第8章11節 交響曲第シ番『蹂躙』

第8章74話 桃香とブランの潜入作戦

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《ハーデスの兜》――あまり使うことのない、補助系能力の召喚獣である。

 ギリシア神話の『ペルセウスのメデューサ退治』の逸話に出て来る、『身に着けた者の姿を隠す』という能力をそのまま実現している。

 兜を被っている間に魔力を消費し続けるが、様々な意味で透明になるという効果を持っている。シノブのフェードイン使用時と似た効果であるが、流石に使用中に他者の記憶から消えるということはない。

 一つフェードインよりも優れた点としては、兜の装着者に接触している仲間も同じ効果を得ることが出来るというものがある。




 その兜の能力を使い、ヴィヴィアンとブランは無事に庁舎跡へと潜入を果たしていた。


「……ブラン様、一旦透明化を解除いたします」

「ん」


 アイテムの節約のため誰もいない小部屋で《ハーデスの兜》を外し、二人は透明化を解除する。

 変身を解き10分ほどその場で待機し、魔力を完全回復させようとする。


「ふぅ……ブラン様が小柄で助かりましたわ」

「……ぼくチビじゃないもん……」


 元の恐ろし気なドラゴンの風貌と全く異なる小柄な少女の姿だ。

 ヴィヴィアンの姿でも軽々と抱きかかえて移動することが出来る。これがノワールだと厳しかっただろう――その場合はヴィヴィアンがノワールにおぶさっていけばいいのだが。

 それはともかく、ブランはブランで人間態が小柄なことを内心気にしているようだ。


「でも、ぴんくいろたちふべんだな。まほーつかうのにせーげんがあるなんて」

「ええ、まぁ……わたくしたちの魔法は、言ってみれば借り物ですからね」

「ふーん……」


 少し苦笑い気味に桃香はそう返す。

 『借り物』――ユニットの力はあくまでも『ゲーム』から与えられたものである、と桃香は自覚していた。

 これは別に桃香に限った話ではない。大半のユニットは『ゲーム』が終われば使えなくなる『借り物』だということは自覚している。


「ありすさん、大丈夫でしょうか……」

「んー……あっちのチビっこいの……かなりきけんなあいてっぽい。きのーたたかった『ラグナ・ジン・バラン』のたいぐんよりよっぽどつよい……とおもう」

「そうですか……」

「まぁきのーの『ラグナ・ジン・バラン』はしょきがた? ってやつだったからたいしたあいてじゃなかったけど」


 ブランにもよくわかっていないらしい。

 休憩がてら桃香は半放置状態となっている『ラグナ・ジン・バラン』について少し考える。




 『ラグナ・ジン・バラン』――この世界の言語でそう呼ばれる、『世界の破壊者』である。

 桃香たちの世界の言語に無理矢理訳すとすれば、『大いなる悪魔神』、転じて『破壊神群』とでもなるだろう。

 その姿は、桃香たちの世界で言うところの『兵器』を主に模しているようだ。


 昨夜エル・アストラエアを襲撃した初期型は、旧式兵器――ラビの世界で言えば第二次世界大戦頃の兵器に近い。

 『天空遺跡』からの移動時、山脈内で遭遇した後期型は異形の生物兵器だろうか。戦車やヘリコプター等の兵器の形になるように、人間のパーツを無理矢理組み合わせて作ったものだ。

 あの不気味な見た目、そして巨体ではあるものの強さは然程でもない。油断さえしなければ、そして魔力の回復が出来なくなるような状況でなければ、数が多くても苦戦せずに倒せる程度の相手だ。

 見た目通り生物的な『肉』で形作られているためだろう、旧式兵器であるが『金属』で作られた初期型の方がよほど手ごわい相手であると言える。

 ではなぜあんな造形にしているのか?


 ――『恐怖心』を与えるため、かな。


 エル・アストラエアに滞在中、そんな話をした時に楓はそう推測していた。

 嫌悪感を催す邪悪な造形と無機質な兵器の特性――それらの目的は、敵対者の心理的な委縮を狙ったものだろう。

 実際、蟲でも平気で戦えるアリスたちも人面戦車たちには嫌悪感を抱いていたようだ。狙いとしては正しかったと言える。


「……ブラン様、ラグナ・ジン・バランの存在は感じ取れたりできますか?」

「できない……きのーもでてくるまでわからなかったし……」

「そうですか……」


 そこでまた少し考え込む。


「なにかきになる?」

「ええ、少し……」


 気になっているのは、、という点だ。

 昨夜の妖蟲ヴァイスもそうだが、ピースよりも手軽かつ大量に投入でき、その上でそれなりの戦力となるという利点がある。

 たとえ一体ずつが弱くとも『数』は脅威だ。

 今の状況にしても、本気でラビたちを奪い返されないためにするならば監視用の妖蟲を配置するという手が有効なはずなのだ。仮に奪われても足止めには使える。


 ――……何か理由がある……? でも、わたくしには理由がわかりませんね……。


 楓が感じていた『不合理さ』と似たようなことを桃香も感じ始めていた。

 ただそれ以上のことは桃香にはわからない。ここでわざと『数』を減らす理由は思い浮かばない。


「……!?」

「じ、地震……!?」


 考え事をしていた時、突如庁舎跡が揺れる。

 そこまで大きな揺れではないが、はっきりとわかる程度ではあった。


「…………やんだ」

「地震……それともアリスさんたちの……?」

「……なんともいえない」


 果たしてこの世界、この地域での地震の頻度はどの程度なのかはわからないが、すぐに収まったし強くもないので庁舎跡が崩れ落ちる心配はなさそうだ。

 本物の地震なのか、それともアリスたちの戦闘の余波で建物が揺れただけなのか……建物内にいる桃香たちにはわからない。


「……? なんだろう……へんなかんじがする、ような……?」

「ブラン様?」

「……ううん、はっきりわからない……」


 地震直後にブランが桃香たちとは異なる方向での『違和感』を覚えたようだが、その正体は本人にもわからないようだ。

 ともあれそろそろ魔力も回復してきた頃だ。

 アビサル・レギオンのメンバーがやってくる様子もない。

 再び《ハーデスの兜》を使ってラビたちを探そうと行動を再開する。


 ――楓お姉さまたちもこの庁舎跡にもう向かっているそうですし、もうラビ様たちは連れ出されているかもしれませんね……。


 ヒルダ・エクレールによって楓たちが案内されていることはわかっている。

 となれば、人質交換がもう開始されるかもしれない。人質は連れ出されている可能性もある。

 しかしその状況において不可解に思えることもあった。


 ――……さっきも思いましたけど、この建物内、人気がなさすぎますわ……。


 警戒して隠れてはいたものの、そもそも誰もいないのではないか? そんな疑問がわずかに浮かんでくる。

 クリアドーラがいたこと、そしてヒルダたちが進む先がこの庁舎跡であることから本拠地である、と推測しているだけなのだ。


 ――いえ、それ以前にラビ様はともかく椛お姉さまがいればもう少し、こう……脱出しようとしている気もしますわね……。


 ドクター・フーの【改竄者オルタラー】によって『ゲーム』の機能が封じられていることまでは流石に桃香が知る由はない。

 試しに何度か遠隔通話を試みているが、ラビたちからの返答もない。仮に通じても閉じ込められている場所がわかるとも限らないが。

 何にしてもラビたち側からのアクションも見えず、かといって庁舎跡のような普通の場所で椛を閉じ込め続けるのは難しいはず。

 自分の想像の及ばないところで何か異常事態が起きているのは間違いない。

 それと庁舎内の人気のなさに関連があるのかはわからないが、と気を引き締めて桃香は変身――《ハーデスの兜》を使って再びブランと捜索を開始する。

 そこそこ広い建物だが、魔力を完全に回復させた今ならば一回で全フロアを見回ることが出来るだろう。


 ――今回で全フロアを探索、それで見つけられなければ……。


 ウリエラに頼りきりになるわけにもいかない。

 いざという時には自分の判断で行動しなければならないだろうことはわかっている。

 特にウリエラも今はヒルダたちと接触している。判断を仰ぐことは難しい。

 ラビたちを見つけられるかどうかに関わらず、『次』の一手を頭の隅で考えながらヴィヴィアンは捜索を続ける。




 5分後――さほど広くもない庁舎跡を隈なく回り、ヴィヴィアンはラビたちを見つけることはできなかった。

 加えてピースとも遭遇することはなかった。

 ゆっくりと移動しているらしいウリエラたちだったが、そちらももうそろそろ庁舎跡前に到着すると聞いている。

 ラビたちが見つからなかったことだけを短く告げ、ヴィヴィアンは結論を出す。


 ――……としか言いようがありませんね……。


 そう結論を出さざるをえない。


 ――……やはり人質交換に備えて移動した……? それとも、そもそもここにはいなかった……?


 どちらが真実かはわからないが、いずれにしてももうタイムリミットだ。

 人質交換前にラビたちを救出するという作戦はこれで破棄するしかない。


「……ブラン様、ここにはご主人様たちも敵もいないようです」

「……うん、そうみたい」


 警戒の必要もないだろう、と《ハーデスの兜》も解除、堂々と姿を現して会話している。


「どうする?」

「…………人質交換時に隙を見て救出する……しかないですわね……」

「きけんなかけ……けどそれしかないかー……」


 取れる手段はそう多くない。

 敵に存在がバレていないであろうヴィヴィアンたちは、人質交換に臨むウリエラたちとは別行動をし隙を突いてラビたちを救出――それくらいしかやれることはないだろう。


「ウリエラ様たちは庁舎前の広場に案内されているようです。わたくしたちは建物内で」

「うん。いきをひそめてまつ」

<ピピッ>

「!?」


 突如背後からチープな電子音が響き、二人は慌てて振り返る。


「ぐっ!?」

「こいつ……!?」


 一体いつの間に現れたのか、瞬間移動してきたとしか思えない現れ方だ。

 不意打ちを食らい、振り返ったヴィヴィアンとブランは共に首を掴まれ空中に吊り上げられてしまう。


 ――ルールームゥ!? 一体どうやって……!?


<コマンド:トランスフォーメーション《ラウム-40》>


 目の前で火花が散った。


「……」


 抵抗する間もなく電撃を浴びせられ、ヴィヴィアンとブランの意識が落ちる。

 《ラウム-40》――射程は極短い、というよりもルールームゥの掌で直接触れないと効果が発揮されないが、強烈な電撃ショックを与えて意識を刈り取るというものだ。魔法版のスタンガンと言えるだろう。

 本来ならば相手に抵抗レジストされたり、電撃ショックを浴びせる時間が短かったりであまり使い道のない魔法だったのだが、今回は不意打ちで相手に接触。しかも急所となる首から電撃を浴びせたのだ。抵抗する間もなく二人の意識を落とすことに成功した。

 ただし『スタンガン』的な効果をもたらす魔法であるため、電撃とは言っても体力を削ることは出来ていない。


<ププッピ、ペポペピプ……>


 ぐったりとした二人を掴んだまま、ルールームゥがずぶずぶと姿を消していった……。

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