第8章79話 反逆者達の挽歌

 目は開いているのに、まるで何も見ていないかのような生気のない表情のルナホーク……。

 明らかに様子がおかしい――元々『サイボーグ』って感じで表情は硬い方であったが、それを差し引いても今の状態はおかしいことはわかる。


”くっ……ルナホーク!”

「……」


 私の声にピクリとも反応を見せない。

 彼女があやめであることは確かだと思うし、私の声が届いていないのか……?

 そんな私の内心を見てナイアはおかしそうに笑う。


「無駄無駄。この期間使ってやったからねー」

”おまえ……!? 一体彼女に何をした!?”


 【支配者ルーラー】で操っている……と一瞬思ったけど、それだけではない気はする。

 ナイアめ……一体何したんだ!?


「ふふっ、まぁ別に拷問にかけたりとかそういうわけじゃないから安心してねー☆

 ま、この世界に来る前――『眠り病』だっけ? そっちでそういうのが起きた時から、あなたたちに封印神殿で会うまでもそうだし、その後も基本ずっと閉じ込めっぱなしだったけどね」

”ふ、ふざけるな……!!”

「んで、心身ともに衰弱したところで【支配者】をガッツリ使って完璧に洗脳……って感じかな。あなたのユニットたちと違って【支配者】の深度もあるから、まーまず解除できないと思うよん♪ それに、あたしのユニットだし効きが違うよねーやっぱ」


 ……『眠り病』発生から私たちが『天空遺跡』に向かうまで大体5日――もしかしたら現実世界とこの世界の時間の流れが違うことが影響しているかもしれない、そうだとしたら最悪のケースで現実の1日=『ゲーム』内の60日になってしまう。それが5日で300日にも及ぶ監禁だったのかもしれない。

 …………人間、それだけ長く監禁されていたとしたらまともな精神を保つことは難しいだろう。

 私の考える最悪の日数でないにしても、最短でも1週間前後は監禁されていることになる。

 前にカルト集団の洗脳手法で似たようなことをする、というのを聞いたことがある。

 ナイアが自分で言うように心身ともに衰弱させたところをつけこむ……というやり方だ。

 何て酷いことを……!!

 もっと早くに助けられたらと悔やんでも悔やみきれない……。

 加えて自分のユニットに対しての命令だ、その強制力は私のユニットとの比ではないのだろう。

 ……これでルナホークあやめを助けるためには、ナイアを完全にゲームオーバーに追い込む以外に方法がなくなってしまったということか……。そのつもりではあったけど、ハードルが思った以上に高くなりすぎている。


「最後の方なんて、ほんと『抜け殻』って感じだったしねー。

 ……って、そんな話はもういいか。ルナホークちゃん、使

”なっ……!?”

「イエス、ミロード」


 『ちょっとお醤油取って』くらいの軽いノリでナイアが私の後方――跪いたまま動けないウリエラとサリエラを指す。


「コンバート《バスターデバイス》」


 魔法を使った瞬間、どこからか巨大な鉄の塊――ルナホークの『パーツ』が飛来し装着される。

 右腕に握られているのは大きな銃……銃器に詳しくないのでよくわからないけど、小柄な彼女の身長程もある、ロボットアニメにでも出て来そうな大砲だった。


”! や、やめ――”

発射シュート


 咄嗟に叫んだものの、一切の躊躇なく引き金が引かれ――

 砲口から眩い光が放たれ……。


”ウリエラ! サリエラ!?”


 二人は回避すらできず光に飲み込まれ、一発で体力がゼロにされてしまい消滅する……。


”くそ!?”


 今更何が出来るわけでもないが身体が勝手に動いた。

 ……が、ジュリエッタとクロエラに抑え込まれていて全く動けない。

 辛うじて耳は動かせる。だから二人のリスポーンを選択できるけど――ダメだ、今は我慢だ。

 この状況で即リスポーンさせたとしても、また【支配者】で動きを止められてどうにもならない。

 リスポーン受付時間ギリギリまで粘るしかない……粘ってどこかでチャンスが生まれるのを待つしかない……!


「ふふ、上出来上出来♪

 フーちゃん、こっちにミスター・イレギュラーのユニットって全部来てるんだっけ?」

「いや。8中2人がエル・アストラエアに残っているようだ」


 ……!? アリスとヴィヴィアン(それとブラン)がこちらに来ているのは知っている。

 となると向こうにはガブリエラとノワール……あとオルゴールが残っているってことか。

 でもそれをヤツが知っているということは――まさか!?


”エル・アストラエアに何をするつもりだ!?”

「んー? ま、一番やりたかったことはやったし、後は当初の目的を果たそうかなーって」


 ヤバい……!

 ナイアたちの不可解な動きの理由は『新しい身体ナイアを見せびらかすため』だった。

 そのために色々と『隙』があったし、何とか乗り切れたというのが今となってはわかる。

 しかし、もうナイアのお披露目は済んでしまった。向こうが――そう、『手加減』をする理由は何も無くなったのだ。

 『ピッピの命』も本格的に狙うつもりだろう、だからエル・アストラエアに何かしら仕掛けている最中で、それでガブリエラとオルゴールが残っていることを知っているのだろう。

 どうすればいい……!?

 この場でナイアを倒す? それはほぼ不可能だと思わざるを得ない。というよりも【支配者】を破る術が全く思いつかない。

 同じ理由で逃げることももはや難しい。仮に無事に逃げられたところで、その後どうするか……。

 更にエル・アストラエアにも奴らはもう手を出し始めている。この場に留まるにしても、そっちも考えなければ……。

 …………ダメだ……何をどうしようとしても、結局ナイアの【支配者】一つで簡単に引っくり返されるヴィジョンしか見えない……!


「だ・か・ら……もうあなたたちは用済みなのよね~。ま、のいないゲームってのも面白くないけど――うーん、どうしよっかなー」


 私の処遇を決めかねているナイアだけど、これが全くチャンスに思えない……。

 身動き取れないのには変わりないし、私一人が生き残ってウリエラたちをリスポーンさせることが出来ても……勝ち目が全く見えない……。


「よし、決ーめた♪」


 そう言ってナイアも横の方――アリスたちが戦っていた方向を見る。

 釣られてそちらに目を向けると……。


”アリス!!”

「使い魔殿! それに――貴様は……!?」


 無事にアリスがこちらへとやってくる姿が見えた。

 ……良かった、クリアドーラを無事に倒せたみたいだ。

 だけど、このままアリスがやって来たとしても、ナイアの【支配者】がある限りどうにもならない。

 それにナイアの姿はホーリー・ベル……アリスの精神にどんな影響を与えるかもわかったものじゃない。


『”アリス、ナイアのギフトは――”』


 ああ、もうこんなことならもっと早く連絡しておくべきだった!

 後悔しつつもアリスに遠隔通話で一旦隠れるように言おうと思ったが、途中でブツンと電波が切れた電話のような落ち方をしてしまう。


「くく……」


 ドクター・フーの仕業か!!

 こいつの【改竄者オルタラー】でまた『ゲーム』の機能を封じ込められてしまったということか。

 アリスに警告をすることも出来ない……このままじゃ、アリスまで操られてしまう!


「うふっ♡ ☆」

”……ッ!?”


 こいつ、か!?

 自分のユニットの攻撃は当たらない――なんて油断はできない。

 なにせ今私たちの足場は空高くに浮かび上がっている。詳しい高度はわからないけど、いつの間にか雲がすぐ近くに見えるくらいに上がっている。

 流石に使い魔の体力が桁外れとはいっても、こんな高さから落下したら無事でいられるわけがない。

 それに――


「くくっ、ああ……楽しいなぁ」


 これはドクター・フーの差し金か……!

 どういうわけかアリスに対して執着しているドクター・フーが苦しめるために、ナイアにアリスと私のことを教えていた可能性が高い。

 アリスありすは自分で言うのも何だけどかなり私のことを好いてくれている。

 そんなアリスに、自らの手で私を落とさせる……そんなことをしたら、一体どんな気持ちになるのか、簡単に想像がつく。

 やらせるわけにはいかない……! でも――


「貴様……ッ!!」


 アリスが怒りの形相を見せ――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ナイア自身はアリスとホーリー・ベルの関係を特に知らない。

 の背景になど興味を抱かないためだ。

 その代わり、いかなる方法であるのかはわからないが、ドクター・フーエキドナがそれを知り、事細かくナイアに伝えている。

 そして、ミスター・イレギュラーことラビのユニットたちの中で最も警戒すべき相手がアリスだということも伝えている。そこに個人の思惑があることは否めないが。




 だから、ナイアの姿を見たアリスがどういう反応をするかを楽しみにしていた面はある。

 その反応は――意外なものであった。


「貴様……ッ!!」


 一瞬驚いた顔を見せたものの、仲間のはずのユニットに取り押さえられているラビ、それらを取り囲むアビサル・レギオンたち。

 そしてナイアの顔を見たアリスは怒りの形相となり、一直線にナイアへと全力でダッシュする。

 ナイアがホーリー・ベルの抜け殻を使ったピースだということはすぐさま理解したのだろう。何かしらの力を使ってジュリエッタたちを操りラビを抑えていることも理解したのだろう。

 ラビたちが追い詰められていることを理解しつつ、ナイアの顔を見て様々な要素に対する怒りが爆発したのだろう。


 ――これは意外と言えば意外だったな。


 ドクター・フーはアリスの行動を見てそう思う。

 想定したパターンの一つではあったが、その中では可能性の低いものだったからだ。


「ブチのめすッ!!」


 ……想定してはいたが、想定以上に直情的だと思わざるを得ない。

 もちろんだからと言ってナイアの対応が変わるわけでもないし、対応ができないわけでもない。


「ハロー、アリスちゃん☆ 早速だけどぉ……」


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべると共に、両目――『支配の魔眼』がギラリと禍々しい光を放つ。




 ギフト【支配者ルーラー】の恐ろしいところは、絶対的な効果もそうであるが何よりも『範囲』である。

 ナイアの眼で見た、が範囲ではない。

 、ですら効果範囲に含まれてしまうのだ。

 だからアリスが【支配者】を避けるためには、ひたすらにナイアから存在を隠し、気付かれる前に遠距離から攻撃するしかなかった。

 ……たとえそれであっても【支配者】を常に発動させていれば、攻撃しようとした瞬間に支配されてしまったであろう。

 つまりナイアはほぼ『無敵』であるということだ。




 アリスが《天狼脚甲スコルハティ》の超スピードで地を蹴り助走――地面を蹴り砕く勢いで跳躍、《嵐捲く必滅の神槍グングニル》は使う余裕はないが必殺の勝利の一撃ヴィクトリーキックを放つ。




「とりあえず、《跪きなさい》」




 勝利を確信したナイアはアリスに対して【支配者】を発動する。

 たとえどんな姿勢であろうと、【支配者】の強制力は絶対だ。

 物理法則を無視して《跪け》という命令を実行させることが出来る。

 飛び蹴りを中断、アリスを地に跪かせた後に次の命令を――ラビが予想した通り、アリスにラビを空中要塞都市から落とさせるという『処刑方法』だ――実行させる。

 思った以上にあっさりと決着がついてしまうなぁと拍子抜けな思いはありつつも、『ナイア』が出てきた以上勝利は確定だ。

 ダラダラと長引かせても意味がない。それどころかこれ以上の遅延は『ゲーム』を招く恐れもある。

 さっさと本当の目的――この世界の支配権を得る――を達成してしまおう、そう今は考えている。




 【支配者】の効果が発動――目に見えない力がアリスへと命令を強制させ、アリスが地に跪く――




 ――その姿を想像したナイアの目に映ったのは、だった。




「ぶ……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 顔面に蹴りがめり込み、ナイアが吹き飛ばされた。


「…………何……?」

「ふん……」

「…………」


 【支配者】の発動より早くアリスの攻撃が当たったのか、ともかく予想外の事態に流石のドクター・フーも唖然とした表情を浮かべる。

 我関せずのヒルダとエクレール、無反応のルナホークと反応は様々だった。


「うぐ、ぐぐぐぐぐっ!!」


 顔面を蹴られ吹っ飛ばされたナイアだが、使い魔の体力もありまだまだ余裕はある。

 それ以上に【支配者】を使ったはずなのに自分が攻撃を受けた、ということに衝撃を受けているようだ。


「へ、へへ……タイミングがズレたかな……」

「チッ、頑丈なヤツだな……つーか、その顔で下卑た笑い浮かべるんじゃねぇっ!!」


 アリスの目には今はもうナイア偽ホーリー・ベルしか映っていない。

 ヤツこそが全ての元凶だということを直観でわかっているのだろう。

 速攻でナイアを倒すことさえ出来れば、絶望的な状況を覆せるということがわかっているのだ。そして、それは完全な正解ではないが概ね正しいと言える。

 ジュウベェと同じ『同一ユニットを複数持つ』という手を使っていたとしても、ドクター・フーエキドナとルナホークというユニットを持つため1回限りの復活しかない。

 そして《グングニル》を使わずとも《スコルハティ》の脚力で顔面を蹴り飛ばしてもピンピンしている、ということでナイア偽ホーリー・ベルがジュウベェ同様の中身が使い魔だということも理解した。


「跪けって言ったよねぇっ!? 《跪け》!!」


 再度【支配者】でアリスへと命令する。

 今度はアリスは動いていない。先程のように『間に合わなかった』ということもないはずだ。


「……?」


 だが、『何してんだこいつ?』と言わんばかりに首を傾げるが、何も起きないとすぐさま攻撃に移る。


「cl《赤・巨神壊星群メテオクラスター》、ext《滅界・無慈悲なる終焉ラグナレク》――ext《魔黒星雲ラグナネビュラス》!!」

「チッ……ヴォイド」

「ふん、エクレール」

「ぎゃああああああああっ!?」


 自分の周囲全てを爆破しナイアごとアビサル・レギオンを吹っ飛ばそうとする。

 無効化魔法ヴォイドでドクター・フーは自分を守り、ヒルダはエクレールの陰に隠れてやり過ごす。ルナホークも素早くその場から離れたために、無防備なままだったナイアは再度吹き飛ばされる。

 アリスは他には目もくれず、吹っ飛んだナイアを追い――


「くそっ、《跪け》って言ってるでしょ!?」

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 空中で蹴りを放ちナイアを地面へと勢いよく叩きつけた。


「チッ!?」


 そこで避難していたルナホークが遠距離から砲撃を放ちアリスを狙う。

 気付いたアリスは回避し、後ろへと退く。


「使い魔殿! ……くそっ、ジュリエッタたちも一体どうした!?」




「…………どういうことだ……?」


 仕切り直し――というほどではないが、距離が離れたことで即ナイアが攻撃されるということはなくなった。

 ドクター・フーはいつもの無関心そうな顔ではなく、怪訝そうに眉を顰める。

 【支配者】は確実に発動していた。現にジュリエッタたちに対して使った【支配者】は効力を発揮し続けている。

 攻撃の勢いを止められなかった、というわけでもない。一回目の飛び蹴りはともかくとして、二回目の《ラグナネビュラス》は間違いなく【支配者】の命令の後に使ったものだ。


「ぐぐ……く、くそっ……どうなっているの……!?」


 よろよろと立ち上がるナイアも、何が起こっているのか理解できず痛みと怒りと困惑で混乱している。


”ア、アリス……大丈夫なの!?”

「おう、何かよくわからんがオレは大丈夫だぜ」


 ラビも驚いているようだ。

 こちらも【支配者】の発動の方が早かったのを確認している。

 【支配者】の効果についてはラビ自身が身をもって体験している通りだ。ユニットであれば絶対に抗えない強制力を持っている。

 なのに、アリスは明らかに【支配者】の効果を受けていない。


”まさか……!?”

「……【支配者】が効いていない、だと……?」


 理由は不明だが、

 そうとしか考えられない状況だった。


 ――じゃあ、アリスさえいればナイアと戦える……!?


 僅かな希望――異世界の『神』への反逆の小さな炎が灯ったことを、ラビは確かに感じていた……。

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