第8章76話 Crush on you(前編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ルールームゥの変形した空中要塞都市《バエル-1》――彼女の持つ変形魔法トランスフォーメーションの中でも、最大規模の変形である。

 彼女の魔法の内、《ゴエティアライブラリ》に所属する変形、その中で《バエル-1》から《ウァレフォル-6》まではジュリエッタが推測したトランスフォーメーションのパターンとはまた異なるものだ。

 簡単に言えば『巨大兵器化』の魔法である。

 地上要塞《アガレス-2》、空中戦艦《ガミジン-4》など状況次第で様々な変形が可能だ。

 その中でも《バエル-1》は『空中要塞』と言うだけあり、用途が他とは一線を画している。

 広大な敷地はともかくとして、要塞下部には数々の対地攻撃兵器、要塞上部には対空迎撃兵器のみならず多数の人員が暮らせる建物もある。


 空中要塞都市の形は『翼を広げた鳥』のようなものとなっている。

 ラビの世界で言う『ナスカの地上絵』でも特に有名なハチドリの絵に似ている。


 現在ラビたちがいるのは長い嘴の付け根――頭部付近だ。

 そこよりかなり後方、胴体中央部分には巨大な『塔』――いや『城塞』が聳え立っている。

 その城塞こそが《バエル-1》の中心部、そしてアビサル・レギオン本拠地となっているのだ。

 いかなる方法か、エル・メルヴィン地下にて《バエル-1》へと変形。頃合いを見て上昇していったというわけだ。

 ヴィヴィアンたちが感じていた地震も、《バエル-1》起動に伴う震動であった。


<ピー……ピピッ、ピッポッピッパー>


 《バエル-1》中央塔の一室――いわゆるコントロールルームに一人ルールームゥが佇む。

 彼女の目の前には幾つものディスプレイがあり、《バエル-1》の各所を映している。

 『頭』部分のラビたち――

 そして、『右翼』部には――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「…………とんでもねぇヤツだな……」


 身体のあちこちに傷を負っているアリスは、自分たちの足場が空へと浮かび上がっていることには気付いた。

 クリアドーラとの戦闘に集中していてどちらも地震には気付かなったが、流石に足場が動いていることはわかったのだ。

 ルールームゥが空中戦艦等に変形していたのはアリスも知っている。

 故に、今の足場そのものがルールームゥの変形だということはすぐさま理解できた。

 あまりにも巨大な空中要塞都市で、自分の位置がどのあたりかはわからない。


 ――……使い魔殿たちとも大分距離が開いてしまったな……。


 小さく舌打ちする。

 ここまでの戦いで徐々に遠くへと誘導されていることは気付けなかった。


「チッ、貴様にも嵌められたか」

「ふん……まぁ詰まらねぇが、任務は任務だからな」


 クリアドーラにしては攻め方が『手緩い』とは薄々思っていた。

 自分が強くなったから、という慢心はアリスにはない。

 お互いに様子を見ながらの戦闘――だとばかり考えていたが、どうやらクリアドーラの方はわざとそうしていたと理解する。


「ま、こっちも使い魔殿たちの救出まで貴様を引き付けるつもりだったしな」


 戦いとは別の思惑があったのはお互い様だった。

 アリスはクリアドーラとの戦闘が避けられないと覚悟し、ヴィヴィアンたちを隠し一人引き受けることとした。

 戦闘が長引けば長引くほど、ラビたちの救出時にクリアドーラが邪魔に入れなくなる――と考えていた。

 クリアドーラの方はというと、ドクター・フー辺りの指示なのだろう、アリスの足止めをしていたようだ。

 ではなく足止め、という意図がいまいちわからないが……いずれにしろクリアドーラが『本気』を出して戦っていなかったことだけは間違いない。


 ――舐められたもんだな……!


 『天空遺跡』でさえもクリアドーラは本気を出していなかったと感じる。

 舐められている、というのも決してアリスの思い違いではないだろう。


 ――後悔させてやるぜ……!


 負けっぱなしでいられない。

 思わぬリベンジのチャンスがやってきた――とは言え、今回の最重要目標は人質救出だ。それさえ出来れば自分のプライドのために戦う必要はない。


「ぐはははっ! さぁて、向こうも盛り上がってきたところだ、こっちもそろそろ本気で行くぜぇっ!!」

「ふん、言ってろ阿呆が」


 問題はクリアドーラの方はやる気になってしまっているというところだ。


 ――まぁいい、やるしかないならやるだけだ!


 一方でアリスの方も避けられない戦いであれば手を抜くつもりはない。

 ここでクリアドーラを倒さずにラビたちの元へと駆けつけることは難しいだろう。特にクリアドーラを連れて行くことなど最悪だ。

 つまり、この戦いは避けられないということだ。


「お互いそこそこ消耗している状態――さっさと決着をつけさせてもらおうか」

「あ? なにチョーシくれてんだ、てめぇ……?」


 クリアドーラは完全にアリスのことを格下として見ている。

 実際『天空遺跡』で圧倒していたのだ、その認識は彼女としては当然のものだろう。

 そんな『格下』がさっさと決着をつける、と言っているのだ。キレるのも当たり前だ。

 もちろんアリスは自分が負けたことは事実として受け止めているが、自分が『格下』だとは認めていない。


「5分で終わらせる」

「ハッ、5分もいらねぇよ、ダボが!!」


 互いに様子見は終わり、互いに本気を出しての戦いを始める。

 ラビたちの方の様子がかなり不穏なのは漏れ聞こえてきた遠隔通話で把握している。

 戦いに使える時間は5分ほどが限界だろう。

 ただし、それ以外に理由はある。


「ext《神眼領域ヘイムダル》、ext《叡智ノ冠ムニンフギン》!!」

「剛拳《怒羅號怨薙琉ドラゴンナックル》ッ!!」


 一撃で終わらせる、その意思を込めたクリアドーラの拳に対してアリスは攻撃魔法を使わない。

 使ったのは視覚拡張魔法《ヘイムダル》、そしてその性能を十全に引き出すための思考加速魔法《ムニンフギン》だ。


「ぐ、うおおおおおおっ!!」


 アリスの頭部へと《ムニンフギン》の釘がめり込み、無理矢理思考を加速させようとする。

 それを待つクリアドーラではない。剛拳を振るってアリスを一撃で打ち砕こうとする。

 が、すんでのところで魔法の発動が完了。

 クリアドーラの攻撃の軌道を見極めて横に跳んで回避――ではなく、


「!? こいつ……ッ!?」


 アリスの動きはクリアドーラの予想外のものだった。

 触れれば平均以上の防御魔法を使っていようとも一撃で砕ける威力の拳に対し、恐れることなく前へと出て来るとは完全に予想外だった。

 しかも思考加速を使って拳をギリギリでかわし、逆にクリアドーラの腕を取りその勢いを利用して投げつけ地面へと叩きつける。


「ぐぅっ!? てめ――」

「cl《焦熱矮星プロキオン》!!」


 クリアドーラの腕を掴んだまま、アリスが新魔法の《プロキオン》を腕に向けて放つ。

 至近距離――というよりも密着した状態で発生した『星』がクリアドーラの腕を潰そうと収縮する。


「ぐがぁっ!? クソがぁっ!!」

「チィッ!?」


 もう片方の腕でアリスに拳を振るう。

 思考加速しているため攻撃動作を見た瞬間、アリスは深追いをせずにすぐさま離れる。

 クリアドーラの右腕は完全に潰れはしなかったものの、人間であれば骨が粉々に砕け形を保っているだけ奇跡というほどのダメージを受けている。

 肩は動くが腕自体は自由に動かすことは出来ないほどだ。


「て、てめぇ……ブチ殺す!」

「ふん……」


 格下と侮った驕りもある。

 しかし、それ以上にアリス自身が『レベルアップ』しているということを認めざるを得なかった。

 単純な新魔法の威力、という話ではない。

 クリアドーラの攻撃を完全に見切った上での行動だったのだ。




 剛拳――その名の通り拳、あるいは体の一部に『破壊の魔力』を纏わせ、攻撃の対象を粉砕する攻撃魔法と強化魔法を併せた強力な魔法だ。

 殴らずとも拳に触れただけで破壊される、対戦相手にとっては危険極まりない攻防一致の魔法と言える。

 しかし、『天空遺跡』での戦いを経たことでアリスは剛拳を見極めていた。


 使用している魔法によって範囲は多少前後するが、宿

 だから拳にさえ当たらなければいい。

 そう見極めていたからこそ、敢えて自分から前に出て思考加速の力を使って拳だけをギリギリで回避、魔法の効果が及んでいない腕を取ったということだ。


 理屈はわかっていても、それを実行できるかどうかと言えば全くの別問題だ。

 クリアドーラの動きを見切るだけの『眼』と魔法の範囲を見極める一瞬の『判断力』、そして何よりも『度胸』が必要だ。

 一度敗北した相手に対してそんなことが出来る、ということがクリアドーラには全くの予想外だったのだ。


「剛拳《斧烈亜フレア怒羅號怨薙琉ドラゴンナックル》!!」


 相手への認識を改める――よりも『格下』の相手にダメージを与えられたという怒りが勝った。それも右腕を潰されるという、『武器』を奪われるような致命的な傷だ。

 怒りのままに今度は左腕に剛拳を使う。


「うぉらあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 炎を纏った破壊の拳は先程よりも魔法の範囲は広く、同じようにギリギリで回避して反撃するというのは難しいはずだ。

 だがアリスはそれにも動じず、


「cl《プロキオン》ッ!!」


 カウンターとして飛び掛かってきたクリアドーラに対して再度《プロキオン》を放つ。


「――く、そがっ!?」

「阿呆か、貴様」


 迂闊なクリアドーラの突撃に、アリスもあきれ顔を浮かべる。

 無防備な突進に合わせて放たれた《プロキオン》は剛拳を込めた左拳へと真っすぐに向かう。

 触れたものの周囲を巻き込み『潰す』魔法だ。剛拳で叩き潰せる巨星系魔法とは全く異なる。


「ぐ……うおっ!?」


 己の失策に気付き拳を止めようとするが間に合わない。

 《プロキオン》とクリアドーラの左拳が激突――した瞬間、


「剛拳 《火怨奪狩キャノンダッシュ》!」


 足に剛拳を使い、後方へと爆発的な勢いで跳んで距離を取ろうとする。

 ただし《プロキオン》と触れたため左拳の魔法はほぼ相殺されてしまっていた。


「cl《黒・三連巨星トリリトン》!」

「チョーシ……のってんじゃねぇぇぇぇっ!!」


 前へと出ながらアリスは今度は巨星魔法で追撃、クリアドーラは残った左拳の魔法で迎撃。


「ぐっ……」


 だが《プロキオン》で魔法の威力がほぼ殺されてしまっており一発目の巨星を砕いたところで完全に魔法の効果が切れてしまう。

 二発目、三発目を自分の動きだけで回避しようとするが、《トリリトン》の陰に隠れ側面から回り込み巨星魔法を連発する。


「ぐがあああああああっ!?」


 別方向からの攻撃は回避することが出来ず、直撃し吹っ飛ばされてしまう。




 ――戦いの主導権は、完全にアリスが握っていた。

 その大きな理由の一つは、《ヘイムダル》による多方向からの視点とそれを完全に制御する《ムニンフギン》の思考加速による、クリアドーラの動きの『見切り』にあることは間違いない。

 一撃の攻撃力ではクリアドーラが圧倒しているが、それをかわし、反撃出来るだけの見切りが出来ているアリスが主導権を握るのは当然のことであろう。

 しかし最大の理由はそれではない。


 ――相手をよく『視』る……。


 かつて千夏から教わったことを、アリスは自分なりに消化していた。

 もちろん自分勝手な間違った解釈をしないように、千夏と認識合わせはしている――千夏自身も『最近になって何となくわかってきた』レベルの話だ、彼にとっても良い刺激となるため積極的にありすと会話をしていた。そのことに桃香、加えて星見座姉弟が嫉妬やらなにやら複雑な思いを抱いていたのはまた別の話である……。

 そこで得た二人の『視る』ということの本質とはこうだ。


 相手を視るということは、ということに他ならない。

 だから逆に『相手に視られる』というのはとても拙い事態である。

 そして、相手を視るということは逆に言えば『相手に視られない』ようにするということ――つまりということを意味する。

 単純に攻撃を自分から積極的に仕掛けて相手から動かさない、というだけの話でもない。

 相手の動きを視て対応し、行動を先手で。先手を取れそうにないと視えたのであれば、動きに対応して回避・迎撃する。


「クソがっ!!」


 当然相手の能力の把握も重要だ。

 巨星魔法に吹き飛ばされダメージを受けたクリアドーラは、更に怒りでヒートアップする。


「剛拳 《怒羅號怨鏖羅ドラゴンオーラ》!!」

「……全身強化か」


 《ドラゴンナックル》等のように体の一部分に破壊の魔力を纏わせるのではなく、全身に纏う。

 触れるだけで何もかもを破壊する魔力を全身に纏っているということは、攻撃も防御も考える必要はない――ただひたすら突進するだけで相手を粉砕することが出来るということだ。

 現に足元の石畳――ルールームゥ《バエル-1》ではなくエル・メルヴィン跡だ――は歩くだけで砕け、粉となって消えていく。


「ぐははははははっ!!」

「……ふん」


 これでもう最初の時のように『ギリギリでかわし反撃する』ということは不可能だ。

 腕を取ろうとしたら、その瞬間アリスの腕の方が砕かれる。巨星魔法だろうが自動で迎撃可能。

 《ドラゴンオーラ》をかけ直し続けるだけで文字通りの『無敵』となれる。

 ……この戦法を今まで使って来なかったのには、やはりクリアドーラが『格下相手にそんな手は使いたくない』というプライドを持っていたからだろう。


「ブッ潰してやるぞてめぇ!!」


 プライドよりも怒りが勝ったのだろう、『無敵』の形態となったクリアドーラはアリスを潰そうと前へと出る。

 向かってくる魔法も自動で迎撃できる。力任せの突進だけで相手にとっては対処不能の脅威となる。

 ――はずだった。




 全身に魔法を纏った進撃形態――とでも言うべきか、アリスを叩き潰すべく『無敵』となったクリアドーラが突っ込んでくるのを、アリスは冷静な目で視ていた。


 ――なるほど、がジュリエッタやウリエラたちの視点か。


 『天空遺跡』での敗北などまるで気にならない。

 今やクリアドーラの動きは手に取るようにわかる。

 思考加速ムニンフギン多重視点ヘイムダルのおかげに加え、冷静に視ることでクリアドーラの動きの『意図』までがわかるのだ。


「cl《黒色巨星ブラックホール》!」

「ぐはははっ、無駄だぁっ!!」


 ――確かに無駄だろうな。


「ab《分裂スプリット》!!」


 クリアドーラ接触直前、《ブラックホール》へと分裂の魔法を掛けて自ら粉々に砕く。


「ab《爆発エクスプロージョン》!!」

「ぐおっ!?」


 逃げ場のないほどの巨星の破片が取り囲み、それに対して爆発を付与、周囲ごと一気に爆破する。

 クリアドーラの魔法・剛拳の特性をアリスはもう見抜いている。

 確かに破壊力という点では他の追随を許さないものを持っている。そして他者の魔法も強引に破壊するだけの威力も持っている。

 ただし、先程の《プロキオン》《トリリトン》によって《ドラゴンナックル》の威力が減衰されたことからも明らかなように、魔法は使えば使うほど効力が落ちる。

 だからアリスは一瞬で《ドラゴンオーラ》を使い切らせるために、《ブラックボール》を自ら分裂させて全方位攻撃を仕掛けたのだ。


「くっ、剛拳《ドラゴ――」

「cl《剣雨ソードレイン》、ab《加速アクセラレーション》!!」


 《ドラゴンオーラ》の再使用などさせない、とばかりに速度重視の《ソードレイン》で追撃。

 魔法が切れているクリアドーラはまともに食らうわけにもいかず、無事な左腕で剣を弾きつつ回避するしかない。

 これがもう一つのアリスが気付いたクリアドーラの『欠点』だ。

 確かに魔法は強い。

 その反面、素のステータスは実はそこまで高いわけではないことに気付いていた。

 低いわけではないが、エクレールやチート強化したジュウベェのような異常な強さは持っていない。

 攻撃力に関しては素でも岩を砕ける程度には強いにしても、その他ステータスはせいぜい体力が少し高めといったところだろう。

 だから剛拳を使われてもまともに相手にせず、たとえ魔法を潰されてでも連発して減衰させる。そして次の魔法を使われる前に本命の攻撃を仕掛ける――その戦い方こそが唯一通じるものなのだと見抜いたのだ。


「てめぇ……ッ!?」

「ふん、体力は素でも高いか」


 もしも魔法を使わずに殴り合ったならアリスに勝ち目は全くないだろう。

 魔法同士をぶつけあっても同様。

 しかし、魔法を使ってないクリアドーラに対してならばアリスの魔法をぶつければ十分ダメージを与えることは可能だ。

 二人は距離を置いて対峙する。

 アリスは止むことなく追撃を仕掛けず、互いに向き合う。


 ――残り3分程度……問題ない。


 止まらず攻撃を仕掛け続けた方が優位に立てるのは間違いないが、それでも一度アリスはクリアドーラに『考える時間』を与えることを良しとした。

 一刻も早くラビたちの元へと向かいたい気持ちはあっても、やはりクリアドーラに『完璧に勝ちたい』という気持ちもある。

 ここでクリアドーラを倒せば、ラビたちのところで襲われる心配もなくなるだろう。そういう考えもあった。


「クソがぁ……ブチ殺す!」

「さっきも聞いたぞ、阿呆が」


 《ムニンフギン》のタイムリミットまで残り約3分。

 その間に決着を――『天空遺跡』でのリベンジを果たす、アリスはそう思っていた。

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