第9章4節 Eclipse first, the rest nowhere.

第9章23話 変異 -Slow pace-

■  ■  ■  ■  ■




 『死』が運命に追い付く――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 信じられない思いでクロエラは自分の目の前に広がる光景を見る。


「ボクが……」


 ――……?


 そう、目の前には天を仰ぐようにして地面に倒れたジュウベェの姿があったのだ。

 それをやったのは他でもないクロエラなのだが、当のクロエラ本人が自分のやったことを信じられないでいた。


「く、くふふ……えぇ、えぇえぇ……貴女がやったことですわぁ」


 倒れたまま愉快そうに笑うジュウベェ。

 声音からはダメージを感じられないが、全くの無傷ではない――ということは肉体に負った傷を見れば一目瞭然だった。

 和風の鎧と着物を組み合わせたような服型霊装のところどころが斬られ、鎧部分が破損している。

 ……彼女のトレードマークとも言うべき鬼の面には傷一つついていなかったが、口元からは一筋の『血』が流れている。

 よろよろと起き上がろうとしている様子からも、ダメージを受けていることは確実だろう――演技でなければ、だが。




 クロエラが信じられないと思うのも無理はない。

 アリスと共に戦った時は援護に徹する以外にやれることはなく、エル・アストラエアでの再戦では手も足も出ずに一方的にやられてしまっていたのだ。

 ましてや、その時に比べてクロエラは――天空遺跡からの戦いは『ゲーム』のクエストをクリアしたわけではないのでジェムは増えておらず、クロエラに限らず他のメンバー誰一人として成長させていないのだ。仮にジェムがあったとして、ナイアを倒すという目的を考えればアリス一人に集中させるべきであろう。

 『ゲーム』のステータス的には一切変わりはないというのに、なぜかジュウベェを地に伏せさせているのだ。

 信じられないというのも、望外の喜びよりも戸惑いの方が大きい。


「ふふ、子猫ちゃんが猫ちゃんにはなったようですわねぇ」


 立ち上がるジュウベェ。

 倒れた時に追撃をかけなかったのは戸惑っていたからだけではなく、まだ『油断を誘う演技』である可能性を捨てきれなかったためだ。

 だが、本当に演技ではない……ようにクロエラにも徐々に感じられてきた。


 ――……勝てる……?


 このまま戦いを続けていけば、クロエラは勝ててしまうのではないか、そう段々と彼女も思い始めていた。




 傷ついたノワールを庇い、ジュウベェと戦い始めてから、一度もクロエラはダメージを受けていない。

 ジュウベェの攻撃は見切って回避し、攻撃してたいが伸びきった瞬間を見計らってクロエラが反撃――その繰り返しの果てのダウンである。

 徹底した『カウンター戦法』……の変則版とでもいえばいいのか、ともかくクロエラは自分から迂闊に攻め込むことはせずに、ジュウベェの動きへと対応して反撃を繰り返している。

 そもそも、クロエラにはジュウベェの動きが完全に見えていた。

 それは一対一で戦っている今だけではなく、先ほどのノワールを切りつけた超高速移動の魔法剣――《瞬影剣》を使った動きでさえも例外ではない。

 どれだけジュウベェが加速しようとも、クロエラはそれを見切れていたのだ。

 だから、ノワールがやられたこと自体がクロエラからは信じられないという思いもある。

 自分に自信のないクロエラだからこそ、『なぜノワールは』と考えてしまっているのだ。もちろん、ノワールはジュウベェの速さについていけなかったが故に斬られたという単純な事実なのではあるが。


「ふふ……」


 傍から見れば『手も足も出ない』状態のジュウベェだが、その笑みは崩れない。

 その余裕のありそうな態度が、クロエラの実状と意識の乖離を誘っているのだが……。


「どうやら、猫ちゃん相手とは言えこちらが油断して勝てるわけでもなさそうですわねぇ」


 負けそうになったからブラフ、というわけでもなさそうだ。

 『本気』になる――という宣言とクロエラは受け取った。


「抜刀 《瞬影剣》」


 超高速移動の力を与える魔法剣を構え――ジュウベェの姿が消えた。

 離れた位置で見守るノワールにはジュウベェの影すら捉えることができないスピードだ。もしこの場に他のメンバーがいても、瞬間移動にも等しい超加速を捉えることはできなかっただろう。

 ただ一人、クロエラを除いて。


「そこだ!」


 やはり

 姿を消した……ように見えたが、それはまやかし。

 真正面から突撃するように見せかけてその場から大きく横へと跳び、クロエラの左側面から回り込むようにして接近してきていたのをはっきりと捉えている。

 超高速移動故に、ジュウベェ自身も動きを完全に制御できていない――クロエラのように元のステータスが高いのとは異なり、魔法によって無理矢理スピードを上げているため『感覚』がついていけていないのだ。

 側面から迫るジュウベェの動きを完璧に見切り、振り下ろされる刃を回避しつつ、逆にクロエラがジュウベェの横へと回り込んで交差法の要領で胴体へとカウンター気味に回し蹴りを放って吹っ飛ばす。


「くっ……ぐぅ……!」


 吹っ飛ばされながら苦しそうに呻きつつ、今度は倒れずに何とか着地するジュウベェだったが、やはりクロエラの隙を突くことができない。

 クロエラ自身が一番信じられていないが、もはや疑いようもなくクロエラがジュウベェを圧倒している――としか言えない。


「ふ、くふふ……! これだから面白い……!」

「……?」


 クロエラも徐々に『自分が勝てるのでは?』『自分の方が強いのでは?』と思いかけているが、まだ確信には至れていない。

 尚もジュウベェのブラフを警戒しつつも、自分からは攻め込まずにカウンターに徹しようとしている。

 一方で追い込まれかけているはずのジュウベェは、やはり笑みを崩さない。

 むしろますます愉快そうに笑う。


「そう警戒する必要はありませんよ? 貴女の速さがあたくしを完全に上回っているのは確かですわぁ」

「……なにを……」


 ジュウベェの真意がわからない。

 事実を話しているのだとして、それをわざわざクロエラに告げる意味もない――もしクロエラがそれで『自分が勝てる』という確信を得てしまったのであれば、不利になるのはジュウベェの方なのだ。

 であれば油断を誘う演技の可能性もあるが、過去にクロエラを圧倒していたジュウベェがそのような手間をかける意味もやはりない。


「くふふっ……『速さは力』だということですわ」

「……っ!」


 嬉しそうに――本当に嬉しそうに笑いながら言うジュウベェの言葉に、クロエラは聞き覚えがあった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 エル・アストラエア襲撃前の、ほんのわずかな日常――わずかな一時に、雪彦は何度か千夏に『稽古』をつけてもらっていた。

 ……途中、撫子が乱入してきて稽古ではなくただのチャンバラになったり、地元の子供たちと遊びに行ったりで振り返ってみればあまり『稽古』にはならなかったかもしれないが……。

 ともあれ、そんな中、珍しく誰の邪魔も入らず千夏を独占できた時があった。

 雪彦はその機を逃さず、千夏に稽古を願い出たのだが……。




「うぅ……やっぱり僕じゃダメなんだ……」


 おもちゃの剣を使っての稽古であったために打たれても痛くはない――千夏ならば寸止めも可能だ――が、雪彦は一本も千夏から取れずボロ負けしてしまっていた。


「いや、まぁここで俺がお前に負けるっていう方が問題なんだけどな……」


 落ち込む雪彦に対して、千夏はポツリと呟く。

 確かに素人の雪彦に一本でも取られていたら、千夏経験者としてはかなり問題だろう。もちろん偶然命中するということもないことはないが。

 しかし雪彦にとっては何一ついいところを見せられずに一方的に負けた、という事実は千夏相手であっても落ち込むものであるようだ。

 これからの戦いで『勝つ』ための特訓なのだ。なのにボロ負けしてしまっているようでは、今後は『勝てない』と雪彦は思い込んでしまいかねない。


「ま、気にするな。変身もしてねー状態だしな」

「うぅ、でも……」


 そもそもの話、変身せずに剣の修行をするというのは千夏のこだわりにすぎない。

 本気の『戦闘訓練』であれば変身しての対戦が一番良いだろう――エル・アストラエアにいる以上、ラビにお願いして対戦モードをすることはできないので仕方ないのだが。

 雪彦クロエラが剣を振れるようになるに越したことはないが、ありすアリスほど重要視するものではないと千夏は思っていた。


「ユキの場合は、いざって時に備えて――というのは一理あるんだが、正直『剣を振る』必要がなくなるように立ち回った方がいいな」

「……? どういうこと……?」


 各自の立ち回りについては、本当ならばあまり他人が口を出すべきではない、と千夏は思う。

 現にありすにも桃香にも『こうした方がいい』というアドバイスはしてこなかった。

 それはラビの方針にも近いが、やはり『自分で考えて自分の好きなようにゲームを楽しむ』のを良しとしているためだ。

 もちろん本気で勝たなければならない――例えばジュウベェ戦のような時――に相談に乗るのは吝かではない。

 今回の雪彦の落ち込みようは、千夏的には少し見過ごせないものがあった。


 ――こいつも、まぁ……色々と複雑だからなぁ……。


 雪彦の心情はある程度理解できているつもりだった。

 加えて彼の周囲の人間がどういうのかも千夏はある程度理解している。


 まずは最も身近な姉妹だ。

 楓と椛は変身後の貧弱なステータスを補って余りある『特殊能力』、それに本人たちの巧みな戦い方がある。これは他の誰にも真似できないものだ。

 撫子は思考の面では当然のことながら誰にも敵わないし、千夏の目から見てどこまで考えて行動しているのか全くわからない――が、マイナス面を帳消しにするほどの圧倒的な戦闘能力を持っている。

 雪彦は身近な姉妹と自分を比べて、劣等感を抱いている……それが千夏の見立てだ。

 加えて同級生のありすと桃香という見た目とは裏腹の歴戦の猛者と言っても差し支えのない存在がいるのだ。


 ――女みてーな顔してても、やっぱり『男子』だねぇ。


 雪彦の『焦り』、そして現実の自分が他のメンバーに追いつけていないという『不安』に加えて、『男子としてのプライド』が刺激されているのだろう。

 ……黒歴史ではあるが自分もラビのユニットになるまでだったのだ。この見立ては高確率で正解だろうと思っていた。


「もうちょっと余裕のある時……そうだな、今回の件に決着をつけたら、時間を見つけて剣の特訓をしよう。何なら、アニキに頼んで仲間内での対戦を多めにやってもいいしな」


 今重要なのはすぐさまクロエラが『剣を使えるようになる』ではない。

 雪彦が実は『剣の天才』である、ということでもない限り千夏がいくら教えたところで意味はないだろう――むしろ自主練をしている余裕すらない今の状況だと、『付け焼き刃』『生兵法』となりクロエラの『持ち味』を逆に殺してしまう可能性の方が高い。

 身体を動かして『もやもや』を払うということ自体には賛成であるが、それ以上の意味はないというのが千夏の考えだ。そこまでは雪彦に話す必要はないが。


「そうだな……ユキ、お前の――クロエラの『強み』ってなんだと思う?」

「僕の……」


 口で言うより自分で考えさせながらの方が良いだろう、というラビ流を受け継いだ教育法だ。

 千夏の中ではすべての『答え』は出ているが、自信を失っている――というよりもこの時点ではまだそもそも自信を持っていない――雪彦には口で説明しても届かないだろう。

 あくまでも自分で考え、自分で答えを導き出して納得しなければならないのだ。そのための手伝いとして口は出すにしても、答えは雪彦自身が出さねばならない。


「…………やっぱり、『速さ』……かな」


 自信なさげに雪彦は答える。

 ここでの自信のなさは答えに対してではなく、『いくら速くても意味がない』という至らなさに対するものであろう。

 確かにスピードはかなりの物だ。バイク型霊装に乗らずとも、魔法で強化したアリスやジュリエッタに匹敵するスピードを出すことができる。しかも、クロエラ自身は魔法を使わずに素のスピードだけで、つまり何の消費もなしに強化魔法に匹敵する速さを持っているということになる。

 反面、その他のステータスについては平凡だ。

 腕力勝負をしたとして、ウリエラたちには流石に負けないものの、ガブリエラステータスお化けは言うに及ばずアリスには敵わないという程度でしかない。

 スピード以外に優れた点を持たない……それがクロエラである、というのが雪彦自身の評価だ。


「そうだ、速さがお前の長所だ」


 だが千夏の評価は違う。

 ……いや千夏だけではあるまい。ラビや楓たち、そしておそらくはゲーム慣れしているありすもまた異なる評価をしているはずだ。


「なぁユキ、この『ゲーム』で戦いに負けるってどんな時だと思う?」

「え? そ、それは……」


 答えようとして一瞬口ごもる。

 観念的な『敗北』に類することを考えるが、そういう質問ではないだろうと雪彦は考え直し――


「…………えっと、体力が全部なくなった時……?」


 やはり自信なさそうに上目遣いで様子をうかがいながらそう答える。


 ――……いや、マジでこいつうちの女子連中よりも女子っぽい可愛さだな……。


 当の女子連中が聞いたら抗議の声を上げそうなことを一瞬考えてしまう。

 一緒に風呂に入ったので雪彦が『男』であることは疑いようはないのだが、顔立ちや表情、仕草を見ていると『女』であると錯覚しかねない。

 それはともかくとして、雪彦の出した答えは至極単純なことだった。


「ああ、そうだ。簡単な話だな。――少なくともユニットとの戦いではそうなるよな」


 試合に勝って勝負に負ける、とか心が折れない限りは、とか観念的な話はないわけではないが、突き詰めるとこの『ゲーム』においての敗北とは『体力が先にゼロになった』という事実に集約されるだろう。

 使い魔による復活リスポーンがあるモンスターやピースとの戦いはともかくとして、全うなルールに則った戦いにおいては基本的にそうなる。


「じゃあ逆に負けないためにはどうなればいい?」

「……体力がゼロにならないようにする……?」


 やはり自信なさそうな雪彦の回答に、千夏はそうだ、とうなずく。

 これもやはり単純な話だ。

 体力がゼロになったら負け、なのだから逆に言えばのだ。

 もちろん言うは易しではあるが。


「要するにだ、体力を削られないように立ち回り続けていけば、相手がどんなに強いやつだろうといずれ倒せる――そういう話だな」


 これもまた行うは難きではあるが、理屈の上ではその通りだろう。

 自分の体力を削られることなく相手の体力を一方的に削っていくことができるのでえあれば、理屈では『絶対に負けない』ことになる。

 あくまで理屈では、だが。


「これをジュリエッタありんこアリスがやろうとすると、実は結構難しい。お嬢ヴィヴィアンなら……まぁやり方次第ではできるかもな。チビ助ガブリエラはごり押しが通じる相手ならいけるか」


 理屈ではできる、だが実際にやるとなると難しいということを千夏はよくわかっている。

 たとえ『格下』――他人に対してこういう言い方は好まないが――相手にしたとしても、なかなか上手くいかないことも実感している。

 なぜならば、ある条件が不足しているからだ。


「でも、お前クロエラにならできる」

「ぼ、僕なら……?」


 千夏は思う。

 雪彦クロエラならば『理想的な戦い』――すなわち、自分は一切傷つかずに相手を倒すことができる、と。


「ああ。なぜなら、お前の『速さ』ならはずだからだ」

「そ、それは……!」


 雪彦の表情に理解の色が表れる。


「敵の攻撃を全部かわしてダメージを受けず、お前の攻撃を当て続ける――誰にも触れることのできない速さは、つまり無敵になりうるってことだ」


 ジュウベェの不死身のような、チートの産物ではない。

 クロエラ自身の持つ正統な能力――『速さ』を最大限に活かした戦い方ならば、まさに『無敵』となることができるはずだ。

 相手の攻撃を全て回避し、逆に相手に攻撃を当て続けることができるのであれば、それは『無敵』と言っても差し支えはないだろう。

 千夏がヴィヴィアンならばやり方次第で、と言ったのも彼女ならば素早い召喚獣に乗って回避に専念しつつ、攻撃型の召喚獣を呼び出し続けて戦えば同じようなことができると考えたからだ――あまり千夏の好みの戦い方ではないし、魔力消費というリスクは避けられないが。その上、ヴィヴィアンの性格上必要に迫られない限りはそういった戦い方はしないだろう。


「で、でも、む、難しいよ……」


 千夏の言わんとしていることは理解したものの、だからといってそれが自分にできるとは雪彦は思えなかった。

 それができるのであれば、アリスと共に戦ったジュウベェ戦でももっと活躍できたはずなのだから。


「そうだな、難しいな」


 もちろん千夏にもわかっている。

 あくまでも『理屈では』という話だ。

 しかし、『難しい』であって『不可能』ではないとも思う。


「それに、僕の攻撃力じゃ……」


 もう一つ不安な点は、クロエラは決して攻撃力のステータスが高くはないということだ。

 ガチガチに防御を固めた相手には攻撃が通じない可能性の方が高い。

 また、攻撃が通じるにしてもさほどのダメージを与えることができず、戦いが長引いてしまうだろう。

 戦いが長引けばそれだけ集中力も削がれるし、敵の攻撃を回避しきれないというリスクも増える。


「大丈夫だ。それも『速さ』が解決してくれる」

「……速さが……?」

「お前の年齢じゃ学校でまだ習ってなかったかもな。でも感覚でわかると思う。

 たとえば……ボールが投げつけられたとして、ゆっくり飛んでくるのと速く跳んでくるの、当たったらどっちが痛い?」

「え!? そ、それは……速い方だよ」


 リアルに想像してしまったのだろう、少しだけ怯えた表情を見せる雪彦だったが、千夏の質問にはすぐに答えられた。


「そうだよな。じゃあ、当然全速力で動いたお前の攻撃だって、同じように相手にとってはかなり痛いはずだ」


 『ゲーム』はあくまでもシステムに管理されたゲームであり、『攻撃力』『防御力』といった数値は絶対だ。

 しかし、だからといって全ての物理法則を無視しているわけではない。

 速度次第で数値以上の攻撃力を発揮することは可能なのだ――そのこと自体、加速アクセラレーションを多用する千夏には実感できていた。


「ただのパンチやキックだって、同じ筋力で叩き込むなら勢いのある方が強くなるはずだよな。

 だったら、お前の超スピードを乗せた攻撃なら――」


 下手に剣を使って近接戦闘をしようとするより、『速さ』に任せて殴りかかった方が良い――特に巨大なバイク型霊装をそのまま叩きつけるという攻撃方法が単純にして一番強力になるはず。

 そうした千夏の考えを雪彦も理解する。

 問題は――


「……僕にできるかな……」


 雪彦の性格そのものにあった。

 どちらかと言えば、『ごり押し』に近い戦い方になる。ありすや撫子が好む戦い方と言えるだろう。

 遠距離攻撃が排気魔法エキゾーストを応用しなければ使えない以上、どうしても接近しての攻撃にならざるをえないのは、雪彦の引っ込み思案な性格上厳しいものはある。


「そうだなぁ……いい機会だし、お前にも教えておくか」


 千夏も雪彦の性格は短い付き合いながらも何となく理解してきている。

 確かにいくらスピードに優れているからとはいえ、自分から積極的に攻めていくスタイルには向いていないだろうとは思える。

 ただ、だからと言って常に受け身でいても回避しきれない攻撃が来た時に困る。

 だから彼流の戦闘の基本――ありすにも教えた『視る』ことを教えておくこととする。

 これがうまくできるようになれば、自分から攻めることもできるし、受け身でいる場合でも『カウンター』を効率よく行うことができるはずだ。


「む、難しい……」

「まぁそうだな。俺もそこまで実践できてるかって言われると微妙だしな。ま、一朝一夕でできるようになるもんじゃねーだろうし、今は頭の片隅にでも入れておけばいいさ」


 ……これですぐさま実践できたとしたら、千夏の立つ瀬がない。

 それはともかくとして、雪彦にとって最も重要になるであろうことを忘れずに千夏は伝える。


「ユキ、話は戻るが、お前の一番の強みは間違いなく『スピード』だ。

 ありんこやチビ助と同じことをお前ができる必要はないんだ――っていうか、同じことをやろうとしちゃいけない」


 『型に嵌める』というのは、個人の力量や性質、向き不向きを考慮せずともある程度の安定した成果を発揮するには効率的なことだ。

 だが、それにも限度というものがある。

 『スピード』という明確な他者よりも優れた、突出した能力を持つ雪彦クロエラを『型に嵌める』のは強みを殺すことにしかならない。そう千夏は考える。

 もっとも嵌める『型』というほどのものは、『ゲーム』においては存在していないのだが……。

 あえて言うなら、雪彦が劣等感を抱いているであろう他のメンバーの『真似』をしようとするのがそれに当たるであろうか。


「さっきも言ったが、誰にも触れられないスピードは無敵と同じだ。それに、スピードを乗せた攻撃はとんでもなく『重い』一撃になる。

 お前の『速さ』はそれだけで既に十分すぎるほどの『力』と同じなんだってこと、覚えておいてくれよな」

「う、うん……」


 いまいち自分の力にまだ自信が持てていないのであろう雪彦の様子を見て、千夏は苦笑いをせざるをえない。

 こればかりはいくら言葉を費やしても完全に払拭することはできないだろう。

 必要なのは『実感』と『経験』だ。

 それこそが本人の自覚を促すものに他ならない。

 更にそこに『成功』が伴えば――その時初めて『自信』が芽生える。

 千夏自身、現実世界でそうしたことを実感していた。


「ま、焦らずゆっくりやろうぜ。俺もできるかぎり付き合ってやるからさ」

「あ、ありがとう、兄ちゃん……」


 ナイアたちとの戦いは『個人戦』ではなく『チーム戦』になる。

 雪彦クロエラが一人で敵と戦う場面はそう多くはならないだろう――相手の数の方が多い以上、こちらはできるだけ分断されないように立ち回る必要がある。

 仲間同士でフォローしあって戦っていけば、この戦いを通じて雪彦も経験を得ることができるだろう……そんな風に当時の千夏は考えていた。

 ……結局、その考えは当たらず、最終決戦に至るまで『個人戦』が多くなってしまったのだったが。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――速さは力……『誰にも触れられないスピードはすなわち無敵と同じ』……!


 忘れていたわけではないが、直後のエル・アストラエアでの敗北で雪彦の心を暗い闇が覆い、千夏の言葉に思いをはせることができていなかった。

 あの時は全部を理解できたわけではなかったし、その後もスピードを活かした戦いの場面がなかったため実感もできていなかった。

 しかし、今目の前でジュウベェを圧倒していることから、次第にクロエラは千夏の言葉の意味を実感し始めている。

 本来ならば大して高くもない自分の攻撃は、確かにジュウベェにも効いている。

 全力でクロエラの方から攻撃を仕掛けていないので、十分速さの乗った攻撃というわけではないが、それでも着実に隙を突いて無防備なところへと攻撃を当てているのだ。

 以前のような『無敵』となるチートを使っているわけでもないジュウベェならば、このまま時間をかけてでも削り切れるのではないか……クロエラもそう考え始めていた。


 ――いや、ダメだ……! 時間をかけてはいられない。


 この戦いの最終的な勝利のためには、『アリスがナイアを倒す』というのが必須だ。

 そのためにはクロエラたちが負けるのだけは避けなければならないのだが、だからといって『負けなければズルズルと戦いを長引かせていい』ものでもない。

 倒せるのであれば手早く倒し、他のメンバーの助けに向かいより勝利を盤石にする――しかし無理をして負けてはならない。

 矛盾しているようでなかなか難しいオーダーだった。

 ともあれ、このままいけばジュウベェに勝てるのではないか、そんな希望がクロエラにも見えてきていた。

 ならば自分からも攻めて、『速さの乗った一撃』を加えて一気に体力を削るべきではないか――クロエラの頭の片隅にそんな思いが湧き上がってくるものの、


 ――でも……。


 クロエラはまだ動けない。

 それは自分に自信がないから、やジュウベェに対する恐れだけではない。


「くふふっ……人とは成長するもの――ですねぇ。ですわぁ」

「なにを……!?」


 

 クロエラの知るジュウベェとは色々と異なってはいるものの、その力の『本質』には変わりはないはずだ。

 ジュウベェがこの程度の――速さだけで圧倒できる相手であれば、かつての敗北はなかったはずなのだ。

 過大評価、のきらいはあるかもしれないが、クロエラにはそう思えて仕方なかった。

 だから自分から迂闊に攻め込むことはできない。

 杞憂ならば良い。

 だがそうでなかったとしたら、文字通りの『一瞬』で断ち切られて敗北するのは自分の方だ……クロエラはまだそう考えていた。


「……聞いた話によれば、あたくしの以前の『中身』はとか。

 それゆえに策を弄し、不足分を補っていたようですわねぇ。えぇえぇ、


 ジュウベェが何を言おうとしているのかがわからず、フルフェイスメットの中でクロエラは眉を顰める。

 言葉で惑わそうとしている……とも思えない。

 『自分語り』を聞いてやる義理もないが、かといって先の考え通りクロエラはまだ自分から動くことができない。

 それを見越しているのか、ジュウベェはそのまま話し続ける。


「策を弄することは否定しませんが、その結果が『無敵』という何ともものとは……はぁ、今のあたくしではないとはいえ、随分と詰まらない考え方ですわぁ」

「……」

「人ではない故に成長はせず、その上仮初の頂点に達したことでも成長を止め――あぁ、そんなものでは負けるのは当然のことですわねぇ……」


 ふぅ、とため息をつくとジュウベェは真っすぐにクロエラへと視線を向ける。

 その視線を受け、クロエラの背筋に悪寒が走る。

 以前のジュウベェのような、狂気と凶暴さに満ちた視線ではない。

 ただひたすらに真っすぐな――『戦意』に満ちた視線に、クロエラは気圧されてしまった。


「故に、あたくしは『成長』を望みます――貴女も、そしてあたくし自身も。

 えぇ……えぇえぇ、ただの猫ちゃんであろうとも、あたくしは貴女を『乗り越えるべき壁』と見なしますわぁ。

 そして――」


 やはり以前のジュウベェとは全く異なる。

 無敵というチートは消えているし、倒したユニットの能力を吸収するという厄介な能力も既に持っていないはず。

 だというのに、ジュウベェから感じる『圧』は、質は異なれどクロエラを圧倒していた。



 そう、きっぱりとジュウベェはクロエラを見つめながら宣言した――

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