第9章8話 奮戦と謀略

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――馬鹿な……絶対に今目の前にいなかったはずなのに……!?


 棍棒の直撃を受け、大きく吹き飛ばされながらジュリエッタは自分の身に今起きた異常事態の正体について考えを巡らせる。

 考えている余裕はない、という思いもありつつ、この『謎』を解かない限りいつ殺られるかわからない、とも思うからだ。

 殴り飛ばされる直前、目の前には

 他のピースたちはまだ消滅にまで至っていないが、電撃のショックで倒れている。一部は完全に意識を刈り取られていて全く動く様子は見られない。


「ぐ……うぅ」


 空中で体勢を整え着地し、すぐさま前方を見るジュリエッタだったが、


「いない!?」


 つい先ほど自分を殴りつけた棍棒は見えていた。

 にも関わらず、ほんの一瞬の間にエクレールの姿どころか棍棒すらも消え失せてしまっていたのだ。


 ――いや、違う!


 天空遺跡の頃から思い起こし、ジュリエッタは一つの結論を出す。

 と同時に地を蹴りすぐさまヒルダの元へと駆けようとしつつ、音響探査エコーロケーションをONに。

 すると……。


「うわっ!?」


 駆けだしたジュリエッタを交差法で叩き潰さんと、エクレールの巨体が棍棒を振り抜こうとしているのがわかった。

 エコーロケーションは確かに捉えているが、ジュリエッタの目には何も映っていない。

 ――否。


「……そういう、ことか……!」


 ゆらゆらと陽炎のようにエクレールのいる位置の空間が僅かに歪んで見える。

 ヒルダへの接近を諦め、エクレールの攻撃が当たらないように距離を取る。


「ふん、気付かれたか」


 そうは言うものの、いずれ気付かれるのはわかっていたのだろう、特に関心なさそうにヒルダは呟く。


「……まるでカメレオンみたいに、自分の姿を隠す能力か……」


 ジュリエッタはエクレールの能力をそう推測した。




 ギフト【擬態者シミュレーター】――それがエクレールの能力の正体である。

 カメレオンのように、とジュリエッタは評したが周囲に溶け込む能力としてはそれ以上のものを持つであろう擬態化能力だ――尚、そもそもカメレオンの擬態能力は大したことはないということは置いておく。

 周囲の『色彩』を擬態するだけでなく、周囲に合わせた物体として見えるように擬態することが出来る。

 天空遺跡では『岩』に、エル・メルヴィンや今は周囲の構造物や何もない空間に見えるように擬態していたのだ。

 発動条件は、『動きを停止していること』――これだけである。

 エクレールが動かずにその場に留まっていれば、それだけでギフトが発動し周囲に溶け込むことが可能となるのだ。

 反面、エクレールが動き出せば擬態は解けて目に見えるようになっていく。

 また欠点としてはジュリエッタの変装魔法ディスガイズのようにエクレール自身の『形』を変えての擬態ではないため、エコーロケーションのような方法であれば擬態を見破ることが出来るという点がある。


 ――……エコーロケーション使いっぱなしじゃないとダメか……!


 電撃触手ヴォルガノフのような攻撃能力と異なり、エコーロケーションや暗視能力のようなメタモルは脳への負担が大きい。

 周囲を警戒する、のようなエコーロケーションにだけ集中している時であればまだ良いが、同時に戦闘を継続しなければならない状態だと脳が膨大な情報を処理しようとして悲鳴を上げるのだ。

 ユニットの肉体とは言え、精神は人間千夏自身のものだ。『脳』と言いつつも実際に本物の脳があるわけではなく、それを模した器官があるのだろう(どうやって実現しているのかは千夏には見当もつかないが)。

 人間の能力の限界――音波の反響で周囲の様子を探る等、通常の人間では持ちえない能力を無理矢理魔法で実現させている状態だ。それ相応の負荷がかかるのはわかっていた。


 ――キツイけど、やるしかない……!


 元より長時間の戦いは避けるべきというのはわかっていたが、エクレールの能力に対抗するためにはエコーロケーションを使い続けるしかない。

 ……戦いの流れによっては、たとえヒルダたちを退けることに成功しても、アリスたちの助けには向かえないかもしれない。

 そうは思うものの、


「……上等」


 だからと言ってここで『手を抜く』という選択肢はない。

 一旦後のことは考えず、今はとにかく全力でヒルダたちを倒す――それこそがジュリエッタの役割だ、そう思うのだった。




 電撃を浴びて倒れていたピースたちも次々と立ち上がり始める。


「チッ……一体ずつ仕留めないとダメか……」


 不意打ち気味に電撃を浴びせることは出来たが、広範囲に放ったため威力が低くとどめを刺すには至れなかった。

 魔力を使い尽くす勢いでなら全員纏めて……といけたかもしれない。が、それがあまりいい手ではないとジュリエッタは考える。


 ――やっぱり、大勢相手は御姫おひぃ様向けかな。


 自分でも戦えないことはないが、纏めて一気に倒す、というのであればやはりアリスの方が向いていると思う。

 もちろん、泣き言や愚痴をこぼしたいわけではない。ただの事実確認にすぎない。

 ないものねだりなどしても意味がないことは良くわかっている。

 自分の『手札』でこの困難を切り抜けなくてはならないということも。


 ――……まずは数を減らしていく。


 先程までの攻防で相手の能力は大体見た。

 ヒルダとエクレールを除けば、動きを止めて来るフブキと万能防御持ちのボタンが多少厄介なくらいで、残りはもし一対一で戦ったとしたらジュリエッタの相手にはならないレベルでしかない。

 所持している魔法・ギフトもそうだし、何よりも戦闘経験に大きな差がある。

 多少動きを止められるくらいでは覆せないほどの実力差が開いており、数の不利をも埋められるほどだ。

 だからと言って『楽勝』とまではいかない。数の差はそれだけ危険なのをジュリエッタはよく理解している。

 故に、確実に一人ずつ始末して数を減らしていく――当然の結論に至った。

 ……それをせずに司令塔たるヒルダを倒せるのであれば、もちろんそれに越したことはないのはわかってはいるが、無理ということもわかっている。


「――マス・オーダー《アビサル・レギオン:》」

「む……!?」


 ここでヒルダがまた動いた。

 ジュリエッタへの命令ではなく、仲間のピースたちへと大群命令魔法マス・オーダーを放つ。

 その内容は『全能力強化』――彼女のギフト【賦活者アクティベーター】をピースたちに分け与えたのだ。


「!? 速い……!」


 多少能力を強化したところで、とジュリエッタが思った瞬間。

 5体のピースが奇声を上げながら一瞬で間合いを詰めてきた。

 その速度はライズを使ったジュリエッタのような速さだ。もしもエコーロケーションを切っていたら、視覚でとらえきれずに不意打ちを許してしまったかもしれないほどである。


「くっ……!?」


 オルゴールの糸も間に合わない。

 ジュリエッタはその場から飛び退り攻撃をかわそうとする。

 だが、


「アンティ!」

「み、味方ごと!?」


 ジュリエッタが動こうとした瞬間にフブキがアンティを使い、飛び掛かったピースたちごと周囲一帯を氷漬けにし――


「【反転者リバーサー】!」


 味方諸共、炎へと巻き込んだ。


「ぐぅぅぅっ、ライズ《フレイムコート》!!」


 やはりヒルダを除けばフブキの能力が最も厄介だ。

 ジュリエッタにとって苦手な、『回避しようのない攻撃』を『継続的』に叩き込んでくることが出来るという点で、最も警戒すべき相手であると言える。

 アンティは強引に突破できないこともないが、【反転者】による炎の攻撃は防ぎようがない――炎属性防御フレイムコートで軽減するしかなく、また炎に包まれている状態では切り札の『全身をスライムに変化させての回避』がしづらくなる。


 ――どうにか早くフブキを倒したいけど……!


 それは相手も理解しているだろう。フブキの近くにはボタンもおり、生半可な攻撃を仕掛けてもプロテクションによって防がれてしまう。

 加えて炎→氷→炎……と切り替えていくことで、ジュリエッタの動きを封じ込めつつダメージを与えて削っていくという、地味ながらも非常に効果的な連携コンボが始まってしまった。

 それなりに使い勝手のいい火龍変化なども、フブキがいる以上使い物にならない。


 ――……どうする……!?


 考える時間はない。

 今まで培ってきた戦闘経験とユニットとしてのステータス、そして仲間たちから聞いたアビサル・レギオンの情報を元に、ジュリエッタは即座に次の手を考え出すことを迫られた。


「パイル・オーダー《アビサル・レギオン:痛覚遮断》」


 そんなジュリエッタの事情などお構いないなしに――否、理解しているからこそヒルダは畳みかける。

 フブキによって炎に包まれたピースたちへと『痛覚』を無くすオーダーを重ね掛けし、身体に炎を纏ったまま一斉にジュリエッタへと襲い掛かってくる。


「くそ……っ!」


 人間であれば普通はやれないような冷酷な作戦も、ピースはお構いなしにやってくる。

 この自爆じみた特攻のをジュリエッタはわかっている――が、防ぐことが出来ない。


「メタモル!」


 だからと言って抵抗しないわけにもいかない。

 フレイムコートで守りつつも右腕を竜巻触手へと変え、迫るピースたちを薙ぎ払おうとする。


「ふひひっ……【反転者】!」


 殺到するピースごと、ジュリエッタたちを包む炎が氷へと変わった。


 ――やっぱりか!


 ジュリエッタの炎が凍らされただけならば強引に突破することは出来る。

 しかし、周囲のピースごととなったらそういうわけにはいかない――ピースたちはジュリエッタの動きを封じ込めるために敢えて凍ったのだ。それを砕かない限り逃げることは出来ない。

 少しだけ時間をかければ抜け出せるだろうが、それだけの時間を相手がくれるわけがなかった。


 ――エクレールが来る!!


 先の反省からエコーロケーションを使い続けていたジュリエッタには、エクレールがどこにいるのかがわかる。

 予想通り、動けなくなったジュリエッタへと向かって突進――棍棒を振りかざそうとしていた。

 動けなくなったジュリエッタを、凍り付いたピースごと打ち砕く……ピースたちは本当に自爆上等の特攻だったのだ。

 そんな非人道的……あるいは仲間を使い捨てる戦い方をするヒルダに思うところはあるが、ともかく今目の前の危機を脱しない限りここでジュリエッタの命運はほぼ尽きるだろう。


「させまセン!」

「オルゴール……助かる!」


 が、ここでオルゴールが動いた。

 彼女もピースたちの動きを見て何を狙っているのかは理解していたのだろう。

 すぐさま凍り付いたジュリエッタの周囲に糸を展開――幕屋テント状にして全方位を守ろうとする。

 とはいえ所詮は糸で作ったものだ、強度はそれほどでもなくエクレールの一撃を受け止めることは難しい――というより不可能だ。

 そんなことは本人が一番良くわかっているだろう。

 故にオルゴールの狙いは――


「! そこ――スレッドアーツ《クラッチ》!」


 糸の幕屋で全方位を守りつつ、オルゴールからは見えないエクレールの位置を探る。

 そして、エクレールが攻撃を仕掛けた瞬間に糸を解いて再展開、棍棒だけでなくエクレールの全身を絡めとって動きを封じる。これがオルゴールの狙いだ。

 危うく無防備な状態で致命的な一撃を食らいかけたジュリエッタだったが、オルゴールのおかげで窮地を免れることはできた。


「これで……5体!」


 オルゴールの作ってくれた貴重な時間が、ピースたちの運命を決めた。

 自身の氷を砕いて脱出すると同時にジュリエッタが竜巻触手を振るい、凍り付いたピースたちを至近距離から薙ぎ払う。

 ……ユニットが食らえば体力次第ではあるが一撃必殺ともなりかねない竜巻を、全身が凍り付いた状態で受けたらひとたまりもない。

 動きを封じるために凍っていたピースたちは抵抗することもできず、竜巻触手によって砕かれ、光の粒子となって消滅していった。




 2対13が2対8へと変わった。

 それもジュリエッタたちはそこまでダメージを受けている状態ではなく、逆に相手側は電撃触手によってヒルダ以外はある程度削れている状態である。

 それでも一気に戦いが有利になった――わけではない。

 ヒルダの群衆命令魔法マス・オーダー、更に追加命令魔法パイル・オーダーによってピースたちは強化され、『数の差』を埋めるだけのジュリエッタのアドバンテージ――『戦闘経験』をステータスの暴力で補っているためだ。

 人数が減ったことにより、ようやく最初の状態に戻った……といった感じではある。

 そのことはジュリエッタ自身も理解していた。


 ――……ヒルダの能力、聞いておけば良かったかな……。


 流石にアンジェリカたちに聞けるほど無神経ではなかったが、この状況においては聞いておいた方が良かったと後悔してしまう。

 もっとも、ゲームオーバーになったヒルダがよみがえったことが異常事態なので、それを予測して聞いておくことなど誰にも出来なかっただろうが。

 基本となるオーダーの他に、複数人に命令を掛けられるマス・オーダー、加えて追加で新しい命令を加えられるパイル・オーダーを持っているのだ。マス・オーダーについては以前使っていたので知ってはいたが、パイル・オーダーは初見であった。


 ――流石にこれで打ち止め……持ってても後1個くらいだろうけど……。


 これ以上新しい魔法を持っていないとは言い切れない。

 何にしても今わかっている3種類のオーダーだけで十分厄介な相手なのに変わりはないのだ。

 強化の重ね掛けによりステータスが上昇したことで、人数が減っても戦力的には変わりはない――そういう状況だった。ここから更にステータスが上げられたらますます不利になっていく。

 その上、フブキ・ボタンといった能力は判明しているものの同じく厄介なのも残っている。

 依然として戦いは楽になっていない。


 ――……が大切。だからまずは……。


 ここまでの攻防でヒルダを真っ先に倒すのは無理がある、とは理解できていた。

 確かにヒルダを倒せさえすれば、各ピースたちへの強化命令も解除されて戦いやすくなるのは間違いないだろう。そうなれば1体ずつ倒していけば済む――それでも尚エクレールだけは能力も全てが判明しておらず油断ならない相手なのだが……。

 だからヒルダから倒すのは大人しく諦め、周囲のピースを手早く片付けていくことに専念する。

 その時に重要となるのが、『誰から倒すか?』という点だ。

 先程のように纏めて一気に倒せるのであればそれに越したことはないが、相手がよほどの馬鹿でもない限りは同じ手は通じないだろう。下手に味方を凍らせてしまったら、それだけジュリエッタたちにとってはチャンスになると学習しているはずだ。

 纏めていけるタイミングがあればそれを見逃さず、1対ずつ確実に倒す――そしてジュリエッタが優先的に倒したい相手は……。


「ふん、仕損じたか……まぁよいわ」


 仲間を犠牲にしてもジュリエッタを倒すことは出来なかったが、それでもヒルダは全く動じている様子はない。

 果たして前のヒルダがどのような性格だったのか、それはジュリエッタの知るところではないが――少なくともアンジェリカ実妹や『EJ団』の仲間を犠牲にするような戦い方は好まないだろう。事実、ジュリエッタと戦った時にはそのような戦い方はしなかった。


「オーダー《オルゴール:エクレールを離せ》」

「クッ……」


 強引に突破させられないこともないだろうが、ヒルダはオーダーでエクレールを解放させる。

 解放されたエクレールは再びギフトの効果で姿が消えていく。


 ――オルゴールがいてくれる意味は大きい。いなかったら、ジュリエッタはやられていたかもしれない。


 マス・オーダーでそれぞれ別の命令を行うことは出来ない。

 だから『動きを止める』だけだとオルゴールの糸で封じられたピースを解放することは出来ないのだ。もちろんパイル・オーダーで重ね掛けすればそれも叶うであろうが、そうなると今度は前の『動きを止める』命令に抵抗されてしまうだろう。

 オルゴールが動きを封じることで、ヒルダのオーダーを制限出来ているのだ。これがなかったら、パイル・オーダーでジュリエッタは完全に詰みに陥っていたはずだ。


「オルゴール! 絶対にこっちに近づかないで、そこから援護を!」

「! わ、わかりまシタ!」


 最悪なのはこちら側の人数が減ること、そして二人纏めて動きを止められたところで撃破されることだ。

 そうならないように、とにかくオルゴールとは距離を開けて戦うしかない。

 敵の攻撃がジュリエッタ一人に集中することは承知の上で……。


「ライズ《アクセラレーション》!」


 は決まった。

 後はそれを実行するのみ。

 オルゴールの援護は彼女の判断に任せ、とにかくジュリエッタは自身の戦闘に専念する。

 加速からの突撃で一気に肉薄しようとする。


「アンティ!」


 が、幾ら速度を上げてもアンティで凍らされたら意味がない。

 フブキの反応速度にもよるが、アクセラレーションの加速であれば対応は出来るようだ――これが更に距離が詰まっている状態ならば話は別だが、そうならないようにフブキも立ち回っている。

 名も知らぬ2体のピースのうち、1体が接近。ジュリエッタへと手を翳す。


「ライトニング!」

「ぐぁっ!?」


 その手から放たれたのは雷撃――雷光魔法ライトニングという、シンプルながらも強力な能力だった。

 今まで使って来なかったのはヒルダの指示だろう。フブキの『氷』と『炎』を警戒させつつ、機会を見てノーガードだった電撃で攻撃させるというものだ。

 ジュリエッタも雷防御サンダーコートを使っておらず、まともに電撃を浴びて体力を大幅に削られる。


「パイル・オーダー《フブキ:魔力強化》――やれ」

「ふひひっ! きたきたきた、来ましたよぉぉぉぉっ!」


 ――ここから更に魔力を上げた!?


 既にステータス強化を受けているというのに、パイル・オーダーで更に上昇。

 湧き上がる力にテンションが上がっているのか、おかしな笑いを浮かべてフブキが極大魔法を解き放つ。


「ふふっ、プロテクション《イグルー》!」

「ウェザーリポート《アイスエイジ》!」


 瞬間、フブキを中心に超低温の空気が発生――周囲一帯を何の前触れもなしに氷結地獄……名前通りの『氷河期アイスエイジ』のように一変させる。

 天候操作魔法ウェザーリポート……フブキの持つ魔法の中では、最も規模の大きなものだ。

 その効果はシンプルにして規格外。『一定範囲内の天候を自在に変化させる』というものである。

 ただし、規模の大きさに比例して消費魔力もまた桁外れに多く、せいぜいがエル・アストラエアでガブリエラたちに使ったような局所的に雪を降らせる……程度が限界であった。

 それをヒルダの能力で強化され、周囲一帯を氷漬けにするくらいの威力にまで拡大している。

 もちろん全力で魔法を放ったら《バエル-1》で戦っているジュウベェたちにまで影響が及んでしまうため出力は絞ってはいる。そしてヒルダたちが凍らないようにボタンの《イグルー》で防御している――先程ジュリエッタに《ライトニング》を放ったピースは守られずに同様に凍り付いてしまっているが。

 ――フブキの魔法の潜在能力ポテンシャルは恐るべきものがあるが、それ以上にヒルダの強化能力の方がより驚異的と言える。


「さ、さぁエクレールさん、やっちゃってください!」


 それはともかく、避けようのない広範囲への凍結攻撃でジュリエッタの全身は凍り付いてしまっている。

 この氷を【反転者】で炎に換える、ということも出来るがフブキはそれをしなかった。短時間であればジュリエッタは《フレイムコート》で炎に耐えることが出来てしまうので、それならば自由に身動きが取れないよう凍らせたままの方がよいという判断だ――そしてその判断は間違いではない。

 フブキの命令に従った、というわけではないだろうが姿を隠していたエクレールがジュリエッタに向けて動き始める。

 氷を砕いて動けるようになるまで、わずかな時間しかかからない。

 しかし、そのわずかな時間でエクレールは凍り付いたジュリエッタを容易に砕くことが可能だ。

 今度こそとどめを刺せる――フブキたちはそう思った。


「……メタモル」


 しかし、でジュリエッタに勝てるはずもなかったのだ。

 周囲を氷に囲まれたジュリエッタが、動き出す。


「な、なんでっ!?」


 フブキたちはジュリエッタの能力を正確には把握していない。

 ……いや、仮に能力の性質を正しく理解していたとしても、までは把握することは不可能だろう。

 かつて『凍龍』をはじめとした極寒の世界のモンスターをジュリエッタは吸収していた。

 それは単に『寒さに強い』だけを意味しない。

 中には、氷を砕いて突き進むモンスターもいたのだ。

 今ジュリエッタはそれらのモンスターの力をメタモルで再現、自身を包み込む氷を物ともせずに砕いて動く。


「ライズ《■■■■■アップ》、メタモル」


 氷に埋もれているため聞き逃したが、『何か』を強化しつつ更にメタモルを重ね掛ける。

 瞬間、ジュリエッタの胸が大きく膨らむ。

 正確には胸部が風船のように不自然に膨れ上がったのだ。


「……いかん。エクレール、下がれ! 貴様らも――」


 いかなる攻撃をしようとしているのか、ヒルダには読めたのだろう。

 エクレールを下がらせつつフブキたちに『ある指示』を出そうとしたが、それよりも早くジュリエッタの『攻撃』が発動した。




「わ!」




 ――それは、ただの『大声』だった。

 ただし、周囲の氷を吹き飛ばし、更にピースたちへと物理的な衝撃を伴うほどの『大声』である。


「ぎゃっ!?」

「くぅっ!?」


 ヒルダの指示が届くよりも早く、ジュリエッタの放った大声――否、衝撃波がピースたちを襲う。

 『音』とは、要するに『空気の震動』だ。

 ジュリエッタがやったことは、普通ならばただの騒音で済むような大声を、『物理的な暴力』にまで引き上げたことである。

 ゲーム等で想像するような『音波攻撃』とも違う。

 純粋に、騒音による大気の震動を極限まで高めた、見えない衝撃波での攻撃を行ったのだ。


「お、のれ……!」


 咄嗟に構えて踏ん張ったヒルダは辛うじて耐えられたが、不意打ち気味に食らったフブキたちはまともに衝撃波を浴びて吹き飛ばされている。

 エクレールでさえ、後ろに下がらされ、片膝をつくほどの威力だ。ジュリエッタの近くに接近して凍り付いていたピースに至っては、粉々に砕け散って消滅している。

 予備動作が大きくそう何度も使える技ではないだろう――避ける指示よりもオーダーで止めてしまった方が良かったとヒルダは後悔するが、後の祭りである。

 二度目は早々通じない、とは言えこの一度で十分アビサル・レギオンにとっては致命的な一撃となった。


「う、うぅ……この……!」


 《イグルー》で囲っていたために衝撃波そのものの威力は大分減衰されてはいたものの、衝撃に備えていなかったためにボタンも大きなダメージを受けている。

 ふらつく頭で必死に反撃をしようと試みる。

 使うのは《ニードルインジェクション》――目で追うのも困難なほど小さな『針』型にしたプロテクションを飛ばし、突き刺さった相手を内部から爆散させる凶悪な魔法である。


「プロテクション《ニードル――!?」


 メタモルで再生可能なジュリエッタを一撃で仕留めることは出来ずとも、大きなダメージを与えられることは間違いない。

 狙いを絞り、魔法を放とうとしたボタンが


 ――……し、しまったぁぁぁぁぁぁっ!?


 戦っているのはジュリエッタだけではない。

 背後にはオルゴールが控えていたのだ。

 そして、自分が宙を舞っている理由は、左足首にいつの間にか巻き付いていた『糸』を見て理解した。

 ――戦闘経験の差、ジュリエッタたちとアビサル・レギオン間の致命的な差はやはりそれに尽きるだろう。

 目の前の相手、そして危機に集中するあまり、ボタンの意識からオルゴールへの警戒が薄れてしまったいた。

 そうなることをオルゴールはひたすらに待っていたのだ。

 全てはこの時のため――ヒルダたちを除いてを仕留めるために。


「い、いやぁぁぁぁぁぁ――」


 そのまま抵抗することも、仲間からの助けも間に合うことなく、ボタンは《バエル-1》から地面へと向かって放り投げられ落下していった……。




「ナイス、オルゴール」


 事前に打ち合わせをしたわけでもなく、それでもジュリエッタが思った通り『まずはボタンを倒す』という動きをオルゴールはしてくれた。

 フブキのアンティやウェザーリポートも厄介だが対処は充分可能だ。

 しかし、ボタンのプロテクションだけは力技以外での解決方法が思いつかなかった。

 その力技もプロテクションであれば大抵は防ぐことは可能だったため、ジュリエッタは敢えて相手の攻撃を受けて『倒せる』と思わせるまで追い込まれてみせたのだ。

 目に見えない攻撃であればボタンのプロテクションも間に合わずに当てられると思った。実際に予想外の衝撃波をボタンは防ぎきることが出来ずにダメージを受けた。

 それで倒せれば問題なかったが、ボタンは生き残ってしまった。

 二の矢を撃とうと考えたものの、同じことを考えていたオルゴールが糸でボタンを放り投げてくれたおかげで片が付いた。


「……ガブリエラたちの方に落ちちゃったかな……? まぁ大丈夫かな」


 プロテクションを駆使すればもしかしたら地上へと落下しても生き残る可能性はあったが――今は考えないでおく。

 どちらにしろ、『力技で何とかするしかない』相手であれば、ガブリエラのパワーで何とか出来るだろう、と信じておくことにする。


「残りもすぐ片づける」


 落ちて行ったボタンのことはすぐに意識から追いやり、ジュリエッタは残るピースたちを睨みつける。

 自分たちの末路がどうなるかを悟ったフブキたちは顔を青くし震えあがるが……。


「くくく……」


 その中でただ一人、ヒルダだけは顔色を変えずにほくそ笑んでいた。

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