第9章24話 夜闇 -Dark night-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 事ここに至るまで、ラビたちの視点ではわからないことが残っている。

 それは、『ピースの中身』は一体誰なのか? ということだ。


 わかっている点と言えば、


 ・ピースにはユニットだった時の記憶はない

 ・ユニット同様の思考能力は持っている

 ・ユニットの時と同じ魔法、ギフトを備えている

 ・『ナイア』のみは中身が『ヘパイストス』である


 以上の4点であろう。

 最後の4点目、ナイアについてのみの特殊な事情ではあるが、では他のピースの中身が何であるかは一切の謎に包まれている。

 ……色々と目につく『不自然』な点からある程度の推測をラビはしてはいるのだが、確証は得られないし仮に推測が当たっていたとしてもピースを止める手立てにはなりえない。

 クロエラと時を同じくして戦っているジュリエッタは、『心のない怪物』とピースのことを評したが、それも本当かどうかは不明だ。




 いずれにしても確実であろうことは、『ピースの中身は元の人間ではない』ということだろう。

 『心』の有無はともかくとして、人間同等の思考能力は持ってはいるがそれが『人間である』こととはイコールにはならない。

 その微妙な差異にこそつけ入る隙がある。




 ただし、ピースの中にも例外はある。

 それこそがジュウベェ――元の中身がそもそも『人間』ですらない、特異な出自の元ユニットだ。

 彼女にもまた元の記憶は残っていないし、性格そのものも元のクラウザーとは似ても似つかないものではある。

 敵対者への対応、ルール違反をも辞さない勝利への執念――ある意味でジュウベェの特徴であった諸々のものを今のジュウベェは持っていない。

 特に目立つのは『戦士以外は斬らない』という矜持だ。その宣言通り、かつてはクロエラを見逃してもいた。流石に空中要塞まで乗り込んできたのを見逃すつもりはないようだが……。

 そうした元のジュウベェとの差異もまた、つけ入る隙になりうるのではないかとラビたちは考えていたが……。


 一つだけ、ラビたちが正確に理解していないことがあった。

 それは、ジュウベェの差異はということだ。

 ラビたちを責められまい。

 元より、ジュウベェクラウザーのことにしても完全に理解していたとも言い難いのだ。ましてや謎の存在であるピースのジュウベェを、短期間で理解できるわけがないのだ。




 今のジュウベェが元のジュウベェと決定的に異なる点は、性格や言動などではない。

 それは、勝利を目指すためのにある。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュウベェの雰囲気が変わったことをクロエラは肌で感じ取っていた。

 かつての敗北が嘘のように自分が圧倒していたはずなのに、その気持ちも霞むほど、ジュウベェに対して『脅威』を抱いている。

 それが過去のトラウマや自分の劣等感から来るものだけではない、とも感じていた。


「くふふっ……クリアドーラ、ルールームゥ、ベララベラム、ヒルダ……いずれも『化け物』と呼んで差し支えない強者揃い」

「……?」

「ああ、アビサル・レギオン内の実力トップのことですわぁ。貴女方にはあまり関係のない話ですけれどねぇ」


 全くの無関係というわけではない。

 聞き覚えのある名もあるし、何よりもジュリエッタが今相手にしているのはそのヒルダなのだ。


「あたくし、アビサル・レギオンでは『新参者』なので彼女たちよりは序列が『下』なのですよね……残念ですわぁ。けれども――決して、えぇえぇ、決してあたくしが彼女たちに劣っているとは思いませんわぁ」


 アビサル・レギオン序列――それは、ピース間での実力順を指していると言っても良いだろう。

 単純なステータスや戦闘能力も含めた総合的な能力……それを順位化したものである。

 ジュウベェがピースとなった時期は、他のピースに比べてかなり遅い。ラビたちがジュウベェを倒したのがちょうど一か月ほど前なのだから、どんなに速くてもそれ以降にアビサル・レギオンに加わったと考えて良いだろう。

 そのころには既にヒルダに『新参者』と言われていたルールームゥがおり、かつ序列二位の座にいたのだ。ジュウベェが加わること自体がイレギュラーなことだったとわかる。

 ……ラビたちがジュウベェを倒さなければピースとならなかったのは間違いないが、状況的に倒さないという選択肢がなかったため避けようのない事態だったとも言える。

 ともあれ、様々なピースと戦ってきたラビたちからして見ても、ジュウベェがピースの中で上位の強さであるというのは疑問の余地がないのは確かだ。


「その証明を――まずは貴女を斬ることでさせていただきますわぁ」


 戯言とは思わない。

 ジュウベェの『強さ』はクロエラの心をきつく縛り上げているほどで、そしてそれが決してクロエラの思い込みだけではないことはわかっている。

 たとえスピードで勝っていたとしても、それでもまだ『触れることのできない』を実現しているとは言い難い。

 攻撃力ではジュウベェの方が遥かに勝っているはずなのだ。たった一撃で逆転される可能性はまだまだ高いと言える。


「抜刀――《陽炎剣》」


 既に抜刀していた《瞬影剣》とは別にもう一本、薄紅色の刀身の魔法剣を作り出し左手に握る。


 ――……また見たことのない魔法剣……!


 相手が何をしてくるのかがわからないのがユニットピース戦の常とは言え、ジュウベェについては少し事情が異なる。

 ジュウベェの能力の全ては以前の戦いで明らかになっており、使用していた魔法剣も全てではないとは言えほとんどは見たはずだ。

 しかし、アストラエアの世界でにおいてはジュウベェは以前使用したものとは全く異なる魔法剣しか使用していない――もっとも、その大半の魔法剣が他者から奪った魔法を元にしていたのではあるが……。

 ジュウベェの抜刀魔法は、性質としてはアリスの魔法などに似ている。

 本人の発想次第で様々な効果を発揮させることができる魔法――つまりは、魔法の効果はわかっていても何をしてくるかは読めないという性質を持っていると言える。

 その意味ではジュウベェの能力が完全に明らかになる時は永遠に来ない……とも言えるのだが。




 この『既知のジュウベェの能力』と『ピースのジュウベェの能力』に、クロエラは薄々不自然なことがあると気づき始めていた。

 ラビのメンバーの中でピースのジュウベェとの戦闘経験が一番多いのがクロエラなのだ。気づいてしかるべき、とは言える。

 『発想力』がモノをいう魔法であるならば、今のジュウベェもまたかつてのジュウベェのような他者の魔法を元にした魔法剣を作ることは不可能ではないはずなのだ。流石に魔力消費を元のユニットに押し付けるということは不可能だろうが、自分の魔力を消費するだけで同じ効果の魔法剣は作れてもおかしくない――というより、作らない理由がない。

 以前の記憶がないにしても、ナイアやエキドナが(知っているかは疑問だが、知っていてもおかしくないという雰囲気はある)『こういう魔法剣を使っていた』と教えれば済む話だし、そうでないにしても周囲にいるピースの魔法を真似したり、何度か戦ったこちらの魔法を真似したりはできるはずだ。

 なのにジュウベェはそうしない。

 そうするための『発想力』がない――とは思えない。

 だとすればこの場でクロエラの見たことのない魔法剣を作ること自体ができないはずだからだ。


 ――……やっぱり、前のジュウベェとは全然違う……!


 あの狂気的で対峙するだけでこちらを恐怖させるようなジュウベェとは異なる。

 むしろ、落ち着いていて常に冷静に、一歩引いたような、『控え目』な印象さえある。

 ……もしかしてそれが、怖がりながらも今自分が戦えている理由なのかもしれない、と少し自分を情けなく思いながらもクロエラはそう考える。


「! 来る……!?」


 今は考え事をしている余裕はない――もとより考えを巡らせながら戦えるような生ぬるい相手ではないはずだ。

 ジュウベェが二刀を左右に広げ、前傾姿勢となったのを攻撃開始の合図だと捉え、一挙動を見逃さないように集中。

 クロエラの予想通り、ジュウベェの姿が瞬時に消える。

 ……否、消えるように見えるほどのスピードで動いたのだ。


 ――大丈夫、ボクには見えている!


 それでも、《瞬影剣》の速さはクロエラに捉えられないほどではない。

 ジュウベェは一直線にクロエラへと突進――するように見せかけて、向かって右方向へとジャンプ。そこから更に大きく前へと跳んで一気にクロエラの背後へと回り込んで斬りつけようとしている。

 《瞬影剣》――ノワールに回避することすら許さず一瞬で切り裂いた魔法剣だが、その効果はここまでの戦いでクロエラにも見切れた。

 停止状態から何かを動作する際に、その速度を爆発的に上げるというジュリエッタの《アクセラレーション》と似たような効果を持っている。

 だからダッシュしようとすれば消えたように見えるスピードで動けるし、断続的なステップを踏むことで常に高速移動していようにも見えるのだ。

 ……ただ、速いとは言ってもクロエラの動体視力で容易に捉えられるスピードではあるし、同じ一瞬の加速ならばおそらくは《アクセラレーション》の方が速い。


「ディスマントル《ブレード》!」


 自分が完全に『上』とは未だに思っていないが、優位に立って戦いを進められていることは流石に自覚し始めている。

 ならばこの機を逃さずに、優位なうちにダメージを与えて――可能ならば倒してしまいたい。

 クロエラはそう考え、手持ちの武器の中ではバイク自体で殴ることの次に攻撃力の高い《ブレード》を手に取りジュウベェを迎撃しようとする。

 背後から迫るジュウベェ――振り返ると同時に、目の前に迫ってきているのが見えた。

 二刀に当たらないように回避し、すれ違いざまに胴体へと《ブレード》を薙ぐ。それ一撃で仕留められるほどの攻撃力はないが、かなりのダメージを与えることができるはずだ。


「!?」


 だが、クロエラの考え通りにはいかなかった。

 確かに《ブレード》の刃はジュウベェへと狙い通りに当たったはずなのだが、命中した瞬間にジュウベェの身体が消え失せたのだ。


「ふふっ、そう何度も同じ失敗は繰り返しませんわぁ」

「くっ……!?」


 ジュウベェの声はクロエラの真後ろから聞こえてきた。

 もう一方の《陽炎剣》の効果に違いない、と考えるが深追いする余裕もなくクロエラは振り返らずその場から全速力で前へと走り抜けて回避しようとする。


「抜刀 《鞭刃べんじん剣》!」


 ジュウベェは逃がそうとはせず、《陽炎剣》を放り捨てるとすぐさま左手に新たな魔法剣を作り出す。

 その名の通り『鞭』のような細く長い、しなる刀身――以前の《流刃りゅうじん剣》に似た魔法剣だ。

 《流刃剣》との違いは刃の細さと長さだろう。《鞭刃剣》の方がより細く、しかしより長い。

 背を向けたまま走って逃げようとするクロエラへと、こちらも《瞬影剣》で加速しながら《鞭刃剣》を振るう。


「うわっ!?」


 加速してもクロエラには追いつけないとはいえ、それでも最初から狙っていたジュウベェの方が判断が早かった。

 鞭の長さもあり、クロエラは完全に回避することができず背中を浅くだが斬り裂かれてしまう。

 そして斬られた痛みでほんのわずか、クロエラの動きが鈍る。

 そのわずかな隙とスピードの緩みをジュウベェは待っていた。


「抜刀 《斬影剣》!」


 今度は《瞬影剣》を捨て、右手に持った太刀を真横に薙ぐ。

 クロエラとの距離は離れており刃が直接届くことはなかったが、


「ぐっ……あぁっ!?」


 離れた位置にいたはずのクロエラの右足のふくらはぎがざっくりと斬り裂かれ、走った勢いのままクロエラは転倒してしまう。


「くふふっ……これで『足』は封じ込めましたわねぇ」


 クロエラに肉体修復の能力はない。

 そして無駄に人体の仕組みを再現している『ゲーム』の仕様上、クロエラはもはや全速力で走ることはできなくなってしまった。


 ――ま、まずい……!


 それがどれだけ致命的なことなのか、クロエラ自身はよく理解している。

 『速さ』の一点のみでジュウベェを上回っていたはずなのだ。その速さの要となる足を封じられてしまった……体力にはまだ余裕はあるとはいえ、致命的なダメージとしか言いようがない。

 バイクに乗れば、とは思うがそれで果たしてジュウベェに勝てるかは怪しい。

 【騎乗者ライダー】の効果で自由自在にバイクを操れるとは言っても、それでも限界はある。自分の足で走るのに比べれば速さは十分ではあるが小回りは効かなくなってしまう。


 ――た、たった一手で引っ繰り返された……。


 油断はしていなかった。最大限に警戒もしていた。

 しかしジュウベェに上回られ、アドバンテージを失ってしまった。


 ――やっぱり、ボクじゃ……無理だったんだ……。


 たった一撃ではあるが、クロエラの心を折るのには十分すぎる一撃であった。

 今のは『戦い方』一つで引っ繰り返されたようなものだ。

 速さで上回れていることに油断せず、しっかりと相手の動きを見切った――つもりで攻撃したはずなのに、《陽炎剣》というおそらくは幻像を作り出す魔法剣を見抜けずに攻撃を受けてしまった。しかも体力的にはともかく、足を斬られるというクロエラにとっては致命的な攻撃である。

 元々自分に自信を持てていないクロエラにとって、ようやく見えた『希望』をへし折られるにはそれだけで十分であった。


「…………へぇ……?」


 一方で、機動力さえ封じれば勝ったも同然、と思っていたジュウベェは不思議そうな顔をする。

 

 クロエラの様子を演技として感じているというわけではない。

 確かに斬った手応えはあった。事実、クロエラの背中の傷も、脚の傷も存在している。


「……くふふ、面白いですねぇ」


 違和感を無視せずにその正体を探ろうとしてわずか一秒――ジュウベェは違和感の『正体』に気が付く。

 正体こそわかったものの、それが何を意味するのかまでは理解が及ばないが……おそらくは当のクロエラ自身も『それ』には気づいていないだろう。

 ……あるいは、気づくだけの心の余裕がないのか。

 どちらかまではわからないが、『意味』を理解するまで考え込むつもりはジュウベェにはない。

 クロエラが気づいていないのであれば、ジュウベェにとっての脅威とはならない違和感のはずだ。

 いずれにせよ、クロエラの機動力だけでなく戦意まで奪ったことには変わりない。


「では、その御命――頂戴いたしますわぁ!」


 ジュウベェの趣味ではないとはいえ、命令は命令だ。

 むしろわざわざ負けるつもりも毛頭ない。

 膝をつきそのまま動けなくなったクロエラへと、今度こそとどめの一撃を加えようとする。


「くっ……! させぬ!」

「あら? あらあら~?」


 と、横から戦線離脱していたはずのノワールが突進、ジュウベェへと体当たりをして弾き飛ばそうとしてくる。

 両手足を斬りつけられまともに戦うことができないはず――それ以前に、既に『戦士』としてのピークを超え、《瞬影剣》の速さにもついていくことができないノワールはもはや戦力外だ。

 ジュウベェ自身も興味を失い、そして放置していてもアビサル・レギオンにとって脅威はないと判断したため捨て置いていたのだが……。


「ふふっ、退場したはずの貴女が横やりを入れるのは、ルール違反ではないですかぁ? まぁ構いませんけれども」


 子猫に手を出して怒った親猫に嚙みつかれた、程度にしか思っていない。

 手足が使えないための体当たり、でしかなかったため勢いは削がれたが別にダメージは受けていない。

 やはりダメージは深いのだろう、弾き飛ばしたまではいいものの後が続かずノワールは再び膝をつき動けなくなってしまっていた。


「――ですわねぇ」

「……! 其方……!?」


 クロエラの方を見、わずかに苦笑したジュウベェを見てノワールも驚きの表情を見せる。

 ジュウベェはノワールが何を考えていたのか、ほぼ正確に見抜いていたのだ。ノワールもまさかジュウベェが理解しているとは思わず、これには驚かざるを得ない。

 ――思い返せば、最初のエル・アストラエア襲撃でもノワールとの僅かな会話で、ノワールの考えを見抜いていたかのようなことを発言していた。

 その時に今のノワールの考えまで見通していたわけはないのだが、ジュウベェならば気づいてもおかしくないか、とノワールもまた苦笑を浮かべる。


「まだわからぬさ」

「くふふっ、だといいですわねぇ。もっとも――貴女はを見届けることはないでしょうけどねぇ!」


 もはやノワールを捨て置くことはしない。

 クロエラは戦意喪失、ノワールは戦意はあってももはや満足に戦うことはできない。

 この場での戦いは終わったのだ。

 ジュウベェはどちらにも迅速にとどめを刺し、次なる戦場へと向かおうとする。


「抜刀 《閃影剣》!」


 とどめを刺すべく作り出したのは、西洋の刺突剣レイピアのような、細長い『針』のような魔法剣。

 その形状から想像できる通り――そして『影』の名を持つジュウベェの新たな魔法剣のシリーズ通り、凄まじい速さでの『突き』を放つことができる魔法剣である。

 スピード特化の《瞬影剣》ほどの速さではないが、それでも今のノワールには回避することのできない速度での突きの連打を放ち、『ハチの巣』にせんとする。


 ――……ここまでか……。


 自分がジュウベェの攻撃を回避することはもはや不可能だということは理解している。

 それでも、ノワールは敢えてジュウベェの攻撃を一手に引き受けようとする。

 まるでそれが自分の役割であるかのように、ノワールは受け入れる。


 ――すまなかったな、クロエラ……。


 ノワールは迫る魔法剣ではなく、クロエラの方へと最後に視線を向け――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦意は失っていたが、意識は失っていない。

 クロエラは現状をしっかりと認識し、把握していた。

 しかし戦意喪失のショックからか意識がはっきりとしているとはいいがたい。

 どこか『夢』の中にいるような――周囲の様子は見えているが、それがまるで他人の視線で見ているような、奇妙な感覚の中にいた。


 ――ノワール……。


 傷ついたノワールを助けるために戦うことを選んだというのに、あっさりと自分の戦意が挫かれてしまった。

 そして逆にノワールに助けられてしまっている状態だ。

 もはやそれを『情けない』とか『ふがいない』とか思えるほどの判断力がクロエラにはない。

 ただ茫然と目の前で起こるであろうノワールの死と、それに続くであろう自分の終わりを他人事のように見届ける――そして敗北するしかない。




 だが、クロエラの中にはまだ残った感情があった。


 ――『悔しい』


 怒りでも悲しみでも、恐怖でもない。

 ただひたすら『悔しい』――このままジュウベェに負けるのが、なすすべなくノワールを目の前で斬られるのが、そしてそれを目前にしてただ膝をついていることしかできない自分が。

 情けなさ……ではない。それもないわけではないが、その源泉となっている感情はやはり『悔しい』なのである。


 ――ボクは……何度同じことを繰り返すつもりだ……!


 自分の中にあるものが悔しさであることを理解したクロエラが次に感じたのは、悔しさを燃料とした『怒り』だ。

 目の前で行われようとしていることに対して、ではなく動けない自分自身に対しての『怒り』が燃え上ってくる。


 ――何のために、ボクはここまで来た……!

 ――何のために、ボスのユニットを続けている……!


 クロエラがラビのユニットとなった経緯は、結局のところ『成り行き』でしかない。

 しかし、本人が望めばラビはユニットを解除してくれただろう――その結果がピースとして取り込まれるということにはなってしまうのだが……現実とならなかったことについて論じても意味がないだろう。

 はっきり言って、クロエラ雪彦は性格的にも『ゲーム』には向いていない。仮に『ゲームを抜ける』と宣言したとして、姉妹は――ガブリエラ撫子はともかくとして――それを理解し支持してくれただろう。

 わかっていながらも、それでもクロエラは『ゲーム』に残ることを自分の意思で決めていたはずだ。

 誰に指示されたわけでもない、状況に流されただけでもない、ましてや姉妹が続けるからというだけでもない。あくまでもクロエラ雪彦自身の意思でだ。


 最後の戦いに身を投じ、恐怖の象徴ジュウベェと矛を交えることにしたのも、流れもあったとはいえ結局は自分で決めたことだ。




『ここで、おまえから逃げたら、皆に合わせる顔がなくなっちゃう……だから、ボクが絶対におまえに勝つ――勝ってみせるんだ!』




 そう叫んだのは他の誰でもない、クロエラ自身だ。


 ――まだだ……!


 クロエラは想像する。

 果たしてアリスやジュリエッタが、自分の得意技を封じられたくらいで戦意を失うか?

 ヴィヴィアンやガブリエラが強敵相手に震えているだけか?

 ウリエラやサリエラが敵わないと思った相手にあっさりと白旗を揚げるか?

 自分の仲間たちは、で大人しくやられるのを待つだけなのか?


 ――冗談じゃない……! ボクだけが、こんなことくらいで……!


 クロエラの中の『怒り』が、蹲っていた『プライド』を呼び起こす。

 それは『ゲーム』においてあまり意味がないかもしれない、いわゆる『男のプライド』というものだ。

 いかに女性的な見た目をしていたとしても、クロエラ雪彦の中身は『男』なのだ。

 まだ芽生えたばかりのプライドが、このまま膝をつくことを自分に許さなかった。


「ノワール!」


 半ば無意識に叫ぶと、クロエラはその場から一足飛びに――――ジュウベェとノワールの間に割って入る。


「く、クロエラ!?」

「あらぁ?」


 ノワールたちにとっても予想外の出来事だった。

 まさか傷ついたクロエラが、ノワールのピンチに立ち上がるにしてもジュウベェの攻撃に間に合うほどの速さを発揮できるとは誰も思っていなかったのだ。


「――ッ!」


 咄嗟にノワールの前に立ち、ジュウベェの攻撃から庇おうとしたクロエラへと《閃影剣》の鋭い突きが連続して放たれる――




 胸、腹、腕、脚――そしてヘルメットに覆われた頭部へと連続で放たれる《閃影剣》が突き刺さり、クロエラの身体に無数の穴が穿たれ、今度こそ崩れ落ちていった。

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