第8章98話 汝、其の罪を抱いて眠れ -1-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「うぁ、あぁぁぁぁっ!?」

「……り、りえら様!? どうしたみゃ!?」


 ウリエラの目の前で、突如ガブリエラが苦しみだしその場で体中を掻き毟りだす。

 まさかゾンビ化の症状が更に進行したものによるのか、と顔を青褪めさせるものの――すぐに気が付く。


「……そっか、やったみゃー」


 降り注ぐ『雨』に触れたガブリエラが反応を見せている。

 耳をすませばあちこちから同じようにゾンビのうめき声――否『悲鳴』が聞こえて来る。

 空を見上げれば、美しい『碧』の尾をたなびかせる黒い流星の姿。


『……うりゅー……にゃー』

『さりゅ! 了解みゃー!』


 作戦の内容は当然ウリエラも知っている。

 元気のないサリエラの声は、きっとゾンビ化の影響によるものだろうと判断。

 それよりも今は優先すべきことがある。


「ビルド……みゃー!」


 ウリエラはゾンビたちの足止めに使っていた全てのビルドを一斉解除。

 。特に身動きできないように閉じ込めていたジュリエッタは確実に雨に打たれてもらわなければならない。




 この『雨』こそが、黒い流星――クロエラが放つゾンビ化治療薬なのだから。




「う……りゅ……?」


 うめき声ではない、確かな言葉。

 爛れ、腐り落ちた顔は未だ汚れてはいたものの、そこにはウリエラの知るガブリエラの顔があった。


「りえら様? ……りえら様ぁっ!!」


 自分の身体の痛みも忘れ、涙を堪えながらもウリエラは思わずガブリエラの胸へと飛び込んでいった……。




*  *  *  *  *




 マゴットセラピー……というものがある。

 ざっくり言うと、壊死した患部を『ウジ虫』に食べさせるというものだ。

 《ナイチンゲール》が創り出した治療薬は、そのものではないけどマゴットセラピーにちょっと似ている部分がある。

 ゾンビ化の細かい症状は私にはわからないけど、どうやら体中に広がった『ゾンビウィルス(仮称)』に冒された部分をウィルスごと除去する効果を持っているようだ。

 つまり、ゾンビ化の治療と同時に腐った肉体のケアまで行う薬なのだ。

 まぁユニットはともかく街の住民や動物たちについて、多少は体重が減ったりとか後遺症は少し残るかもしれないが……そこのところは大目に見てもらうしかない。


 それで《ナイチンゲール》の薬は有限ではあるものの新しく追加で作ることは一応可能だ。

 ただし再作成にはそれなりの時間がかかるのが難点だ。

 アリスたちを優先的に治して、どうにかしてベララベラムを無力化してからゆっくりと治療する……となるとナイアたちがこちらへと来る前に治療が終わるかどうかはかなり微妙だ。というか、ほぼほぼ無理だと私は思う。

 それに、そもそもゾンビ状態のガブリエラにどうやって薬を与えるかっていう問題もあった。魔法が使えなかったとしても、素のステータスが高すぎてオルゴール含めた他7人総がかりでやっと抑えられるかも? というレベルだしね……。

 というわけで、ゾンビ化の治療は可能になったのだが諸々問題は依然として残っていた。

 でも悩む時間も惜しいし……ということでとにかく動こうとしていたわけだけど、その時に私は一つのアイデアを閃いた。

 それをクロエラに確認し、彼女自身も『やってみる』と決断――現在に至るというわけだ。




 鍵はクロエラの持つ能力。

 『排気魔法エキゾースト』『合体魔法ユニオン』、そしてギフト【騎乗者ライダー】である。


 まずは【騎乗者】だ。この効果は『自身が「乗り物」と認識しているもの(生物含む)であれば、自由自在に扱うことが出来る』というものである。

 ポイントは『』という点だ。

 クロエラの霊装が『バイク』であるため、そもそもあまり意識して活用してなかったギフトだけど、説明文を読む限りではギフトの効果は霊装以外にも及ぶとしか考えられない。


 私がクロエラに『できるか?』と確認したのは――? ということだった。

 実験する余裕がなかったのは賭けではあったが、この点については私はあまり心配していなかった。


 この半年近く、アリスたちと共に様々な戦いを『ゲーム』の中で経験してきて私はこう考えている。

 『ゲーム』で使われる様々な『魔法』や『ギフト』は、決しての効果を持っているわけではない。

 もちろん大枠では従っているのだけれど、使い手次第で幾らでも変化するものなのだと。

 この考えが半ば確信に変わったのは――今年のお正月、名もなき島でヴィヴィアンが召喚した《ポット》を見た時だった。

 確かに『想像したものを具現化する』という効果を召喚魔法サモンは持っているし、戦闘能力が皆無の《ポット》を召喚できたとて不思議ではない――というのは、ゲームをよく知らない私だからだと思う。

 普通のRPGとかのゲームをやってる人なら、そもそも『お茶を淹れるためのポットを魔法で作ろう』なんて発想が出てこないんじゃないかな? 必要に迫られて……というのであれば話は別だが、まぁ『ユニットになってモンスターと戦う』というゲーム内容でお茶を淹れる必要なんてまずありえないだろう。


 でも実際に召喚できた。

 だから私は型通りでなくても、型破りでなければ説明文に書いてあること以上のものができると考えた。

 クロエラが《ナイチンゲール》を霊装のようにギフトの対象とすることは可能か?

 ……可能だと私は判断した。

 『自身が「乗り物」と認識しているもの(生物含む)』という点がポイントだ。クロエラのギフトは自分の霊装以外にも適用可能だということが明示されている。

 であるならば、後はクロエラが認識さえすれば――そして《ナイチンゲール》の持ち主であるヴィヴィアンの許可も必要になったが――【騎乗者】の対象とすることが出来るはずなのだ。


 大事なのは、『自分の能力ならばあんなことやこんなこともできるはず』ということに対する『確信』『自信』、そして自分の能力を拡張するための『想像力』だ。

 その点に関してはアリスやガブリエラが顕著だ。

 アリスは『想像力』がなければそもそも扱えないような魔法だという理由はあるけど、ガブリエラについては『オープン』『クローズ』は明らかに魔法の説明文を逸脱した効果を発揮していると思う。

 それなのにきっちりと魔法が発動しているのは、ガブリエラが『できる』と確信しているからなんだろう。

 ……まぁこの理論に則ると、効果が限定されてしまっているサリエラなんかはスペック通りの魔法しか使えないというのは仕方のないことだと思うけど。


 ともあれ、まずは【騎乗者】で《ナイチンゲール》を操作できるか? という問題を解決できなければその先に進めない。

 私が作戦の全容を伝え、クロエラに確認した時に彼女は考え込んだ後に、


『…………、ボク……やってみるよ』


 と答えた。

 《ナイチンゲール》の召喚者であるヴィヴィアンの許可さえあればできる。そう自分の能力に確信を得たのだ。

 ……私の方からクロエラの能力ならできるはずだよ、と口で言うのは簡単だ。

 でも、それだけだと多分【騎乗者】は使えなかったと思う。

 自分の能力に対する自信――それはあくまでも自分の中からしか湧いてこないものだからだ。

 クロエラが凹んでいたのはわかっている。

 だからこそ、『ラビは期待している』という態度を見せつつ、クロエラ自身に決断してもらった……というわけだ。


 私が期待した通り、クロエラは自分ならばできる、と思い、《ナイチンゲール》を『乗り物』として認識し【騎乗者】の対象とすることができるようになった。




 次のポイントは『ユニオン』だ。

 クロエラもあまり使わない、彼女の魔法の中では最も影が薄い魔法である。というか、彼女がこれを使ったのって、アリスと一緒に臨んだジュウベェ戦の時くらいな気がする――少なくとも私のユニットとなってからは一度も使っていなかった記憶がある。

 この魔法は『自分の乗り物と一体化する』という効果を持っている。

 ジュウベェ戦の時は霊装と合体し、アリスがそれに乗るという戦法を取っていた。

 特徴としては、ガブリエラのリュニオンと違って『合体対象を主とする』点にある。

 リュニオンも誰を主体とするか、は選択可能だけど、あちらは単純な『合体』ではなく『融合』――融合することで全く新しい個体が誕生するのだ。ガブリエラ・ウリエラ・サリエラの合体では、ガブリエラの背中の翼が増えたりウリエラたちの特徴が体に現れたりもした。

 反対にユニオンの場合、合体対象が主となるため合体後の姿は特に変わらない。ジュウベェ戦の時のバイクもそうだった。

 ただし、合体後の主体はクロエラとなる――ここが大きな違いと言えるだろう。

 つまり姿ということだ。


 今回ユニオンの対象とするのは、もちろん《ナイチンゲール》だ。

 目的はただ一つ、《ナイチンゲール》が作り出したゾンビ化治療薬を、である。

 合体後の主体がクロエラになるということは、クロエラは『《ナイチンゲール》が持っている能力を自分の能力として扱える』ということになる。

 ここにさっきの話――『自分の能力に対する確信』が絡んでくる。

 《ナイチンゲール》の持つ治療薬は『クロエラの能力』になる……その成分や効果も全てクロエラが手に入れることになるだろう。

 ということは――




 それはつまり、使、ということなのだ。

 エキゾーストはバイクの排気ガスを様々な属性を持たせたりする魔法だ。普段ならば『炎』を噴いたり『煙幕』を張ったりすることが出来る。

 この魔法が今回使えると思ったのは、昨日の妖蟲ヴァイス襲撃がヒントとなった。

 あの時クロエラは、大量の妖蟲を一気に倒すためにエキゾーストで『殺虫剤』をバラ撒いていた。

 とにかく『煙状』あるいは『排気筒から出せる形状』であれば、何でも――それこその及ぶ限り――排気する魔法がエキゾーストである。


 ただし、だからと言ってやっぱり何でもかんでも無条件にできるというわけではない。

 クロエラ単独でゾンビ化治療薬を撒けるか? と言ったらそれは無理だろう。なぜならば、クロエラは『ゾンビ化の構造』を理解していないからだ。

 『ゲーム』のデフォルトで存在する『毒』とかの状態異常ならば治せるかもしれない。しかし、ゾンビ化はベララベラムの魔法の効果であり、『相手の魔法を無効化する』に等しい能力はエキゾーストにはない。仮にやれたとしても、《ナイチンゲール》同様に『全ての状態異常を治す』といった効果にせざるをえず、魔力消費が限界を超えてしまうと思われる。


 だからこその《ナイチンゲール》との合体なのだ。

 クロエラにはゾンビ化を治す術はないし、ゾンビ化の原因の解析もできない。

 《ナイチンゲール》は反対にクロエラに出来ないことを全てやれるが、治療薬を効率的に撒くことはできない。

 だけど二人が合体したならば――問題を一気に解決可能だ。


 《ナイチンゲール》が治療薬を完成させ、クロエラが合体することで薬の効果を自分の能力として『認識』する。

 そして最後はエキゾーストを使って薬をばら撒く……これが私の考えた作戦の全容だ。

 薬もエキゾーストを介して使うならば一人一人に飲ませる必要はない。

 煙……いや『霧』を辺り一面に発生させれば、それだけで十分全員に行き渡らせることが可能となるだろう――細かい霧ならば、物陰に隠れてたりしても町全体に広めればそれで済む。




”……やっぱりクロエラ、君の魔法は凄いよ”


 美しい碧色の尾を伸ばしながら、エル・アストラエア中を駆け巡るクロエラ。

 大量の霧がやがて空中の水分と結合したのか、『雨』となって降り注いでいる。

 これは私の想像以上の成果だ。

 『雨』となり地中にまで染みこむ治療薬は、大地そのものに溶け込むことだろう。

 仮に建物内に隠れているゾンビがいたとしても、いずれどこかで治療薬に触れることになるはずだ――もちろん、ベララベラムを倒す前に治療しなければならないので『いずれ』では困るのだけど、そうならないように『雨』とともに『霧』状の治療薬も大気中に含まれている。

 少なくとも街の中にいる限り、治療薬から逃れることは不可能と思ってよいだろう。

 私は心の底からクロエラの魔法のすごさに感心する。


『そ、そうかな……』


 一方でクロエラは照れているのか、それとも自分の為したことに実感がないのか、私の賞賛に戸惑う素振りを見せている。

 ……うーん、『ゲーム』内で凹んでいたのはともかくとして、そもそも雪彦君自身があんまり自己肯定感がない感じなのかな……まぁ身近にいる姉妹が揃って超人じみているからなぁ、それも無理ないことかもしれない。

 でも、『ゲーム』内にしたって現実世界にしたって、クロエラ雪彦君が他の誰にもできない素晴らしい力を持っていることは確かなのだ。


”そうだよ。クロエラの力がなかったら、きっと私たちはベララベラムには勝てなかった――だから、本当に君がいてくれて良かったと思ってる”


 嘘偽りない私の本音だ。

 もしクロエラが《ナイチンゲール》と合体できなかったら……それだけでいずれ私たちは全員の治療を諦めて、『ベララベラムを先に倒しても問題ない』と仮定して行動することになっただろう。

 まぁ本当にベララベラムを倒しさえすればゾンビ化は治るかもしれないし、治らないにしてもゆっくり時間をかけて治療すれば良かったの

 ……そんなを期待して行動するには、今回は掛かっている『命』が多すぎる。

 …………ほんと、がデジタルな異世界の中だったら、そういうのは割り切って行動できたんだけどね……。


『……ありがとう、ボス……』

”うん。こちらこそありがとう、クロエラ”




 ――さて、大分説明が長くなってしまったが、以上が私たちの『ゾンビ化治療作戦』だ。

 サリエラたちが治療法を考え、クロエラがそれを全体へと撒く……一気に治療が進むため、ナイアたちの到着時間を気にする必要もなくなり、またゾンビを残らず治療したためベララベラムを気兼ねなく倒すことができるようになった。


『”ここから反撃開始だよ、皆!”』


 私のユニットの遠隔通話に、7応と返してくれたのだった。

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