第9章16話 大いなる"悪徳"
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
身動きを突然封じられたガブリエラだったが、咄嗟の対応は早かった。
「オープン!」
《ブラッシュ》
自身の周囲を包み込むようにオープンを展開、それをブラッシュで強化し何者も近寄れない『バリア』のような空間を形成する。
魔法の発動と共に力を込めて『糸』を引きちぎって脱出しようとあがくが……。
「くっ……全然切れない……!?」
見た目は細い糸だというのに、全く切れる様子が見えない。
オープンのバリアはほんの一瞬しか使えない。すぐに次のミサイルとレーザーが降り注いできてしまう。
《りえら様、一旦分離するにゃ!》
「わ、わかりました!」
ガブリエラはサリエラの言葉を一切疑わずにリュニオンをその場で解除。
自由にウリエラ・サリエラが動けるようになると同時に、第二波が着弾しようとしていた。
「くっ、オープン!」
「もういっちょブラッシュにゃ!」
同じ方法で何とかしのぎ切るが、敵の攻撃はここぞとばかりに止む様子はない。
このままではいずれバリアが間に合わずに攻撃を浴びてしまうことは疑いようはない。
「クラッシュ!」
「やった、切れました! ウリュ、サリュ!」
身体が自由に動くようになり、すぐさまガブリエラは二人を抱きかかえそのまま上昇、攻撃を回避する。
再び糸に捕らわれる可能性はあったが、とにかく動かなければ確実にやられるだけだ。
「拙いみゃ! 残骸が……!?」
「……嘘でしょう!?」
何とか集中砲火から逃げ切れた三人に向かって、浮かび上がったアルファたちの残骸がまるで投げつけられるかのような動きで向かってきたのだ。
それも、スクラップにした四機すべてが別々の方向から同時に。
いくらガブリエラでも、山のような巨体の鋼鉄の塊を空中で迎撃することは不可能だ――それも四方から同時にぶつけられては、オープンのバリアでも防ぎきることはできない。
「ああ、もう!」
再度リュニオンをする時間すら惜しい、とばかりにウリエラたちを掴むなりガブリエラは全速力で飛んで逃げようとする。
迎撃不能な以上、自分の足で逃げるしかない。
そんなガブリエラを追い立てるように砲撃が撃ち込まれてくるが、これを何とかスピードで回避。
「オープン!」
押しつぶそうと降り注ぐ鉄塊をオープンでほんのわずかでも押しとどめ、どうにか死地を脱することができた。
「あ、危ないところでした……でも、どうしてこんな……?」
先ほどの動きを止めた謎の『糸』といい、不可解なことが起こっている。
「……別の敵がいるみゃ、きっと」
ウリエラはそう推測する。
どこにどんな敵が潜んでいるのかはわからないが、ラグナ・ジン・バランともラグナ・ヴァイスとも異なる力を持つ『敵』――そう考えるより他にない状況だ。
「りえら様、今のうちもっぺんリュニオンにゃ!」
「! 急ぐみゃ!」
「!? え、えぇ!」
ひとまずの窮地は脱したが未だ戦いは終わっていない。
再び移動要塞の残骸が空中に浮かび上がっていくのを三人は目にしていた――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラグナ・ジン・バランは確かにこの世界に住む人間にとっては抗いがたい脅威だった。
多大なる犠牲を払い、死して尚戦う
個々の戦闘力で比較すれば、ラグナ・ジン・バランは結晶竜に遠く及ぶことはない。
それでも封印するに留まったのは、単純に『数』が理由である。
いくら単体では強い結晶竜とは言っても、自身の数十倍数百倍にも及ぶ兵器群と戦って勝てる保証はない。
そうした事情もあり、『まともな手段ではラグナ・ジン・バランから世界を守ることはできない』と考えた
個々の戦闘力にバラつきはあるが、基本的にユニットの力はこの世界の最高戦力である結晶竜すらも上回るものがある。
しかも、(心情的には問題はあるかもしれないが)倒れても復帰することも可能だ。
いかにこの世界の存在にとって脅威であるラグナ・ジン・バランとはいえ、ユニットの力を以てすれば『ただのメカ系モンスター』としかならないだろうとピッピは考えたのだ。
実際にラグナ・ヴァイスと戦ったガブリエラたちの戦果を見れば、ピッピの考えは正解だったと言えよう。
だからピッピの思惑通りに事が運べば、この世界は確実に『救われた』はずなのだ。
ピッピにとって誤算だったのは、敵対する
このせいで本来の脅威であったラグナ・ジン・バランよりも更に脅威となる敵との戦いがメインとなってしまった。
ラビたちだけで到底敵うような戦力ではなくなってしまったのだ。
……それでもこの最後の戦いにおいて、ラビたちが善戦していることこそが驚異であるといえるのだが。
ともあれ、ユニットの投入、ピースの参戦によってラグナ・ジン・バランはもはや世界の脅威ではなく『ただのモンスター』の一種と格下げになった感は否めない。
では、最後の戦いにおいて地上――エル・アストラエアへと侵攻するラグナ・ジン・バランおよびラグナ・ヴァイスの大群は脅威ではないというのか?
エル・アストラエア、そして『神樹』を奪うことを戦力として劣るようになったラグナ・ジン・バランに任せるということは、仮に失敗したとしても問題ないと思ってその配置にしたというのか?
答えは『否』である。
ナイアは己の作り上げた軍勢を見せびらかし、その圧倒的戦力をもっての蹂躙を楽しむことに余念はないが、だからといって『敗北』することなど微塵も考えていない。
そもそも地上をラグナ・ジン・バランに任せたのも、元々のこの世界の脅威である軍勢を見せつけて、人間たちに『恐怖』を与えることが目的なのだ――もっとも、すでにエル・アストラエアは無人と化しているので意味はなかったが、それはナイアの知るところではない。
『恐怖の象徴』であるラグナ・ジン・バランであっても『敗北』を許してはならない。
もしも敗北したとすれば、それはこの世界の人間に『希望』を与えることとなってしまうからだ。
故に、地上においても『必勝』の布陣を敷いていた。
――『遊び』であっても手は抜かない。
地上における『必勝』のための駒が、ガブリエラたちへと牙をむく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――糸……かにゃー……嫌なこと思い出させてくれるにゃー。
再度浮かび上がる鉄塊たち。
その正体をサリエラはすでに掴んでいた。
『糸』だ。
ガブリエラたちの動きを封じたのと同じ、『糸』がいつの間にか張り巡らされ、それが鉄塊を持ち上げ投げつけてきているのだ。
――……ま、『裏』はあるだろうけど、さすがにこれはオルゴールじゃないけどにゃ……。
糸使い、というので真っ先に頭に思い浮かんだのがオルゴールではあったが、彼女は今空中要塞にいる。いくら何でも無理があるだろう。
それに彼女に対して色々と怪しむところはあれど、少なくともナイアの仲間ではないしこの状況で敵対する理由も思い当たらない。
だからとにかく、オルゴール以外の別の『糸使い』がこの場にいる。そう考えるのが妥当であろう。
問題は『そいつ』がどこから糸を伸ばしているのかだ。
「リュニオン《ウリエラ》《サリエラ》! 【
とにかく今は目の前の危機を脱するのが先決だ。
いくらガブリエラのパワーが規格外とは言え、山のような大きさの鉄塊が降り注ぐのを止めるほどのものではない。
やれることは『逃げ』の一手だ。
《りえら様、とにかく今は逃げるみゃー》
《んで、逃げながら『糸』出してるやつをあたちたちが見つけるにゃー》
「……それしかなさそうですね」
ガブリエラとて、この状況では他にやれることがないのはわかっている。
敵から逃げるしかないというのは屈辱ではあるが、だからと言って無謀な突貫をするほど考えなしではない。
ウリエラたちの言葉に従い、降り注ぐ鉄塊から身をかわしつつ『糸』の発生源を探ろうとする。
逃げ回っているガブリエラをまだ残っている移動要塞が砲撃をして更に追い立ててくる。
ラグナ・ヴァイスも自身が潰されるのを承知の上でなのか、次々とガブリエラへと向かってくる。
個々の戦闘力ではリュニオンしたガブリエラの方が圧倒的に上回っているものの、やはり数が問題だ。
そのうえ、見えない『糸』がまた動きを止めようとあちこちに張り巡らされている。
《クラッシュ!》
「……拙いですね……このままでは魔力が……」
『糸』もクラッシュで破壊して逃れることは可能だが、魔力が減っていってしまう。
リュニオン中にはアイテムの使用ができないため、このままクラッシュを使い続けていたら魔力切れになってしまう――リュニオンを解除して回復しようとすれば、ウリエラたちが回避することが難しくなってしまうだろう。
ジリ貧――どころか『詰み』に近づいている。ガブリエラでもそのことはわかりかけていたが、現状どうすることもできない。
《……見つけたみゃ!》
そんな時、『
ガブリエラを捕らえようとする糸、鉄塊を持ち上げている糸、それらを辿ってようやく見つけることができた。
複雑に絡み合い、見つけられないようにカムフラージュをしているようではあったが、その程度で騙されるウリエラたちではない。
ウリエラの指し示す方向を見ると、地上部分――潰れたラグナ・ヴァイスの残骸に埋もれるようにおかれている『異物』があった。
「……黒い『卵』……?」
それはガブリエラの感想通りの物体であった。
生物を基にしているとはいえ、機械と化したラグナ・ヴァイスたちはかなり鋭角的なフォルムをしている。
それらとは全く異なる、曲線的な――文字通りの黒い色をした卵が置かれていた。
卵の殻から四方八方に糸が伸びているのだ。
「アレを潰せばいいんですね!?」
《多分そうだと思うみゃー》
《近づけばおっきな残骸を投げることもできないと思うにゃー》
自分の犠牲を厭わない戦い方をするのであればその限りではないが、現状ガブリエラたちにとって脅威となるのは糸による攻撃だ。
それができる卵が自分を潰してまで攻撃してくるとは思えない。
今の追い詰められかけた状況を覆すには、とにかく行動するしかない。
ガブリエラは一直線に『黒い卵』へと向かって突進する。
相手も自分が捕捉されたことには気づいたようで、残骸だけでなくラグナ・ヴァイスをも投げつけて抵抗してくるが、
「オープン!」
近づくもののうち回避しきれないものだけをオープンで弾き飛ばしながら、止まることなくガブリエラは飛ぶ。
あっという間に距離は縮まり、もはや移動要塞の砲撃や残骸で押しつぶすには卵にとっても危険な距離だ。
《そのままやっつけるにゃ!》
「ええ、もちろんです! クローズ!」
射程範囲に入った瞬間、クローズを使って無理矢理卵を引き寄せ、ガブリエラは渾身の力を込めた霊装の一撃を叩き込もうとした。
霊装を振り下ろすタイミングも、クローズでの引き寄せも最高のタイミングだったはずだ。
たとえ卵がラグナ・ジン・バランと同等の硬さ――いやそれ以上の硬さだったとしても、殻を砕くには十分すぎる威力を発揮しただろう。
しかし――
「!?」
霊装が殻へと命中する直前、
そして割れた殻の中から伸びてきた
「ぐっ……!?」
突進の勢いもあったが、ギリギリで地面に叩きつけられるのは回避できたものの、相手にダメージは全く与えられていない。
「あれは……!?」
そして空中で卵が割れ、『中身』が姿を現す――
それは
人型の、おそらく10代半ばほどの女性の姿だ。
しかし大まかな特徴が人とは異なっている。
額からは二本の鋭い角――いや『触覚』が伸びている。
背には翼――いや『翅』が二対生えている。
長く太い尻尾が生えており、その先端には『ハサミ』が生えている。
全身は不自然なほど白く、頭髪もまた白い。
《…………蟲人間……》
《まさか、あれは……》
身体の細部もよく見れば人間とは異なっていた。
一番特徴的なのは『目』だろう。
眼窩には『目玉』が4つずつ――左右併せて8つの目玉が収まっていた。
……そしてその目玉は、禍々しく赤い光を放っている。
「……貴女、まさか――
何よりも異様なのはその顔だ。
ガブリエラには見覚えがある――エル・アストラエアで戦ったベララベラム、その最終形態で見た幽霊少女とよく似た顔立ちであった。
《ち、
《あれは……あいつは……!》
ベララベラムに似た顔をしているが『違う』――ウリエラたちはその正体について心当たりがあった。
<あ、おー……あー、あ、あなたたち、は、まほーつかい、ですか? まほーおいしいですもっとくわせろください>
8つの目がガブリエラたちの方を向き、彼女はそう言った。
《あ……
――それは、かつて『冥界』でラビたちを全滅一歩手前まで追い込んだ、妖蟲の王『アトラクナクア』がベララベラムを吸収したものであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それがナイアの考えだ。
戦わずして勝つ、が最上の戦略であることはわかっているが、圧倒的戦力を『見せびらかしたい』が根底にあるナイアは、戦って勝つ、を選択した。
最も戦力が薄くなるのがラグナ・ジン・バランを主軸とした地上軍であることはわかっていたが、ラグナ・ジン・バランおよびラグナ・ヴァイスとピースを共に進軍させるのは難しい。
だから、ナイアは必勝の布陣として
他のピースと協調することのできないベララベラムは、最終決戦では使うことができない――下手に投入してしまうとピースたちをゾンビ化させてしまうため、逆に相手を利することにしかならないからだ。
かといって折角作ったベララベラムを一度限りで使い捨てるには、その戦闘力は惜しい。
そう考えたナイアは、ラグナ・ジン・バランとラグナ・ヴァイスの新たなる『王』として用意していたアトラクナクアに、復活したベララベラムを
『冥界』ではミオの力を吸収したものの、ミオを救出されることで力の大半を失ってしまったアトラクナクアだが、完全に、跡形もなく食わせ、吸収させたために今度は同じように力を失わせることはできない。
更に両目の替わりにナイアの力の結晶である魔眼を埋め込み、ラグナ・ジン・バランとラグナ・ヴァイスの『支配者』としての力を与えた。
これが必勝の布陣――世界を侵略する悪魔たちの支配者・糜爛王アトラクナクア……大いなる
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