第9章3話 奇策

*  *  *  *  *




 アビサル・レギオンとどう戦うか――幾つか方法は考えられる。

 が、どんな方法を採るにしても、こちら側の戦力が劣っており苦しい戦いになることに違いはない。

 だったら、一番勝率が高いであろう方法を採るしかない。

 ……それが相手にも読まれていることは承知の上で。


”まず大前提として、必須として『ナイアを倒す』ことが挙げられる”


 これはもう間違いない。

 ヤツを倒さずして問題は何も解決しない。

 まぁありうるとしたら、ナイアが『勝てない』と音を上げて降参した時くらいだろう。ヤツが『勝てない』と思うようなケースは、結局のところヤツを倒せるくらいまでこちらが追い込む必要があるのだ、あんまり考える必要のないケースかな。


”そして、現状ナイアとまともに戦えるのはアリスしかいない”

「ん、わたしがんばる」


 今までの戦いと全く異なる点はここだ。

 とにかく、アリス以外はナイアの前に立つことはリスクしか存在しない。

 言葉は悪いけど、『弾除けにすらならない』というのが現状だ。

 下手にナイアの近くに寄ったら、【支配者ルーラー】によって操られてしまってアリスの妨害をするだけになってしまう……。

 今までだったら、例えばアリスの攻撃しか通用しないような強敵――実際に戦ってないけどムスペルヘイムとか――がいたとしても、他のメンバーが援護に回ったり強化魔法を使ったりでフォロー可能だったろうが、今回だけはそれすら無理なのだ。

 ……不可抗力とは言え、アリスとクロエラだけで挑むしかなかったジュウベェ戦よりも更に条件は厳しいと言わざるを得ないだろう。


”だから、私たちが狙うのは――となる”

「わたくしの召喚獣であれば援護できるかもしれませんが……」

「大丈夫。トーカは、に集中して」

「ありすさん……」


 ……確かに召喚獣なら【支配者】の命令も通じないかもしれない。ただ、これは実際どうなのかよくわかってない……多分大丈夫なんじゃないかとは思うけど、『多分』で突き進んでもしダメだった時に致命的なことになりかねないからね。

 それに、ありすが言うように桃香には桃香のやるべきこと――いや、やりたいことがあるのはわかっている。そっちも重要なのだ、後悔のないよう全力を尽くしてほしいとも思う。


「むぅ、となるとアニキの言う第二段は、ありんこを無傷でナイアのところに送り込むための作戦ってことになるっすかね。

 つまりは――俺らでピース共を足止めするってことっすか」

”……うん。他の皆の役割はそうなると思う”


 こちらはナイア一点狙いで戦いたいが、相手だってそれはわかっているだろう。いや、まぁわかってないくらいバカだったら嬉しいんだけど、そんなんだったらここまで私たちは追い込まれていない。

 だから私たちとしては、アリスをナイアの元へと送り込んで一対一の状況を作る。そのために、他の皆でピースを抑え込むようにしなければならない。

 千夏君の言う通り、『足止め』が必要なのだ。

 もちろんナイアと戦うまでの話ではない。

 ナイアと戦っている最中にピースに乱入されることも防がなければならない。


「ま、こっちも丁度決着つけたい相手がいたことですしね、ナイアの野郎ぶっ飛ばすのはありんこに任せますわ」

「うむ……我もやらねばならぬことがあるしな」

「はい……」


 ……千夏君、ノワール、そして桃香にはそれぞれ因縁の相手がいる。

 一番心配なのは桃香なんだけど……いや、それは言うまい。どの戦いだって心配なのには変わりない。


「……問題は、ピースがナイアの傍に纏まっていた場合、だと思う」


 楓の言う通り、そうなると私たちにとっては最悪の事態なんだけど……。


”絶対ってわけじゃないけど、ヤツの性格から考えるとかなり可能性は低いかなって思う”

「あたしもそう思うにゃー」


 おそらく楓も読んではいるだろうけど、可能性として挙げてみただけだろう。

 ナイアの性格からすれば、おそらくヤツはピースを自分の傍に侍らせたりはしないと思う。


”ただ……ヤツのところに辿り着くまでに、ピースによる妨害はいっぱいあるんじゃないかなとは思うけどね”

「っすね。流石にノーガードでタイマンさせてくれるとは思えねっすね」


 ヤツは――本質的にはなのだと私は読んだ。『臆病』と言ってもいい。

 臆病な小心者だからこそ、過剰なまでに自軍の戦力を強化した上で、更に自分自身の『身の安全』のためにナイア――ユニットの身体を得たのだと思う。

 他には、今まで散々私たちを振り回してきた『自己顕示欲』の強さだ。

 『ナイア』にしろアビサル・レギオンにしろ、こちらへと『見せびらかしたい』という思いがあるのはわかっている。

 そして最後に、余裕を見せつけたいのか『遊ぶ』傾向があるみたいだ。

 一言で纏めると、私から見たナイア――ヘパイストスマサクルは、『異様に自己顕示欲の肥大化した小心者』だ。

 ……これがヤツが私をミスリードするために演技している、とはちょっと思いにくい。そんな演技をしてミスリードを誘ってこちらの判断ミスを狙うくらいなら、圧倒的な武力を以て制圧してきた方が絶対に速いからだ。


”私の予想だと、多分ヤツは自分の周りにピースを置かないで『関門』みたいに配置すると思う。それがどんな配置になるかはわからないけど……。

 どちらにしろ『自分のところまでは到達できない』と言わんばかりに自信たっぷりな感じだろうね”

「うん、私もそう思う。だからこそ厄介なんだけど……」

「遊んではいても油断はしてないって感じかにゃー……」


 そう、油断はしてない――小心者故に、自分が万が一にも危険に晒されることは避けると思うのだ。

 エル・メルヴィンでは『ナイアを見せつける』というためにわざわざ前に出てきたが、あの時はヒルダたちピースも傍に控えていたし【支配者】でこちらを完封できると思っていたためだろう。

 だから【支配者】の通じないアリスがいる限り、ヤツがたとえ周囲にピースを侍らせても前には出てこないはずだ。

 乱戦になった時に一番怖いのは、『流れ弾』が飛んでくることなのだから。【支配者】でアリス以外を支配できたとしても、ヤツからしたら安心はしていられないと思う。

 故に、ピースはあちこちに配置してどこから攻めて来てもナイアに届かないようにしていると私、そして楓と椛も予想した。


”相手だってアリスについては最大限に警戒していると思う。してないならそれに越したことはないけどさ”

「んー……じゃあ、わたしが《神馬脚甲スレイプニル》で一気に乗り込もうとしても防がれる?」

”可能性は高いね”


 例えばヒルダのオーダーで止められる可能性はありえるし、ルナホークとジュウベェが全力で迎撃に来たらアリスでも危うい。


「それじゃ、どうしますか? お嬢の召喚獣で姿を隠すヤツがあったし、それ使いますか?」

「《ハーデスの兜》でありすさんが隠れつつ、わたくしたちでピースを引き付ける……出来なくはないですが……」


 桃香が渋い表情になるのもわかる。

 確かに《ハーデスの兜》で隠れてアリスだけが侵入、という手も使えないわけではない。

 ただそれだとヴィヴィアンの魔力消費が激しすぎてピースの足止めは難しくなってしまう。

 それに、エル・メルヴィンでは上手くいったけど敵の中に《ハーデスの兜》の隠密を見破ることの出来る能力がない、という保証はないのだ。

 ……怪しいのはルールームゥ、それによくわからないけど姿を隠す能力があるっぽいエクレールあたりかな? ルナホークの換装魔法コンバートで索敵特化型の兵装があるかもしれないし、ジュウベェの魔法剣だってわからない。


”そうだね。方法の一つではあるけど、今回は別の方法を考えてあるんだ”


 そう言いつつ、私は千夏君とマキナの方に視線を向ける。


”千夏君については言うまでもないかな?”

「っす。ディスガイズでアリスに化けて惑わす、って方向っすね!」


 流石に聡い。


”うん。

 つまりはそういうこと――さっき話した第一段階の方法で目くらましをしつつ空中要塞へ突入。そして第二段として『アリスの偽物』をいっぱい作るっていう方法だね”


 そう長い時間誤魔化す必要はない。もちろん、長く誤魔化せるならそれに越したことはないけど。

 千夏君ジュリエッタにはディスガイズで変装してもらい、他については――


”マキナ、君の『糸』で変装――できるよね?”

「……は、はい……うぅ、バレてました……?」

”まー、途中からだけどね”


 別に責める気はない。

 何のことかと言うと、マキナオルゴールは『糸』を使った自分のダミーを使って戦うことが出来るという話だ。

 糸で形作れるものなら何でも作れる編物魔法ウィーヴィングで糸人形を作って、それを本体のように見せかけて戦っていた場面が何度かあったのだろう。

 私が気付いたきっかけは、エル・メルヴィン戦と同時に起きていたベララベラム戦の結果を聞いた時だ。

 『糸』を使って遠隔で戦ってたからというのはあるだろうけど、正直オルゴールがゾンビ化しないで無事に過ごせたのは少し不思議だったんだよね。なにせ、ガブリエラですらゾンビ化してしまうような厳しい相手だったのだから。

 その辺りで『糸を使って人形を作ればゾンビ化しないで戦える』ってことに気付いた。

 ……んで、今半分カマかけてみたんだけど、どうやらビンゴだったみたいだ。


”ともかく、マキナの糸を使ってアリスのダミー人形を作る、あるいは糸で全身を覆って『変装』させる”

「……なるほど。千夏さんは単独で行くしかなさそうですが、わたくしと昴流さんであればダミーと一緒に移動して惑わすことが出来ますわね」


 そういうことだ。

 流石にヴィヴィアンとクロエラを変装させても意味がないだろう。乗り物を見れば一発でわかるし。

 だからこの二人にはダミー人形、あるいは変装した人物を乗せてもらうことになる。


「ん……わたしの《影分身ドッペルゲンガー》は?」

”そっちももちろん使うよ”


 魔力消費を避けたいとは言っても、とにかくナイアの元に辿り着かなければ話にならない。

 《ドッペルゲンガー》も活用できるのであれば必要経費として割り切って使うべきだろう。


”爆弾で目くらましをしつつ、敵の配置とナイアのいそうな場所を事前に見よう。そして、どこから乗り込むかが決まったら――アリスをそこへ送る”


 十中八九、空中要塞中央部の塔の中にナイアはいるとは思う。まぁこれは他に重要そうな施設がないかを確認するためだ。

 本命は敵の配置の方だ。

 私たちが知る限り、残るピースは『ヒルダ』『エクレール』『ジュウベェ』『ルールームゥ』。そしてユニットは『ルナホーク』と『エキドナ』だ。

 正直これ以外に戦力がいるのかどうかはわからないし調べようもない。ここが一番の不安材料なんだけど……。

 ともかく、空中要塞外部にこれらがどのように配置されているのかを見て、誰がどこから突入するかをその場で決める。

 遠距離からでも観察できるアリスの《神眼領域ヘイムダル》で見ようと思う。


「わたしはいいけど、ラビさんは?」

「そ、そうですね、ラビさんの人形も作りましょうか? 変装は難しいですけど……」


 そりゃね。私のサイズじゃ糸で変装は難しいだろうね。やれるとしたらキューくらいだけど。

 もちろんありすたちが気になっていることもわかる。それについても考えはある。


”うん、私についても考えてあるよ。

 それでさノワール。事前に聞いてたことなんだけど――”

「うむ、のことじゃな、構わぬぞ。この戦の後なぞ考える必要はない。其方の思う通りに使うが良い」

”……ありがとう。絶対無駄にしないよ”


 ここに関しては、実はノワールに『あること』を確認していた。

 時間がないなりにも少し『実験』もしてみて、感触としてはおそらく問題ない……とは思う。

 もちろん、ナイアに直接どうこうできるようなものではないんだけど、この『一押し』があるかないかで大分変わってくると思う。

 皆にそのことを含め、第三段、そしてそののことについて最後の考えを語る――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――作戦の読み合いか。


 ヒルダはそう分析する。

 あらゆる面において戦力が劣っているラビたちが、あらゆる面において勝っているアビサル・レギオンと無策で戦うわけがない。

 だから、向こうがこちらをどう読んでいるか、逆にこちらが向こうをどう読むか。

 単純な戦力同士のぶつかり合いよりも、そちらを優先して考えるべきとヒルダは考える。

 ……尤も、本来ならばそういうことを考えるのは総大将であるナイアや、その右腕ブレーンたるエキドナの役割だとも思うのだが……。


 現状、ラビたちが打っている手は四手。

 方法はヒルダにはわからないが、とにかく空中から岩塊爆弾を無数に降らせてルールームゥの対空攻撃をそちらへと向ける『囮』。

 その囮に紛れて対空攻撃の隙間を縫って《バエル-1》へと三方向から侵入している。

 内一つはヒルダたちの元へと現れたが、それは『アリス』の姿を真似したジュリエッタ――つまりこれもまた『囮』だ。

 残るルナホークとジュウベェの前には別のユニットが現れているが、そちらにも『アリス』らしきものが見える。


 『レギオンマスター』であるヒルダには、ナイアによってチート能力が付与されている。

 それは各ピースとの遠隔通話に似たテレパシー能力、それと『視界共有』の能力だ。

 全軍を指揮する役目を(半ば不可抗力で)果たさなければならないヒルダにとって、これ以上ない最適な能力と言えよう。

 彼女が全軍の『眼』を使って広範囲の状況を把握、その時々に応じてオーダーを使って操ることが可能となっている。


 ――さて、どうかの。


 三方向に現れた『アリス』をどう考えるか。

 素直に考えれば、ジュリエッタが化けていたことからしていずれかが『本命』、つまり本物の『アリス』であると考えられる。

 向こうが優先すべきはナイアの打倒なのだ。ここでわざわざアリスを使わず、アビサル・レギオンのピース撃破だけを狙うとは到底考えられない――仮に考えたとして、それは何の意味もない『奇策』ですらない『愚策』だ。

 だから必ず『アリス』を『ゴエティア』へと突入させる策を練っているはずなのだ。


「……ふん、読めたわ」


 エクレールに指示を出しつつ、ルナホークたちの視界も総合してラビたちの狙いを考えていたヒルダは結論を出した。

 視界を一旦ジュリエッタから逸らし、上空――岩塊爆弾の降ってくる方向へと向ける。

 ヒルダの読み通りならばそろそろ頃合いだ。


「ルールームゥよ、中央へと集中攻撃じゃ!」

<ピー!!>

「……チッ!?」


 ヒルダが何を狙ってルールームゥへと指示を出したのか、ジュリエッタには理解できたのだろう。

 舌打ちすると共に反転、ヒルダの方へと向かって来ようとするが――


「オーダー《ジュリエッタ:停止せよ》! エクレール!」

「く、そ……っ!」


 オーダーで止められるのはほんの一瞬だけ。

 しかし、その一瞬でエクレールは間合いを詰めてジュリエッタへと棍棒を振り下ろして来る。

 ヒルダへと向かうことも出来ず、ジュリエッタは硬直の解除と同時に横へと跳んで回避することしか出来ない。


「マズい!?」


 自身の危機よりも優先すべきことがあるのか、ジュリエッタもまた視線を上へと向ける。

 ――その行動が、ヒルダの読みが正解であることを示していた。




 ヒルダたちが視線を上げた先、そこには岩塊爆弾が降って来ていた。

 ただし、今までと少し毛色が違う。

 中央――『ゴエティア』を狙うかのように、複数の岩塊爆弾が纏まって降ってきていたのだ。

 《バエル-1》の装甲であれば例え直撃しても『ゴエティア』を破壊することは難しいし、ましてや内部にいるナイアへと致命傷を与えることは不可能だ。

 しかし目的は『攻撃』ではない。

 、そうヒルダは読んだ。

 ヒルダの指示に従い、ルールームゥが右翼左翼への迎撃に使っていた対空砲座も全て中央へと向け、岩塊爆弾群へと集中砲火を見舞う。

 空中で次々と爆発四散してゆく岩塊爆弾――その中から、一つの影が飛び出す。


「ふん、やはりか」


 岩塊を蹴り、爆風に乗るようにして《バエル-1》へと降り立とうとしているのは、『アリス』であった。

 ご丁寧に肩にはラビの姿も見えているし、他の『アリス』が持っていない霊装『ザ・ロッド』も手に持っている。


 ――当然じゃな。ナイアとの戦いに使い魔抜きで挑むとは考えられぬ。


 三方向に現れた『アリス』は全て偽物。

 そして、それらがピースの動きを抑えている内に本物の『アリス』が爆弾に紛れて侵入する――そういう作戦だとヒルダは読んだ。


「ルナホーク、ジュウベェ。貴様らの前に現れたのも偽物じゃ。惑わされるでないぞ」


 どちらも『ゴエティア』へと向かう素振りは見せているものの、それらは全て見せかけだろう。

 本命の『アリス』は予想よりも早くバレてしまったためか、ヒルダたちの近くへと落下してきてしまった。

 『ゴエティア』へと向かうにはヒルダとエクレールをかわしていかなければならないが、仮にジュリエッタと協力しても群衆指令魔法マス・オーダーがある限り容易ではない。

 空中の攻撃が一段落したら、ルールームゥも参加することが出来るのだ。

 ピース全員を倒してから『ゴエティア』へと向かうという選択もあるが、そうすることによってナイア戦前に大幅な消耗を強いることも出来る。

 相手の作戦をヒルダの勝ちだ――




「……なんて、ね」

「!?」


 作戦を読み切ったと思ったヒルダの内心を読んだかのように、ジュリエッタが『べー』と舌を出してそう言う。

 その直後だった。


「な、なんじゃと!?」


 上空――撃墜された岩塊爆弾の一つから、巨大な黒い影が飛び出してきた。

 漆黒の結晶で形作られた『ドラゴン』……黒晶竜である。

 それを見届けると同時に、ジュリエッタたち先行組が一斉に行動を開始する。


『ヴィヴィアン、クロエラ、!』

『ええ!』

『う、うん!』


 黒晶竜の姿は位置的にジュリエッタにしか見えていない。

 よってジュリエッタがヴィヴィアンたちへと遠隔通話で作戦開始の合図を伝える。

 同時に黒晶竜が背中の翼から黒炎を噴き出し、一直線に『ゴエティア』へと突進する。

 それと合わせて、ジュリエッタたちもピースを無視して同じく『ゴエティア』へと全速力でダッシュする。




 ――まさか、を使う気か!?


 ヒルダの読みは途中まで合っていた。

 しかし、その先でラビたちの作戦が『ありえない』方向へと向かったことで読みを外されてしまった。

 黒晶竜――結晶竜インペラトールたちの能力はヒルダも知っている。

 翼から勢いよくエネルギーを噴き出すことで、生物としてはありえない程の超加速で突進することが可能だ。

 加えて黒晶竜の能力は『滅び』――ありとあらゆる物質を侵蝕し、風化させて消し飛ばすという、ある意味ベララベラムの腐食魔法ロトゥン風化魔法ウェザリングを掛け合わせた上位互換だ。その威力は凄まじく、まともに浴びればナイアの力の結晶である『魔眼』ですらも消すことが出来るという、ユニットの魔法よりも脅威度の高いものである。

 黒晶竜の『滅びのブレス』であれば、たとえ霊装同等の強度を持つ《バエル-1》といえども破壊することが可能だ。


「マス・オーダー《アビサル・レギオン:黒晶竜を迎撃せよ》!!」


 それでもヒルダの判断は早かった。

 黒晶竜の姿を見た瞬間にマス・オーダーでエクレールたちに黒晶竜迎撃の指令を下す。

 一番やらないと思った手――それは、ことである。

 ナイア側がアリスを警戒するのを読んだ上で、敢えて別の戦力をぶつける――考えないわけではなかったが、やったところで何の意味もないことだと切り捨てていた可能性だった。

 しかし、それが黒晶竜ならば話は別だ。

 確かに『魔眼』の力で結晶竜たちは封じ込めることが出来るが、それは『魔眼』の結晶を直接埋め込んだ時に限られる。実際、『天空遺跡』でもそうだった。

 いかにナイアといえど、超高速で『ゴエティア』へと突進してくる黒晶竜に即座に『魔眼』を埋め込むことは出来ないし、また流石に『滅びのブレス』を直接浴びては致命傷を与えられかねない。


 ――おのれ、黒晶竜の破壊は失敗だったか……!?


 ベララベラム襲撃後、ルナホークとルールームゥがエキドナの命令を受けてエル・アストラエアを破壊しに向かったのをヒルダも知っていた。

 そこでヒルダは敵の戦力を確実に削るため――エキドナの命令をナイアによって中止させられる可能性を考えていたからだ――町を狙うフリをしてに頼んでいたのだ。

 ナイアにとっての危険度はアリスよりも大分下がるが、それでも黒晶竜は他のユニットよりも危険度は高いと判断したからだ。

 結局、爆撃でも黒晶竜の完全破壊は無理だったようだ。


「おのれ……!!」


 ヒルダもまた、黒晶竜迎撃のためにジュリエッタたちを無視してそちらへと向かう……。

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