第8章106話 破壊神群侵攻

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「はー……なーんかおかしいと思ったら……」


 空中要塞都市バエル-1――『鳥』の姿を模した巨大な都市、その胴体中心部に聳える塔の一室にて。

 他の部屋に比べて豪勢な内装が施された部屋の中央、まるで『玉座』のような椅子に座り、呆れたような顔でそう言うナイア。


「すまないな、パトロン殿」

「ほんっと、あんたって口ではそう言うけど……口だけよねぇ……」


 悪びれる様子もなく――元より喜怒哀楽が窺いにくい何物にも興味を持っていないかのような表情だが――エキドナは言うものの、表情も相まってかナイアはため息を吐くばかりだ。


「言ったじゃん、それじゃって」

「確かに言ったな。だが、私も言ったはずだ、危険は避けるべきだと」


 二人は静かに睨み合う。




 ナイアが言っているのは、エル・アストラエアへの襲撃――ベララベラムのことではない。これについては彼女も了承している。

 問題なのはその後、ジュウベェ・ルールームゥ、そしてルナホークによる追撃のことである。

 エル・アストラエアへの攻撃は認めよう、仮に失敗したとしても別に何も困ることはない。成功したのであればそれはそれで計画通りだ。

 だがベララベラムを撃退できたのであればそこで襲撃は終わりにすべき、というのがナイアの考えであった。

 ベララベラムを退けた『ご褒美』……のつもりなのだろう、本人は。エル・メルヴィンで無事に逃げおおせたことに対しての『褒美』としてその後追撃を仕掛けなかったことと同様に。


「…………しかし、今回は君の仕切りだということは尊重しよう。すまない」

「はぁ~……」


 度々エキドナが口にしていることだが、今回のアストラエアの世界への侵攻についてはナイアの仕切り、つまりナイア主導で行われているものだ。

 全体的な計画は当然のこととして、その他細かい指示や作戦の変更も全てナイアの思惑が優先される。

 エキドナとて自分の使い魔には逆らうつもりはない。思うところがあったとしても。

 今回のジュウベェたちによる追撃――もっと言えば『ラビの殺害』と『エル・アストラエア完全破壊』、そして『の奪取』については完全にエキドナの独断である。

 もちろん、エキドナの作戦が成功すればその時点で戦いは終了するだろう。

 ラビたちがいなくなれば、もはやこの世界でナイアたちに抵抗する戦力は存在しなくなる。それは単純な『戦闘力』でもそうだし、抵抗しようとする『意思』を持つものもいなくなるということを意味している。


「まぁ、あたしが気付くのが間に合ったから良かったけどさぁ」


 ジュウベェたちが大人しく退いたのは『作戦失敗』を悟ったからではない。

 ナイアが退かせたからに他ならない。

 事実、あのまま戦いを継続していれば、間違いなくラビたちは全滅したであろう。

 そのくらい、ベララベラム戦での消耗は激しく、また襲い掛かって来たジュウベェたちの戦闘力は高い。


 ナイアからしてみれば、アビサル・レギオン、そしてラグナ・ジン・バランという圧倒的な戦力をただの消化試合でしか使えないというのは勿体ないと思ってしまうのだ。

 だからこそ、それらを存分に戦わせることのできる相手――ラビたちが生き残れたというのであれば、『ご褒美』として生き残らせてやろうと考えていた。

 ……もっとも善意などではなく、自分が負けるとは微塵も思っておらず、無駄な足掻きをするラビたちの様を見て楽しみたいという歪んだ欲望がその奥にあるのだが。


「とにかく、これ以上余計な手出しは無用、わかった?」

「ああ、わかっているさ」

「…………そうは言ってもエキドナは口だけだからなぁ……」


 思い返せば天空遺跡でもラビたちを纏めて吹き飛ばそうとしていたし、今回の襲撃についてもナイアに一言の相談もなしに行っている。

 少しだけ考え、ナイアは己のギフト――【支配者ルーラー】を起動する。


「《エキドナ、今後一切ラビたちに危害を加えることを禁ずる》」

「っ! ……ギフトまで使うか……」


 赤く光る魔眼から放たれた『絶対支配』の力には、エキドナであっても抗うことは出来ない。

 身動きが取れなくなったりすることはもちろんないが、与えられた命令は絶対に守らなければならない。


「ここまでするかは悩むけどねー。まぁ念のためってことで」

「……承知した」


 ナイアのユニットであり協力的ではあるものの、エキドナは勝手に動くことも厭わない。

 実際にラビたちへとジュウベェたちを差し向けたのだ。ギフトによって縛る必要もあるだろう――そして仮に自分がナイアだとしてもそうするだろうとエキドナは納得する。

 これにより今後エキドナは裏でラビたちに刺客を送ったり罠を張ることは不可能となった。


「まぁあんたのはわかってるし、何ならあげよっか?」


 ナイアは当然エキドナのことを知っている。

 彼女が――本人に心当たりは全くないとしても――アリス、いや『恋墨ありす』に何かしらの執着を持っていることも。

 ありすを苦しめるためだけに、かつてムスペルヘイムを暴走させて『ゲーム』の舞台そのものを吹っ飛ばそうとしたことも。

 ……それが原因で『神核』を一つ回収し損ねてしまったことも忘れない。

 図らずもアストラエアの世界にてエキドナの『標的』であるアリスたちと遭遇してしまった。そして、ナイアの目的からすれば最終的にはアリスたちもここで排除――『ゲームオーバー』に追い込むことは厭わない。

 それではエキドナの気が済まないのではないか、とナイアは慎重に考える。

 やはり善意ではなく『打算』だ。エキドナは優秀な配下であり仲間だ。彼女に離反されるのは、ナイアとしては非常に拙いのである。


「……いや、構わない」


 エキドナは首を振ってナイアの申し出を拒否する。

 それが本心なのかわからず、でも……とナイアは言おうとするが、ナイアは言葉を続けて遮る。


「確かに彼女らを生かしたまま、パトロン殿の目的を達成することは可能だろうが――何度も言うようには排除すべきだ。

 それに――」


 興味なさそうな無表情から一転、にぃっと口を歪めエキドナは嗤う。


「『ゲーム』内でのことは二の次さ。恋墨ありすは現実世界でさ」

「……ふふっ、性格悪ーい☆」


 たとえ『ゲームオーバー』になったとしても、現実世界のありすは死ぬわけではない。

 むしろ、『ゲーム』に関する全ての記憶を失った状態でエキドナにつけ狙われる方が、より反応を

 これがエキドナの本心であろうということは、付き合いの長いナイアにもわかったし納得できた。

 であるならば、もはやこの世界での戦いに遠慮はいらない。

 ナイアの希望通り、最大の戦力を以てラビたちの希望を完膚なきまでに打ち砕く。

 そして当初の計画――その最終段階である『アストラエアの世界の支配』を達成する。

 そのための全ての障害はなくなったと言えるだろう。


「でもさー、危険の排除ってエキドナは言うけどぉ――万に一つも勝ち目、あると思う?」


 こちらもにやぁっと笑みを浮かべ、そう尋ねる。

 質問ではなく確認。彼女にとってはわかりきったことを敢えてエキドナに尋ねる。

 エキドナは肩をすくめて答えた。



 それは慢心ではなく『事実』だ。

 なるほど、確かにラビたちは予想外のを見せてはいる。

 エル・メルヴィンにてアリスは万全ではなかったとは言えクリアドーラを倒した。

 無差別大規模感染魔法を持ち、かつ不死身とも言える能力を持つベララベラムをも倒した。

 ラグナ・ジン・バランの大群であろうとも、ユニットの能力ならば対抗することは不可能ではないだろう。

 だが、それでもナイアたちの『勝ち』は揺らがない――自信を持って言えるのではなく、『事実』としてそうならざるをえないことを、ナイアもエキドナもわかっているのだ。

 唯一の懸念は【支配者】がなぜか通用しないアリスの存在だが、それについても大した問題ではない。エル・メルヴィンで本気を出したナイアによって、為す術もなくアリスは敗北しているのだから。


「でしょ?」


 エキドナの答えに満足したか、ナイアは無邪気な笑みを浮かべる。

 ――それはもはや戦いとは呼べない。

 これから始まるのはただの蹂躙だ。

 ただひたすらに一方的に、圧倒的な戦力で相手を押しつぶしてゆくだけの『作業』にも等しい行為。

 そして、それに抗おうとするラビたちの希望を潰し、絶望へと塗りつぶされてゆく様を眺めるだけの時間。

 まるで映画を鑑賞するかのように、のんびりと、安全地帯で優雅にその様を見ているだけで全てが終わる。


「後は、まぁいいんだけどねー。ま、それも時間の問題だし、仮に生きてたところで何ができるわけでもないし……別にいっか☆」

「ふ……」


 ――

 しかし、エル・アストラエアに潜入したジュウベェがそれに気づかないわけがない。

 アストラエアの死をナイアは知らされていないのだ。

 ……そのことにどのような意味が、そして意図があるのかは――エキドナのみが知ることであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 南大陸から再び北大陸へと戻ってきた《バエル-1》。

 その行軍速度が緩んだことに、途中でナイアは気が付いた。

 《バエル-1》はルールームゥが変身した姿だ、当然そのコントロールは基本的にはルールームゥが行うこととなる。もちろん、ナイアの命令によって更に急がせることも可能ではある。

 ただし、一つだけ制限があった。




 ルールームゥの持つ魔法の中でも、自身の分身を生み出すという特殊な魔法 《ムルムル-54》――この魔法には大きな制限がある。

 分身はできるものの、当然のことながらルールームゥの『意識』は一つしかない。

 だから自分の意思で自在に動かせるのは『本体』か『分身』のどちらか片方のみとなっている。

 今回、《ムルムル-54》を使ってエル・アストラエアへと襲撃を仕掛けているため、『本体』、すなわち《バエル-1》の方が抜け殻となってしまっていた。

 抜け殻とは言え動かないのでは分身を作る意味が全くない。

 なので、《ムルムル-54》を使って分身を作っている間、抜け殻となっている方は『自動操縦』で動くようにしている。

 『自動操縦』で勝手に動いているだけなので、この間はナイアによる【支配者】であろうとも操ることは出来ないのだ。

 そして『自動操縦』ゆえに、目的地へと向かうなどの単純なことしか出来ない。

 《バエル-1》の行軍速度が緩やかになったのはそれが理由である。


 しばらくしてジュウベェたちを連れてルールームゥが《バエル-1》へと帰還する。

 分身から本体へとルールームゥの意識が戻ったことにより、再び速度を上げることは出来る――ナイアが予定していたより、エル・アストラエアへの到着が遅れ気味になってしまったので急がせることも可能だ。

 しかし、少し考えてからナイアはこのままの行軍速度を維持することに決めた。

 想定よりも遅れて精々1~2時間程度。そのくらいなら別に急ぐ必要もないだろうと思ったためだ。

 それに加えてもう一つ、あまり速度を上げると地上を進むラグナ・ジン・バランとの歩調を合わせられなくなるためでもある。

 もちろん、そちらも急がせれば追い付くことは不可能ではないが――無理をして折角復活したラグナ・ジン・バラン円熟期型を消耗させるより、万全の調子でエル・アストラエアへと辿り着く方がと考えたのだ。


 ……結果、それがラビたちにアストラエアが予測した到着時刻よりも遅くなり、彼女たちにとって貴重な時間を与えることとなる。




 それはともかく――

 上空を飛ぶ《バエル-1》の下……地上を動く巨影がある。

 一つではなく、

 一つ一つが比喩ではなく本当に『山』のような巨大さを持つ、鋼の塊が動いているのだ。




 ラグナ・ジン・バラン――破壊神群はかつてノワールが語った通り、大きく四つの『期』に分けられる。

 初期型はエル・アストラエア防衛戦でアリスたちが蹴散らした、近代の兵器によく似た姿の兵器だ。頑丈ではあるものの、魔法の力を使えるユニットやこの世界の戦士にとってはそこまでの脅威ではない。

 中期型は初期型を更に発展・洗練した兵器である。まだアリスたちは戦ったことはないが、近代よりも現代の兵器に近い性能を持っている。これも強化されているとは言え、やはり魔法であれば対処は難しくはない。

 後期型はかつて戦った通り、生物兵器である。戦闘力そのものよりも、その異様な見た目による『畏怖』を狙った――『勝ち』を確信したかつてのヘパイストスが作り出した悪趣味な『嫌がらせ』と言える。


 そして問題となる、『バランの鍵』によって封じられた円熟期――それこそが、六つの巨影である。

 アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータの計六機の超巨大兵器、それがラグナ・ジン・バラン円熟期にして『最終兵器』だ。

 地上を六脚で進むのはアルファ、ガンマ、イプシロンの三機。巨体の各所に無数の砲塔、ミサイルポッド、射出装置カタパルトを備えた正しく地上を移動する『要塞』である。

 ベータ、デルタ、ゼータの三機は、アルファらと寄り添うようにして空中を浮遊して移動している。こちらは『空を飛ぶ傘』と言った形状であり、傘部分にやはり無数の砲台が見える。

 アルファとベータ、のように二機一組で運用することを想定しているようで、互いに離れないように隊列を組んで進んでいる。


 圧倒的巨体による耐久力と、巨体に無数に備えられた攻撃兵器、そして航空機型ラグナ・ジン・バランの『基地』として機能する機動要塞――それが円熟期の六機なのである。




 上空に《バエル-1》を仰ぎつつ、六機は円を描く陣形で進む。

 巨体ゆえに遠目からは密集しているかのように見えるが、実際には各々の距離は数百メートル以上の間隔が開いているだろう。

 円形ゆえ、不自然に中央部分が開いている。

 ――そこに、奇妙な物体が浮かんでいた。

 六機の円熟期型はまるでその『物体』を守るかのように配置されているのだ。

 周囲の六機に比較すればあまりにも小さい。距離にもよるが、周りのものに視点を合わせれば見落としてしまうほど――ほんの数メートル程度の『黒い球』だ。

 何の支えもなく、『黒い球』だけがふわふわと浮かび六機と共に移動をしている。


 光を反射しない艶のない黒球だったが、間近で見るとほんのわずかではあるが収縮を繰り返していることがわかる。

 そして――


 ――うぅぅぅぅ……


 と、まるで苦痛に喘ぐかのような声が中から響いてきているのだった……。

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