第8章77話 Crush on you(後編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クリアドーラは自分の認識を改められずにいた。
『アリスは格下の雑魚』――最初の認識を変えられない。
今も自分の方が翻弄されているとも認められない。
「来い、こっちは急いでるんだ」
「るせぇ、雑魚がチョーシのってんじゃねぇぇぇぇっ!!」
自分の魔法の特性は自分が一番良くわかっている。
それが相手にもバレただけ……そしてバレたところで魔法そのものが封じられたわけではない、力技で押し切れるとまだ考えている。
全身に《
アリスの魔法が飛んできたとしても《キャノンダッシュ》で回避することもできるし、回避できずとも魔法を減衰させられること覚悟で突っ切ることも出来る。
「……学習しろ、阿呆」
今度は
いかに早くとも《
突進を横に素早く飛んで回避、そして《キャノンダッシュ》で方向転換しようとする瞬間に、
「cl《
無防備な脇腹へと向けて《プロキオン》を放つ。
「なめんなぁっ!!」
「! ほう……」
《プロキオン》という魔法だけは、例え剛拳を纏っていたとしても要注意だ。その程度のことは頭に血の昇ったクリアドーラでもわかっている。
自分の魔法で回避することは難しいと咄嗟に判断、潰れかけの右腕を無理矢理振り回して《プロキオン》に当てて防ぐ。
右腕を犠牲に《プロキオン》を防御、《キャノンダッシュ》での方向転換の時間を無理矢理作り出す。
身体を張った戦い方に既視感を覚えつつも感心する。
とはいえ、だからと言って手心を加える必要もない。
「ext《
「逃がすかよぉっ!!」
右腕を失いつつも全身の《ドラゴンオーラ》は纏ったまま、再度の《キャノンダッシュ》で今度こそ追い詰めようとする。
《スコルハティ》で後退するよりも《キャノンダッシュ》の前進の方が早いはず。
今度こそ捉えた――そう確信するクリアドーラであったが、アリスは後ろには退かなかった。
「て、め……!?」
「cl《
そこでアリスが使ったのは攻撃魔法ではなく防御魔法である《フレイムウォール》であった。
「ぐわっ!?」
クリアドーラの身体を覆い尽くす大きさの壁が圧し掛かり、一気に全身の魔法と相殺し合う。
「ぐ……収斂!!」
「cl《
収斂――自身の身体の周囲の『属性』を一か所へと集中させる、防御兼強化魔法だ。
《フレイムウォール》の炎を収斂で集めて防御、攻撃力を強化して壁を破壊して反撃しようとする。
だが、《フレイムウォール》が通じないことを最初から承知のアリスは、続けて《メテオクラスター》で周辺を爆破。
壁の破片と爆炎で完全にクリアドーラの視界を封じ込める。
「剛拳――《
視界を封じ込められたクリアドーラは、周囲のもの全てを一か所に巻き込むことで邪魔者を一掃、視界を確保しようとする。
破片も炎も煙も、あらゆるものがクリアドーラの掲げた拳に収束し、頭上に飛び上がっていたアリスの姿を露わにする。
――
「ab《
アリスがabで様々な属性を付与したのは、展開済みの《ヘイムダル》の『神眼』、そして
「な……にぃぃぃぃっ!?」
「ab《
散らばった『神眼』、そしてマジックマテリアルの破片たちがクリアドーラの周囲へと集まり――一気に
それらマジックマテリアルが別の破片とぶつかった瞬間に結び付き、更なる巨大な塊へと次々と集合し、ついにはクリアドーラを包み込む球体と化す。
「こんなもの……ッ!!」
《ヘヴィネス》により重量を増加させた破片は、互いに結びつくことで爆発的な重量増加を行いクリアドーラの動きを完全に封じる。
超重力空間――とでも言うのか、数十倍……いや百倍にも及ぶであろうか、重力の増加には流石のクリアドーラも耐えきることが出来ず、立つこともままならず地面へと押しつぶされそうになる。
それでも魔法で無理矢理逃げようとするも――
彼女たちが今いる足場が普通の地面であれば、アリスの魔法に耐えきることが出来ずに崩れ落ちるか、あるいはクリアドーラの魔法で強引に地面を破壊して脱出することが出来ただろう。
しかし今立っているのは地面ではなくルールームゥの身体の上なのだ。霊装と同じ強度の空中要塞はそう簡単に砕けることはない。
結果、クリアドーラは逃げることも出来ずに超重力空間に捕らわれてしまう。
「――ab《
そして――超重力空間を爆縮、一点へと集中させて範囲内全てのものを文字通り
太陽系最大の惑星である『木星』の名を冠したこの魔法は、二段階に渡っての破壊を行う。
一段階目は広範囲に渡る超重力空間を展開、ターゲットを捕えて身動きを封じ――耐久力のないものであればその時点で押し潰す。
二段階目は爆縮を使った範囲内全てのすり潰しである。
《プロキオン》の威力・範囲強化版とも言える、星魔法中最大の範囲と威力を持つ広域殲滅魔法だ。
「が、あ……!?」
ついにクリアドーラが膝を地につき、それすらも耐えきれずに倒れ込む。
全身を締め付けられるような重力に捕らわれ、更に圧力は増していき全身を砕いてゆく。
「ぐお……く、そ……!」
モンスターであろうと、ユニットであろうと、この超重力空間の圧縮には耐えることなど不可能だ。
ましてや事前に防御魔法を使っていたわけでもないクリアドーラであれば猶更だ。
だというのに、クリアドーラはそれでもあきらめずに――
「
何かを行おうとしたものの、耐えきれずに血反吐を吐き今度こそ地に張り付けられ身動きが取れなくなった。
強力無比な《ジュピター》であるが、欠点がないわけではない。
『火炎』や『雷』などの直接的な攻撃ではなく、身動きを封じてじわじわと『押し潰す』という、《
《トール・ハンマー》よりも範囲は広いが、最初の超重力空間に捕らえられなければ《トール・ハンマー》のように強力な引力で引き込むということも出来ないし、雷撃で動きを封じたりすることも出来ない。
神装ではない分魔力消費は少ないという利点はあるが――
それはともかく、クリアドーラの動きを完全に封じ込めはしたものの、とどめを刺すまでには時間がかかってしまう。
そのわずかな時間が、クリアドーラにとって幸いした。
「!? む……あいつは!?」
《ムニンフギン》はまだ解除していない。
万が一《ジュピター》が破られる、あるいはとどめを刺せなかった時のために油断なく監視をしていたアリスは気付いた。
<ピー!>
巨大な鋼鉄の『手』が地面から生え、クリアドーラを掴んでそのまま地面へと沈み込んで消えて行った。
――足場がルールームゥの身体であるというのは、《ジュピター》から逃れることが出来なくなるという点ではクリアドーラにとって不利であったが、逆にそれに助けられたとも言える。
「…………チッ、逃がしたか」
更に油断なく周囲を警戒するアリスであったが、ルールームゥもクリアドーラも現れる様子はない。
《ジュピター》が収縮し切った跡にも、当然のことながら何も残っていない。
あと数秒ルールームゥが助けに来るのが遅ければ、完全にクリアドーラを倒せたであろうという確信はあったが――それでも致命傷を与えたという実感はある。
ピースもユニット同様、体力の回復はアイテムで出来ても『傷の治療』自体は専用の魔法がなければ出来ないだろう、とアリスは判断。
一先ずクリアドーラの撃退は成功したとみていいだろう。
「一勝一敗か。ふん、まぁいいさ。神装なしでここまで出来れば上出来か――とはいえ……」
ルールームゥの横槍が入ったとは言え、今回はアリスの勝ちであることは明白だろう。
ただ手放しで喜べる状況でもない。
アリスは確かに今回神装を使わず、相手の動きを捉えて対応することで勝利することは出来た。
しかしクリアドーラが『万全』の調子ではなかったとも思える――遺跡内では使ったが今回はギフトも使わなかったし、アリスのペースで戦えたが故に全力を出し切れたかどうかは怪しい。
ともあれ『天空遺跡』での雪辱は果たした、そうアリスは考えると《ムニンフギン》を解除する。
「……あっちか。急がなければな……」
クリアドーラとの戦いは終わった。
すぐさまアリスは思考を切り替え、ラビたちのいる場所――空中要塞都市の『頭』に当たる部分を目指して移動を開始するのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
<ピー? ピピッピプー>
「余、計な……こと……しやがって……」
空中要塞都市 《バエル-1》地下――そもそも空中に浮かんでいるため正しい表現かはともかくとして――『翼』部分の内部に、ボロボロになったクリアドーラとルールームゥがいた。
余計なこと、とは言うもののルールームゥが助けに入らなければクリアドーラは間違いなく敗れ去っていただろう。
そのことはクリアドーラ本人が一番良くわかっている。
「く、そが……!!」
もはや動けないクリアドーラはそう毒づくものの――その対象はルールームゥでもアリスでもなく、自分自身であった。
認めざるを得ない。
終始
いかに受け入れがたいことであっても事実は事実だ。
「次、は……最初から、
<ピピピ―、ピプペピピ>
《ジュピター》に捕らわれ押しつぶされそうになった時に使おうとし使えなかった、クリアドーラの第三の魔法――それを最初から使っていれば。
それ以前に、『天空遺跡』で使い切ってしまったギフト【
負け惜しみであることはわかっているが、様々な要因から自分が『全力』を出していなかったことは否定できない。
特にギフトに関しては完全に自分の失敗であった。
彼女の【破壊者】はクエスト中に一回しか使えないという制限がある。『天空遺跡』で使ってしまった以上、どちらにしても使用不可だったのだ。
「おい、デク野郎……わかってんな……?」
<……ピピッ>
だが、何事にも『抜け道』というものがある。
覚悟を決めたクリアドーラの言葉にルールームゥが頷く。
「――やれ」
<ピー……ピッピッピ!>
次の瞬間、クリアドーラの倒れ込む床が
分厚い鋼鉄の床、更に下の階層の床、全てが消え――クリアドーラの身体は空中要塞都市から放り出され、地上へと真っ逆さまに落下していく。
致命傷に等しいダメージを受けているクリアドーラがこのまま地面へと叩きつけられれば間違いなく死ぬだろう。たとえ魔法を使ったとしても、無傷で着地することは不可能な高さである。
「アリス……てめーは、ぜってーに俺様がブチ殺してやる……!!」
その目には憎悪もなく、ただひたすらに自分を倒した相手に対する怒りの炎が燃え上がっているのみ。
ある意味で純粋な、怒りと暴虐の化身はアリスに届かずともそう己の決意を呟き――
地面へと叩きつけられ、消滅していった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
<ピー……ピー……>
クリアドーラが落下したのを見届け、ルールームゥは開いた床を再び閉じる。
自身の肉体でもある《バエル-1》は、大まかな構造自体を変更することは出来ないが、こうした一時的に穴を開けたりは容易に行える。
また、《ムルムル-54》と異なり全ての魔法を使うことは出来ないが、他者と意思疎通――基本出来ていないが――するためのインタフェースとしてアバターを出現させることも出来る。
ルールームゥのアバターが後ろを振り返る。
<パー……ピー>
クリアドーラからは見えなかったであろう後ろの暗がりには、気絶したヴィヴィアンとブランが横たわっていた……。
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