第9章2節 BITE THE DUST
第9章7話 少数と多数
■ ■ ■ ■ ■
『獣』は軛より解き放たれる――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結末から先に述べる。
オルゴールの助けがあったとは言え、数倍にも及ぶ数の敵と戦ったのだ。
ましてや相手はモンスターではなく、ユニットと同等の力を持つピースである。
それも、いずれも自身の意思と思考能力を持つ
もし同数のユニットと戦闘になったとして、普通ならば勝てるわけがない。いや、勝つどころか本来ならば勝負にすらならない――一方的な蹂躙で終わる程の戦力差であった。
だというのに――
「……ふん。威勢は良いが――果たしていつまで続くかのう? かかれっ!」
ヒルダの号令の元、エクレールを除く10体のピースが一斉にジュリエッタへと襲い掛かる。
「オルゴールは下がって援護!」
思わず前へと出ようとしたオルゴールの気配を察し、ジュリエッタは振り返らずにそれだけ言うと向かって来るピースたちを迎撃しようとする。
――流石に無茶が過ぎる。
オルゴールはそう思ったし、ジュリエッタの言葉を無視して前へと出ようとしてしまう。
だが、その瞬間に、
「アンティ!」
「くっ……!?」
フブキの放つ
こちらの足止めを行う魔法がヒルダのオーダー以外にもう一つ増えてしまった……しかもオーダーよりもより確実な、破る術がない魔法だ。
ジュリエッタがなぜオルゴールを下がらせたままにしたのか、意図を理解する。
――……下がらざるを得ませんネ……。
アンティの詳細については、以前戦ったウリエラから聞いている。
速く動けば動くほど凍らされるという魔法だ。しかし、範囲が回避不能というほど広いわけではない。ある程度距離を保っておけば凍らされる心配は大分減るだろう。
接近戦を仕掛けるしかないジュリエッタは避けようがないが、それでも離れた位置からオルゴールが補助できるのであれば早々致命的な攻撃を受ける心配はない……はずだ。
最悪なのは二人とも動けなくなってしまうことだ。そうなったら停止から立ち直る前に纏めてとどめを刺されかねない。
故に、ジュリエッタは無茶を承知で一人で前に出て、全ての攻撃を自分自身で受け止める気なのだ。
そうオルゴールは理解した。
……その理解が
――見た感じ、近接系はもういない……かな?
襲い掛かる10体のピースを前に、闘志は衰えず、しかし頭は冷静にジュリエッタは『視』ていた。
最初に倒したリオナ以外、見たことのないピースを含めて近接格闘が得意そうなものはいないように見えた。
迫っては来るものの、どいつもジュリエッタの得意な間合いにまで踏み込んでこようとはしない。
距離を詰めつつ、射出系の魔法を放って追い詰めようとしている――そうジュリエッタは『視』た。
――大丈夫、いける。
最初にリオナが吶喊してきてくれたのは幸運だった。リオナ本人にとっては不運ではあったろうが、ある意味自業自得だ。
ジュリエッタが一番恐れるのは、近接系がジュリエッタへと肉弾戦を仕掛けて動きをくぎ付けにしつつ、遠距離系が死角から攻撃してくるという単純ではあるが対処しづらい攻め方である。
いかにジュリエッタといえど、目の前で敵に肉薄されている状態で死角からの攻撃を見切って回避する、ということは難しい。
もっとも、今回に限って言えば死角をカバーしてくれるオルゴールという味方がいるのだが。
だからこそジュリエッタは結論付けた。
と。
もちろん油断や慢心などからではない。
相手の人数、遠近からの予想される攻撃、そして何よりもジュリエッタを囲む陣形からの判断だ。
加えてオルゴールのカバーがあれば――オルゴールへの攻撃を優先されないこと前提ではあるが――なんとか出来るはずだ。そうジュリエッタは考える。
「……来い!」
恐れなど一切見せず、ジュリエッタがピースたちを挑発する。
だが、ジュリエッタの予想を裏付けるかのようにピースたちは積極的に向かってこようとはしない。
それが見せかけだけなのか、あるいは本当に近接格闘が不得手なのかはまだわからないが、
「……来ないならこっちから行く」
長々と時間をかける意味はない。
宣言通り、ジュリエッタ自らピースの中へと飛び込んで乱戦に持ち込むまでだ。
……ジュリエッタがそうするしかない、というのはヒルダにもわかっていた。
時間稼ぎをして有利になるのは、明らかにアビサル・レギオンの側である。ナイアへの加勢は考えるが、相手側に加勢をさせないという方がメリットとしては大きい。
ジュリエッタにそれがわからないわけはない、とヒルダは考え、故にジュリエッタは時間をかけようとはせずに短時間で決着をつけようとしてくるだろうと予想していた。
……もっとも、『時間がない』という事情は加勢云々を抜きにしてもラビたち全員に課せられた事情ではあるのだが。
――ふむ……思った以上にやりおる。
圧倒的な数の差があるというのに、戦いは互角に進んでいるようにヒルダには見える。
本来ならば絶対にありえない事態だ。
加えて今は目立った援護をしていないものの、オルゴールも控えているのだから、このままの戦いを続ければピース軍団の方が負けるというヒルダにとって最悪の結末を迎えかねない。
……にも関わらず、ヒルダは焦ってはいない。
適度にオーダーでジュリエッタの動きを止めて妨害しつつ、自身のギフト【
が、それが『本気』でジュリエッタを倒す動きには到底見えない。
――ま、時間稼ぎはお互いするつもりはないじゃろうが……
ヒルダには『勝算』があった。
そうでなければ、わざわざ復活したピースを
――重要なのは、
己の横に立つ沈黙の巨人・エクレールをチラリと見て、ヒルダは内心でそう思う。
少し離れた位置から糸での支援を行っているオルゴールもまた、ジュリエッタの思惑を理解してはいた。
ヒルダと異なるのは、オルゴールにはヒルダの考えがわからないというのと、いざという時の『切り札』がないということだ。
――……妙ですネ……?
オルゴールもヒルダの動きの不自然さには気付いていた。
ピースの大群をけしかけてジュリエッタを囲んで倒そうという意図はわかる。仮にオルゴールがヒルダの立場だったとして、『敵』と戦うのであれば数の有利を最大限に活かして戦おうとするだろう。
しかし、『仲間』としての贔屓目を抜きにしても、戦いは互角――いやジュリエッタ優勢で進んでいるようにしか見えない。
厄介なのはヒルダのオーダーとフブキのアンティで動きを止められるケースだ。タイミング次第では糸で引っ張るのが間に合わない時がある。
その場合はジュリエッタを動かすのではなく、ピースの方を糸で妨害するという手で何とか出来はする。
ピースたちもオルゴールの支援が邪魔なのはわかっていつつも、ジュリエッタから狙いを逸らしてオルゴールを攻撃しようとはしない――そうしようとした瞬間、ジュリエッタに背後から襲われて終わり……となることはわかっているのだろう。
オルゴールもそうなるように仕向けるために、敢えて距離を取ってすぐにピースが襲い掛かってこれないように位置取っているのだから。
――エクレールも動かさナイようですシ、まだ『何か』隠していマスね……。
時間と体力・魔力の消費は避けられないが、このままのペースで戦い続けていればいずれヒルダとエクレールを除くピースはジュリエッタによって倒されるだろう。
そうなれば『数の有利』が完全に消え失せてしまい、ヒルダにとっては不利にしかなならないはずなのだ。
……そんな簡単なことがわかっていないとは到底思えない。
だから何かしらの狙いがあるのだろうとは思うが、その正体まではわからない。
何しろヒルダたちピースの能力自体が不明なのだ――特にナイアによって『チート』が加えられていたら、エル・アストラエアで遭遇したピースに関しても新たな能力が付与されている可能性さえある。
――……今は支援に徹するしかナイようデスね……。
ラビたちの目的は理解しているし、それに協力しようという気持ちにも偽りはない。
ここで時間を浪費したくはないが焦ってオルゴールまでもが前に出てジュリエッタ共々『罠』に嵌るということだけは避けたい。
焦る気持ちはないわけではないが、それを抑えてオルゴールは離れた位置からいつでも対応できるように油断なく全体を見張る――
「あ、アンティ!」
迫るジュリエッタに恐れをなし、フブキは得意の
この魔法の詳細はジュリエッタも聞いている。素早い動きで敵の懐に潜り込んで強烈な一撃を放つ、というジュリエッタの戦闘スタイルとは非常に相性が悪い魔法だ。
ゆっくりと動けば凍らない……とは言え、それでは相手に逃げられてしまう。遠距離攻撃手段に乏しいジュリエッタにとっては猶更だ。
凍り付き動きの止まったジュリエッタに向けて、3体のピースが三方向から魔法を放つ。
アンティの直前、ヒルダのオーダーで動きが止められたものの、それをオルゴールの糸で引っ張り無理矢理動かした状態だった。
ということは、アンティによって糸までもが凍り付いている状態だ。すぐさまジュリエッタが動くことはない、と判断したのだろう。距離を詰めての強力な一撃を放とうとする。
「……ライズ《フレイマブル》、メタモル」
だが、その考えは余りに迂闊だった。
ジュリエッタは自分自身に
瞬間、アンティの氷は溶け出しジュリエッタはすぐさま動けるようになると、
「メタモル《
雷撃を周囲に放つ。
迂闊に近寄ってきていた3体はまともに電撃を浴び、その衝撃で吹き飛ばされて倒れ伏す。
「びゃあああああっ!?」
「プロテクション《サンダーシールド》」
離れていたフブキたちにも電撃は襲い掛かるものの、ボタンの
「……やりにくいなぁ、ほんと」
防御に徹し、オルゴール同様に戦況を見ていたボタンは嘆息する。
フブキとボタンについての能力はバレている――そしてジュリエッタたちは知る由はないが、エル・アストラエア戦から特に変わったことはない――のだ。以前直接戦っていなくても仲間内で情報の共有は出来ているのだろう、防ぎようのない能力ですら対策を考えられている。
アンティの弱点は『ゆっくり動くと凍らない』という点だけではない。『範囲内であれば仲間ですら凍る』という点にある。
ジュリエッタが乱戦に持ち込もうとしたのも、それを予想していたからだろうと推測する。
敵味方が入り乱れて戦う状況であれば、下手にアンティを使って動きを止めようとすると味方のピースまで凍り付いてしまう恐れがある。
そうなった時に困るのはもちろんピースたちの方だ。
――……それに、悔しいけど『戦いの経験値』の差が大きすぎる……!
ピースたちはその生まれの特性上、ほとんど『経験』を積んでいない。ユニットだった頃の記憶や経験は全てリセットされているため、ピースとして生まれ直してからの経験しか持っていない。
そしてナイアの企みの性質からして、『ゲーム』に積極的に参加してはいない。能力を測るために『ゲーム』に数度参加した程度であり、戦闘経験はほとんどないと言える状態だ。
その差こそが、数の差を埋めているのだと理解する。
戦いにおける原則――質と量では『量』の方が重要である、を覆すほどに、質の差が大きく開いているのだ。
「フブキちゃん、ギフト!」
「あ、え!? り、【
防御に専念しているが故に辛うじてボタンは指示を飛ばすことが出来ているが、それ以外のピースはジュリエッタの動きに全く追い付けていない。
それだけではなく、咄嗟の判断が
ボタンに言われて慌ててギフトを使うフブキであったが、時すでに遅し。
「ライズ《ミリオンストレングス》」
ジュリエッタは自分の身体を覆う炎が氷に換えられる前にすぐさま燃えている部分を切り離して前進、防御壁に守られた別のピースへと肉薄する。
「アンティ!」
今度こそ、とすぐさまアンティで動きを封じ、ギフトで炎に換えようとするフブキであったが……。
「こ、
アンティを使われた瞬間にジュリエッタはすぐに動きを停止。アンティをやり過ごす。
その代わり、迫られ逃げようとしたピースの方が凍り付いてしまい――
「ライズ《アクセラレーション》!」
最小限の動き――踏み込みからの腰の捻りだけで突き出した拳が、凍り付いたピースを殴り飛ばす。
これもまたアンティの弱点、連続して動きを凍らせることは出来ない。そして、アンティの効果時間は極めて短い――具体的には『魔法を発動した瞬間の運動エネルギーしか凍らせられない』を突いたものだ。
……もっとも、それが出来るのはジュリエッタくらいのものであろうが……。
「イリュージョンですぞ!」
「……む」
「ナイス、ルシオラちゃん!」
その時、形勢不利と見たルシオラが
更にギフト【
実際に離れて見ているオルゴールには全く見分けがつかず、糸での援護もジュリエッタに対してはともかくピースの妨害には迂闊に使えないと思ったくらいだ。
しかし――
「……ふんっ!」
「ぐへぁっ!?」
ジュリエッタは更にその場で踏み込み、幻覚に一切惑わされることなくルシオラへと体当たりを食らわせて弾き飛ばす。
「な、なぜ!?」
エル・アストラエアの戦いでは『幻覚だとわかっていれば痛くもかゆくもない』というとんでもない精神力でヴィヴィアンが幻覚を『無視』したことがある。
それと同じ理屈で幻覚の痛みを堪えることは出来たとしても、だからと言って的確に幻覚に紛れたルシオラ本体を攻撃することは出来ないはずである。
「お前の幻覚は、ジュリエッタには通用しない」
「……っ!」
尚も幻覚に隠れようとするルシオラの方をはっきりと見てジュリエッタはそう断言する。
ルシオラにとって不幸だったのは、ヴィヴィアンに引き続きジュリエッタという『幻覚の通用しない相手』と戦うことになってしまったことだろう。
もちろんジュリエッタの場合はヴィヴィアンのような精神力で幻覚を打ち破っているのではない。
得意の
たとえ目で見えていようとも、『音波』は誤魔化せない――もしもルシオラの能力がそこまで誤魔化せるように改造されていたら話は別だったろうが。
「全員纏めて薙ぎ払う!」
――経験の差が開いているのは自分も同じだった。
ボタンはそれを『痛み』を以て実感する。
ジュリエッタは先程出した
ただ電撃を放ってもプロテクションで防がれてしまう。
それがわかっていたからこそ、敢えて一度使って『防げる』というのをボタンに刷り込んだ後に電撃触手を使わずに体技でルシオラたちに対応。
裏でこっそりと電撃触手を伸ばして――エル・アストラエアでボタンがオルゴールにやられた時のような細い、見つけづらい触手へと変えて――宣言通りピースたちを纏めて薙ぎ払おうとしたのだった。
衝撃と閃光がピースたちを襲い、そして……。
「ふぅ……」
圧倒的優位にだったはずのアビサル・レギオン側で、今立っているのは離れた位置にいた
「!? なに!?」
その異常さにジュリエッタが気付くと共に、
「■■■■――ッ!!」
「がぁっ!?」
突如目の前に――確実に何もなかったはずの空間から、文字通り突如現れた棍棒の一撃を受けてしまうのだった……。
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