第8章10節 断頭台への行進曲

第8章70話 襲撃後の考察と困惑

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 エル・アストラエア襲撃の夜が明け――


「……」


 崩壊した神殿はウリエラの魔法によってある程度は修復されている。

 一同は二階の広間――ルシオラたちと戦った場所に集まっているが、一様に表情は沈んでいる。

 中でも特に酷いのは桃香であった。

 諸々の後始末を終え状況報告をしている間、泣き喚くこともなく淡々と事実を皆に話をするだけだったのだ。

 ラビ、そしてサリエラがドクター・フーに攫われたことについては深々と頭を下げて謝罪をしたが、だからと言って延々と謝り続けるということもなく魂の抜けたような表情で語り続けるのみ……。

 その様子に、ありすも、妹を攫われた楓も何も言うことは出来なかった。


「……と、とにかく――これからどうするか考えるか」


 一日24時間として、ドクター・フーの出した期限まで残り約12時間――猶予はあまりない。

 どう動くか即時決めて行動しなければ、取り返しがつかないことになる。

 空気が最悪レベルに重くなっているのは自覚しているが、こういう時にどうすればいいのかわからない。千夏はとにかく『前に進む』ためにも強引に話を進める。


「ん……ラビさんとはな姉助けに行く」

「ああ、それはもちろんだ。問題はどうやって助けるかなんだよな……」

「んー……突撃する」

「いや、だからな……」


 ――話をしているのは千夏とありすだけだ。

 桃香は相変わらず魂の抜けたような様子で沈黙、撫子は疲れたのか楓に抱かれてうつらうつらと舟をこいでいる――眠らせようとしたが、『いっしょにいる!』と強硬に主張したためこの場に残っている。

 楓も暗い表情で黙り込んでおり、雪彦も同じような感じである。マキナオルゴールは自分が意見を言っていいものかどうか迷い、一歩離れた位置で沈黙していた。

 なのでありすと千夏の二人だけで話をしているのだ。


「ふーむ……」


 そんなユニットたちの様子を遠巻きに見ていたノワールは、こちらも何事かを考えているようだ。特に今後の方針について口を挟む様子はない。

 ちなみに、ブランはこの場にはいない。ノワールの命令で街中に残っているかもしれない妖蟲の残党退治の手伝いと、戦車の大群等がまたやってこないかの警戒を行っている(本人は嫌々だったが)。

 二人の話は一向に進まない。

 こういう時、いつも方針を出してくれるラビはおらず、頼りになるブレーンである楓も双子の片割れがいないせいか落ち込み、話し合いに参加していない。

 脳筋原理主義者ありす準脳筋原理主義者千夏では『突撃するしかない』という意見しか出てこない。

 ……本来ならばもう少し冷静な意見を千夏ならば出せるはずだが、状況が状況だけにやはり少し焦りで頭が回っていないようだ。

 加えて、どちらも夜通し戦闘を続けていたという疲労もある。余計に頭が回らなくなっているのだろう。


「其方ら、一度寝て休息をとるがよい」

「……ん、ノワール?」


 空回りして進まない上に大半のメンバーが暗く沈んでいる現状を見かね、ノワールがそう提案する。


「…………っすね、確かにその方が良さそうだ」

「んー……わかった……」


 疲れていることは自覚していたのだろう、ラビたちを助けに行きたいと焦る気持ちはあるが二人は素直にノワールの提案に頷く。


「敵が指定した時刻まで半日ほど……少なくとも人質を取っているということは、その間にこちらへと攻めて来ることもあるまい。

 其方らが休息している間、我とブランが念のため警戒をしておこう。安心して休息せよ」


 そしてチラリと石化したピッピの方へと視線を向け、


「……アストラエアの傷も、あの状態であれば問題あるまい」


 そう言う。

 治せない傷ということは桃香から話を聞いて理解している。

 『結晶』を通じてピッピがまだ生きているし、石化していることで傷が悪化することもないようだとわかっている。

 不安はあるがひとまずは無事だろう。桃香たちの判断は現状限りなく正解に近いものであると思う。

 ラビたちの救出はもちろんのこととして、ピッピのこともどうにかしなければならない問題だ。

 だが、が一つあるのだ。


「……あ……ごめん、バン君、あーちゃん……ちょっとぼーっとしちゃってた……」

「いやいいさ、星見座ほしみくら。その……」

「ううん、大丈夫。ハナちゃんが無事なのはわかっているから」


 弱々しく微笑む楓――と彼女たちに見えない位置で冷たい視線を送るマキナ。

 それはともかく。


「――とりあえず、ノワールの言う通り休もう。私たち、昨夜からずっと動いていたし休憩は重要」

「ああ。部屋も一応直ってるし、ノワールたちに甘えさせてもらおうぜ」

「うむ、我に甘えるがよいぞ」


 冗談めいて言うノワールに、千夏もようやく少し笑顔を浮かべる。


「トーカ、スバル……わたしたちも休もう」

「…………はい」

「…………うん」


 ありすが促し小学生組も弱々しく頷き、部屋へと戻って行く。

 楓も撫子を連れて部屋に戻り、残ったのは千夏とノワール、そしてマキナの三人だけとなった。


「はぁ……参ったな、こりゃ……」


 千夏も少しだけ冷静さを取り戻し、改めて状況を振り返ってため息を吐くしかなかった。


「ば、ば、蛮堂君、その……」

「あぁすんません。先輩もひと眠りしてください、先輩も疲れてるっすよね」

「う、うん……ありがとう」


 変身しているとついつい忘れがちだが、特にマキナは『入院患者』なのだ。『ゲーム』内であれば影響はないはずだが、あまり無理はさせたくないと思ったのだ。


「そ、その……ラビさんたちが人質になってるけど、『バランの鍵』って……」

「あー……そうなんすよねぇ……」

「ふむ……確かにそこは困ったことになったのぅ」


 素直に人質交換に応じるにせよ、相手が求めているのは『バランの鍵』との交換だ。

 だが――


「……『バランの鍵』――なんすよねぇ……」




*  *  *  *  *




 ……大変拙いことになった……。


「うーちゃん……どうしよう……」

”どうしようね……”


 私と椛は揃ってどこかの部屋へと幽閉されている。

 状況については、ドクター・フーが自ら私たちに説明していたので把握している。




 神殿内で突如現れたドクター・フーに、私と椛は捕まってしまった。

 捕まった瞬間からの記憶はなく、気が付いたらこの部屋に二人揃って閉じ込められていたというわけだ。

 先に捕まった私の様子を椛が見ていたけど、どうやら完全に動きを停める魔法だったみたいだ。

 で、その後椛も捕まってしまい、この部屋へと連れ込まれた――


 魔法フリージングを解除したドクター・フーが私たちに状況を説明した。

 私たちと『バランの鍵』の交換を行う……とのことだ。

 マサクルがいなくなったというのに、ドクター・フーはまだアビサル・レギオンを止める気はないらしい。

 ……元々のマサクルの目的が、この世界の人間を使った『人身売買』だというのに、なぜそれをドクター・フーが継続しようとしているのか――もしかしたらそのことは知らないのかもしれないけど――理解が出来ない。

 …………いや、一個だけ思い当たる節はあるか。

 ――それが思い当たる動機だ。

 自分の住むであろう桃園台ごとムスペルヘイムの暴走で吹っ飛ばそうとしたイカレた人物だ、嫌がらせのために無関係なこの世界に攻撃を続行する……くらいなら余裕でやりそうだしな……。


 とにかく、私と椛はどこかに閉じ込められてしまっている。

 どういうわけか『バランの鍵』を狙っている以上、人質交換までは私たちの安全は保証されているだろう。……多分……。


”脱出はできそう?”

「……ちょっと無理っぽいにゃー……」


 さほど広くもない、金属の壁で囲まれた部屋だ。

 変身した椛なら破壊魔法クラッシュで壁を壊せるんじゃないかと期待したが、椛は首を横に振る。

 試してもいないのにわかるのか、とは言わない。魔法についてはユニットの子本人が『感覚』でわかるみたいだし、疑う必要はないだろう。

 ……というより、そもそも椛は変身ができないようになっているのだ。


「助けも期待できないかにゃー……」

”うん……”


 ここは『ゲーム』内ではある。となれば『ゲーム』の機能を使うことだって出来るはずだ。……、だけど。

 強制移動を使ってありすたちを呼び寄せれば――とは考えたのだけど、今強制移動は使えない。

 それどころか遠隔通話すらも使えない状態になっているのだ。


”あいつ、マジでどういう能力なんだ……?”


 この原因はドクター・フーにある。

 ヤツがフリージングを解除した後、私と椛に向かってギフトを使用した。

 その名は【改竄者オルタラー】――詳しい効果はわからないけど、名前と私たちに起きている事態から想像すると『ルールを改竄する』的な感じじゃないかと思う。

 ギフトの能力で私の強制移動や遠隔通話、椛の変身など『ゲーム』の機能を使えないようにしているみたいだ。

 ……それってつまり『ゲームのルールを変更している』ということになると思うんだけど、そんなこと本当に出来るのか……? っていう疑問はある。まぁクラウザーのようなチートをドクター・フーに施されている可能性はありえるが……。


「うーん、まぁチートって考えるしか今のところないかなー」

”だよねぇ”


 流石に椛だってわかるわけがない。能力については私と同じ意見みたいだけど。


”さて、これからどうしようか……”


 そもそも椛が変身できない以上、私たちに脱出する術はない。

 もちろん諦めるつもりはないが可能性はかなり低い――あまり下手に動いてドクター・フーの気が変わったり、動けないように痛めつけられたりするかもしれない。私はともかく椛がそんな目に遭わされるのはごめんだ。


「……どうしようもないかにゃー」


 諦め早いなー。

 ふわぁ、と椛はあくびをする。


「とりあえず、今ジタバタしても仕方なさそうだし……あたしも今のうち寝て体力回復させておくにゃー」

”……まぁそれしかないかぁ”


 外が見えないので何時なのかわからないけど、人質交換までまだ時間はあるはずだ。

 フリージングで動きを停められている間、本当に時間が停まっているかのような感じだったらしく『寝て起きた』という感じは全くしない。

 直前まで戦闘していた椛は大分疲れているだろう。

 『いざという時』に備えて体力は回復させておくにこしたことはない。

 ただなぁ……。


”……ここで寝たら身体痛めそうだよねぇ……”

「そこが悩みどころにゃ」


 そこまで狭くもないが広くもない部屋なのだが、ベッドもなにもないのだ。

 床の上で寝っ転がるしかないけど……『ゲーム』の中とは言え、身体痛めそうなのが心配だ。熟睡するのも難しいんじゃないかな……。


<ピピッ>

”うわっ!?”

「な、なんにゃっ!?」


 椛とそんな話をしていた時、突如部屋にチープな電子音が響き――全身鋼鉄のロボット少女・ルールームゥが現れたのだ。

 警戒し咄嗟に私を抱きかかえて飛び退る椛。

 ……そういや彼女はルールームゥの元の姿は知らないんだったな。それでも即行動に移れるとは、やはり椛は判断が早い。


<ピプー? ピッピッピー>


 少し考え込むように首を傾げていたルールームゥが部屋の隅に向かって手を伸ばすと――


「……ベッドが出来たにゃ……」

<パプッ>


 床や壁が変形し、人間用のベッドが出現した。

 しかもちゃんと布団まで出来上がっている……一体どこから材料持って来たんだ……?


「え、えっと……お、お風呂も入りたいかにゃー…………なんて?」

<ピピップー>


 冗談めかしてルールームゥにおねだりしてみる椛。この状況でそれを言えるって、椛も肝っ玉が太いな……。

 ルールームゥは椛の言葉を聞いてまた少し首を傾げると、今度は別方向の壁に向かって手を掲げる。

 すると今度はドアが現れた。


「ま、ましゃか……」


 恐る恐るドアを開けてみると――


”マジか……”

「バスルームが出来てるにゃ……」

<ピップー>


 どうだ、と言わんばかりに胸を張るルールームゥ。

 ドアの向こう側にはちゃんとしたバスルームが出来上がっていたのだ。

 ユニットバスじゃなくって、ちゃんと身体を洗って湯船に浸かれる広いお風呂だ。

 蛇口を捻ってみると程よい温度のお湯が出て来るし、タオル・ボディソープ・シャンプー等々……至れり尽くせりだ。


<ピパピポプ>

「あ、うん……あ、ありがと……」


 要望には応えた、とルールームゥは言っているのだろうか……。

 椛が戸惑いながらお礼を言うと、ルールームゥは床に沈み込むようにして姿を消していった。


「……にゃるほど……」

”……ここ、ルールームゥの中ってことか……”


 エル・アストラエアに向かって進撃してきたルールームゥの変形した巨大鉄蜘蛛――その話はピッピから聞いていた。

 その時と同じ変形かはわからないけど、どうやら私たちが今いるのはルールームゥの中っぽい。

 だから内部は自由自在に操れるっていうわけか。


「むー、遠隔通話も使えないし、内緒話もできないかー……」

”そうだね……”


 こういう事態は流石に想定していなかった。他の人にバレないような暗号使った会話なんてできないしね。

 となると、今のについて椛と相談する術がないということになる。

 ……まぁ相談したところでどうなるというもんでもないんだけど……。


”ま、とりあえずルールームゥが折角作ってくれたんだし、椛は休みなよ”

「……そうさせてもらうにゃ~……緊張が解けたら、疲れがどっと出て眠くなってきた……」


 そう言うと、ごく自然な動作で私を抱きかかえてベッドに入り込む。

 …………いやまぁいいけどさ……。


「おやすみにゃー」

”う、うん。おやすみ”


 まぁ邪魔するのも何だし、抱き枕に甘んじよう……私もスリープしちゃってもいいし。




 でも寝る前にちょっと考えておかないとなぁ……。

 ドクター・フー曰く、私たちの身柄と『バランの鍵』を交換する――ということだけど……。

 肝心の『バランの鍵』――んだよね……。

 どこに隠し持ってるかというと、去年のクリスマスにありすたちからプレゼントされた私の服――とセットだったシルクハット、その中に隠してある。

 あー……なんでここに隠しちゃったかなー……。

 でも向こうが狙ってるのがわかってて誰の目にも触れない場所に隠すというのも怖かったし、かといって戦闘することになるユニットの誰かに渡しておくというのも不安が残る。婆やさんとか現地の人に預けるというのは論外だ。

 ……まぁどういうわけかマサクルは『バランの鍵』の場所がわかってて神殿に乗り込んできたようだし、結果として正解だったかもしれないが……。


 ……もしバレたら一体どうなることやら……。

 そしてありすたちも私が『バランの鍵』を持っていることは知っている。

 この後私たちがどう動くか、そしてありすたちがどう行動してくるか、ピッピは果たして無事なのか……マサクルがいなくなったドクター・フーたちアビサル・レギオンが何をするつもりなのか……。

 エル・アストラエア防衛戦は終わったようだが、この世界における戦いはまだまだ終わらないようだ……。

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