第9章7話 バエル-1中央管制塔『ゴエティア』

*  *  *  *  *




 『塔』侵入作戦は成功――私とアリスは大した消耗もなく『塔』内部へと侵入することができた。

 入口の方はノワールが黒晶竜で封じてくれたので、追手もすぐにはやってこないだろう。

 不安なのは、ここがあくまでもルールームゥの内部だということだ。

 私と椛が捕まっていた時がそうだったように、ルールームゥなら自在に操ることができ、思いもしない場所からヒルダたちがやってくる可能性はありうる。

 もちろん、そうならないようにジュリエッタたちが外へと残って戦ってくれているのだ。

 彼女たちを信じ、私たちは私たちのやるべきことを済ませるべきだろう。


「……上か」


 さて、『塔』内部だけど……私たちが入ったのはかなり大きな広間だった。

 天空遺跡の『バランの鍵』があった封印の間にイメージは近いかな。やたらと天井が高い大広間……というか、『コロシアム』のような感じだ。

 中央付近には柱の替わりに巨大な階段がある。そこから上へと登れるのは間違いないが、果たして本当にナイアが『上』にいるかは疑わしいところだ……下に降りる階段もないし、まぁヤツの性格からして高いところでふんぞり返っていそうな気はするけど……。


「……流石に誰もいない、ってわけじゃないか」

”! ピース……!”


 こちらの侵入に呼応し、階段の上から幾つもの影が飛び降りてきたのが見えた。

 いずれも人型――どれも見覚えがないが、ピースであることは間違いないだろう。

 元々の作戦だと、侵入後は敵に構わずに行けるのであればナイアのいる場所へと一直線に突き進む……となっていたが、ピースたちは階段前に陣取るように展開。流石にこれをすり抜けていくのは難しい、かな……?

 アリスは突入前に既にフル装備を整えている。両腕にはいつでも《万雷轟かせ剛神の激槌トール・ハンマー》を使えるように《雷神手甲ヤールングレイプル》を、両足には機動力重視の《神馬脚甲スレイプニル》を装着済みだ。

 ……変装前提だったので《邪竜鎧甲ファブニール》とか《剛神力帯メギンギョルズ》とかは使えなかったけど、まぁこれは必要に応じてで良いだろう。


「ようこそ、『ゴエティア』へ!」


 降り立ったピースは三人――そのうち、中央の一人がよく響き渡る声でそう言い、丁寧にこちらへと一礼する。

 見たことのない姿だ。何と言うか……フランスの銃士? と言うんだろうか、そんな感じの格好をした長身のピースだ。

 その両側を固めているのは、これまた異形だ。

 銃士の左側にいるのは……真っ黒の服に帽子、そして顔を覆うベールと、どこからどう見ても喪服を着た女性だ。

 右側にはこれまた頭から足先までをすっぽりと隠す赤黒い布で覆い隠した、顔が見えない――どころか本当に人型かどうかすらわからないヤツである。

 ……相対的にも中心の銃士がかなりまともに見える。いやまぁピースにしろユニットにしろ、妙な服装の子の方が多いような気もするけど。


 銃士が『リュシー』、黒後家が『ラティナ』、赤ローブが『ロロ』――という名前だけはわかった。

 名前しか見えないということは、やはり三人ともピースだと思ってよいだろう。

 ……能力がわからないのでアリスに伝えられることが何もないのは苦しいな……。


『”どうする? 予定通りに抜けて行っちゃう?”』


 遠隔通話でアリスに聞いてみる。

 『塔』内部に侵入するまでが作戦ではあったが、その後のことを本当に何も考えてないわけではない――事前に幾つかのパターンは想定して考えてはいた。

 その中に、『塔』内部にピースがいた場合というのももちろんあった。

 ……ここにヒルダたちが配置されていた場合が結構苦しかったんだけど、幸いにも顔を知っているピースたちは全員外にいてくれたのでその点は助かったと言えよう。

 ともあれ、もし『塔』内にもピースがいたとしたらどうすrかについては考えてあった。

 いちいち戦ってなんていられないし、《スレイプニル》も事前に装着していることから無視して強引にナイアの元まで向かっていく……というパターンもあったが……。


『……いや、三体もいるんじゃ抜けようとして無駄にダメージを食らう可能性が高い』


 アリスは否を返してきた。まぁ私も同意かな。

 敵が一体だけならばいいかもしれない――その場合、無理矢理抜けて行った先に別の敵がいて……というパターンもありえた。

 今目の前に三体も敵がいるとなると、無理に戦闘を避けようとしてダメージを食らってしまう可能性は確かに高い。

 それだったら魔力の消費は仕方ないものと割り切って、ここで相手を全滅……とまではいかなくても数を削っておいてから抜けて行った方が安全だろう。

 私からも反対意見が出ないことで、アリスは『ザ・ロッド』を構え戦闘の意思を相手に見せる。


「悪いがこっちは急いでるんでな――押し通らせてもらうぞ!」

「フッ……我ら『ゴエティア守護騎士団』の名に懸けて――ここは通さぬ!」


 リュシーたちも当然こちらを素直に通す気なんてない。

 彼女たちもそれぞれの霊装を手に取り構え、こちらを迎え撃とうとする。

 リュシーが手に取ったのは――銃士の姿だというのに、銃ではなく細身の剣、ラティナは両手の指から長い爪が伸び、ロロは……青白い光を放つ『ランプ』だ。

 ……むぅ、前二人はともかくロロは霊装を見てもどういう能力を持っているのか予測も難しいな……。

 …………まぁ相手の能力がわからずとも戦わなければならないのはいつものことか。


「ゆくぞ!」


 リュシーの号令の元、ゴエティア守護騎士団の三人が三方向からアリスへと迫る。


「ペネトレーション《ボンナヴァン》!」

「スラッシュ《デスクロー》」

「……ゴーストアーツ《鬼火》……」


 貫通魔法ペネトレーションで加速したリュシーが一歩前に出てアリスへと迫る中、ラティナが爪に斬撃魔法スラッシュを付与、更に後方からロロが幽体魔法ゴーストアーツで青白い鬼火を弾丸として放ってくる。

 ……前衛二人に後衛からの援護射撃。なるほど、これは普通に戦えばかなり苦戦する相手だろう。

 戦わずに避けようとしても、リュシーの魔法――詳細な効果は不明だけど――は移動力の強化も出来るようだ。下手をすると後ろから刺されてしまうかもしれない。

 『ゴエティア守護騎士団』と名乗っていることからも、この三人はチームで動くことに慣れてもいるのだろう。


「cl――」


 だがしかし、だ。


「《赤・三連巨星トリリトン》!!」


 アリスはその場から動かず《赤色巨星アンタレス》を三連射する《トリリトン》で、三人を同時に攻撃。

 圧倒的質量と熱量で叩き潰して来る巨星魔法に、三人は為す術もなく吹っ飛ばされてしまう……。

 ……ジュリエッタに始まり、ガブリエラとかジュウベェとかクリアドーラとか……そういう『規格外』の相手とばかり戦っていたから感覚が麻痺してたけど、普通に考えて巨星系魔法ってほぼほぼ対処のしようのない超凶悪な攻撃魔法なんだよね……。

 迎撃できるだけの火力で対抗するか、パワーで強引に受け止めるかできないかぎりは回避するしかないって感じの魔法なのだ、本当は。回避しないでどうにかできちゃう相手の方が本来はおかしいんだよね……。


「ぐはっ……!? な、なんだこれは……!?」


 吹っ飛ばされたリュシーが愕然とした表情でそう言う。

 彼女の魔法、名前からすると『貫通攻撃』が出来るんじゃないかなとは思うけど、流石に巨星を穿つことは無理だったみたいだ。

 ラティナの爪もちょっと巨星に食い込みはしたが砕くことは到底できず、ロロの鬼火はあっさりと巨星に吹き散らされてしまっていた。

 ……大体いつも『格上』の相手と戦っていたから忘れがちだったけど、アリスもアリスで十分『規格外』と言える性能だったのだ。普通の相手と戦ったら、相手の攻撃をパワーで押し潰して一方的に蹂躙できてしまうくらいに強いのだ。

 改めてそのことを私は思い知った。


「悪いが今回は急いでるんでな――貴様らの相手を悠長にしている時間はない。手早く終わらせてもらうぞ」

「!? 早い!?」


 リュシーたちは全くアリスの動きについていけてなかった。

 《トリリトン》を放つと同時に、アリスは三人の更に頭上へと《スレイプニル》の力で飛び上がっていた。


「cl《赤・巨神壊星群メテオクラスター》!!」


 先手を取って三人で攻撃したにも関わらず《トリリトン》一発で吹き飛ばされ、何が起きたのか理解できないと言った様子だった三人。

 ……致命的なまでの『隙』だ。それを見逃すアリスではない。

 頭上から今度は無数の《赤爆巨星ベテルギウス》を放ち、三人を容赦なく爆撃してゆく……。


 アリスの性能が『規格外』なのは言うまでもないが、それだけではない。

 今まで戦ってきた様々な強敵との『経験』――それこそがアリスの本当の実力なのだろう。

 敵がどんな能力を持っていても関係ない。自分の能力を駆使して攻撃、相手に『隙』を逃さず、仕留める時を見誤らない……蓄積された経験が、どう動けば良いかをアリスに教えている。


「cl《流星ミーティア》、ab《ソード》――ext《竜星剣シューティングスター》!」


 《ベテルギウス》で更にダメージを負い、かつ吹き飛ばされた三人――その中からロロに向かって容赦なくアリスは追撃を放つ。

 立ち直ることすら出来ず、ロロの胸をアリスの魔法が穿ち……それがとどめとなった。


「くっ、ロロ!」


 あっさりと騎士団の一人がやられ、消滅していったのを見てリュシーが顔色を変えるが、それもまた『隙』にしかならない。『人間』の感情としてはごく自然ではあるけれども……。

 アリスの追撃は止まず、更にリュシーとラティナへと向かって《シューティングスター》を連続して放つ。


「お、おのれっ!?」


 流石に仲間がやられた後だ、隙が出来たと言っても魔法の効果はわかるのだろう。それぞれがレイピアと爪で《シューティングスター》から身を守りつつ回避しようとする。

 ……これもまた『経験』だ。アリスがロロを真っ先にに狙ったのも理由がある。

 リュシー・ラティナは共に近接武器型の霊装を持っている。となると、《シューティングスター》を迎撃できる可能性は十分あった――実際今も《アンタレス》ほどの重量はないため二人は回避することが出来ている。

 だが、ロロは用途不明の霊装しか持っていなかったし、『何をしてくるかわからない』という怖さがあった。だから真っ先にアリスはロロを狙ったのだった。

 《アンタレス》の火力に対抗できなかったことから、接近戦担当と思しきリュシーとラティナの火力はそこまで高くはないだろう。だったら、何をしてくるかわからない――とりあえず遠距離攻撃してくるのだけはわかっているロロから狙うというのは戦術としては至極真っ当だ。

 ともあれ、これで残る敵は二人。強引に押し通ることもそろそろできそうだが――


”! ラティナがいない!?”


 そこで私は眼下からラティナの姿が消えていることに気付いた。

 《シューティングスター》を爪で弾こうとしているところまでは姿があったはずだが、いつの間に……!?


「スラッシュ――」


 静かな声は、私たちの後ろから聞こえてきた。

 ……詳細はわからないが、高速移動系の能力持ちか!


「《フェイタルヴェノム》」


 こちらも自由に空を飛べるとは言え、いきなり背後を取られてしまっては――と普通なら思うところだけど……。


「ふん」

「!?」


 背後から迫る爪に焦ることなく、アリスは空中移動だけであっさりと爪をかわす。

 ……攻撃魔法すら使っていない。振り返りながら爪の軌道を見切り、あえて相手の内側へと潜り込むようにして攻撃をかわすとともにラティナの腕を取って地上へと向かって投げ飛ばす。


「cl 《アンタレス》!」


 そして投げ落とすと同時にダメ押しの《アンタレス》を放ち――床へとラティナを叩きつけて倒してしまう。

 《アンタレス》の攻撃力だけではなく、床がルールームゥの変身後の姿、つまり霊装並に硬い壊れない床だということを理解した上で挟み込んで倒したのだ。

 単純なユニットとしての性能差もないわけではないが、やはり『経験』の差が圧倒的だ。

 今のラティナの動きも、完全に見えていたわけではないんだろうけど『背後から不意打ちしてくるだろう』と予想した上で対処していた。そして爪に掛けられた魔法の範囲を見切り、当たらない位置へと移動しつつ投げ飛ばして地面と挟み込んで確実に相手が潰れるように《アンタレス》を放った……言葉にすればそれだけのことなんだけど、これを咄嗟に判断し身体を動かすのは難しいだろう。

 でも、それをやれるだけの経験を今までの戦いの中でアリスは培ってきていた。


「残るは貴様だけだな」

「う、くっ……こんな、バカな……!?」


 ラティナも消滅。

 あっという間に『ゴエティア守護騎士団』はリュシーを残して全滅してしまっていた。

 そして、三人がかりで攻撃してもアリスにはかすり傷一つ負わすことが出来てない――残るリュシーがどれだけがんばっても、おそらくは逆転の目はないだろう。もちろんアリスが油断などするわけないが。

 ここまであっさりと追い込まれるとは思っていなかったのだろう、リュシーは完全に腰が引けてしまっており、本人も気付いてないだろうけど後ろへと下がり始めてしまっている。

 ……ふむ、決着かな。


”大人しく道を開けてくれないかな? 別に私たち、君たち全員を薙ぎ倒して進もうとは思ってないしね”

「……!」


 これはまぁ本音だ。

 敵対しているとはいえ、ピースだってそもそもは『被害者』なのだから。元の子の人格とか意識が残っている……とはちょっと思えないんだけど、だからと言って積極的に傷つけたいわけではない。

 大人しく退いてくれるのであれば、魔力の節約もしたいしこちらから追撃することはない。

 ……アリスも特に不満そうな気配はない。目標はあくまでもナイアただ一人だ。


「ハッ、大口叩いた癖にこのザマかよ」

「なっ……あ、あなた様は……!?」


 その時、階段の上から声が響いてきた。

 まさか……!?


「貴様か……そんな気はしていた」


 この事態にアリスはそんなに驚いた気配はない。

 ……いや、確かに可能性としてはありうるとは思ってはいたけど……。


「ふん、遅かったじゃねぇか――ま、ヒルダのヤツがいたからな。ここにすんなり来れるとは思わなかったが」


 結構高めの階段から飛び降り、その人物がリュシーの背後へと降り立つ。

 ――可能性としては確かにありうるとは思っていたが、いざそれが現実のものとなってしまうと流石に私も戸惑わざるを得ない。




 ――




 一度目は天空遺跡で、二度目はエル・メルヴィンで――アリスの前にことごとく立ち塞がって来た相手だ。

 その姿は今までとは異なっていた。

 古めかしい『番長』風の姿だったのが一変……頭にはハチマキ、白のロングコートのようなものを羽織って胸にはサラシを巻いている。ズボンもいわゆる『ボンタン』ではなく真っ白のズボンに変わっている。

 …………こう言うと服の色が変わっただけに思えるけど、まぁ……何というか、一言で表せば『特攻服トップク』だな、これ。もしバイクにでも乗ってたら完全に暴走族だ。

 ギャグみたいな見た目だが、絶対に侮ることなど出来ない。

 服型霊装の形態が変わっているのにもきっと意味があるはずだ――単に気合が入っているだけならいいが、まず間違いなく何かしら彼女の魔法に関わっているものだと考えた方が良いだろう。


「おい、てめぇ……」

「ひぃっ!?」


 降り立ったクリアドーラは腕組をしてその場に仁王立ちし、ギロリとリュシーへと視線を向けるガン飛ばす

 こちらへ向けたものでないとわかっていても、思わずびくりと震えてしまいそうな『圧』を感じる……向けられたリュシーは完全に怯えた表情だ。

 ……前にはアリス、後ろには(味方であるはずの)クリアドーラと、敵ながら同情したくなってくる……。

 とにかく、クリアドーラの『圧』はアリスではなくリュシーの方へと向けられているようだ。いや、まぁ全方位に放ちつつって感じではあるけど。


「まさか逃げねぇよなぁ? 俺様を差し置いて『ゴエティアの防衛は我らの役目!』なんて言ってたくせによぉ?」

「う、うぅ……」


 ……なるほど。復活したクリアドーラが本来はこの塔――『ゴエティア』でナイアの元に向かうであろうアリスの迎撃をするつもりだったのだが、それをリュシーたち『ゴエティア守護騎士団』が自分たちの役目だと割り込んだってことか。

 …………いや、割り込んだのはクリアドーラの方か、この場合。

 それはともかく、クリアドーラを抑えてわざわざ前に出てきたというのに、あっさりと負けそうになった上に私の言葉に心を動かされてしまったのを見抜かれているというわけか……。


「やれやれ、別にオレは構わないんだがな」

「てめぇは黙ってろ。俺たちの問題だ」


 こっちとしてはリュシーと戦うことに何のメリットもない。避けられる戦いならば避けたいところだが、クリアドーラ的にはそういうわけにはいかないみたいだ。

 変なところで『筋』を通すヤツだな……こっちとしては迷惑以外のないものでもない『筋』だけど。


「なぁおいてめぇリュシー……? もし逃げようとしたら、俺が殺すぞ?」

「……っ!!」


 ……拙い、本気っぽい。

 クリアドーラがリュシーを倒したところでこちらに利となるだけなのに、彼女が逃げようとしたら本気でそうするつもりなのが気配でわかる。

 かといって、リュシーと二人掛かりでアリスに向かって来るという気配もない。クリアドーラは腕組をして傲然と――身長的には逆なんだけど――リュシーのことを見下ろしているだけだ。

 ここで二人掛かりはしないというように見せかけているだけ、とは思わない。戦術的にはそうするのは正しいとは思うが……ヤツがそうするとは思えないのだ。

 ともあれ、進むも退くもままならないことを察したリュシーはだらだらと脂汗をかき苦渋の表情で悩むと――


「…………わ、私にも『ゴエティア守護騎士団』としてのプライドがある!」

「……ふん。いいぜ、かかってきな」


 アリスに向けて剣を向け、そう叫ぶ。

 ……残念、こちらに向かって来てしまうか。クリアドーラと仲間割れしてくれたのであれば、その隙に抜けるチャンスもあったかもしれないし、そうでなくてもクリアドーラの魔力を消費させることができたかもしれない。とは思うけど口には出さない――無粋にすぎるしね。

 剣を向けられたアリスはというと、呆れるでも嘲るでもなく、真剣な表情でリュシーに応え『杖』を構える。

 油断はしない。明らかにリュシーは『格下』ではあるものの、アリスは決して相手に対して『敬意』を忘れない。

 どんな相手であろうとも『対等の敵』と見做しているからだろう。

 ……わざわざここでアリスに戦いを回避するような指示を出す必要もない。

 彼女の意思を尊重し、私は黙って魔力の回復だけを行う。


「参る! ペネトレーション《アロンジェ》!!」


 そしてリュシーが深く踏み込み、渾身の突きを放つ――




 ――結局、リュシーとの戦いはすぐに終わった。

 向かってきたリュシーの突きを魔法で迎撃するでもなく、体捌きで回避。懐に潜り込んだところで至近距離からの巨星魔法を放ってフィニッシュ。

 突きをかわされた時にリュシーは呆気にとられたような顔をしていたけど、すぐに諦めたような乾いた笑みを浮かべ――巨星に吹っ飛ばされて消滅していった。

 彼女たちだって『被害者』なんだし可哀想と思わないわけでもない。

 けど、だからと言ってこちらが手を緩めてダメージを食らってしまいナイアとの戦いに響いてしまっては本末転倒だ。


”……アリス、どうする?”


 可哀想だけどいつまでもリュシーたちのことを考えている余裕はない。

 目の前に立つのは、おそらくアビサル・レギオンでの『最強』格の一人――クリアドーラなのだから。

 正直まともに戦いたくない相手だ。

 天空遺跡でのリベンジはエル・メルヴィンで果たしたみたいだけど、だからと言って戦って勝てるとも限らない。

 それに、こいつと戦うとなるとどうしたって魔力の消耗は避けられないだろう。首尾よく勝てたとしても、ナイアとの戦いに万全の態勢で挑めるかどうか……。


「悪いな、使い魔殿」


 私の言いたいことは伝わっているはずだが、それでもアリスはいつも通りの獰猛な笑みを浮かべてクリアドーラと対峙する。


「こいつはここで全力で叩き潰さないとダメだ」

「くっ……ぐはははははっ! 良かったぜぇ、逃げようとしないでよぉっ! そしたら後ろから潰してやるところだったぜ!」


 ……それが冗談でも何でもないことは私にだってわかる。

 クリアドーラの魔法なら、全力で建物内を飛行するアリスにだって追い付けるだろうし、たとえ一瞬でも追い付かれたら背後から致命的な一撃を食らうことになってしまうだろう。運よく振り切ってナイアの元に辿り着けたとしても、こいつに乱入されたらまず間違いなく勝ち目はない。

 だからアリスの判断はそれはそれで間違いではない。

 これは避けられない戦いなのだ。


「互いに一勝一敗――ここでケリつけるぞ」

「ああ、もうてめぇを侮らねぇ……全力でぶっ潰してやる!!」


 そして三度――アリスの前に立ちふさがってきた最大の障害にして最強の敵、クリアドーラとの最後の戦いは始まったのだった。




ーーーーーーーおまけーーーーーーー


本編中に明かす時が来るのかわからないので、ここで紹介。

今まで登場したアビサル・レギオンのピースたちの序列順は以下のようになっています。


クリアドーラ(1)>ルールームゥ(2)>ベララベラム(3)>エクレール(4)>ヒルダ(5)>フブキ(6)>シノブ(7)>ルシオラ(8)>ボタン(9)>リオナ(10)>リュシー(11)>ラティナ(12)>ロロ(13)


※ジュウベェは新参なので序列対象外。序列に入るとしたら、2~4位辺り

※エキドナ、ルナホークはユニットなので対象外

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