第8章104話 或る結末

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ルナホークの放った砲撃が《ペガサス》へと突き刺さる――


「お姉ちゃん……!!」


 《ペガサス》が庇うように動いたため桃香に直撃することは避けられたものの、もし《ペガサス》が自分の意思で守ろうとしなければ……間違いなく桃香ごと葬り去られたであろう。

 砕け散った《ペガサス》から落ちる桃香は、


「……ルナホーク……ッ!!」


 一切感情の揺らがないルナホークへと怒りの視線を向け、


「これでも目が覚めないというのであれば――」


 落下しながら即変身、そして、


「インストール《ペルセウス》!!」


 自身の身に《ペルセウス》を憑依召喚インストール

 《ペルセウス》自身が持つ『空を飛ぶサンダルタラリア』の力で飛び上がり、ルナホークへと接近する。

 その手に持つのは魔獣メデューサの首を断ったハルペーと鏡の楯――更には姿隠しの兜を装備している。

 ……おそらく、ヴィヴィアンが単独で敵を倒すためのインストールとしては、これ以上ない『最強』の召喚獣であろう。

 手にした剣をヴィヴィアンも躊躇わずにルナホークへと振るう。


「……」


 接近するヴィヴィアンに向けてライフルを構えるが、元より長距離砲撃用の装備だ。素早く空を翔けるヴィヴィアンに照準を合わせる前に接近され、砲身を半ばから断ち切られてしまう。

 止まらず更に剣を振るうが、流石にそのまま受ける気はないかルナホークは下がって距離を取り回避しようとする。


「貴女を倒します」


 先程とは真逆に、今度はヴィヴィアンが剣の切っ先をルナホークへと向けてそう宣言する。

 ヴィヴィアンは確信したのだ。

 『桃香』の姿を見ても全く動じることなく、更に攻撃までしてくるとは、ことだと。

 ほんの少しでもルナホークの『心』が動いたのであれば可能性はあった。

 しかし、ルナホークは一切の躊躇いを見せず、淡々と――文字通り『機械』のように桃香を撃った。

 だから――言葉ではルナホークを解放することは不可能なのだ、と。

 ルナホークを、あやめを助けるのであれば、もはや実力を以て征するしかないのだ、と。


 ――これ以上の非道をさせないためにも……わたくしがここで倒すしかない……!


 何か方法があるかもしれない、とはこれ以上は考えない。

 『人間の心を操作する魔法はない』――これは疑いようのない事実だ。アリスやジェーンのようにバーサーカーじみた動きをするのは、あくまでも本人の意思によるものであり、『強制的にバーサーカーにする』ような魔法は存在しえないということをヴィヴィアンは知っている。

 ならば今のルナホークの状況を説明する可能性は二つ。

 一つ、ルナホークが本心からナイアに従い破壊活動を行っている。

 もう一つは、でルナホークは操られている。

 どちらなのかはわからないし、どちらであっても止めるには倒す以外の手段が存在しない。そうヴィヴィアンは判断した。

 下手に動きを止めるだけに留めようとすると、隙を突かれて致命的な損害を被る可能性がある。

 それがヴィヴィアン一人で済むならともかく、仲間全員が窮地に陥るかもしれないのだ。

 だから、ヴィヴィアンは自分が今ここでルナホークを倒す、ということを決断した。


 ――最低でも体力を削り切ればリスポーン待ちになるはず……。


 ルナホークが自らの意志で従っているのであればナイアは復活させるだろう――が、その場所はここではなくナイアのすぐ近くになる。当面のエル・アストラエアの危機は防げるだろう。

 また、魔法以外の手段で操られているとしても、もしかしたら一度リスポーン待ちになったら解除されるかもしれない――リスポーン待ちになれば状態異常が全てリセットされるのだ。可能性としては十分あり得るし、それを嫌ったナイアがリスポーンさせないということもありうる。それならそれで、あやめが解放されるのだ、悪い結末ではないだろう。


 ――ご主人様、申し訳ございません。


 遠隔通話でヴィヴィアンに呼びかけて来るラビの言葉を無視してでも、ここでやり遂げなければならない。

 それに、『戦いの流れ』としてもこうするのが最上だと思える。

 ジュウベェを止めるためにアリスが戦っており、ガブリエラ・ジュリエッタという最大級の戦力が動けない今、街を守るためには飛行能力を持つヴィヴィアンがルナホークに立ち向かうのが最善のはずだ。


「……」


 空中を自在に翔け、執拗に接近して剣を振るうヴィヴィアンをルナホークは冷たい視線で見つつも、ほぼ一方的に追い詰められていた。

 ヴィヴィアンが《ペルセウス》をインストールに選んだのは単騎で戦うためというのもあるが、何よりもルナホークの持つ能力を考えてのことだった。

 天空遺跡の時からそうだったが、ルナホークは遠距離攻撃に長けている――と思われる。

 だから接近戦能力に優れた《ペルセウス》で距離を詰めつつ戦えば有利に立ち回れるはず、とヴィヴィアンは考えたのだ。

 事実、今も倒すには至っていないがルナホークは防戦一方で反撃することが出来ていない。

 ――これ以上の被害が出る前に、このまま押し切ってしまう。

 そうヴィヴィアンは考えたが……。


「――コンバート《スラッシュデバイス》」

「!?」


 ルナホークの魔法と同時に、装備が変わる。

 瞬時に両手足が別のパーツ――西洋風の甲冑を思わせる黒鉄の硬質な腕と脚部へと入れ替わり、右手には彼女の身長ほどもある巨大な刃を持つ『大剣』が出現する。




 コンバート――ルナホークが身に纏う各種兵装を入れ換える、換装魔法である。

 両手足、背部の飛行ユニット、および頭部・胸部・腰部に直接身に纏う『ギア』。

 独立した武装として扱える『モジュール』。

 そしてそれらを状況に合わせてワンセットとした『デバイス』。

 状況によって『最適』な兵装へと自身のパーツを入れ換える魔法、それがコンバートである。




 よって、接近戦を仕掛けてくるヴィヴィアンに対して呼び出す兵装は、当然接近戦用の各種兵装をセットした《スラッシュデバイス》――その名の通り、斬撃スラッシュ兵装デバイスである。


「くっ……!?」


 相手に動かれる前に、と先手を取って斬りかかったヴィヴィアンの剣が、ルナホークの大剣によってあっさりと防がれた。

 アリスの神装とも互角に渡り合える《ペルセウス》の剣を受け止めるということは、ルナホークの武装は神装と同等以上の性能を持っているということになるだろう。

 加えて……。


「うっ、ぐぅっ……!?」


 剣だけでルナホークは戦おうとしなかった。

 鍔迫り合いになってすぐに、大剣で隠れて見えないであろう位置から蹴りを放つ。

 《スラッシュデバイス》は先に述べたように『斬撃』用の兵装だ。

 そして『デバイス』は『ギア』と『モジュール』から成り立つ。

 手にした大剣が『モジュール』であり、『斬撃』に相応しい装備と言えばそうだろう。

 では、『ギア』は――


「がはっ……」


 ヴィヴィアンの腹部に突き刺さったつま先が引き抜かれると同時に、口から血――のようなもの――が溢れ出し、ヴィヴィアンの手から剣が抜け落ちる。

 『ギア』はただの手足ではない。それもまた、独立した武装の一種なのだ。

 見ればルナホークの両足の先端は鋭く尖っている――だけでなく、『刃』となっている。

 ヴィヴィアンの腹部――人体で言えば右胸のやや下……『肝臓』に当たる位置にルナホークの刃は突き刺さり、深く抉っていた。

 人間ならばこれだけで致命傷、いや即死していてもおかしくない程の深手だ。

 ユニットとしての体力は尽きていないが、それでもダメージは深く、ヴィヴィアンが空中で崩れ落ちそうになる。

 その首目掛け、ルナホークが大剣を振りかざす。


「――まだっ!」

「……」


 しかし、ヴィヴィアンは諦めていなかった。

 

 たとえ人間であれば動けないようなダメージであっても、体力が僅かでも残っていれば戦闘能力に影響は及ぼさない――その実例をヴィヴィアンは間近で幾度も見てきた。

 痛みは堪えれば良い。痛みに怯んで動けないというのがこの場合の『最悪』であるとわかっているのだ。

 『空を翔けるサンダル』の力をフルに使って突進、ルナホークへとタックルを仕掛けるような形で接近する。


「オーバーロード《フェニックス》!!」


 《ペルセウス》に加えて、再生能力を持つ《フェニックス》を合成召喚オーバーロード

 全身に炎を纏いルナホークへと飛びつき、そのまま炎で焼き尽くそうとする。

 ……なりふり構わない、いつものヴィヴィアンらしからぬ戦い方としか言えない。

 そんな戦い方を見逃すほど、ルナホークは甘い相手ではない。


「敵……排除……」


 組ついてきたヴィヴィアンに対して大剣は触れない――が、《スラッシュデバイス》を構成する彼女の身体は、全身が斬撃に特化した機能を持っている。

 肘から、膝から、指先から、拳先から……身体のあらゆる場所から大小さまざまな『刃』が飛び出し、組み付いたヴィヴィアンに対して容赦なく突き立ててゆく。


「くっ……しかし、これなら……っ!」


 体力のならばヴィヴィアンは負けない。

 持前の超体力に加えて《フェニックス》の再生能力も持ち合わせている状態で、回復能力のないルナホークとの削り合いであれば、痛みさえ堪えることができればヴィヴィアンがこのまま勝利することができるはずだ。

 体中に突き立てられる刃の痛みを歯を食いしばって耐えつつ、このままルナホークを焼き尽くそうとするヴィヴィアン。

 だが――


<ピーッ、ピピッ>

「!? この『音』は……」


 

 街を爆撃していたステルス爆撃機が高速で接近、聞き馴染みのあるチープな電子音を発しながらヴィヴィアンへと向けて内蔵された小型機関銃を発射してくる。


「ルールームゥ……!!」


 爆撃機の存在を忘れていたわけではない。

 ただ、それがルールームゥだと思っていなかったのだ――特に昨夜襲撃してきた際、ジュリエッタが戦った時の様子を聞いていたため、猶更結び付けられなかったのだろう。

 よく思い返せばわかるはずではあった。初めてルールームゥと遭遇した名もなき島では、ルールームゥはヘリコプターに変形していたのだから。

 ルナホークごと狙うかのような弾丸がヴィヴィアンの背中を抉る。


 ――味方ごと……!?


 仲間さえも巻き込みかねない銃撃だったが、すぐにそれが勘違いだと気づく。

 二人は同じ使い魔のユニットとピースなのだ。そもそも攻撃は通じない可能性が高い――そして、仮に通じたとしても味方同士では大したダメージにならない。

 だから、気分の問題はあれど遠慮なく仲間を巻き込んだ攻撃を行えるというわけなのだ。


「うっ……くぅっ……」


 予期せぬ攻撃でヴィヴィアンの拘束が緩んだ。

 それを見逃さず、ルナホークは手足の刃でヴィヴィアンを切り裂き、離れようとする。

 いかに再生能力を持つとは言っても、斬られてすぐに再生するわけではない。


「あぁ……っ」


 腕の力が緩んだ一瞬、強烈な蹴りを胸に受けヴィヴィアンがついに突き放される。

 一度離れてしまったらもう次に接近することはできないだろう。

 仮に離れたまま戦うとしても、ルナホークとルールームゥの二人を同時に相手にしては勝ち目は薄い。

 故に――


「オーバーライド……《ヘラクレス》ッ!!」


 三度、その身に召喚獣を宿し更なる強化を行って食らいつこうとする。

 万能の《ペルセウス》、再生能力の《フェニックス》、そして超人的身体能力を持つ《ヘラクレス》――ヴィヴィアンの肉体が耐えられるギリギリの合成憑依召喚だ。

 ステータスを見ても、持ち合わせている能力から見ても、疑いようもなくラビのユニットの中でも『最強』と呼んで差し支えないものをもっている。

 しかし、それでも――


「コンバート《アサルトデバイス:ファランクス》」


 それでも尚、ルナホークはをゆく。

 右手に大剣の替わりに持たれたのは、幾つもの銃身を束ねた蜂の巣のようにも見える銃――いわゆるガトリング砲である。


「――あ……」


 愚直にひたすらに一直線にルナホークの元へと飛び掛かろうとしたヴィヴィアンには、ガトリング砲の斉射を回避することはできなかった。




 いかに《フェニックス》が再生能力を備えているとはいえ、『ユニットの魔法』という形で存在している以上『不死』というわけにはいかない。

 あくまで持っているのは『再生』だけであり、再生速度を上回る勢いで攻撃されてしまっては意味がない。

 事実、かつての『嵐の支配者グラーズヘイム』との戦いでも《フェニックス》は倒されてしまっていた。


 ――……届かない……!!


 止むことなく襲い来る弾丸の嵐をその身に受け、再生も追い付かない速度で肉体を抉られ削られながらヴィヴィアンは思う。

 どれだけ召喚獣を呼び出そうとも、その身に宿して強化しようとも――




 ――……!!




 勝つことでしかルナホークを救えないと思い、だからこそ戦ったというのに、全く歯が立たない。

 ルールームゥの手助けがあろうがなかろうが結果はきっと変わらなかっただろう。

 運よく近づけた、あの一瞬だけがヴィヴィアンに与えられた唯一の可能性だった――ルナホークが自分に与えられた『命令』を優先していたが故に、ほんのわずかだけ見せていた『隙』をつけたあの一瞬だけが、勝機だったのだ。

 もはや二度とルナホークにそのような『隙』は出来ないだろう。

 だからヴィヴィアンは自分では勝つことが出来ない――ルナホークを救うことが出来ないと理解してしまったのだ。


 ――申し訳ございません……ご主人様……。


 何も言わずに飛び出して行ってである。

 申し開きも出来ない『失態』を見せてしまったことを恥じ、そしてそれ以上にルナホークを救うことが出来ないという事実に絶望しながら、ヴィヴィアンの体力が全て削られ消滅していった……。

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