれども、桃香の行動原理を理解しているがゆえに、誰も止めなかった。

 桃香もまた、ラビたちがどういう思いで自分を送り出してくれたのか、自分のやろうとしていることを応援してくれているのかを理解している。




 故に、桃香ヴィヴィアン言うのだ。


「『絶対に負けないで』――ですか」


 最終決戦前の作戦会議でありすがメンバー全員に向けて言った言葉を思い出し、ヴィヴィアンは苦笑する。

 ありすがその言葉を発した時、どう考えていたのか――心のうち全てを当然把握しているわけではない。

 何となく思うところはあるが、それが正しいかどうかまではヴィヴィアンにはわからないし、わかる必要もない。


「全く……ですわね、ありす様」

「きゅっ!?」


 ルナホークから放たれる砲火を《ペガサス》を操り回避し続けながら、ヴィヴィアンは呟く。

 とても呑気に過去を振り返っている余裕のある状況ではないのだが、まるで何てことないようにヴィヴィアンはいつにもまして優雅な笑みを浮かべなおした。

 らしくない――メンバーの中で、誰よりもアリスと共に戦ってきたヴィヴィアンからしてみれば、あの時のありすの言葉は全く『らしくない』ものであった。

 いつものありすならば、きっとこう言うだろう――そう思いつつ、ヴィヴィアンはルナホークへと真っすぐに視線を向け、高らかに宣言する。


「この戦い――必ずわたくしが勝ちます!」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ヴィヴィアンとルナホークの最後の戦いは、一見するとルナホークが一方的にヴィヴィアンを追い詰めているように見えた。

 遠近どちらでも戦える兵装デバイスを持つルナホークだが、現代……いや未来の兵器を模しているためか、どちらかと言えば遠距離攻撃の方が豊富だ。

 一撃でも命中すればユニットを消し飛ばせるであろう大火力の砲撃を、本人が高速で飛行しながら放ってくるのだ。相手からしたら理不尽極まりないものだろう。

 しかし、今ルナホークが相手にしているのは、ラビのユニットの中でも特に『万能』な能力を持つヴィヴィアンだ。


「……ふふっ、たまにはこうして『開き直る』というのも良いものですわね」

「きゅー!」


 自分が冷静かどうかは判断がつかないが、それでもエル・アストラエア襲撃の時よりは冷静であるとヴィヴィアンは分析していた。

 それが、彼女の言葉通りのある意味で『開き直り』であることは確かである。

 あれこれ考えるのを止め、悪い想像をことごとく無視しているがため、傍目には冷静であるかのように映るだけではあるのだが……。

 実態はともかくとしても、ヴィヴィアンにとっては悪い結果にはなっていない。

 それどころか確実に良い方向に働いていると言えるだろう。


 ――大丈夫、わたくしの《ペガサス》でかわせない攻撃ではない。


 落ち着いて行動すれば、ルナホークの遠距離攻撃はヴィヴィアンが回避不能なものではない。

 確かに威力は強大だし射程も長いが、少なくとも『砲撃』タイプの兵装であれば回避は十分可能だ。

 天空遺跡で『封印神殿』を破壊したような広範囲攻撃は別として、迂闊なことをしなければ即落とされるということもないだろう、と考えられる。

 唯一の懸念はルールームゥの横やりが入るかもしれないというところだが、空中要塞という足場になっている今はあまり気にする必要はないかもしれない――離れすぎると対空砲火が来る恐れはあるので、その点は気を付ける必要はあるが。


 ――けれど、いつまでもこうしてはいられないですわね……。


 このまま回避し続けていても仕方がない。

 ヴィヴィアンの目標は、あくまでも『ルナホークを』ことにあるのだから。

 他の戦場と同様、時間稼ぎが無意味なわけではないがかといって大きな意味があるわけでもない。

 むしろ戦いが長引くことはラビ側にとっては不利になることの方が多い――とりわけ顕著なのは、『時間切れ』になってしまいかねないということだろう。

 回復アイテムも有限なのだ。決着は早めにつけられるに越したことはない。

 そうなるとヴィヴィアンからも攻めていかなければならないわけだが、その攻め手をどうするかを決めあぐねている。

 召喚獣を使って遠距離攻撃は可能だが、、という条件をつけるとかなり限られてくる。

 《ヴォジャノーイ》などは地上に置く砲台型であるし、《フェニックス》等の飛行可能な召喚獣で遠距離攻撃もできるものは数少ない。

 新召喚獣の《クリュサオル・トライデント》が理想ではあるが、《ペガサス》に比べ機動力では大幅に劣るためルナホークの攻撃を回避することが難しくなる。


 ――……となれば、やはり――


 決めあぐねてはいたものの、かといって事前に何も考えなかったわけではない。

 幾つか想定できるパターンを考え、その中で最も勝率の高いであろう戦い方はヴィヴィアンの中で決まっていた。

 そのパターンに嵌めるのも一筋縄ではいかないため、他のパターンでも戦えないかは検討してはいたが……やはり、当初の考えでいくしかない、とヴィヴィアンは結論付けた。


「キューちゃん様、これから更に激しくなります。しっかりと掴まっていてくださいませ」

「きゅっ!? きゅー!」


 ヴィヴィアンの言葉を本当に理解しているのだろう、胸元に押し込まれたキューがぎゅっと更に強くしがみ付く。

 ……今までヴィヴィアンは特に疑問に思っていなかったが、改めて考えると不思議な生き物だ、と今更ながらに思う。

 人間の言葉を理解しているように見える生物は現実にももちろんいるし、ある程度の意思疎通も可能なのは知っている。

 だが、キューはそうしたヴィヴィアン桃香の知る生き物とは次元が違うと思わされる。

 明らかに人間の言葉を理解しているし、自分で考えて行動している節もある。

 であれば、この最終決戦でついてきたのも――更に言うならばヴィヴィアンについてきたのにも、キューなりの思惑があってのことなのでは……と考えずにはいられない。

 ただ、それが自分たちに仇なすものである、とも思えないのだ。

 純粋な好奇心でついてきてしまっただけなのかもしれないし、キューにはに来なければならない理由があるのかもしれないし……。


 ――考えても仕方のないことですわね。今は目の前のルナホークに集中しなければ……!


 疑問には思うが最優先のものではない。

 キューに対する考えを一旦脇に置き、ヴィヴィアンはルナホークへと集中しようとする。


「……」


 相変わらず何を考えているのかわからない無表情――というよりも、作り物のような表情のルナホークの心中は計れない。


 ――いえ、やはりのかもしれませんね……。


 最初の天空遺跡に時、そしてエル・アストラエア襲撃の時とのことを冷静に思い返し、ヴィヴィアンはルナホークについて一つの推測をしていた。

 それは、今のルナホークには『意思』が存在していない――言うなればナイアの『操り人形』となっているのではないか、というものだ。

 いかなる力での洗脳によるものなのかはわからないが、ヴィヴィアンにはそうとしか思えない。




 ヴィヴィアン――いや、桃香には一つの確信がある。

 それは、、というものだ。

 たとえ世界中が――絶対にありえないと桃香自身は思うが、たとえラビたちが桃香の敵に回ったとしても――あやめだけは絶対に桃香の味方になってくれるという絶対の信頼だ。

 桃香の方が悪いとしても、あやめなら桃香の側についてきてくれる。そして、桃香が間違っているのだとしたら、やんわりと裏で桃香を『正しい』方向へと導こうと暗躍するだろう。

 ある意味で甘えでもあり、まるで親に対する無条件の愛を信じるようなものであるが、桃香にとってのあやめとはそういう存在であり、またあやめにとっての桃香もそういう存在である――と、今回の件で桃香は改めて確信した。

 ……あやめが本当はどう思っているのかについては、桃香にはわからないので勝手な思い込みかもしれない、とは思う。

 しかし、そう思わなければならないほど桃香は追い詰められていた。

 そして、これが独り善がりな思い込みだとは思えないくらい、桃香とあやめの『絆』は脆いものではないはずだと信じていた。

 だから、エル・アストラエア襲撃の時に躊躇いなく桃香を撃ったルナホークには、『あやめの意思』がないのではないかと桃香は考えたのだ。

 眠っているのか、あるいは理屈はわからないが記憶を封じているのか、それとも――何にしてもヴィヴィアンには理屈はわからないが、あやめ自身がルナホークとして振る舞うことができない状態にされているのだと考え、それが正しいとして行動することにした。




 故に、とにかく行動する。

 ルナホークの前に立つ。

 そしてルナホークを――放置していても状況はきっと良くならないだろうし、以前に述べた通り倒せば何かしら状況は変わるはずだと信じて。




「まずは――」


 最初にやるべきことは、自分に攻め手の少ないことだ。

 もちろん自分一人が降りても意味がない。

 ルナホークを引きずり下ろす、あるいは空中戦を続けても意味がない、もっと言えば空中戦では負けるかもしれない、と思わせる必要がある。

 ……攻め手が少ないというのにそう思わせるのは困難かもしれない。

 が、やるしかない。

 とにもかくにも、ルナホークを倒すためには地に足をつけて戦うしかヴィヴィアンには道はないのだから。


「サモン《グリフォン》、《ハルピュイア》、《ワイヴァーン》!」


 まず呼び出したのは、《ペガサス》を含めた空中戦を得意とする各種召喚獣たちだ。

 地面に降ろすにしても、空中戦をまずは戦い抜かなければならない。

 ……『開き直った』とはいっても、ヴィヴィアンは本当に何も考えずに戦っているわけではない。

 むしろ、いつもの倍以上に頭をフル回転させて『作戦』を考えている。

 呼び出された計五体の召喚獣が大きく散りながら、多方向からルナホークへと攻撃を仕掛けようとする。


「……敵機確認、迎撃します」


 新たな『敵』が現れたとて、ルナホークの表情に変化はなし――動揺も、余裕もそこにはない、ただの『虚無』を浮かべていた。

 彼女が今身にまとっているのは遠距離砲撃用のランチャーを両腕に持つ砲撃兵装ガンナー・デバイスだ。

 両手のランチャーはどちらもかなりの射程距離を誇るものの、複数の目標を同時に攻撃できるような兵装ではない。


「コンバート《マイクロミサイル・モジュール》」


 そう呟くとともに、彼女の両肩に四角い箱状のパーツ――SFアニメであるような、無数の小型マイクロミサイルが詰まったランチャーが装着される。


 ――……やはり厄介な魔法ですね……。


 実際にエル・アストラエア襲撃時に戦い、そしてラビの目を通してルナホークの能力は聞いているが、知ったところで対処のしようのない厄介な魔法である、と改めて認識しなおす。

 兵装転換魔法コンバート――それが、ルナホークの持つ唯一の魔法だ。

 その効果は、ルナホークの装備を状況に応じて変更するというものであるが、その『変更する』の幅がとてつもなく広い。

 おそらくは想像力の及ぶ限り、新たな兵装を作り出すことができるのだろう。

 魔法の性質としては、想像力・発想力がモノを言うアリスやクロエラ、そしてヴィヴィアン自身の魔法と同質と言える。


 ルナホークの両手足、そして体の各所に装着するパーツを『ギア』。

 外部兵装として自由に取り扱うことのできる武装が『モジュール』。

 ギアとモジュールをセットにしたものが『デバイス』。


 これら三種を自在に入れ替え、あるいは組み合わせることで様々な状況に対応することができる魔法だ。

 特に厄介なのは、『モジュール』だろう。

 ギアと異なりルナホークの身体自体とは独立した文字通りの『武装』のため、モジュールに関しては同時に複数のものを持つことができる。

 もちろん、銃のような『指で引き金を引く』ことで動作するようなものを三つ以上呼び出しても扱いきれないだろうが、今呼び出した《マイクロミサイル》のような引き金のないタイプ――意思一つで発射が可能な武装に関してはほとんど制限がない。

 加えて厄介な能力がもう一つある。


「……」


 無言のまま、ルナホークが両手のランチャーとマイクロミサイルを発射する。

 《ペガサス》は機動力で無理矢理振り切ることはできたものの、呼び出した《ワイヴァーン》たちは回避することができずにミサイルの直撃を受けてしまう。

 これだけで小型の《グリフォン》《ハルピュイア》は行動不能となり、墜落していってしまった。


「――【演算者カリキュレーター】……ですか」


 ラビに聞いて知ってはいたものの、改めてそのギフトの能力を目の当たりにして思わずヴィヴィアンは呟いた。




 【演算者】――ルナホークのギフトの名である。

 その名の通り、ありとあらゆる『演算』を瞬時に行い、結果を教えてくれるというギフトである。

 これだけ聞くと『算数の問題が一瞬で解ける』というだけにヴィヴィアン桃香には思えたのだが、もちろんそんな生易しいギフトではない。

 事『戦闘』に限っても、とてつもなく凶悪な効果を発揮するギフトである、とラビたちは分析していた。

 要するに『相手の動きを計算して先読みする』ことが可能となるギフトなのだ。

 もちろんあくまで『計算』なので、予想外の事態等で結果が狂うことはありうる――《ペガサス》のような力業で読みを外す方がおかしいのだ。

 が、よほどのことがない限り計算が狂うことはないし、計算結果は正確無比としか言いようがない。

 これの能力をルナホークが使用した場合、相手の動きを先読みしてその方向へと向かって砲撃するという、いわゆる偏差射撃をコンピュータなしで自力で正確に行うことができることを意味する。

 つまり――ルナホークに狙われたら、ほぼ回避することができない、ということだ。

 空中戦をしたくない理由のもう一つがこれである。

 自由に動けるヴィヴィアン自身は《ペガサス》のスピードで何とか回避はできるが、それも絶対ではない。

 地上戦であっても【演算者】は問題なく機能する――その上ヴィヴィアンも別に地上戦になれば有利になれるというほど得意でもない。

 要するに『不利の度合い』が地上の方がマシ、という判断である。


「確かに厄介なギフトではありますが――」


 それでも尚ヴィヴィアンは微笑む。

 

 相手の動きを計算して先読みすることは出来る。

 ヴィヴィアン桃香自身が常々算数の授業で実感している通り、『数式』は絶対だ。答えは(桃香にはちんぷんかんぷんであっても)必ず一つに定まるのだろう。

 だが、ほんの少しの出来事変数が加わることで数式の答えは簡単に書き換わってしまうものでもある。


「攻略は不可能ではないと存じます。

 オーバーライド《スプリガンズ》、オーバーロード《フェニックス》!」


 撃墜された《グリフォン》三体、そして《ハルピュイア》二体へと上書召喚オーバーライドを掛け、更に《ワイヴァーン》へと《フェニックス》を合成召喚オーバーロード

 魔力の消費は激しくなるが、召喚獣が消滅するよりも前にオーバーロード・オーバーライドをすることで消滅をキャンセルすることができるのだ。

 《スプリガンズ》は新たに作り出した五体一組の召喚獣である。

 その姿は財宝の守護者スプリガンとはほど遠い――魔獣型ではなく武器型召喚獣のものであった。

 スペースシャトル、が一番近い形であろうか。ずんぐりとした小型の飛行機にも似ている。

 それらが一斉にブースターを噴射、まるで矢のように高速で飛行を開始する。


「……!?」


 それらの目標はルナホーク、ではない。

 《フェニックス》と合成された《ワイヴァーン》へと向かっていくものがあったのだ。

 たとえ合成されていたとしても、『召喚獣同士は接触できない』というルールに変わりはない。

 《スプリガンズ》と接触し、弾かれた勢いで《ワイヴァーン》が巨大な弾丸となってルナホークへと発射される。

 それを迎撃しようと砲を構え発射するが、砕かれた《ワイヴァーン》は勢い止まらずルナホークへとぶつかる。

 多少砕かれようとも、《フェニックス》と合成したのであれば自己再生能力を持つのだ。


「……修正が必要……」


 勢いは削いだが、燃え盛る巨大なドラゴンの体当たりは脅威には変わりない。

 迎撃失敗したとすぐに認識し、『再計算』を行い効率的な迎撃――そしてヴィヴィアンへの直接攻撃を行おうとするルナホークであったが、



 判断が遅い。

 確かに【演算者】による先読みは戦闘に関してはトップクラスと言えるほど有能だろう。

 だが、それも使う人間次第だ。

 【演算者】の先読みにしまったら、いざという時の咄嗟の判断が遅れてしまう。

 ……ましてや今のルナホークは、ヴィヴィアンの推測が正しければ『自分の意思』が封じられている状況なのだ。猶更咄嗟の判断は遅れるだろう。

 ヴィヴィアンは《ワイヴァーン》を突っ込ませるのと同時に、自分の方にも《スプリガンズ》を飛ばして《ペガサス》を弾かせて自らも突進していた。

 上方から《ペガサス》、下方から《ワイヴァーン》の二重の突進をルナホークは回避しきれなかった。




 ――とは言え、いくら硬い召喚獣の突進であろうとも、ルナホークにとってはそこまで脅威ではない。

 体当たりによるダメージは食らうだろうが、それ一撃で致命傷になるほどのものではないだろう。

 むしろヴィヴィアンが近くに来た――それも以前とは異なり憑依召喚インストールをしていない状態なのだ、近接攻撃で仕留めるチャンスとも捉えられる。

 ルナホークもそう思ったのだろう、《ワイヴァーン》の突進を回避し《ペガサス》の体当たりを受け止めつつ近接用のモジュールへとコンバートしようとする。

 ……その判断すらも、ヴィヴィアンにとっては


「オーバーライド《ヘカトンケイル》、《イガリマ》、《シュルシャガナ》!」

「!?」


 モジュール呼び出しよりも早く、ヴィヴィアンが《ペガサス》を《ヘカトンケイル》に、《スプリガンズ》のうち二体を専用武装イガリマ・シュルシャガナに上書きする。


「墜ちなさい!」


 加えて残った《スプリガンズ》が《ヘカトンケイル》に接触、猛烈な勢いでルナホークごと地面――空中要塞へと弾き飛ばす。

 単純な力ではなく魔法的な、ユニットが逆らうことのできない理不尽なパワーで飛ばされる《ヘカトンケイル》の重量と勢いに、ルナホークは抗うことができなかった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「きゅ……きゅぅ~……」

「キューちゃん様、申し訳ございませんがまだ終わっておりませんので、今しばらくのご辛抱を」

「きゅ、きゅー」


 狙い通りルナホークを地上に落とすことができた。

 すぐさまヴィヴィアンは全召喚獣を回収リコレクトし、魔力を回復させる。

 ……もっとも、度重なるオーバーライド・オーバーロードによる消費は大きく、ここに至るまでに回復アイテムキャンディは幾つか消費してしまっている。

 再びルナホークに飛ばれたら同じ方法で落とす、というのは難しいだろう。

 その心配はあったものの、立ち上がったルナホークは飛ぼうとはしない。


「……飛行ユニット、破損……」

「ふふ、どうやらパーツを入れ替えることはできても、修理はすぐにはできないようですわね」

「…………」


 ルナホークは飛行能力を持つが、あくまでも魔法――身に纏ったギアやモジュールの効果によるものだ。

 ガブリエラたちのように魔法を使わず自力で飛んでいるわけではないため、飛行用のパーツが壊れてしまったら飛ぶことはできなくなる。

 もっとも、ヴィヴィアンの知るところではないが、飛行能力を持つギアは何種類も存在している。一個が壊れたところで本来ならば支障はない。

 しかしルナホークは新たな飛行能力へとコンバートすることを選択しなかった。

 ――【演算者】の結果、同じように叩き落される可能性が高い、と出たからだ。

 この計算結果にヴィヴィアンの残り魔力が含まれていないことに、ルナホーク本人は気付いていないが……仮に後一回同じように叩き落されたとして、それが空中要塞ではなく地上だった場合、間違いなくルナホークは倒されることになるだろう。

 そうした危険性を考え、ルナホークはヴィヴィアンの思惑通りに地上戦へと移行することを決断した。


「……勝率――90


 それでも、【演算者】はルナホークの勝率を90%であると結果を出していた。

 予想外の変数Xで局所的に予想を上回られることはあっても、ヴィヴィアンの攻撃で自分が一撃必殺されることはない、としているのだ。




 ヴィヴィアンの能力についてはほぼ全てを把握している。

 この世界にやってきてからの戦闘は当然のこととして、『冥界』、『名もなき島』、そして――どういう理屈かは不明だが――ジュウベェとの戦いに至るまで全てをアビサル・レギオンは把握し、その内容はルナホークにも伝えられている。

 ヴィヴィアンの持つ四種の魔法、そして召喚獣のいずれを以てしてもルナホークには通用しない、と【演算者】は計算していた。

 最大の射程と攻撃力を誇る《ケラウノス》は食らえば危ういが回避は可能であるし、騎士型と魔獣型をインストールしたとしても問題はない。

 おそらくは最強の召喚獣である《エクスカリバー》であっても、ルナホークの魔法であれば回避も反撃も可能だ。

 《イージスの楯》だけは正面突破することは流石に不可能であるとは考えられるが、『楯』の形をしている以上側面・背面からの攻撃が防げないのはわかっているためどうとでもできる。

 機動力を活かせる空中戦を断念したことで一方的な勝利は不可能にはなったものの、それでも問題ない――ヴィヴィアンの能力の全貌がわかっているが故の『勝率90%』なのだ。




「勝率、ですか」


 ルナホークの独り言を聞き逃さなかったヴィヴィアンは返すように呟く。

 ヴィヴィアンもまた、ルナホークの能力についてはある程度は把握しているし、自分の能力が把握されていることも予想はしている。

 【演算者】の計算能力が諸々のことから『勝率』を弾き出しているのだろうということを理解する。


「貴女のその計算――わたくしが狂わせて差し上げますわ」


 ギフトの魔法を超えた性能を知りつつも、その計算結果を真顔で否定する。

 『勝ち目のない戦い』などいつものことだ。

 そんな戦いを潜り抜けてきたヴィヴィアンにとって、『勝率』など気にするようなものではない。

 ただし、ギフトの結果を

 なぜならば、ヴィヴィアンもまた今回に限ってはからだ。


「インストール――《》!!」




 ヴィヴィアンの持つ数々の召喚獣の中、ただ一つだけ身内にしか知られていないものがあった。

 それこそがキング・アーサー――ラビとアリス以外は名前は聞いたことはあっても実際に目にしたことのない、ある意味で『幻の召喚獣』とも言える存在だった。

 キング・アーサーについてであれば、いかにナイアたちどいえどもその情報を把握している可能性はない。

 単独でキング・アーサーを呼び出す……という考えはゼロではなかったが、暴走の危険性があるし他の召喚獣との連携は不可能だ。

 それではいかに強力な召喚獣であってもルナホークには勝つことは出来ない。

 だからこその、サモンではなくインストールを使うことをヴィヴィアンは決断したのだ。


 ただし、インストールであってもサモン同様に『暴走』の危険はある。

 今まで一度も使ったことのない召喚獣なのだ、インストールしたことで身体をキング・アーサー側に暴走して乗っ取られる可能性もゼロではない。

 だからこそ、ヴィヴィアンは自分のギフトに賭けたのだった。


 【祈祷者インヴォーカー】――未だ効果不明のギフトではあったが、おそらくは『幸運』、つまりヴィヴィアンにとって都合の良い事象を起こすことができるものだとは思われている。

 戦局を一手で覆すほどの事象は流石に起こせないだろうが、ささやかな幸運は起こすことができるはずだ。


 キング・アーサーをインストールしても暴走しない、という『幸運』が起こることにヴィヴィアンは賭けた。


「……ありがとうございます、キング・アーサー様」


 その賭けにヴィヴィアンは勝った。

 鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士姫――それが今のヴィヴィアンの姿だ。

 左腰に提げられた鞘には当然、キング・アーサーの持つ聖剣――エクスカリバーが収められている。

 ヴィヴィアンは自分の意思でエクスカリバーを鞘から抜き放つ。

 虹色の魔力の輝きを放つ聖剣を構える。




「…………勝率、70%に低下……」


 キング・アーサーは知らずとも、エクスカリバーについては知っている。

 そしてインストールの効果についても知っている。

 それらの情報を加味して考えると――今のヴィヴィアンは、、と推測できる。

 いかに《エクスカリバー》をも対処できるとは言え、何度も使われたら無傷での勝利は避けられない。

 それゆえの、勝率の低下を【演算者】は導き出した。

 しかしそれでも尚、勝率は70%――ルナホークが勝つ確率が高い、という答えでもある。

 元より感情の窺えない無表情に、焦りなどが浮かぶ様子はなかった。




 ――……本当に、キング・アーサー様は――なのですわね。


 インストールしたことでヴィヴィアンはキング・アーサーの本来の能力を全て理解した。

 理解したがゆえに、かつてアリスと共に戦った時には、ことを知った。

 それはそうだろう。あの時のキング・アーサーの目的は『エクスカリバーの使い手として相応しいか試す』ことにあったのだ。全力で敵を叩き潰すことにあったわけではない。

 試されていただけ……そう聞いたらアリスは不満そうな顔をするかもしれないが、ヴィヴィアンはキング・アーサーに感謝せずにはいられない。

 もしもあの時キング・アーサーが本気を出してアリスたちを叩き潰すつもりで来たのであれば――きっとそこでアリスたちの冒険は終わっていたに違いないからだ。


 アリスとヴィヴィアンに『試練』を与え、それを潜り抜けたアリスに対しては《エクスカリバー》の使用を許可した。

 ……《エクスカリバー》を使うたびにヴィヴィアンのステータスが減るというペナルティは、きっとキング・アーサーが『ヴィヴィアンは試練を突破していない』と見做しているためだろうと思われる。

 そのことに不満はない――アリスとラビはきっと『ヴィヴィアンの力が無ければキング・アーサーを倒せなかったんだから、ヴィヴィアンも合格だろう』と抗議するだろうが――ヴィヴィアンの全ては、アリスたちのために存在しているのだ。それが彼女の想いだ。


 ――お許しください、ご主人様、姫様。


 けれども、今この時だけは、ヴィヴィアンは自分自身のために全てを使い果たそうとしていた。

 暴走はしなかったといえど、キング・アーサーの力は他の召喚獣とは桁違いに強力だ。それをインストールして無事に済むとは到底思えない。

 エクスカリバーを振るってステータスが下がる、というのとはくらべものにならないリスクを背負うことになる――それは、『ゲーム』から離脱せざるをえないほどの致命傷をヴィヴィアンに与えるかもしれない。そこまでは【祈祷者】の効果を期待することはできない。

 それだけの危険だが強大な力を、ヴィヴィアンは揮おうとしていた。


「――来なさい、わたくしの騎士たちよ!」

「!?」


 キング・アーサーと一体化したことで、その本来の能力を悟ったヴィヴィアンは危険を顧みず揮う。

 ヴィヴィアンの呼び声に応え、彼女の周囲を守るように幾つもの人影が現れる。

 まるでサモンを使った時のように、騎士型の召喚獣たちが自動的にヴィヴィアンの周りに出現してきたのだ。

 《ペルセウス》《ヘラクレス》《ベレロフォン》《ケイローン》《アキレウス》《ランスロット》《ガウェイン》《パーシヴァル》《ガラハド》《トリスタン》《ロウラン》《クリシュナ》《パラスラーマ》《シユウ》《リョフ》《ライコウ》……そして《ナイチンゲール》。

 総勢17体の、ヴィヴィアンの持つ騎士型召喚獣の中でも『最強』に近い者たちが集った。


 これこそがキング・アーサーの本来の能力。

 アーサー王の伝説にある『円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンド』を召喚する――すなわち、自分に仕える騎士たちを無条件に呼び出す能力なのだ。

 キング・アーサー本人ならばともかく、インストールしているヴィヴィアンがこの能力を使った時にどれほどの代償を支払わなければならないのか……想像もできない。

 それでもヴィヴィアンは躊躇わずに使う――使わねばルナホークには到底勝ち目がない……勝たなければ、この世で最も大事な人を取り返すことができないと確信しているがゆえに。




 18対1――奇しくも他の戦場でジュリエッタが陥っていた状況とは真逆となった。

 それでも『確実に勝てる』とはいいがたい、とヴィヴィアンは思っている。

 それほどまでに、ルナホークの力は底知れない。

 だが、これがヴィヴィアンのなのだ。

 これを超える召喚獣は存在しないし、同じことをサモンでやろうとしてもヴィヴィアン一人の回復アイテムでは賄うことはできない。


「わたくしの全身全霊――この力で、貴女に勝ってみせます」


 ここまでして勝てなければ、ヴィヴィアンにはたとえ奇跡が起きたとしてもルナホークに勝利することはできない。

 そうなればラビの計画――アビサル・レギオンを仲間が抑えている間にナイアを倒す――が瓦解することとなる。

 ……その危険性を考えつつも、それでもヴィヴィアンは自分の想いを今回だけは優先することにした。

 …………おそらくは、ラビたちもヴィヴィアンの気持ちは察した上で送り出してくれている。

 誰の想いも裏切れない。

 ヴィヴィアンにとってこの戦いこそが、総てをぶつけるべき戦いなのだ。


「勝率――50……」


 感情の見えないルナホークであったが、わずかにその言葉に戸惑いが含まれているように聞こえた。




 『神話を引き出す者ミステイカー』と『神話を打ち砕く者ミスブレイカー』の二度目にして最後の戦いは――本人たちも思いもよらぬ、意外な形で決着がつくこととなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る