第8章67話 Extermination -2-
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「う、うぅ……」
――だ、ダメだ……ボクじゃ勝てない……!!
クロエラはそう確信してしまう。
既に身体はあちこち斬られ、殴られ、投げつけられボロボロの状態だ。
対してジュウベェの方はというと……。
「あらあら~? もう終わりですかぁ~?」
にこやかな笑みを全く崩すことなく、膝をつくクロエラのことを余裕の態度で待ち構えている。
その手には剣すら握られていない。
途中から霊装を鞘に納め、素手でクロエラを相手にしていたのだ。
――く、くそっ……!?
そのことをクロエラは思い知らされていた。
唯一勝っているのはスピードだが、それすらもジュウベェに通用しない。
素早く動いて死角を狙ったつもりでも、ジュウベェは的確に対応、回避あるいは反撃を行ってくる。
それも霊装も魔法も使わずにだ。
多少ステータスが上回っていたところで物ともしない、完全に『技術』で上回られている――
「……ふぅー……どうやら、
「なっ……!?」
ジュウベェは反撃こそすれど、追撃は仕掛けてこない。
距離を取ろうとするクロエラを追いかけることもせずに、ただじっと待ち構えているだけであった。
……あるいは待ち構えているのではなく、様子を見ている、だけなのかもしれない――とはクロエラも薄々感じてはいた。
遊ばれている、と言えなくもない状態だ。
ただ、ジュウベェから感じられるのは、以前のような『見下し』ではなく何か別のものではある。
そんなジュウベェが小さくため息を吐く。
「これ以上は無駄ですわぁ。あたくし、
「な、なにを……!?」
――クロエラは気付いた。
ジュウベェには『戦意』というものが全くない。
それがジュウベェに感じる違和感の正体だったのだ。
「マサクルのやることに興味はありません。一応、『義理』で邪魔者の足止めはさせてもらっていますが……貴女のような戦士でない者を斬るつもりはございませんわぁ」
――こいつ、本当にジュウベェなの……?
別のところがクロエラには気にかかる。
彼女の知るジュウベェは、言葉遣いだけは慇懃ではあるがもっと攻撃的で凶暴な性格だった。
しかし以前のような粗暴な感じは全くしない。
『斬るつもりはない』というのも、嘘ではないと感じられるのだ。
「貴女の得物も斬りましたし、もう放っておいても問題ないでしょう。行ってよろしいですよ」
「ば、馬鹿にするなっ!!」
ジュウベェがそう言っていることを理解したクロエラの頭が沸騰する。
「ディスマントル《ブレード》!」
《ブレード》を手にジュウベェへと斬りかかる。
頭に血が上ったためもあるが、フェイントもなく死角を突くでもなく真正面からの突撃――クロエラのスピードであれば通常は対応できない程の速さのはずだ。
しかし、ジュウベェは剣を抜くこともなくクロエラの腕を取り、
「ぐあっ!!」
クロエラ自身の勢いを利用して地面へと投げつけ叩きつける。
受け身すら取れずクロエラは背中から叩きつけられ苦しそうに息を吐き出す。
しかも、受け身の取れないクロエラのために、直前で勢いを殺し後頭部をぶつけないように気遣ったくらいだ。
「あら、あらあら~……大丈夫ですかぁ?」
「うぐぐ……」
唯一の強みであるスピードすら通用しない。
フルフェイスのヘルメットの奥で、じわりと目に涙が浮かぶ。
背中を打った痛みだけ、ではないことは自分でもわかっている。
「う、うぅっ……」
「……あらあら」
自分が泣いている、と気付いたら涙が止まらくなった。
戦闘中にも関わらず肩を震わせて泣き出してしまう。
流石にクロエラの様子に気付いたジュウベェは苦笑いを浮かべる。
……やはり以前のジュウベェとは違う、と泣きながらもクロエラはぼんやりと思う。
クロエラの知るジュウベェならば、ここで困ったような苦笑など浮かべない。浮かべるのは嘲笑だったはずだ。
ジュウベェは掴んだままのクロエラの腕を引っ張り上げて立ち上がらせる。
「困りましたわねぇ~……虐めるつもりはないのですけれど……」
立ち上がったクロエラに攻撃を仕掛けるでもなく、本当に『あらあら困ったわねぇ』と言わんばかりに頬に手を当てて苦笑している。
クロエラは泣くだけで逃げることも立ち向かうことも出来ない。
このままではいけない――それはわかっているが、身体が全く動かない。
「…………仕方ないですねぇ~。戦士でなければ斬りたくないですし……」
やれやれ、とため息を吐くとジュウベェはクロエラから離れ近くの壁にもたれかかる。
離れた位置からクロエラを監視するというわけでもない。本当にクロエラを無視して休憩しているようにしか見えない――事実そうなのだろう、とクロエラは理解していた。
――情けない……。
わかっていても、やはりクロエラは動けない。
それに『戦士でなければ斬らない』という発言の意味――それも理解している。
つまり、ジュウベェはクロエラのことを戦士ではない、イコール『敵とみなしていない』ということなのだ。
敵ではないから斬らない。クロエラが向かって行っても、子供がじゃれついてきている程度にしか感じていないのだろう。
徹頭徹尾、『敵ではない』と扱われている……それを理解し、かつ理解した上で何も出来ない自分を『情けない』と思っている。なのに、何もすることが出来ない――
であればこのままここで無力感と情けなさに苛まれながらも突っ立っているだけで、足止めはできるのではないか……そんなことをクロエラは考えてしまう。
そんなクロエラの考えがわかっているのかどうなのか、ジュウベェは沈黙したままだ。
「ふむ……やはり
どの程度の時間が経ったのか、沈黙する二人とは別の声が聴こえてきた。
「の、ノワールさん……」
「あら……?」
現れたのはノワールであった。
大ミミズを倒した後に各地の様子を『結晶』を通じて探知した結果、一番危ういと感じたのがクロエラのところであったため駆けつけてきたのだ。
クロエラは気まずそうに顔を伏せ、ジュウベェは愉しそうに笑みを浮かべノワールへと向き直る。
二人の様子を見てノワールは何かを納得したのか一人頷くと、ジュウベェと対峙する。
「あら、あらあら~? ……嬉しいですねぇ……『戦士』と出会えるとは」
「ふむ、戦士か……」
ジュウベェは腰に佩いた霊装に手を掛け、完全にノワールと戦う姿勢を見せている。
ノワールはジュウベェ、そしてクロエラへと視線を移し――
「……ここは我が請け負おう。クロエラよ、其方は他になすべきことをなすが良い」
「で、でも……」
ここに残っていても何もできない、それはクロエラ自身がわかっていることだ。
それをノワールにも見抜かれている――ということも感じている。
「今一番重要なことは、其方が彼奴と戦うことではなかろう。其方にはアストラエアの遣いより託された役目があろう?」
「…………わかった……」
二人で戦えばジュウベェにも勝てるかもしれない、ということは口に出そうとしたがついに口に出なかった。
自分が加わったところで足手まといにしかならない――それを十分理解した上で、クロエラは頷く。
実際、妖蟲を退治するという役目は重要だ。ピースと遭遇したら可能な限り足止めするというオーダーもあったが、そのピースとの戦いをノワールが引き受けてくれるというのであれば問題ないだろう。
たとえ
「えぇ……えぇえぇ、どうぞ。あたくし、戦士以外は斬りませんので」
「くっ……」
逃げても追わない、ジュウベェはそう言っているのだ。
先程までと同じく――それ以上に明確に、『クロエラを敵とみなしていない』と言っているのと同義だ。
反発したい思いもあるが、クロエラは飲み込み……ノワールの言う通りその場から走り去っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふふ……
「ふむ? 其方程ではあるまいよ。
それに――人は成長するもの……特にあの年頃の子供はな」
「くす……えぇえぇ、楽しみではありますねぇ」
クロエラが去った後、二人は本格的に向き合う。
だが、すぐさま戦うわけではなくまるで世間話をするかのように言葉を交わし合う。
「『戦士以外は斬らぬ』、か……民間人を襲わぬというのは敵ながら見事とは言えるが……与する組織が組織じゃからなぁ」
「あら、それを言われると痛いですねぇ」
ノワールの言う通りいくら民間人を襲わないと言っても、そもそも『エル・アストラエア』を襲撃している
とはいえ、ピースとなったジュウベェがアビサル・レギオンの方針に逆らえないという理屈もノワールはわかっている。
……ジュウベェのことを知るラビたちが知れば、アビサル・レギオンなど無視して好き勝手にしそうだと思うであろうが、そこまではノワールにはわからない。
「まぁあたくしも思うところがないわけではないですが、これも
「仕事か。襲われている方は溜まったものではないな」
「くすくす……えぇえぇ、申し訳なく思いますわぁ。
――さて、あの子はもう離れたことですし、あたくしたちもそろそろ始めましょうかぁ」
「良かろう」
元より世間話をするような仲ではない。
ジュウベェの足止めだけを考えるのであればこのまま話していても良いのだが、とノワールは心の中で思う。
彼女は死して尚侵略者と戦った『護国の鬼』――世界の護り手たる『
敵を目の前にして『時間稼ぎ』など消極的な考えはもたない。
「……得物はなくてよろしいので?」
「気にする必要はない」
「では遠慮なく」
ジュウベェが霊装を抜き放ち構える。
対するノワールは特に手に武器を持たず、半身を傾けた徒手空拳の構えを取る。
リオナとは異なりジュウベェはノワールのことを『無力な地元民』とは見ていない。
本人の言葉通り、『戦士』として見なしているのだろう、構えには一切の隙を見せない。
「……其方には稽古は不要のようだな」
「えぇえぇ、当然ですとも。あたくし、これでも剣には自信ありましてよ?」
「のようだ。
――《リウゥル・ゴゥ・ディバン》」
ノワールの魔法が発動と同時に、彼女の両腕が黒い硬質の結晶に覆われる。
本来の姿である『竜体』でなくとも、ノワールはピースとも互角以上に戦うことが出来る。
強化された両腕を見てジュウベェは自分の『目』が正しかったことを確信し、口元を綻ばせる。
その態度もまた、ラビたちが知るジュウベェとはまるで異なる様子であった。
「ではでは――行きますわぁ!」
「来るが良い、侵略者よ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ノワールにジュウベェを任せ、その場を走り去ったクロエラ。
しばらくしたところで霊装の修復が完了し、再び以前と同じ効率で妖蟲を退治することが出来るようにはなったが……。
「……くそっ……ボクは一体何をしてるんだ……!」
メットの中のクロエラの表情は悔しそうに歪んでいた。
元々の役割である妖蟲退治のため『
――……こんなはずじゃなかったのに……!
悔しさと自分への怒りと恥ずかしさと、それに再会してしまったジュウベェへの怖れとが入り混じり、自分の感情すらわからなくなってしまっている。
――何を勘違いしてたんだ、ボクは……。
――ボクは……
ジュウベェという強敵をアリスと共に倒した――ほぼサポートに終始してはいたが――というのは、ある程度クロエラの自信となっていた。
ラビのユニットとなり、以前なら到底敵うことのなかった高レベルのモンスターも楽に倒せるようになっていた。
今回の戦いにしても魔眼種にしろアビサル・レギオンにしろラグナ・ジン・バランにしろ、この仲間たちと共に戦うのであればどうにかなる――そんな思いがあった。
強敵に勝てる――でもそれはクロエラの強さのためではない、仲間が強いからだ。
「くそっ、くそっ……!」
アリスのような闘争心も戦闘センスはない。
ヴィヴィアンのような手数も戦局を見渡す観察眼はない。
ジュリエッタのような格闘能力はない。
ガブリエラのような全てを薙ぎ払うような強靭な能力はないし、ウリエラ・サリエラのようなサポート特化能力も頭脳もない。
クロエラにあるのは『速さ』だけだ。
だが、その速さですらジュウベェには通用しなかった。
「強く……なりたい……」
涙で掠れた声で、クロエラは弱々しく呟くだけであった。
しかし、どうすれば『強くなれる』のかがクロエラにはわからない。
そして『強くなる』ための時間もない。
強さが必要なのは『今』なのだ。
無力感と敗北感に打ちのめされ、クロエラは出口の見えない闇の中を一人走り続けるしかないのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ああ、面白いなぁ」
いずことも知れぬ異空間――そこに一人佇むエキドナは嗤う。
彼女の前にはどのような魔法か、幾つものディスプレイのようなものが浮かび上がりエル・アストラエアの各地の様子が映しだされている。
「くくっ、パトロン殿も苦戦しているようだな」
そのうちの一つ、神殿内を映したものを見て今度は苦笑いを浮かべる。
そこにはマサクルが一人で神殿を彷徨い『バランの鍵』を探している様子が映しだされていた。
別のディスプレイではヴィヴィアンらがルシオラたちを下し、マサクルがまだ神殿内にいると気付いたようだ。
彼を守るピースは近くにはいない。街にいるピースはほとんどが撃破され、残っているのはジュウベェだけだが彼女は今ノワールと戦っている――それにジュウベェはクリアドーラとは違う意味で
もっとも、仮にジュウベェが素直に命令を聞くとしても、エキドナは
「さて――頃合いか」
また別のディスプレイを見てそう呟く。
そこには『ある場所』に向かって移動をし続けるルールームゥの《アガレス-2》が映っている。
今や誰にも捕捉されず、邪魔されることもなく目的地へと向かうルールームゥだが、エキドナの予想ではそう遠くないうちに到着すると思える。
「ふむ……パトロン殿の『計画』にはないが――くくっ、
『
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