第9章26話 覚醒 -Living DEATH-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュウベェの『底』は知れない。

 かつてのようなチート能力は消えてはいるものの、むしろその実力は逆に底知れなくなっているとクロエラは感じていた。

 勝ち目のあるなしで言えば、以前のジュウベェに比べれば『勝てるのでは?』と思えてしまう程度にはなっている。

 ……はずなのだが……。




 ローラーブレード状の脚甲 《キャタピラブースター》を装着したことで、クロエラのスピードはもはや強化魔法ライズを使ったジュリエッタをも凌駕するものとなっていた。

 これと同等のスピードは、おそらく他の誰にも出せないだろう。同じく速度特化の魔法を使うか、あるいはアビゲイルの集中魔法コンセントレーションでようやく捉えられるかと言ったレベルだ。

 まさに『誰にも触れられない』ほどの速さだ。攻撃を食らいさえしなければ無敵、という理想を実現していると言っても過言ではない。

 ある程度の身体強化能力の魔法剣を作れるとは言っても、ジュウベェが捉えることのできる速さではないはずだった。


「!?」

「ふ、ふふふ!」


 なのに、クロエラの超高速移動を見切り、ジュウベェは回避した。

 先ほどと同じく死角から、今度は側頭部を蹴り砕く勢いで攻撃したというのに、ジュウベェはその場で身を屈めて回避してみせたのだ。


「……」


 自分の速さを見切られたことに動揺しつつも、動きを止めることなくクロエラはすぐにその場を離れる。

 彼女の予想通り、クロエラのいた位置へと向かってジュウベェが霊装を振るっていた――が、すぐに離れた故にクロエラはそれを回避することはできた。


「流石に当たりませんねぇ……」


 回避はできるが反撃が当てられない――ジュウベェ自身の速さは別に上がっていないのだ。

 クロエラならば見てからでも回避はできるが、それ以前にクロエラの性格上驚いたりするより早く回避に移ってしまう。

 お互いに攻撃が当てられない――クロエラからしてみれば信じがたいが、そういう状況に陥ってしまっているとも言える。

 もちろん、お互いにそのまま千日手を繰り返すつもりもない。

 どちらもこの場を勝利で終わらせ、『仲間』の元に駆け付けたいという思いはある……ジュウベェがアビサル・レギオンを『仲間』と思っているかはともかくとして。




 どちらが優位かと問われれば、現状はクロエラの方が優位に立っていると言えるだろう。

 いくらジュウベェの攻撃が強かろうとも、当たらなければ何の意味もない。

 クロエラの速さであればかすり傷一つ負わずに勝利することも可能だろう――普通に考えれば、だが。

 生憎とジュウベェは『普通』ではない。

 それは単にステータスが高いということだけを意味しているわけではない。

 本来ならば捉えることなど不可能なクロエラのスピードを見切り始めていることからもわかるように、明らかに『戦闘センス』がずば抜けている。

 以前の能力に任せた戦い方ではない。


 ――……前よりは確実に能力は劣っているはず……。


 クロエラも理解はしている。

 チートを使って不死身になっていたのを除いても、多数のユニットを倒したことによりギフト【殺戮者スレイヤー】の効果でステータスはとてつもない高さとなっていた。

 その時に比べれば、明らかにジュウベェの力は劣っている。それこそ、最初にクロエラが圧倒できた時に『このまま勝てるのでは?』と思ったように。

 しかし、それでもクロエラの『本能』――臆病とも慎重とも言える彼女の性分の源泉は、警鐘を鳴らしている。


 ――でも、迷ってなんかいられない……!


 本能の警告を感じつつも、クロエラはそれを押し込める。

 危険など最初から承知の上だ。

 今更『退く』という選択は取れない――それを選んでしまったら、クロエラはもう二度と仲間に顔向けできなくなると自分でそう思っているためだ。


 ――ボクの攻撃を回避したのをまぐれとは思わない。


 再度、瞬間移動にも等しい速度でジュウベェへと接近。

 今度は真正面から突進し、直前で上へジャンプ――するように見せかけて深く体勢を沈み込ませて相手の足を刈るように蹴りを放つ。

 が、ジュウベェはやはりその動きを見切り、クロエラのフェイントに合わせるように後方へと跳んで蹴りを回避する。


「抜刀 《炎霊剣》!」


 回避と同時に抜刀――燃え盛る炎を刀身とした魔法剣を抜刀し、クロエラへと炎を吹き付けてくる。

 クロエラは臆することなく炎の動きを見切り、更に前進。最短距離で回り込んでジュウベェへと迫ろうとするが、


「くふふっ、抜刀 《障壁剣》」

「! 防御用!?」


 以前の《防壁剣》とよく似た光の壁を放つ魔法剣がクロエラの蹴りを阻む。

 そして、蹴りを受け止めたということは――そこで一瞬でも動きを止めたということになる。


「今度こそ、御命頂戴いたしますわぁっ!」

「くっ……来て、メルカバ!」


 《障壁剣》を更に蹴ってその勢いでその場から離れるという選択肢が頭をよぎるが、クロエラは敢えて留まる。

 だが何もしないわけではない。

 離れた位置で放置していた霊装メルカバを瞬時に手元に寄せ、反撃しようとしたジュウベェへと向けて叩きつけようとする。


「おっと……これは流石に無理ですわねぇ」


 片手で軽々と大型バイクを振るえるのはクロエラのギフト【騎乗者ライダー】あってのことだ。

 超大型ハンマーにも等しい一撃を受け止めようとするほどジュウベェも愚かではない。

 反撃を諦め、《障壁剣》をその場に放り捨てたまままた後ろへと跳んで距離を取ろうとする。

 ……もしクロエラが霊装での追撃ではなく一度離れようとしたならば、《炎霊剣》の炎が無防備な空中にいるクロエラを包んでいただろう。


「ふふ……」


 再度の仕切り直しになり、ジュウベェは薄く笑みを浮かべている。

 反対にクロエラは自分の本能の警告の意味を理性で理解し始めてきた。


 ――やっぱり能力自体は前よりも劣っている……それは間違いないみたいだ。

 ――けど……!


 確証に至れるほどの根拠はないものの、クロエラは思わずにはいられなかった。


 ――けど……こいつは、……!!


 ステータスの高さや魔法の強さではない。

 『技』が以前のジュウベェとは異なる。

 まるで戦いながら相手の強さを吸収し成長していくアリスやジュリエッタと戦っているような感覚の陥ってくる。

 クロエラの速さを見切りつつあり、それへの対応も徐々にできてきてしまっている。

 スピードという絶対的な優位をも覆されかねない――いや、このままだと間違いなく覆されることになるだろう、そうクロエラは確信していた。

 それでも、クロエラはもう前のように弱気にはならない。


 ――ボクにできることはたった一つだけなんだ……だから、をやるしかない……!


 吹っ切ったというのか、開き直ったというのか、ある意味で諦めたのか――人によってクロエラの精神状態をどう評価するのかは別れるところだろう。

 しかし、確かなことは一つ。クロエラは迷っていない、ということだ。


「ふふふ……そろそろ貴女の『速さ』にも慣れてきましたわ。

 貴女のには興味はありますが、その正体を探ることにさしたる意味もないことでしょうし、決めさせていただきましょうか」

「……?」


 ジュウベェの言っていることの意味がわからず眉を顰めるクロエラだったが、気にしている余裕はないだろうとすぐに気を取り直す。

 ……そう、クロエラはに自覚がないのだ。

 ともあれ、クロエラの予感通りジュウベェに対するアドバンテージは再び失われつつある。

 互いにこれ以上戦いを無駄に長引かせることはないだろう――おそらく、残りわずかな時間で決着はつけられるはずだ。


「――ボクも決めさせてもらう」


 敢えてクロエラも決意を口にした。

 クロエラの言葉を聞いて、『へぇ……』と感心したような驚いたような顔を見せるジュウベェではあったが、すぐに笑みを戻す。


「……ふふっ、子猫ちゃんがいつの間にか『虎』になろうとしていましたわねぇ。えぇえぇ、認めましょう。貴女は斬るに値する『戦士』にあると」

「……っ!」


 それでもなお、ジュウベェはクロエラのことを未だ『戦士』として認識していなかった。

 子猫だと思っていたら虎の赤ん坊だった――くらいの認識だろう。油断はしていないものの、かといって『脅威』として認めているわけでもないようだ。

 侮られている、とクロエラは受け取った。

 同時に、侮られても仕方ないという思いもあった。

 侮られるに足るだけの行動を自分は今まで取っていたのだから。


「くふふっ、次の一合で決めましょうかぁ。貴女の速さ……次で完全に見切って、そして斬って差し上げましょう」


 ジュウベェの予告にほんの僅かに抱いた恐れも、クロエラは無理矢理押し込める。

 冗談やはったりではなく、本当に見切られつつあるのは疑いようもない。

 次の攻撃で宣言通り斬られる可能性はあるだろう。

 だがしかし、それでもクロエラにやれることはたった一つ。


「――やらせない。ボクが勝つ」


 そう対抗するように宣言し、クロエラの姿が消えた。




 おそらくは『ゲーム』の限界に到達したであろう超高速の世界をクロエラは一人駆ける。

 周囲の時間が停止したかのように見える世界で、クロエラはジュウベェへと攻撃を仕掛けようとする。

 誰もついていくことのできない高速の世界において反撃などできるはずもないのに――ジュウベェの視線がクロエラをしっかりと捉えていた。


「!?」

「終わりですわぁ! 抜刀 《鋭獣剣》!」


 ジュウベェの考えはシンプルだった。

 確かにクロエラの動きは速い。その動きを目で追うことすら難しい。

 それでもジュウベェは辛うじて動きを捉えることは出来ている――が、流石に身体がついていけていない。

 しかし、だからといって何もできないわけではないのだ。

 超高速で動き回り、そしてとどめを刺すために相手に対して、自分が追いかける必要はない。

 相手が迫ってきた瞬間に合わせて刃を向ければそれで済む話だ。

 もちろん、クロエラはそれを回避できるだけのスピードを持っているのだ。ただ漫然と剣を向けても回避されるだけだ。

 そうならないようにギリギリの線を見極め、クロエラが攻撃から回避に移行できないタイミングでなければならない。

 具体的には――当然だがそういうことだ。


 《鋭獣剣》はその名の通り鋭い切れ味を持っただけの刃だ。

 シンプル故に魔力をつぎ込めばつぎ込むほど、切れ味は増していく。

 相手を捉えることさえできれば確実に斬り裂くことができる魔法剣なのだ。

 首、とまではいかずとも手足を斬り落とせれば上々。そうでなくとも、斬りさえすればダメージを蓄積させることはできる。

 この一合で決める――と言った手前、一撃で決着をつけたくはあるが『勝利』という結果に比べれば二の次だ。

 クロエラに今度こそ動けないほど、あるいは動きを鈍らせるほどのダメージを与えて追撃でとどめを刺す――ジュウベェはそう考え、ギリギリの線を狙って攻撃を仕掛けた。




《オーバーヒート》!」


 しかし、クロエラはジュウベェの考えのをいった。

 ……真上ではなく、遥か上空の斜め上、といった感じではあったが。

 クロエラは攻撃の瞬間にジュウベェが自分の動きを視認していたのを理解していた。

 だから、《鋭獣剣》を作り出すのとほぼ同時に、走行魔法ドライブを使用する。

 それは――考えて行ったことではない。半ば無自覚に、しかし心の奥底で理解していたがゆえにとった行動だった。

 《オーバーヒート》は限界を超えた速度を発揮させる、《アクセラレーション》にも似た加速の魔法である。

 《アクセラレーション》と異なるのは、クロエラのドライブは一度使ったら別の魔法で上書きするまで継続するという点にある。


「ぐ、あああああああっ!!」


 肉体の限界を超え、身体が赤熱する。

 その苦痛に悲鳴を上げながらも、クロエラの目はジュウベェを捉え続けていた。

 自分に向かって振るわれる《鋭獣剣》をかわすことは、ジュウベェが考えた通り空中にいるため難しい。空中で二段ジャンプをするのはいくら『ゲーム』であったとしても、それを実現させるだけの魔法を使わない限りは無理だろう。

 《オーバーヒート》は加速するだけだ。空中で軌道を変えるような効果は持っていない。

 だがそれは覚悟の上だ。


「このぉぉぉぉっ!!」

「くっ……こんな……!?」


 《鋭獣剣》はかわせない。

 だから、たとえ斬られたとしても攻撃を続けてせめて相打ちにまで持っていく。

 それがクロエラの覚悟だ。

 空中で無理矢理身体をひねり、右足で《鋭獣剣》を蹴り飛ばすと共に左足でジュウベェの側頭部へと蹴りを叩き込もうとする。

 ……が、さすがに体勢に無理のある位置からの攻撃だったため、《鋭獣剣》を完全に蹴って弾くことはできず右の太ももを深く斬り裂かれてしまう。

 それでも左足の蹴りはジュウベェを捉え、再び大きく蹴り飛ばすことには成功する。


「くっ……」


 側頭部への攻撃は流石に効いたのだろう、ジュウベェも膝をつき痛みを堪えているようだ。

 右太ももを斬り裂かれたクロエラも同じくその場に倒れてしまう。


「く、ふふ……けれども、今度こそ……!」


 どちらもそれなりのダメージを受けたが、より深いダメージなのは足を斬られたクロエラの方だろう。

 特に今度は先ほどのようにバイクのパーツを変化させて補う、というのは難しいはずだ。

 ジュウベェのみならず、離れてみていたノワールでさえもそう思った――が、


「……《ヒートヘイズ》!」


 バイクを手元に寄せていないのに、クロエラは今度は排気魔法エキゾーストを使用する。

 彼女の手のひらから炎が噴き出し、それが斬り裂かれた右ふとももへと押し当てられ――


「うぐぅぅぅぅっ!!」


 


「…………これはこれは……」


 予想外の事態にジュウベェも呆気に取られているようだ。

 ジュウベェはクロエラの全能力を正確に把握している、というわけではない。

 ただ、エル・アストラエアでの戦い等から総合的に見て、クロエラの魔法は『バイクに依存している』ものだということは推測していた――そしてそれはラビたちの認識と同じであり、決して間違ったものではない。

 だというのに今のクロエラはバイクを使わずとも、エキゾーストやドライブを使いこなしている。

 ラビたちが見たら正体不明だが異様な事態が起きていると思ったことだろう。


「ふっ……くっふふふ……! えぇ、えぇえぇ……やはりでしたかぁ!」


 呆気にとられたのもわずかな時間。

 側頭部を蹴られた痛みと眩暈が収まるのを待たずに、すぐさまジュウベェが遠距離用の魔法剣を抜刀しクロエラへと攻撃を仕掛ける。

 それに同じく痛みを堪えたクロエラが反応、回避し再度接近しようとしてくるが、


「抜刀 《爆裂剣》!」


 新たに呼び出した魔法剣を床へと突き刺すと同時に、ジュウベェの周囲全てを覆うように爆発が巻き起こる。

 これはスピードで回避できるものではない。クロエラは完全に巻き込まれ吹き飛ばされる。


「く、クロエラ!?」


 クロエラが爆発に巻き込まれるのを目にし、ノワールが叫ぶ。

 今度こそ完全に破壊されたのであろうクロエラのフルフェイスメットの破片が周囲へと飛び散ってゆく……。




「――この程度では斃れませんわよねぇ?」


 ジュウベェは爆炎の向こう側へとそう問いかける。

 彼女の言葉に応えるかのように、爆炎の中でゆらりと影が立ち上がる。


「くふふ……えぇえぇ、そうでしょうとも――さん」


 ――おそらく、この場にいる中で最もクロエラのを理解していたのはジュウベェだっただろう。

 ジュウベェの理解を裏付けるかのように、爆炎が晴れた後にはクロエラが立っていた。


「! クロエラ……其方……!?」


 しかし、その姿を見てノワールは驚愕とも恐れともつかない声を上げる。

 反対にジュウベェは自分の考えが正解だったと知り、ますます笑みを深めた。




「ボク、は……そうか……そうだったのか……」


 そこに立っていたのは、確かにクロエラだった。

 全身を覆う黒いライダースーツはあちこち破けて普段は隠れた肌が少し露出してはいるが、先ほど斬られた右足以外に大きな傷はない。

 いつもと違うのは――フルフェイスメットが完全に砕け、露わになった『顔』だ。

 素顔のクロエラをノワールは見たことはないが、あまりに『異様』なのは一目でわかる。


「…………ボクは、のか……」


 クロエラの本来の素顔は、その名に相応しい黒髪黒目だった。

 しかし、今露わになっている顔はそれとは全く異なる。

 色素が全て抜け落ち真っ白になった髪、淡い青色の目……いわゆる白子アルビノにも共通する特徴を有している。

 何よりも異様なのは肌だ。こちらも色素が抜けたように真っ白になっているが、まるで生気のない――身体中の血が全て抜けてしまったかのような、青褪めた白となってしまっている。

 ……それが一番クロエラの様子を表すのに相応しい言葉だろう。




 クロエラはようやく自分自身の状態を理解した。

 それと同時に、前にあった『不自然なこと』の理由をも理解した。




 先日のベララベラムによるエル・アストラエア襲撃――その際にクロエラはゾンビ化していなかったと思われていた。

 実際にクロエラは長時間気絶はしていたものの、目覚めた後には普段通りに行動することができていたし、ベララベラムの『咆哮』で操られることもなかった。

 だから誰もが――クロエラ本人でさえも、ゾンビ化していなかったと思っていたのだ。




 だが、事実は違う。

 クロエラは感染魔法インフェクションによってのだ。

 ラビたちが気絶したクロエラを回収した時に、ベララベラムがクロエラのことを覗き込んでいたような体勢だったのはこれからゾンビにしようとしていたのではない。ゾンビ化した相手を確かめようとしての行動だったのだ。

 また、実際にゾンビとなったサリエラがクロエラの姿を正常に認識していたことがあった。

 ではなぜゾンビとなったはずのクロエラが普通に動けていたのか――そこにこそ、今回の事態の複雑な要因がある。


 一つ目はベララベラムがクロエラを感染させた方法である。

 後にラビたちが確認した通り、クロエラには特に目立った外傷はなかった。

 しかし、実際にはヘルメットとライダースーツの境目――首付近のほんのわずかな位置にベララベラムは爪を立て、クロエラにインフェクションを使っていたのだ。

 のけぞったり、仰向けになって首を傾けない限りほとんど見える場所のない位置に傷をつけてゾンビ化させたことが、ベララベラムにとっても思いもよらぬ結果を招くこととなった。


 二つ目は、『ゲーム』の仕様のとクロエラの『容姿』の奇跡的な噛み合い方だ。

 『ゲーム』の人体に忠実なようでいい加減な部分は幾度も語られてきたことだ。

 今回に限っては、それが『吉』と出たと言えよう。

 確かにベララベラムによってクロエラはゾンビとなった。

 しかし、全身を隈なく覆うクロエラの姿は、

 そして

 これらに加えて『ゲーム』のいい加減な仕様上、たとえ身体の一部が千切れたとしても『形だけ』でも取り繕えば問題なく動けるというものがある。


 最後の三つ目にして最も重要な点が、クロエラのギフト【騎乗者ライダー】の効果だ。

 結論を述べれば、クロエラが乗り物だと認識する全てを自在に操る――その能力が、結果が今の状態なのである。

 システム的に『状態異常ゾンビ』となり本来ならば自由に動くことのできないはずだったが、クロエラ自身は自分がゾンビであることを認識していない。

 更に【騎乗者】の効果により、ゾンビの肉体であっても普段通りに動くことができるようになっている。

 その上で重要なのは、クロエラはゾンビ治療能力を持った《ナイチンゲール》と融合ユニオンしてしまったということだ。


 ――システム上はゾンビ化したにも関わらず本人はその状態異常を実質無効化、

 ――そしてゾンビ化を《ナイチンゲール》と融合したことで無意識のまました


 それが、今のクロエラの状態の全てだ。

 ゾンビ化を『治療』したのではなく『克服』したのである。

 感染魔法インフェクションの放ったゾンビ化因子――それがウィルスなのか微生物なのかは不明だが――を駆除するのではなく克服し、その身に取り込んだことで進化した正しく『生死人』――『死に生きる者リビング・デス』……クロエラ本来の力とゾンビの能力を併せ持った生者と死者のハイブリッドと化したのだ。




 『肉体は魂の乗り物』――そのような言葉がある。

 クロエラの場合、この言葉通りになっていると言えよう。

 ユニットとしての肉体は『ゲーム』が用意した入れ物に過ぎない。

 そこに入る『魂』――雪彦としての人格とは本来異なる器なのだ。

 だから、言葉通りの『乗り物』としてギフトは扱ってしまった。


 ある意味でいい加減な『ゲーム』の仕様と、字義通りに働いた『ゲーム』の機能とが奇跡的に噛み合い、雪彦自身でさえ無自覚だった『クロエラの真の能力』を発揮させた。


「ボクは――もう恐れない」


 そしてここに至り雪彦も己の真の能力を認識、自覚した。

 ――この『ゲーム』の能力で最も重要なのは『本人の発想力』『能力に対する確信と自覚』である、とラビは以前に語っていた。

 正しくその通りで、自覚したクロエラ雪彦は瞬時に己の全ての能力を把握。そしてした。


「えぇえぇ……どうやら虎どころか、一足飛びに『竜』へと成ったようですわねぇ」


 クロエラの肉体は既に死んでいることを見切っていたジュウベェではあったが、それが何を導き出すかまではわかっていなかった。

 クロエラの覚醒――そうなることにどこまでの意味があるかもわかっていなかった。

 が、自分の期待を遥かに上回る事態を引き起こすことになったと知り、歓喜の笑みを浮かべる。

 目の前にいるのは『速さだけが取り柄』の相手などではなく、驚異的な速さを武器とする『強敵』であると認識を改める。


「認めましょう。貴女は斬るに値する戦士――いいえ、あたくしがここでであると」


 剣を構え、ジュウベェはクロエラと向き合う。


「……ジュウベェ……」


 

 そのことを理解し、クロエラは場違いながらも『認められたことが嬉しい』と感じてしまう。

 無理からぬことだろう。

 思えば『ゲーム』に参加してから初めてなのだ、誰かに『対等の敵』として見なされたのは。

 ある意味でそれは『一人前』と見なされたとも言えるだろう。

 クロエラの中から戸惑いや恐怖の一切が消え、立ち上がりこちらもジュウベェへと真っすぐ向き合う。


「…………」


 何かを言おうとしてクロエラは口を噤んだ。

 自分でも何を言おうと思ったのかはよくわかっていない。

 だが、とにかくもはや言葉にする意味もないだろうと思いなおし、頭の中から消し去る。

 今はただ目の前の相手に『勝つ』ことだけが重要なのだ。


「ふふふ……えぇ、それではお互い本当の『全力』を出すことができるようになったことですし、今度こそ決着をつけましょうかぁ」


 全ての魔法剣を納刀し、ジュウベェは自身の霊装『羅刹王』を正眼に構え、切っ先をクロエラへと向ける。

 その行動に併せるようにクロエラも両足を覆うローラーブレード以外のパーツをバイクに戻す。

 こちらは無手ではあるものの――それで尚あまりある破壊力を発揮することは可能だろう、いつでも走りだせるよう沈み込ませた体勢でこちらもジュウベェへと視線を向ける。

 互いの最後の戦闘準備は整ったのを見て取り、ジュウベェが宣言する。


「いざ――尋常に勝負!」

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