coda
第8章108話 プロローグ ~This is war
* * * * *
最終決戦――ナイアたちがエル・アストラエアへと到着するまで、残り後2時間くらい……。
思い思いに過ごしていた皆に『神樹』前に集合の旨を告げ、ほどなく私たちは全員集合した。
……まぁ正直なところ、時間ギリギリまで好きに過ごしてもらいたいという思いもないわけではないけど……特に昨日から戦闘続きだったし、休息をとってもらいたいとも思う。
けれど、皆それを拒否した。
街の様子を見に行ったり、これからの戦いに思いを馳せたり、あるいは気持ちの整理をしたり……。
誰がどんなことを思ったのか、私にはわからない。詮索するつもりもない。
私にわかるのは――再度集まった皆の表情には、一切の迷いがなかったということだけだ。そしてそれがわかるだけで十分である。
”それじゃ、作戦会議を始めよう”
事前に必要な情報はノワールにお願いして可能な限り集めてもらった。
ピッピが遺してくれた情報とノワールの情報を合わせて、当初の予定よりも相手の行軍速度がやや落ちていることがわかった。
おかげで少し余裕をもって作戦会議、そして最後の準備を整えることが出来る。
……ま、向こうの事情なんて知る由もないし、感謝するいわれもないけどね。
まず、私はナイアたちの到着予想時刻を伝え、それから私が考えた最終決戦の『構想』を皆に語る――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『戦い』において、『質』と『量』どちらが重要か? という問題がある。
戦いの規模によるが、この問題についての答えは明白だ。
圧倒的に『量』の方である。
『質』の高さが求められる場面もゼロではないが、概ねそれは局所的な部分にのみとどまり、戦局全体を左右することは
なぜかと問われれば、その答えも明白。
戦うことによって、質も量も
そして、損耗したものの補充を考えた時、質と量どちらが容易かを考えれば――量の補充の方が圧倒的に容易なのも明白だろう。
古今東西、あらゆる時代、あらゆる戦、そしてあらゆる世界において質が量を上回ったためしはない。少数が多数に対して一時的に勝利を収めるということは起こりえるが、少数がそのまま最後まで
理想としては、質・量を共に兼ね備えることであるのは言うまでもないが。
ナイアたちの軍勢が恐ろしいのは、この理想を実現している、という点だ。
『ゲーム』の元ユニット――ピースたちの戦闘能力は、個人間での差はあれど一人で一軍を相手どっても戦えるほど高い。言葉通りの『一騎当千』も過言ではない。
それらが『ゲーム』の枠を遥かに超えた数が揃っているのだ。正に質・量を兼ね備えていると言えよう。
加えて復活したラグナ・ジン・バランの大群もある。
こちらは個としての戦闘力はユニットには遥かに劣るが、生物ではない機械仕掛けの不滅の軍団だ。アルファら円熟期の『基地型』が再稼働した以上、消滅でもさせられない限りは幾らでも修復されて何度でも戦場に出ることが可能となっている。
現時点で、アビサル・レギオンとラグナ・ジン・バランを合わせ、質・量共にラビたちを遥かに上回っているのが現状だ。
しかし――
「……やれやれ、パトロン殿にも困ったものだ。あれだけ危険は避けるべきだと忠告したというのに……」
《バエル-1》中央塔の地下――空中要塞の胴体部分から外の様子を見ていたエキドナは、言葉とは裏腹に無関心そうな顔のまま呟く。
彼女が目にしているのは、《バエル-1》の下――地上を進むラグナ・ジン・バランの大群に起きている『異変』である。
アルファら地上要塞に随伴していた中期型、更には各地に散っていた初期型・後期型のラグナ・ジン・バランが次々と地上要塞に飲み込まれていっている。
格納している……のではない。
「この期に及んで、量よりも質を取るか。くくっ、まぁいいさ。パトロン殿の好きなようにやればいい」
円熟期の六機以外、ラグナ・ジン・バランは確かに戦力としては微妙なところだろう。ラビのユニットたちであれば、魔法を使って難なく蹴散らすことは可能だ。
それ自体はエキドナも認めるところではある。
しかし、とエキドナは思う。
「今の彼らにとっては、数で押されることこそが最悪なんだがな」
エキドナは理解していた。
数で圧倒的に劣り、個人の質でもアビサル・レギオンに勝っているとも言い難いラビたちにとって、最も嫌な手は『延々と攻め続けられる』というものだということに。
質も量も損耗する。故に質より量が勝る。
それはつまり、量を以て質をすり減らし続け、最後には押し潰すという戦略が取れるということを意味している。
なるほど確かにアビサル・レギオンを用いずともそれに匹敵するだけの質を備えたラグナ・ジン・バランを少数生み出すことが出来れば、それはそれで勝つことは出来るだろう。
だが、とエキドナはその考えを否定する。
「量を減らした質――その
ラグナ・ジン・バランを潰して得た素材を再利用し、アルファらがより凝縮・洗練した機種を生み出す。
数こそ減るが、一機あたりの戦闘力はピースにも引けを取らない、この世界にとっては悪夢としか言いようのない戦闘兵器が生み出されることだろう。
……それが『数の優位』を捨ててまで得るべきものか、という点についてエキドナは否定的だが。
「どちらにしても、アビサル・レギオン――そして
ナイアの【
直接危害を加えることは当然として、ピースたちに指示を出すことすら封じられているのだ。
自業自得とは言え、ここまでの制限を加えられるのは想定外であった。
とはいえだからと言ってエキドナに不満はない。
彼女の言葉通り、結局はナイアに勝てないのであれば意味はないし、ラビたちが勝てるとも思わない。
自らの手で……とはいかないのが残念ではあるが、それならそれでのんびりと『見物』でもしていればいい。そうエキドナは考えている。
<ピ……ピピー>
「くくっ、お前も何やら動いていたようだが……どうやら無駄に終わりそうだな、ルールームゥ」
<…………>
『お見通しだ』と言わんばかりのエキドナの言葉に、ルールームゥは返答はせずに床に沈み込むようにして消えていく。
その態度自体で、『何か裏でやっていた』ことを自白しているようなものだが……エキドナはルールームゥが何を考え、何をしていたのかには興味はない。
ルールームゥが何をしようとも、ナイアの勝ちは揺らがないだろうからだ。
「さて――彼女たちの儚い抵抗を楽しみつつ、
ナイアの思惑とは別に、エキドナにはある思惑がある。
それが果たして吉と出るのか凶と出るのか――そしてそれが
* * * * *
一通り私の『構想』については話し終えた。
骨子については揺らがないだろうが、幾つか不安な要素がある。
”ノワールの調べたところによると、奴らの本拠地だった空中要塞とは別に、地上にラグナ・ジン・バランの大群がいるんだよね……”
「うむ。アレは紛れもなく200年前に封印した円熟期型――『
当然と言えば当然だけど『バランの鍵』が奪われていたのだ、復活していて然るべきか。
単独での戦闘力はもちろんだが、一番厄介なのは『基地』としての機能を有しているということだ。他の戦車やらを格納したりするだけでなく、内部で修理まで行えるらしい。
本格的な『製造』については、宇宙にあるというラグナ・ジン・バラン工場でないと出来ないみたいだけど、十分すぎるほど厄介な相手だ。
何よりも物凄く『大きい』というのが厄介な点だろう。話を聞くに、過去に戦ったムスペルヘイムとかよりも大きな――比喩ではなく『山』のような相手みたいだ。幾ら魔法を使ったとしても倒すのは一苦労……どころか無理があるかもしれない。
私たちの標的はナイアに絞りたいが、かといって移動要塞を放置していると地上が制圧されてしまう。
……この街が完全に破壊され、『神樹』も奪われてしまう可能性が非常に高い。
そうなる前にナイアを倒せるかどうかは……かなり微妙だろう。
「うゅ……うーたん」
”うん? どうしたの、なっちゃん?”
なっちゃんも今回の作戦会議には加わっている。
ものすごく大人しく、椛に抱っこされたまま私の話を聞いてくれていたけど……目もしっかりと開いていたし、寝ていたわけではないみたいだ。いや失礼か、この子、言動や行動は年齢相応だけど、多分こっちの言うことはしっかりと理解しているみたいだし。
「なっちゃん、あっちいかない。こっちいる!」
”え……?”
突然のなっちゃんの言葉が理解できず、私は戸惑う。
……だが、すぐに言っている意味は解読できた。
楓と椛も同様の理解をしたのだろう、二人は一瞬顔を見合わせ頷くと、
「うーちゃん、私とハナちゃんも撫子と一緒にこっちに残る」
「にゃはは、戦力分散は愚策なんだけどにゃー」
妹を一人残すわけにはいかない、という気持ちはこの期に及んでも抜けないのだろう。当然だ。
椛は私たちの背後にそびえる『神樹』へと目を向けるとノワールへと問いかける。
「ノワール、『神樹』が無くなったら……どうなっちゃうにゃ?」
「む……そうさな、この世界の住人は魔法を使えなくなるであろうな。我ら
「ま、そうなるよねー」
ピッピの話によれば、私たちがやってきた時点でこの世界に『神樹』は残り二本だけだった。
一本はもちろんこのエル・アストラエアの『神樹』、残りは南大陸の方にあると言っていた。
ただ、南大陸の『神樹』が今も無事かはかなり疑わしい。ナイアたちがエル・メルヴィンを飛び立ってからどこに行っていたのか? ということを考えれば……既に奪われてしまったと考えざるをえない。
なので残りはエル・アストラエアの一本だけとなってしまう。
……天空遺跡を支えていたのも『神樹』のはずなんだけど、あれはどうも特別なヤツっぽいし、ノワールも特に何も言わないことを考えるとアレ一本が残ったからと言って安心できるようなことは何もないのだろうと思う。
「首尾よく私たちが勝てたとしても、その後この世界が緩やかに滅ぶというのでは意味がない」
「だから、あたしたちはこっちに残って街と『神樹』を守るのに専念するにゃー」
「あい!」
……正直この三人が抜けるというのは、戦力的にはかなり痛い。
けど、楓たちの言っていることもわかる。
勝てるかどうかもわからない、いやむしろ勝てない可能性の方が高い現状だけど、だからと言って『勝った後』のことを考慮しないわけにはいかないだろう。
今までの戦いとは全く異なり、『戦い終わった、はいおしまい!』というわけにはいかない。
少し迷う私に、楓は続ける。
「それに――うーちゃんの作戦だと、ガブリエラと私たちが足を引っ張るかもしれない」
”いや、それは……”
戦力としては確かに最大戦力であるのは間違いないんだけど、戦力として活用できる段階まで持っていくにはちょっと難しい面があったのだ。
仲間のフォローでどうにか出来ると言えば出来るレベルなんだけど……正直今回に限っては全員でアリスのフォローをしなければならないくらいなので、ガブリエラのフォローに回す余裕がない。
空中要塞に首尾よく私が入れた時点で、順次強制移動で呼び寄せることも可能だが、エキドナの能力――【
更に後押しとして椛が続く。
「街と『神樹』を守るってのもあるけど、敵が二手に分かれてるってのも見逃せないかにゃー。
もしかしたら、空中要塞じゃなくて地上の方にナイアがいる可能性もあると思うにゃ」
”まぁ……それは確かに……”
可能性としては多分低いとは思うんだけど、絶対にそうではないとは言い切れない。
あいつの性格からして、高いところからこっちがもがく様を見下ろすつもりだろうとは思う。
……けど、そう思わせておいて引っ掛けに来る可能性も否めない。
「もし地上側にナイアがいたら、うーちゃんたちに遠隔通話で連絡する。まぁ、私も可能性は低いとは思うけど……」
「だからって、絶対ありえないって言いきれないにゃ」
どうやら二人も私と同じ考えのようだ。
……仕方ない。
三人の戦力と、諸々の事情と可能性を天秤にかけ、私は決めた。
”……わかった。地上の方は三人に任せるよ”
「あい! なっちゃん、がんばる!」
なっちゃんがいつも通り可愛らしく返事をしてくれるけど――きっとこの子も色々と考えているのだろう。
不安はあるけど、だからと言って今回はなっちゃんを保護することを考えていられない。
それくらい余裕がないのだ。
「ん、ナデシコなら大丈夫」
「えへへぇ~……」
「うむ、ガブリエラたちの戦闘力であればマグナ・フォルテとも渡り合えよう……念のための準備はしておるが、果たして間に合うか……」
なっちゃんの頭をなでなでして言うありすに、なっちゃんはご機嫌だ。
そんな様子だけ見てると、ほんといつも通りって感じなんだけどね……。
ノワールの言う『念のための準備』については一応事前に聞いてはいるけど、確実性がないし基本ないものとして考えておいた方がいいだろう。
”そうだ。念のため確認するけど、ノワールもマキナも空中要塞組ってことで問題ないかな?”
この二人は私のユニットではない。私の言うことに従う必要なんてないのだから、念のため確認はしておこう。
「無論じゃ」
「は、はい。大丈夫です」
良かった、
どちらも空中要塞突入に関して、かなり重要な部分を担ってもらうことになるし、来てくれなければどうしようと思っていたところだ。
特にノワールについては、
ありす、桃香、千夏君、雪彦君、ノワールとマキナ、そして当然私……。
たった七人で空中要塞へと突入、ナイアを討ち取らなければならない。
……なっちゃんたち地上組も心配だけど、ぶっちゃけ空中要塞組だって心配だ。
「っし、それじゃ作戦も決まったし、最後の準備しますか」
後は最後の戦いに備えて、私も含めて各自のアイテム補充だ。
一度戦いが始まったら、もう補給する時間はないだろう――ポータブルゲートも一人一つ持たせたいところだけど、その分回復アイテムを持っていた方がいい、とありすたちは皆で口を揃えて言った。
不退転の決意――私たちに二度目はない。
どこか一角が崩れたら、一気に全体が崩壊する恐れもある成功確率の低い作戦に、絶望することすら馬鹿らしいほどの戦力差。
そんな相手に対しても、皆は一歩も引かずに立ち向かおうとする。
……なら、そんな皆を私も全力で支えよう。
そして、全員無事に揃って――あやめたちを助けて、元の世界へと戻ろう。戻ってみせる。
それが私の決意だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
異世界を舞台に、『ゲーム』の枠を逸脱した超越者たちの最後の戦いが始まる。
「あはっ☆ もうすぐ……もうすぐあたしの勝ちが決まる! ふふっ、勝ち確とは言っても、やっぱりワクワクしてくるねっ☆」
「ふん……浮かれおって」
《バエル-1》中央塔、自分の勝ちを確信しているナイアは陽気に笑う。
そんなナイアを冷ややかに見つめるヒルダであったが、こちらは別にナイアに対して何かを思っているわけではなく、単に『終わるまでは浮かれない』というだけだ。
どちらにしても負ける要素はない、とは同じく思ってはいる――油断などもちろんしない。
「ナイアよ、今度こそ手加減は無用じゃな?」
「うん、いーよー」
「ふん、ならば良し。ルールームゥよ、《バエル-1》の全兵器を起動。向かって来るものは全て迎撃せよ」
<ピー!>
<[システム:戦闘モード;起動]>
<[システム:
ヒルダの指示により、ルールームゥが己の肉体――《バエル-1》に備わる全ての兵器を起動する。
対空・対地砲塔、ミサイル、レーザーetc...たった一人の
「さて、ワシらも配置につくかの。征くぞ、エクレール」
「……」
ヒルダの傍に控える異形の巨人エクレールは、沈黙を保ったままヒルダと共に征く。
「……ふん、ジュリエッタと言ったか。あの小娘……」
どうせ自分の元にまでたどり着くことはできまい、と思いつつも――心の奥底に何かくすぶるものがあることをヒルダは否定しきれなかった。
「くふふっ、あぁ……楽しみですねぇ……」
一人、《バエル-1》外周をふらついていたジュウベェも、兵器群が起動するのを見て最後の決戦が近いことを悟る。
「えぇえぇ……斬るべき価値のある『戦士』であることを期待いたしますわぁ」
同じく《バエル-1》外周に待機していたルナホークも、兵器群起動と共に活動を再開する。
「……」
その表情に生気はなく、ガラス玉のような虚ろな瞳には異世界の夜空が浮かぶのみであった。
「――早く来やがれ」
暗闇の中、
「今度こそ、二度と立ち上がれないように叩き潰してやるぜ……!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ここに全ての準備は整った。
アストラエアの世界を襲い、ありすたちの世界をも蝕む『魔眼の支配者』にして
それに立ち向かうは、たった九人の戦士たち。
”皆、
これより先は今までとは全く異なる、文字通りの地獄のような戦場となるだろう。
知らず、ラビはいつもと違い『準備』ではなく『覚悟』を問いかける。
問いかけに全員が揃って頷く。
そこには悲壮感はなく、必ず勝つという決意が漲っていた。
「ふふふっ、さーてそろそろ始めよっか♪」
”絶対に勝つよ、皆! この戦い――負けるわけにはいかない”
最後の戦いに向け、ナイアとラビは奇しくも同じタイミングで同じことを、しかし真逆の方向性を持って宣言する。
「もう『ゲーム』なんかじゃないわ! 愉しく愉快に『蹂躙』を始めましょう!」
”もう『ゲーム』なんかじゃない……これは『戦争』なんだ……!”
第8章『魔眼少女』編 完
第9章『魔法大戦』編へ続く
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして、誰もいなくなった『神樹』地下――暗闇に閉ざされた部屋で、
「…………」
閉じられたブランの眼が、ゆっくりと開いていった――
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