第8章94話 Fantasmaggot 2. 戦線崩壊の危機

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスを下がらせ、サリエラは単独でベララベラムと対峙する。


「う、うぅ……うぅぉぉ……」

「……うひぃー、やっぱ結構おっかないにゃー!?」


 自身の右腕を吹っ飛ばした相手――サリエラの方を最大限に警戒しているのか、虚ろな眼窩をサリエラへと向けている。

 崩れかけた顔面からは感情が全く読み取れず、傷つけた相手に怒りを抱いているのかどうかすら定かではない。

 ……が、流石に何も思わないということはないだろう、少なくとも『警戒』あるいは『敵意』を抱かれていることは間違いない、とサリエラは思う。


 ――……おっかないとはいえ、表情が読めないのはちょっと困ったにゃー……。


 怖がっているのはポーズではない、実際にドロドロに崩れた顔を直視するのには勇気がいる。

 問題はそこではなく、表情が読めない、というところにある。

 モンスター相手だとそこまで重要ではないが、ユニット戦においては『表情』はサリエラにとって重要な情報源だ。

 相手の感情だけではない。ほんのわずかな目線の動きや変化から相手の考えを読み、先手を取ったり回避したり……というのがサリエラ、そしてウリエラのステータス・体格に見合わない強さの秘密である。

 ベララベラム相手にはそれがほぼ機能しないのが問題なのだ。

 今も『サリエラの方に顔が向いている』というのは確かなのだが、果たしてサリエラを見ているのかどうかは怪しい。サリエラの背後には誰もいないのでおそらくはサリエラを見ている……とは思うのだが……。

 相手の動きを読むための情報が、いつもより一つ減ってしまっている。しかも相手は一撃でこちらを倒す方法を持っている――かなり厳しい状況なのは間違いない。


「おっかにゃいけど、ここであたちががんばらにゃいと……!」


 たった一人でガブリエラとゾンビ軍団を押し留めているウリエラの負担は、時間が経過するごとに増すばかりだろう。

 今回の決戦において、最も重要な鍵を握っているのは他でもないサリエラなのだ。

 少々相手の姿が恐ろしいからと言って、尻込みしているような余裕は全くない。

 ――サリエラの行動に全てがかかっているのだから。


「改めて――いっくにゃー!」


 ドリルを構え、一直線に真正面からベララベラムへと突撃をする。


「うぅ……!」


 やはりベララベラムの視線はサリエラへと向いていたのだろう、突撃するや否やドリルの先端を嫌がるように回避し、先程千切られた右腕を手に取る。

 体格は小さくとも、破壊魔法クラッシュを掛けた霊装の攻撃はベララベラムの肉体を砕くことが出来る――それを学習しているためだ。

 ……もっとも、ベララベラムの知る由ではないが、ユニットの肉体を直接破壊するためにはクラッシュはかなり大きな魔力消費を強いる魔法だ。そう何度も使えるものではない。

 とはいえ、サリエラへの『警戒心』を抱かせただけで成果としては十分だ。

 直線的なサリエラの突撃はあっさりかわされて終わる。


 ――……よし、とりあえずヤツがあたちを警戒してくれてればおっけーにゃ!


 ここまではサリエラの狙い通り。

 警戒された分攻撃は回避されやすくなってしまうし、ベララベラムの攻撃がサリエラに集中してしまうことになるだろう。

 だがのだ。

 まともに戦闘できるユニットが減少し、敵側の戦力が圧倒的な数である今、ベララベラムにはサリエラに集中してもらった方が都合が良い。

 ベララベラムの標的が分散してしまう方が今は望ましくない。


 ――後は、あたちのにいければ……。


 時間の余裕はないが、かといって焦ってはならない。

 慎重に、タイミングを見計らってサリエラは自分の狙い通りになるようにとベララベラムを誘導しようとする。

 幸い先程の不意打ちでベララベラムの右腕を奪うことには成功した。

 サリエラの推測では、最も警戒すべき腐敗魔法ロトゥンは多くの放出系魔法と同様に『手』から発射される魔法だ。片腕だけでも奪えたのは幸運だと言えよう――逆に両腕を奪えばロトゥンを完全に封じることが出来るかもしれないが、そうするとベララベラムは『逃げる』ことを考えてしまうかもしれない。それはサリエラの望むところではない。

 のだ。


「う、う、うぅ……おお……」

「うげっ!? なんにゃそれ!?」


 ――だが、サリエラの心配は杞憂に終わった。

 ……いや、この場合は無駄に終わった、の方が正しいか。

 拾った右腕をベララベラムは傷口に無理矢理押し当て――そして、数秒も立たないうちにくっつけてしまったのだった。


「……いにゃ、いくらゾンビだからってそれは無茶苦茶じゃないかにゃ……?」

「うう、おぉあぁぁぁ……ろとぅん」

「にゃー!?」


 『ゾンビはタフ』というイメージは確かにあるが、だからと言って『落とした腕をまたくっつける』というような再生能力は想定外だ。

 あっさりと両腕を取りもどしたベララベラムが、両腕をサリエラへと掲げてロトゥンを放つ。

 片腕ならば簡単に回避できる程度の範囲に収まっていたはずなのだが、両腕から大きく広がる腐敗の霧は下手に回避しようとしても逃げ切れないような大きさでサリエラへと襲い掛かる。


「カ、【贋作者カウンターフェイター】起動。対象:《ロトゥン》!」


 右方向へと移動しながら再度ギフトを使用、ロトゥンを相殺しながら霧の範囲から逃れようとする。


 ――……拙いにゃ、魔力の消費が激しいにゃ!?


 【贋作者】は相手の魔法の7割程度の威力、そして魔力消費をする。

 先程も1回使い、更に肉体破壊のためにクラッシュに多めに魔力を注ぎこんでしまっており、まだ魔力の回復を行っていない状態だ。

 魔力の減りがかなり激しい。ロトゥンは威力・範囲から考えるとかなりの魔力を消費する魔法なのは間違いないだろう。

 だというのに、こうも連発してくるということは……。


 ――……街の人に紛れて、ピースがいるってことかにゃ!?


 そうとしか考えられない。

 『天空遺跡』で遭遇した、己の意思をもたないピースたち――マイナーピースたちは何かしらの不正チートによって他者の魔力を回復させる【供給者サプライヤー】というギフトを所持していた。

 ベララベラムの魔力消費を補うため、姿かたちを変えて紛れ込んでいたのだろう。


 ――元々期待してにゃかったけど……魔力切れで倒すってことはやっぱり難しいかにゃ……。


 マイナーピースたちが【供給者】で魔力を分け与えた後に『消滅』するのを目にしている。

 おそらく、ベララベラムたちメジャーピースも同様に魔力が切れたら消滅するのではないか――そういう考えがあった。

 そうなると戦い方も変わってくるだろう。相手に魔法を乱発させて自滅を誘うというのも戦術としては有効だ。

 しかしマイナーピースたちが紛れ込んでいるのであれば話は別だ。

 サリエラたちがアイテムで魔力を回復させるのと同様に、マイナーピースたちによって魔力が回復されてしまう。

 アイテムが尽きるのが先か、マイナーピースがいなくなるのが先か……勝率の読めない消耗戦を挑むつもりは全くないし、その方向に流れてしまうことは避けたい。

 最終的にはベララベラムをきっちりと倒す――今回は結局それが必要になってくる。


「……あんまギフト使ってられないかにゃ……」


 とにかく、ロトゥンの威力を殺ぐことは可能だが、そう何度も繰り返すわけにはいかないことだけは確実だ。

 どうしようもない攻撃にだけギフトを使い、後は自力で回避し続ける必要があるだろう。


「ろとぅん……!」

「にゃー!?」


 襲い来る黒い霧を必死に回避し続け、サリエラは『機』を窺う。

 可能な限り急がなければならない――それはサリエラ自身の『役割』に関わるものでもあるし、もう一つ理由がある。


 ――早くしないと、うりゅが保たないかもしれないにゃ……!


 ウリエラがガブリエラとゾンビ軍団を止める役に立候補したことを、サリエラは止めなかった。

 それが一番の適任だというのも理由の一つだが、それ以上にウリエラがどういう気持ちでいるのかを理解していたためだ。

 ウリエラがガブリエラの現状を招いてしまった原因だ、と思いつめていることをサリエラはしっかりと理解していた。

 そうではない、と口で言ったところで全く納得しないであろうとも。


『いいかげんなあたしと違って、ふーちゃんは真面目だから』


 だから、『ふーちゃんのせいじゃないにゃ』と椛が言ったところで『わかった……』と暗い顔で頷くものの、楓は絶対にそれで終わりにはしないだろうと思っていた。

 故に責任を感じて自分一人で本来ならば皆ですべき役割を担おうとするのを止めなかった――正確には止める言葉を持たなかったのだ。

 ……お互いに相手の考えていることはわかっているのに、どうすることも出来ない歯がゆさを互いに感じていたが、人間である以上それはどうすることも出来ない。

 サリエラに出来ることは、可能な限り早く『目的』を果たすことだけなのだ。




 つもりだ。

 ロトゥンをかわしながら、読めないながらもベララベラムの行動の意図を探り、サリエラは頭の中で次々に『予測』を立て続けていた。

 その中で、ベララベラムが何を考えて今行動しているのかを、と確信している。


 ――……ほんと、おっそろしいやつにゃ、こいつ。


 凶悪かつ圧倒的な攻撃性能と、他の追随を許さない恐ろしいヴィジュアルの持ち主――というだけではない。

 それらすら『隠れ蓑』にした本性こそがベララベラムの一番の恐ろしさなのだ、とサリエラは見抜いた。

 ゾンビのような風貌に行動、言葉は魔法以外一切発さず、見た目通りと思っていると足元をすくわれるだろう。

 ……ベララベラムにはしっかりとした『意志』があり『思考』がある。

 一見してただ意思のないゾンビのように暴れていると思わせて、しっかりとその裏で『計算』した動きで相手を追い詰めようとしているのがわかる。


 ――でも……、にゃ。


 サリエラ、そしてウリエラの最も苦手とする相手は、『考えが全く読めない』ものである。

 モンスターであっても『生物』であればある程度は考えを推測することも可能だ。それゆえに、サリエラたちはステータスが低くとも自力でモンスターを撃破、あるいは仲間のサポートが出来るのだ。

 逆にナイアのような、サリエラたちからしたら全く合理性の見いだせない目的のために動くような輩は考えを読むことが出来ない。目的が合理的で、そこへ至るための手段が非合理的というのであれば話は別なのだが、ナイアの場合は目的自体が非合理的――故に『不合理である』という情報を足したとしても、行動が無軌道すぎて次の行動が彼女には全くわからなくなるのだ。

 それに比べれば、ベララベラムは実に相手だった。


「うぅぅぅ……!」

「!? 後ろにゃ!?」


 いくら【供給者】によって魔力を回復できるとは言え、消費の多い魔法を連発する――しかもサリエラにはかわされるし最悪相殺される――のは一見すると考えなしの行動に思える。

 しかし、サリエラはベララベラムが何のためにロトゥンを連発していたのかを正確に見抜いていた。

 周囲一帯に黒い霧をばら撒き、ベララベラムの姿を覆い隠していたのだ。

 つまり目的は攻撃、目くらまし。

 凄まじい攻撃性能を持つ魔法を、相手を倒すためでなく自分の姿を隠すために使っていたということである。

 そうする理由は――あまり重要視されていなかった、ベララベラムの第3の魔法のためだ。


「こにょっ!」


 ベララベラムに、サリエラは自ら後退して体当たりをする。

 前も横もダメだ。ベララベラムがそこでロトゥンを使えば、ほぼ確実に回避しきれず巻き込まれてしまうことになる。

 だから危険を承知で後ろ――ベララベラムの方へと自ら下がって体当たりをしかけ、そこから更にベララベラムの背後へと回り込もうとする。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ……と相手が考えるだろうと、ベララベラムも『予測』していた。


「あぁ……うぅあぁぁ……」

「ぎにゃっ!? つ、捕まっちゃったにゃー!?」


 前か横に逃げるのであればそのままロトゥンで、敢えて彼女の方へと向かってくるようならば

 相手の咄嗟の行動が恐らくその二択になるとベララベラムは予測していたし、そもそもそうなるように仕向けていた。




 第3の魔法――エンカウント。

 ベララベラムと直接戦闘する場面ではそこまで警戒する必要はないだろう、とラビたちがあまり気にしていなかった不意打ち魔法だ。

 発動条件は2つ。


『ベララベラムの姿を誰も見ていない』

『不意打ちする相手の位置をベララベラムは把握している』


 この2つを満たしている時に限り発動し、瞬間移動するという魔法である。


 ベララベラムはサリエラとの戦闘で『一筋縄ではないかない相手』と認識していた。

 初回は不意打ちで翼を奪い実質の無力化をすることはできたが、不意打ちでなければすばしっこく回避し、またギフトの力で魔法を相殺してくる厄介な相手だと理解した。

 だからこそ、敢えて他の『敵』を無視してまでサリエラ一人に集中することにしたのだ。

 ロトゥンで倒せれば良し、そうでなければロトゥンを煙幕替わりに使って姿を隠し、不意打ち魔法エンカウントで死角から急襲する――更にそこから咄嗟の二択を迫る。それがベララベラムの考えだった。

 結果、サリエラは果敢にもベララベラムへと自ら体当たりして逃れようとした。


 ――悪くない考えだ。


 素直にベララベラムはサリエラの判断力と勇気を称賛する。

 触れるだけでゾンビになるかもしれないという危険と、ロトゥンに巻き込まれる危険を天秤にかけて、瞬時に前者の方が生き残る確率が高いと判断したのだろう――まぁ反射的な行動だったかもしれないが、ベララベラムにとってはどちらでも構わない。

 事実、感染魔法インフェクションはベララベラムに触れるだけでは感染しない。

 インフェクションの発動条件は、『ベララベラムの霊装に触れる』なのだ。

 そしてその霊装とはベララベラムの爪と歯――そして唾液などの体液である。肉体そのものに触れても感染はしない。

 彼女の胴体部は一応服に覆われているため、触っても体液に触れたりはしないのだ。故に、サリエラが体当たりして逃れるための唯一の安全地帯とも言える。


 ――けど、逃さない。


 来るとわかっている体当たりを堪えることは容易だ。

 ましてや相手は普通の体格ではなく、人形のような小柄さである。ステータスも相応に低く、ベララベラムが大して力を込めずともあっさりと踏みとどまることが出来た。


「にゃ、にゃー!?」


 サリエラからしたら壁に体当たりしたようなものだろう。

 全く揺らがないベララベラムにぶつかり、更に腕で完全に拘束されてしまいもはや逃れることは出来ない状態だ。

 ここで至近距離からのロトゥンを放てば間違いなくサリエラは倒れていただろうが――


 ――さぁ、おまえも『仲間』になりなさい……。


 ベララベラムはそうはしなかった。

 逃れようと必死にもがくサリエラに対して深く爪を食い込ませながら、その首筋へと噛みついたのだった……。

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