第9章8話 世界の命運をかけた決戦

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 午前5時を少し過ぎたところ――ラビの定めたタイムリミットまで1時間を切った。

 この残り1時間弱で、アストラエアの世界を巡る長い戦いに終止符が打たれることとなる――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 少し時は遡り、ラビたちが《バエル-1》へと乗り込むタイミングより少し早い時間――

 《バエル-1》より下方――ラグナ平原にて、破壊神群ラグナ・ジン・バランが緩やかに前進を始めていた。

 大きく円を描く陣形を崩さず、『移動要塞マグナ・フォルテ』6機がゆっくりと前進。それに合わせてマグナ・フォルテから改造されたラグナ・ジン・バランの兵器たちが放たれる。

 ……それは兵器と呼ぶにはあまりにも歪な、悍ましい姿だった。


 


 そうとしか呼びようのない、見知った現代兵器を模した物でも生物兵器でもないものである。

 妖蟲ヴァイス――ヘパイストスがとある『実験』のために異世界へと放った生物兵器をベースに、不要となった旧式ラグナ・ジン・バランの材料を用いて改造した半生物半機械の兵器……これこそがラグナ・ジン・バランの『最終型』であると言える。

 大きさから言えば兵器型や生物兵器型に比べれば大分小振りだろう。最大のものでもせいぜいが家屋くらいのものだろう。先日エル・アストラエアを襲った巨大ミミズや、『冥界』にいた大ムカデXS-01GBのような規格外の巨体はいない。

 種類も妖蟲に比べれば少ない。

 比較的高速で地上を這い回る甲虫型、速度は遅いがそれなりの巨体で一列になって進む芋虫型、人間大の大きさで鎌の代わりにレーザーブレードを備えた蟷螂型、最も巨大な背負った殻から幾つもの砲台が伸びている蝸牛型、そして空中を自在に飛行する蜂型と蜻蛉型……多少の大きさや所持している武装の違いこそあるものの、この6種類が大半を占めている。

 これらに混じってマグナ・フォルテを小型化した――それでも人間からしてみれば途轍もない巨体だが――小型移動要塞が複数存在している。


 マグナ・フォルテと小型要塞が『基地』としての役割を、鋼鉄妖蟲ラグナ・ヴァイスの群れが尖兵となり進軍・制圧を行う――そういう思想の軍団なのだろう。

 ラグナ平原を埋め尽くす勢いで放たれ、エル・アストラエアへと向かうラグナ・ジン・バランたち。

 上空から見たならば、『黒い津波』が襲い掛かってくるように見えたことだろう。

 もしエル・アストラエアに人々が残っていたとしたら、その有様に自分たちの終末を確信したであろう絶望的なまでの戦力差である。


 たとえこの世界の人間が全戦力を結集し迎え撃たんとしたところで、簡単に押しつぶされてしまうだけの――仮に結晶竜インペラトールたちが加わろうとも、もはやどうすることも出来ない戦力差なのは明白だ。

 そして200年前と異なり新たなインペラトールが生まれる可能性は少なく、またそもそもエル・アストラエアの住人たちは既にいなくなってしまっている。

 故に、この世界に残された最後の『神樹ジン・ディ・オド』が奪われるのも時間の問題である。




 ――しかし、そうはならなかった。




 平原の先頭を進むラグナ・ヴァイスの一団が、突然吹き飛ばされた。

 まるで地面ごと爆破するかのような強烈な一撃が放たれ、ラグナ・ヴァイスたちを襲ったのだ。


「ここから先へは行かせません」


 上空から急降下と同時に魔法を込めた一撃でラグナ・ヴァイスたちを吹き飛ばしたのは、ガブリエラであった。

 ラグナ・ヴァイスに果たして生物らしい意思があるのかはわからないが、それでも一撃で数十……いや数百にもなろう大群を薙ぎ払ったガブリエラに警戒したのか、進撃が止まる。


「みゃー……上の方でもそろそろ始まる頃合いみゃー」

「にゃー……こっちも間に合ったけど、ちょーっと数が予想よりも多いかにゃー」


 ガブリエラに続けて、ウリエラ・サリエラも空から舞い降りて来る。

 丁度この時、《バエル-1》へとクラスター爆弾が降り注ぎ始めた。

 三人は地上での戦いがメインになるとはいえ、クラスター爆弾の投下の手伝いはしていたのだ。主にウリエラの操霊魔法アニメートとサリエラの《洗練魔法ブラッシュ》を使い、クラスター爆弾を投げ込む……というものであったが。

 爆弾を投げ込んだと同時に、一気に地上へと降り本来の相手であるラグナ・ジン・バランたちの侵攻を食い止めようとしているのだ。

 魔力は消費したものの、ラビたちが《バエル-1》へと無事に乗り込むことこそが重要である。

 幸いなことにナイアの『遊び』によってラグナ・ジン・バランたちの侵攻は大分緩やかになっていた。爆弾を投げ込んでから降りて来ても十分間に合うほどであった。


「…………何の『色』も見えませんね。可哀想に」


 ラグナ・ヴァイス、そして背後にそびえるマグナ・フォルテから何を見たのか、ガブリエラは悲しそうに首を振る。

 その様子からおおよそのことは察したのであろう、ウリエラたちは顔を見合わせると小さく頷き合う。


「虫っぽく見えても、もう完全に機械になっちゃってるってことだみゃー」

「ま、たとえ生き物であっても今回ばかりは容赦も手加減もしてあげられないけどにゃ。

 ……りえら様」

「ええ、ウリュ、サリュ」


 ガブリエラが鍵型霊装を構え、その両脇をウリエラたちが固める。

 突然の襲撃に警戒したのか侵攻を止めたラグナ・ヴァイスたちであったが、ガブリエラたちを『敵』と見做したのだろう、向かう先をエル・アストラエアからガブリエラたちの方へと変更する。

 数万にも及ぶ鋼鉄の破壊神たちの視線が向けられても、ガブリエラは揺るがない。

 確固たる意思を込め、ラグナ・ヴァイスたちへと真っすぐな視線を送り、宣言した。


「一匹たりとも通しませんよ!」

「「もちろんみゃー/にゃー」」


 本来ならばガブリエラたち三人も《バエル-1》に乗り込んでピースとの戦いに参加した方が良かった。それは、彼女たち本人もわかっていることだ。

 『神樹』を守るという名目はあるが、正直なところラビたちにとって最優先目的である『眠り病』の解決――ナイアの撃破をより確実に達成するのであれば彼女たちの力は必要不可欠であろう。

 とはいえそれはこの世界を見捨てるという意味に等しい。

 異世界の存亡だから関係ない、と割り切れるほど彼女たちは冷酷になれない。特にガブリエラ撫子たちにとっては元ユーザーであるピッピに関わる問題なのだ、猶更無視することは出来ない。

 《バエル-1》へと向かわなかったことによりラビたちの戦闘が厳しくなるのは間違いない。

 だが、それでもラビたちはガブリエラたちの気持ちはわかっており止めることはなかった。

 ガブリエラたちもまた、自分たちの意を汲み送り出してくれたラビたちの気持ちもわかっている。


 故に、宣言通りただの一匹たりともエル・アストラエアへと到達させてはならない。

 ましてや『神樹』を奪われることなどもってのほかだ。


 そして何よりも、戦いの前にありすが言った『切り札』のためにも


 ガブリエラが己の霊装を掲げ、高らかに宣言する。


「この戦いの勝利を、我が主のために――アレルヤ!」

「「アレルみゃー/にゃー!!」」




 普通ならば戦おうと思うのが馬鹿らしいほどの戦力差を目にしても、ガブリエラたちに悲壮感はない。

 一方のラグナ・ジン・バランは――一斉にエル・アストラエアへではなくガブリエラたちの方へと殺到してゆくのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くふふ……ここらあたりで良いでしょうかぁ? えぇ……」


 ジュウベェが降り立ったのは、最初に待機していた場所に近い――《バエル-1》右翼側だった。

 移動しながら戦うというのも選択肢の一つとしてはあったものの、そうなった場合バイククロエラがいる分ジュウベェはかなり不利な立ち回りを強いられることとなっただろう。

 それで自分が負けるとは微塵も思っていないが、やはり戦うのであれば全力で戦いたい……そんな思いがあったのか、ジュウベェは途中からは自らの足で移動するようにしていた。

 不可解に思いながらも、無理に追撃を仕掛けることはなく――『塔』前面でのヒルダたちの戦いに乱入される方が困るからだ――ノワールを乗せたクロエラもジュウベェに着いて行く形になってしまっていた。


「ふむ、ここならば問題あるまい」


 右翼部とは言っても、足場としては充分広い。

 しかもルールームゥの一部、つまり霊装と同程度の強度なのでちょっとやそっとの攻撃では崩れることもなく、安定していると言えるだろう。

 もちろん、だからと言って淵から落っこちたら一巻の終わり、ではあるのだが。

 ノワールにしろクロエラにしろ、飛行可能ではあるものの《バエル-1》からの砲撃に晒される危険がある。落ちないにこしたことはないだろう。


「クロエラよ、助かったぞ」

「う、うん……」


 もはや竜体は無く、ノワールも仮体のまま戦うほかない。

 魔法能力に関しては大差はないが、やはり総合的な戦闘力という点では仮体の方が大きく劣っているのは間違いない。

 それでも己の不利を嘆くことはなく、ノワールはクロエラに感謝を伝えるとサイドカーから降り立ちジュウベェと向き合う。

 クロエラの役割は以降は他の仲間の援護だ。特にオーダーによって動きを止めることができるヒルダと戦っているジュリエッタが一番危ういと言えるだろう――戦闘力が未知数なエクレールも、ルナホークも、どちらも脅威ではある。

 当然ジュウベェもそれらに劣るわけはなく、むしろ最も危険な相手だとも言えるのだが……ジュウベェと対峙しているのはこの世界の守護者、その長であるノワールだ。

 ラビたちにとって、最も頼りとなる助太刀だろう。


「それにしても――

「……なに?」


 既にかわす言葉もなし、と二人は自然と構え、静かに戦闘は始まっていた。

 だが始まると同時にジュウベェはそうため息交じりに呟く。

 発言の真意がわからず眉をひそめるノワールだったが――


「抜刀 《瞬影剣》」

「ノワール!」


 それ以上は語らずジュウベェは抜刀――漆黒の刃を持つ魔法剣を生み出しそれを手に取る。

 クロエラが叫ぶも次の瞬間、ジュウベェの姿が


「!? がぁっ……!?」


 ジュウベェが消え、そしてノワールの両手両足が切り裂かれ鮮血が舞う。

 崩れ落ちるノワールの背後にいつの間にか移動してきたジュウベェが立ち、背後から首筋へと刃を当てる。


「えぇえぇ、残念ですとも……叶うならばの貴女と斬り合いたかったものですわぁ」

「くっ……!?」


 

 そのことをノワールは思い知った。

 元より万全の調子とは言い難く、また仮体の限界が近づいていたことも自覚してはいたが、それでもジュウベェ相手に戦いになるとは思っていた。

 だというのに、現実は全く異なる。

 不意打ちでもない、正面からの高速移動攻撃にも関わらずノワールは全く動きを捉えることも出来ずにあっさりと斬られてしまっている。

 文字通りの『戦いにならない』レベルの開きとしか言いようがない。

 ジュウベェは心の底から残念そうに、再度ため息交じりに呟く。


「残念ですが……貴女が『戦士』である以上、あたくし、斬らなければなりませんの。

 拍子抜けではありますがぁ、これもまた運命ですわぁ」

「……『戦士』、か……」


 大人しく首を差し出すつもりは全くないが、だからと言ってノワールがここから逆転することは不可能だ。それは本人が一番良くわかっている。


 ――戦いの一翼を担わされてこの体たらく……か。


 普段のノワールならば、自身の仮体に起きている限界に伴う異常に気付いたのであれば、ラビの作戦全体を瓦解させないためにも後方に引っ込むことも厭わなかったであろう。

 そうした方が作戦の成功率は上がる、それを理解しつつもノワールは敢えてジュウベェとの戦いに臨んだ。

 ……その結果が、手も足もでない、一方的な敗北で終わるとまでは思っていなかった。


 ――……我も『感情』的になりすぎたか……。


 そうなった理由は自分でもわかっている。

 ブランを斬ったジュウベェを許せなかったからだ。

 仇討ち、だけが戦う理由ではないが、少なくとも大きな理由を占めていることは自覚している。それゆえ『感情的』になりすぎたと思っているのだ。

 ……そうした感情的になってしまったが故の失態だ。

 自嘲の笑みすら浮かべることも出来ない。

 ラビの作戦を瓦解させかねないほどの、致命的な失敗を犯してしまったと言わざるをえない。

 にも関わらず、ノワールはそれでも感情に身を任せるという『賭け』に出たのだ。

 その賭けの成果は――


「……くふふっ、まぁ貴女がダメでも、他に斬り甲斐のある戦士はいらっしゃるようですしね。ヒルダがうるさいですし、そちらで楽しむことといたしましょう」

「……っ!?」


 少し離れた位置で動けずにいたクロエラが僅かに身を震わせる。

 ジュウベェの言葉の意味は深く考えずともわかる。

 相変わらず敵とみなされていない自分は放置しておいて、『戦士』であるジュリエッタとヴィヴィアンの方を先に狙うと言っているのだ。

 どちらも一筋縄ではいかない――勝敗の行方は全く分からない相手との戦いである。そこにジュウベェが紛れ込んだらどうなるかは、火を見るよりも明らかであろう。


「ではでは、その御命……頂戴いたします」

「……」


 ノワールは抵抗することなく、項垂れたまま目を閉じ、首へと振り下ろされるジュウベェの刃を受け入れようとする。

 『晶核コア』が本体であるとは言え、仮体で首を切り落とされれば流石のインペラトールであっても動くことは出来ない。

 『死』とは厳密には異なるが、徐々に――確実に『死』へと向かっていくことには変わりない。

 ジュウベェが刃を振りかぶった時、


「や、やめろ!!」

「……あら、あらあらぁ~?」


 爆音と共にクロエラがバイクで突進。ジュウベェへと体当たりを仕掛けようとする。

 カウンターで切り裂くことも出来たであろうが、クロエラの速さは脅威だ。下手をすると剣を振り下ろす前に撥ね飛ばされてしまいかねない。

 そう一瞬で判断したジュウベェはその場から飛び退り、クロエラ・ノワールから距離を開ける。


「……ふふふっ、怯えて震えていた子猫ちゃんに噛みつかれてしまいましたわぁ」


 それでもジュウベェはクロエラのことを『危険』とは思っていないのか、言葉通り『子猫にじゃれつかれている』程度にしか思っていない。

 余裕の、いや微笑ましいものを見るかのような笑みを浮かべている。


「クロエラ、其方……」

「ボ、ボクは……ボクは……!」


 咄嗟に飛び出してしまった理由をクロエラは自分でも理解していない。

 今にもとどめを刺されそうだったノワールを助けるため、他で戦っているジュリエッタたちにジュウベェを向かわせないため――理屈としてはそうなるだろう。

 けれども、それだけでは説明がつけられないほど、自分自身がジュウベェに『恐れ』を抱いていることもわかっている。

 それなのに飛び出した理由――それはクロエラには自覚は出来ていなかったが、横で見ているノワールには理解できていた。

 同様に、笑みを浮かべるジュウベェも。


「くふふ、えぇえぇ、いいでしょう。あたくし、『戦士』以外は斬りたくはありませんが――かといって『命令違反』まではするつもりはありませんとも。

 ですので――今度は貴女も斬りますわよ?」

「うっ……うぅ~……!!」


 エル・アストラエアの時とは違い、今度はクロエラを逃すことはない。そうジュウベェは宣言し、霊装へと手を掛ける。

 対するクロエラはノワールを背に庇い、震えながらも――それでも退くことはなかった。

 前の時のようにノワールに助けてもらうことはできない。

 当然、ジュリエッタたちの手助けも期待することはできない。

 今度こそ、クロエラはただ一人でジュウベェと戦わなければならないのだ。


「ボクは……ボクは、強くなるんだ……!」

「…………へぇ?」


 恐怖に震え、何も出来ない自分に対する自己嫌悪に苛まれ続けてきたクロエラだったが、それでも忘れていないことはある。

 圧倒的強者であるベララベラムと姉妹と共に戦ったことを。その時に感じた、確かな『手応え』を。

 そして何よりも、どんな強敵にも怯まず立ち向かい続け、今正に戦っている最中の仲間たちの姿を。


「ここで、おまえから逃げたら、皆に合わせる顔がなくなっちゃう……だから、ボクが絶対におまえに勝つ――勝ってみせるんだ!」


 仲間に合わせる顔がない――この世界の命運とそれぞれの因縁に決着をつけるために戦っている仲間たちがいるというのに、自分だけが逃げるわけにはいかない。

 仮に逃げて、それで最終的に勝ったとしても、仲間たちはクロエラを責めることはないとは思う。

 だからと言って仲間の優しさにこれ以上甘えていてはいけない。

 だからクロエラは震えながらも、恐怖の象徴ジュウベェへと立ち向かおうとする。


「――意気や良し。けれども」


 ジュウベェは相変わらず笑みを浮かべたままではあるが、その意味は今までと異なる。

 それは相対するに値する『敵』を前にした、『喜び』の笑みだ。


「それだけでは。えぇ、足りませんとも」


 だが、ジュウベェはやはり以前とは違いクロエラと戦う姿勢を今度は崩さなかった。

 逃げないし逃げられない――クロエラにとって己の『運命』を左右する戦いは、互いに避けられることなく始まる。




 ――ああ…………。


 前回とは真逆にクロエラに庇われる形になったノワールは、今度こそ自嘲の笑みを浮かべる。

 彼女自身がジュウベェに勝てるのであれば、本懐は遂げられただろう。

 ただし、それは『半分』でしかない。

 残り『半分』は、彼女自身の力ではおそらくどうすることも出来ない――果たして彼女の命が尽きるまでに果たせるかどうかは『賭け』の部分ではあった。

 ――その賭けに、ノワールは勝ったのだ。


「征け、クロエラよ……其方に纏わりつく悪しき『鎖』を断ち切るのは、今しかないぞ……」


 クロエラには聞こえないように、小さくノワールはそう呟いた……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 『ゴエティア』正面入り口での戦いは、ある意味で最も重要な戦いであると言える。

 黒晶竜の変じた結晶によって封じられているとはいえ、破壊不可能なわけではない。

 エクレールのパワーであれば破壊することは出来るだろう。

 もしそうなれば、ヒルダたちアビサル・レギオンのピースが『ゴエティア』内へと侵入することができるようになり、アリスの戦いに乱入してしまうことになる。

 ……もっとも、ルールームゥが《バエル-1》の形を自在に変えることができるので、ヒルダたちが後を追いかけるのは容易ではあるのだが。


 それでも、『ゴエティア』外の戦いにおいてここが最重要である理由は、ヒルダたちにとってではなくジュリエッタたちにとっての進入路がここしかないためだ。

 ルールームゥが完全に入口を塞ぐためには、結晶を取り除かなければならない。

 結晶を取り除き、ルールームゥが塞ぐまでの間であればジュリエッタたちも『ゴエティア』へと侵入することが出来る。


 ジュリエッタたちはアビサル・レギオンを排除して『ゴエティア』への侵入路を確保――場合によってはアリスたちの退路を確保しておきたい。

 ヒルダたちはそれを阻止したい――そしてアリスを追いより確実な勝利をものにしたい。

 いずれの思惑にしても、『ゴエティア』正面入り口である『ここ』を先に確保した方が優位に立つことは疑いようはないだろう。




「……オルゴール、援護お願い」


 敵はヒルダとエクレールの二人だが、実質『一人』と考えてよいだろうとジュリエッタは思う。

 ヒルダのオーダーは脅威だがオルゴールの補助があれば、糸で引っ張ってもらうなりで対処可能だ。複数人に命令するマス・オーダーは命令の強制力が通常のオーダーよりも落ちるため抵抗は難しくない。

 一瞬の足止めを食らった時にエクレールのパワーで追撃を仕掛けられないようにさえすれば良い――それが簡単に出来る相手であれば苦労はないのはわかっているが。

 オルゴールとは遠隔通話で作戦会議が出来ないのが面倒な点だ。声に出して話すしかなく、そうなるとヒルダに筒抜けになる恐れがある。

 短く、『援護』だけをお願いし後はオルゴールの判断に任せることにする――ヒルダの能力については共有済みだし、オルゴール自身も戦闘経験はそれなりにあるようで頼れることをジュリエッタはわかっている。


「かしこまりまシタ」


 オルゴールの方も短く応える。

 三方の戦いのうちいずれかの決着がつけば、それだけ戦況が大きく傾くことになる。

 いずれも劣らぬ難敵ではあるが、その中でもヒルダとエクレールのコンビが一番与しやすい……とも思える。

 二人のうちどちらかを落とすことさえできれば、ほぼ勝ちが決まることは間違いないだろう。エクレールの『意思』の無さは少々気にかかるところではあるが。


「ライズ《アクセラレーション》!」


 後はオルゴールの判断に任せた、とばかりにジュリエッタは速攻を仕掛けようとする。

 オーダー解除からの立ち上がりの速さも考えれば、最適なのは《アクセラレーション》による加速を続けて相手の狙いを絞らせないことだ。

 仮に止められたとしても、先に考えた通りオルゴールの補助さえあれば短時間で凌ぐことが可能――

 このことは言葉にせずともオルゴールもわかっていた。だから、オルゴールは前へと出ることはせずに距離を離しつつ、ジュリエッタの足首に見えないくらい細い糸を絡みつかせていつでも引っ張れるようにしていた。

 ――しかし、ヒルダの考えは二人の想像の範囲外のものであった。




「オーダー《ジュリエッタ:停止せよ》! エクレール!」

「ジュリエッタ!」


 予想通りヒルダのオーダーでジュリエッタの動きが止まる。その一瞬を狙ってエクレールが攻撃を仕掛けようとするが、それよりも早くオルゴールが糸を引き退避させようとする。

 だが、


!!」

「ナッ……!?」


 ジュリエッタを引っぱる糸が

 動きの止まったジュリエッタに対してエクレールの棍棒が振り下ろされる。


「メ……タモル!!」


 ギリギリのところで自力でオーダーに抵抗、ジュリエッタは全身をスライムへと変えて棍棒の一撃を回避する。

 それだけで終わらせることはもちろんなく、すぐさまヒルダへと向かおうとするが……。


「プロテクション!」

「くそっ……!?」


 飛び掛かるジュリエッタの一撃を光の壁が阻む。


「ジュリエッタ、退いてくだサイ!」

「……」


 攻撃は失敗に終わった。

 退くことそのものにもリスクはあるが、敵のど真ん中で一人踏ん張るには流石に分が悪すぎる。

 ジュリエッタは大人しくその場から離れ、距離を取る。

 ヒルダとエクレールは追うことはせず、その場で悠然と構えたままそれを見送った。


「……今のハ……」

「うん、どちらも覚えがある」


 再度合流した二人だが、状況が大きく変わった――それもジュリエッタたちにとってとてつもなく不利な方向へ――ことを理解していた。

 予想しなかったわけではない。

 しかし、このタイミングで来るとまでは考えていなかったのだ。


「ふん、しくじりおったな、


 ヒルダの言葉に呼応するように《バエル-1》の床下から真っ白い雪ん子――フブキが姿を現す。


「ひ、ひぃぃん!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!」

「まぁまぁ、ヒルダちゃん。今のはタイミングも悪くなかったし……運が悪かっただけと思おうよ」


 フブキに続いて今度は和傘を持った和装の少女――ボタンが。

 更に、次々と《バエル-1》内からピースたちが現れて来る。

 直接対面したことはないが仲間から話を聞いていたルシオラ、リオナの他、見たことのないピースたちが続々とヒルダの元へと集う。


「こいつら……」

「……まさか、ワタクシたち相手に全員で……!?」


 ヒルダ、エクレール、フブキ、ボタン、ルシオラ、リオナの6名と、初見のピースが更に7名。

 総勢13名のピースがジュリエッタたちの前へと現れたのだった。

 ジュリエッタたちは悟る。

 この場で確実な勝利を得るため……そのためだけに、ヒルダは今までピースを温存していたのだと。

 2対13――いかに実力差があろうとも、この数の差は埋めがたいものがある。

 ヒルダは明確に理解していた。


 


 その真理を。

 だからこそ、三方の戦場のうちこの場を速やかに、そして確実に勝利するために、復活したピース全てを一か所に投入したのだ。


「ジュリエッタとやら、貴様何やらワシに思うところがあるようじゃが……」


 絶対的に優位に立ったとはいえ、ヒルダは勝利を確信した笑みなど浮かべない。

 油断していない、というわけではない。

 彼女にとって戦闘とはただの『作業』に過ぎない。

 さっさと片づけ、次の『作業』へと移る――ヒルダにある感情はそれだけなのだ。


「生憎とワシは貴様にのでな。手堅く、手早く片付けさせてもらうぞ」


 この数をぶつければアリスの侵入も防げたかもしれない。

 それをしなかったのがナイアの気まぐれ遊びに過ぎないのは、今痛いほどジュリエッタたちは実感していた。

 ラビの作戦が元より完璧だったとは本人も含め誰も思っていなかったが、こちらの想定以上に相手の戦力は圧倒的すぎた。


 ――……でも、チャンスは生まれた……。


 相手の気まぐれの結果ではあったが、アリスは『ゴエティア』内部へと突入することは出来た。

 であれば、今ここにいる13人を相手にする必要もなくなったのだ。やはりチャンスであることには間違いない。


「おいおい……ヒルダよぉ。かったるいことしてねぇでさっさと終わらせるぜ?」

「む……リオナ」


 戦斧の霊装を持つ赤毛の女性――リオナが挑戦的な笑みを浮かべ、一歩前へと出る。

 赤いアマゾネスと言った見た目通り、自身の戦闘力には自信があるのだろう。

 数の優位もあり、明らかにジュリエッタたちのことを見下しているのがわかる。

 彼女のギフトは【襲撃者レイダー】――自身から攻撃を仕掛けた場合にステータスに大幅な強化を与えるというものだ。

 先手を取った際の破壊力は他のピースやユニットを大きく上回ると自負している。


「…………」

「へっ、この数見てブルっちまってるじゃねぇか、あのおチビちゃん」


 少し俯いたようなジュリエッタは黙して語らず。

 ――当然、ジュリエッタを知るものであればそれが恐れや怯えなどではないと気付くのではあるが。


「全く……クリアドーラのヤツに美味しいとこ全部かっさらわれちまったんじゃ溜まったもんじゃねぇぜ。あの黒い竜女にもやり返してやりてぇしな。

 ――だから、さっさと終われやチビ!!」


 叫ぶなりリオナはジュリエッタへと飛び掛かる。

 【襲撃者】によってステータスが爆発的に上昇、ライズを使ったジュリエッタもかくやというスピードで強襲をかける。

 事実、隣で見ていたオルゴールは咄嗟に対処できず、糸での防御が間に合わず――

 俯いたジュリエッタへと戦斧が振り下ろされる。




「ライズ《ビリオンストレングス》」




 ゴズン、と重いものが叩きつけられる音と共に、リオナがジュリエッタの目前で地面に倒れる。

 ――否、地面に叩きつけられる。


「……馬鹿者めが」


 吐き捨てるヒルダ。

 何が起こったか目で追えたわけではないが、想像はつく。


「…………」


 地面に叩きつけられたリオナの顔面が、くっきりと拳の形に凹んでいた。

 起こったことはそう複雑ではない。

 飛び掛かって来たリオナに対し、ジュリエッタは腕力強化ビリオンストレングスした拳を顔面に叩きつけ、更にその勢いのまま地面へと振り下ろしたのだ。

 何が起こったのか本人はきっと理解すら出来なかっただろう。

 たった一撃で顔面を砕かれたリオナの姿が光の粒となって消え去っていった。


「ジュ、ジュリエッタ……?」


 全く見切ることが出来なかったリオナの動きを、ジュリエッタは見切ったのだろう。

 見切った上でカウンターを仕掛け、たった一撃で仕留めたのだ。


「ごちゃごちゃうるさい」


 俯いていたジュリエッタが顔を上げ、真っ直ぐヒルダたちの方へと目を向ける。

 その顔には圧倒的不利を嘆く様子も、玉砕覚悟の悲壮感もない。

 ただそこにあるのは――


「全員纏めて相手してやるから、かかってこい」


 全てを威圧するかのような燃え滾る『戦意』であった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アストラエアの世界を巡る、ラビとナイアヘパイストスの戦いは終局へと至ろうとしている。

 この戦い――『ゲーム』の枠を逸脱した超越者同士のぶつかり合いの勝者こそが、『ゲーム』の勝利へと王手をかけるのは疑いようがない。それだけ、両者の戦力は他を圧倒するだけのものを持っていた。




 それぞれの思惑と因縁が絡み合う中、彼女たちの魔法大戦ハルマゲドン――そして『ゲーム』における事実上の頂上決戦は始まる。

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