第8章95話 Fantasmaggot 3. 姉と妹

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 サリエラがベララベラムの腐敗魔法ロトゥンから逃げ回っているのと同時に……。


「みゃー!?」


 ウリエラもまた、ガブリエラの猛攻から逃げ回っていた。




 ……どちらがより難易度が高いかと言われれば、お互いに『相手の方が大変みゃ/にゃ』と答えたであろうが。

 触れればお終い、という意味ではどちらも同じ危険性である。

 しかし、魔力を消費することなく延々と殴りかかってくるガブリエラの方が、より危険であると客観的には評価されるであろう。

 加えてウリエラはガブリエラ以外のゾンビ軍団の足止めも行っているのだ。

 目の前の相手以外にも注意を払い続け、かつ魔法ビルド・リビルドを使い続けなければならないのだから労力は倍以上と言えるだろう。

 当然、だからといって泣き言を漏らしたりはしない。

 やるべきことをやる、ただそれだけである。


「……うぅ……? う……」


 反撃をせず、ひたすらにガブリエラの攻撃から逃げ回っていたが、やがてガブリエラの動きが鈍ってきた。

 疲れた、とかではないだろう。

 どこか戸惑うかのような、躊躇っているかのような動きの鈍さをウリエラは敏感に悟った。


「りえら様……?」


 もしや目の前にいるのがウリエラであると理解したのだろうか? 他のゾンビを庇うような仕草を見せていることから、やはり意識が残っているのは間違いなさそうだし、姿がわからなくとも地面から壁を作り出しているのを見てウリエラと気付いたのかもしれない。

 そう期待するウリエラであったが、


「う、うぅ……うぅぅぅぅっ!!」

「ふみゃっ!?」


 それでもガブリエラは止まらなかった。

 先程の逡巡のような動きはなんだったのか、と問いかけたくなるような、今まで以上に鋭い斬撃にウリエラはもはや退くことでしか回避が出来ないでいる。

 ガブリエラをサリエラの方に行かせないためにも、ウリエラは着かず離れずでガブリエラの注意を惹き続けなければならないのだが、もはや攻撃範囲に入ること自体が自殺行為としか呼べないような、嵐のような連打である。

 懐に入って回避し続けるのは不可能だ。

 距離を取り、さりとて離れすぎず、攻撃の届くギリギリの範囲に踏みとどまり続けるしかない。


「……拙いみゃ!?」


 ガブリエラの攻撃をかわしながらも周囲の様子を観察していたウリエラが気付いた。

 少し離れた位置で『待機』しているヴィヴィアンたち――その背後から、ゾンビ化した動物が接近していることを。


『ヴィヴィみゃん、後ろから来てるみゃ!』


 ベララベラム以外のゾンビからもインフェクションは広まる――状況から考えてそれは間違いないはずだ。

 元人間でなくても、感染は恐らく同様に広まるはずだ。

 今ここでヴィヴィアンがゾンビ化することだけは絶対に避けなければならない。

 ウリエラの警告にヴィヴィアンが反応する――よりも早く、犬に似た生物のゾンビが飛び掛かり――


「ビルド!」


 間に合わない、と判断したウリエラはすぐさまビルドを発動、ヴィヴィアンたちの足元の土を大きく盛り上げてゾンビ犬ごとヴィヴィアンたちを空中へと放り投げる。

 少々乱暴な手段となったことは否めないが、そうでもしなければ恐らくは間に合わずヴィヴィアンに感染していただろう。

 空中に放り投げられたとて、ヴィヴィアンとオルゴールであればすぐに対応可能なはずだ。謝るのは後でも出来る――そう思ったウリエラだったが、仲間を救うために致命的な隙を晒してしまった。


「――……っ!!」


 突如全身を襲った激しい衝撃に、悲鳴を上げることもできずにウリエラは地面へと叩きつけられ、勢い止まらずボールのように更にバウンドしてしまう。

 ――何が起こったか、は見るまでもなくわかっていた。

 ヴィヴィアンたちに向けてビルドを放った瞬間、ほんのわずかな間ではあったもののウリエラの注意がガブリエラから逸れてしまった。

 おそらくはそこを狙ってガブリエラが攻撃をしたというわけではないだろう。

 一瞬気を取られ回避を怠ったため、振り回していた霊装が直撃してしまった――ということであろう。


「か、はっ……」


 それでも強烈な一撃を食らったことには変わりない。

 殴られた部分と地面に叩きつけられたショックで息が出来ない。


「う……うぅ……っ!」


 一方でウリエラにようやく攻撃を命中させたはずのガブリエラは、ここで動きが止まった。

 自分のやったことが『信じられない』といった様子で、霊装を手にしたまま動きを止めてしまっている。

 殴ったのがウリエラだということを自覚しているのか、それとも別の理由なのかはわからない。

 ――しかし、ウリエラ本人はきっと前者であろうと思った。


「へ、えへへ……こ、こんなの全然痛くないみゃー!」

「うぅ……!?」


 だから、ガブリエラに心配させないために――そして庇われた代償に殴られてしまったことをヴィヴィアンたちに気負わせないように――殊更元気よくウリエラはそう言うと、痛みを堪えて再び飛ぶ。

 ウリエラが全く平気な様子を見て、ガブリエラは再度唸り声を上げて霊装を振るおうとするが、その動きは今までよりも少しだけ鈍っているようにウリエラには思えた。


 ――……もうすぐ……もうすぐみゃ。だからそれまで、もうちょっとだけ我慢してみゃ、りえら様……!


 ウリエラがそう考えた丁度その時だった。


『ヴィヴィにゃん、にゃ!!』


 ベララベラムに噛みつかれた瞬間のサリエラが、遠隔通話でそう呼びかけたのだった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




『ヴィヴィにゃん、にゃ!!』


 サリエラのその声が聞こえてきた時、当のヴィヴィアンは空中を舞っていた。

 ウリエラに助けられた――それを理解しつつ、助けられた感謝とそのせいでウリエラが大ダメージを負ってしまったことへの負い目を一旦心の隅へと追いやる。

 

 それに対して、感情を抜きにして冷徹な判断を下せるのがヴィヴィアンである。


! サモン《ペガサス》!」

「承知しまシタ!」


 たった一言、ヴィヴィアンからオルゴールへの合図。

 それだけで素早く二人は行動を開始する。

 使い魔ラビを抱きかかえているヴィヴィアンはすぐさま《ペガサス》を召喚、自身とオルゴールを地面に叩きつけられないように守ろうとする。

 空を飛ぶ手段を持たないオルゴールは、もしかしたら助けが間に合わず地面に叩きつけられてしまうかもしれない――という不安を全く抱かず、こちらもすぐに『糸』を伸ばす。


「スレッドアーツ――《キャプチャーネット》」


 先端が『投網』のように大きく編まれた糸が捕える。

 しかし、ベララベラムがサリエラを抱きかかえている状態だ、そのままではベララベラムごと動きを封じてしまうことになる。


「クッ……これは予定外デスが……!」

「問題ありません!」

”うん、アリス、お願い!!”


 ラビの声に応えるように――否、ラビの声よりも早くアリスが動いていた。


「cl……《流星ミーティア》!!」


 アリスの放った魔法弾が、真正面からベララベラムの顔面へと叩き込まれ――


「! サリエラサン、確保!」


 予想外の衝撃に腕の力が緩んだ瞬間を見逃さず、オルゴールが投網に捕えたサリエラを引き寄せた。


”ヴィヴィアン、離脱を!”

「かしこまりました」


 そして、サリエラを網に捕えたまま、ヴィヴィアンとオルゴールはその場から離れようとする。

 残されたアリスとウリエラのことは心配ではあるが、今はサリエラのことに集中しなければならない――ここで対応を誤れば、これまでの苦労が水の泡と化すだけではない。ベララベラム相手に完全敗北を喫することになりかねないからだ。




「……悪ぃ、後は……任せる、ぜ……」


 一方、ベララベラムへと魔法を放った後、アリスは今度こそ完全に力を失いその場に崩れ落ちる。

 見れば左胸を中心に広がっていたゾンビ化――身体が生きながら腐る現象が右腕、そして両足にまで至り、顔の左半分もゾンビ化しかかっていた。

 もはやまともに動くことすら敵わず、魔法の発声すらままならないくらいにまでゾンビ化が進行してしまっている。

 このまま後数分も経たないうちにアリスもゾンビとなって彷徨うことになるだろう。

 それ自体はとても嫌だし、戦闘をメインに担当する身でありながら何の役にも立てない自分を不甲斐なくも思う。

 ベララベラムを止めるサリエラもゾンビ化し、このまま追いかけられたらヴィヴィアンたちも危険だろう。本当ならばここでアリスが残された力を振り絞ってベララベラムを止める場面なのだろうが、それはもはや叶わない。

 しかし――


「うん、まかされた。きんいろの」


 その点については不安はなかった。

 崩れ落ちるアリスと入れ替わり、後方に控えていたブランが前へと出てベララベラムと対峙したのだから。




 ベララベラムから少し離れ、周囲にゾンビがいないことを確認したヴィヴィアンは地上へと降り立つ。

 サリエラは網で拘束されたままだ。

 ……その姿は他のゾンビ同様、全身が腐った姿へと変貌してしまっている。


「……サリエラ様、もう少しの辛抱を」

”オルゴール、念のため周囲の警戒をお願い”

「エエ、先程のような不覚はとりまセン」


 住民ゾンビやドラゴンゾンビばかりを警戒していて、その他の動物型ゾンビへの警戒を緩めてしまっていたことを当然オルゴールは忘れていない。

 そのせいでウリエラが攻撃を避け切れず、危うく戦線が崩壊しかけてしまったのだ。

 もはや横から助けてくれる存在はいない。

 オルゴールは糸を伸ばし、自身らを囲うような『テント』を編み出す。


「ウィーヴィングで幕屋を作りまシタ。周囲にも警戒用ノ糸を出していマスので、警戒はお任せくだサイ」

”うん、よろしく。

 ……それじゃヴィヴィアン”

「ええ、必ず――




*  *  *  *  *




 ベララベラムとの決着をつけるにあたっての最重要事項が『ゾンビ化の治療』にあるのは間違いない。

 ヤツを倒してゾンビ化が解除されるのであれば問題はないんだけど、そうでなかった場合が非常に困る――倒した後にゆっくりと治療方法を探すという選択もないわけではなかったが、『ゾンビ化解除=死』となってしまったら目も当てられない。最悪、ユニットならリスポーンできるだろうが街の住民はそうもいかないのだから。

 それに治療方法を探す余裕もあまりない。ナイアたちがいつエル・アストラエアにやってくるかもわからない。

 だから治せるのであれば戦闘中に治すのが一番効率的、というのが私たちの出した結論だ。


「サモン《ナイチンゲール》」


 治療方法については、我らが《ナイチンゲール》さんに頼む他ない。

 ヴィヴィアンがサモンをすると同時に、魔力ゲージが一気に減り、変身が解けるギリギリまで下がる。

 今までの《ナイチンゲール》だったら消費は確かに多かったがこんなにも減りはしなかった。

 もちろんそれには理由がある。


「お願いします、《ナイチンゲール》」


 心の底から願うようなヴィヴィアンの声に、かすかに《ナイチンゲール》が頷くような仕草を見せ――抱えた巨大注射の針を躊躇うことなく拘束されたサリエラの胸へと突き刺した……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る