第9章20話 情熱を糧に正義の雷火を熾せ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 この世界の人間が死した後にも執念で動く、護国の鬼――それが結晶竜インペラトールだ。

 200年前のラグナ・ジン・バラン侵攻を多大なる犠牲を払って何とか退けた際に、結晶竜たちの多くは命を落とした。

 結果、残ったのはノワールたちを含めた少数。

 そして200年の時を経てノワール、ルージュ、ジョーヌ以外の結晶竜は稼働停止してしまっていた。




 しかし、いずれラグナ・ジン・バランは蘇る。

 彼らの創造主たる異界の神・ヘパイストスがそう易々と諦めるわけがないことを、この世界の神・アストラエアは理解していた。

 それゆえに、新たな『戦力』として人造結晶竜を生み出そうとした。




 この世界において『人』として生まれず、最初から『結晶竜』として生まれた存在――それが氷晶竜ブランだった。

 初めから結晶竜として生まれた彼女にはノワールたちのような『ラグナ・ジン・バランから世界を守る』という使命はなく、『バランの鍵を守る』という役割しかなかった。

 ラビたちがこの世界に援軍として駆け付けた後、バランの鍵は失われブランは使命を失った状態となった。




 だが――ノワールたちは知っていた。

 ブランに与えられた使が何であるかを。

 本人に自覚はなくとも、それこそがこの世界の命運を左右する重大なものであることを……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《フルメタルエグゾスカル》へと青白い流星が落ちる。


「貴女……ブラン!?」


 歓喜とも驚きともつかぬ声をガブリエラは上げる。

 言葉には出さないものの、ウリエラたちも同じだ。

 

 彼女の死を全員が確認していた――特にノワールが確認したのだ。いかに結晶竜といえども、『死』であることは確実だった。


『るーさま、ぬーさま! てつだって!』

『……っ、お、おう!』

『ええ!』


 だが、《フルメタルエグゾスカル》の胴体部分にがっちりと張り付いているのは、間違いなくブラン――氷晶竜の姿である。

 ただガブリエラたちの知るブランとは異なる点もある。

 まず大きさが違う。

 ユニットからすれば巨大ではあるが、ルージュたちに比べれば一回り以上小柄だった体躯は遜色ないほど……いや、結晶竜最大のノワールに迫るほど大きく成長している。

 それに色も異なる。

 ブランの名の通り、雪のように白かったはずの全身は、透き通るような美しい青の結晶へと変化している。


《……あの色、まさか……》


 ウリエラとサリエラにはその『青い結晶』に見覚えがあった。


『こおりつけ!』


 色が微妙に違うが、能力自体はブランと同じようだ。

 《フルメタルエグゾスカル》の胴体に張り付いたブランが冷気を噴出、周囲を急速に冷凍――凍り付かせてゆく。


<ぬぅ……!?>


 これにはアトラクナクアも不快そうにうめき声をあげる。


《……最っ高の援軍みゃ!》


 ルージュの『炎』、ジョーヌの『砲撃』、どちらも強力な能力だ。しかも、アトラクナクアの『糸』に対抗することのできる能力なのは間違いない。

 しかし、今戦っているアトラクナクアに対してはブランの『凍結』こそが最も有用な能力であると言える。


<ぐぐ……うごけ、ない……!?>


 仮にパワーや高熱で破壊できたとしても、ボーンアーツによって《フルメタルエグゾスカル》はすぐさま再生することができるだろう。

 アトラクナクアの魔力が尽きるまで攻撃をし続ける……というのは分が悪すぎる。

 だが、凍り付かせてしまえば動かすことができなくなる。物理的に凍り付いているためボーンアーツで修復することはできないのだ。パーツを組み替えて逃れようとしたら、細かくなったパーツごと凍らされるだけだろう。

 もちろん破壊できているわけではないから、凍結が解除されればすぐに脅威は蘇ってしまう。


「ウリュ、サリュ。どうすればいいの!?」


 結晶竜の力でアトラクナクアにとどめを刺すことは難しい。

 やはり最後にはガブリエラたちの力でどうにかしなければならない。

 既にウリエラたちが『良い策』を練っているはずだと信じて疑わないガブリエラの問いかけに、


《任せるみゃー》

《絶対、ブランたちのがんばり無駄にはしないにゃー》


 探し求めていた『最後の一手ブラン』が来てくれたことにより、残された魔力でアトラクナクアを倒すための手段を答える。


「良し――今度こそ、あいつを倒しますよ!」


 二人の策であれば、絶対に大丈夫――揺るぎない二人と自分の『力』への信頼が、ガブリエラを後押しする――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




『30びょーご、おーきなすきができるから、そこをねらえ!』


 《フルメタルエグゾスカル》に張り付き凍り付かせようとしていたブランが、ふと上を見るとそう叫ぶ。

 彼女に何が見えているのかは、同じ結晶竜たちでもわからない。

 だが、その言葉を誰も疑わなかった。


『ジョーヌ、我はブランを守る! 貴公はガブリエラを任せた!』

『承知したわ、ルージュ!』


 決め手となるのはやはりガブリエラである、と理解しているルージュたちはすぐさま援護へと意識を切り替える。

 ルージュがボーンアーツでブランを振り落とそうとするのを防ぎ、ジョーヌがガブリエラたちを守る。


《助かるみゃ! そのままお願いみゃ》

《あたちたちはをつけるから、しばらく動けなくなっちゃうから頼むにゃ》

『え、ええ。可能な限り迎撃はするけど……』


 いかなジョーヌの閃光ブレスとはいえ、ラグナ・ジン・バランの残骸を消し飛ばすことは不可能だ。

 どうしても細かい残骸や逸れてしまっただけのものは残ってしまう。


「大丈夫よ、ジョーヌ。ちょっとくらいなら我慢できるから……あいたっ!?」

『…………そうね、わかったわ。どうしても危ないものだけは確実に落とすわ』


 ジョーヌのブレスで何とか砕けたものの、バスケットボールほどはあろうかという鉄塊がガブリエラの頭に飛んできたが、『あいたっ』くらいで済んでしまったのを見て安心すればいいのか笑えばいいのか申し訳なく思えばいいのか、ジョーヌはわからなくなった。

 何にしてもアトラクナクアの注意も今はブランの方に向けられている。

 30秒後の『大きな隙』までガブリエラを守り切ることはできるだろう。




 ――長い30秒だった。

 この間にアトラクナクアがやれたことは大したものではない。

 まだ凍らされていない部分を切り離し、ブランたちに向けて投擲するのが精一杯だった。

 ただの鉄塊だが、魔法によって降り注ぐ『鉄の雨』は確実に結晶竜の装甲をも打ち破ろうとしていた。


『……もうすこし……!』


 ルージュが守ってくれるのを信じ、ブランは必死に《フルメタルエグゾスカル》の背にしがみつき、ひたすら凍結の力を振るい続ける。

 これだけで倒せるような生易しい相手ではないのはわかっている。

 また、ブランの力で全身を氷漬けにして動きを封じることができないのもわかっている。

 それでも30秒後の『大きな隙』を作るためには、命を懸けて凍らせなければならないのだ。


『あと、ちょっと……!』


 ――自分ブランは死んだはずだ。そのことをブラン自身は理解していた。

 けれども今こうして生きている……。

 生き返れたのか、そして、それも理解している。

 それは全て『ブランに課せられたもう一つの使命』に起因している。

 『新たな使命』の内容も理解している。

 『新たな使命』を考えれば、ここで命懸けで戦うことは本来ならば避けるべきであることも理解している。


『ガブリエラ!』


 予告した時間まで残り5秒。ブランは離れた位置で『準備』しているガブリエラへと叫ぶ。

 ほんのわずか、『わかってる』とガブリエラがうなずいたように見えた――その時、


『な!?』

『何、これ!?』

<うー!?>


 全く予想だにしていなかった事態に、ルージュたちもアトラクナクアも驚愕の声を上げる。




 

 このような巨大な物体が落下してくるのに気づかないはずがない。

 だというのに、《フルメタルエグゾスカル》の直上に来るまでその存在を誰も気づけていなかった――ただ一人、ブランを除いて。


 ……それは、空中要塞 《バエル-1》の残骸であった。

 本性を現したエクレールが破壊した《バエル-1》の『首』に当たる巨大な回廊が落下してきたのだ。


 ――……光の屈折を利用して残骸を見えないようにしていた!? そんな能力、ブランには……!?


 『凍結』の能力しかもたないブランに、落下してくる残骸を『見えなくする』能力などあるわけがない。

 『閃光』の能力を持つジョーヌだからこそそのカラクリを理解したものの、同じことをやれるかと問われれば『できない』と答えるしかない芸当だった。

 しかし現実にそうしたとしか思えない事象が起きている。

 まるで、の御業のような――ブランたちのとっての幸い、アトラクナクアにとっての災いが降り注ぐ。




 もっと前にその存在に気づけていれば、アトラクナクアも対応ができただろう。

 《フルメタルエグゾスカル》を分解して本体が避難、再度 《フルメタルエグゾスカル》を使う……あるいは、形態を変えて受け止める等だ。

 だが落ちてくる直前までその存在が隠され、しかも全身を凍らされたアトラクナクアは回避することも受け止めることも、そして迎撃することもできずに――自身よりも大きな《バエル-1》の残骸の直撃を受ける。


<な、なんでこんな……!?>


 凍らされ、固められていた《フルメタルエグゾスカル》は直撃に耐えられなかった。

 辛うじてアトラクナクア自身は潰されることはなかったが、《フルメタルエグゾスカル》は完全に砕け散ってしまう。


<こいつ……!>


 驚くべきことに、ブランは《バエル-1》の残骸が落ちてきてもその場から逃れようとはしなかった。

 そのせいでアトラクナクアも逃げることができなかったのだが……。


『う……いたい……』


 直撃は受けずとも落下の衝撃を受け、ブランも無傷ではいられなかった。

 破壊された《フルメタルエグゾスカル》から這い出たアトラクナクアは、憎悪の籠った視線を倒れたブランへと向ける。

 安全を考えて引き籠ったまま戦うべきではなかった。

 少々の危険を冒してでも《フルメタルエグゾスカル》から出て、ブランへと風化魔法ウェザリングを使って確実に倒しておくべきだった。

 今更そう考えてももう遅いが、まだ間に合う。

 ここでブランを確実に倒せば、もはや凍結を恐れることなく《フルメタルエグゾスカル》を使うことができる。《バエル-1》の残骸が直撃するという『奇跡』も二度は起きないはずだ。


<砂になれ……!>


 残骸から這い出た自分にブランは気づいていない。

 結晶竜お得意のジェット噴射で逃げられたら厄介だが、《バエル-1》落下の衝撃で傷ついているせいか動けないようだ。

 ならば、ここで確実にブランを倒し、それから残りを倒し、目的である『神樹』の奪取に向かう――予定よりも障害は多かったが、依然自分の有利は揺るがない……そうアトラクナクアは確信していた。




 ――それが、確信ではなく慢心であることに、アトラクナクアは最後の最後まで気付けなかった。




 ……自分の身に何が起こったのか、アトラクナクアは知ることはなかっただろう。

 なぜならば、立ち上がりブランへとウェザリングを使おうとした瞬間に、

 残されたのは膝から下のみ。それらも、爆風に飲み込まれ吹き飛ばされていく。

 文字通りのが、いとも容易くアトラクナクアの生命を断ち切ったのだった。




《……命中みゃー》

《なんとかなったにゃー》

「ええ、上手くいきましたね」


 離れた位置でガブリエラたちは自分たちの最後の攻撃が成功したことを確認していた。


『い、一体何が……?』


 あまりのことにジョーヌは事態が全く飲み込めていなかった。

 突然落下してきた《バエル-1》の衝撃もそうだし、散々苦戦していたはずのアトラクナクアを一撃で消し飛ばしたガブリエラの攻撃もそうだ。

 訳が分からないうちに決着がついてしまった……ジョーヌも、そしてルージュも同じ気持ちだろう。




 ガブリエラたちの最後の攻撃は、やはり《ネツィブ・メラー》に頼るしかなった。

 直接攻撃するのは危険が大きすぎるし、何よりの近づけたとしても攻撃が通用しないのは身に染みてわかっている。

 かといって《ネツィブ・メラー》もリスクが大きい。

 先の一撃で魔力は大幅に減ってしまっており、フルパワーでの威力には到底届かないため命中してもアトラクナクアを一撃で仕留めるにはまず足りないと予想される。

 そもそも、『糸』で防御されればたとえ全力であっても通用しないのもわかっている。


 だから、ウリエラたちは《ネツィブ・メラー》をこの場で改良したのだ。

 放出するのは『魔力の塊』ではなく、コアとなる『物質』とし、《ネツィブ・メラー》はその弾丸を飛ばすために全魔力を集中させる。

 直前にゲートで引けたのが『雷属性』だったのが幸運であった。

 ウリエラのアニメートで雷の魔力を操作――アトラクナクアへと届くように、二本の『雷の魔力のレール』を作る。

 弾丸とするのは、ガブリエラたちの霊装をリュニオンして作った『槍』だ。どんな速度で飛ばそうとも、途中で燃え尽きることのない『最硬』の弾丸である。更に、この弾丸自体は魔法ではないため『糸』で魔力無効化しようとも防ぐことはできない。

 それらをサリエラがブラッシュで強化し、後は発射――二本のレールが弾丸を超加速し、アトラクナクアへと回避することのできない速度で叩きつけられる……というものだ。

 いわゆる『レールガン』を、自分たちの魔法を使って無理矢理再現させたものである。


 唯一の懸念は、アトラクナクアの位置がわからないことだったが、それも解決した。

 特に話し合ったわけではなかったが、おそらくそういうことになるだろうとウリエラたちは予測していたのだ。

 アトラクナクアからしてみれば、凍結させてくるブランこそがこの場で最も厄介な相手と認識していることだろう。だから、予想外の衝撃でブランが動けなくなったとすれば、確実に仕留めるためにウェザリングを当てようとしてくるはずだ――ブランもそう考え、わざと《フルメタルエグゾスカル》の残骸から危険を承知で離れなかったのだった。




「これで、今度こそ……倒したはずですね」

《多分……》


 ベララベラムの時のことを考えれば、【蘇生者リライザー】でゴーストに変化して復活する可能性は捨てきれない。

 ただ、先にガブリエラがラグナ・ヴァイスたちに感じた通り、『魂』のようなものはアトラクナクアにはなかった。

 アトラクナクアが結晶蟲ダムナティオとして蘇れたのも、この世界の人間の『死後結晶化する』という性質があってのものだ。

 ユニットの能力を吸収できるとはいえ、ユニットの『個性』とも取れる特殊能力……いや特殊な『性質』までもは吸収できないだろう。

 もし吸収できているのであれば、そもそもアトラクナクアは最初は『ゾンビ』として現れたはずだ。


《警戒は続けるとして――はにゃ?》

《みゃんと!?》

「どうしました、二人とも!?」


 突然二人が慌てる気配が伝わり、アトラクナクアに絡む異常が起きたのかと警戒するガブリエラだったが、


《りえら様、あっちの方へ!》

「? わかりました」

《全速力にゃ!》

「え、ええ……?」


 理解はできないが、とにかく二人の指示する方向へと残された力をふり絞って飛ぶ。

 飛び始めてすぐ、なぜ二人が急がせたのかをガブリエラも悟った。


「あれは……千夏兄さま!?」

《クローズっと》

《無事キャッチにゃー》


 それは、《バエル-1》からエクレールと共に落下してきた千夏の姿であった。

 二人に向かって一方的に『リスポーンはしなくていい』と伝えてきた千夏の言葉に、異常事態が起こったことをすぐに悟った二人は【詠う者シンガー】の視界をフルに使って、どこかに落ちてくるであろう千夏を探したのだ。

 無事にクローズで引き寄せ、ガブリエラが千夏をキャッチ。

 ぐったりとして意識を失っているが、目立った外傷もなく大丈夫そうだと三人はほっと胸をなでおろす。


《……どうやら上の方も大変なことになってるみたいだみゃー》

《他に落っこちてきてる子はいないみたいにゃけど、うーにゅ……》


 一番大丈夫そうだと思った千夏ジュリエッタがこの有様だ。他のメンバーもどうなるかわかったものではない。

 遠隔通話自体は他に誰からも来ていないが、だからと言ってそれが大丈夫だということを意味しない――戦闘中の仲間に気を使わせないためにあえて通信しない、ということを普通に考えるメンバーばかりなのはわかっている。

 ……それは自分たちも同様なことも一応自覚してはいる。ガブリエラはともかくとして。


「とりあえず――」


 千夏も無事だったことだし、問題だったアトラクナクアもおそらくは倒せた。

 戦いは終わっていないが大きな懸念が消えたことにより、ガブリエラの意識は一旦戦闘からより気になる方――ブランへと向けられる。


「まずはルージュたちと合流して、回復しながら次のことを考えましょう」

《だみゃー》

《流石に魔力ももうギリギリにゃー》


 ――こうして三人は過去最大の敵となったアトラクナクアを下し、エル・アストラエアを守り切った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る