第8章14節 終わる世界の葬送曲

第8章102章 神の死

*  *  *  *  *




 ベララベラムは無事撃破できたようだ。


「終わりました、主よ」


 ガブリエラたちも揃って無事に戻って来てくれた。

 こちらは少し離れた位置で戦いの様子を見つつ、怪我人の治療とアリスのリスポーンを行っている最中だった。

 ……こう言ったらなんだけど、思った以上に早く決着が着いたなぁ……。ヴィヴィアンたちの治療とアリスの復帰が完了したら加勢に行こうと思ってたんだけど、その必要もなく終わってしまった。


”お疲れ様、皆!”


 本当にお疲れ様だ。

 誰一人欠けても、ベララベラムに勝利することは出来なかった……本気でそう思えるくらいの難敵だったと思う。

 まぁ詳細はわからないけど、ナイアたちに『チート』能力を付与されていた可能性はあるが、ヤツ一人で私たちを全滅させることも可能だったろう――もし、エル・メルヴィンにヴィヴィアンが向かわなかったとしたら……ゾンビ化治療も不可能となり、この街は文字通り『死の街』と化したことだろう。

 何か一つでもズレていたら、それだけで最悪の結果を招いていた――そうならなかったことに心の底から安堵する。


「ちぇっ、結局オレは何にもできなかったな」


 丁度リスポーンが終わったアリスが不満気に言う。

 ……そんなことはないと思うけどなぁ。最終戦はともかく、その前の街での戦いとかはアリスがガブリエラを抑えたり妖蟲ヴァイスゾンビを片づけてくれていたのは大きいと思う。特に妖蟲ゾンビについては、下手したら最後スケルトン時に襲い掛かって来たかもしれないし。


「ふふっ、アーちゃんの代わりに頑張りました」

「ま、致し方なしだな」


 お互いに笑いあうアリスとガブリエラ。

 最初の出会いはまぁあまりいい印象ではなかったけど、今では脳筋同士通じ合うものがあるのかいい感じになっている。

 ……と、アリスと拳を突き合わせたガブリエラだったが……。


「……申し訳ありません、主よ……」

”ガブリエラ?”

「少し…………休ませて……いただきます……」


 その言葉と共にがくっと膝から崩れ落ち、


”なっちゃん!?”


 変身が解けなっちゃんの姿に戻ってしまった。

 そのまま地動かなくなってしまう。

 慌てて駆け寄る私たちだったが、目の前でガブリエラを支えたアリスが優しく抱き留めて様子を見て一言。


「ふむ……寝てるだけっぽいな」


 と言った。

 確かに、すーすーと可愛らしい寝息が聞こえて来るだけで、特に苦しんだりしている様子は見えない。


「……ゾンビ化の後遺症だと思う」


 地面にぐだっと寝転んだままのジュリエッタが言った。

 ……彼女については、私たちをここまで運んできた後に『身体が重い……』と言ってそのまま寝転んでいたのだ。

 《ナイチンゲール》さんの治療を――と思ったけど、先にヴィヴィアンの手足を治す方を優先したため、未だに身動きが取れないでいる。

 曰く、どうもゾンビ化治療の影響でごっそりと身体が削れ体力が失われてしまったみたいだ。

 身体が欠損しただけならばジュリエッタならメタモルで修復可能なのだが、『体力そのもの』が削れてしまっていてはどうにもならないらしい。

 端的に言えば、『物凄く疲れた』状態とのことだ。

 ちなみにアリスはリスポーンしたおかげで完全復活している。もしかしたらゾンビ化もリスポーンで良かったかもなぁと考えないでもないが、どっちにしても街の住民のこともあったし、治そうとしたのは間違いではないと思いたい。


「なっちゃん、一番長くゾンビ化してたからみゃー……」

「無理してベララベラムと戦ってたんにゃ……」


 二番目に長くゾンビ化していたジュリエッタも未だに動けないくらいなのだ、一番長いガブリエラは本来なら戦うなんてできるわけがなかった。

 それでもがんばって戦ってくれてたのだ。

 こんな小さな子に無理させてしまったことを不甲斐なく思うものの、それでもがんばってくれたなっちゃんには感謝しかない――ガブリエラの力なくして、ベララベラムにとどめは刺せなかっただろう。


”ヴィヴィアン、ジュリエッタ。悪いけど――”

「承知しております」

「あー……うん、ジュリエッタは後回しでいい……」


 ヴィヴィアンの手足はまだ治療中だったがもうそろそろ終わる。

 その後はジュリエッタには悪いけど、なっちゃんの治療を優先してもらいた。

 もちろん眠っているのを邪魔しないように、注射もするなら痛くないように、とあれこれ《ナイチンゲール》さんには注文をつけるのを忘れない。

 ……いや、ほんと《ナイチンゲール》さんには頭が上がらないな、これは……。




 さて、なっちゃんはこのまま寝かせておくとして――残りのメンバーで今後のことを話す必要がある。


”一旦避難所に戻ろう。ピッピと話がしたい”


 安否確認という面もある。

 もし話せるのであれば、街の住民たちが消えたのが本当にピッピの仕業なのかの確認もしたいし、何よりもナイアたちの動向を確認しなければ。

 ……昨日から戦い続きで皆には申し訳ないけど、もうのんびりと休んでいる余裕はない。

 勝つにしろ負けるにしろ、ヤツとの最終決戦はもうそこまで迫ってきているのだ。


”ノワールたちもいい? それとも修復の方がいいかな?”

「いや……我らも同行しよう。竜体はともかく、仮体であれば修復に時間はさほどかからぬのでな」


 ノワールとブランも大分ダメージが蓄積している。怪我した状態ってのも辛いだろうし早く治して上げられればいいんだけど……。

 今後のことを相談するにあたっては彼女たちだって当事者なのだ、一緒にいた方がいいだろう。

 それにベララベラムは倒したとはいえ、それで本当にエル・アストラエアに他の敵がいないということにはならない――分断したところを急襲される、なんてなったら目も当てられないしね。安全が確保できたと確信できるまでは、皆で固まっている方が無難だと思う。

 お言葉に甘えて修復は一旦待ってもらうこととする。

 ……ブランはさっきまでのやる気はどこへやら、『つかれたー』とジュリエッタみたいに地面でぐだっているけど。

 ま、これでいてやる時はきっちりやる子みたいだし、構えてばかりも疲れるからね。息を抜ける時は抜いていてもらってもいいだろう――ほんと、氷晶竜の時のイメージが崩れまくっているけど……。


 とにかく私たちはピッピの元へと戻っていった。

 彼女も無事だろうか……外へと飛び出した時に入口は塞いでいったので、ゾンビとかが入り込むことはできなかったはずだが……。

 そもそも昨日受けた傷が癒えていないのだ。致命傷だというのに、ここまで生きていられることの方が不思議なくらいなのに……。




”あれ? 誰もいない……?”


 避難所を少し奥に行ったところ、ピッピたちがいるはずの広間には誰もいなかった。

 不思議に思っていると、近くの部屋へと続くドアが中からドンドン、と叩く音がする。

 警戒しつつ、アリスが扉を開けると――


”キュー!?”

「きゅっ、きゅー!」


 どうやら部屋に閉じ込められてしまっていたみたいだ。

 ドアに体当たりをして開けようと……いや、この子賢いし外にいるであろう私たちに気付いてもらおうとしたのかな?

 ……だが、キューはドアを開けてもらうなり、アリスのブーツに噛みついて引っ張ろうとしていた。


「む? どうした、キュー? 部屋の中に何かあ――……」

”アリス?”


 まるでせがむようなキューの動きにつられ、部屋の中を覗き込んだアリスの言葉が途切れた。

 咄嗟に動くわけでもないから危険があるわけではないだろう。私たちもアリスに続いて部屋を覗き込んだが、そこには――




”……ピッピ……”


 さほど広くもない部屋――その端の方に置かれていた椅子に、ピッピは座っていた。

 膝の上に手を揃えてちょこんと座っているのは可愛らしい……と普段ならば言えるのだが……。


「アストラエアよ……お主も逝ってしまったか……」


 ノワールの言葉通りだった。

 そこに座っていたのはピッピ――『アストラエアの巫女』の少女であった。

 全身は半透明の、淡い青色の結晶と化した……この世界における死者の姿。

 痛々しい胸の傷もそのまま結晶となっている。が、これ以上傷口が広がることはない。

 ……きっと苦しかったであろうに、まるで私たちに心配をかけまいとするかのように、微笑みを浮かべたままであった……。


「ピッピぃ……ぐすっ……また、お別れが言えなかったみゃ……」


 そうか……ウリエラたちは前回のピッピとのお別れの時も立ち会えなかったんだったか……。

 二度もピッピと言葉を交わすこともできずに別れてしまうのは辛いだろう。

 ……この場になっちゃんがいないのは、言ったらなんだけど幸運だったかもしれない。あの子は今、ジュリエッタ、サリエラらとゾンビ化組と一緒に先に別の部屋に行って《ナイチンゲール》の治療を受けているところだ。

 前回の時はなぜかけろっとしていたなっちゃんだったが、今思えばあの時は『夢の中』でピッピと会話できていたからこそ『寂しい』とか『悲しい』とか思えなかったんだろう。


「……む? 使い魔殿、机の上に何かあるようだぞ」


 本来だったら遺体なわけだし、あんまりアリスたち子供に見せたくない場面ではある。

 ただ……不謹慎だけど、本当に『綺麗だ』という感想がどうしても真っ先に出て来てしまう。

 まぁこの世界と現実世界では死者に対する扱いとか考え方が全然違うから、私みたいに遺体――死を『穢れ』とか考えるのは間違っているのかもしれないけど。

 それはともかく、真っ先に部屋に入ってあちこちを調べていたアリス――念のための警戒だろう――だったが、特に変わった点はなく、椅子の隣にある机の上に何かを発見したようだ。


”うん? どれどれ……”


 この部屋にあるということは、間違いなくピッピが何か残してくれたものだろう。

 ピッピの結晶に手を合わせてから、机の上に抱き上げてもらい見てみる。


「ふむ……どうやら大陸北西部の地図のようじゃな」


 同じく横からのぞき込んできたノワールがそう言う。

 前に見た大陸全土の地図ではなく、北西部――『シン』国を中心とした、範囲は狭いがより詳細な地図みたいだ。

 色々と書きこみがあるけど、残念ながらこっちの世界の文字のため私には読むことは出来ない――地名だろうか? 今はそこまで重要ではない情報かな?

 ……いや?


”ノワール、この辺りの文字読んでもらえる?”

「うむ」


 地図の左下側に、後から書き加えられたと思しき文字があった。

 これはおそらくピッピが書いたものに違いない。

 よく見ると、矢印のような図形も見える。


「…………どうやら、敵の侵攻ルートとエル・アストラエアへの到着予想時刻を書き記しているようじゃな」

”!”


 ピッピ……!

 瀕死の状態であっても、それでも尚ナイアたちのことを調べて私たちに残してくれたのか……!


”……ありがとう、ピッピ”


 ナイアたちとの戦いは、元々ピッピに巻き込まれたことで始まったものだったけど、もはやこれは私たち全員の戦いである。

 あやめや『眠り病』の患者たち――ピースの本体たちを助けるため、というだけでもない。

 ヤツは、もはや私たちにとって相容れない『敵』なのだ。

 ピッピも最後の最後まで、共に戦ってくれた――だから、彼女にかける言葉は感謝以外に何も思い浮かばない。


「…………むぅ……」


 ただ一人、ノワールは難しそうな顔で考え込んでいたけど……。




*  *  *  *  *




 その後、私たちはピッピの結晶を部屋に残し――そしてこの扉を迂闊に開けないようにウリエラのビルドでバリケードを作って封印――避難所大広間へと戻った。

 ジュリエッタたちゾンビ化後遺症組はまだ治療中、なっちゃんはぐっすり眠っていることだろう。

 なので今集まっているのは、私、アリス、ヴィヴィアン、ウリエラ、クロエラ、ノワール、ブラン、そしてオルゴールだけとなる。

 ……今後のことについては出来れば全員で話し合いたいところだけど、流石になっちゃんは寝かせておいてあげたいし、皆の体調は万全にしておきたい。

 とりあえず今いるメンバーだけで話は進めよう。

 ピッピの遺してくれた情報は無駄には出来ない。


「のぅ、ブランよ。其方……身体に異変はないか?」

「? おーさま? ……ぼく、つかれた」

「そ、そうか……疲れただけか」

「うん。……やすんでいい?」

「すまぬが、それはもう少し待ってくれぬか?」

「……わかってる。ぼくも、もうちょっとがんばる」

「ほう? ブラン、貴様前よりやる気が出ているじゃないか」

「まぁな、きんいろの。『せかいへーわ』のために、ぼくもたまにはやるきだす」

「ふふっ、世界平和と来たか。ま、その通りだがな」


 世界平和か……確かにナイアたちを倒し、この世界からラグナ・ジン・バランの脅威を取り除くことが出来れば、それはそう言っても過言ではないだろう。

 本音ではダラダラしてたいんだろうけど、やる気になってくれているのであれば何よりだ。

 なにせ、彼我の戦力差は天地の開きがある。一人でも多くの戦力が欲しい、というのが私の本音だ。


「きゅっ? ……きゅー?」


 ……? 何やらキューがそわそわしているような感じだけど……何かあるのだろうか?

 人間とかよりも動物の方が何か感じ取りやすいとは聞いたことがある。


「キューちゃん様、こちらに」

「きゅっ」


 とりあえずヴィヴィアンの腕の中に素直に飛び込んで、そこで安心したのか落ち着いたみたいだ。

 ……ふむ?


「ボス、一通り避難所見て回ったけど、誰もいないみたいだった」

”そっか……ありがとう、クロエラ。となると――”


 キューのことはひとまず置いておくとして、街の現状はほぼ私の予想通りと思っていいだろう。

 ベララベラムの魔法の影響が取り除かれたことで、『この世界の存在』として扱えるようになったため、ピッピが街の住民を安全な場所にテレポートさせてくれたのだろう。

 ……この世界に安全な場所、なんて存在するのかはともかく。


「ふむ……我の探知範囲内には街の住民はおらぬようじゃ」

”ノワールの探知範囲ってどれくらいなの?”

「北大陸の半分程度じゃな」


 滅茶苦茶広いじゃないか!?

 でも、その範囲内に住民がいないということは、少なくとも私たちはこれからの戦闘で非戦闘員への被害を気にする必要はなくなるということか。

 ……逆にどこにテレポートさせたのかは心配ではあるけど、まぁそこは私が気にしても仕方ない。


「みゅー、よくわからみゃいけど、じゃあここから先は自分たちのことだけ考えていればいいって感じみゃ?」

「うむ、そう思っておいてよいじゃろう」

「えぇえぇ、その通りでございます。銃後の守りなど気にせず、存分に斬り合えるというものですわぁ」


 ――えっ!?

 ありえないはずのその声に一瞬呆気にとられ、そして我に返った時にはもう遅かった。


「こういうのはあたくしの趣味ではございませんが――致し方ありませんわねぇ。抜刀 《鋭獣剣》」

”ジュ――!?”


 ジュウベェ!?

 私がその名を叫ぶよりも早く、そしてアリスたちが反応するよりも早く……。

 ギラギラと狂暴な輝きを放つ刃が、私に向かって振り下ろされた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る