第8章75話 人質交換――そして……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ヒルダに連れられ、ウリエラたち三人は庁舎前広場跡へとやってきていた。
元々は噴水のある公園のような場所だったのだろうが、今や見る影もなく荒れ果てた広場となっている。
――……? 誰もいないみゃ……?
広場が人質交換の場だと思っていたのだが、ここまで連れてきたヒルダたち以外にピースの姿はない。
もちろんラビたちの姿も見えない。
「……うーみゃんたちはどこみゃ?」
かなり拙い事態が起きている――悪い予感が現実になりつつあることを半ば確信しながらも、ウリエラはそれでも人質交換を諦めていない。
もちろん『バランの鍵』の現物は持っていないので交換など不可能なのだが、ラビたちの姿が見えないうちは迂闊に動けない。
ウリエラの問いかけにヒルダは興味なさそうな顔で答える。
「約束の刻限にはまだ早かろう? ……いや『日が沈むまで』が条件じゃったか?」
締め切りは指定されたが、かといってそれより前に来てはならないという話でもない。
「ふん、まぁそちらも色々と小細工を弄しておるようじゃしな」
今はかなり遠くになった爆発音――アリスとクリアドーラとの戦いの方角にチラリと視線を向ける。
「ま、こちらも
もしアリスたちが先行して潜入していなかったとして、真正面から全員でエル・メルヴィンに来たとしたら……果たしてその時クリアドーラがどう出たかは今となっては不明だ。
仮に襲い掛かられたとしたら――人質交換は完全に破棄されることになっただろう。
……あるいは、こちらが強引に人質を奪還しようと考えているのと同様に、向こうも『バランの鍵』を奪取しようと考えていたかもしれない。そうならなかっただけマシだったか、と思い直す。
「まぁ良いわ。あのバカは放っておいて――始めるとしよう」
ヒルダがそう言った瞬間、再び地震がエル・メルヴィンを襲った。
「うわっ!?」
「……!」
ここへと移動する間にも実は地震はあったのだが、そちらは歩いているウリエラたちには気付かなかった――ヴィヴィアンが感じた地震がそれだ。
だが、今度の地震はそれよりも遥かに大きい。
崩れかけた廃屋が揺れによって崩れ、目の前にある庁舎跡でさえ崩れ始めている。
『ヴィヴィみゃん!!』
庁舎跡内にはまだヴィヴィアンとブランがいる。
咄嗟に警告を放つが、返答はない。
ウリエラが知るところではないが、この時すでにヴィヴィアンとブランはルールームゥによって気絶させられていたのだ、返答できる状況ではない。
「ウリュ、掴まって!」
「くっ……これ、ただの地震じゃない……!?」
地震の多い国の出身だ。いかに激しい揺れとは言っても、それがただの地震ではないことはすぐにわかった。
直接身体を揺さぶられるような、あまりにも強い揺れである。
これが地震であれば、紛れもなく大震災レベルと言える。
揺れに乗じて襲い掛かってくるか――とジュリエッタは警戒したが、ヒルダとエクレールは動かない。
やがて揺れが収まる。
時間にして1分もなかったであろうが、今までに経験したことのないほどのものであった。
「お、収まった……?」
「目が回ったみゃー……」
途中からクロエラに掴まってはいたものの、それまでの間激しい揺れに翻弄され転がり回っていたウリエラは思った以上のダメージを受けてしまったようだ。
周囲の建物のほとんどは崩れ、瓦礫の山があちこちに出来ている。
「……なんだ、この感じ……!?」
「ジュリみぇった? どうしたみゃ?」
「これ……もしかして……? いや、まさか……!?」
何かに気付いたジュリエッタが周囲を見渡し――
「くくっ、ようこそ客人たち」
「! ドクター・フー!!」
空間に空いた『次元の裂け目』からドクター・フーが現れる。
――……もう片腕が再生しているみゃ……。
ヴィヴィアンから不意打ちで片腕を切断することに成功した、ということは聞いていた。
ユニットであるし回復するのは予想は出来たが、何一つとしてダメージになっていないというのは少なくともショックはある。
「! ボス、サリュ!!」
ドクター・フーに続いて『次元の裂け目』からラビとサリエラの姿が現れる。
しかしどちらもピクリとも動かない。
これもヴィヴィアンから報告を聞いていた、
――……とりあえず二人とも無事みたいみゃ。なら、後は機会さえあれば……!
ドクター・フーが先頭に、その背後にラビとサリエラ。そして向かって右方向にエクレールと肩に乗ったヒルダ。
敵の数はわずか三人――とはいえ一人ずつが油断ならない強敵だ。
こちらも三人。隠れているヴィヴィアンとブランもいるが、彼女たちは今連絡が取れなくなってしまっている。こちらも心配だが、今は目の前のラビたちの方が重要だ。
そして遠くで戦っているアリスとクリアドーラ。こちらの戦況は全くわからないが、爆発音が遠くから響いていることからどちらも健在なのは間違いない。
――この人数なら、隙を突いて助けて逃げる……こともできる、かみゃ……?
スピード特化のクロエラと、ライズで身体能力を上げられるジュリエッタ。攪乱するのには
不確定要素というか不安要素は連絡のつかなくなってしまったヴィヴィアンたちが新しい人質に取られることだが、ラビを救出さえすれば強制移動で何とかできる可能性は高い。
チラリと二人へと視線を送り、作戦決行の意思を伝える。
「では、はじめようか」
パチン、と指を鳴らすと共に再び地面が揺れる。
ただし先程よりは微かな――そう、エレベーターが上昇する時のような緩やかな揺れであった。
「ま、まさか……!?」
エレベーターが上昇するような、ではない。
実際に
「エル・メルヴィン全体が……浮上している……!?」
先程から何度か起きた地震――その正体は地震などではなく街そのものが宙へと浮かび上がろうとしていたことによるものであった。
徐々に土、そして瓦礫が振り落とされ、
「一応説明しておこう。彼女はルールームゥが変形したものだ。
これ以上余計な邪魔を入れたくないのでね。諸君の到着を待っていた」
エル・メルヴィン全体を覆うほどの巨体――『鳥』の姿を模した空中都市、それこそがルールームゥの
――そういうことかみゃ……!
敵の本拠地は庁舎跡ではない。
この街の地下に潜んでいたルールームゥの変形した要塞だったのだ。
あるいは、廃墟に見せかけたルールームゥの一部も地上部分に出ていたのかもしれない。ウリエラたちは知らないがヴィヴィアンたちが襲われた時のルールームゥの出現は、自分の体内であったが故と考えられる。
事実庁舎跡だった場所には、替わりに鋼鉄の塔が伸びている。
空中都市を作り出し、外部から容易に侵入できない場を用意する――そして逆に一度侵入した相手を容易に逃がさない場を作ったということだ。
ただし逃げようと思えば逃げられないわけではない。空中故にジュリエッタは多少不利かもしれないが、クロエラのフォローでどうにでも出来る程度だ。
『……ジュリみぇった、くろ。すぐに強引に奪還するのはちょっと厳しいかもしれないけど、わたちが交渉して時間を稼ぐみゃ。いけそうなら隙を突いてうーみゃんたちを頼むみゃ』
『了解。……ヒルダたちはジュリエッタが引き付ける』
『ボクがボスたちだね、わかった』
「……うちのうーみゃんとさりゅを返してほしいみゃ」
「ふっ、『バランの鍵』と交換と言ったはずだが?」
「みゅー……!」
どこまで本気なのか、『バランの鍵』との交換を求められる。
ウリエラは自分の懐から渋々と『バランの鍵』を取り出して見せる。
……もちろん本物ではない。ウリエラの
その意味ではマサクルが既にいないというのは救いだった。おそらくマサクルであれば見分けることはできたはずだ。
人質交換前にラビたちが奪還できなかった場合の次善策――実際に人質交換を『騙して』行い、バレる前に逃げる……そちらへとウリエラは動こうとする。
もちろん、ダメそうな時にジュリエッタとクロエラは備えたままだ。
「……くくっ」
昏い笑みを浮かべるドクター・フー。
その笑みがまるで見透かしているかのように感じられ、ウリエラは嫌な気分を感じすぐに『偽バランの鍵』をまた懐へと隠す。
「まぁいいだろう。では交換といこうか」
「……わかったみゃ」
これは意外な展開であった。
もう少し疑われるか、あるいは人質交換など建前ではないかと思っていたのに、意外にもあっさりとドクター・フーが交換に応じようとする。
「うーみゃんたちを離すみゃー」
「くくく、いいだろう。しかし――『バランの鍵』と交換だ」
「……もうマサクルもいないのに、一体何をするつもりみゃ……?」
「それは君たちが気にすることではないだろう? この世界がどうなろうとも関係ないだろう」
「そ、そんなわけないみゃ!」
優先度は『眠り病』の解決より低いとはいえ、
ドクター・フーはそれも見抜いた上での発言だろう。
「『バランの鍵』を持ってこい。使い魔たちはここへ置いておこう」
「……ジュリみぇった、お願いみゃ」
「おーけー、任せて」
「ヒルダ、お前が受け取れ」
「……ま、いいじゃろ」
フリージングで封じられたままのラビとサリエラをそのままに、ドクター・フーが後ろへと下がる。
入れ替わりにヒルダが前へ、『偽バランの鍵』を受け取ったジュリエッタも前へと出る。
「……ヒルダ……」
「ふん。貴様は余程ワシに思うところがあるようじゃな」
ヒルダへと複雑な思いはあるが、ジュリエッタは今一番重要なことはそれではないと飲み込む。
諸々を呑み込み、ジュリエッタは『偽バランの鍵』をヒルダへと渡す。
ヒルダが受け取ったのを確認後、ジュリエッタとクロエラがダッシュ。ラビとサリエラの身を確保した。
「くくく……そんなに焦らずとも人質は解放するというのに。まぁいいさ、フリージング解除」
”ふわっ!?”
「にゃふっ!?」
ピタリと停止していた二人が動き出す。
そしてキョロキョロと周囲を見回し――それぞれがジュリエッタたちに抱きかかえられていることに気付き、すぐさま状況を理解した。
「そら」
「ふむ……」
興味なさげに『偽バランの鍵』をドクター・フーへと放ると、ヒルダはまたエクレールの肩に乗っかり我関せずと言った風な態度に戻る。
「殿様、サリエラ、大丈夫!?」
”う、うん……身体は何ともない……”
「あたちも大丈夫にゃー。いきなり変身しろって言われたらフリージングされちゃってたにゃ……」
少し離れた位置で二人の様子を観察していたウリエラも、ほっと一息吐く。
もしかしてラビとサリエラの偽物を用意したのではないか――自分たちと同じように――という疑いもあったのだが、正常にステータスが見れるようになったことで本物と確信する。
……それでなくとも自分の使い魔と双子の妹だ、感覚は『本物だ』と告げていた。
『……なんかすんなり行って不気味みゃけど、人質は無事取り返せたし――』
『おけ把握にゃー! 皆で速攻とんずらするにゃ!』
最優先目標であるラビの救出は無事達成できた。
ヴィヴィアンとブランの状況がわからないが、少なくともヴィヴィアンについてはラビが強制移動で何とか出来るだろう――ブランについては一旦保留しておく。
アリスは無事そうなので自力で脱出も可能だろう。難しくてもこれも強制移動が使える。
この場でドクター・フーたちを倒そうとは思わない。エル・アストラエアのピッピたちの方も心配なためだ。
「いくみゃ!」
「いくにゃ!」
ジュリエッタとクロエラがそれぞれラビたちを抱え、その場から離れようとする。
しかし、
「マス・オーダー――《全員停止せよ》」
「【
やはり簡単に逃がしてはくれないようだ。
ヒルダの
(不本意ながら)慣れているジュリエッタも、クロエラもほんの一瞬足止めされたもののすぐさま動き始める。
だが二人の進路をふさぐように巨大な『黒い壁』が現れる。
「くっ……!?」
「来て、メルカバ!! ジュリエッタ、乗って!」
縦にも横にもありえないほどの大きさの壁だ、走って乗り越えるのは無理と即座に判断したクロエラが
「《ブラックウェイブ》」
「な、何これ……!?」
『黒い壁』が生き物のように蠢き、クロエラたちを逃がさないように取り囲む。
「切れない……!?」
「クラッシュも効かないにゃ!?」
『黒い壁』を破壊しようとしても、ジュリエッタの手刀もサリエラのクラッシュも全く効果がない。
金属のような硬さであるにも関わらず
脱出も出来ず、あえなく全員が『黒い壁』に捕まってしまったのだった。
”うぅ、くそ……!? これもドクター・フーの魔法――いやギフトか……!?”
「すまないな。
”本番……!?”
『黒い壁』がロープのように変化し、全員を縛り付けて動きを封じ込めてしまう。
誰か一人が動ければ――とも思うが『黒い壁』をまた出されては同じことの繰り返しだろう。
――作戦失敗。そうとしか言いようがない状態に、ウリエラたちも項垂れてしまった。
『……ヴィヴィみゃんとブラン、あとアーみゃんがまだ残ってるけど……』
『ヴィヴィアンは連絡が取れない……
流石にエル・アストラエアにいるガブリエラたちを期待することは出来ない。
となればヴィヴィアンたちだけが頼りだ。
さもなければ――折角マサクルを倒せたというのに、ここで全滅……全て終わりになってしまう。
脱出の方法を今すぐ探さなければ……ラビを含め全員が打開策を必死に考える。
* * * * *
「【改竄者】――《ディメンジョン》」
私たち全員が動きを封じられている中、ドクター・フーが再度ギフトを使用する。
……訳の分からないギフトだ。
今度の効果は『次元の裂け目』を作り出しているようだ。
ディメンジョン――別空間同士をつなげる、正しく『次元の裂け目』とでもいうのだろうか。これを使ってドクター・フーは空間移動をしているのだろう。
だがドクター・フーたちが『次元の裂け目』に入って移動するのではない。
その中から別の誰かが現れた。
”!? お、お前は……!?”
銀色の影が、『次元の裂け目』から現れる。
私は――
……
「くくっ……」
私と
かつてはツインテールにしていた銀髪を降ろし、『魔法少女』風の衣装ではなく黒と白を基調としたドレスを身に纏い静かに瞼を閉じた10代前半頃の幼さの残る少女――
ところどころが違っているけど、私が見間違えるはずがない。
”ホ、ホーリー……ベル……!?”
私たちの最初の友達で仲間――ホーリー・ベルとそっくりな顔の少女だったのだ……。
馬鹿な……ありえない……。
確かにホーリー・ベルはゲームからリタイアしている。『眠り病』――ピースとなりうる条件は整っている。
だけど、ホーリー・ベルの中身である美鈴は『眠り病』の被害に遭うことなく普通に過ごしている……と千夏君たちから聞いていた。彼らが嘘をつく理由もない。
それに美鈴は今『ケイオス・ロア』というユニットになって活動して……いる……。
……あれ?
ふとそこで私はあることに思い至った。
なぜ今まで疑問に思わなかったのか不思議な、とても単純で重要な疑問――
『眠り病』に落ちた子たちのことを考えれば、ピースの中身=ユニットの中身であると思えるし今までも何となく自然とそう思っていた。
けどそれだと幾つかわからないことがある。
例えばヒルダ――彼女はジュリエッタと会ったことがあるはずなのに、どうも覚えていないようだ。
中身のない『人形』というには、彼女たちピースは自分の意思や感情があまりにはっきりとしている。その辺りは特にクリアドーラなんかが顕著だけど。
……いや、ピースの中でも『人間電池』にされている
だというのにピースの元となる子たちが『眠り病』となる理由は一体何だ?
それはおそらく、『ゲーム』の仕組みに則ってピースを動かすための原動力……のようなものなのではないだろうか。中身がなければ『ゲーム』のシステムを誤魔化せないとか、多分そんな感じなんだと思う。
ガワとなる抜け殻だけ集めても意味はなく、中身を用意するために同時に元ユニットの子たちの『魂』を利用している――ってとこだろう。
じゃあ、
中身がないわけがない。
『次元の裂け目』から少女が完全に姿を現す。
そして、閉じていた瞼をゆっくりと開き、こちらを見据える。
――唯一ホーリー・ベルと違う点、それが瞳の色だった。
まるで血のような、禍々しくも鮮やかな紅――見覚えがある……正しく、あの『魔眼』と同じ色の瞳だった。
「くくく……くけけけけっ!!」
”お、おまえ……まさか――!?”
少女が嗤う。
愛らしい見た目とはまるでそぐわない、邪悪な、不快感を催す哄笑――私たちは全員それに聞き覚えがあった。
嘘だろ……!?
「いよぅ、半日ぶりくらいか? ご機嫌いかが、ミスター・イレギュラー?」
”ま……マサクル……!?”
信じたくないが信じざるをえない……。
倒したはずのマサクル――このピースの中身は、ヤツなのだ……!
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