第9章3節 Wish I had an angel
第9章14話 愛と勇気の星見座
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神に愛された『子』が千億の悪を打ち砕く――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かつてとある世界を滅ぼしたこの生物は、『異世界の神』たるヘパイストスが生み出したものだ。
アストラエアの世界を襲う
『人造生命』であることには間違いないが、それでも生物であることには変わりない。生殖し、卵を産み、数を増やしていくことが可能なのだ。
そして元が『虫』であるがため、世代交代のスピードは速い。意外にも妖蟲の寿命は通常の虫とさほど変わらず、種によっては成虫になってからほんの数日で死んでしまうものもある。
世代交代が速いが故に、進化のスピードも速くなる。
元々が『侵略』を目的として生み出された人造生命であるために、特に進化の速さについてはヘパイストスがそうなるように弄っているという事情もあった。
瞬く間に数を増し、己を害する環境にも次世代には耐えられるよう進化する――それこそが妖蟲の恐るべき能力なのである。
妖蟲を元に作り出した
『生命』としての柔軟で迅速な進化の替わりに、強靭で修復可能な金属の身体を得たものがラグナ・ヴァイスだ。
どちらが良い、とは一概には言えないだろう。
ただ、この最終決戦の場においては妖蟲の『虫』としての機能は無用であるのは間違いない。短時間での戦いであれば――そしてこの戦いで全てが終わるのであれば、『先』のことを考えずとも妖蟲の単純な強化であるラグナ・ヴァイス化したことは限りなく正解に近いように思われる。
『質』と『量』の問題も概ねクリアはできていると言えるだろう。
エキドナが懸念していたことはもっともではあるが、ラグナ・ヴァイスの量は十分すぎるほどでありそのうえ質も各段に向上している。
これに併せてラグナ・ジン・バラン最大級の円熟期型でる『
ましてやアストラエアの世界には、『魔法』という超常の能力は存在するものの所詮は『人間』……兵科で言えば歩兵ばかりの軍勢しかいない。
ラビたち異世界の
だから、
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犇めく鋼鉄の悪魔たちの中を、三体の天使が翔ける。
「そぉれっ!!」
先頭を征くガブリエラの掛け声と共に振り抜いた霊装が、軌道上のラグナ・ヴァイスを軽々と薙ぎ払う。
ただの一振りで数十にも及ぶラグナ・ヴァイスが吹き飛ばされ、あるいは叩き潰されてゆく。
「りえら様ー、次はこっち側みゃー」
「そっちをぶっ飛ばしたら、すぐこっちにオープン使うにゃー」
「わかりました!」
攻め立ててくる蟲たちの動きを、ガブリエラの両脇を固めるウリエラ・サリエラが常に観察。次々とガブリエラに指示を出す。
さらに、どうしてもガブリエラの手が回らない時にはウリエラとサリエラも自身の魔法を使ってその『穴』をフォローし、ガブリエラが態勢を整える時間を作り出している。
……もしもこの場にピース、あるいはエキドナがいたとしたらあまりに信じがたい光景に絶句しただろう。
ジュリエッタが戦ったヒルダたちとの戦力差どころではない。
そもそも『戦い』が成り立つ戦力差ではないはずだった。
だというのに、状況はガブリエラたちが健闘している――どころではなくむしろ押しているくらいだ。
『戦いにおける質と量』の原則を完全に無視した状況だ。
しかし、十倍どころではなく百倍以上にもなるであろう数の差は、その戦闘力の差を埋めて余りあるほどのはずだ。
なのにガブリエラたちは、その数の差を実力で覆している。
数の暴力を覆すほどの理不尽な暴力。
ガブリエラは正しくそれだ。
一体何をどうしたらそのようなことが可能なのか、にこやかに微笑みながら悪鬼の如き力で向かってくるラグナ・ヴァイスのことごとくをねじ伏せている。
敵対者から見れば悪夢以外の何物でもないだろう。
勝ちは揺らがない、そう確信しても慢心と言われないほどの盤石の布陣だったはずなのに、それがあっさりと――しかも個人の力量だけで覆されているのだから。
問題なのはガブリエラだけではない。
脇を固めるウリエラ・サリエラもまた厄介だ。ある意味、『司令塔』としての役割を持つ分、ガブリエラよりもこの二人の方が真の意味で脅威かもしれない。
こちらは一撃でラグナ・ヴァイスを薙ぎ払うほどの攻撃力はないが、絶え間なく襲っているはずの大群の動きを的確に見切り、捌くために効率的な動きをガブリエラへと指示している。
「みゅー、これはちょっと危ないかみゃー。ビルド《ウォール》」
「ブラッシュしとくにゃー」
どうしても捌ききれない、と判断したら素早く『壁』を魔法で作り出して一時的にでも動きを封じこめ隙を作らない。
本来ならばひっくり返るはずのない数の差を、
仮にエキドナの思う通り、ラグナ・ヴァイスを作らず旧式のラグナ・ジン・バランをそのまま投入していたとしても……おそらく結果は変わらなかっただろう。
これしきのことでガブリエラたちを止めることは不可能。そう結論付ける以外にない。
もっとも、この場にそうした考えを巡らせるユニットもピースも、ナイア側は投入していなかったのだが。
「……ちょっと面倒ですね。ウリュ、サリュ、やっちゃっていいですか!?」
「おっけーみゃー。さりゅ、お願いみゃー」
「おっけーにゃー。うりゅ、お願いにゃー」
鎧袖一触とは言え、さすがの数だ。
一向に相手が減らないことにはうんざりしていたのだろう、ガブリエラが『大技』で一気に減らそうとする。
先はまだ長いだろうことはわかっているが、ここらで一気に数を削っておけば少しは楽になるだろうと判断、ウリエラたちもそれを了承する。
「では――クローズ!」
「ブラッシュ!」
前方から迫る一団へと向けて
もちろん何の抵抗もなしにラグナ・ヴァイスも動きを封じられるわけはない。抵抗しようとはするが、それを許さないように
まるで『団子』のように為す術もなくラグナ・ヴァイスたちが固められる。
「ビルド《アースハンマー》みゃー」
続いてウリエラの魔法で、クローズで固めた『蟲団子』を包み込むように周囲の土を被せ更に固める。
「これで一気にいきますよー! オープン!」
そして出来上がった蟲団子ハンマーを
同じ材質でできてはいるが叩きつけられる勢いが違う。
迫ろうとしていたラグナ・ヴァイスの群れは次々と蟲団子ハンマーに叩き潰されてゆく。
更に相手にとって災いだったのは、蟲団子ハンマーが多少ひしゃげても『材料』はいくらでもあるというところだ――そう、潰したラグナ・ヴァイスを次々と取り込み、蟲団子ハンマーは次第にその大きさを増してゆく。
「……小物はこれでおっけーかにゃ?」
これぞ正しく『無双』と呼べるものだろう。
もはやラグナ・ヴァイスは蟲団子ハンマーの『材料』にしかなっていない。
瞬く間にその数を減らしていく。
「りえら様ー、生き残ったやつはつぶさないでそのまま放っておいていいみゃー」
「そうですか? わかりました!」
もちろん全てが一撃のもとに粉砕されるわけではない。傷つきながらも生き残るラグナ・ヴァイスも何割かは存在していた。
それを確認したウリエラは、あえて放置することをガブリエラへと指示する。
慈悲などではない。
――うん、やっぱり大型が『修理』しようとしてるみたいみゃ。
ウリエラたちは敵の中に向かって来ず、ラグナ・ヴァイスを運ぶ『蟻型』の存在を確認していた。
それらは攻撃ではなく輸送――傷ついたラグナ・ヴァイスを移動要塞へと運び、そこで修理させる役割を持っていると推測した。
戦いにおいて『相手を倒す』というのは何も息の根を止めることだけを意味しない。
あえて相手を生かしておいて、その治療をさせることで行動を阻害させるという作戦もある。
これがヴァイスだったらおそらく通用しない作戦だったろうが、ラグナ・ヴァイスならば話は別だ。
『修復可能な鋼鉄の魔蟲』というのは確かに脅威だ。何しろ『生物』ではないのだから『死ぬ』ということがない。材料さえあれば何度でも復活して来ることだろう。
そうしているうちに相手を数で圧倒する……それこそがラグナ・ヴァイスの恐ろしさであり、ナイアが狙っていたものだ。
だが、そこがヴァイスに比べて弱点でもある。
修復可能故に、傷ついた機体を回収して修復しようとしてしまう――つまり修復に時間を費やす必要が出てきてしまっているのだ。
損害を気にせず突き進んで相手を押しつぶせるのであれば、修復など後でゆっくりやれば良いだけの話だ。
「みゅふふ、いい感じに数が減ってるみゃー」
「やっぱり自動操縦っぽいにゃ。それにあんまり頭良い感じでもないにゃ」
そもそもラグナ・ヴァイスたちは誰かに逐次指示されて動いているわけではない、とウリエラたちは推測していた。
おそらくは決められたルーチンがあり、いくつかの行動パターンがプリセットされているだけなのだろうと。
そのパターンの一つが、『傷ついた機体は回収して修復』なのだろうと推測――あえて修復可能なラグナ・ヴァイスたちを残し、そちらへとリソースを割かせることができるのだろうと考えたのだ。
二人の狙い通り、雑なパターンを踏襲するだけのラグナ・ヴァイスは仲間を回収・修復しようとしてしまっており、徐々に襲い掛かるペースが鈍ってきている。
いくらガブリエラが規格外の戦闘力を持っているとはいえ、数千倍に及ぶ戦力差をパワーだけで覆せるとはウリエラたちも思っていない。
戦力差を覆すためには一工夫する必要があるだろうとは考えていた――たった一工夫で覆せるほど本来は甘い差ではないはずなのだが、意思を持たぬ『機械』だけの軍隊となったために雑な思考パターンを二人に突かれてしまった形になる。
……結局のところ、ラグナ・ヴァイスを作ろうが作らまいが、あまり変わりはなかったのだろう。
ラグナ・ヴァイスたちの不幸は、この場に現れたのが他の誰でもない、ガブリエラたちだったということだ。
相手が何者であっても関係ない理不尽なまでの暴力と、相手の動きを的確に見切る知力、そして姉妹故の圧倒的な意思疎通能力……。
数が多いだけの相手など物ともしない、ラビ側の最大戦力たる三人が揃っている以上ラグナ・ヴァイスはただの『時間稼ぎ』にすらならないのだった。
「だいぶ片付きましたかね?」
周囲を見渡しガブリエラはそう尋ねる。
地面を埋め尽くす勢いだったラグナ・ヴァイスの大群も、当初の数割がすでに消え失せている――そのうちのいくらかは移動要塞へと回収されている。
機械的に襲ってきていたのも最初だけで、今やガブリエラたちを脅威とみなしているのか、あるいは『恐れ』を感じる機能でもあるのか、遠巻きに囲っているだけで積極的に襲い掛かってこようとはしない。
これが通常の軍隊であれば、『全滅』の二歩手前といったところだろうがラグナ・ヴァイスたちからしてみれば一応はまだ戦力は健在だとは言える。
……『全滅』も時間の問題であり、字義通りになるのもそう遠くない未来ではあるとも言えるが。
「そろそろ、あの大物を狙いましょうかね~」
本来の目的を忘れてはいないだろうが、楽しそうに六機の移動要塞へと目を向けるガブリエラ。
「うりゅ、そろそろかにゃ?」
「そうだみゃー……」
目の前の戦闘に集中してしまうガブリエラと違い、ウリエラたちは大局を見越している。
彼女たちの考え通りならば、『そろそろ』敵は行動パターンを変えてくる頃合いなのだ。
「……っと、言ってる傍からきたようだみゃ」
ラグナ・ヴァイスたちの動きが変わった。
背中に砲台を背負った蝸牛型が離れた位置から砲撃、その手前を甲虫型と蟷螂型が守るような陣形へ。
遠距離からの砲撃であってもガブリエラの魔法で防ぐことは可能だが、あまりにも数が多い。
「くっ……これはちょっと面倒ですね……」
普通の人間の軍隊なら絶望するしかない集中砲火も、ガブリエラにとっては『ちょっと面倒』で済んでしまうようだ。
別に対処は難しくはない。魔法で砲撃を逸らしながら突進してしまい、先ほどと同じように一つずつ砲台を潰していけばそれで済む。
だが、相手の狙いは砲撃によるガブリエラの撃破ではなかった。
「あ!? 後ろに……!?」
砲撃でガブリエラの動きを封じつつ、その隙を縫って飛行可能なタイプの蟲と幾つかの地上型の蟲がすり抜けていこうとする。
目標は――考えるまでもなく、エル・アストラエアへの侵攻だろう。
当初の目的を考えれば、いつまでもガブリエラたちに固執する必要はないのだ。足止めをしつつエル・アストラエアへと侵攻し『
慌てるガブリエラだったが、いかせまいと砲撃の雨が降り注ぐ。
そちらを防ぐのに精いっぱいでガブリエラは動くことができない。
……正確には彼女が全力を出せばこの程度は切り抜けられるのだが、そうするとウリエラとサリエラが取り残されてしまう。
二人を守るためにも動くことができないのだ。
「焦らないでだいじょうぶにゃー、りえら様」
「
ガブリエラと対照的に全く慌てることのないウリエラたち。
その言葉の意味はすぐにわかることになる。
ガブリエラたちを避けてエル・アストラエアへと向かおうとするラグナ・ヴァイスたちの前に、幾つもの巨影が立ち塞がる。
それらはウリエラの作った《ゴーレム》だった。
先日の防衛戦の時同様、事前にウリエラが作成しておいたものである。
「備えあれば憂いなし、みゃ」
地上を這う蟲を押しとどめ叩き潰す人型と、空中を飛ぶ蟲へと岩弾を撃ち込む砲台型、二種類の《ゴーレム》による防衛線が出来上がっていた。
ラビたちの空中要塞突入準備をする傍らに用意していたものであった。
「にゃはは、どこかでこうするだろうってことは読めてたしにゃー」
「りえら様、後ろは《ゴーレム》が食い止めるから、その間に――」
「ええ、やっつけちゃいましょう!」
《ゴーレム》とていつまでももつわけではない。
しかしすぐにラグナ・ヴァイスに突破されるというものでもない。
その時間さえあれば、蝸牛型を突破してガブリエラたちが自由に動けるようになるには十分だろう。
この調子でいけばエル・アストラエアを守り切り、ラビたちに強制移動で呼んでさえもらえれば戦いに駆け付けることができるだろう――三人はそう思っていた。
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