第8章73話 断頭台の街
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時は少しだけ遡る。
アリスとヴィヴィアンが見つけたアビサル・レギオンの居場所は、エル・メルヴィン中央にある廃墟――かつては行政の中心だったと思しき建物であった。
「……妙だな……」
廃墟の最上階で、詰まらなそうに街を見ている人影を確認したアリスはそう呟く。
今彼女たちは目標よりかなり離れた住居跡と思しき建物の中に隠れている。
だというのになぜ離れた位置が確認できるかと言うと――それこそがアリスの新たに作った魔法 《
《
形状も『小さな板』ではなく、『小さな球』となっている。
『天空遺跡』から移動し敵襲を警戒するのにジュリエッタの
その効果は、一言で表せば『シャルロットの《アルゴス》の簡易版』である。
一つ一つの『球』が目となり、アリス自身の視覚とは別の景色を遠隔で映し出すことが可能となる魔法だ。
ただしシャルロットとは違い元々アリスに複数の視覚情報を処理する能力は備わっていない。下手に使えば頭があっという間にパンクしてしまうことだろう。
なので本来は思考加速魔法 《
それはそれで消耗が激しくなるため、今回は一つだけ『神眼』を作りそれを遠隔操作してエル・メルヴィンの様子を探っていたのだ。
「きんいろ、なにが?」
「いや……一人しか見当たらない。しかも、あいつか……」
苦々し気に顔を歪める。
庁舎跡にいるのがクリアドーラだったからだ。
敵の中でも最も戦闘力の高い一人であるクリアドーラが『見張り』に立っていることを考えれば、まず間違いなく庁舎跡こそが現在の敵の拠点であろう。
アリスの『神眼』は壁を透視することは出来ない。今は『望遠』だけを付与しているためだ。やろうと思えばもっと色々な視覚を付与できるが、その分だけ魔力消費が跳ね上がるのはいつも通り。
ともあれ、今は透視は不可能であり、見えない建物内に隠れているのかもしれない、とは考えられるが……。
「うーむ、他に比べればそれなりに大きな建物ではあるんだが……正直アビサル・レギオンの全員が隠れられるかって言われるとな」
「……でしたら周囲に隠れているのでしょうか?」
「それも考えられるが……」
アリスは納得がいかないと言った感じで腕を組み考え込む。
庁舎跡の周辺は瓦礫が多く、身を隠すというのであればもってこいではあるが長時間待機するような場所ではない。
尤も、自分の意思も消されていそうだったマイナーピースたちであれば問題はなさそうだが、その他のピースたちや人質であるラビたちを隠すのには向いていないだろう。
であればやはり庁舎跡が最有力候補ということになる。
自分の考えを二人へと披露すると、二人も確かに、と考え込む。
「…………《ヘイムダル》を建物内に入れてみる、か……?」
「内部に潜入するのであれば、わたくしの《ハーデスの兜》の方がよろしいのでは?」
「いや、一度入ったら今までのように休息する場所は確保できないと思った方がいいだろう。アイテムは……むぅ、まだ温存しておいた方が良さそうだしな」
当然アリスも『エル・アストラエアまで脱出する』までが今回の作戦だと理解している。
高速飛行する際にはヴィヴィアンの《ペガサス》は絶対に使うことになるだろう、予め出しておくというのも手だが敵に見つかると厄介だ。
「やはりオレがやろう。《ハーデスの兜》での潜入は最後の手段だ」
「……かしこまりました」
アリスは建物の陰に隠れつつ庁舎跡へと《ヘイムダル》を送り込もうと慎重に操作する。
しかし――
「――ッ!? ヤバい、気付かれた! チッ、ヴィヴィアンとブランは隠れていろ!」
アリスの表情が一変、杖を片手に戦闘態勢へと移る。
有無を言わさぬその態度に素直にヴィヴィアンたちは従い、《ハーデスの兜》で姿を隠し建物から離れる。
ヴィヴィアンたちとは反対方向にアリスは自ら飛びだす。
「てめぇか……」
「ふん、昨夜姿を見かけないと思ったら、こんなところで留守番か貴様」
《ヘイムダル》を見つけたのだろうか、すぐさまクリアドーラは飛び降りて一直線にアリスたちのいる方向へと向かって来ていた。
下手に隠れ続けても意味がない――どころかクリアドーラの破壊魔法で周囲一帯を吹き飛ばされたらヴィヴィアンたちにまで被害が及ぶ。
ここは大人しく姿を現して対峙する方がいいだろうという判断だ。
二人はかつては大通りであったろう場所で向き合う。
「はぁ~、全く……詰まらねぇ任務だぜ」
「大方『バランの鍵』を奪えなかった罰で後方に回されたのであろう?」
「……チッ、てめぇ……」
図星なのか、あるいはアリスの嘲笑う意思を感じ取ったか、クリアドーラの表情に怒気が滲む。
「まぁいい。こちらは使い魔殿たちを取り返しに来ただけだ。さっさと返せ」
「エキドナのクソ野郎に言え」
「貴様もマサクルが死んだことは聞いているだろう? これ以上争うのは無駄だと思わないのか?」
「ハッ、そんなの俺様には関係ねぇ!」
そう言うと、クリアドーラは拳に己の霊装を嵌めて戦闘態勢に入る。
「…………おい、貴様。人質交換するって言われてるんじゃないのか?」
「うるせぇ! んなの俺様の知ったことじゃねぇんだよ!」
「…………バーサーカーか、こいつ……」
自分のことを棚に上げて呆れたようにアリスは言うが、それでも『天空遺跡』でのリベンジの機会が訪れたことに知らず笑みを浮かべる。
『ヴィヴィアン、オレはこのままこいつと遊んでいる。貴様とブランで続きは頼む!』
『……かしこまりました。ご武運を』
アリスの意図はヴィヴィアンにもわかっている。
もしも敵がこのまま戦闘を続け、増援も現れるとしたらそれだけ庁舎跡の防衛が薄くなることを意味している。
それでなくてもクリアドーラという最大級の脅威をアリスが引き付けることになるのだ、ヴィヴィアンの潜入にしてもこちらに向かっているウリエラたちにしても多少は楽になることは疑いようがない。
残る問題は、『天空遺跡』の時のようにアリスが押し負けはしないか、ということだが……。
「あぁイライラするぜ……どいつもこいつもよぉっ!!」
クリアドーラの心中を推し量るのは難しい。
彼女は叫ぶと共にアリスへと向かって突進、拳を振るう。
魔法も使っていないただのパンチではあるが――アリスは受けることはなく回避し、そのまま地面を穿つ。
「……魔法も使ってないのにこれか……」
ただのパンチだというのに、地面が深く抉れていた。
まともに食らえばユニットといえども無事には済まないであろう威力だ。
わかってはいたが、やはり事『破壊力』という点に関してはクリアドーラは他の追随を許さない、圧倒的なものを持っている。
「貴様とはどこかで決着をつける必要があると思っていたが――ちょうど良い、ここでつけるとしよう」
「あ? てめぇとはもう格付けは済んでるだろうが! 雑魚がイキがってんじゃねぇぞぉ!?」
――これが果たして
人質交換という元々の話を無視したクリアドーラの暴走に対し、アリスは冷静にそれを迎え撃つ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリスとクリアドーラとの戦闘音は、エル・メルヴィンに入ったばかりのウリエラたちの耳にも届いていた。
「……ほんと、一体何考えてるみゃ……?」
相手がクリアドーラと言うことで、戦闘はクリアドーラの独断なのではないかと予想はしていた。
しかし、ヴィヴィアンから戦闘開始の報告を聞いてからそれなりの時間が過ぎているにも関わらず続いている。
つまり
人質交換を破棄した、という最悪の事態も頭には入れておく必要があるだろう――その覚悟だけは心の中でしておく。
もしそうなった場合、まだ相手に見つかっていないであろうヴィヴィアンとブランが救出の鍵となるだろう。
「ど、どうしよう……?」
「ジュリエッタたちも加勢する?」
「うーみゅ……」
二人の提案は一考の価値はある。
が、数秒考えた末にウリエラは首を横に振る。
「いみゃ、わたちたちは予定通り人質交換に向かうみゃ。アーみゃんは心配みゃけど……」
一度クリアドーラに敗北しているアリスのことは確かに心配だ。
かといって情に流されて作戦を破棄するわけにもいかない。
それにアリスが同じ相手に二度負ける――ということも考えない。そうならないようにずっと彼女が考え続けてたのも知っている。
アリスについては信じることに決めた。
「くろ、あっちみゃー」
「わ、わかったよ……」
庁舎跡が敵の本拠地であろうことも知っている。
他よりも大きい建物なのでウリエラたちにも場所は一目でわかった。目立つ建物に向かう――というように見え不自然さもないだろう。
ウリエラの言う通り、大通り跡を庁舎跡に向かって進もうとするクロエラであったが、進路上に人影を発見。急ブレーキをかけ停止する。
「くろ!?」
「あいつは……!!」
「い、いつの間に現れたにゃ!?」
通りを塞ぐように巨体が佇んでいた。
「エクレール……ッ!!」
見間違いようのない、全身耐爆スーツに包んだ巨体――エクレールの姿だ。
明らかに見落とすことのない巨体なのに、見落としていた。
――そういうギフト? 魔法……どっちでもいいけど、そういう能力かみゃ。
『天空遺跡』の時でもジュリエッタが音響探査するまで気づかなかったと聞いている。
その時と同じことが今も起きていた、と思うしかない。しかも今回はジュリエッタは既に音響探査を使っていたというのに気づけなかった。
「クロエラ、ウリエラ。ジュリエッタがやる」
「ちょ、待つみゃ!?」
バイクから飛び降りたジュリエッタは即戦闘態勢に入る。
慌てて止めようとするウリエラだったが……。
「ふん、何を逸っておるのやら」
「! ヒルダ……!」
エクレールの後ろからヒルダも現れる。
――……最悪だみゃー!?
ウリエラは頭を抱えてしまう。
ジュリエッタとヒルダたちの因縁はよくわかっている。
アリスほどはっきりと表には出さないものの、ジュリエッタが気にしているのは明白だった。
それにヒルダについては因縁の『質』がかなり異なる。
ここでの戦闘は避けたいが、因縁がそうさせてくれない――そうなるとますます人質交換に乗じた奪取が難しくなってしまう。
……というよりも、もはや人質交換自体が成り立たなくなってしまうのではないかと危惧していた。
「……なんじゃ貴様ら? 人質交換に来たのではないのか?」
「そ、その通りだみゃ!」
「ふん、なら着いてくるが良い。エキド……いやドクター・フーの場所へと案内してやろう」
一方でジュリエッタのことを何とも思っていないのか、ヒルダはそう言うとエクレールの肩に乗り、振り返って通りを先導する。
「…………ウリエラ?」
「つ、着いていくしかないみゃー」
アリスとクリアドーラの戦闘音は聞こえているはずだというのに、ヒルダは意に介さずウリエラたちを庁舎跡へと導いていく。
――……不気味すぎるみゃー……。
ドクター・フーだけではなくヒルダたちの行動も不可解だ。
だが、今は従うしかない。
『……こりゃ、もう人質交換の場でうーみゃんたちを奪い返すしかないかもみゃー』
『だね……』
『覚悟は決めておく』
おそらく
だからヒルダたちはウリエラたちを待ち構えていたのだろう。
アリスとクリアドーラの戦闘も想定内だと思われる。あるいは、最初からアリスがいることをわかってクリアドーラをけしかけたか……。
ヴィヴィアンたちの存在が気付かれているのかどうか、そこだけが不確定要素ではあるが……。
『……ヴィヴィみゃん、わたちたちも発見されちゃったみゃー、このままヒルダに案内されて庁舎跡に向かうみゃー。もしかしたらそっちの動きもバレてるかもしれみゃいし、気を付けてみゃ』
『かしこまりました。こちらの前には今のところピースは現れていませんが、警戒を続けます』
今のところは大丈夫そうだが、本当のところはわからない。
ドクター・フーたちアビサル・レギオンの行動の不合理さと不気味さは気になるが、もうお互いに止まれない。
「二人とも、いつでも対応できるようにしておいてみゃ。今は大人しく着いて行くみゃ」
――まるで処刑場に向かわされている気分だみゃ……。
急ごしらえの不完全な作戦なのは重々承知している。
それでも相手に不測の事態も込みで読まれているのではないか、そしてそれすら含めて掌の上で転がされているのではないか……そんな不安が拭い去れない。
やるしかないのはわかっているが――気分はまさしく処刑場に向かう囚人であった……。
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