第8章105話 終わる世界

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ヴィヴィアンがルナホークへと向かって行ったのと同時に、ラビたちの元へとジュウベェが追い付いてきた。

 しかし、不意打ちもせずにわざわざ声を掛けて来ることに違和感を覚える。


「くふふ……」


 慌てるラビたちの反応を楽しむように笑みを浮かべるだけで、ジュウベェはそれ以上襲って来ようとはしない。

 ふとジュウベェの視線が遠く――ルナホークたちの方へと向けられる。


でしたねぇ~」

”なに……!?”


 ルナホークたちの襲撃が『予想通り』――ということは、おそらくジュウベェと最初から示し合わせての襲撃ではない、ということだろう。

 そのこと自体が不可解ではあるが、ラビたちにとってはそこを掘り下げてもあまり意味がないことだと切り捨てる。

 重要なのはこの場をいかに切り抜けるか、そしてルナホークへと向かっていってしまったヴィヴィアンのことだ。

 ヴィヴィアンも考えた通り、戦力の配置としてはが現状での最善だ、というのはラビも感じていた――そう、あくまで『現状では』。

 可能ならば全員でジュウベェに当たりたい――ただでさえベララベラム戦で半数近くのメンバーが消耗し、現在動けない状態なのだ。できれば敵を個別に撃破したいと思うのは当然だろう。

 しかし、だからといって爆撃機ルールームゥたちを放置するわけにはいかない。

 街の住民がいなくなったとは言え、エル・アストラエアそのものを守るというのは全員の共通認識でもあるのだ。

 ……もちろん、いざとなれば街は放棄するという考えをラビやウリエラたちは持ってはいたが。それを抜きにしても、爆撃機たちの攻撃が後ろから飛んでこないとは限らない。

 戦力分散が愚策だとわかっていても、現状やるしかないのだ。


「クロエラよ、ブランを頼む」

「え、ノワール……?」


 返事を待たず、ぐったりとしたブランをクロエラへと押し付けてノワールが前へと出る。

 当然狙いはジュウベェだ。

 ジュウベェもそれがわかっていて、嬉しそうに笑みを浮かべノワールへと視線を向ける。

 その目には、既にラビすらも映っていない。


 ――……? こいつ、何が狙いだ……?


 襲われないであろうとは確信したものの、ジュウベェの『狙い』がわからずラビは困惑する。

 最初の不意打ちは、間違いなくラビを狙ったものだった。ブランが間に合わなければ、以前のようにラビの命はジュウベェによって絶たれていたことだろう。

 しかし、それ以降は違う。

 襲うこそ見せているが、本気で攻撃しようという気配が感じられない――だからと言って対処しないわけにはいかず、ここまで逃げてきたのだが。

 ルナホークたちとの連携もしているようでしていないし、最初の一撃以外は大したこともしてこない……油断を誘うための演技とも思えず『意図』が見えない。


「其方……よくもブランを……!」

「くふふっ……」


 一方でノワールは、ブランを斬られたことに対して明確な怒りを見せている。

 それほど長い付き合いではないものの、ここまでノワールが感情を露わにしているのを見るのは初めてであった。

 ノワールの怒気を受けてもジュウベェは涼しい笑みを崩さない。

 むしろ、より笑みを深めているくらいだ。


「えぇ、えぇえぇ……あたくしの趣味ではない任務ではありましたが――収穫はあったようですわねぇ」

「ほざけ!」


 ジュウベェが何を思い動いていたかは知ったことではない。

 ノワールにとって重要なのは、ブランを斬った相手である、ということだ。

 ……そして、ノワールも雪彦同様に咄嗟に動けず間に合わなかったことを恥じ、また昨夜の戦いでジュウベェを仕留めきれなかったことに責任を感じていた。

 。そう彼女は思っていたのだ。

 余裕の笑みを浮かべるジュウベェへと飛び掛かり、顔面に拳を叩きつける。

 ――が、


「くふっ、くふふっ……」


 顔面に直撃したはずなのにジュウベェは揺らぎもしない。


”こいつ、まさか前みたいに……!?”


 幾ら攻撃しもダメージにならない、という有様が以前のジュウベェと同じなのではないかとラビたちは一瞬考える。

 当然、現在ピースとなっているジュウベェが『使い魔』と同じ判定にされるわけはなく、以前のような『無敵』にはなりえないのだが――


「くふふっ」

「ぐぅっ!?」


 ジュウベェがノワールの腹へと向けて掌打を放ち、あっさりと吹き飛ばす。

 『無敵』ではなくとも、以前同様の高いステータスを持っているのは疑いようはないだろう。

 だが、それ以前の問題があった。


「えぇえぇ、収穫はありましたが――くふふっ、これではちょっと物足りないですねぇ~」

「おのれ……!」


 立ち上がり睨みつけるノワールではあったが、ジュウベェの言う通りだった。

 そもそもノワールはベララベラム戦で受けたダメージが回復していないのだ。

 怒りに後押しされた戦意は充分とはいえ、全力で戦えているかと問われれば――明らかに『NO』だろう。そのことがジュウベェにもわかっている。


「ノワール!」


 と、そこへ背後から追いかけて来ていたアリスが合流、何のためらいもなくジュウベェの背後から《竜殺大剣バルムンク》で斬りかかる。


「あら? あらあら~? 追い付いてしまいましたかぁ」


 意外そうに言うものの予測はしていたのだろう。

 アリスの剣をあっさりとかわし、ジュウベェはそのまま距離を取ってアリス・ノワールと対峙する。


「使い魔殿たちも無事だな!?」


 無事なのは喜ばしいが――とアリスもジュウベェの行動に違和感を覚える。

 アリスたちの知るジュウベェならば、ここで執拗にラビを真っ先に狙うはずだが……ラビどころか他のメンバーに対してもほとんど攻撃を加えていないのだ。

 それがピースとなったが故なのかまでは彼女たちにはわからないが……。


「ふふ、引き際、ですかねぇ」

「逃がすとでも思ってるのか?」


 違和感は拭えないが、かといってここで敵の戦力であるジュウベェを逃がす理由はない。

 倒せるならば倒しておきたい、とラビは思っていたが、アリスとしては一度自分が倒したはずのジュウベェが蘇り、ブランに致命傷を与えたことが許せないのだ。

 アリスとノワール、二人分の戦意の籠った視線を受けてもジュウベェの笑みは崩れない。


「えぇ……えぇえぇ、そちらにそのつもりはないでしょうねぇ。ですが――くふふっ、のではないでしょうかぁ?」

「……なに……?」


 ジュウベェの言葉の意味がわからないアリスであったが――


”!? 拙い、ヴィヴィアンが……!”

「――チッ、そういうことか……!?」


 この時、丁度ヴィヴィアンがルナホーク・ルールームゥの二人の攻撃を受け、体力がゼロとなりリスポーン待ちとなった。

 当然ラビはすぐさまリスポーンを開始するが――同時にルナホークたちも街への爆撃を止めて『神樹』の元へと向かって来てしまう。

 ジュウベェ込みで敵は三人――しかもそのいずれもが他のピースを凌駕する強者。

 対するラビたちは戦力が大幅に落ちている上にダメージが残っている状態――唯一先程リスポーンしたばかりのアリスのみが万全ではあるが、流石に三人同時には相手に出来ない。


「というわけで――あたくしたちはこの辺りで退かせていただきますわぁ」

「……」

<ピピッ、ピー>


 合流したルナホークたちも、なぜかこれ以上攻撃を仕掛けてこようとはしなかった。

 ヴィヴィアンから受けたダメージが深い、というわけではない――無傷のルールームゥはともかく、ルナホークは《フェニックス》の炎である程度のダメージ受けている。致命傷には程遠いが。


<[コマンド:トランスフォーメーション《ベルゼブル666》]>

「……任務中断、帰還します」


 爆撃機からヘリコプターへと変形したルールームゥへと、ルナホークがさっさと乗り込む。


「くふふっ……それでは皆様、ごきげんよう。

 ――ノワール、と言ったかしらぁ? までに、是非その傷を治しておいてくださいねぇ」

「……ぬぅ……」

「あ、そうそう。あたくしの言葉を信じるかはそちらにお任せいたしますが、もう不意打ちはしませんわぁ。マサクル――いえ、ナイアのではございませんからねぇ。

 後数時間と言ったところですが――その時間、有効に使うとよろしいでしょう、えぇ」

”……?”


 本人が自覚している通り、ジュウベェの言葉はにわかには信じがたい。

 しかし、『ナイアの趣味ではない』――これは確かにその通りかもしれない、とは思えた。

 不意打ちで、自分の見てない場で全ての決着がついてしまう――そんなことをナイアが望むとは到底思えないのだ。

 同じ不意打ちでも、ナイアであれば『自分の目の前』でやることだろう。そして、ナイアの目の前まで辿り着きつつも不意打ちによって無駄に命を散らす様を見て嗤う――それがナイアの『趣味』だと思える。


「貴様……!」

「くふふっ、貴女とも斬り合いたいという思いはありますが……えぇ、貴女には既に『先約』が入っておりますし、横取りしたらに叱られてしまいますもの」

”……ジュウベェ、おまえ……?”


 行動だけではない、言動についても違和感がある。

 『しーっ』とジェスチャーで応えると、ジュウベェもルールームゥベルゼブル666へと乗り込む。


<[システム:巡行モードへ移行]>

<[システム:作戦領域を離脱、帰還します]>


 ……そうして、本人たちの宣言通り、これ以上何もすることはなくルールームゥはその場を飛び立ち、エル・アストラエアは静寂に包まれた。




*  *  *  *  *




「ブラン……ブランよ!」

「…………おー、さま……」


 一先ずの危機は去ったと思っていい……だろう、多分。

 ここまで散々好き勝手にやったくせに退いたのに、その上また別口で不意打ちを仕掛けて来るとはちょっと思えない。

 もちろん警戒は続けるが、ナイアたち本隊が攻めて来るまでの間は、これ以上の戦闘は起きないと判断した。




 ……そして、私たちは一人の『仲間』と別れようとしていた。


”ブラン……”

「……つかいま……よかった、ぶじで……」


 今まで意識を失っていたブランだったけど、苦しそうにしつつも少しだけ目を覚ましてくれた。

 私の姿を見て安心したように微笑むけど……。

 ブランが守ってくれたおかげで私はジュウベェに斬られずに済んだ。

 そのことは感謝だが、替わりにブランが――


「おまえが……いないと…………きっと、ダメ、だからなー……」


 あの一瞬――ブランは他の誰よりも早く私を守るために動いてくれた。

 それはきっと彼女の言葉通り、『私を守る』ことこそがナイアたちとの戦いで一番重要だと判断したからなんだろう。

 ……背負わなければならない。ピッピのことも、ブランの信頼も。


”……約束する。絶対、私たちがナイアを倒して――この世界を『平和』にするって……!”

「……うん…………」


 それがブランの望みかどうかはわからない。

 でも、ダラダラとしてやる気の無かった彼女が最後に見せてくれた『本気』――それはきっと、そういうことなのだと私は思う。

 安心したようにブランは息を吐く。

 ……ブランの傷は深い。人間だったら間違いなく即死レベルの傷だ。

 左肩から袈裟懸けに切り裂かれた胴体は、辛うじて右わき部分でつながっている……といったレベルだ。

 彼女たちが人間ではない――結晶竜インペラトールという種族だとしても、今の身体が仮初のものだとしても、もはや助からないのだろう。

 ……ノワールの涙が、それを物語っていた。


「おーさま……」

「!? ど、どうしたブランよ!?」


 今までにないくらいに取り乱したノワール。

 そんな姿を見るのは、きっとブランも初めてだったのだろう。

 可笑しそうにクスリと笑って、最期にこう言った。


「ぼく、つかれた…………やすんでいい……?」

「――~~っ!! ……うむ……よくぞここまで戦った。後のことは我らに任、せ……其方はゆっくりと休むが良い……!」

「……うん…………」




 そしてブランはゆっくりと目を閉じ――穏やかな顔のまま、二度と動くことはなかった……。

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