第9章9話 焦燥と超越

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタたちと相対するピースは、これで残り6体。

 防御能力に秀でたボタンが脱落したことで更にジュリエッタたちにとっては有利になったと言える。

 相変わらずオーダーとアンティによる動きの妨害は厄介だし、オーダーはピースたちのステータス強化も行うことが出来る。

 戦力差が縮まったと思ったらすぐにまた開く――ということの繰り返しではあったが、それでも着実にジュリエッタたちは『勝利』に近づいていると言えるだろう。

 ……そのことがわからないヒルダではないはずだが……。




 そこから先、ヒルダとエクレールを除く4体については『悲惨』としか言いようがない末路を辿った。




「メタモル!」


 アンティで動きを止められても、もはや意味をなさない。

 距離を離しているオルゴールがすぐさまフォローするし、何よりも氷をものともしない能力を持つジュリエッタはもはやそれを隠すつもりもなく、ほんの一瞬だけ突進を止めるくらいにしか役に立たない。

 だからと言って氷を【反転者リバーサー】で炎に換えても無駄だ。《フレイムコート》で十分防げるし、より強い火力を出したとしても――例えば《アイスエイジ》を全部を炎に換える等――ジュリエッタには炎熱無効の『溶岩龍』の能力を持っている。

 フブキの足止めも虚しく、ジュリエッタの竜巻触手に2体のピースが巻き込まれ、1体はそのまま体力を削られ切って消滅、もう1体は辛うじて体力が残ったものの……竜巻によって弾き飛ばされボタン同様地上へと落下していってしまう。


「く、イリュージョン!」

「だから効かない!!」


 せめてもの抵抗のつもりでルシオラが幻惑魔法イリュージョンを放つものの、ジュリエッタのエコーロケーションの前には無意味だ。

 惑わされることなく本体を突き止められ、強化された拳に穿たれ消滅していく。


「ひ、ひぃ……ヒルダ様ぁぁぁぁっ!」


 残るはフブキのみ。

 ――それをようやく理解したフブキがヒルダの方へと逃げようとするも、


「ライズ《トリリオンストレングス》!!」

「ひぎゃっ!?」


 ジュリエッタたちが逃がすわけがない。

 完全に背を向けたフブキの足をオルゴールの糸が絡めとって動きを封じた一瞬、腕力強化をかけたジュリエッタが背後から一撃――地面へと叩きつけられたフブキの頭部が果物のようにあっさりと砕け、消滅していった。

 最大の強化である《ジリオンストレングス》はほぼ一度限りの切り札だ。それより強化の幅は劣るが、肉体的な負荷の少ないトリリオンを既にジュリエッタは編み出していた。

 エクレールとの戦いではトリリオンを主軸に、隙を見てジリオンを使う……そういう方針なのだろう。

 それはともかく――


「……後はおまえたちだけだ」


 2対13の戦いが始まってからわずか数分後――戦況は2対2、五分の数へと戻っていた。

 質を上回るだけの量であったにも関わらず、数の差を覆すほどの戦闘力の差がジュリエッタたちとアビサル・レギオンの間に開いていたとしか言いようのない結末である。

 この調子なら……と楽観したくなるところではあるが、他で戦っているジュウベェやルナホークが、フブキたちほど容易に倒せる相手だとは到底思えない。


 ――他にピースがいかずに済んだことだけ喜んでおこう。


 慢心することなくジュリエッタはそう思うにとどめる。

 ともあれ、残るはヒルダとエクレールの2体のみ。

 しかし実質は――ここまでの戦いを見てジュリエッタはそれを確信していた。

 色々と引っかかる点はあったが、《バエル-1》での戦いを通じてジュリエッタは『エクレールは単独では動けない』ということに気付いたのだ。

 ヒルダが命令しない限り、エクレールは自発的に攻撃を仕掛けたりはしてこなかった。それは思い返せば天空遺跡の時からそうであった。

 最初はヒルダの護衛としてエクレールが傍にいるのだと考えていたが、そうではなく『ヒルダがエクレールを操作する』ために傍にいるのだと気付いた。

 だから、2体を倒さずともヒルダのみを倒せばほぼ戦いは終わるはずなのだ――もちろんそう易々とヒルダだけを倒せる保証はない、必ずやエクレールの妨害が入るだろう。


「ふん、8分ほどか……3

「……?」


 ヒルダの言葉の意味がわからず眉を顰めるジュリエッタだったが、それを考える余裕はない。


「ライズ――」

「ふん、オーダー――」


 オーダーでなら確実に動きを止めることが出来る。

 ヒルダからしてみれば、オーダーで止め、エクレールの一撃を叩き込むという『必殺』の戦法を取ることに変わりはない。

 むしろ、ピースたちが減ったことであちこちを見る必要がなくなったため楽になったと言えないこともないだろう。

 オルゴールのフォローも、マス・オーダーであれば防ぐことも可能だ。

 2対2になったところで、劇的に不利になったというわけではない。




 その思考の『隙』をジュリエッタは待ち望んでいた。


「――《アクセラレーション・クアドラプル》!!」


 ダンッ!! とジュリエッタが地を蹴る音と共に、その姿が消失した。

 腕力強化ストレングスと共にジュリエッタが多用する、基本にして奥義とも言える機動力強化アクセラレーションにはバリエーションはなかった。

 それはライズという魔法では実現不可能だったからではなく、単に『必要がなかったから』ジュリエッタが使って来なかっただけの話だ。

 基本たる《アクセラレーション》で十分すぎるほどの加速が出来るのだ、わざわざ肉体への負荷も大きくなる上に『一瞬』しか効果のない、そして直接攻撃力に寄与しない機動力強化の上位版を使う必要はほぼない。

 だが、それも今回だけは話が別だ。


 当然のことながら、ユニットにしろピースにしろ、魔法を発動するには『手順』が必要だ。

 自動発動魔法パッシブスキル以外では例外なく『発声』が必要となる。正確にはそれだけではなく、『どの魔法を』『どのくらいの威力で』等こまごまとしたことを考えることも必要となる。

 これはヒルダのオーダーであっても同様だ。

 ジュリエッタを止めるためにオーダーを発動させるまで、おそらく1秒程度。

 1――ジュリエッタはそのために、敢えて今まで《アクセラレーション》の上位版を温存していたのだ。

 これを使えばアビサル・レギオンのピースたちに囲まれた時ももっと楽に片づけられたかもしれないが、ヒルダに見られるのは拙い。

 不意打ちや奇襲は一度限りしか通用しないのだ。決める時にしか使ってはならない。


 通常の《アクセラレーション》でさえ、他人から見たら瞬間移動しているかの如き速さだ。

 それの四倍速クアドラプル――もはや『音』さえも置き去りにしかねない速度でジュリエッタは走る。

 たとえスピード特化のクロエラであっても、魔法を使わずにこの領域のジュリエッタに追い付くことは不可能だろう。

 誰も追い付けない加速した世界の中でジュリエッタはヒルダを狙い――


「……ッ!?」


 

 偶然ジュリエッタの方を見ていた、ではない。

 明らかにジュリエッタの動きを目で追っていた。


 ――嘘でしょ!?


 0.1秒にも満たない時間で接近、回り込んで死角から攻撃しようとしたジュリエッタの動きに完全に着いて行っている。

 オーダーを放とうとしていたヒルダは途中で口を笑みの形へと歪め――


 ――拙い!


 ヒルダへと拳を振りかざしていたジュリエッタはもはや退くことも出来ず、咄嗟に両腕で前面をガードしようとし、


「――ッッッ!?」


 悲鳴を上げることすら出来ずに、そのまま後方へと吹っ飛ばされていった。


「ジュ、ジュリエッタ、危なイ!」


 全く動きについて行けていなかったオルゴールだったが、ジュリエッタが大きく吹き飛ばされるのを見て慌てて糸を伸ばしてキャッチする。

 そのまま呆けていたら、ジュリエッタは自分が落としたピースたち同様に地上へと落下していたことだろう。


「ふん、流石にそう簡単には落ちぬか」


 いつの間にかヒルダの姿勢が変わっている。

 悠々と腕組をして後方から指示をしていた姿勢から一変、何も無い――実際にはジュリエッタが突進してきていた方向だ――中空へと拳を突き出した姿勢へと。

 その動きも、オルゴールには全く見えていなかった。

 ……そして、それは殴り飛ばされたジュリエッタでさえも。


「落とそうとするのは無駄じゃな。では――」


 辛うじて糸で引っ張り上げられ、《バエル-1》の淵へと戻ったジュリエッタに向けてヒルダは何の感情も籠っていない冷たい視線を向けて告げる。


「叩き潰すぞ、エクレール」

「……」




 ――どういうこと……!?


 自分の身に起こったことが理解できず、流石のジュリエッタも戸惑いを隠せない。

 《アクセラレーション・クアドラプル》が不発だった、ということはない。確実に通常の四倍の加速を行い、音速に匹敵する速度で動けていたはずだ。

 だというのに、ヒルダはその動きを目で追っていた。

 それだけでなく一撃でジュリエッタを砕かんばかりの強力な一撃を放ってきたのだ――もし咄嗟に両腕でガードしようとしなければ、その一撃でジュリエッタの身体は打ち砕かれていただろう。


「メタモル……くっ!」


 砕かれた両腕をメタモルで再生し、悠然とジュリエッタに迫るヒルダとエクレールを見て必死に考える。

 何の魔法も使っていないでこうなった。そうとしか思えない。

 だがそれがありえないとしかも思えない。

 エクレールであればともかく、パンチを放ったのはヒルダの方なのだ。


 ――ヒルダが魔法以外は『弱い』というのが間違いだった……?


 可能性としてはありえるが、少し考えにくい。

 魔法の性質から考えて、ステータスまでもがライズを使ったジュリエッタを上回ることは考えにくいのだ。

 だとすれば――


 ――……ギフトか……!


 ありえるのはギフトの能力によるものだろう。


 ――そういえば……。


 ジュリエッタはかつてのことを思い出す。

 本人的には忘れることの許されない、けれどあまり思い出したくない頃の記憶だ。




”おい、ジュリエッタ”

「……なに、クラウザー」


 森林地帯での『EJ団』との戦闘――ヒルダがゲームオーバーとなった時のことだ。

 逃げて行った『EJ団』を追おうとするジュリエッタに、クラウザーが声を掛けて来る。

 珍しい、とジュリエッタは思う。

 クラウザーはいつも大雑把に『あれを倒せ』とかの命令はしてくるものの、その途中でジュリエッタに対して細かいことをあれこれ指示しない。

 基本放置なのだ。

 しかし、今回の戦いにおいては珍しくクラウザーの方から戦闘の最中に声を掛けてきたのだ。


”あいつらのうち、どれから倒してもてめぇの自由だが――

「……? わかった」


 これも珍しく真剣な口調で言うクラウザーに、深く考えずにジュリエッタは頷く。

 言われずとも軍服のチビ――ヒルダこそが『EJ団』の中核を担っていることはわかっているのだ、真っ先に狙うべき相手だとジュリエッタも理解している。


 ――その後、特に意識することもなく、それでも狙える隙を突いてヒルダを使い魔諸共ジュリエッタは倒したのであったが……。




 ――……くそっ、クラウザーも肝心なこと言ってくれない……!


 あの時、おそらくクラウザーはスカウターでヒルダの能力を見たのだろう。

 それでヒルダの能力の秘密に気づき、今後の障害になると判断したからこそ、ジュリエッタに『確実に倒せ』と指示をしたのだと思われる。

 まさか当時はゲームオーバーになったユニットが復活するとは思ってもいなかったし、誰にもそれは予想できないことだったろう。だから、ヒルダの能力の詳細については誰も語らなかった。

 ……それが今正にジュリエッタに牙を剥いている。


「……消えた!?」


 と、ほんの僅か考え事をしてしまった瞬間にヒルダの姿が消えた。

 ヤバい、と思うと同時にジュリエッタは咄嗟にその場から飛び退ろうとしていたが、


「ぐあっ!?」


 その時には既にヒルダが横から回り込み、強烈な回し蹴りを放っていた。

 もし自分から飛ぼうとしていなかったら、それだけで胴体を真っ二つにされていたのではないかと思えるほどの強烈な蹴りであった。

 またしても魔法を使っていないとは思えない威力だ。

 それに、エコーロケーションを使い続けているジュリエッタでさえも、その動きを見切れないほどの速さも兼ね備えている。


 ――偶然じゃない……!


 信じがたいが、オーダーという規格外の魔法を持ちつつも、ヒルダのステータスはライズ使用時以上のものとなっているとしか思えない。

 何か『仕掛け』があるのかもしれないが、その『仕掛け』を探る余裕すらない状態だ。

 とにかく動かなければやられる――ジュリエッタも、そして離れた位置で見守っていたオルゴールもそれを理解する。


「スレッドアーツ《キャプチャーネット》!」


 地面に張り巡らせていた糸を一気に展開、エクレールとヒルダを纏めて拘束しようとするオルゴール。

 エクレールのパワーですら容易に振り解くことが出来ない拘束であったが、


「ふん、もはや通用せんわい、こんなもの」

「馬鹿ナ……!?」


 霊装並の強度を持つはずの糸は、少し力を込めただけであっさりと引きちぎられてしまった。


「! オルゴール、糸をしまって!」


 このままでは拙い、と気付いたジュリエッタが叫ぶも既に遅かった。

 引きちぎった糸をそのまま握りしめ、ヒルダが糸ごとオルゴールを自分の方へと片手で引き寄せる。


「し、しまっ――ガッ!?」


 自分の糸がパワーで引きちぎられることは全く想像もしていなかったのだろう、流石にオルゴールも一瞬呆然としてしまっていた。

 糸を消すタイミングが遅れ、ヒルダの元へと強引に引き寄せられたオルゴールはそのまま顔面を殴りつけられ、地面へと叩きつけられ動かなくなる。

 一撃で消滅にまでは至らなかったが、それでも意識を奪われるほどの一撃だった。


「糸人形かもしれぬと思ったが、どうやら本体のようじゃな」


 身を隠す場所の少ない《バエル-1》の上ならば、エル・アストラエアでボタンにやったように糸人形の偽物を出しておくということは難しいだろう。

 正しくヒルダが捉えたのは、オルゴール本体だったのだ。


「チッ……やらせない! ライズ《アクセラレーション・クアドラプル》、ライズ《トリリオンストレングス》!」


 再びの四倍加速クアドラプルで、倒れたオルゴールを踏み潰そうとするヒルダへと突進。

 更に腕力超強化トリリオンを重ね掛けして一撃で仕留めようとする。

 いかにヒルダのステータスが高かろうとも、背後からの高速での攻撃は止められまい――と考えるものの……。


「……もはや貴様の力はワシらには通じぬわ」

「こ、こんな……!?」


 読んでいたのだろう、振り返ったヒルダによってジュリエッタの拳は止められていた。

 しかも片手で、全力で振るった拳を受け止めていたのだ。

 もはや認めるしかない。

 明らかに今のヒルダはあらゆるステータスが強化したジュリエッタ以上となっていることを。


「! ぐっ……」


 受け止めた拳をそのままぐしゃりと握りつぶしながら、ヒルダがジュリエッタを放り投げる。

 失った右拳は再生可能だが――


 ――……このままじゃ、勝てない……!?


 幾ら再生してもすぐにまた潰されてしまうのは目に見えている。

 それも、再生する余裕さえない場所――例えば頭部を一撃で粉砕されうる可能性もある。

 今までもステータスで上回るジュウベェや、戦おうと思う方が間違っているようなムスペルヘイムなど、『圧倒的強者』と呼べるものとは何度も戦っていた。

 しかしヒルダはそれらとは一線を画する相手だ。

 加えて、ヒルダと同等……パワーと耐久力ならば上回っているであろうエクレールまでいる。

 まともにやり合っても到底敵うはずのない相手だと認めるしかない。


「く、そ……だからと言って、退けない……!」


 それでもジュリエッタの闘志は揺らがない。

 ここでヒルダを倒せずに逃してしまったら、『ナイア討伐』という今回の作戦は絶対に失敗することとなる。

 ヒルダ一人が加わるだけで、ヴィヴィアンもクロエラも、そしてアリスも確実に敗北することとなってしまうだろう。

 だから絶対にジュリエッタは負けるわけにはいかない。当然、逃げることなどありえない。


 ――どんなに強いヤツだって、『無敵』ではないはず。だったら、ジュリエッタにも絶対勝ち目は残ってる!


 最悪、《ジリオンストレングス》をヒルダ相手に使ってしまうことになるかもしれない――が、ヒルダさえ倒せればエクレールは時間をかけてでも倒せるようになるはず、そう信じジュリエッタは何とかヒルダの攻撃をかわしつつ自分の攻撃を当てる方法を考える。

 ……しかし、ジュリエッタの思う以上にヒルダは上回っていた。

 ステータスだけではない。

 、だ。




「フェードアウト」

「……!?」


 その『言葉』を聞いた瞬間にジュリエッタの意識の中に一人のピースのことが思い出される。

 サリエラが倒した暗殺者――シノブの存在だ。


「邪魔!!」


 が、シノブの実力では不意はつけても、ジュリエッタの隙を突くことは出来ない。

 フェードアウトで異空間から姿を現した瞬間にジュリエッタに捕捉され、手に持ったナイフ型霊装を振り下ろすよりも早く一撃を食らいあっさりと消滅する。

 ピッピを死へと追いやった恐るべきピースではあったが、攻撃そのものを食らわないのであれば何も怖くはない。

 謎の超強化状態となったヒルダだったが、より確実に仕留めるために今の今までシノブを温存していたのだろう――もっと早いタイミングで出せばピースたちの被害も抑えられたかもしれないが……そうならなかったことをジュリエッタは感謝すべきだろう、複雑だが。


「……?」


 とにかく既に倒したシノブのことも意識の隅へと追いやり、ヒルダたちに今すぐにでもとどめを刺されかねないオルゴールを助けようとするジュリエッタだったが、その時頭に『何か』が当たった。

 攻撃、ではない。

 何か軽いものが落っこちてきて当たった、程度のものだった。

 痛みもなく、気にするようなものではない――はずだった。


「……これ、は……!?」


 だが、このタイミングで起きたことに何の意味もない、と切り捨てるのは危険だと本能が告げていた。

 一瞬チラリと自分の頭に当たったものへと視線を向け――その正体を見た。


 ――!?


 そう、それはヒルダの霊装……小さな乗馬鞭であった。

 ヒルダが投げつけたわけではない。


「ふっ……オーダー《ジュリエッタ:停止せよ》」

「……ッ!!」


 霊装がジュリエッタに触れたことを見たヒルダがニヤリと笑い、ジュリエッタへとオーダーを掛ける。


 ――ま、マズい……身体が全然動かない……!?


 今までのオーダーとは全く異なることにジュリエッタもすぐに気が付く。

 抵抗すれば1秒程度で抜けられるはずだった拘束が全く振り解けない。

 声を出すことすら出来ず、まるでナイアの【支配者ルーラー】を受けた時と同じような感じだ、とジュリエッタは思う。




 ヒルダの霊装『堕心鞭』の特殊効果――触れたもののオーダーへの抵抗力を下げる――のせいだ。

 もちろん、【支配者】よりは拘束力は落ちる。抵抗すれば1秒程度で抜けられる、というのが数秒かかるようになる……と言った程度の強化にすぎない。

 だが、その数秒はこの戦闘中においては致命的なまでの時間となる。


「やれ、エクレール。胴体を狙うのではなく、頭を潰すのじゃ。再生できぬようにのぅ」

「■■■――ッ!!!」


 を待っていたのだろう。

 ジュリエッタの注意が完全にヒルダたちに向き、他所へと逸らすことが難しくなる時を狙いシノブに強襲させる。

 その強襲もフェイク……本命はシノブがいつの間にか運んで来たヒルダの霊装をジュリエッタに触れさせることだったのだ。

 敵を倒すためならば仲間の犠牲も厭わない機械のような冷徹さは、言い換えれば『拘りを捨てる』ということになる。

 ヒルダはより確実な勝利のために、パワーアップした自分自身の力を揮おうとは一切考えなかった。




 まるで強打者が打ち頃の球を狙うかのように、エクレールがジュリエッタの頭部目掛けて棍棒を振り抜こうとする。


 ――動け……動けッ!!


 幾らジュリエッタであっても、頭部を完全に破壊されてしまったらメタモルでの再生は不可能だ――それ以前に、おそらくエクレールの一撃をまともに食らえば体力がもたないだろう。

 オーダーに抵抗し、直撃の瞬間にわずかでも動いて攻撃をかわすしか残された手がない。

 必死に抵抗するジュリエッタであったが――


「――ッ!!」


 身体の自由が利くよりも早く、視界いっぱいに棍棒が迫り――かつてない衝撃と共に後方へと吹っ飛ばされていった……。

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