第9章22話 interlude
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「クローズ! ブラン、大丈夫ですか!?」
アトラクナクアの全身が地獄門へと吸い込まれていったのを確認後、すぐさまガブリエラはクローズを使って門を閉じる。
ありとあらゆるものを飲み込み消滅させる恐るべき門ではったが、結局は魔法の産物なのには変わりない。クローズであっさりと閉じられ役目を終えた門は消えていった。
『うー……いたい……』
門が消えると共に、ぼとりと地面に落下したブランであったが、痛いとぼやいてはいるものの無事ではあるようだった。
『馬鹿者め……無茶をしおってからに……』
『本当に……アレは私たちの役目でしょう』
ルージュたちは悔いている。
最後の突進――アトラクナクアを突き落とすための体当たりは、ブランではなく自分たちがやるべきだったということに。
ただ、決め手となったのは突進だけでなくその後の『凍結』でもあったため、結果としてはブランの判断が一番正しかったということにはなるが。
「良かった……皆無事で……」
地獄門に誰一人巻き込まれることなく終わらせることができた。そのこととアトラクナクアを完全に倒すことができたことに、心の底からガブリエラは安堵する。
「あ、あら……?」
安心して緊張の糸が解けたせいか、ガブリエラがその場に崩れ落ちてしまった。
《りえら様、大丈夫みゃ!?》
《と、とにかく分離して回復するにゃ!》
「ええ……そうですね……流石に疲れました」
『……るーさま、置いてきちゃった
『む、そうだな』
どうやら最後の突進は決死の覚悟だったようだ。
巻き込んではならないと、千夏を離れた位置に置き去りにしてしまっていたらしい。
「…………ともあれ、これで守れましたね……」
「だみゃー」
「おつかれさまだにゃ、みんな」
暴走とも言えるアトラクナクアの行動によって、ラグナ・ジン・バランたちはそのほぼ全てが破壊され、また地獄門の彼方へと消え去っていった。
さらなるピースの投入をされなければ、当初の目的――エル・アストラエアと『
「良かった……本当に」
先日のルールームゥたちによってほとんど瓦礫の山と化したとは言え、まだエル・アストラエアは完全に終わってなどいない。
ナイアたちとの戦いが終われば、再びこの世界は蘇るはずだ。
そう思い、守り切った街と『神樹』をガブリエラは満足そうに見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガブリエラたち地上組と結晶竜三体、そして落下してきた千夏は一旦合流。
互いの無事を喜び合いつつも戦いは終わっていないため回復し、次の行動を相談する。
「むー……どうやって空中要塞に戻ろう……?」
魔力も回復し、ようやく《ジリオンストレングス》の後遺症も抜けてきたため変身したジュリエッタが上空を見上げ、そう呟く。
そう、今後の行動において最も大きな障害が『どうやって空中要塞へと再度乗り込むか』なのだ。
ラビたちが突入した際にも空中要塞の迎撃兵器が襲ってきていた。おそらく、再び乗り込むときにも襲い掛かってくるだろう。
「うーみゅ、でもジュリみぇったがヒルダたちを倒したし、くろたち皆が敵を抑えてくれている今なら……」
「そうだにゃー、楽観はできにゃいけど、とにかく『速さ』でなんとかできるかもしれないにゃ」
速さ――この場においては、結晶竜のジェット噴射で一気に距離を詰めてしまえば乗り込めるのではないか、ということだ。
油断するのは論外ではあるが、最初の突入作戦のように『ピースをかいくぐってアリスをナイアの元へと送り込む』というような面倒な条件も今回はない。
加えて配置されていたピースたちは現在も戦闘中である……と思われることから、妨害も空中要塞からの砲撃だけを警戒すれば良い……とは思われる。
ならば、結晶竜の力であれば乗り込めるのではないかという考えだ。
「どうでしょうか?」
ガブリエラの問いかけに、結晶竜たちは互いの状態を見やる。
『……ごめん、ぼくはむりかも……』
最後の無茶な突撃がなければ全滅していたとは言え、その突撃でアトラクナクアに触れてしまったことは大きなダメージをブランの竜体に与えてしまっていた。
両手足が浸食され修復が必要な状態だ。背中の翼自体は無事だが、肉体のダメージは飛行に影響を与えてしまう。
それに《フルメタルエグゾスカル》戦時の無茶も竜体に大きな負荷を与えていた。
すぐに動けなくなる、というほどではないが『戦力』としてはかなり劣ってしまっていると言わざるを得ない。
『我らはどうするか……』
『当面の敵はいなくなりましたが……』
ルージュとジョーヌも多少消耗はしているが飛行には支障はない。ガブリエラたちを空中要塞へと送り届けることは十分可能だろう。
ただ、アトラクナクア復活前に話していた通り、『神樹』の守りを完全になくしてしまうというのは躊躇われる。
そのことをガブリエラも思い出し、『うーん……』と思案顔になる――が、戦いが終わって気が抜けた彼女に妙案が浮かぶとは誰も思っていない。
「……ジュリエッタも戻る前に『肉』の補充したいけど……」
「それは――ちょっと無理かみゃー……」
相手にしていたのが
そもそも大半の残骸はアトラクナクアに吸収された上に地獄門へと吸い込まれてしまっていた。仮に残っていたとしても、あのアトラクナクアに浸食された『肉』は恐ろしくて吸収する気になれない。
だが『肉』をどうにかして調達しない限り、空中要塞に戻れたとしてもジュリエッタは戦力として期待することはできないのだ。
「にゃー……どっかに野良モンスターがいればいいんみゃけど……」
「……とても期待できないですよね……」
ラグナ・ジン・バランの大襲撃に巻き込まれたか、あるいは事前に察知して逃げ出したかはわからないが、とても野生生物がこの付近に残っているとは思えない。
いるにしても、探す時間もない。
「むー、仕方ないか……ライズ一本で何とかがんばるしかないかー……」
ライズだけでもある程度は戦えるが、どうしても体格的に劣ってしまうと相手によっては一方的にやられかねない――特にエクレールのような巨体相手だと、いくらライズで強化しても体格差は覆しようがない。
最悪、『楯』となって仲間を守る、とラビが聞いたら絶対に止めそうなことを考えるジュリエッタだったが、ふとブランが尋ねる。
『……ねー、チビっこいの。その「肉」って――ぼくのからだでもだいじょーぶ?』
「……へ?」
予想外の問いかけに戸惑うものの、【捕食者】は確かに結晶竜にも反応している。
「大丈夫……だけど……」
ブランの問いかけの真意はわかる。
『肉』を補充する余裕がないのであれば、ブランの竜体を食え、と言っているのだ。
『じゃ、ぼくのからだあげる。どーせロクにたたかえないし』
躊躇うジュリエッタに対し、あっけらかんとした態度でブランはそう言うと竜体から仮体へと『魂』を移して抜け出てきた。
『……なるほどな。ふむ、それが良いかもしれぬ』
『そうですね。ブラン、エル・アストラエアに私たちの身体に使える結晶はありましたか?』
「んーと……たしかあったとおもう。そんなにいっぱいはないし、がれきにうまっちゃってるとおもうけど」
『十分だ。アストラエアの遣い――ジュリエッタと言ったな。貴公に我らの竜体の一部を授けよう』
『そうすれば貴女も戦えるようになるのでしょう?』
「そ、それは……そうだけど、いいの?」
『肉』が欲しいジュリエッタ的には願ったりかなったりではあるが、ノワールのことなどを知っているジュリエッタとしては手放しで喜べる話ではない。
『ブランはともかく、我とジョーヌについては心配は無用だ』
『修理可能な程度に貴女に食べさせてあげるから大丈夫よ。どちらにしろ、「神樹」の守りで私たちのうち誰かが残る必要があるのですから、私たち二人が修理がてらこちらに残ります』
合理的と言えば合理的な判断だった。
『神樹』の守りは確かに必要だが、ラグナ・ジン・バランの地上軍をほぼ壊滅させた今となっては危険度はかなり下がったと言っていいだろう。
ならば、ナイアとの戦いで戦力としては期待できない結晶竜はジュリエッタの『肉』として再利用、竜体を修復しつつ地上の守りにつく……という考え方は合理的だ。
……ジュリエッタとしても、反対に世界の守護者として生きてきた結晶竜たちにしても、心情的には複雑なものはあるだろうが――
「…………わかった。ルージュたち、ありがとう。絶対に無駄にしない」
『うむ、そうしてくれ』
『私たちの分まで……どうかお願いするわ』
三人とも諸々のことを飲み込んだ。
今一番重要なのは『ナイアの討伐』なのだ。
勝率が少しでも上がるのであれば、個人の感傷は抑え込むべきである。
それこそが『合理的』な判断だ……と三人ともラビのようなことを考えた結果だった。
「んじゃー、ジュリみぇったがメタモルで結晶竜になってわたちたちを運ぶとして……」
「ブランはどうするみゃー? 竜体全部ジュリにぇったにあげちゃったら、修理もできないにゃ?」
「……ぼくもうえにいくから、つれてって」
意外にもブランは空中要塞に行く、と言った。
彼女のことだから『終わったから下でのんびりしてたいー』と言うとばかり思っていただけに、ウリエラたちも少し驚く。
ブランもやるときはやる子だというのはわかってはいたが、その『やるとき』はアトラクナクア戦で終わったと思っていたのだ。
「うえにいかなきゃいけない――そう、アストラエアがいってるきがする」
自分がどう見られていたのか、ある程度は自覚はあったのだろう。
それでも少し拗ねたような表情を見せたのは一瞬だけ。
ブランは上空へと視線を向け、そんなことを言うのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アストラエアが何を考えているのか、ブランたちも誰もわからない。
『秘密主義』というわけではないのだろうが、『語れない』ことが多すぎるため結果的にそう見えてしまうのは仕方がないことだろう。本人もその点は理解している……つもりではある。
ただ、他人に真意が伝わりにくいにしても、彼女――
少なくともピッピが撫子たちユニットを切り捨ててまで何かを成し遂げようと企む、とは誰も考えない。
<……
この世の誰にも知覚できない、いわゆる『霊体』のような姿となったピッピ――いやアストラエアが少し焦るように呟く。
彼女には彼女の『役割』がある。
その『役割』は不本意にも無関係と思われた別の人物から急に与えられたものではあったが、彼女に否はない。
彼女の成し遂げたいことを成すには、ゼウスの協力が必要不可欠なのだ。
協力の代償として持ち掛けられた『条件』も、考えようによってはそこまで悪いものではない。ただ、ゼウスの真意がわからないのが不気味なだけで。
<
この時点を以て、ラビたちと
正確にはまだ完全なる決着はついておらず残っているものはあるのだが、
余裕たっぷりに『見せつける』だけのことはある。
ラビたちがどう足掻こうが、必ずナイアが最後に勝つようになっていたのだ。
その『仕掛け』こそがナイアの余裕の源だったのは想像に難くない。
<……ヘパイストス……何もかもあなたの思惑通りにいくとは思わないことね……!>
――結局、ほぼ全てのことをラビにしろゼウスにしろ、他人に委ねることになってしまった。
そのことに『この世界の神』として恥じ入るものはあったが、今は自身のプライドよりも世界の行く末の方が大事だ。
世界の行く末をかけた最終決戦――このままではナイアの勝ちは揺らがないだろう。
そのどうしようもない状況を覆すための、起死回生の一手……そのためにはどうしてもブランに空中要塞に赴いてもらう必要がある。
危険な戦場のただなかに折角生き返れたブランを送るのは気が引けるが、本来は無関係なラビたちが必死に戦っているのだ。この世界の守護者――そして
当然、ピッピにもやるべきことがある。
<お願い、ラビ……アーちゃん、もう少しだけ我慢して……!>
祈るように死地真っ只中にいるラビたちに向けそう呟くと、『霊体』となったピッピもまた空中要塞へと向かう――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「結構時間が経っちゃいましたが、大丈夫ですかね、皆さん?」
『……大丈夫だと思う。
かつてない強敵との『戦争』だが、それでもきっと何とかなる――ジュリエッタはそう思っていた。
実際に遥かに『格上』の戦闘力を持っていた敵と戦ったジュリエッタ自身も、ガブリエラたちも際どいところだったとはいえ勝利できたのだ。
同じようにアリスたちも勝てるはずだ、希望的観測込みではあるが今はそう思うしかない。
今ジュリエッタたちは各種回復、そして結晶竜たちからもらった『肉』の補給を済ませて再度空中要塞へと向かっている最中だ。
ガブリエラが言うように時間のロスは決して小さくはなかったが、それに見合うだけの価値のある時間ではあった。
特に結晶竜三体の『肉』を【捕食者】によって吸収したことで、ジュリエッタの戦闘能力が大幅に回復――加えて結晶竜の力を得られたことは大きい。
彼女たちが空中要塞へと向かう『足』も、ジュリエッタのメタモルによって結晶竜の力を再現したものなのだ。
「もしかして、ノワールの結晶も吸収できるんじゃないかにゃー?」
「うーみゃんの計画通りだと……ちょっと微妙かもしれないけどみゃー」
『うん……』
地上にいたウリエラたちはノワールの竜体が今どうなっているのかは知らないが、事前の計画は聞いていて大体予想はつく。
後続の侵入を防ぐために原形をとどめないことになっているだろう、と。
実際にジュリエッタもそうなった竜体を目にしている。
その状態で【捕食者】が起動するのかどうかわからないし、仮に使えたとしてもやはりノワールから了解を得なければ心情的には食いたくはない。
「! みえてきた!」
飛び始めて数分も経たないうちに上空へとジュリエッタは到達。
ついに空中要塞へと戻ってくることができた。
――……ジュリエッタたちが乗り込んだ時よりも、高度が下がってる……?
最初は雲の下、突入後はなぜか上昇して雲の上へ、そしてまた雲の下……。
空中要塞が一か所にとどまる必要は確かにないが、どうにも意図の読めない動きをしている。
もしや暴走したエクレールの攻撃か、あるいは他の戦闘の余波でダメージを受けて落下し始めているのか……ジュリエッタには判断がつかない。
『……対空砲とかも撃ってこない……?』
「妙だみゃー……」
「要塞での戦いが激しくて、迎撃する余裕がない、とかだったらいいけどにゃ……」
心配していた要塞からの迎撃もまだない。
距離がそれなりに離れているから……というのもあるかもしれないが、最初に突入したジュリエッタから見るとそろそろ迎撃される距離のように思える。
色々と不可解なことが多いが、だからといってこのまま乗り込まないで様子を見ているというわけにはいかない。
『……ひきつけてから迎撃、っていう可能性もある。ここから一気に飛ばしていくから、振り落とされないように気を付けて』
ジュリエッタの変身したドラゴンは小型ではあるが結晶竜の力を宿している。
お得意のジェット噴射も扱えるのだ。その勢いを利用し、更にライズを上乗せすれば空中要塞の迎撃をかいくぐることも十分可能だろう。
ジュリエッタの警告に、ガブリエラたちがしっかりと背中にしがみつく。
「……? ねぇ、あっちからなにか――くる……!?」
その時、ブランが遠くの空からこちらへと向かって『何か』が飛んでくるのを目にした。
敵の攻撃……というには方向がおかしい。
方角的にはエル・アストラエアの南東方向から、2つの流星のような『光』がすさまじい速度で迫ってきていた。
『! 空中要塞に!?』
「……ジュリエッタ、私たちも急ぎましょう!」
正体不明の2つの流星はジュリエッタたちに見向きもせず、そして迎撃もなく要塞へと向かい消えていった。
下方向から接近していたジュリエッタたちには要塞のどこに落ちたのかはわからない――が、反対方向に突き抜けていったのが見えないため、間違いなく要塞に落ちたはずだ。
流星が何なのか――重要なのはラビたちにとっての敵なのかどうか、だ。
『よし、一気に飛ぶ!』
何にしても確かめるには空中要塞に乗り込むしかない。
宣言通りジュリエッタはジェット噴射を使い、一気に空中要塞へと乗り込もうとした――
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