第9章6話 マッチアップ

*  *  *  *  *




 そして現在に至る――


「よし、貴様ら、後は任せたぞ!」


 作戦は成功したと言える。

 ……滅茶苦茶目が回ったけど、狙い通り私は《嵐捲く必滅の神槍グングニル》に乗って中央の『塔』へと到着。

 ヴィヴィアンの《ペガサス》に乗っていた本物のアリスも気付かれることなく『塔』へと近づき、黒晶竜の登場と共にピースたちの視線がそちらへと向いた隙を突いて《ハーデスの兜》を被って侵入成功。

 最後の最後、エクレールがこちらへと攻撃を仕掛けようとした時はひやっとしたけど、それも《神性領域アスガルド》で何とか防ぐことが出来た。

 予定よりは少し多めに魔力を消費してしまったが、このくらいは許容範囲だろう。ダメージを受けることなく進めたことの方が大きい。


”侵入成功!”

「ああ、ここからが本番だぜ!」


 私の立てた作戦は、ここまでだ。

 ここから先は何が起こるかわからない――何が起こったとしても、その場で臨機応変に対応していくしかないのだ。


「弱気になるな、使い魔殿」


 私の内心を読み取ったか、アリスがいつものように笑って言う。


「あいつらは負けねぇ、もちろんオレもだ」

”……うん!”


 根拠なんて何もないアリスの言葉だったけど、不思議と信じる気にしかならない。

 空中要塞にラグナ・ジン・バラン本隊の侵攻……正直なところ、戦略的には私たちは既に敗北していると言える。

 この敗北を覆すには、ナイアを倒す以外にない――それでも解決しなければならない問題はいっぱい残りはするのだろうが……少なくともナイアヘパイストスを排除することが出来れば、今の『最悪』すぎる状況から脱することは出来るだろう。


”行こう、アリス! この戦い――必ず私たちが勝つんだ!”

「おう!」


 不安なことだらけだが、だからといって立ち止まるわけにはいかない。

 私たちはとにかく突き進んで、目の前に立ちふさがる障害があればぶっ飛ばしていって、そしてナイアを倒す以外にやれることはないのだ。

 『塔』内部へと私たちは侵入し、ナイアのいるであろう『塔』頂上を目指す――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「チィッ!? 間に合わんかったか……」


 エクレールが《アスガルド》によって弾き飛ばされ、アリスとラビが『塔』内部へと入り込んだのを見てヒルダは自身の『読み』負けを認める。

 防衛側が不利になるのは分かり切っていた。

 だというのに、相手が攻めて来るまで動かなかった――その時点で既に作戦負けしていたのはわかっている。

 ……これもまた、ナイアの『遊び』が産んでしまった『隙』であった。

 ナイアのピースたるヒルダはそのことを糾弾することは出来ないし、するつもりもない。

 相手の狙いを理解しつつも止められなかった自分の敗北であることを認めているからだ。


 ――ルールームゥの修復も間に合わぬか。


 これ以上の侵入は許すわけにはいかない。

 侵入してしまったアリスのことはもう忘れ、すぐにヒルダは頭を切り替える。

 エクレールをすぐさま扉前へと戻して侵入を防ぐと同時に、ルナホーク、そしてこちらへと向かって来ているジュウベェとでユニットたちを撃破していく。

 アリスを追うのはそれからでも十分――そう考えている。




 しかし、はジュリエッタたちの望んだ通りだった。


「ノワール!」


 ラビがいない間、空中要塞組のリーダーはジュリエッタだ。

 ジュリエッタがヒルダへの追撃よりもノワールへと声を掛けるのを優先した。


「任せよ!」

「やらせるな、エクレール! 誰も追わせるな!」


 弾き飛ばされたエクレールが復帰するよりも、ノワールの動きの方がわずかに速い。


「――今までご苦労じゃった。我が半身よ」


 少しだけ寂しそうにノワールはそう呟くものの、すぐさま表情を引き締め――


「《ラオ・ガンズ・インペラトール》!」


 抜け殻となった自身の半身――竜体へと向けて魔法を放つ。

 すると、竜体が見えない糸に操られるかのように『塔』へと引っ張られ、アリスの通った入口へと激突。

 次の瞬間には竜体自身がドロドロに溶けるようにして完全に入口を塞いでしまった。

 溶けた竜体はすぐに固まり、黒い結晶によって入口を塞ぐ。


「む……!?」


 予想外の動きにヒルダは眉をひそめる。

 これではヒルダたちがアリスを追うことはできないが、同時にジュリエッタたちもアリスを追って『塔』へと侵入することは出来なくなってしまう。

 唯一ナイアに対抗できるアリスを優先するのはわかっていたものの、だからと言って誰の援護もなしに挑ませるとはヒルダは思っていなかったのだ。


「――オーダー《オルゴール:ワシを離せ》」


 ともあれ、お互いに追うことが出来ないのであればそれはそれで良い。

 この場を完全に片づけてから追えばよいだけの話だ、とヒルダは再び頭を切り替える。

 オルゴールの糸をオーダーで離させ、自身の安全を確保。

 ……もっとも、そうするまでもなく、ジュリエッタはヒルダへと攻撃をせずに『塔』入口へと移動を開始。それを見届けたオルゴールも糸を巻き付けたままヒルダを放置して『塔』へと向かっていたためヒルダ自身は安全ではあったが。


「……貴様ら……」


 アリスを追われる心配はなくなったため、再度エクレールを自身の傍へと呼び寄せつつヒルダも『塔』入口――ジュリエッタたちが集まった場所へと向かう。

 相手の狙いはもうわかっている。

 アリスにナイアとの一騎討ちをさせて勝利を狙いつつ、その他はピースの足止めあるいは撃破を狙ってアリスの戦いへの乱入を防ぐつもりなのだと。


「くふふっ、思うようにはいかないですねぇ~」

「……ジュウベェ、貴様……手を抜いておったな……?」


 遅れてヒルダの元へとたどり着いたジュウベェに対して咎めるような視線を送るものの、当のジュウベェは全く堪える様子はない。


「いえいえ、あたくしでは追い付けない相手でしたものでぇ」


 速度特化であるクロエラが全速力で走れば、ジュウベェどころか他の誰も追い付けないのは確かだ。

 それでもジュウベェがかなりのんびりとした移動であったことも確かだ。彼女が身体強化を掛けて全力で走れば、黒晶竜出現までには間に合ったはず――というのがヒルダの思いだ。


「ふふ、まぁ過ぎてしまったことは致し方ありませんわぁ」

「貴様が言うか」


 ふざけた物言いに、わざと遅れてやってきたのだと確信する。

 しかしこれ以上咎めたところで意味はない。腹立たしいがジュウベェの言う通り『過ぎたこと』をこれ以上言っても意味はないだろう。

 内心の苛立ちを抑えつつ、ヒルダも思考を切り替える。


「――どうやら、緒戦はこちらの敗北のようじゃな」

「えぇえぇ、相手の作戦勝ち……でしょうねぇ」


 理想は《バエル-1》に乗り込むことすら許さず相手を殲滅することだった。

 次善はナイアへとアリスを近づけることなく、ピースたちで相手を全滅させることだった。

 そのどちらも出来ず、アリスの侵入を許してしまった時点で緒戦は『敗北』と言っても過言ではないだろう。

 もっとも、最悪の事態にだけはならない――と確信してもいるからこそ、素直に敗北は認めつつも焦ってはいないのだが。


「ルナホーク、貴様もこちらへと来い。ルールームゥは……ふん、まぁいい。《バエル-1》の操縦に専念せよ」


 アリスを送った今、向こうが狙うのはアビサル・レギオンの個別撃破だろう。

 そうすればナイアとの戦いに邪魔が入ることを防げるし、逆に自分たちがアリスの援軍に入ることが出来る――【支配者ルーラー】がある以上直接対峙することは不可能ではあるが、援護くらいは出来るはずだ。


 ――


 考えていることはわかるし、そうせざるを得ないだろうことも理解している。

 そして自分たちが作戦負けしたことも理解した上で、尚ヒルダはラビたちの考えが『甘い』と思う。


「仕切り直し、ですわねぇ」

「……」

「ふん、少々予定は狂ったが、ここでこやつらを全滅させれば結果は同じじゃ」


 改めてジュリエッタたちユニットの迎撃態勢を整えるヒルダたち――




 対するジュリエッタたちは、作戦が上手く行ったことに安堵しつつもこの後のことを考える。

 この後とは、無論ピースたちの撃破――それぞれの戦いに決着をつけることを意味している。


「それじゃ、後は皆に任せる」


 ジュリエッタの言葉に全員が頷く。

 見えている敵は四人――ヒルダ、エクレール、ルナホーク、ジュウベェだ。

 ジュリエッタとオルゴールがヒルダとエクレールを。

 ヴィヴィアンがルナホークを。

 そしてノワールがジュウベェを。

 それぞれの因縁の相手との決着をつけるべく動き始める。

 尚、クロエラに関してはノワールとジュウベェの一騎討ちが始まるまでのサポートを行い、以降は状況を見て各メンバーのサポートに駆け回る手はずになっている。


「くふふっ、さぁさぁ、相手を全滅させて『大将』の手助けに向かえるのはどちらでしょうかねぇ!?」


 最初に動いたのはジュウベェだった。

 既に抜いていた身体強化魔法剣を片手に、もう片方は霊装を持ってジュリエッタたちへと突撃してくる。

 ……ヒルダの苦々し気な表情を見るに、作戦ではなくジュウベェの独断のようだ。

 だからと言って全員でジュウベェを集中攻撃するということはしない。

 個別撃破を狙うのは何も『因縁』のためだけではない。

 誰か一人でも敵をフリーにしてしまうことで、一気に戦局を逆転される可能性があるためだ。


「オルゴール、お願い」

「わかりまシタ」


 ジュウベェの突進に慌てることなく、ジュリエッタがオルゴールへと最後の指示を出す。

 指示を受けると共にオルゴールがクロエラのサイドカーに乗る偽アリスを糸で持ち上げ、ジュウベェの後方へと向かって投げつける。


「!? いかん、ジュウベェ!!」


 ヒルダの警告も間に合わず――投げ込まれた偽アリスが空中で爆発、周囲へと爆風と強烈な閃光を撒き散らす。




 ラビの作戦準備中に、ありすのアイデアで作った『偽アリス爆弾』である。

 サイズの問題でクラスター爆弾ほどの威力はどうしても出せなかったため、作戦成功後に敵を分断するための目くらましをするための閃光弾として作成したものだ。

 ……流石に偽物とは言え『アリス』を爆破して吹っ飛ばすのは気が引ける、とラビや桃香は渋ったものの当の本人からの発案なので誰も止めることは出来なかった。

 作戦の流れによってはアリスを『塔』へと送り届けることに成功しても、敵味方が一か所に固まる可能性がある――どころかほぼそうならざるを得ないと思われていた。

 そうなった時に、『個人戦』を行うためには分断をしなければならなくなる。

 そのための『偽アリス爆弾』である。




「頼むぞ、クロエラよ!」

「う、うん……!」


 偽アリス爆弾と入れ替わりにサイドカーへとノワールが乗り込み、真正面から向かって来ていたジュウベェへとバイクで突進する。

 それをジュウベェは見てはいたものの、対応する前に背後で偽アリス爆弾が爆発――閃光と爆風を背後から浴びてしまい、バランスを大きく崩す。


「《ディ・ゴウ・ラオム・ロア》!!」

「!? くっ、ふふふ……!」


 あらゆる生物を侵蝕する『滅びのブレス』――その力を『魔法』として放つが、これ一発で片が付くとはノワールは考えていない。

 事実ジュウベェは咄嗟に防壁を発生させる魔法剣を使ってノワールの魔法を防ぎ、すぐさま反撃の態勢を整えようとしていた。

 しかし、


「ドライブ《エア・ストライド》!」


 ジュウベェの反撃よりも早く、クロエラがバイクで突進。防御壁へと体当たりをして、勢いそのままジュウベェを押すようにして突き進む。


「ふふふ……えぇえぇ、構いませんわぁ。付き合いましょうとも」


 相手の意図を正確に見抜いたジュウベェは愉しそうな笑みを浮かべ、クロエラたちから距離を取り――彼女たちの意図に沿うであろう場所へと自ら移動する。




「サモン《グリフォン》!」


 同時にヴィヴィアンも動く。

 《グリフォン》を召喚し、ルナホークへと向かわせると共に自身も《ペガサス》で突進。


「……迎撃します」


 一拍、ルナホークの反応が遅れた。

 その様子を見てヴィヴィアンは確信する。


 ――やはり、と考えた方が良さそうですね。


 ナイアの【支配者ルーラー】による効果か、あるいはエキドナ辺りの薬物注射魔法インジェクションかはわからないが、とにかくルナホークは完全に自分の意思で動いているわけではないと考えた。

 もし本人の意思で動いているのであれば、もっと素早い対応を行えるはず――ユニットとしての戦闘経験は少なくとも、ヴィヴィアン桃香の知るあやめならば緊急事態が起きようが己のペースを乱すことはないはずだ、と。

 これまでの急襲によりアビサル・レギオンのペースが乱れたとしても、憎たらしいくらいに飄々とした態度を崩さず即時応戦してきたはずだ。

 だから、今の一拍遅れた反応からして、『あやめの意思』ではなく『何者かに操られている』状態なのではないかとヴィヴィアンは考える。

 ……もっとも、それはあくまでもヴィヴィアンの希望的観測を含むものであって『確信』に至る根拠ではないはずなのだが、ヴィヴィアンはそれでも自分の考えが正しいと直観していた。

 そうであってほしい、そうでなければルナホークあやめに刃を向けられない――という思いもあった。


「どうやらこちらをターゲットと見做したようですわね」


 アリスの侵入を阻止できなかった時点で、どうやらルナホークの行動目的が『敵の殲滅』に切り替わったようだ。

 彼女の無機質な感情のない瞳は、しっかりとヴィヴィアンの方へと向けられている。

 その視線を複雑な思いで受け止め、しかし自分の感情を押し込めてヴィヴィアンはルナホークと向き合う。


「きゅー!」

「え!? キューちゃん様!?」


 と、その時イレギュラーな事態が起こった。

 ヴィヴィアンのふんわりとしたスカートの中から、キューが飛び出してきたのだ。

 作戦会議が終わり各々が準備を開始している間は誰もキューの姿を見ておらず、その後の戦いのことで頭が一杯になっていてキューのことを忘れてしまっていたのだが……。

 どうやら隙を見てヴィヴィアンのスカートにしがみついて隠れていたらしい。

 ――ちなみに、アリスは《ペガサス》に同乗する際に気付いていたのだが、その時には既に上空へと飛び上がっていてしまったために『……もうどうしようもねーな』と諦めて黙っていたのだった。


「もう……こんなところにまで着いてきてしまって……」

「きゅっきゅー!」

「……仕方ありません。安全な場所などございませんが――」


 ここから先は生き残る保証などない、どちらかが全滅するまで終わることのない『戦争』だ。

 キューをどこかに降ろす余裕はないし、抱きかかえたまま戦って勝てるほどルナホークは甘い相手ではないことはわかっている。

 ヴィヴィアンはキューを自分の服の胸元へと無理やり押し込む。


「きゅー、きゅいー……」

「窮屈かもしれませんが、ここで我慢してくださいませ」

「きゅっふーん!」


 ラビのように背中に掴まってもらう、というのはキューには無理だ。

 かといって両手を使って戦えないというのは、ルナホーク相手には余りにも不利だろう。

 そう考えたヴィヴィアンは、キューを胸元へと抱え込む。ここならば、よほどのことがない限りは落っこちたりはしないだろう――真正面からルナホークの攻撃を受けた時の安全ばかりは保証出来ないが。

 それがわかっているのかわかっていないのか、あるいは窮屈とも感じてないのかキューは少し嬉しそうな鳴き声を上げる。


「……まぁ。キューちゃん様、意外にエッチですわね」

「きゅっ!?」


 自分のことを棚に上げて呆れたように言うヴィヴィアンであったが、すぐさま表情を引き締める。


「ご安心ください、キューちゃん様。わたくしがお守りいたします」

「……きゅぅ~……」


 いざという時に楯替わりになどしない――そもそもそのようなことは微塵もヴィヴィアンは考えていないが――キューも守り切り、ルナホークも倒してみせる。

 ヴィヴィアンの決意は固かった。


「…………ターゲット確認……排除、開始します……」


 そんなヴィヴィアンたちの様子を無感情な目で見つつ、ルナホークもまた己の役目を果たすために思考を切り替えたのであった。




「ヒルダ、エクレール。お前たちの相手はジュリエッタだ……!」


 偽アリス爆弾が炸裂した後も、ジュリエッタは『塔』入口前から動かなかった。

 黒晶竜の身体を変化させた黒晶の壁で塞いでいるとは言え、エクレールが全力で殴れば十分破壊は可能だとわかっていたからである。

 ここでヒルダたちがジュリエッタたちの殲滅よりもアリスを追うことを優先したのであれば、作戦は一気に崩壊へと向かってしまう――特にヒルダは口ではどう言っていたとしても、最終的にはアビサル・レギオン全体の勝利のために仲間の犠牲も厭わない戦術を取るだろう。

 閃光に紛れて急遽方針を変更し、アリスを追う可能性は高い、とジュリエッタは予測していた。


「ふん……」


 事実、ヒルダはジュリエッタたちを無視しての突入を考えてはいた。

 しかし、ジュリエッタが動かなかったことを見てその案を放棄。

 宣言通り『外』のユニットを全て片付けてからアリスを追うようにしたのだった。

 もし閃光に乗じてジュリエッタが向かって来るようであれば、ヒルダのオーダーで一瞬動きを止めた後にエクレールを向かわせるつもりだったが……状況を読んでいたのはお互い様だったようだ。


「ま、良いじゃろ……アリス一人の侵入で終わらせられたのは、『最悪』ではない」


 もちろんアリスを侵入させないことこそが最善ではあったが、だからと言って通してしまっては全てが終わりというほどのことではない。

 アリスがナイアに勝てるとはヒルダは思っていない――それでも『万が一』を防ぐために行動していたに過ぎない。

 最悪だったのは、アリスの他にもユニットの『ゴエティア』への侵入を許すことだったのだから。


 ――相手を全滅させて先に大将アリス・ナイアの手助けに向かえるのはどちらか。


 先程ジュウベェが発言したこの内容が全てだ。

 そして援軍の重要度という点では、アビサル・レギオンの方が高い。ジュリエッタたちではナイアの【支配者】に抗うことは出来ず、足手まといになるだろう。

 だからこそ、ここに留まりアビサル・レギオンの足止めをしようとしている――そうヒルダは考えたし、そうせざるをえないという事情も理解している。

 いずれにしても『ゴエティア』外での戦いの結末如何によって、『ゴエティア』内での戦いの趨勢が大きく傾くのは間違いない。


「エクレール、こやつらを片づけるぞ」

「……」


 ヒルダからしたら、ジュリエッタのことをのだ。彼女たちが思うような『因縁』など全く感じていない。

 思い入れも何もないために、『勝利』へと向けて冷徹な判断を下せる。

 三方での戦いの内、どこか一か所で決着がついたらすぐに別方向へと援軍へと向かい、各個撃破してゆく――ジュウベェ辺りは横槍を嫌がりそうだが、アビサル・レギオン全体の勝利のためにはそのような個人の拘りは不要なものだ。

 そして、ヒルダと相対するジュリエッタは、天空遺跡での戦いでエクレールに敗北している。

 あの時はルナホークの砲撃という対処せざるを得ない攻撃があったことも原因ではあるが、それでもジュリエッタのあらゆる面をエクレールは上回っていた。

 故に、この戦いに負けはない――油断なく、慢心せず、正面からの戦いがお望みであれば正面から叩き伏せるのみだ。


「させまセン」

「チッ……貴様もこちらか……」


 ジュリエッタとヒルダたちの間に、『糸』の網が張り巡らせられていた。

 迂闊に全速力で突進していたら、それに絡めとられてしまっていたことだろう――その意味でも、閃光弾に紛れて動かずに正解であった。


「オルゴール……」

「ジュリエッタ、お手伝いいたしマス」


 アリス突入後の戦いにおいて、オルゴールの役割はクロエラと近いものを予定していた。

 臨機応変に三方向の戦場をフォローする――特に彼女の魔法は援護や妨害に長けている。極端に苦手な相手もおらず、誰と組んで誰と戦っても活躍してくれるだろう。

 遠隔通話が使えない以上、オルゴール自身の判断にゆだねるとしていたが……彼女は迷うことなくその場に留まり、ジュリエッタの戦いに加わろうとする。


「ワタクシがフォローいたしマス」

「…………わかった、お願い」


 少しだけ迷うジュリエッタだったが、オルゴールの申し出を素直に受けることにした。

 自分から望んだ戦いとは言え、ヒルダ・エクレールの二人を同時に相手にして確実に勝てるとはジュリエッタも思っていない。

 負けるわけにはいかない戦いだ。ジュリエッタは自分の拘り――否、プライドよりも実利を優先すべきと判断した。


「ふん、誰でも良いわ。どのみち、貴様らを全滅させるのじゃからな」


 ヒルダにとって、相手が誰であろうが何人であろうが関係のない話だった。

 過程はどうあれ、最終的には必ず『勝つ』――仮にどこかで負けたとしても、結局全体的には負けはない、と確信しているが故に相手に興味を持たない。

 緒戦の躓きなど大局的には些細なことだ。


「全滅するのはお前たちの方だ!」


 ヒルダの言葉にジュリエッタはそう反論する。

 ……その言葉も、ヒルダの心には響かない。

 なぜならば――今『ゴエティア』外で戦っているのは、アビサル・レギオン最上位のグランドピースである自分と、それよりも上位に位置する『第四位』エクレール。そして新参故にレギオン内での序列は定まっていないが、単純な戦闘力だけ見れば明らかにベララベラム第三位以上のジュウベェに、『戦略機動兵器』と言っても差し支えないルールームゥ第二位と並ぶ能力を持つルナホークなのだ。

 ベララベラムがそうだったように、たった一人でラビのユニット全員を相手しても互角以上に渡り合えるだけの戦闘力の持ち主しかいない。

 その上で少数による『個人戦』を挑んでいるのだ――そうするしかないとは理解していても、ヒルダにとっては『悪手』としか言えない。

 それに加え――


 ――……頃合いか。地上の方にも妨害が入っているようじゃ……こちらは手早く片付けるべきか。


 だらだらと戦いを長引かせる意味はお互いにない。

 早めの決着をつけるためにも、ヒルダは『奥の手』を早々に使うことを考える――

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