第9章1節 ハルマゲドン
第9章2話 先制打撃
* * * * *
ナイアと戦う際に最大の障害となるのがアビサル・レギオンのピースたちなのは間違いない。
私たちが知る限り、残っているのは『ヒルダ』『エクレール』『ジュウベェ』『ルールームゥ』の4人。
それに加えてナイア本人は当然として、『エキドナ』『ルナホーク』もいる。
これらを撃破、あるいは足止めしつつアリスをナイアの元まで無傷で送り届ける……それが作戦の目標となる。もちろん、送り届けるだけでなく最終的にナイアを倒さないと意味がないのは言うまでもない。
”最大の問題は……あの空中要塞にどうやってまた乗り込むかってところだと思うんだ”
色々と問題はあるけど、やはり一番はこれだろう。
エル・メルヴィンからの脱出時にチラッと見ただけだから杞憂に終わってくれるかもしれないが、あまり期待は出来ない。
とにかくルールームゥの変形した空中要塞にどうやって乗り込むか、が一番の問題だ。
上から行くにしても下から行くにしても、あちこちにある砲台から撃ってくるのは間違いない。
スピード重視で行くとして、アリスの《
そしてその三者であっても、対空砲火の密度次第ではやはり危険になってくる。
”だから考え方としては二通りある。
一つはあの空中要塞に乗り込まないで『落とす』ことを考える”
これは割と『有り』かなとは思う。
空中要塞を落とすことができれば、中にいるであろうナイアたちも巻き込むことが出来るだろうし。まぁそれだけで倒せるとまでは思えないけど。
ただ、この方法にはかなりの問題がある。
「うーん……確かにあの要塞がなければ戦いやすいかもしれないっすけど、ルールームゥが変形しているって考えるとかなり厳しいかもしれないっすね……」
実際にルールームゥと戦った千夏君の意見は尤もだった。
彼の推測を聞く限り、どうやらルールームゥは『身体そのものが霊装』となっている可能性が高い。
ダメージは全く通らないというわけではないみたいだけど、とにかく防御力は異常なまでに高く生半可な攻撃ではビクともしないみたいだ。
空中要塞でも霊装並の硬度なのかは不明だが、まぁこれもやっぱり同じくらいだと思っていた方が無難だろう。
「そうなると、やっぱり空中要塞に乗り込んで直接ナイアたちと戦うしかないかな。それが大変ってうーちゃんはわかってると思うけど」
”まぁね。そこで二つ目の考え方――
「正攻法じゃないにゃ?」
正攻法じゃないんだな、これが。
正直あの要塞の防衛網を潜り抜けて乗り込むということ自体、かなり厳しい。
仮にピースたちの妨害がないとしても、私たちの全戦力を投入しても突破することは難しいだろう――何度も言うけど、ルールームゥの能力を甘く見積もることは危険だ。私たちが想像しうる最悪の性能でもまだ足りないくらいに警戒しておくべきだろう。
だから正攻法……この場合は真正面から敵の防衛網を潜り抜ける、というやり方は戦力的にどう考えても無理と言わざるをえない。
”私たちがあの空中要塞から脱出した時のことを考えると、そこまで迎撃性能が高いというわけではないと思うんだよね”
砲台の数が多い、というだけで脅威ではあるが、命中精度自体は高いというわけではなかったと思う。
でなければ、あの時ブランと逃げ切れなかっただろう。
もちろん、だからといってアリスたちが余裕で回避して接近できるとも思わない。さっき述べた通り、『数が多い』こと自体が脅威なのだから。弾幕を張られたら逃れきれなくなってしまう。
”ルールームゥの魔法だけど、自動で迎撃するって機能は多分ないと思う。ていうか、そんな機能までついてる能力じゃ手に負えない”
「ん、確かに」
無敵の空中要塞に変形した上、更に対空砲にしろその他の攻撃兵器にしろ、本物の兵器みたいな照準精度だったりしたらお手上げだ。
とはいえ、私たちは魔法が『万能ではない』ということは理解している。
『あらゆる状態異常を治す』という魔法がキャパオーバーで作れないのと同じように、『あらゆる兵器を自動で動かす』なんて魔法も作れないと思うのだ――仮にやるとしたら、とんでもない魔力量となってしまうはずだ。
まぁ実際、『向かって来る飛来物を撃ち落す』って現代兵器でも百発百中というわけにはいかないみたいだし、迎撃の隙を突くやり方は無理筋ではないと思う。
”さて、諸々の状況を含めて、こういう作戦を考えたんだ”
私の作戦はこうだ。
まず、空中要塞に対して『迎撃
食らっても無視できるような攻撃ではダメだ。食らわず、迎撃しないと拙いと思えるくらいの攻撃でなければならない。
……もしかしたら蚊が飛んでくるようなものでも迎撃してくるかもしれないけど、それならそれで構わない。
なぜならば、目的は
”真正面から突っ込んでいっても撃ち落される可能性が高い。でも、空中要塞へと乗り込まないことには戦いにならない――だから近づくためには
「うわぁ……うーちゃんが悪い顔してるにゃ……」
失敬な。
いや、でもまぁ今回は確かに『悪い顔』しているかもしれない。
なぜならば、今までも考えてはいたんだけどブレーキをかけていた方法を使うからだ。
”作戦の第一段として――ありす、それと楓と椛、雪彦君の魔法を使おうと思う”
私が作ろうとしているのはクラスター爆弾……あんまり詳しいことは私も専門じゃないし、昔ニュースで話題になった時にチラ見しただけの知識しかないものだ。
まずはアリスの魔法で小さな『爆弾』を沢山作る。威力もあるに越したことはないけど、そこまで重視はしない。小さな爆弾を散らばらせて、派手な爆発を広範囲で起こすことが目的だ。
アリスの爆弾に加えて、クロエラの
排気ガスの形状で残り続けてくれる魔法なので、アリスの魔法で排気ガスを閉じ込めたカプセルの形にする。
これで『爆発』と『煙幕』、それと気休めかもしれないけどルールームゥの探知を阻害する『攪乱』の効果を持った小型爆弾をいっぱい作ることが出来た。
次はウリエラの
最後にサリエラは【
”作った爆弾はウリエラのアニメートで投げつけたいところだけど、まぁ仕方ないかな”
この時点でウリエラはガブリエラたちと共に地上に残ることになっている。
なので、爆弾を放り投げる役は任せられない。まぁ、アリスの魔法やヴィヴィアンの召喚獣で代替可能だし拘る必要はないか。
とにかく、の巨大爆弾を空中要塞に向かって次々と落としていく。そして、アリスとクロエラの魔法を遠隔で作動させることによって目くらましを行う――あわよくばダメージも狙いたいところだけど、そこは期待薄だろう――これが作戦の
”それで肝心なのはここから先、作戦の第二段なんだけど――”
さっき言った通り、巨大爆弾はあくまで『目くらまし』が目的だ。
目くらましを必要とする理由は、当然『空中要塞へとユニットが乗り込む』際の妨害を潜り抜けるためである。
だから第二段は当然、乗り込むことを指すのだが――ここにこそ、一番の
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――空中からの攻撃に紛れて乗り込んできたか……!
ヒルダはすぐさまラビたちの狙いをほぼ正確に理解した。
大型の岩塊にカモフラージュしたクラスター爆弾だ、これを放置することはできないだろう。ルールームゥの装甲ならば、と思って油断したところで霊装すらも砕きかねない強力な爆弾が紛れ込んでいる可能性もあるし、それをルールームゥには判断することは出来ない。
よって、必然ルールームゥは《バエル-1》に降り注ぐ岩塊の迎撃を行わなければならなくなった。
『自動迎撃魔法』であれば話は別だが、《バエル-1》の対空兵器はそうではない――ラビの予測通り――ため、ルールームゥの意識はどうしても岩塊爆弾に向かざるを得ない。
その『隙』を突いたのだ。
「エクレール!」
降り注ぐ小型爆弾からエクレールに守ってもらっていたヒルダだったが、この期に及んで自身の安全を優先はしない。
すぐさまエクレールと共に、目の前に降り立ったアリスへと攻撃を仕掛けようとする。
「……」
だが、向かって来ようとするヒルダたちを一瞥すると、すぐさまアリスは《バエル-1》中央塔――『ゴエティア』へと向かう。
「チッ……!」
アリス――ナイアの【
ピースは可能な限り無視して進むのが正しいだろう、仮にヒルダがラビだとしても同じようなことを考える。
となれば――
「ルナホーク、ジュウベェ、備えよ!」
敵が一人なわけがない。
アリスの突入を助けるために他のユニットも同じように爆弾に紛れてやってきていると考えるべきだろう。
ヒルダの予想は当たり、
『くふふっ……えぇえぇ、こちらにも来ましたよ』
『敵機、確認。迎撃します』
二人からもユニットとの遭遇の報告が来る。
――やはりか……!
『ゴエティア』の入口は一か所しかない。ヒルダのいる《バエル-1》の正面方向だけだ。
ルナホーク、ジュウベェは『ゴエティア』の左右方向へと展開していた。まずありえないと思うが、『ゴエティア』を無理矢理破壊して突破しようとするのを防ぐため、三方を最大戦力で囲んで固めるためだ。
もちろん、どちらも何かあればすぐさまヒルダの元へと駆けつけることは出来る程度の距離だったが……。
ともかく、今対処すべきは『ゴエティア』へと突入せんとしているアリスの阻止だ。
「オーダー《アリス:停止せよ》! エクレール、やれ!」
ヒルダにとって、アリスは『ただの敵』だ。その上、最も危険な敵である。ナイアの意向は置いておくとしても、ヒルダとしては『敵』は等しく倒すべきと考える。
オーダーで動きを一瞬でも止めれば十分。エクレールの一撃で叩き潰す、さもなくば致命傷を与えることが出来ればよい。
他方から乗り込んだユニットについてはルナホークたちが迎撃……仮に逃したとしても、アリスさえ始末できていればナイアの首に刃を突き立てられるものはいなくなる。
予想外の方法での奇襲には驚かされたが、十分対処可能な範囲だ。
長く続いた戦いも呆気なく終わる――そう思ったヒルダであったが、異変が起きた。
「!? なぜ止まらぬ!?」
オーダーを受けたはずのアリスは止まらず、そのまま『ゴエティア』入口へと走る。
【支配者】だけでなくオーダーも通じないのか、と考えたがすぐに否定。実際、エル・メルヴィンではアリスにもオーダーは通じていたはずだ。
自身の魔法の不発を疑うことなく、機械のように即判断を下す。
「オーダー《エクレール:機動力強化》!」
即エクレールへと強化オーダーを使い、アリスへと追い付かせる。
「■■■■ッ!!」
「……!」
ただでさえ巨体の割にはそれなりの素早さを持っていたエクレールが、ヒルダの強化を受けて高速で接近。
接近すると共に棍棒をアリスへと叩きつけようとする。
流石にエクレールの攻撃をまともに食らってしまってはひとたまりもない。
アリスも自然を蹴って横へと跳び、エクレールの一撃を回避する。
直撃は避けられたものの、『ゴエティア』の入口を背にエクレールが立ち道をふさいでしまった。
「…………そういうことか」
エクレールと二人でアリスを囲む形になってはいるが、ヒルダは全く油断することはない。
隙を見てアリスが『ゴエティア』に入ってしまうかもしれない、と警戒し一挙手一投足を見逃さないようにして――そして気付いた。
幾つか違和感があったが、その全てを冷静に考えれば自分の考えが正しいとしかヒルダには思えない。
「ルナホーク、ジュウベェ、気を付けよ!
『了解いたしました』
『くっふふふ……あぁあぁ、そういうことですのねぇ……』
「……ちぇっ、バレたか」
ヒルダが見抜いたことを知り、あっさりと『アリス』が認める。
そして、その姿が煙に包まれ――
「貴様か……
アリスの姿からジュリエッタへと戻る。
岩塊爆弾を目くらましにして、更にアリスの『偽物』を混ぜて乗り込む、そういう作戦なのだろう。
だとすると……。
「まぁ良い。囮じゃろうが偽物じゃろうが、誰一人『ゴエティア』には立ち入らせねばいいだけの話じゃ」
おそらくルナホークたちの方にも『アリス』が現れているはずだ。
その中に本物がいるのか、それとも更に本物が機を窺っているのかはわからないが、やるべきことに違いはない。
むしろ、分散してやってきたことによりヒルダたちにとっては逆に対処しやすくなったとも言える。
……もっとも、ラビたちの側からしても、ピースを個別撃破しなければならないと考えていたので予定通りとも言えるのだが。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《バエル-1》左翼部にて――
「最重要警戒対象確認…………?」
機械的な印象の強いルナホークも流石に戸惑う様子を見せる。
彼女のいる側へと降り立ったのはヴィヴィアン――《ペガサス》に乗り、その機動力を以て弾幕の隙を突いて降りてきたのだろう。
戸惑っているのはヴィヴィアンに対してではない。
《ペガサス》に同乗しているもう一人……と思われる『物』に戸惑っているのだ。
……それは、遠目から見ればアリス
だが、ルナホーク程接近して見れば明らかに本人ではなく、それっぽく作られた明らかに『人形』とわかるものだったのだ。
「……侵入者の迎撃を開始します」
ともあれ、警戒しなければならないのはアリスだけではない。
《バエル-1》へと乗り込んできた者は全て『敵』――迎撃対象なのだ。
「……ルナホーク……ッ!」
対するヴィヴィアンは、そんなルナホークの様子を見て戦意の籠った視線を返す――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同じく右翼部――
「くふふっ……面白いですねぇ!」
「くっ……!?」
ジュウベェは迷わない。
迷わず、『侵入者』へと向かって刀を振るう。
まともに斬り合うこともせず、クロエラはバイクを走らせて回避。ジュリエッタのいる方角、『ゴエティア』の入口へと逃れようとする。
こちらもヴィヴィアンと同じく、弾幕を岩塊爆弾を囮にしつつ機動力に物を言わせて突破してきたのだろう。
ただ、《バエル-1》にまで降りてしまった後には空中走行の魔法は解除してしまっている。
飛び上がればジュウベェの攻撃は回避は容易であろうが、迂闊に高度を上げてしまうと今度はルールームゥの対空攻撃の範囲内に入ってしまう恐れがある――特に『逃げよう』とするとどうしても高度を上げることになってしまう。
「う、うぅ……」
「ふふふ……あらあら~? 困りましたねぇ~……
恐怖を堪え、要塞上を走って『ゴエティア』入口へと回り込もうとするものの、ジュウベェから逃げられない。
刀を振るうだけではない。クロエラに追い付けないまでも身体強化系と遠距離攻撃系の魔法剣を巧みに使い進路を塞ぎ、追い付いてくる。
「……」
サイドカーに乗っている『アリス』は、腕を組みどっしりと構えつつ無言でその様子を見ている。
「こちらも偽物ですかねぇ? えぇえぇ、それでも結構。あたくしの趣味ではございませんが、今回はまず『命令』を守らせていただきますとも」
そう言って切っ先をサイドカーの『アリス』へと向ける。
殺意すら見えない、心底『愉快だ』と思っていることが伝わる視線を受け、それでも『アリス』は表情を崩さず静かにジュウベェを見返すのみ。
「……ボクは……」
ジュウベェの視界にすら入ってないことを理解し、悔しそうにクロエラは俯くものの――
「くっふふふっ! さぁ、さぁさぁ、逃がしませんよぉっ!」
「う、うわぁっ!?」
悔しさを噛み締める暇さえなく、襲い掛かってくるジュウベェの攻撃をかわし続けるしかなかった……。
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