第9章28話 超域 -High voltage-
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クロエラとジュウベェの戦い――それは、互いにとっての『ターニングポイント』となるものとなった。
クロエラは過去の恐怖と屈辱を乗り越え、新たな成長のきっかけとなる戦い。
ジュウベェは己の存在を証明するために斬るべき障害との戦い。
クロエラの戦いの意義は、アストラエアの世界を守る――ひいては『眠り病』を解決するというラビの目的に決して沿ったものではないだろう。
同様にジュウベェもまたナイアの思惑からは外れた目的を以て戦っていると言えるだろう。
二人の主は仮に知ったとしても、決して否定することはないはずだ。
ただし、その方向性は全く異なる。
ラビならばクロエラの成長を喜び、むしろ『気にせず好きにやっちゃえ!』と肯定し後押しするであろう。
対するナイアの方は肯定するのではなく、『どうでもいい』という無関心故の放置である。
ともあれ、二人は今それぞれの主の目的から離れた独自の想いのために戦っている。
どちらも共通するのは『自分のため』の戦いだということである。
『因縁』の二人の戦いは、この後数十秒足らずで完全に決着がつくこととなった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
空中要塞が大きく揺れるのを合図に、二人は同時に動いた。
互いに互いの姿しか目に移っておらず、もはやわき目もふらず一直線に互いへと直進する。
速さでは圧倒的にクロエラの方が勝っている。
文字通りの『一瞬』の間に距離を詰めていった。
が、そうなることはジュウベェには当然わかっていたため、こちらは前へと出ながら《瀑布》を抜刀――クロエラの進路を塞ごうとする。
先ほどと同じく、クロエラのスピードを殺し、かつ動きを強制したとえ速さに追いつけなくとも進路上に攻撃を仕掛けることができるようになる。
今度はクロエラの対応を見るよりも前にジュウベェは《双牙》《剛爪》を先んじて放っている。
同じ三方向からの攻撃、加えて《瀑布》によって前面には大きな『壁』ができている状態だ。
その上で更にジュウベェは《星流》を上へと向かって放っていた。
無数の『星』の粒が上から広範囲に降り注ぐこの攻撃は決定打にはならないだろうが、他の刃を回避しながら小さな『星』を完全に避けるのは不可能に近い。
これは『布石』だ。
倒せるのであればそれで良し――倒せるとはジュウベェ自身は思っていないが――そうでなくとも『無傷』での回避ができないであろうことを見越し、次の刃を準備してある。
ジュウベェにとってクロエラは紛れもない『強敵』だ。
初めは『子猫』と侮っていたことは間違いない。
しかし、今では対等
むしろ自分の方が『挑戦者』であるとさえ思ってもいるくらいだ。
そんな相手に一つや二つの策で勝てると思うのは自殺するも同然だろう。
クロエラへと向かいつつ複数の魔法剣を呼び出しつつ、ジュウベェは次の対応を行うべく動きを見ながら機を窺う。
――だが、クロエラの行動はジュウベェの予測を超えたものであった。
前から迫る《瀑布》は垂直に落ちてくる刃ではなく、斜め上方――ジュウベェの頭上から前方の地面へと向かって落ちてくる刃だ。動きとしては『滝』というよりは『鉄砲水』と言えるだろう。
クロエラはその《瀑布》の
《剛爪》は前と同じく《パワーローダー》で無理矢理弾き飛ばして前進を続ける。
回避すべきは《星流》のみ――だが最短距離を一直線に突き抜けるクロエラのスピードは、《星流》が落下してくるよりも早くジュウベェへと肉薄することができた。
クロエラがジュウベェへと攻撃する術は、スピードを乗せた一撃を加えることくらいしかない。
自分の身体を『乗り物』として扱える今ならば
故に、クロエラはあくまでも己の肉体のみでジュウベェを倒そうと考えていた。
クロエラの素の攻撃力は決して高くはない。
スピードを乗せた攻撃を叩き込むにしても、今のスピードでも『一撃必殺』は難しいだろう。
それには『
「ドライブ《フォーミュラ・エクシーズ》!」
だからひたすらに『速さ』を追求する。
魔法を使った瞬間、クロエラの全身を覆うライダースーツの各所から、衝撃から身を守るための装甲板が消える。
《フォーミュラ・エクシーズ》――己の能力を完全に掌握したクロエラが、この土壇場で編み出した『速さは力』を体現する超越魔法である。
その効果は、『フォーミュラカー』……いわゆる『F1カー』の速さをクロエラ自身に与えるというものだ。
ただ速いだけではない。
反面、減少した防御力の分、機動力のステータスが上昇する。
つまり、元々のクロエラの防御力を全て機動力に変換する捨て身の魔法なのだ。
正しく『当たらなければどうでもない』という言葉通りの、完全機動力特化の魔法である。
目の前に現れたはずのクロエラの姿がジュウベェの視界から完全に消え去る。
ただでさえ動きを予測することで辛うじて捉えていた程度だったが、《フォーミュラ・エクシーズ》のスピードは完全にジュウベェを置き去りにしていた。
――おそらく、この『ゲーム』において今のクロエラに追いつくことは誰であっても不可能であろう。ライズを使ったジュリエッタや、コンセントレーションで加速したアビゲイルですらももはや捉えきれない速度である。
「《震裂》」
見えないほどの速さだとは言っても、『攻撃無効』なわけではない。
ジュウベェの判断は早い。
すぐさま全方位に衝撃波を放つ魔法剣を抜刀。
……単発の攻撃ではおそらく完全に避けられるだろう。ならば、
もちろんこれだけでとどめを刺すには至れないのもわかっている。
目的は先ほどと同じ、避けられない攻撃でクロエラを削り足を止め、『一撃必殺』を狙うことにある。
……あくまで『理想』だ。これを実現するのが難しいのは誰にでもわかる。
戦っている相手は案山子ではないのだ、攻撃は回避されるかもしれないし、あるいは当てられたとしても自分の予想とは違って仕留めきれない――耐えられる可能性もある。
だからこそ、世の中には数多の攻め受け回避の『技』があるのだ。
今、クロエラとジュウベェは互いに『一撃必殺』しかないと考えている。
『達人』ですら難しいそれを、互いに狙っている状態だ。
されども、二人は共に人智を超越した領域で戦う
そして二人の『ゲーム』に依らない本人自身の精神力は、今この瞬間人間の域を凌駕していた。
自分の身を犠牲にしてでも一撃必殺を叩き込む――捨身の精神を持った二人が最後の激突をする――
《震裂》による全方位攻撃をクロエラは回避することは出来ない。
より正確に述べれば、回避するためには大きく距離を離す以外に他ない。
どの方向へ逃れるかはわからないが、間髪入れずに再度 《震裂》を何度も放ちクロエラを追い詰めていく――そう考えていたが、まだジュウベェはクロエラの精神力を見誤っていたと言える。
「!?」
クロエラは《震裂》を
真正面から《震裂》を食らいながらも、そのままジュウベェへと迫らんとしていたのだ。
防御力がゼロとなっているクロエラにとっては、これは危険な賭けであった。
威力次第ではこの一撃で『必殺』となってしまっていたかもしれない――が、広範囲攻撃であればその分威力が落ちる、という実にゲーム的な考えを基にクロエラは強行した。
「《震――!」
ジュウベェが《震裂》を続けて放とうとした瞬間に気付いたものの、もう遅い。
懐へと入り込んだクロエラは勢いそのままにジュウベェへとタックルを食らわせる。
クロエラのスピードならば、連続で抜刀しようとしても、魔法剣の名を発声しきる前に間合いを詰めることが可能だったのだ。
「……裂》!!」
しかしジュウベェも引かない。
タックルを食らって吹き飛びながらも、《震裂》を発声しきり至近距離からの衝撃波を浴びせかけようとする。
二度目の衝撃波を浴びたクロエラだったが、ほんの僅か足を止めて踏ん張っただけですぐさま追撃を仕掛けようとしていた。
体力が決して高くないクロエラにとって、後一撃でも食らえば危うい――『一撃必殺』でなくとも、回避不能の広範囲攻撃を連発しているだけでジュウベェが勝てるのではないかと思えるほどだ。
当然回復アイテムさえ使えばもう何発かは耐えることは可能だろうが、クロエラはそれをしない。
回復している時間すらも惜しい――安全な距離をとって回復、と安易な考えをした瞬間に自分が斬られるというイメージが拭えないのだ。そして、それはおそらく正解だった。
だから、次の一撃を食らう前に決着をつけるしかクロエラには手がないのだ。
「く、ふふふ……っ!」
二発目を耐え、ほんのわずか足が止まった瞬間を狙いすましてジュウベェもまた決着をつけるための最後の攻撃へと移る。
一発目を強引に突破してきたのだ、二発目も同じことになるだろうと予想していたのだ。
「《閃光》!」
ここで使ったのはダメージを与える魔法剣ではなく、視界を奪う強烈な光を放つ《閃光》だった。
たとえ《震裂》で追撃しようとしても、いずれまた攻撃を受けることになるのは目に見えている――ジュウベェからは《フォーミュラ・エクシーズ》の代償で防御力が下がっていること等は知る由もない――ならば、一瞬足を止めた瞬間に使うべきなのは視界を奪って動きを封じる……いや、ジュウベェの姿を見失わせるものであろう。
《陽炎》ではダメだ。もはやクロエラの攻撃を受けてから返す、ということができる次元ではない。
一撃必殺を先に叩き込む――それがジュウベェにとってもクロエラにとっても勝つために必要なことなのだ。
いかに『
クロエラの目を眩ませ、ジュウベェの位置を一瞬見失わせる――が、ジュウベェからはクロエラの位置はわかっている。
「《
ジュウベェは目くらましをしたが
まるで竜巻のように渦巻く見えない刃 《巨荒咬》、刃の渦の中を貫くように黒い針 《巨死咬》がクロエラへと向かう。
《巨荒咬》は渦巻きながら更に大きく広がり、まるで壁のようにクロエラを押し潰そうとしていた。
「……っ!」
眩んだ視界が戻ったクロエラが見えないながらも危険が迫っていることを察知し、その場から離れようとする。
……だが、そのクロエラの胴体に向かって一直線に伸びた黒い針が突き刺さり、刺さった個所から四方八方へと無数の針を伸ばす。
突き刺さった瞬間にその場から更に針を伸ばして標的を内部からズタズタに切り刻む――それが《巨死咬》の効果だ。
更に迫る《巨荒咬》が《巨死咬》に縫い留められたクロエラの全身を切り刻む――
「!? な……」
――と思われた瞬間、クロエラの姿がまるで蜃気楼のように消え失せた。
「幻……!?」
ジュウベェが認識していたクロエラは本体ではない、『幻』だったのだ。
それもただの幻ではない。《巨死咬》が突き刺さったことからわかるように、『実体を伴った幻』である。
攻撃には使えない、と思われていたエキゾーストによって作られた、ガスの塊……それにクロエラの姿を投影した
ジュウベェが気付いた時には既にクロエラもまた最後の攻撃に移っていた。
「これ、は……!?」
自分の周囲を旋回するように『何か』が高速で動いている。
ジュウベェ自身の放った魔法と戦闘の轟音に紛れて聞こえづらかったそれは、現実世界に慣れ親しんだものならばすぐに正体がわかっただろう。
クロエラの霊装が、ジュウベェの周囲を旋回しているのだ。
最後の攻撃がバイクに乗ったものなのか、あるいはバイクを叩きつけるものなのかはわからないが、
「ならば、今一度――」
霊装ごと巻き込んで切り刻むのみ――再度 《震裂》《巨荒咬》を放とうとする。
しかし、この時ジュウベェはもう一つの『音』に気付いた。
バイクの音に紛れて聞こえづらいが、自分が放っている音ではない、ダンッダンッ、と強く地を蹴るような音が確かに聞こえている。
「……く、くふふ……」
その音の正体に気付き、ジュウベェは笑った。
まるでジュウベェを逃がさないかのように超高速で旋回するバイク――それを
《閃光》で目を眩まされたクロエラはすぐに行動していた。
エキゾースト《ミラージュヘイズ》で自分の残像を出しながらとにかく移動、ジュウベェが決め技を使うことを見越し自分もまた最後の攻撃を行うべく準備を開始していた。
霊装メルカバ側へもドライブをかけジュウベェの周囲を旋回させるように動かす。
《巨荒咬》は見えないため攻撃範囲はわからなかったが、今のクロエラのスピードならば広がり切る前に横から回り込むことは十分可能だった。
そして走り続けるバイクを足場として蹴り、《フォーミュラ・エクシーズ》の限界をも超えたスピードを出しているのだ。
「《巨荒咬》!!」
クロエラのやっていることを瞬時に理解しつつも、ジュウベェのやれることには変わりはない。
魔法剣二つでは絶対に間に合わない。
ならば、当たれば確実に葬り去れるもののみを使うしかない。
自分を中心に刃の渦を発生させればクロエラは回避はできないはずだ。
「……!」
――しかしジュウベェは見た。
抜刀した《巨荒咬》が周囲に展開、広がっていくよりも早くにクロエラがすり抜けて自分の元へと飛んできたのを――
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もはやクロエラ自身ですら制御不能の域に達したスピードのまま、クロエラはジュウベェへと突進。相手の魔法の発声から発動のわずかな間を突いて接近。
勢いそのまま、空中
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「が、ぁ……」
トレードマークの鬼の仮面は完全に砕け、素顔が露わになったジュウベェが唸りながらも立ち上がろうとする。
今の一撃で倒れなかったのは幸運としか言いようがない。
動きは完全に見切れなかったとはいっても、反撃で《巨荒咬》というカウンターを放とうとしていたのだ。全く反応できなかったわけではない。
それに加え、クロエラが自身の速度を制御しきれていなかったことも幸いした。
これらのおかげで辛うじて一撃で首を飛ばされることなく済んだのだった。
「まだ、です……!」
ジュウベェは立ち上がりながらも剣を振るおうとする。
……以前、そうしなかったがゆえに敗北したことを覚えてはいないはずだが、
……それはクロエラの方も同じだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
制御しきれないスピードでの激突はクロエラにも大きな負荷を与えていた。
蹴り足は砕け、全身がバラバラになりそうなほどの痛みを感じてはいる。
だが、その痛みをクロエラはもう恐れなかった。
なぜならば、もう
『恐怖』の原因には色々とあるだろうが、クロエラにとっての『ゲーム』での恐怖の源とは、結局のところ『死』にある。
既に死んでいる身なのだ、もはや恐れることは何もない。
痛みに叫び、あるいは自分自身を鼓舞するために叫び、クロエラはジュウベェが立ち上がるよりも速く飛び掛かってきていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――
ジュウベェは自身の本音を隠すことなく、素直にその感想を抱いた。
作り物の身体に作り物の魂を持つジュウベェにとって、戦う目的は自らが自らであることの『証明』だった。
戦わなければ存在意義を示すことのできない自分と違って、確固たる意思を持ち、感情を持つ相手のことを心の底から羨ましいとジュウベェは思った。
だからこそ、彼女は自らの意思で戦う『戦士』を斬ることを目的としていたのだ。
『戦士』であろうノワールを挑発するためにブランを斬ったのは無意味だったのかもしれないが――そのこと自体に慙愧の念はない。
――クロエラ、貴女は『戦士』ではない。
最後に戦う相手が『戦士』ではないのは明らかだった。
今は一時的な昂揚状態というのもあり、その精神は『戦士』足りえるものかもしれないが、彼女の本質はジュウベェが最初に抱いていた印象からそう離れてはいないだろう。
平時においては美点でもあろうが、戦時においては欠点にしかならない、ある意味で弱い精神――それを、必要に迫られたということもあれど、わずかな期間で『成長』させたのだ。
成長――それこそが、ジュウベェの『証明』のために必要不可欠な、けれども作り物ゆえに決して得ることのできないものだったのかもしれない。
――けれども、貴女は斬るに相応しい相手でしたわぁ。えぇえぇ、
『証明』という意味であれば、本人に自覚はなくとも十分に証明はされただろう。
それを認めたからこそ、クロエラもあとのことを考えない全身全霊で戦ったのだから。
それでもジュウベェの魂の奥底にある『勝利せよ』という叫びに応えることができなかったことだけは、彼女にとっては心残りではある。
「く、ふふっ」
最後まであきらめずに剣を振るおうとしながらも、ジュウベェは言わずにはいられなかった。
『戦士を斬る』という自分の拘りを砕き、全力で戦い、それでもなお届かなかった相手にかける言葉は一つしかない。
「クロエラ――貴女の勝ちですわぁ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁっ、はぁっ……」
最後の一撃を放った後、クロエラはついに倒れ動けなくなった。
《フォーミュラ・エクシーズ》による肉体の限界を無視した長時間の加速は、確実にクロエラの肉体を蝕んでいる。
だというのに身体が徐々に治っていっている、ということも感じていた。
おそらくは『ゾンビ化』の影響だろう。本家のベララベラムも千切れた肉体を修復していたことから、映画でイメージするゾンビとは異なり『死んだ直後の状態へと戻』ろうとするある種の
もちろん、『ゲーム』的な意味での失った体力を戻すことだけはアイテムを使わなければ無理だが。
「勝った……?」
半ば無意識の最後の攻撃でどうなったか、クロエラは自覚していない。
しかし、動けず地に倒れた自分へと追撃をジュウベェが仕掛けてこないことから、攻撃が成功したことは朧気ながらも理解し始めていた。
「うむ、其方の勝利だ、クロエラよ」
「ノワール……」
足を引きずりながら、クロエラの傍に来たノワールがそう言う。
彼女は離れた位置から、ジュウベェが消滅していくのを確認していたのだ。
「……すまなかった」
「え!?」
クロエラを抱き起しながら、本当に申し訳なさそうにノワールは言った。
が、それが何のことなのかわからずクロエラは戸惑う。
クロエラにはノワールの思惑は全く理解できていない。
勝手に賭けに巻き込まれ、否応なしに戦うことになったのだ。無事に勝利することができたとはいえ、ノワールからしてみればクロエラに恨み言を言われても仕方のない立場だと思っている。
「……ボクの方こそ、ごめん。最初からボクが強かったら、ブランも……ノワールも傷つくことなんてなかったのに……」
だがクロエラからしてみれば全く逆だった。
エル・アストラエアの時からの後悔――ブランを助けられなかったこと、空中要塞でノワールを一人戦わせようとしてしまったことがひけめとなってしまっている。
突然の謝罪を受けたノワールだったが、流石に200年の人生は伊達ではない。ノワールが何を悔いているのかは今までの経緯から考えてすぐに理解する。
「――いや、其方に対しては謝罪するのは逆に失礼であったな」
「??」
謝罪はこの戦いが完全に決着がついた後にすればよい。
今クロエラにかけるべき言葉はそんなものではない、とノワールは笑顔を浮かべつつクロエラの頭を撫でながらこう言った。
「よくぞ戦った、クロエラ。其方は立派な『戦士』だ」
全力を出し尽くして戦った者にかける言葉は他にない。ノワールの価値観ではそうなる。
言われたクロエラも、少し照れたような笑みを浮かべて応えた。
覚醒したクロエラではあったが、勝負はどうなるかわからなかったと言えよう。
もしももっと時間を置いてジュウベェが『成長』していたとしたら――あるいはクロエラが『生死人』という特殊な状態異常になっていなければ、勝敗はひっくり返っていたはずだ。
とはいえ『もしも』をここで論じても意味のないことだろう。
クロエラはジュウベェに勝利した。
その事実だけは揺らぐことはないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「動けるか?」
「う、うん……大分動けるようになってきたみたい。うぅ、自分の身体ながら気持ち悪いなぁ……」
戦いが終わって数分が経ったころ、クロエラはようやく自力で動けるほど回復してきた。
身体が勝手に超速で回復していく感触は、現実では絶対に味わうことのできない何とも言えない気色悪さである。
魔法で身体が一瞬で修復されるのではなく、身体の内部で肉や骨が再生しているような感じなのだ。
全身がむず痒いような、何とも言えない気色悪さを感じながらも、今は自分の特殊な体質に感謝する以外ない。
「……ヘルメット、バイクの一部を分解して作り直しておいた方がいいかな……? ボスに見られたら心配されちゃうだろうし……」
「ふふ、そうじゃな。いつまでも隠し続けられるとは思えぬが、少なくともこの戦いが終わるまでは余計な心配をかけない方がよかろう」
……ラビにゾンビ化した姿を見られたら大変なことになるだろう、というのはクロエラだけでなくノワールにも既にわかっていた。
とりあえずヘルメットだけでも被っておけばすぐにはバレないはず。
――そんな冗談めいたことを互いにかわし、二人に笑顔が戻った時だった。
「! また……!?」
再び空中要塞全体が大きく揺れた。
これがどこかの戦闘の影響であることは明らかだ。
ジュリエッタか、ヴィヴィアンか、それとも塔内部に入ったアリスなのか……。
「ノワール、ボクは行くよ」
「待て、我もゆくぞ」
動けるようになったことだし、これ以上はのんびりとしてはいられない、とクロエラが塔へと向かおうとする。
ノワールもそれについていくと言い出した。
「戦力にはなれずとも、ここで傍観しているわけにはいかないのでな」
「…………わかった。お願い」
自分が悩むのはおこがましいかな、と思いながらも悩んだ末にクロエラはうなずいた。
どちらにしろここは『敵地』の真ん中なのだ。安全な場所などどこにもないだろう。
ならば一緒に行動するのが一番安全だ。
何よりもジュウベェ相手には不覚を取ったとはいえ、ノワールの『滅び』の魔法は強力だ。アリスの後を追いかけて塔に入る際にもノワールの力は必要になるかもしれない。
いずれにせよ押し問答をしている余裕もない。
クロエラはバイクを手元に呼び、両足を覆っていたローラーブレードをサイドカーへと再構築しなおす。
「どこに行けばいいかわからないけど……」
「ふぅむ、悩ましいところじゃが、ここはやはり一番重要な場所を目指すのがよかろう」
「だね」
一番重要な場所とは、言うまでもなく中央の塔――アリスたちの場所である。
他のメンバーから何の連絡もないので状況はわからないが、こちら側が負け塔に援軍が入っていかれるのが一番拙い。
最悪の事態に備え、ひとまず塔入口……ジュリエッタがいるであろう場所をクロエラたちは目指そうとする。
「……」
「えっ!?」
その時、上空から何者かがクロエラの進路をふさぐように高速で飛来してきた。
その姿にクロエラは見覚えがある。
「る、
それは、別の場所でヴィヴィアンと戦っていたはずのルナホークの姿だったのだ……。
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