第8章96話 Fantasmaggot 4. 仮説検証
* * * * *
サリエラの提案した『ゾンビ化治療』は、『賭け』という面もあったがそれ以上になかなかの荒療治だった。
『ゾンビ化の原因が何かはわからにゃいけど、必ず何かがあるはずにゃ。
にゃから――あたち自身をゾンビにしてそこから原因を特定、治療薬を作るしかないにゃ』
私もあまり詳しくないけど、実際の病気や毒なんかの治療薬を作るにあたっても、本物の病原菌とかが必要になったはずだ。
だからゾンビ化の原因を特定するためにも、検体が必要になったというわけだ。
じゃあ、その検体は既に感染している住民ゾンビからでもいいのではないか? という疑問はあったのだが、ここもサリエラが丁寧に『
『ゾンビからゾンビに感染するっぽいし、大元のベララベラムとは少し違ってるかもしれないにゃ――例えば感染力がちょっと弱い、とかにゃ』
『にゃから確実に
『んで、それに誰が相応しいかってゆーと……あたちが一番ふさわしいと思うにゃー』
曰く。
『ゾンビ化して魔法が本当に使えないかどうかはわからないにゃ。
『あたちにゃら、魔法が使えても身動きさえ封じていれば危険はないにゃー』
……確かに仮に魔法が使えてしまったとすると、アリスやオルゴールだと止めようがなくなる。ヴィヴィアンは《ナイチンゲール》を使ってもらわなければならないので論外だ。ベララベラムが感染源と思われるガブリエラは、ゾンビ化していてもちょっと止めるのは難しい――下手をすると止めようとした側が感染させられる恐れがある。ジュリエッタはもしも魔法が使えてしまったら、ガブリエラ同様に返り討ちに遭う危険がある。
消去法で残るのがウリエラかサリエラだが、ウリエラの場合だと手足を縛ってもビルドやアニメートが使えればあまり意味がない。
その点サリエラならば、ブラッシュは味方がいなければ無意味な魔法だし、クラッシュも霊装を手に出来なければ使いようがないから一番ふさわしいと言えるだろう。
……もちろん、だからと言って心情的に納得いかないのは当然なんだけど……。
サリエラの作戦の流れはこうだ。
まずサリエラがベララベラムと直接対峙、ロトゥンでやられないように気を付けながら
……私が不安だったのは、ベララベラムが『感染』を狙わずにこちら側を仕留めに来ることだったのだが、そうはならなかったようだ――サリエラたちはこれも予測していたみたいだけど……。
サリエラが感染したら、オルゴールがサリエラを拘束、状況によっては糸を使って遠距離から回収する。
これはオルゴールにしか出来ない役割だった。彼女の糸ならば、ゾンビ化の恐れもなくかつベララベラムから離れた位置からサリエラを確保することが可能だからだ。
そして最後にヴィヴィアンの《ナイチンゲール》に、サリエラという検体を使ったゾンビ化治療薬の精製をしてもらう……こういう流れだ。
今のところ上手くは行っている……と思う。
だから……。
”……後は治療薬が作れれば……!”
サリエラに刺した注射針を抜いた後、その場に立ち尽くす《ナイチンゲール》を私たちは祈るように見つめ、薬が完成する時を待つ。
今、《ナイチンゲール》はただ立っているだけではなく、サリエラから採取したゾンビ化した部分を解析し、それを治療するための方法を探っているのだ。
《ナイチンゲール》は確かにすごい召喚獣だけど、何でもかんでも治せるというものではない。
『時間経過で体力を削る毒』『身体を麻痺させる毒』のような、『ゲーム』の範囲内にある状態異常であればデフォルトの能力で治すことが出来る。
ただし、同じ毒でも更に強力になった毒とか、ユニットの特殊な魔法が原因による状態異常は治すことは出来ないのだ――もしそれが治せるのであれば、極端な話、以前の《
魔法は現実に比べれば割と『何でもあり』ではあるが、それでも『絶対的に万能』ではない。
『ありとあらゆる状態異常を治す』――ということ自体は、実は可能だ。ヴィヴィアンの霊装で《ナイチンゲール》の内容を編纂してそういう能力を付け加えてしまえばよい。
ただ『絶対的に万能ではない』故に、理屈としては可能ではあるものの実際にそうすることは出来ない。
なぜならば、ヴィヴィアンの召喚獣に様々な能力を付け加えていくと魔力消費が大幅に増えて行ってしまうからだ。
《ナイチンゲール》に『既知・未知問わずあらゆる状態異常を治す』という能力を付与してしまうと、魔力消費が膨大になりすぎてヴィヴィアンでは召喚不能になってしまうのだ。
これ、実は以前に試して失敗したことなので確実だ。それに状態異常になること自体があまりないので、《ナイチンゲール》は主に傷の治療にしか使っていなかった。
今回は未知の状態異常――ゾンビ化を治すために《ナイチンゲール》を使うことになる。
やはりと言うべきか、『ゾンビ化を治す』とか『相手の魔法を解除する』とかを試してみたが、魔力消費がとんでもなく跳ね上がって召喚が出来なくなってしまうことも確認した。
……もし《ナイチンゲール》を編纂して解決するのであれば、サリエラが検体となる必要はなかったはずだ。
避難所でサリエラの指示のもと試した以上のことは失敗に終わったが、彼女は全く悲観せずに私たちに言った。
『にゃるほどー。魔力消費が多くなりすぎて召喚できなくなる、ってことは――インフェクションによる感染は治すことは出来るってことにゃ』
……なるほど、確かに魔力消費こそ増えるが、『編纂できない』というわけではない――例えば『リスポーン待ちのユニットを治療する』という夢のような治療を編纂しようとすると、エラーが発生するようになっている。幾ら魔法でも、無理なものは無理というわけだ。
で、ゾンビ化については編纂は可能だった。それはつまり、治療自体はできる、ということを意味している。
しかし治せるとは言っても召喚そのものができないのでは意味がないのではないか……一瞬喜びかけ、やはりダメなのかと肩を落とすヴィヴィアンにサリエラは更に続ける。
『ヴィヴィにゃん、一発でゾンビ化を治す能力じゃなくても今回はいいんにゃ。
《ナイチンゲール》には
サリエラの言う《ナイチンゲール》への追加能力――それは、一言で表せば『解析能力』だった。
デフォルトでは治すことのできない状態異常への対応として、逐次その状態異常を解析させて『治療方法』を作り出す。そして、その治療方法は
また、折角作った薬も『一回使ったら終わり』では意味がない。特に今回は街中の人を治さなければならないのだ、その都度解析→精製ではナイアたちが来るまでに治し終わらない。
そこで新たな能力として、『通常の治癒能力』と『解析による治癒能力』を分けることにした。
解析からの治癒を行っている間、今までのような普通の治療は出来なくなる――その代わり、一度解析したならば能力の切り替えを行う、あるいは別の状態異常の解析を行うまでは効果が継続できるようにしたのだ。
これらの能力改変により、ヴィヴィアンの魔力を超えないギリギリの線を保ちつつ、時間さえかければあらゆる状態異常を治癒できる最強の治療系召喚獣へと《ナイチンゲール》は生まれ変わることとなった。
……ただでさえ召喚獣の中では異質で最強格だった《ナイチンゲール》さんが、これで名実ともに真の最強になった気はする。いやまぁ喜ばしいことではあると思うけど……実在したナイチンゲールさんに何か申し訳ない気になってくる。
ともあれ、進化した《ナイチンゲール》がゾンビ化の解析を行い、治療薬を作り出すことを信じて待つしかない。
……こうしている間にも、ベララベラムとゾンビ軍団の侵攻は止まっていないのだ。ベララベラムを止めてくれているブランはまだともかく、ガブリエラを止めているウリエラの方が心配だ。
…………それにアリスともさっきから遠隔通話が繋がらなくなってしまっている。
リスポーン待ちになっているわけでもないから、おそらくゾンビ化が完全に進行してしまった……ということだろう。
これでこちらの戦力はほぼ無くなってしまった。
状況を逆転するには――そしてもちろんアリスたちを助けるためには、治療薬を完成させるしかない。
「……! 出来ました!」
どれくらいの時間が経っただろうか……実際には数分だったとは思うけど、物凄く長い時間待っていたような気がする。
不安と焦りがないまぜになった気持ちを抱えながら待っていたが、ついに《ナイチンゲール》の治療薬精製が完了した!
”よ、良かった……!”
治療不可の状態異常ではない、ということは事前に予想はついていたけど、だからといってピンポイントで治すことができるかまではわからなかったのだ。
とにかく《ナイチンゲール》の治療薬が完成したということは、これでひとまずゾンビ化については何とかなるはずだ。
ほっとする私たちであったが、ヴィヴィアンの表情が芳しくない。
”……ヴィヴィアン?”
「…………」
私たちには聞こえないしわからないけど、ヴィヴィアンは自分の召喚獣の意思を感じ取ることが可能だ。
言葉ではないかもしれないが、とにかく《ナイチンゲール》から治療薬について説明を受けているのではないかと思うが……嫌な予感がする……。
「……確かにゾンビ化を治療することが出来る薬は完成しましたが、一つ問題がございます」
”それは?”
「薬液の注射が必要になる――正確には体内に取り込む必要がある、とのことです。それに、一度使い切ると新しい薬を精製するのに少々時間が必要となります」
……そ、そっか……考えてみれば当たり前か。薬なんだしね……。
”むぅ……いや、でも治るのであれば十分だよ”
塗り薬でなかっただけ感謝すべきだ。
……問題は《ナイチンゲール》が一人一人に直接注射しなければ効果を発揮しない、という点だ。
これが病気とかなら、薬を配って各自に飲んでもらうということも可能だが……流石にゾンビ相手にそれは無理ってものだろう。
時間がかかるってことと、ゾンビたちを傷つけずにいかに安全に薬を投与するか……2つの問題は決して小さくはないが『治せる』というのを希望として、そこは何とかするしかない。
”まずはサリエラを治療しよう。その後は――”
「待ってくだサイ、ラビサン。誰かが近づイテ来ていマス!」
”!? こんな時に……”
頼りっぱなしで悪いけど、サリエラの知恵を借りたいと思って言いかけたが、その時オルゴールが
さっきみたいにゾンビ犬とか動物系が近づいてきているのか……? ヴィヴィアンと《ナイチンゲール》を守りつつまた別の場所へと移動するか……?
「ボス……?」
”その声……クロエラ?”
糸で編まれたテントのため、薄っすらと向こう側が透けて見える。
夜の闇に溶け込むようでわかりづらかったけど、確かにクロエラがそこにいた。
”良かった、目が覚めたんだね!”
「う、うん……ごめん、ボス、皆……」
意識が戻らず、仕方なく避難所に置いてきてしまったけど、無事に目覚めてこちらへとやってこれたようで何よりだ。
ただ、まだ本調子ではないのか、やや声に元気がなくどこか足取りもおぼつかないように見える。
「状況は……? それに、そこにいるのは――サリュ?」
アリスたちがゾンビ化して動けない今、クロエラが加わるのは非常に助かる。
手早く私はクロエラへと状況を説明し、《ナイチンゲール》の治療薬を全員に行き渡らせるのが少し難しいことも伝える。
……あ、でもクロエラが動けるようになったってことは、《ナイチンゲール》を乗せて高速で移動しながらひたすら治療薬を投与する、というやり方もできるかな……? それでもかなりの時間がかかってしまうことには変わりないだろうけど……一回の薬精製で何人分治療できるかってのもあるし……。
私の言葉を聞いて同じことを考えたのだろう、クロエラは少し考え込んだ後に、
「……わかったよ。ボクが《ナイチンゲール》を乗せて、皆を治療して行く……」
問題は時間がかかるってこともそうなんだけど、ゾンビ化の危険を考えると『ベララベラムを倒す前に治療する』必要があるかもってことなんだよね……。
”いや、その前にサリエラを治療しよう。彼女の意見も聞いてみたい”
ゾンビ化を治さないままベララベラムを倒した時に何が起きるかわからない、ってのが怖いのだ。
ヤツを倒した後にナイアたちが戻ってくる前に治す、ということが出来ればそれはそれでいいけど、ベララベラムが倒れる=ゾンビも倒れるという事態になっては取り返しがつかない。
……そして、ベララベラム、というか彼女を操っているナイアやエキドナのクソったれな性格を考えると、そういう
杞憂で済めばいいが、そうなる保証が全くない以上、こちらとしては慎重を期す他ないのだ。
…………いや、でも……うーん……? 何か頭の中に引っかかるものがある……ような?
「かしこまりました。では、《ナイチンゲール》」
私の言葉に従い、ヴィヴィアンが待機していた《ナイチンゲール》をサリエラの方へと向かわせ、再び注射針を刺そうとする。
……うーん……サリエラのゾンビ化を治す、これは当然必要なことだし間違いはないはず。
でも、仮にサリエラが復活したところで、治療薬を住民全員に投与することが出来るようになるかというと……そういうわけではないだろう。
サリエラの【
でもサリエラなら何か思いもよらない解決方法を見出してくれるのではないか……根拠のない期待があることはある。
…………彼女たちが加わってからというもの、頼り切りになってしまっている自覚はあるけど……。
それでも無理なものは無理だろうし、ただでさえ普段からピースとの戦闘や
「ボクは……じゃあ準備だけしてるね……。オルゴール、このテントどけてくれるかな? 近くにはゾンビはいないから大丈夫だよ」
「そうですカ。それでは――」
クロエラの移動に使うバイク型霊装を出すにはオルゴールのテントは邪魔だろう。
周囲に敵がいないというのであれば、治療薬の開発も終わったしテントで覆い隠す必要もない。
オルゴールがテントを解除すると、クロエラが霊装を呼び出す。
”……あ、ひょっとして……!?”
その時、私の頭にある考えが閃いた。
もし――もし仮に私の考えが正しいとすれば、治療薬の問題を一気に解決することが出来るかもしれない。
その確認のためには――仕方ない。
”ヴィヴィアン、待った!”
「え? あ、はい。《ナイチンゲール》待ってください」
なんだよ、またかよはっきりしてくれよ、と不満そうな気配が《ナイチンゲール》さんから伝わってくる……気がする。
ごめんねほんと、頼ってばかりなのにあれこれ指示してて……。
それはともかく、速いところサリエラを治したい気持ちはあるけど、私の考えが正しいか試すためには薬一回分の再精製時間も惜しい。
「ボス? どうしたの?」
”クロエラ、君に確認してもらいたいことがあるんだ”
「……ボクに……?」
話ながらも頭の中でシミュレーションしてみるが――『最初のステップ』さえ乗り越えられれば、おそらく成功するはずだ。
その『最初のステップ』についてはいくら私が考えても上手くいくかどうかはわからない。
ここだけはクロエラに確認してもらう必要がある。
私はクロエラ、それにヴィヴィアンとオルゴールにも向けて、これからやろうとしていること――『街の住民を一気にゾンビ化から救う方法』を説明する。
……この作戦は
彼女の『能力』が私の思う通りであれば――そして、彼女自身が能力を『自覚』さえすれば上手くいくはずだ。
…………ていうか、この作戦がダメとなるとかなりヤバい。ベララベラムを倒さずかつ逃がさず、治療薬を行き渡らせる――しかもナイアたちが戻ってくる前にだ――という地獄の難易度となってしまうのだ。
”――どう? 出来そう?”
「…………ボクが……皆を、助ける……?」
フルフェイスのヘルメットを被っていて表情を窺うことは出来ない。
でも彼女の心中は何となくわかる――ジュウベェとの再戦からクロエラが『あまり活躍できていない』と思い悩んでいたことは知っていたし、状況が状況だったので私たちもケアすることが出来なかったのは確かだ。
だから今私がクロエラに
臆病とは言うまい。戦況が自分にかかっている、故に下手なことは出来ない――というある意味で責任感があるため悩んでしまっているのだ。
「……」
時間の余裕はないが、私は何も言わずにクロエラの返答を待つ。
あくまでもクロエラにお願いしたのは、私の思い付きだ。本当にできるかどうかはわからないし、できなくたってクロエラには責任は全くない。
そう言葉をかけることは簡単だけど、言ったところでクロエラが納得するかは別だし、何よりも少しでいいからクロエラに自信をつけさせてあげたい――そのためにはクロエラ自身が決断しなければならないと思うのだ。
自信をつけさせてあげたい――そう思う理由は簡単。私の思い付きだが、おそらく
「…………
”! わかった。ありがとう、クロエラ!”
しばしの沈黙の後、顔を上げたクロエラはそうきっぱりと言った。
自分への不信、敗北感、劣等感……様々な負の感情が彼女を苛んでいただろう。
それらを呑み込み、一歩前へと進む決意を固めたのだ。
――きっとそれはクロエラを変えるきっかけとなる。私はそう確信していた。
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