第9章 魔法大戦 -This is war-

第9章1話 ラストバトル

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちが常々『ゲーム』とだけ呼んでいるゲーム、その名は『M.M.』。

 様々な理由から仕様変更があり、現在の『ユニットがモンスターと戦うゲーム』という内容になっているが、当初の企画では異なる内容だった。


 使――それこそが『M.M.』の本来の姿だった。


 いわゆる『ハンティングゲーム』にかなり近い形式となった今であっても、『対戦機能』という形でそれは残っている。

 ベータ版とも言える今、クラウザーのチートにより本来の『対戦』は機能しなくなっているとも言えるが……。製品版ではもう少しマイルドに、そしてもっと気軽に対戦を行えるよう改良がくわえられる予定だ。

 ――もちろん、それは未来の話であり、今現在『M.M.』に参加している者たちには関係のない話ではある。




 今、『M.M.』開発者の一人・アストラエアの世界において、開発者たちの思惑すら超えた規模の戦いが始まろうとしていた。

 挑むはラビ――誰もその存在を確認できない『異世界』よりやってきた来訪者。

 迎え撃つはナイア――本来の名はヘパイストスという『異世界』の神。

 どちらも『M.M.』の枠を逸脱した超越者である。




<客観的に評価するなら――どっちも現時点で『ゲーム』クリアに一番近いと言えるだろうね>




 はいずことも知れぬ場所から、いかなる力を以てしてか『ゲーム』の範囲外であるはずの二人の激突が始まろうとしているのを見ていた。


<イレギュラー……ラビの方は、『戦闘経験』と言う意味では他の追随を許さない、間違いなくトッププレイヤーだろう>


 ラビ単独ではなく、他の使い魔と共に挑んだクエストがほとんどではあるものの、『ゲーム』内で起きた様々な『トラブル』のほぼ全てに参加し、更に解決へと導いていたのは間違いない。

 『ゲーム』の想定外の事態を攻略したことで得た経験値は、単純なユニットのステータスだけで測れるものではないと言える。


<ヘパイストスの方は、まぁ……『ゲーム』自体の参加は微妙だけど、『戦闘能力』で言えばこちらはもう無敵としか言いようがないかな。チートだけど>


 やや苦笑まじりには呟くものの、特に批難する気配はない。

 確かに『ゲーム』のルールを完全に無視した行為ではあるが、運営側は強制的に排除しようとはしない。認めているわけではないのだが。

 ともあれ、『1プレイヤーにつき最大4体のユニット』という原則を大きく破る戦力を持ち、更には『ラグナ・ジン・バラン』という『ゲーム』外の戦力まで有している。

 今はアストラエアの世界襲撃を行っているが、もしもこの戦力を『ゲーム』攻略に向けたとしたら……あらゆるモンスターを容易に駆逐することができるだろう。


 どちらも『ゲーム』クリアについては、他のどのプレイヤーよりも近いと言えるだろう。

 ラビたちは今までの積み重ねが、ヘパイストスには積み重ねはないがいざ本気で取り組めばあっという間に差を埋めることができるはずだ。


<ふふっ、残念と言えば残念だね。結果はどうなるにしろ――のだから>


 はなぜラビたちが相対し争っているのか、その理由をきちんと理解している。

 戦いの理由を考えれば、中途半端な結末はありえない。

 ラビかヘパイストスか、必ずどちらか一方が『全滅』するまで戦いが続くことは容易に想像できる。

 はありえないのだ――唯一ありえるのは、ラビたちがでの決着を諦めて撤退することくらいだろうが、ラビたちが撤退を決断する頃には手遅れになっている可能性が高いし、何よりもヘパイストスから逃れられるとも思えない。

 だから互いの『全滅』まで戦いは続くだろうと考えるのだ。


<あーあ、なぁ……>


 は笑いながらそう言う。


<こんな、『ゲーム』本編でやってくれれば皆も見れたのに>

<皆も見れば、ってわかったはずなのになぁ>

<……ま、言っても仕方ないか>


 使はきっととても見ごたえのある『見世物』となるだろう。

 それを見ればの理想をきっと理解したはずだ。

 『モンスターを狩る』というだけの『大人しいゲーム』なんかではなく、『魔法使い同士の真剣勝負』こそがの元々の理想だったのだ。


<さーて、それじゃアストラエアとの契約もあるし、ボクもちゃんと『役目』は果たさないとね>




 彼の名は『ゼウス』――『M.M.』の開発者たちのリーダーである。

 ラビとヘパイストスの知らぬ場所で、ゼウスは暗躍する。

 彼の行動がどのような結果を齎すのか、互いに想像だにもせず、ラビとヘパイストスの『魔法大戦』は幕を開ける。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時刻は現実世界での午前5時頃――ピッピがいなくなったことにより、アストラエアの世界でも同様の時刻となっている。

 エル・アストラエア南西150kmほどに位置する、『ラグナ平原』という開けた場所をラグナ・ジン・バランが進んでいた。

 その上空をゆっくりと空中要塞 《バエル-1》が進んでいる。




 ラグナ平原をある程度進んだところで、《バエル-1》ともどもラグナ・ジン・バランの進行速度が大幅に緩められた。

 その理由は、この場で地上の『移動要塞マグナ・フォルテ』から小型のラグナ・ジン・バランを発進させるためだ。

 移動要塞で突き進めば、そのままエル・アストラエアを踏み潰すことも『神樹ジン・ディ・オド』を奪取することも容易だろう。

 しかし、それをナイアたちはしなかった。


 それじゃ


 ……それだけの理由だ。

 あっという間に決着がついては面白みに欠ける。

 折角長い時間をかけて作り出したアビサル・レギオンと、解放できたラグナ・ジン・バランなのだ。それをほとんど活用することなく、パワープレイで相手を押しつぶすだけでは詰まらない――そうナイアは考えていた。

 もちろん、最終的には『勝つ』ことが重要なのはわかっている。

 だが、『勝ちが決まった』戦いと信じて疑わないナイアにとって、『楽しむ』というのも重要なことなのだ。

 まるで新しい玩具を見せびらかす子供のような感情だが、世界にとっての脅威度は桁外れだ。

 その気になれば後数時間も経たないうちに、最後の『神樹』をラグナ・ジン・バランによって奪うことが出来るだろう――さもなくばアビサル・レギオンで片を付けられる。

 そんなある意味『安心感』があるための『遊び』である。




 ――そして、それは相対するラビたちからしてみれば『舐められている』と受け取るよりも、『隙』と見るべき余裕であった。




 広く開けたラグナ平原を『前線基地』としたのは、ナイアの意思というよりもアビサル・レギオン全軍を指揮するヒルダの考えだ。

 彼女は『レギオンマスター』のコードネームを持つ、アビサル・レギオンの『第五位』にして、己の意思を持つ特別な大駒メジャーピース。そして、メジャーピースの中でも更に上位に位置する『グランドピース』である。

 二つ名の通り、彼女の役割は命令魔法オーダーを用いたアビサル・レギオン全軍の指揮だ。

 とはいえ、基本はナイアの意向には沿うようにしているし、レギオンの『外』にいるエキドナには命令することは出来ない。

 ラグナ平原に留まることについては、もちろんナイアから承認は得ている。


 ――全軍でさっさと制圧してしまえば楽だし確実なんじゃがな……。


 それがナイアにとっては『面白くない』ことだということは承知している。

 しかし損耗を気にする必要のない物量ラグナ・ジン・バランを一気に投入しつつ、要所要所でピースを投入すれば確実に勝てる戦いだという思いは拭えない。この辺りの考えは、エキドナと同じだ。

 故に、妥協案としてのこの布陣だ。

 エル・アストラエアとの距離はかなり離れているが、《バエル-1》が全速力を出せばほんのわずかな時間で到着できる程度の距離だ。

 流石にここまで離れていると『移動要塞』の砲撃も有効射程外ではあるが、動かない目標――すなわち都市や『神樹』を狙うだけなら問題なく砲撃は届かせられるし、より確実な砲撃のためならある程度前進するだけで済む。

 すぐに決着をつけられるというのにわざわざここで止まったとしても、そこまで不利益にはなるまいとヒルダも考えた。

 何よりも、ラグナ平原には身を隠せるような木や岩などの障害物がない。

 周囲を高い山に囲まれているわけではないので、本当に視界はクリアだ。


「ルールームゥ、反応はなしか?」

<ピー……ピピッ>

「ふむ……怖気づいたか? まぁ攻めず、座して死を待つというのであれば、それも良かろうよ」


 何よりも視界を遮るものがないので、不意打ちが出来ない。

 ヒルダが恐れるのは、不意打ちによって《バエル-1》へと強襲をかけ、乗り込まれることだ。

 《バエル-1》はルールームゥの魔法では最強最大の変形魔法トランスフォーメーションであり、外部からの侵入は困難だ。

 ここに籠もっている限り、ナイアは絶対に傷つけられることはないし、また待機しているピースたちの出番もないまま終わるだろう。

 それを相手がわかっていない――とは考えない。

 古来より数で劣る側が勝る側へと攻撃を仕掛けるための方法は決まり切っている。

 『奇襲』だ。

 少数で思いもよらぬタイミングで奇襲を仕掛け、大軍の急所――この場合は指揮官等と言った大将首だろう――を仕留める。戦力的にも論理的にもそれ以外に少数が勝つ術はないはずだ。


 ――ま、時間はある。来ないなら来ないで良し、来るなら来るでルールームゥに迎撃させれば良かろう。


 ナイアたちと戦う者にとって不幸なのは、アビサル・レギオンにしろラグナ・ジン・バランにしろ、普通の軍隊とは異なり『補給も休息も不要』だということだ。

 ピースたちも意思を持つとは言っても普通の人間ではない。不眠不休で活動することも出来るし、それによって集中力を切らしたりすることもない。

 一切の隙の無い戦闘機械の群れと戦うことを強いられるのだ、普通ならば戦うこと自体を諦めて『逃げる』のが正しいと言える。




 当然、ラビたちは諦めることはしないのだが。




<ピッ!!>

「む、来たか?」


 最初に異変に気付いたのは、やはりルールームゥだった。

 《バエル-1》に搭載された各兵器群が照準を定める。


「……、じゃと!?」


 上空を浮かぶ《バエル-1》の更に上――雲よりも更に上の空へと、砲塔が向く。

 ありえない、とは思わない。可能性としてはありえたが、あまり戦術としてとるべきものではないとヒルダは考えていた。

 『相手の頭上をとる』というのは戦術としては正しいものの、それも時と場合、そして相手にもよる。

 《バエル-1》に対しては頭上からの攻撃は悪手もいいところだ。

 無数に備えられた対空砲、対空ミサイル、対空レーザーは要塞上部に大半が設置されている。文字通りの対空砲火の雨を潜り抜けて要塞へと乗り込むのは至難の業であろう。

 何よりも、運よく乗り込めたところで要塞内にはピースたちが待機している。無傷で対空砲火を切り抜け、かつピースたちのいない場所へと降り立てる可能性はかなり低い――そしてそれを見越して、ピースたちの元へとようにルールームゥは調整している。

 ヒルダが想定していたのは、『下』からの突入だった。

 《バエル-1》の下側は巨大な砲塔が備わっているものの、飛行するユニットを狙い撃てるような細かい機銃等は少ない。それ故、あえて高度を落としてラグナ・ジン・バランからの対空砲火でカバーできるようにしていたのだ。


「まぁ良いわ。迎撃せよ、ルールームゥ」

<ピピ―!!>


 想定外の位置からの奇襲だが、全くの無対応ではない。

 想定外の理由も、『そこから攻めるのは自殺行為だとわかっていればやらないだろう』というものだ。

 ラビたちも絶望的な戦力にやけくその突撃しかできることがない……のだと考えれば、わからないわけではない。

 本当に自棄になったか、それとも何かしらの『勝算』があってのことなのかはヒルダにはわからない。

 わからないが――やるべきことに変わりはない。

 ヒルダの指示に従うまでもなく、ルールームゥは《バエル-1》の対空兵器を頭上へと向け、接近してくるものの迎撃を開始しようとする。

 この対空砲火を切り抜けるには、空中をかなりのスピードで移動できる能力が必要だろう。

 その超スピードでの移動にも魔力は消費される。

 迎撃できずに接近を許したとしても、相手の消耗を強いることが出来る――そうすればピースたちの戦いは更に厳しいものとなる。


 ヒルダはナイアの意向には沿うようにはしているものの、かといって『遊ぶ』つもりは全くない。

 そのことについてはナイアも理解しているし、わざとラビたちの接近を許すようなことをしろとも言われていない。

 直接矛を交えずに相手を倒してしまえるのであればそれが最上であることを理解し、その通りに行動しようとしている。

 《バエル-1》の対空砲火であれば、よほどのことでなければ抜けられることはないだろう。

 それでも『絶対』はない。

 一切の油断なく――いざとなればヒルダ自身がルールームゥを『操作』して迎撃を行うつもりで、自身も空を見上げる。

 そして――気付いた。


「む……!? なんじゃ、アレは……!?」

<ピッ……ピピ―!!>


 上空――雲の上から《バエル-1》へと向かってきたのは、ヒルダの予想外のものだった。


「チッ……撃ち落せ、ルールームゥ!」


 予想外であってもやることに変わりはない。

 無数の機関銃や対空レーザーが放たれ、《バエル-1》へと降り注ぐを迎撃しようとする。




 そう、《バエル-1》へと降り注いできたのは、ラビたちユニットでも魔法でもない。巨大な岩だった。

 それが一つや二つではなく、幾つも――その質量を以て《バエル-1》を叩き潰さんが程の量降ってきたのだ。

 もちろん、岩塊がぶつかったとて《バエル-1》は揺らぎもしないし、ましてや落とされるということもありえない。

 だがルールームゥとて『無敵』ではない。

 特に《バエル-1》へと変形していることで単純に『面積』が広がっていることから、通常時よりも被弾する確率が高まっていると言える。

 霊装と同じ強度を持つとはいえ体力が削られることは避けられないだろう。


 ――ルールームゥを直接狙うか?


 作戦としては悪くない、とヒルダは評価する。

 《バエル-1》にナイアがいる間は手出しできないと判断し、まずは《バエル-1》を何とかしようとするのは手順としては『正しい』ものだろう。

 問題は、ナイアを倒す以上に《バエル-1》を落とすことが困難であるということだ。


「ふん、まぁ考えはわかるが、もう少し実現できるかを考えるべきじゃったな」


 無数の銃弾やレーザーが、落下してくる岩塊を次々と撃ち抜いていく。

 これがルールームゥの魔法ではなくラグナ・ジン・バランやあるいは何かしらの造られた兵器であれば、『岩塊で押し潰す』という奇襲も成功したかもしれない。

 しかし本物の兵器と異なりこれらは全て《バエル-1》という魔法の産物だ。弾切れも補給も不要な対空砲火の嵐は、瞬く間に岩塊を撃ち、削ってゆく。

 発想は悪くなかったが、相手が悪かった――そうとしか言いようのない結末だった。




 ……とヒルダもルールームゥも思った時だった。


<ピッ!? ピピッ、ピー!!>

<システム:警告>

「なに……っ!?」


 迎撃を信じて疑わなかった二人が驚きの声を上げる。

 降り注ぐ岩塊は為す術もなく迎撃される――そこまでは想像通りだった。

 しかし、ここで二人の想像を超えて来る。


「チッ……エクレール!」

「……」


 ヒルダは乗っていたエクレールの肩から飛び降り、その巨体の陰に隠れる。

 応じてエクレールが手に持った巨大な棍棒を振るい、空から落ちて来るを迎撃する。

 しかし、その破片はただの破片ではなく――


「ぐっ!? 爆発……じゃと!?」


 然程大きな威力ではないものの、無数の小型爆弾が《バエル-1》のあちこちに降り注ぎ爆発していった。




 岩塊に見えたのは表面だけだ。

 その内部には、無数の爆発魔法を込めた『破片』が詰め込まれていたのだ。

 ルールームゥが迎撃した岩塊は空中で爆発――内部に詰め込んだ無数の爆弾を撒き散らすという『兵器』だったのだ。

 いわゆる『クラスター爆弾』と同じものだ。現実世界では禁止されている、言わば『禁じ手』である。


「ふん、驚かされたがこの程度では――ッ!?」


 禁止兵器を模した突然の攻撃には驚かされたものの、だからと言ってそれだけで《バエル-1》は落ちることはないし、人ならざるピースたちも倒せるわけではない。

 やはりラビたちの奇襲は失敗に終わる、そう考えたヒルダは目の前に現れた人物に虚を突かれた。


「貴様、なぜ……!?」


 ――いや、違う……このか!?


 相手の作戦を見誤っていた。

 岩塊による攻撃……と見せかけてのクラスター爆弾による広範囲無差別爆撃、すらも囮として、本当の目的を隠していたのだ。


と言ったか、まさか乗り込んでくるとはな……」


 ヒルダのすぐ近くへと降り立ったのは、黄金の髪に純白のドレスを身に纏った『ナイアへと唯一刃を届かせうる敵』――アリスだった。




 質・量ともに圧倒的に劣る側が、勝る側へと挑む時に取れる手段は限られている。

 相手の虚を突く『奇襲』――だが、それが失敗した時には一瞬で壊滅する危機を秘めている。

 だから幾つもの策を練る必要がある。

 真っ当な方法では勝つことが出来ない、戦力の勝る側へと刃を届かせるためには、真っ当ではない策を用いる必要があるだろう。

 それを『奇策』と呼ぶ。




 奇襲と奇策、その二つを用いてラビたちは《バエル-1》へと乗り込み、直接ナイアを叩くことにしたのだった。

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