第8章72話 エル・メルヴィン潜入作戦開始

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 数時間後――

 楓からの指示を受けたありすたちは、姿を隠しながらエル・メルヴィンまで無事到着。周囲の様子を慎重に探りはじめたのだが……。


『……んー、ふー姉』

『あーちゃん、どうしたの?』

『エル・メルヴィンに着いたんだけど……』


 周囲を見渡し、ありすは困惑する。


『廃墟しかない』

『……うーん、そうきたか……』


 ありすの言う通り、エル・メルヴィンはかつて存在した街の跡が残っているだけで、アビサル・レギオンがいる様子が全く見えない。

 ルールームゥが変形した巨大鉄蜘蛛、あるいは空中戦艦等があるのではないかと予想されていたが、それらは確認できない。

 まだ街全体を見て回ったわけではないが、少なくとも一目でわかるような大きさの『異物』は見当たらない。

 ありすの言葉を聞いて楓は少し考え、


『わかった。ここからは変身して、徹底的に隠れながら行動して。お姫ちゃんの魔法にそういうのなかったっけ?』

『ありますわ♡ ただ、魔力を使いますので……見つからないような位置で、こまめに変身を解いて回復しながらでよろしいでしょうか?』

『うん、それでお願い。エル・メルヴィンのどこかに潜んでいるはずだから気を付けて』

『りょーかい』


 それでもありすたちに作戦続行を指示する。

 楓が彼女たちにお願いしたのは、『エル・メルヴィンに先行して潜入しアビサル・レギオンの位置を確認する』というものだった。

 元々ありすたちもラビたちの居場所を探ろうとしていたのだ。

 違いとしては、既に楓たちもこちらへと向かっているということ。そしてあくまでも『位置の確認』だけであって突撃は合流を待ってから、という点である。

 要するに『潜入』だ。

 最初は千夏ジュリエッタにお願いしようとしていた、と楓が言っていた通り、本来ならばありすたちよりも千夏の方が向いている役割だろう。

 ありすたちの独断専行を許したのは、先にエル・メルヴィンに到着するために『時間に余裕があるから』だ。

 幸い、桃香ヴィヴィアンの召喚獣に《ハーデスの兜》という透明化能力を持つものがある。それならば、隠れながらの偵察も十分可能だろう。


『こっちも後……30分くらいで到着するから、無理はしないで。最悪、見つかったら逃げちゃってもいい』

『……ラビさんたち大丈夫?』

『大丈夫だと思う。向こうも「バランの鍵」を狙っているわけだし、深追いしなければ……』


 ただ、この点に関しては楓もそこまで自信があるわけではない。

 取引拒否とみなしていきなりラビたちを害する、とまでは思わないが絶対ないとは言い切れない。

 最悪なのはありすと桃香までもが捕まって人質が増えることだ。

 ……相手の要求を聞かずに強引に逃げてしまえば、向こうも取引本番までは無理は押し通さないだろう――というやや甘めの思惑もある。


『じゃ、こっちはもう変身しちゃうね』

『うん。何かあったら連絡してね』

『わかってる。それじゃ』




 ブランも着いているとは言え、小学生二人に先行して潜入してもらうことに罪悪感を覚えないでもないが、現状仕方ないと楓は割り切る。

 遠隔通話を終え、楓は自分たちの方へと意識を戻す。


「……クロエラ、調子はどう?」

「う、うん……今のところ大丈夫。道もそんなに険しくないし」


 楓たちは今、クロエラの霊装に乗って移動していた。

 先日霊装に追加されたサイドカーに楓が乗っている状態だ。


『モンスターもいまのところ反応なし……』


 遠隔通話でジュリエッタが語り掛けて来る。

 彼女は今、周囲の地面と同じ質感の『布』にメタモルで変身し、霊装ごとクロエラたちを覆い隠すようにしている。

 かつての『冥界』で超巨大ムカデをやり過ごそうとした時の応用だ。

 カムフラージュをしつつ、いつもの音響探査エコーロケーションで周辺の様子を探って警戒している。

 エル・アストラエアを襲った妖蟲ヴァイスやラグナ・ジン・バランの大群もほぼ全てが駆逐され、街の周囲に展開していたものはどこかに消えて行ったのか、特に妨害されることもなくクロエラは荒野を突き進んでいく。


「……地形が変わりすぎてて地図があまり役に立たないな……大体の方角さえあってれば大丈夫だと思うけど……」


 唯一心配なのは、エル・メルヴィンへと向かう道が曖昧だということだ。

 ありすたちはブランというナビがいたため何とかなったものの、楓たちには紙の地図しかない。

 しかもその地図も200年以上前という古いものだ。街の位置は変わらないであろうが、その他の自然のランドマークや道はほとんど宛てにならないと言っていいだろう。

 それでも方角さえ合っていればたどり着ける――と楓は考えていたが。




 エル・メルヴィンへと向かっているのは、ウリエラ雪彦クロエラ千夏ジュリエッタの三人だけである。

 撫子ガブリエラマキナオルゴール、それとノワールはエル・アストラエアにて待機となった。

 この人員配置にしたのは、もちろん楓である。

 撫子を一人残すのは躊躇ったものの、かといって楓や雪彦が残るというのも今回は難しい。

 では連れて行くかと言われると、それも躊躇われる理由がある。


 ピッピとエル・アストラエアの防衛――そのための人員が必要だ、と楓は判断したのだ。

 ドクター・フーが人質交換だけを狙っているとも思えない。この隙をついて、確実にピッピの命を狙いに来る可能性は十分高いと見ている。

 石化しているからと言って絶対安全とは限らない。

 たとえばエクレールやクリアドーラなどの攻撃力ならば石化していても関係なく破壊することは出来るだろうし、あるいは『状態異常回復』能力を持つピースがいたとしたら、石化を解除されてしまうかもしれない。

 いずれにしてもピッピはこちら側に残された唯一の手札なのだ。折角守り切った手札をノーガードで置くことは出来ないだろう。


 なので、ピッピのことを心配している撫子を残し、後のことをノワールに任せることにした。

 撫子もノワールには懐いているのでよほどのことがない限りは言うことをちゃんと聞いてくれるだろう。

 マキナについては判断に迷ったが、同じチームのユニットでないことによる弊害がありうる。

 本人は不満そうではあったが、こちらもピッピの護衛として残ってもらうこととなった。

 ――不満の理由を楓は『仲間として信用してもらえてないから』だと思ってはいたが、実は全く異なるのだが……そのことは知る由はない。

 エル・メルヴィンでの救出班とエル・アストラエアの防衛班。

 この状況で戦力を分けるのは危険極まりないことはわかってはいたが、それでも全戦力を一か所に投入するという決断は楓には出来なかった。


 ――私の考えは間違いではないはず。でも、正解でもない……。


 楓は自分のことがよくわかっていた。

 慎重で、手堅く確実な成果を求めるのは間違いではない。

 ただしそれは平時に限った話であって、今のような緊急事態では必ずしもプラスになるとは限らない。

 時には『大胆な一手』が必要になることはわかっているが、それをすることのできない性格なのだ。


「……そろそろ見えて来る頃かな……?」


 しばらく荒野を突き進んでいると、次第に周囲の地形が変わってきた。

 元・街の周辺だ。比較的整地された走りやすい道になってきている。

 それはすなわち、姿を隠す場所もなく、カムフラージュしているとはいえバイクで爆走していれば容易に見つかる可能性がある……ということを意味する。


「そろそろ私も変身しておく。ジュリエッタ、カムフラージュはもういい。でも音響探査は続けて」

『了解』


 ありすたちの先行潜入は気付かれているかもしれないし気付かれていないかもしれない。

 何にしてもここから先は楓たちも隠れて進むことは難しくなってくる。

 ならばいっそのこと堂々と姿を晒して、人質交換にやってきた――相手が素直にそう思うとはとても考えられないが――と見せかけた方が良い。

 簡単に言えば楓たちは『囮』になろうとしているのだ。

 真正面から乗り込む人質交換組と、ありすたち隠密組――互いに相手から『見える』『見えない』という差はあるが、どちらにも得られる情報に差があるためメリットがある。

 この二通りのルートからのエル・メルヴィン突入、それが楓の作戦だった。


 ――……この戦い、きっととの戦いになる……。


 『バランの鍵』との交換は不可能だ。なぜならば人質となっているラビが持っているから。

 だから理想としては、人質交換の場が設けられる前にラビたちを救出しなければならない。

 次善の策は人質交換を無事に終える――相手の目をごまかし、騙したまま終わらせてその隙に脱出するだろう。

 それが敵わなければ、相手がラビたちに危害を加える前に力技で救出する必要が出て来る。

 そしていずれの事態になったとしても、最終的には誰も捕まることなくエル・メルヴィンから脱出――エル・アストラエアまで辿り着かなければならない。

 いずれにしても求められるのは『短時間での対応』、すなわち『行動の迅速さ』となる……作戦の成否はそれにかかっているだろう、と楓は確信していた。


『ウリエラ様、敵本拠地を発見いたしました』

『あ、ヴィヴィアン。無事に見つけられたのね、良かった』


 そんな時、ヴィヴィアンから遠隔通話が入る。

 まだウリエラには変身していなかった楓はしまった、と思いつつもそのまま会話を続ける。

 しかし、続くヴィヴィアンの言葉は想定していないわけではなかったが、あまり喜ばしいものではなかった――


『ただ……姫様が敵に見つかり、戦闘を開始しました。

 ――いえ、どちらかと言うと……待ち構えていたというか……』

『……向こうもこっちがやろうとしていることは、やっぱりわかってたってわけね……』


 予想できてはいた。

 気になるのは、だからと言って『迎撃』をする必要があるのか……という点だ。

 いずれにしても、相手に見つからずにラビたちを救出するという方針は捨てざるを得なくなった。


『その様子だと、敵と戦っているのはアーちゃんだけ……と考えていい?』

『はい、仰る通りです。わたくしとブラン様は現在も発見されず、隠れております』

『……アーちゃんの援護は必要?』

『いえ、姫様もわたくしたちには決して見つからないように、楓様の任務を続けろと』


 ――……敵のやっていることがわけがわからない……。


 それが楓の素直な感想だった。

 ヴィヴィアンの言うことを素直に解釈すれば、『敵とアリスが戦っている』『ヴィヴィアンは相変わらずフリーのまま』『人質交換が目的のはずなのに迎撃してきた』『けれどヴィヴィアンが隠れられているということは積極的に探しているわけでもない』『より目立つ自分たちの元にはまだ誰もやってこない』ということになる。


『…………不気味だけど、作戦続行で。アーちゃんも危なくなったら連絡してくれると思うし、まずはうーちゃんたちの居場所を特定しましょう』

『かしこまりました』

『わたしたちもそろそろエル・メルヴィンに到着する』


 アリスが戦闘をし、楓たちは変わらず囮となる。その間にヴィヴィアンにラビたちの捜索をしてもらい――最終手段としては人質交換時に強引にラビたちを奪取、その作戦に変わりはない。

 敵の動きのわけのわからなさは気になるが、こちらが取れる手段は多くはなく、また作戦を変更する余裕もない。

 一か所で戦闘が始まった以上、もはや流れを押し留めることなどできないのだから。




 嫌な予感はしつつも、楓たちは正面からエル・メルヴィンへと突入するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る