第8章68話 Extermination -3-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”くそっ!? どこだ……どこにある……!?”


 ピッピが言う通り、マサクルは神殿内で『バランの鍵』を探し回っていた。

 ルシオラの幻覚でラビたち全員の足止めをし、その隙に『バランの鍵』を見つける――それが当初の作戦であったのだろう。

 しかしその作戦は今や崩れ去ってしまっている。


”ちくしょう……この神殿内にあるのはわかってるってのに……!”


 『バランの鍵』の大まかな位置を感じ取ることが出来ているのかは定かではないが、マサクルは神殿内に隠されていることを確信しているようだ。

 一階の大広間は隠すような場所がなく、二階は戦闘中だったためまだ探していない――元より居住スペースがほとんどであり、そこに無防備に置いているとは彼には思えない。

 となると残るは三階の物置、と結論付けて捜索していたのだが、一向に見つからない。

 それらしき厳重に鍵の掛けられた箱を見つけ、無理矢理開けても中には意味のないガラクタばかりが詰められていた。


「見つけたにゃー」

”げっ!?”


 そうこうしているうちに、サリエラが物置へと突入。物色していたマサクルを発見する。

 捜索することに夢中になりすぎていたか、あるいはユニットと異なりピースの生存の確認は出来ないのか、マサクルはルシオラたちの敗北に気が付いていなかったようだ。


”くそっ!”

「あ、待てにゃ!」


 作戦失敗を認識したマサクルは素早く思考を切り替える。

 『バランの鍵』奪取は不可能と判断し、一目散にサリエラの脇を走り抜けて物置から二階へと飛び降りる。

 しかし――


「逃しません」

”げぇっ!?”


 逃亡をサリエラが予測できないわけがない。

 三階物置の入口のすぐ下にはヴィヴィアンが待ち構えていた。

 しかも、通路を壊しながら進んできたのであろう《ヘカトンケイル》に乗ったままで。

 容赦なく振るわれる《ヘカトンケイル》の拳だが、ピースよりも遥かに小さい使い魔の身体であったことが幸いした。

 すんでのところでマサクルは回避すると、ヴィヴィアンからも逃げ出そうとする。


「くっ……!」

「あちゃー……ここは攻撃力よりも小回りを取るべきだったかにゃー」

「問題ありません。既に召喚獣による包囲網は完成しております」


 《ヘカトンケイル》から飛び降りサリエラを肩に掴ませると、ヴィヴィアンは自分の足で逃げたマサクルを追いかける。

 ここで回避されたからといって大きな問題はない。

 なぜならば、ヴィヴィアンの言う通り既に複数の召喚獣を神殿内に配置している。

 ピースのいなくなったマサクルは自力での脱出をするしかないが、それが出来るとは到底思えない。

 更には、


「外も大分片付いたって言ってるにゃ。とりあえず、ジュリにゃったとオルゴールがこっち向かってるにゃ」

”うん。……まさかルシオラの魔法にかかってる間、遠隔通話も出来てなかったなんて気付かなかったよ……”


 状況を知ったジュリエッタとオルゴールが神殿へと妖蟲ヴァイスを蹴散らしながら向かって来ている。

 ルシオラの魔法にかかっている間、どのような原理かはラビたちにはわからないが遠隔通話や強制移動が封じられていたようだ。

 通話が出来るようになったことを確認し、各地の仲間たちへと連絡。

 妖蟲退治に専念させたいクロエラと、同じくルート封鎖を続けてもらいたいウリエラ(と護衛のガブリエラ)はそのまま街中で続きを。

 アリスはブランと共に外で襲撃してきた戦車の大群ラグナ・ジン・バランの迎撃を行ってもらうこととし、比較的自由に動けるジュリエッタたちに来てもらうことにしたのだ。

 ジュリエッタの音響探査エコーロケーションならば、マサクルが神殿から脱出できたとしても隠れていてもすぐに発見できるし、小型の使い魔を追い詰めるのであれば適任だろう。


「ともあれ、ここで彼奴を逃す手はありません」

”うん。ここでマサクルを倒す――いや、とっ捕まえてあやめとピースにさせられた子たちの解放をさせないと!”

「だにゃー……ま、最悪マサクルは倒しちゃっても何とかなるとは思うけどにゃー」


 元々の目的である『あやめの解放』及び『眠り病の解決』が、マサクルをゲームオーバーにすれば片付くことなのかは不明だ。

 確かにサリエラの言う通り倒してしまえば何とかなるとは思われる。しかしそれは絶対ではない。

 可能であれば生け捕りにして『ラグナ・ジン・バラン』を含む諸々の問題を確実に解決させたい、という思いはあった。

 もちろん、ここでマサクルに逃げられることはあらゆる面で『最悪』なので、どうしようもなければとどめを刺すことに躊躇いはないが。


 ――長かった戦いにもこれで決着がつくはず。


 そう信じ、三人はマサクルを追い詰める……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ヴィヴィアンの放った召喚獣の包囲網は苛烈だった。

 元々騎士型召喚獣は街で使っているため今回はいないが、建物内でも自由に動けるサイズの小型の魔獣型召喚獣を複数呼び出し、すべての通路を塞ぐように配置していた。

 《ヘカトンケイル》のような大型の召喚獣ではマサクルは狙いにくい。

 そのことを理解していたヴィヴィアンは、《グリフォン》だけは街中から呼び戻して建物内を飛び回らせて監視。

 マサクルを発見次第近くに待機する召喚獣に狙わせていた。


”はぁっ、はぁっ……ち、ちくしょう! なんでこの俺が……!?”


 辛うじて攻撃を回避しながら逃げ続けているマサクルであったが、その態度や言葉遣いにはもはや以前のような余裕は微塵もなかった。

 そもそも、今回のエル・アストラエア侵攻作戦はのだ。

 『ピッピの命』を狙うだけであれば、大規模な侵攻などせずに相手が備えていない隙を狙ってやるべきであったし、同時に『バランの鍵』を奪おうというのであれば猶更だ。

 ルシオラの幻覚とシノブの隠密能力――この二つを使って、徹底的に隠れながら行うべきであった。

 かつてラビが思った通り、マサクルの『自分の力を見せびらかしたい』という幼稚な性格のせいで、マサクル自身の首が絞められているのである。

 そのことを果たしてマサクルが気付くかどうか……。


”よ、よし!”


 マサクルは小型の使い魔の中ではそこそこの大きさの『猿』のような姿をしている。

 その姿同様、かなり身軽な動きができ、多少の手傷を負いつつも召喚獣やヴィヴィアンたちの追撃から逃れて神殿二階の広間まで逃れることが出来た。

 アリスのような遠隔攻撃やクロエラのようなスピードを持たない、ヴィヴィアンとサリエラが追跡者だということも幸いしたであろう。


”……くけけっ、まぁアストラエアだけでも殺れりゃあ上出来か”


 《ヒュドラ》に守られ手出しできないが、シノブの【刺殺者スタッバー】を受けたのであれば問題ない。

 【刺殺者】の傷は、たとえシノブが敗北したとしても消えることはない。

 だからこのまま放置していれば、時間はかかってもいずれピッピは死ぬことになる……それは確実なことだ。


”おっ、ちょうどいい穴があるじゃねーか”


 《ヘカトンケイル》が開けた穴を見て、マサクルは自分にまだがあることを喜ぶ。

 もしかしたら落下の衝撃でダメージを受けるかもしれないが、それでも使い魔の体力であれば余裕だろう。それに、身軽な『猿』の使い魔だ、高所から真っ逆さまに落ちたのであればともかく、柱や壁を伝っていけば苦も無く一階へと逃れることは可能なはずだ。

 神殿から出てしまえば、何とかなる――そう思い、ようやく少し余裕を取り戻すマサクルであったが……。


「きゅー!!」

”ぐあっ!? な、なんだこいつ!?”


 穴へと向かって走り出そうとしたマサクルが、突如何者かに足を掴まれ――いや噛まれて転倒する。

 彼の足に噛みついているのはキツネに似た小動物・キューであった。

 妖蟲襲撃でドタバタしていたため、ラビたちの誰もキューが神殿に残っているとは知らなかったのだ。

 ひっそりと二階の部屋の隅で大人しくしていたキューであったが、このタイミングで飛び出して的確にマサクルの妨害を行う。


”くそがっ! 離せ!”

「ぎゅっ、ぎゅー!!」


 子狐とはいってもマサクル自身もそこまで大きな体格というわけではない。

 キューが全力で噛みついて離れないことに苛つき、噛みついたままのキューを床に蹴りつけて離そうとする。

 ……しかし、キューはそれでも決して離さない。


「逃がすかにゃ!!」

”ぐぎゃあっ!?”


 キューの足止めのおかげもあり、ついにサリエラたちが追い付いてきた。

 走ったのでは間に合わない、とヴィヴィアンがサリエラを思いっきり投げつけ、その勢いで霊装を叩きつけてマサクルを弾き飛ばす。


「キューちゃん様!?」

”キュー!? ここにいたの!?”


 いつの間にか姿を消していた――というより妖蟲襲撃で忘れていた――キューがいることに驚くヴィヴィアンたちだが、すぐにキューがマサクルを止めようとしたのだと気づく。

 マサクルは既に穴から離れ壁際に追い詰められている。

 それを確認し安心したようにキューは口を開くと、そのままぱたりと倒れ込んでしまう。


”くっ……ごめんよ、キュー!”

「《ナイチンゲール》キューちゃん様の治療を!」


 ピッピの治療の時に呼び出したままの《ナイチンゲール》がすぐさまキューの元へと駆けつけ治療を開始しようとする。

 キューの無事を見届けている余裕はない。


「インストール《フェニックス》、オーバーロード《メデューサ》!!」


 かつてジュリエッタを追い詰めた、ヴィヴィアン自身の最強形態へと召喚獣をインストールし、マサクルへと向かう。


「ご主人様、よろしいですね!?」

”ああ、もう容赦はいらない!”


 捕まえる、などと生易しいことはもはや頭になかった。

 現実世界とこの世界における数々の暴虐――そしてなによりも無力な小動物への乱暴を見て、今この場で倒すことを固く決意する。

 下手に生かしておけば逃げられたり、あるいは今回エル・アストラエアに現れなかったピースを呼び寄せて何をしでかすかわかったものではない。

 マサクルはやはりこの場でとどめを刺し、後のことは後で考えればよい。

 そんなようにヴィヴィアンも、そしてラビとサリエラさえもが考えたのだった。


「終わらせます!」

”うがっ!?”


 まだマサクルの体力は尽きていない。

 逃げようとするマサクルへと向けてヴィヴィアンは視線――《メデューサ》の石化の魔眼を浴びせかける。

 流石に使い魔の肉体はすぐさま石化することはないが、それでも確実に動きを鈍らせる。

 ――これでもはやマサクルに生き残る目はなくなった。

 動けなくなったマサクルへと向けて《フェニックス》の火炎が襲い掛かる。


”く、くそっ……こんなところで……!!”

「往生際が悪いにゃー、クラッシュ!!」


 火だるまになりながらもまだ必死に動こうとするマサクルだったが、そこへサリエラがとどめを刺す。

 破壊魔法クラッシュは構造物に対しては問答無用の破壊を行うが、使い魔を含む生き物に対しては必殺の威力にはならない――ただし、魔力を惜しまなければ、の話だ。

 サリエラは魔力をクラッシュに注ぎ込み続け、そして――


”――ッ!?”


 バァン、と破裂音と共にマサクルの胴体が弾け飛ぶ。


「うぇっ、グロ注意にゃ……」


 丁度腹部が弾け、上半身と下半身が千切れた状態となった。

 どちらもしばらくバタバタともがいていたが、やがてそれも完全に止まる。


”……やった、かな……?”


 自信なさそうにラビが呟く。

 目の前で使い魔が倒される瞬間を見たことがないため、果たして本当にマサクルを倒せたのかどうかが確信が持てないのだ。

 それはサリエラもヴィヴィアンも同じだ。


「……ヴィヴィにゃん」

「ええ。念入りにやっておきましょう」

”お、おう……でも、それもそうだね……”


 ピッピに確認するか、と一瞬視線を向けるラビであったが、残酷ではあるが跡形もなく消し去ってしまえばいいかと考え直す。

 ……なんだかんだでラビたち全員脳筋的狂戦士主義アリスイズムに染まっているのかもしれない。本人たちに自覚はないだろうが。

 …………傍目には死体処理を相談している怪しい集団に見えることにも気付いていない。

 ともあれ、マサクルに完全にとどめを刺すためにヴィヴィアンが追撃の火炎を浴びせようとした時だった。


「!? ヴィヴィにゃ――」


 真っ先に異変に気付いたのはサリエラだった。

 ヴィヴィアンの背後に黒い『次元の裂け目』のようなものが現れるのを見て警告を放つと同時に、体当たりで突き飛ばす。


「サリエラ様!?」

”な、なんだっ!?”


 突き飛ばされたヴィヴィアンの代わりに、サリエラの身体がバッサリと斬られ血飛沫が舞う。


「おっと、気付かれてしまったか」

”お前は……!?”


 突き飛ばされたヴィヴィアンは一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐさま我に返る。

 背後の『次元の裂け目』から現れたのは――


”エキドナ――い、いやドクター・フー!?”


 白衣を着た方の姿――闇の聖者エキドナではなくドクター・フーだった。

 その手には黒炎を象った剣 《終末告げる戦乱の角笛ギャラルホルン》が握られていた。それこそがサリエラを切り裂いたものであることは間違いない。


「う、ぐっ……どうしてお前が……!」


 身体が小さいことが幸いし、そこまで深く切り裂かれたわけではないが浅い傷でもない。

 地面に落ちたサリエラが苦しそうに顔を歪めつつ、自分を斬った相手を見上げる。

 『天空遺跡』で一度遭遇しただけだが、どのような相手なのかは既にラビたちから聞いている。


 ――どうしてで出てきたにゃ……!?


 サリエラの疑問は『なぜドクター・フーが現れた』ではなく『なぜこのタイミングで現れた』か、である。

 エル・アストラエア襲撃時に何体かピースが出現したことは仲間からの連絡で確認出来ている。

 そのうちルシオラとシノブ(サリエラは名前は知らないが)と一緒にマサクルがやってきた。

 もしドクター・フーが現れるのであれば、マサクルが攻撃されるよりもであるべきのはず――それがサリエラの考えだ。


 ――これじゃ、まるでみたいにゃ……。


 マサクルが攻撃されるのに間に合わなかった、という可能性もゼロではないが……『次元の裂け目』から突如現れるという異常な魔法を持っているのだ、もっと早くに現れることが出来ると考えた方が自然だろう。

 だとするとサリエラが考える通り、助けられるというのに見捨てたということになりかねない。

 ……それをする理由がさっぱりわからないのが不気味なのだ。


”拙い……サリエラが……!”


 サリエラのおかげでヴィヴィアン、それとラビは助かったが、替わりにサリエラがダメージを負ってしまい動けなくなってしまっている。

 しかも位置が悪い。サリエラはドクター・フーの足元に倒れており、ヴィヴィアンとは少し距離が離れてしまっている。

 ラビからの回復も届かない位置だ。


「ふん」

「ぐっ……」


 状況はもちろんドクター・フーもわかっている。

 視線をヴィヴィアンたちから逸らさず、足元に倒れているサリエラを踏みつけて動きを封じる。

 回復しようとこっそりとキャンディを取り出したものの、踏みつけられた衝撃で取り落としてしまった。


『”……こいつ、やっぱりピースなのか……!?”』


 突如現れたドクター・フーに対しどう対処すべきか――特にサリエラを助けるために――を考えつつ、ラビは相手の情報を得られるか試してみた。

 しかし結果はピース同様に『名前しかわからない』というものだった。

 『天空遺跡』でエキドナに対して見た時は『全てがマスクされていた』だったのに、ドクター・フーではそもそも項目自体が表示されていないという状態だ。これはピースの特徴である。


『……ということは、ここで倒しても本体のエキドナは無事ということになりそうですわね』

『”そうだね……むぅ、とにかくサリエラを何とか助けないと……”』


 直接戦ったのは『冥界』の時だけ、しかもジュリエッタとジェーンが戦っただけだ。

 相手の能力もほとんど何もわからないままである。


「……ふむ、石化能力か」

「!?」

「即時石化というわけではないようだが、放置しておくわけにもいかないか――ヴォイド」


 こっそりとヴィヴィアンが《メデューサ》の能力を使って石化させようとしていたのに気付き、ドクター・フーが魔法を使う。

 すると、


「うぁっ!?」

”ヴィヴィアン!?”


 突如ヴィヴィアンの身体が後方へと弾き飛ばされてしまう。

 それと同時にインストールが強制的に解除され、《フェニックス》と《メデューサ》がヴィヴィアンの中からはじき出される。


”ま、魔法を解除した!?”


 無効化魔法ヴォイド――ラビたちは目にしなかったが、『冥界』にて仲間のトンコツたちが食らった能力だ。

 効果範囲内の魔法を解除するという、単純にして対ユニットとしてはこれ以上ない程強力な魔法である。

 初めての事態にヴィヴィアンは戸惑う。


『――ヴィヴィにゃん! 止まらないでにゃ! 今の魔法、一個ずつしか解除できないと見たにゃ!』


 ダメージを負っていても意識は失っていない。

 サリエラはすぐさまヴォイドの性質を見極めてヴィヴィアンに情報を伝え、動くように言う。

 ヴィヴィアンもすぐに気を取り直しインストールから弾かれた二体を含め、マサクル追撃のために呼び出していた召喚獣をこの場に集結させる。

 彼女だけではない、ラビもサリエラも全員が理解していた。


 


 全ての元凶はマサクルヘパイストス、それは間違いない。

 だがドクター・フーエキドナも同様の、あるいはそれ以上の『邪悪』な存在だと感じられる。

 計画を主導したのはマサクルだが、ドクター・フーこそが『黒幕』なのではないか……根拠はないがそう思えて来てしまうのだ。

 今マサクルを見捨てるようなタイミングで現れたことから考えても、マサクルよりも更に広い視点で全てを見ている――それが根拠と言えば根拠かもしれないが、確定ではない。


「来なさい、《ヘカトンケイル》!」

「ほう……」


 インストールは消されたがサモンは継続している。

 そして今いる場所はマサクルを発見した物置とは異なる広い空間だ、《ヘカトンケイル》も《イガリマ》《シュルシャガナ》を振るうことも出来る。

 改めてヴォイドを使ってサモンを消してくるかもしれないが……。


 ――一度の魔法で全ての召喚獣を消すことは出来ないはず!


 ヴィヴィアンはそう考えた。

 実際、ヴィヴィアンたちは知ることではないがヴォイドは『指定の魔法を消す』ではなく『範囲内の特定魔法を消す』である。ヴォイドの効果範囲のサモンは纏めて消せるかもしれないが、範囲外に待機する召喚獣までは纏めて消すことはできないのだ。

 だから《ヘカトンケイル》が消されても構わない、とヴィヴィアンは思う。

 《サラマンダー》や《フェニックス》などの遠距離攻撃可能な召喚獣の攻撃は届くだろう、そう考えドクター・フーへと総攻撃を仕掛ける。

 あるいは召喚獣を消されても、サリエラを助けるきっかけになれば――と思ったのだが、


「ふむ、数が少々多いな」

「くっ……!? 面妖な……!」


 《イガリマ》《シュルシャガナ》はドクター・フーの手前で見えない壁に阻まれたように止められ、遠距離からの攻撃も同様に不自然に軌道が曲げられて命中しない。

 魔法を使った形跡はない。となれば――


”……くっ、ギフトか!? ああ、もう能力がわからないって不便だなぁ……!”


 そう結論付けるしかない。ラビが愚痴る通り、どのような効果なのかすらわからないが……。

 以前の戦い後、ありすと千夏は『重力変化』がドクター・フーの能力なのではないか、と推測していたがそうではないと今ラビたちは思い始めている。

 《イガリマ》らの攻撃を防ぐのはそれで説明がつく。

 だが他の攻撃――特に《サラマンダー》のようなレーザー――はそれでは説明出来ない……ような気がしている。


「どうやら外からの援軍が近づいているようだな」

『”! ジュリエッタたちが来てくれたか!”』

『では、あと少し辛抱すれば……!』


 希望が見えてきた……かもしれない、と表情には出さずヴィヴィアンたちは言葉を交わし合う。

 ジュリエッタとオルゴールの二人が神殿へと近づいてきているようだ。

 果たして二人が合流したところでドクター・フーと戦えるかはわからないが、少なくとも戦える人数が増えればヴォイドの脅威は大分下がる。

 二人が来るまで持ち堪えれば――そう思うヴィヴィアンとラビであったが、その考えが甘かったことにすぐに気付かされる。


「――え……」


 目の前にいたはずのドクター・フーの姿が一瞬で消え――


「切り裂け、《ギャラルホルン》」


 瞬間移動したとしか思えない速度でヴィヴィアンの目の前に現れると、一刀の元に《ヘカトンケイル》を切り裂いたのだった……。

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