第9章17話 悪の権化
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アトラクナクア――異常な生命である
その最たるものは、『ユニットの力を吸収する』ところであることは疑いようがない。
一体なぜそのようなことが可能なのか……詳細はアトラクナクアの創造主であるヘパイストスにしかわからないだろう。ただ、事実としてそうなっていることだけは間違いない。
本来のアトラクナクアは、先日エル・アストラエア襲撃の際に現れた個体と同様、『蜘蛛』型のモンスターである。
アリスたちがかつて戦った『アラクニド』の上位種……と考えて問題ないだろう。
しかし、ユニットの力を吸収した際に劇的な変化を遂げる。
『冥界』の時であれば最も長く力を吸い取っていたユニット・ミオによく似た姿へと変化し、その能力を得た。
今回のアトラクナクアはそれとほぼ同様に、ピース・ベララベラムの力を吸収しその姿と能力を得ているのだろう。
『冥界』時と異なり蜘蛛の要素はなくなっている。
<あー……うー……?>
卵から現れたアトラクナクアは、ガブリエラたちから目を離さないまま同じく地上へと降り立つ。
どこかぼんやりした雰囲気ではあるが……。
《……絶対に油断しちゃダメみゃ……》
《……前にうーにゃんから聞いた通りなら、かなり危ない奴のはずにゃ……》
「ええ、もちろんです」
ベララベラムを吸収していることは、同じ魔法を使えるということを意味している。
ならば、このアトラクナクアもベララベラムの魔法を使ってくる――ということだ。
形態により異なるが、多種多様な魔法をアトラクナクアが使うとなると苦戦は免れないだろう。かつて『冥界』でジュリエッタたちが苦戦させられたのも、魔法そのものの強さもそうだが種類が大きな原因だったといえる。
だが、様子が少しおかしい。
ベララベラムは降り立ったその場で何やら手を掲げたりしているが、それ以外何もしない。
時々不思議そうに首をかしげるだけだ。
「……もしかして……魔法、使えないのでは……?」
ベララベラムの魔法が使えるとしたら迂闊に飛び込むのは自殺行為だ、と身をもって体験していたガブリエラは近寄らず様子を見ていたのだが、一向に動かない――不可解な動きをしてはいるが――のを見てふと気が付いた。
魔法を使おうとして使えないことを不思議に思っている、そう見える動きだ。
《……そういう風に見せかけている、かみゃ……?》
《うーにゅ……そういう見せかけする意味はなさそうだけどにゃー……》
二人もガブリエラの言葉が正しそうに思えてくる。
そう思わせて油断させ、近づいてきたところを一撃必殺の
揮える力があれば、それを揮って攻め立てた方がこの状況では確実だ。周囲には彼女の味方しかいないのだから。
故に、このアトラクナクアは魔法を使えないのではないか、と三人は推測した。
「……今のうちにやってしまった方が良いのでは?」
《…………その物言いにはちょっと物申したいけど、確かに一理あるみゃ》
《そうだにゃー、あんまり時間かけてられにゃいし、魔法使われる気配にだけ注意してガンガン攻めていった方がいいかもにゃ》
慎重派の二人はまだ疑いを持っていたが、自覚している通り長い時間をかけて戦っていられるわけではない。
ありすの提案した『切り札』のためにも負けられない以上に早く戦いを終わらせ自由に動けるようになる必要もある。
エル・アストラエアを守るという意味でも、早めにアトラクナクアを倒してラグナ・ジン・バランの軍勢を片付けたいという思いもあった。
結局、様子をうかがって慎重に戦うのと、全体の戦局を考えての時間を天秤にかけ、『時間』をとることにした。
「では、このままいきますよ!」
魔力の回復をしている余裕もない。
リュニオンは解除せずに、そのままガブリエラはアトラクナクアへと攻撃を仕掛けようと突進する。
アトラクナクア側もガブリエラが向かってくるのに気づき、不可解な動きをやめて対抗するように突進しようとする。
「……えっ!?」
<うー……!?>
だが、そんな二人にお構いなしに移動要塞からミサイルとレーザーが降り注ぐのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《あいつら仲間じゃないんかみゃ!?》
移動要塞の攻撃は、明らかにアトラクナクアを巻き込むものであった。
実際、アトラクナクアも爆風に巻き込まれて吹っ飛ばされていた。
互いに直前に気づいて回避行動をとったために直撃はしなかったものの、もし気づくのが遅れればアトラクナクアもやられていたであろう。
《……わからないにゃー……でも同士討ちしてくれるっていうのなら、好都合かもしれないにゃ》
強大な敵が増えたのはマイナスだが、それがラグナ・ジン・バランからの攻撃対象になるのであれば話は別だ。
移動要塞の時のように同士討ちで倒せるのだとしたらだいぶ楽になるのは間違いない。
が、ガブリエラの表情は優れない。
「…………いえ、おそらく無理でしょう。そんな考えが通じる相手ではないと思います」
《みゅー……りえら様がそう言うってことは――》
《にゃー……あんま期待しない方がいいってことかにゃー》
細かい説明はせずとも――そもそもガブリエラ自身がなぜそう思うのか理解していないからなのだが――ガブリエラが『そう』だと感じたのならばそうなのだろう、とウリエラたちは納得する。
言葉にできない『何か』をガブリエラはアトラクナクアに感じているようだ。
そしてそれは大概当たるし、よくない感じの時は本人が思っている以上により『悪い』方向に働くことが多いのを、三人は経験で知っている。
《んじゃ、ちょっと危みゃいけど、アトラクナクアを先に狙うかみゃ?》
「そうですね。やはりここで一番危険なのは、アレなのは間違いないですから」
《おけにゃー。ミサイルとかはあたちたちがしっかり見ておくから、りえら様はアトラクナクアに集中にゃー》
「ええ!」
リュニオン中であれば三者で別々の視点で周囲を見ることができる。
今回のようなあちこちから攻撃が飛んでくるような状況であれば、ウリエラとサリエラは援護しつつ周囲の警戒を行いガブリエラを的確に導くことができる。
その点は、単独で戦わざるを得ないアトラクナクアに比べて有利なところだろう。
もっとも、アトラクナクアも8つの目を持っており視力には優れてはいるが――三人の視界よりは制限はあろう。
「では行きます!」
爆発に吹き飛ばされはしたものの、アトラクナクアに大きなダメージは見えない。
しかしなぜ自分まで吹き飛ばされたのか、戸惑っているようには見える。
構わずガブリエラは今度こそ突進、霊装を叩きつけようとする。
<うー……>
振り下ろされた霊装を片手で受け止めようとするアトラクナクア。
この程度は小手調べ。本命は直後のオープンで吹き飛ばして体勢を崩してからの連撃――そうガブリエラは考えていたが、予想外のことが起こった。
<うぎゅぅぅぅぅぅっ!!>
「あ、あれ……?」
ガブリエラの一撃を受け止めようとしたアトラクナクアの手が、
苦しそうに呻き、ガブリエラから距離を取ろうとするアトラクナクアに、
「く、クローズ!」
こちらも戸惑いながらもすぐさまクローズで引き寄せ、胴体へと霊装を叩き込む。
<うぶぅぅぅぅおぉぉぉぉぉっ!?>
……流石に一撃で真っ二つとはいかなかったものの、予想以上に効いている。
再びアトラクナクアは吹っ飛ばされ、地面へと叩きつけられてしまっていた。
「よ、弱い……?」
《弱い……みゃ……》
《よ、予想外すぎるにゃ……》
油断を誘う演技……の可能性はゼロではないがかなり低いと考えられる。
これならば金属でできているラグナ・ヴァイスの方がよっぽど硬く、強敵であるとさえ言えるほどだ。
《……【
《……これは、もしかして――失敗しているのかにゃ?》
アトラクナクアの詳しい生態はさすがにわからないが、聞いた話から推測するに『ユニットの力を得る』ということだけは間違いない。
だが、何らかの理由でそれが失敗、あるいは不完全な形で終わってしまっており、アトラクナクアはベララベラムの能力を得ていない――それどころか『腐った死体』という肉体的な脆さだけを受け継いでしまったのではないか、そう思えるような状況だった。
「――わかりませんが、好機と捉えて良いかと」
《だみゃ、相手の事情なんか考えてられないみゃ》
《さっさとあいつを片付けて、移動要塞と残りのヴァイスを片付けるにゃ》
「そうですね!」
わけがわからないが好機なのには違いない。
手早くアトラクナクアを倒せるのであればそれに越したことはないだろう。
三人は意識を切り替え、攻撃を開始する。
「クローズ!」
起き上がろうとしていたアトラクナクアへと向けてクローズを放ち、今度はガブリエラ自身が距離を詰める。
インフェクションを使っていないのであればゾンビ化することもない。ならば、あるかどうかわからないロトゥンにのみ注意を払いつつ接近戦で戦うのが一番効率が良い。
<ぐ、うぅ、あぁぁぁ……>
ゾンビ状態のベララベラムに比べればずっと早い動きではあるが、リュニオンしたガブリエラからすればナメクジのような遅さだ。
何とか抵抗しようとしているのはわかるが、全くガブリエラの動きについていけず一方的に攻撃を受け続けている。
《りえら様、またミサイルが来るみゃー》
《同士討ち狙えるなら狙っておくにゃー》
「はい! オープン!」
飛んでくるミサイルへと向けて、オープンでアトラクナクアを吹っ飛ばすと同時に自分は退避。
先ほどとは違い、アトラクナクアはミサイルの直撃を浴びて爆炎の中に消えていった……。
「…………あっさりでしたね……」
黒こげになったアトラクナクアの死体が地面に落ちるのを確認し、ガブリエラはしっくりしないものを感じながらもそう呟く。
《うーみゅ……確かに納得いかみゃいけど……》
《まー倒せたならそれでおけにゃー》
ガブリエラはともかくとして、ウリエラたちは安全に勝てるならそれに越したことはない、と常々考えている。
心配していたよりもアトラクナクアが弱かった、と喜びこそすれ残念に思う必要などないだろう。
元々三人だけで相手をするのが無謀な数の敵を相手取っていたのだ。強敵が増えるのは望むところではない。
《とにかく、残りの移動要塞たちを片付けるみゃ》
《こっちが一段落したら、あたちたちもどうにかして空中要塞の方へと向かうにゃ。この調子なら、援軍に駆け付けられそうだにゃー》
残った敵で強敵と呼べるのは移動要塞二機しかいない。あとは数が多いだけの雑魚ばかり――それは事実だ。せいぜい、倒しきるまでに時間がかかるというくらいの問題しかない。
ウリエラたちも緊張は解いていないが少し安心したようにそう言うが、なおもガブリエラの表情は優れなかった。
《……りえら様?》
《どうしたにゃ?》
「いえ……まだ嫌な気配が消えない……?」
移動要塞と戦っていた時から感じていた『悪寒』がまだ残っている。
それどころか、ますます強くなっているとガブリエラは感じていた。
この場における最大の脅威――危機はまだ去っていない、そうとしか感じられないのだ。
――ガブリエラの予感は的中してしまった。
「! あれは……!?」
《げ、まさか……!?》
地面に落ちた
《あの状態でまだ生きてたにゃ!?》
「いえ、これは――そうか、ベララベラムの能力……!」
ミサイルの直撃を何発も受け、肉体の大部分を損傷しただけでなく黒こげの焼死体になるまで焼かれたのだ、普通ならモンスターといえども生きていられるわけはない。
そう、
《ビルド《ペイル》》
《ブラッシュ》
「アニメート!」
接近して殴るのでは間に合わない。
そうすぐさま判断した三人は、土の杭を幾つも作り出しそれを投げつけて攻撃しようとした。
しかし、
<……ウェザリング>
アトラクナクアに当たるはずだった杭は、残らずその周囲で砂へと変わり消えていった。
《……マジかみゃ……》
《……最悪だにゃ……》
アトラクナクアがベララベラムの能力を吸収しそこなった、という予想が間違いであったことを三人は嫌でも理解する。
<あー……あ、あー……うー、うん。やっと頭がすっきりしてきた♪>
たどたどしいうめき声めいたしゃべり方ではなく、流暢な――普通の人間のようなしゃべり方へと変わる。
そこに立っていたのは、確かに先ほどまで戦っていたアトラクナクアの姿であった。
ただし、大きく違っている点がある。
損傷したはずの肉体は全て元通りに戻っているのだが、先ほどまでの真っ白い姿ではなく漆黒の肌――黒曜石のような色へと変化している。
<おまえたち、殺す>
8つの目がガブリエラたちの方へと向き、にこやかな笑みを浮かべながら黒いアトラクナクアはそうはっきりと宣言した。
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