第8章103話 "月"は無慈悲な破壊の女王
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『この時』起こった出来事を、
恐らく、彼の生涯においてこの時以上に
「あ、う……!?」
ジュウベェが現れたと全員が認識した瞬間には、ほぼ手遅れの状態だったと言える。
ラビの背後――他のメンバーがすぐに対応できない位置からの斬撃……ラビ自身は当然対応できるものでもない。
以前の時と同じように、再びジュウベェの手でラビが切り裂かれ、ナイアたちと戦うことすら叶わない――そうなると思われた時だった。
「つかいま!!」
誰もが間に合わないと思った中、
たまたまダラダラとしている姿勢で、かつラビの方に顔を向けていたというのが幸いした。
誰よりも早く――本人も考えるよりも早く――ジュウベェの刃の前へと飛び出した。
――ボクなら、
クロエラは悔やむ。
彼女の速さであれば、ジュウベェがたとえ不意打ちで予期せぬタイミングで現れたとしても、見てからでも十分間に合うはずだった。
なのに間に合わなかった。
ジュウベェを見た瞬間、恐怖で足が竦んでしまったからだ。
――……やっぱり、ボクは全然強くなんてなってない……。
クロエラは恥じる。
先程ベララベラムとの戦いで動けたのは、きっと
この後悔こそが、恐怖よりも尚強くクロエラを縛り付けるものとなるのだ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「貴様ッ!!」
ラビの替わりに刃を受けたブランが、悲鳴を上げることもできずに崩れ落ちるのと入れ替わりに、アリスたちがジュウベェへと向かって動く。
「くふふっ……」
場所が場所だけに大規模な魔法を使うことは出来ず、牽制用の小さな攻撃魔法だけしか使えない。
向かって来るそれらを涼しい顔で剣で弾きつつ、それ以上の追撃はせずにジュウベェは後ろへと退く。
「ext《
「えぇ、えぇえぇ……やはり
新たな剣――《バルムンク》とも互角に切り結ぶことができる程の硬度だ――を素早く抜刀、ジュウベェは真向からアリスと切り結ぶ。
至近距離であろうともアリスには魔法がある。とはいえ、以前の戦いではそれでもジュウベェに押し負けていたことは忘れてはいない。
目的はとにかくジュウベェを引き付けて、ラビと動けないブランへのこれ以上の攻撃を完全に阻止することだ。
この場でジュウベェを倒そうとは
「……っ、ご主人様! クロエラ様たちはブラン様を!」
ジュウベェに対してトラウマを持っているのはクロエラだけではない。
妹が命の危機に陥った原因と認識しているウリエラも、またたった一人で戦ったヴィヴィアンも同様だ。
それでもいち早く立ち直ったヴィヴィアンがラビを抱え、動けないブランをクロエラたちに任せこの場を離れようとする。
奥の部屋で眠っている撫子たちの存在に果たしてジュウベェが気付いているのか否かはわからないが、そちらへと向かわせるわけにもいかない。
「まさか貴様まで復活するとはな……!」
「くふふっ、申し訳ございませんが、あたくし貴女のことは覚えておりませんわぁ。けれども――えぇ、貴女は斬るに値するようですわねぇっ!」
「ほざけ!」
引き付けつつ、ジュウベェの意識を他へと向かせないようにアリスが《バルムンク》を振るう。
お互いにダメージを与えられてはいないが、どちらかと言えばアリスの方が不利なのは以前と変わりない。
しかしジュウベェは新たな剣を抜刀するわけでもなく、呼び出した《鋭獣剣》一本のみを使ってアリスと戦う。
――こいつ……!?
『仕留めに来る』動きを全く感じられない。
ベララベラム戦で消耗したところを狙って襲いに来た割には、ジュウベェの『本気』を感じられないのだ。
それこそ、ラビを狙った最初の一刀こそ殺意があったが、今はアリスと適当に『チャンバラ』をやっているとしか思えない。
余裕、とも言い難い。
ジュウベェの意図が読めず、かといって放置するわけにもいかずにアリスはとにかく剣を振るって逃げる時間を稼ごうとする。
狙い通り、ヴィヴィアンたちはラビとブランを連れて避難所から外へと出ようとしていた――撫子たちについてはとりあえずジュウベェに気付かれない限りはこのまま隠れ続けた方がよい、という判断だろう。遠隔通話でジュリエッタとサリエラには話しているが、どちらもまだ動けない状態だ。いざという時に備えて隠れ続けていてくれた方が良い。
「……あら? あらあら~……どうやら逃げられてしまうようですねぇ。くふふっ……」
全く困った様子を見せることなく、白々しいことをジュウベェは口にする。
やはり本気で戦うつもりがないのか、とアリスは思うものの、相変わらず剣は止まらない。
言動と行動が微妙に一致していないのは以前のジュウベェと同じだが……。
その『違和感』の正体はすぐにわかることとなる。
「くふっ、
「……何!?」
ジュウベェの言葉の意味を理解するよりも早く、
「うおっ!?」
避難所全体が大きく揺れる。
予期せぬ震動にアリスがバランスを崩した隙を逃さず、ジュウベェは前へと出る。
「くそっ!?」
「くふふふっ……」
慌てて振り下ろしたアリスの剣をかわし、ジュウベェはそのまま外へと向かおうとする。
――背後からヴィヴィアンたちを狙うつもりか!?
すぐさまジュウベェを追いかけつつヴィヴィアンたちへと遠隔通話で警告をするが、果たして間に合うかどうかは微妙なところであった。
――だが、妙だな……それに今の揺れは一体……!?
やはり『違和感』は拭えない。
こちらを襲ってきたのであれば、今の震動は絶好のチャンスだったはずだ。
バランスを崩したアリスの隙を突いて切り裂くくらい、ジュウベェであれば容易だったはず――それ一撃で倒されるほどアリスも甘くはないが、深手を負う可能性は高かった。
執拗にラビを狙うつもりなのか、それとも別の思惑があるのか……わからないが、とにかく今はラビの方に向かわれたという事実だけが重要だ。
避難所全体を襲った震動の正体もわからないままだが、とにかく止まる理由はない。
アリスもまたジュウベェを追って外へと向かう――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュウベェが追って来る――アリスからその声を聞いたヴィヴィアンたちだったが、誰もがすぐには返事が返せなかった。
彼女たちは既に避難所の外へと出ており、ジュウベェに追いつかれたとしても不自由なく動けるようにはなっている。
その余裕が返事を遅らせた理由では当然ない。
「こ、れは……!?」
”……酷い……”
避難所――『神樹』の元から出た彼女たちが目にしたのは、
そして、『神樹』の上空を旋回する『黒い影』――そこから、地上へと向けて『黒い何か』が幾つも落とされる。
それらが地上に落ちると共に爆発が起き、辺りが衝撃に震える。
「ば、
昔写真で見たことがある、真っ黒の三角形の形をした飛行機――ステルス爆撃機に似た形状の『それ』が撒き散らしているものは『爆弾』であった。
たった一機がエル・アストラエア中に爆撃を行い、火の海へと変えて行っているのだ。
――先程アリスがよろけた震動の正体は、『神樹』へと爆弾が命中した時のものだった。
もちろんヴィヴィアンたちもその震動は感じていたが、外に出ることで正体を悟った。
「……くっ、これでは……!」
ぐったりとして動かないブランを抱きかかえたノワールが焦燥感を滲ませる。
彼女たちの身体を治すためには神殿まで戻らなければならないが、この爆撃の雨の中神殿に向かうのは自殺行為に等しい――それ以前に、神殿にある資材も諸共に爆破されてしまう可能性が高い。
「! あれは……」
街を爆撃している爆撃機だけではない、もう一つ――街へと向かって攻撃している影をヴィヴィアンが見つける。
遠目ではよくわからないが、サイズとしてはかなり小さい……爆撃機よりも遥かに小さい、『人間』大の大きさである。
「……この……ッ!!」
抱えていたラビを有無を言わさずクロエラへと押し付けると、
「サモン《ペガサス》!」
”ヴィヴィアン!?”
「きゅっ、きゅー!!」
ラビたちの制止――それといつの間にか着いてきていたキューの咎めるような鳴き声――を聞くよりも早く《ペガサス》を召喚し、その影へと一直線に向かって飛んで行ってしまう。
「はっ……ボーっとしてる場合じゃないみゃ! 早くここから離れるみゃ!」
「えぇえぇ、その方がよろしいのではないですかぁ?」
外の惨状に気を取られすぎていた。
既にジュウベェはラビたちのすぐ傍までたどり着いていたのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
このクエストにラビたちが挑んだ最初にして最大の理由は『あやめを助けるため』だった。
しかし、様々な要因――『眠り病』のことやアストラエアの世界の事情、そしてナイアたちアビサル・レギオンとの戦い――があり、あやめの救出については『後回し』となってしまっていた。
もちろんラビたちとしては『後回し』にしているつもりはない。あやめを助けるための条件が明らかになっていくにつれ、結果的にナイアたちを倒す、つまり全ての決着をつけなければならないとなった――故に、後回しのような形になってしまったというだけの話である。
理屈では
だが長く続く戦い――彼女の主観ではあやめが目覚めなくなってから二週間以上にもなる――に加え、エル・メルヴィンで再会したルナホークの様子は、ヴィヴィアンの心に拭い去れない『不安』と『焦り』を与えた。
その上、
抑圧されていたヴィヴィアンの精神がついに爆発してしまった。
「ルナホーク……様……!」
「……」
天空遺跡、エル・メルヴィンでの二度しかルナホークの動きは見ていないが、それでもわかったのだ。
《ペガサス》で一気にルナホークへと接近し、自分の予想が当たってしまっていたことを苦々しく思いながらも、ヴィヴィアンは空中にて対峙する。
ルナホークも『邪魔者』が接近してきたことを理解し、街への砲撃を中断。ヴィヴィアンの方へと砲口を向ける。
小柄な彼女の体躯には見合わない、長大な砲身、大口径の『ライフル』を手にしたルナホークだが、エル・メルヴィンの時同様にその表情からは感情が窺えない。
「なぜ……こんな酷いことを……!」
――今エル・アストラエアに住民たちがいない、というのは結果論にすぎない。
もしもピッピが最後の力で住民たちをどこか別の場所へと避難させていなかったとしたら――そもそもベララベラムの襲撃自体がなかったとしたら、今も街には人々がいたはずだ。
そんなところに砲撃を仕掛けて、誰も傷つかないわけがない。
それ以前に、ただでさえラグナ・ジン・バランのせいで傷つき疲弊しているこの街の人々から、『安息の地』まで奪うこととなる。
命よりは安い――だが、だからと言って理不尽に奪われて良しというものでもないだろう。
「――命令ですので」
ヴィヴィアンの問いかけにルナホークは表情一つ変えずにそう答えた。
『敵』の言葉に耳を傾けるだけの理性……と呼んでよいかは微妙なところだが、とにかく『心』がないわけではない、ということはわかった。
もちろん、何も安心できることではないのだが。
「自分が何をしているのかわかっているのですか!?」
「当機はエル・アストラエア破壊を命令されております」
「くっ……」
問いかけに答えているようでどこかズレている――そうヴィヴィアンは感じた。
街を破壊することを命令され、本人もそれを目的とし、何をしているのか認識はしている。
しかし、その結果がどうなるかまでは全く気にしていない。たとえ住民たちがいたとしても、それについて何も思うことはない――そう思わせるような、機械的な返答だった。
一体いかなる力で『洗脳』したのか――あるいはそもそも洗脳などされていないのか、ヴィヴィアンには予想もつかない。
たとえナイアの【
「――
「……」
ヴィヴィアンはその場で変身を解き、桃香の姿となってルナホークへと呼びかける。
桃香の知るあやめであれば、絶対に反応するはず。上手くいけば、攻撃の手を緩めるはず。
……そんな期待は――
「貴機を障害と判断――
無防備な桃香へと向け、ルナホークは長射程ライフルを躊躇いなく発射する――
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