第9章18話 忌むべき異能

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ベララベラムの持っていたギフト【蘇生者リライザー】――死した後、形態を変えて復活させるという異様な能力。

 その能力をアトラクナクアは吸収していた。

 だが一つ問題がある。

 ギフトの詳細を知らないガブリエラたちにとっては疑問にならない問題ではあるが、詳細を知るナイアたちにとっては大きな問題だ。

 それは、普通の生物はということだ。

 当たり前のことである。

 そもそもベララベラムに【蘇生者】というギフトが付与されたのは、ベララベラム自体が元から動く死体ゾンビを模したユニットだったからなのである。

 ゾンビからスケルトン、それからゴーストという、いわゆるアンデッドモンスターのお約束を踏襲したユニットでありギフトを持つ……それがベララベラムという特異なユニットの正体だった。

 では、その能力だけをアトラクナクアが受け継いだ場合、果たして【蘇生者】は機能するのであろうか?




 ――答えは『機能しない』である。

 『冥界』の時とは吸収した能力の性質が異なりすぎている。

 ミオの【遮断者シャッター】のような、『ゲーム』のシステムだけで実現させている能力であればアトラクナクアであっても同じように使うことは可能だった。

 しかし【蘇生者】はそれとは異なり、『死者蘇生』にも似た効果なのだ。いかなる生物であっても、死んだ後に蘇生することは不可能である。

 アトラクナクアとて例外ではない。故に、【蘇生者】を使ったとしても蘇ることはできないはずなのだ――本来ならば。




《…………こいつ、まさか……!?》

《吸収してるにゃ……!》

「……なんですって!?」


 アトラクナクアにベララベラムを吸収させても大した意味はない。

 それが当初ナイアたちの出した結論だった。

 大してパワーアップもできないし、せいぜいロトゥンが使えるようになれば御の字、程度にしか考えられず、戦力としてはラグナ・ジン・バランよりも劣る使い道のない存在にしかならないと思われていた。

 しかし、ナイアとエキドナは悪魔的発想を以てこの問題を解決させた。


 

 

 故に、ナイアたちはこの世界の人間をアトラクナクアに吸収させてその性質を受け継がせた。

 そのうえで【蘇生者】が発動すればどうなるのか?


 ……その答えが、今ガブリエラたちの前で起きている現象である。


 死した人間が結晶竜インペラトールとなるのと同様に、死した妖蟲が動く結晶となる――いや、【蘇生者】によって強引に動く結晶にさせているのだ。

 これこそがナイアたちが地上侵攻軍に配置した『必勝の布陣』。

 最初のアトラクナクアは捨て駒。

 本命は一度死んだアトラクナクアを結晶化させ、【蘇生者】によって復活させた妖蟲版結晶竜――結晶蟲ダムナティオなのだ。


「……なんてことを……!」


 この世界の倫理観によれば、生前に善行を積んだ人間は美しい結晶へ、悪行を積んだ人間は無価値な石ころへと死後なるという。

 であれば、アトラクナクアの禍々しい『黒』は――死して尚『悪』を行う邪悪。正しく『悪徳ヴァイスの王』であることを示しているのだろう。


<ボーンアーツ《スカルクラブ》>


 明瞭な声でアトラクナクアが魔法を使う。

 ベララベラム・スケルトンが使用していた骨操作魔法ボーンアーツが発動、周囲に転がっていたラグナ・ヴァイスの残骸が巨大なこん棒と化す。


《なんで!?》

《て、鉄だから……かにゃ!?》


 滅茶苦茶な理屈だが、実際に魔法が発動しているのだから受け入れざるを得ない。

 ――おそらく、結晶蟲と化したアトラクナクアの肉体の内部は、ラグナ・ジン・バランと同じ素材で作られているためボーンアーツで操作が可能となっているのだろう。


「来ますよ!」

<潰れろー♪>


 ガブリエラたちが作った蟲団子ハンマーよりも二回りは大きいハンマーを軽々と振り回し、異様なスピードで殴りかかってくる。

 にこやかな笑みを浮かべたまま襲い掛かってくる様は異常極まりないが――襲われている当のガブリエラも似たようなものではある。

 ともあれ、それを霊装で受けようとして――ガブリエラはその場から飛び退った。


《りえら様!?》


 

 そうとしか思えない行動だった。

 事実、ガブリエラは『この攻撃を受け止めるのは拙い』と理屈ではなく感覚で察し、回避を行ったのだ。


《こ、このパワー……》

《回避して正解だったにゃ……》


 振り下ろされたハンマーが地面を爆砕していた。

 もし受け止めようとしたら、そのままガブリエラも地面と同じ運命を辿ったことは想像に難くない。


<むーん?>


 攻撃をかわされるとは思わなかったのであろう、アトラクナクアはまたもや不思議そうな顔で首をかしげている。

 その様子だけ見れば無邪気な子供のようではあるが、破壊力は子供の悪戯ではすまされないものだ。


「これは……ちょっと……」


 流石に自分を上回るパワーを見せられ、ガブリエラも冷や汗をかいている。

 今のガブリエラの状態が、ガブリエラと相対した相手なのだが――そこまではガブリエラも頭が回っていない。

 巨大なモンスターならともかく、自分と同じようなサイズの相手でここまでのパワーを見せつけてくるものは今までいなかった。

 『強さ』だけで言うのならば以前に負けたジュウベェが異常な強さではあったが、それでも一撃で地面を割りクレーターを作るようなパワーはなかったはずだ。


 ――……一撃でも当たったら危ないですね……!


 打ち所が悪ければ一撃必殺もありうる。

 ガブリエラでさえそうなのだ、ウリエラたちは掠っただけで体力が削られ切ってしまいかねない。

 二人ならかわせるかもしれないが、移動要塞の砲撃もある中万が一もありえる。

 リュニオンは解除できない。少なくとも魔力回復からの再リュニオンをするだけの余裕ができない限りは。

 まだ魔力はもつが、一度も回復せずにこのままアトラクナクアと果たして戦えるのかは疑問だ。


<……そーだった。忘れてた>

「!?」


 アトラクナクアが呟くと同時に、突如ガブリエラの身体が糸によって拘束される。

 空中で突如現れた時と同様、何もない空間にいきなり糸が張り巡らされたかのような出現の仕方だ。


<これでよし>

「よ、よしじゃないですよ!?」


 両腕ごと胴体をぐるぐる巻きに拘束され、しかもその糸が地面や周囲の残骸に絡んでいるため動いて逃げることもできない。

 しかもこの糸は魔法ではない――蜘蛛の化け物であるため、おそらくは本体が元々持つ能力なのだろう。【消去者】であっても消し去ることができないのだ。

 両腕が封じられた状態ではクラッシュも糸に当てることができない。


<今度こそ潰れろー>


 相手が動けなくなったことを確認して満足そうにうなずき、再び《スカルクラブ》をガブリエラへと叩きつけようとする。


《【消去者】対象:スカルクラブ!》

《りえら様、ちょっとだけ我慢にゃ!》


 が、振り下ろした《スカルクラブ》は【消去者】によって解除され、空中でバラバラの鉄くずになってしまう。


「い、痛たたたっ!?」


 直撃こそ避けられたものの、空中分解した鉄塊はそのまま落下して動けないガブリエラへと降ってくる。

 これがガブリエラでなければ鉄塊に押しつぶされて大ダメージを負ったのであろうが、流石にガブリエラの防御は突破できないようだ。

 人間だったらちょっとコブができる程度のダメージには収まっている。


《アニメート!》

《クラッシュ!》


 更に立て続けにアニメートで足元の土を操作、無理矢理ガブリエラをアトラクナクアから引きはがすように後ろへと飛ばそうとする。

 同時にクラッシュも使用、身体を拘束する糸全てを切ることはできずとも、指先の触れているギリギリのところは切断できた。


「よし、抜けられました!」


 切れ目さえ入ってしまえばあとはガブリエラのパワーで何とかなる。

 きわどいところではあったが、何とか拘束を脱することはできた。

 ここからどうにかして反撃していきたいところだが――と三人が考えたところで、すでにアトラクナクアは動き出していた。


「速い!?」


 《スカルクラブ》が消去されて一瞬何が起こったかわからず呆然としたものの、『本能』に衝き動かされアトラクナクアは考えるよりも早く行動していた。

 後ろへと跳んだガブリエラをすぐさまおいかけ、徒手空拳で追撃を仕掛けようとする。

 思わぬ速さではあったが、かろうじて糸の拘束を抜けたガブリエラはすぐさま対応。

 突き出された拳を霊装でいなし、オープンを放って距離を取ろうとする。

 ……だが、いなされると同時にアトラクナクアは真横へと回り込んでオープンを回避してしまう。


《トンボの速さみゃ!》


 アトラクナクアの背に生えた翅は、蝶や蛾のようなものではなく、トンボやハエのような薄い翅であった。

 それが高速で羽ばたき、ありえない速度での移動を実現しているのだ。


「このっ!」


 真横へと回り込んだのはガブリエラも捉えていた。

 アトラクナクアの方向へと向かって再度霊装を振り回すものの、


<掴まえたー♪>


 ガブリエラの一撃はあっさりと片手で受け止められてしまう。

 その時感じた異様な感触は、まさに『生物』ではなく『鉄塊』を殴りつけているようだ、とガブリエラたちは感じた。


《拙い、離れるにゃ!》


 受け止めただけでなくがっちりと霊装を掴まれてしまっている。

 この至近距離から風化魔法ウェザリングを放たれたら回避のしようがない。

 しかしアトラクナクアはウェザリングを使わず、霊装ごとガブリエラを手元へと引き寄せながら自分の顔を突き出す。

 ……突き出すと同時に口が大きく横に裂け、左右に広がった『歯』が現れる。


「くうっ!? オープン!」


 少女の顔が醜く歪み化け物の歯が生えるというショッキングな場面を間近で目撃しつつも、ガブリエラは身をよじり回避しようとする。

 が、かわしきれず左肩が深々と抉られてしまう。

 同時に放ったオープンにより再度距離を開けることはできたが、相手のスピードを考えれば全く安心できない距離だ。


<うま、うま♪>

《うひぃぃぃっ!? き、気持ち悪いにゃー!?》


 

 あまりの悍ましさに内部でウリエラたちが震え上がるが、ガブリエラだけは気色悪さを感じている余裕はなかった。


 ――私より強い……!


 自分が『最強』などと自惚れてはいないが、それでも大抵の敵よりは強いことは自覚していた。その評価は概ね正しい。

 しかし今の交錯で相手の実力ステータスが完全に自分を上回っていることをガブリエラは理解してしまった。

 ステータスの高さに物を言わせた『ごり押し』という身も蓋もない戦法がガブリエラの得意とする――というかほぼそれしかできない――ものなのだが、それが通じるのは何かしらステータスで勝っている場合に限られる。

 戦い方の拙さについてはガブリエラとアトラクナクアはほぼ同等。もしアリスやジュリエッタならば上手くいなして戦うことはできるだろうが、ガブリエラにはそれはできない。

 やれるようになろうと本人は努力してはいるのだが、その努力が今すぐ実を結ぶことはない。

 だから、今のアトラクナクアとの戦力比はガブリエラの方が不利。ウリエラたちのサポート込みで瞬殺されないようになっている……程度か。


 ――左腕が動かない……! それに、あいつの目的はきっと……!


 肩を嚙み千切られた左腕は動かせない。片腕が動かせなければ更に不利になる。

 だが最大の問題はではないとガブリエラは理解していた。


《りえら様、一旦距離を離して――》

「ダメです!」

《!?》


 ウリエラたちも敵との戦闘力の差は理解している。

 とはいえ逃げるわけにもいかず、とりあえず距離を離して様子を見つつ対策を考えようとしていたが、ガブリエラはそれを否定する。

 なぜならば、


<クローズ>

《にゃっ!?》

「くっ……やはり!」


 アトラクナクアがクローズを使った――つまり、ガブリエラの魔法を吸収されてしまったのだ。

 『冥界』の時と異なり、直接『肉』を食らうことで吸収されてしまっている。この点でも、アトラクナクア自体がかつての個体よりも『進化』していると言えよう。


「これ以上奪われるわけには……いきませんっ!」

<ぬーん>


 引き寄せられることを半ば予想していたため、すぐにガブリエラは対応できた。

 右腕一本で霊装を振るいアトラクナクアへと攻撃。

 アトラクナクアの方も引き寄せたガブリエラから更に『肉』を食らおうと食いつこうとしてくるが、顔面を横から霊装で叩かれてわずかに怯む。


「ここで決着をつけなければ!」


 自分の身体から魔力が失われていっているのは感じられている。

 このままでは魔力切れで変身を保つことができなくなるのは、そう遠い未来ではないだろう――ガブリエラの魔法自体消耗が少ないことが幸いしていた。

 距離を離してもアトラクナクアがクローズを使える以上さしたる意味はない。

 ならば、魔力が残っており相手の方から距離を詰めてきた『今』こそが最後のチャンス……ガブリエラはそう判断。ウリエラたちも状況を理解し、ガブリエラの考えを支持する。


「ウリュ、拘束を!」

《ビルド《ワーム》みゃ!》

《そいつをブラッシュにゃ!》


 周囲の土を紐状にしてアトラクナクアを拘束、身動きを封じようとするが……。


<こんなの、効かないよー♪>


 いかにブラッシュで強化したとしても、結局はただの土塊だ。

 今のアトラクナクアを拘束することなど不可能である。

 あっさりと力を込めて土紐を引きちぎろうとするアトラクナクア。


「でしょうね――クローズ!」

《ブラッシュ》

《ブラッシュ》

<うぎゅっ!?>


 動きを止めるのは一瞬で十分――アトラクナクアのパワーを土の枷程度で止められるとは思っていない。

 本命はクローズ……をアトラクナクアを中心に押しつぶすようにかけることだ。


<う、うぅ……?>


 腕力ではなく魔力で強引に抑え込むクローズの拘束を破るには、さすがにアトラクナクアでもパワーが足りていない。

 ギシギシと全身を軋ませながら押し潰されていくが、それでもまだ抗おうとしているのがわかる。


「くっ……! もっと……もっとです!」

《くぅぅ……もう魔力全部使い切るつもりでいくみゃ! ブラッシュ!》

《ブラッシュ!》


 まともな殴り合いでアトラクナクアを倒すことが不可能なことはウリエラたちも理解している。

 ならば、これ以上相手が魔法を吸収する前に動きを封じて潰してしまうしか方法がない。

 クローズにひたすらブラッシュをかけ続け、不可視の力での圧殺を狙う。


<ぐ、ぐぎ……うぐ……>


 アトラクナクアも必死に抵抗をしようと足掻くが、クローズの圧力に身体が耐え切れずあちこちがひび割れてゆく。

 ひび割れから身体の内部に詰まった真っ白い『脂』が血の替わりに漏れ出ており、確実にダメージを与えてはいる――が、それでもまだ十分耐えているレベルだ。


「こ、の……! 潰れなさいっ!!」

<ぐぅぅぅぅぅ……!>


 本来のガブリエラの戦法からすればありえない手段ではあるが、もはやこの方法でしかアトラクナクアを倒すことはできないだろう。

 全魔力をクローズとブラッシュへと集中させ、ひたすらアトラクナクアを押し潰そうとする。

 アトラクナクアも圧力に抵抗するだけではない。


《糸がまたでたみゃ!?》


 クローズで押さえつけられているというのに、突如ガブリエラの肉体を糸が拘束する。


「構わないで!」


 だが、動きを封じられたところでクローズを使うのに支障はない。

 ギリギリと身体を締め付けられる痛みを堪えながらもクローズは緩めない。


《……拙いにゃ。この糸の出方――こいつがもうちょい頭がよくなったら、ほんとに手が付けられないにゃ!》

《だみゃー。とにかくこのままやっつけるみゃー》


 ウリエラとサリエラはアトラクナクアの『糸』の正体に今更ながら気が付いた。

 この糸はおそらく『目に見えないし触れない状態』と『実体化した状態』を切り替えることができるのだろう、と。

 不可視の状態で糸を張り巡らせておき、必要に応じて実体化させる――それが今までの現象への答えだった。

 オルゴールの糸よりも厄介な能力と言えるだろう。実体化させるまで全く気付くことのできない糸を周囲に張り巡らせておき、必要になったら実体化させてノータイムでの拘束等が可能となってしまうのだ。回避のしようがない。

 相手の動きを封じられている今ならばいくら糸を出されても影響はない、はずだ。


<は、な……せ……>

「離しません……っ!!」


 糸でガブリエラを締め付けるが、ここでステータスの高さが活きる。

 流石にアトラクナクア本体の攻撃に比べれば糸の締め付けはかなり威力は劣る。ガブリエラの防御力の高さを突破できず、体力を思った以上に削れていないのだ――締め付けられる苦しさは別ではあるが、これが千載一遇のチャンスであると認識しているガブリエラはその程度で怯むことはない。

 移動要塞の無差別攻撃が来ても手を緩めず、オープンで直撃だけを回避しつつひたすらアトラクナクアへとクローズをかけ続ける。

 痛みは堪えられる。ダメージは回復できる。傷は……すぐには治せないがヴィヴィアンと合流できれば《ナイチンゲール》で治療できる。

 しかしアトラクナクアをここで逃せば、仮にガブリエラたちが逃げ切れたとしてもエル・アストラエアは救われない。

 戦力が減ることを承知で地上に残ることを許してもらったのだ。目的を果たせず逃走することなどできない。


 ――こいつさえ倒せれば、後はどうにでもなる……!


 確かに移動要塞が本気で砲撃を開始すればエル・アストラエアにとって脅威ではあろう。

 だがアトラクナクアに比べれば全く大したことのない相手だ。そうガブリエラたちは認識している。

 逆に移動要塞含むラグナ・ジン・バランたちを全滅させたとしても、アトラクナクア一匹が生き残ってしまったら何の意味もない。

 こいつ一匹で全ラグナ・ジン・バランよりも『強い』――たとえこの場に他の仲間が集っていたとしても、容易に勝つことは難しいであろう強敵であることは明らかだ。

 だからガブリエラたちはなりふり構わず――普段ならば絶対に使わないようなクローズによる圧殺を続けようとする。

 どんなに悔しくとも、なのだから。




《拙いみゃ……魔力がヤバいみゃ!》

「でも、もう少し……もう少しで……!!」


 モンスター含む生物相手にオープンまたはクローズを直接作用させようとすると魔力消費が跳ね上がってしまう――結晶蟲が『生物』であるかは疑問の余地があるが……。

 元々それなりに消費してしまっていた三人の魔力は回復することもできず、底を尽きようとしていた。

 回復するためにはリュニオンを解除する必要があるが、その暇はない。リュニオン解除の隙にクローズが一瞬でも途切れれば、二度とアトラクナクアを掴まえることはできなくなるだろう。

 魔力が尽きるのが先か、アトラクナクアが潰れるのが先か――このペースならばギリギリアトラクナクアが先に潰れるか、とウリエラたちが希望を見出した時であった。


<い、い、かげんに……しろ……! ボーン、アーツ……《メテオール》!>


 全身がひび割れ、今にも崩れ落ちそうなアトラクナクアが憎悪に燃える目をガブリエラへと向けると共に、ボーンアーツを開放する。

 すると、周囲に転がっていた鉄屑が空中へと巻き上げられ……。


《や、ヤバいにゃ!》

「くっ……!?」


 それらが一斉にガブリエラへと向かって降り注いできた!

 すでに全身を糸で拘束されているガブリエラはもとより回避することもできない。


「もう少し……なのに……ッ!!」


 オープンで弾き飛ばすにも限度がある。

 降り注ぐ鉄塊と、ミサイルの爆炎がついにオープンを超えガブリエラの周囲を吹き飛ばしていった。


<よくも、やってくれたな……!>

《く、クラッシュ! りえら様、来るにゃ!》

<ボーンアーツ《スカルクラブ》! クローズ!>


 吹き飛ばされ、身動きの取れないガブリエラへと向かってアトラクナクアが全力で《スカルクラブ》を振るい――ガブリエラは悲鳴を上げることすらできず地面へと叩きつけられてしまう。


「う、くぅ……」


 間一髪、クラッシュで糸を引きちぎれたおかげで霊装で受け止めることはできたが、それでもダメージは大きい。

 片手ではアトラクナクアの一撃を受け止めきれることはできず、辛うじて直撃は避けられた程度で衝撃のほとんどを相殺することはできなかった。

 叩きつけられた衝撃もあり、ガブリエラは身動きがほんのわずかな時間取れず――


<もう食べなくてもいいや。潰れろ>

「――ッ!?」


 《メテオール》によって降り注ぎ続ける鉄塊にガブリエラの姿が埋もれていった……。




<うーん、もうちょっと食べておいても良かったかなー? ま、いいやー>


 邪魔するもののいなくなったアトラクナクアはそう呟くと、周囲に転がる鉄塊へと食らいつく。

 彼女の身体を構成する『結晶』は、おそらくラグナ・ジン・バランたちを構成する金属と同質なのだろう。

 ラグナ・ジン・バランを食らうことで傷ついた自らの肉体を修復していってしまう。

 ……ガブリエラたちが限界まで力を振り絞ったにも関わらず、いともあっさりとそのダメージは回復されてしまった。


<あいつらもういなくなったかなー? ま、生きてても死んでてもどっちでもいっかー>


 ガブリエラたちがいたあたりの鉄塊をボーンアーツでどけてみるが、姿を確認することはできない。

 仮に死んでたとして、ユニットである以上死体は残ることはない。

 傷ついたまま動けない姿もないということは倒したということなのだろう、と納得する――が、言葉通りのだろう。

 なぜならば、どれだけ魔法を使おうとも、もはやガブリエラたちにアトラクナクアを倒す術は存在しないのだから。


<……あっちの子たちは言うこと聞かないけど……ま、それも別にいいや>


 生き残った移動要塞二機は未だに出鱈目な砲撃を繰り返している。

 アトラクナクアも砲撃に巻き込まれてはいるが、たとえ直撃したとしても彼女の身体に傷一つつけることはできないのだ。無視し続けても何の問題もない。

 それに、いざとなればボーンアーツで鉄屑に変えてしまえば済むだけの話だ。

 もはや邪魔者は存在しない。

 アトラクナクアの視線が先――エル・アストラエアの城壁、および『神樹』へと向けられる。


<えっとー、なんだっけー? ……忘れちゃったー。ま、いっかー、んだもんね♪>


 そう言って無邪気に笑うと、周囲の鉄塊を包み込むように糸を放ち、彼女の持つ最大の魔法を解放する。


<ボーンアーツ――《フルメタルエグゾスカル》>


 ――それは、かつてベララベラムが『切り札』としていた魔法の強化版だった。

 ただし、その規模は比較にならない。

 壊れた四機の移動要塞の残骸、動けなくなったラグナ・ヴァイス。

 それらに加え、更にラグナ・ヴァイスをも取り込み『外骨格』を形成してゆく。




 その姿は、『蜘蛛アラクニド』だった。

 山のような巨体を八本の脚で支える鋼鉄の蜘蛛を模した外骨格の内部へと、アトラクナクアはその身を隠す。

 ……これでもはやアトラクナクアを傷つけることは不可能となった。

 同じ《エグゾスカル》とはいえ、その性能はベララベラムのものとは雲泥の差だ。

 たとえこの場にアリスがいたとしても完全破壊するのは不可能と思えるほどの巨体となったアトラクナクアは、そのままエル・アストラエアを目指す。

 一歩踏み出すごとに大地が震え、地面に大きくヒビが入っていく。




 ただ動くだけで周囲に甚大な被害をもたらす『動く災厄』と化したアトラクナクアを阻むものは、もはやこの地上には存在しないのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「あ、危みゃいところだったみゃー……」

「間一髪、ってところだったにゃー……」

「…………」


 地響きが遠くへと去るのを確認してから、地面の下からウリエラたちが顔を出す。

 彼女たちは死んではいなかったのだ。

 鉄塊が降り注ぐ中、残った魔力をアニメートへと注ぎ込み、一気に地面に穴を掘って地下深くに身を潜めて回避したのだった。

 アトラクナクアにも気づかれることなくやり過ごし、地下で回復まで済ますことはできたが……状況はもはや三人ではどうすることもできないところまで悪化してしまったと言える。


「……アレ、どうすりゃいいんみゃ……」


 

 ナイアたちが地上にピースを配置していなかった理由がよくわかる。

 魔法を使うユニット・ピースの力は、この世界の脅威であるラグナ・ジン・バランたちを凌駕しているのは確かだ。

 しかし、あのアトラクナクアはそれすら超越した生命だ。

 ユニット同様の魔法をが使える上に、生命力は不死とも思えるほど強い。

 その上、圧倒的物量のラグナ・ジン・バランを『材料』として幾らでも使えるのだ。


「このままじゃ、『神樹』も奪われちゃうにゃ……」


 エキドナが危惧していた『量を絞った質の隙を突かれる』ことも、あれならば気にする必要もない。

 アトラクナクアという『個』が、ラグナ・ジン・バランという量を自在に操れるという点で、『量を備えた質』となってしまっている。

 空中要塞に変形したルールームゥと同等の脅威と言っても良いだろう。

 すなわち、個人の武力でどうにかすることが不可能な脅威、ということだ。




 ウリエラサリエラは頭が良い。

 故に自分たちの持つありとあらゆる『力』を使ったとしても、アトラクナクアには勝てないと見切ってしまっていた。

 たとえ奇跡が起きたとしても、三人で引っ繰り返せるような差ではない――見切ってしまったが故に、諦めてしまっている。

 技術や知略でもどうにもならない差ができてしまっている。それだけアトラクナクアの『暴力』が圧倒的すぎるのだ。


「…………止めなきゃ……!」


 それでもガブリエラ撫子は止まろうとしなかった。

 埋もれていた地面から這い上がり、エル・アストラエアへと向かおうとするアトラクナクアへと視線を向ける。


「りえら様……ダメみゃ……勝ち目ないみゃー……」

「『神樹』はあきらめるしかないにゃ……」


 ウリエラたちとて諦めたくて諦めてたわけではない。

 『神樹』を守ることを目的として地上に残ったのだが、もはやどうにもできない。

 ここで下手にアトラクナクアに向かっていってリスポーン待ちになることはできれば避けたい。下手にリスポーンされると、ラビの近くに移動してしまう――つまりナイアの間近になる恐れがあるのだ。その危険性は改めて語るまでもないだろう。

 ……それに、そもそもガブリエラ撫子をリスポーンさせたくないという思いが強い。

 『ゲーム』内で復活できるといっても、『死ぬ』ことに変わりはないのだ。まだ三歳の妹にそんな体験をさせたくはない――しかも敵はユニットでもピースでもない、文字通りの『化け物』なのだから。


「嫌です!」


 そんな理屈はガブリエラには通じない。通じるわけがない。

 『姉の心、妹知らず』――ということではない。

 ガブリエラにとって、相手がいくら強かろうともがあったからである。


「だって……だって、このままじゃ……!」

「……わたちたちだって諦めたくみゃいけど……」

「勝ち目が全くないにゃ……ここであたちたちがやられると、うーにゃんたちも困るにゃ」


 状況判断の速さと的確さ、後のことを見据えた見切りの良さ――それは決して悪いことではない。むしろ、優れた能力を持つことの証明と言えよう。

 代償として『神樹』が失われ、この世界の未来は絶望的になってしまうことが確定するが、この戦いで一番重要なのは『ナイアを倒すこと』にある。

 ありすの提案した『切り札』のためにも、アトラクナクアにガブリエラが倒されることだけは避けなければならない。そうした判断もウリエラたちの見切りに含まれている。

 ガブリエラ撫子もそれを理解していないわけではない。

 むしろ、を他の誰よりも理解しているはずだ。

 それでも、とガブリエラは首を横に振り、右腕一本で霊装を構える。


「絶対に止めます――だって……!」

「「……!」」


 その言葉にウリエラたちは驚きの表情を見せる。


「……り、りえら様……」

「気づいてたにゃ……?」


 ガブリエラ撫子にはピッピとブランの『死』は伏せていた。

 二人の遺骸結晶を安置した部屋は厳重に封印して誰も立ち入れないようにしていたし、そもそも目覚めた撫子はすぐに『神樹』から出た後は楓と常に行動を共にしていた。

 他の誰かがこっそり教えた……とも考えにくい。

 各々が各々のことに精一杯であったし、何よりも撫子のことを思えばわざわざ二人の『死』を教えようなどと余計なことを考えるような浅慮は誰もするとは思えない。


「…………わかってましたよ、私だって!」


 とうとうガブリエラは感情を露わにした。

 元の姿ならともかく、変身後は常に穏やかな笑みを浮かべ落ち着いた雰囲気ではあったが、やはり中身は撫子三歳児なのだ。

 エル・アストラエア壊滅から彼女の中で渦巻いていた激情が、ついに抑えきれなくなってきたのだった。


「いつもいつも! ウリュもサリュも、皆して私を子供扱いして!

 ピッピにも、ブランにもお別れ言えなかった!

 だから……だから、せめてピッピたちを静かに眠らせてあげたいの!!」

「りえら様……」


 撫子が空中要塞に行かず、地上で戦うことを選択した本当の理由――それは『神樹』を守る、ではなかった。

 『神樹』を守るためだったのだ。

 果たして彼女が『死』というものについてどこまで理解しているのかはわからない。

 ただ、それでも二人の『眠り』を邪魔させてはならない。アトラクナクアに穢されるわけにはいかない。そのことだけは確実に理解している。


「……ウリュとサリュが諦めても、私は絶対に諦めませんよ! 私一人でも、あいつを……あいつらを倒してみせます!」


 叫ぶなり、既にエル・アストラエアへと進撃を開始したアトラクナクア、そしてそれを追うように前進を開始した移動要塞へと向けて、ガブリエラは突撃を開始する。

 勝ち目など全くない。

 作戦一つ立てず、それでも諦めるわけにはいかないという決意と敵に対する激しい感情のみを以てガブリエラは無謀な突撃を行う。


「……誰も行かないとは言ってないみゃー」

「にゃはは、りえら様あるところ、必ずうりゅとさりゅありにゃー」

「……二人とも……」


 一人飛び立つガブリエラの後を、二人の天使が付いてくる。

 ガブリエラ撫子がいかに無謀な戦いに挑もうとも、姉たちはそれが妹の選択であれば尊重する。

 ――何よりも、元とは言え決して短くない期間共に過ごした使い魔ピッピを守りたいという気持ちは、二人も同じだ。


「そいじゃ、最後の勝負に挑むみゃー」

「まー、今のところ何も思い浮かばにゃいけど……なんとかするにゃ。だから、りえら様――」

「ええ、ちゃーんと言うことを聞きますよ! 行きましょう、二人とも!」


 折れかけた戦意を奮い立たせ、三天使は絶望的なまでに強大な悪徳の王へと最後の戦いを挑む――

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