第8章93話 Fantasmaggot 1. vsベララベラム最終決戦

*  *  *  *  *




 ベララベラム襲撃の報をアリスから受け、私たちが外へと飛び出して戦闘が開始した。

 ……が、状況はかなりこちらにとって苦しいものであったと言える。


『”アリス、大丈夫!?”』

『あ、あぁ…………大丈夫、だ』


 苦しい理由その1――

 ベララベラムの襲撃時にヤツの攻撃を受けてしまい、身体のゾンビ化が始まってしまっているのだ。

 ただ、即座にゾンビ化するわけではなく、じわじわと傷口からゾンビ化が進んでいっているようだ。

 ウリエラたちの推測によれば、おそらくは普通の風邪とかと同じように人によって『抵抗力』が違うためじゃないかとのことだった。

 ……その辺りは検証のしようもないけど、彼女たちの言葉から考えれば多分だけど『魔法防御力』とかが関係しているんじゃないだろうか? そのステータスについては、アリスはかなり高めの方だ。その辺が理由かな――ちなみに、全体的にステータスが高いガブリエラだが魔法防御についてはそこそこ、ジュリエッタはライズを使わなければ結構低めといった感じだ。

 あるいはこれもひょっとしたらアリスの『特異性』に関わっているのかもしれない……。

 ともあれ、アリスについてはゾンビ化はゆっくりではあるものの無効化できているわけではない。

 このままだと遠からずアリスも完全にゾンビになってしまうのは間違いない。


 ……心情的にも戦力的にもこれはかなり私たちにとって痛い。

 ガブリエラとジュリエッタがいない以上、ベララベラムや他のゾンビたちを抑える役割のほとんどはアリスが担わなければならないというのに、そのアリスがゾンビ化し始めているのだ。

 もっとも、最初からアリスはゾンビ化するかもしれないということで外に出ていたのだ。

 ウリエラたちの『計画』では、アリスがいれば助かるが基本的にいないものとして扱われている。

 ……それはそれでやっぱり心情的にはどうなんだっていうのはあるけど。


「動ける、うちは……オレは戦う、ぞ……」


 そう言い残し、アリスは再びベララベラムの前へと出て行こうとする。

 なぜならば、そこが一番苦しい場面となっていたからだ。




 苦しい理由その2……これはサリエラ自身からの『提案』なのである意味計画通りではあるのだけど……。


「こ、これは……予想より、きっついにゃー!?」

「うぅぅぅぅっ!!」


 

 素早い動きでベララベラムに纏わりつきつつ、サリエラは相手の動きを制限し続けている。

 スピードと先読みを兼ね備えたサリエラにしか出来ない動きだ。

 とはいえ、かなりギリギリの攻防であることは否めない。


「……ろとぅん」

「うにゃっとぉ!?」


 放たれる腐敗魔法ロトゥンの黒い霧を何とかかわし、手にした霊装を叩きつけるものの――サリエラからの攻撃は全くダメージを与えられていないようだった。

 それもそうだろう。人形のような見た目にしては攻撃力は高めとは言え、サリエラには攻撃魔法がない。今の攻撃も、ただ単に棒で殴っただけのようなものだ。

 腐った死体のような見た目なのにベララベラムの防御力はそれなりにあるのか、霊装ドリルで突いても全く肉が抉れる様子は見えない。


「かわせ、サリエラ! cl……《炎星ブレイズミーティア》!」


 助けに入ったアリスの魔法が、死角からベララベラムの後頭部へと突き刺さるが……これも大して効いていない。

 後ろからちょっと殴られた、程度のようだ。


「うぅぅ……あぁぁぁ……」


 とはいえサリエラの攻撃よりは効いたみたいで、ぐるりとアリスの方へと顔を向ける。

 遠からずゾンビ化するとは言え、まだゾンビではないのであれば『敵』という認識なのだろう。

 向き直ったアリスの方へと手を伸ばし、ロトゥンを放とうとする。

 ――その隙を見逃すサリエラではなかった。


「クラッシュにゃ!」

「うぅぅ!?」


 サリエラにはベララベラムへと通じる攻撃力はない、そうヤツが判断したかは定かではないがいずれにしろサリエラに対して致命的な隙を晒した。

 破壊魔法クラッシュが付与された霊装――ドリルの先端が回転し、その切っ先が後ろからベララベラムの右腕を付け根から吹き飛ばす!


「ろとぅん……」


 だが相手も痛みをまるで感じていないように、すぐさま残った左腕でサリエラに向けてロトゥンを放つ。

 予測はしていたのだろう、サリエラは深追いせずにすぐさま避難――するだけではなく、


「【贋作者カウンターフェイター】起動。対象:《ロトゥン》にゃ!」


 ロトゥンを【贋作者】で真似して反撃を行う。

 同じ魔法に撃ち合った場合には『7割程度』の威力では完全に押し負けてしまうものの、逆に言えば『7割程度』は魔法の効果を減少させることが可能だ。

 元の3割くらいにまで落ちたロトゥンの範囲であれば、楽々回避することは可能――相手にロトゥンでのダメージは与えられなかったものの、被害を抑えつつ回避することには成功した。


「サリエラ、大丈夫か……?」

「あたちは大丈夫にゃー。それより、アーにゃんは安静にしていた方ががいいにゃー」

「しかし……」


 相手の攻撃を回避しつつ、クラッシュを叩き込むことに成功したとはいえ、サリエラの方が不利な戦いなのには変わりない。

 アリスも動ける限りは動いて共に戦おうとするものの、それをサリエラは止める。

 ……今アリスの身体は、1割くらいがゾンビ化しかかっている。

 傷を受けたのであろう左胸を中心に、徐々に左腕までが変色してしまっているのだ。


「アーにゃんにもギリギリでやってもらうことが出来るかもしれないにゃ。だから、ギリギリまで動ける状態でいて欲しいにゃー」

「…………わかった。どうしても危なくなったら、その時は――」

「わかってるにゃ、お願いするにゃー」


 いまいち納得は言っていないようだが、ゾンビ化進行による不調で全力を出せていないのには間違いない。

 下手をするとアリスの方が足を引っ張ってしまいかねないということは自覚しているのだろう、サリエラの言葉にアリスは最終的に頷く。

 それにサリエラの言うことも尤もだ。

 動かなければゾンビ化の進行はゆっくりと進む……かもしれないという考えは確かにある。

 風邪や怪我と同じで、じっとしていれば酷くはなりにくいんじゃないだろうか――確証はないが、下手に動くよりはその方がいいだろう。

 アリスは言われた通り再度後退、その脇をノワールが守る。


「ふむ……傍観してはいるが――サリエラ一人で大丈夫なのかのぅ……?」

「さぁな……だが、あいつが言うことなら信じるさ……うぐっ……」

「それに――ウリエラの方も……」


 ノワール、それにブランは対ベララベラムの切り札ではあるが、インフェクションは防げてもロトゥンは防ぐことは出来ない。

 それゆえ二人とも後方へと下げて温存しているのだが……その代わりに前へと出ているのが、ウリエラとサリエラという本来ならば後方支援に徹するべき二人だったのだ。




 苦しい理由その3が、まさにそれ――ベララベラムに操られるゾンビ軍団……そしてその先頭に立つガブリエラを抑え込む役割を、ウリエラが担っていたことにある。

 構築魔法ビルドで作った壁ゴーレムで大半のゾンビは動きを封じることが出来ている。その点では、ゾンビの足止め役としてはウリエラ以上の適任はいないだろう。

 ドラゴンゾンビたちはヴィヴィアンの召喚獣が注意を引き付けつつ戦っている。こちらはとにかく巨体なのが厄介で、迂闊に暴れさせて住民ゾンビを踏み潰さないように気を付けなければならない。幸い、アリスの言う通り住民ゾンビには意識が残っているのか、ドラゴンゾンビからは距離を取っている――それどころかウリエラからも――ようで、今のところ安心と言えば安心だ。

 問題は壁ゴーレムも通じないガブリエラとジュリエッタだ。

 ……まぁジュリエッタについては、やっぱり魔法が使えないせいか壁ゴーレムに閉じ込めてしまえば中々外に出ることが出来ないためあまり問題はないかもしれない。油断は禁物だが。

 ガブリエラだけはどうにもならない。

 ウリエラが自分から前に出て、ガブリエラと矛を交えざるをえない状況なのだが……。


「み、みゃー……魔法がなくても、やっぱりえら様強いみゃー……」


 着かず離れず、攻撃しようとは考えないで注意を引き付けるだけ――というのですら難しい。

 ゾンビ化して動きが鈍っているとは全く思えないほどの速さ・鋭さを伴った攻撃で、ウリエラは次第に追い詰められていっていた……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――きついけど……わたちがやらなきゃ……!


 アリスから敵襲の報せが来る前に、ある程度の作戦についてはラビたちと共有済みだ。

 若干ギャンブル的な要素はあるが、『ベララベラムの撃退』と『ゾンビ化の治療』の両方をやらなければならないという、元々かなり無茶のある作戦だ。危ない橋を渡らずに切り抜けられるとは元より思っていない。

 焦点は『ベララベラム』と『ガブリエラおよびゾンビ軍団』をどう止めるか、というところだった。

 現状動けるメンバーの中で『まともな戦闘』が可能なのが、ヴィヴィアンとオルゴール、それとノワールとブランだけというのが痛い。

 なぜならば、この四人は誰も欠けてはならない――この戦いの『鍵』となるメンバーだからだ。迂闊に前に出してベララベラムに倒される、あるいはゾンビ化するということだけは絶対に避けなければならないのだ。

 故に、ウリエラとサリエラは危険を承知で自らが前に出て戦うしかなかったのだ。


「うみゃっ!?」


 振り回される鍵をギリギリで回避しつつ、ウリエラは次々とビルド・リビルドを駆使して壁を作り続ける。

 ゾンビたちは積極的に動くことはないが、それでもベララベラムが指示しているのだろうか、時折前へと出てこようとする。

 だから、一回壁を作ればそれでおしまいでガブリエラに集中できる……ということがない。

 一対一の状況であれば、『勝つ』ことはできずとも『負けない』ことは十分可能だとウリエラは予想していた。

 しかし魔法を使って一対一へと持ち込んだ状況もすぐに崩されてしまう。

 もちろんそれもすぐさま新しいビルドで解消することは可能だ――が、いつゾンビが現れるか、現れたとしたもすぐさま対処しなければならないと常に気を張り続けなければならないので、意識の上ではとても『一対一』とは呼べない状態だ。


「み、みゃー……魔法がなくても、やっぱりえら様強いみゃー……」


 しかも対峙しているのは、メンバーの中でも突出したステータスを持つガブリエラなのだ。

 魔法が使えない様子ではあるがそれを補って余りあるパワー、それとゾンビ化しても尚衰えないスピードを兼ね備えた、『敵』として戦うのであればウリエラ単独ではほぼ不可能な相手である。

 『負けない』ことは可能だが、『絶対に負けない』ではないのだ。

 一歩間違えれば倒されてしまう可能性がある。

 だが、


「……んでも、やるっきゃないみゃー」


 内心の焦燥を表に出すことはなく、表面上は普段通りの飄々とした態度のままウリエラはガブリエラに立ち向かう。

 ここでガブリエラを止めることが出来なくなると、ベララベラムを受け持つサリエラに大きな負担がかかることになってしまう。

 ガブリエラを止めつつ、それに連動して住民ゾンビたちの動きを制限するのはウリエラにしか出来ない役割だ。

 ヴィヴィアンもオルゴールも、『ある時点』までは役割のために後方でラビと共に待機してもらっているため、迂闊にウリエラの代わりに前に出てもらうわけにはいかない。

 ガブリエラと住民ゾンビをいかに長時間止めることが出来るか――それに今回の『作戦』の成否がかかっていると言える。

 ……とはいえ、それ以前の問題として――


 ――……りえら様に、絶対ダメみゃ……!


 たとえゾンビ化で自由が利かない状態だったとは言え、ガブリエラが自らの手でウリエラを傷つけたことを知ったら一体どう思うことか……。

 それが予想できるため、ウリエラは猶更ガブリエラに倒されるわけにはいかないと思っているのだ。

 加えてウリエラには一つ後悔していることがある。

 ――仕方のないことだったとは言え、ガブリエラ撫子を一人でエル・アストラエアに置いてきてしまった、ということだ。

 ガブリエラがいなかったらエル・アストラエアは戻ってくる前に完全にベララベラムに壊滅させられていたかもしれない。ガブリエラを連れて行ったところで、エル・メルヴィンの戦局はきっと変わらなかっただろう。

 それでも、やはり『姉』としてするべき判断ではなかった、とウリエラは責任を感じているのだった。


 ――さりゅは何も言わなかったけど……きっと怒ってるはずみゃ……。


 現実世界において撫子と一番長い時間を過ごしているのは、親を除けば間違いなく椛である。

 ある意味一番『お姉ちゃん』をしていると言えよう。

 そんな椛が、撫子の現状を見て何も思わないわけがない――なぜそうなったかの原因までちゃんと理解した上で。

 ……だからこそサリエラは最も危険なベララベラムと一人で対峙しているのだが――自責の念に駆られているウリエラはそこまで頭が回っていないようだ。


「りえら様……もうちょっとだけ辛抱して欲しいみゃ」


 ――わたちたちが必ず助けてみせるみゃ……!


 ギリギリの攻防の中、ウリエラが考えるのはただひたすらにガブリエラのことだった。




 エル・アストラエアを突如襲ったゾンビの脅威――ベララベラムとの最後の戦いは、攻撃に長けたメンバーがことごとく欠けた状態で、ウリエラ・サリエラという非力なサポートメンバーによる一見無謀な突撃から始まった。

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