第8章66話 Extermination -1-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「じゃ、あんたを倒す前に少しだけ答え合わせしておくかにゃー」

「……!!」


 黒装束に黒マント、黒フード、そして顔には髑髏どくろを模した仮面を被った小柄な少女――シノブがサリエラと対峙している。

 場所は『F空間』――通常空間と全く同じ、かつ通常空間の様子もはっきりとわかるが、お互いに触れることのできない不思議な『異空間』……。

 ただし、『F空間』からは通常空間の様子は見える。

 通常空間にいるヴィヴィアンたちの様子を見て、サリエラは『なるほどにゃー』と一人納得する。


「こっちからあっちは見える、けどあっちからこっちは見えない……そしてヴィヴィにゃんたちの様子からして――ちょっと信じがたいけど、あたちたちのこと自体も忘れてるっぽいにゃー」


 ラビとヴィヴィアンは遠隔通話で話し合っているためその内容まではわからないが、『今まで自分は何やってたんだ?』と表情が物語っている。


「『フェードイン』って魔法かー、察するにこの謎空間から出て行くには『フェードアウト』って魔法かにゃ?」

「……!!」


 ビクリ、と一瞬身を竦ませたシノブの態度が、それが正解だと雄弁に語っていた。




 シノブ――アビサル・レギオンのピースの一人である彼女の持つ能力は、『暗殺特化』という言葉で表せる。

 その能力はサリエラが想像した通りだ。


 フェードインは現在彼女たちがいる『異空間』へと入り込む魔法。

 フェードアウトは逆に『異空間』から元の空間へと戻る魔法。

 そしてこの『異空間』――『F空間』にいる間は外にいるものは認識できないし、また存在そのものも認識出来なくなる。簡単に言えばF空間内にいる間は『存在を忘れられる』ということだ。


「にゃるほど、この魔法を使ってピッピを刺してから姿を消した――だからあたちたち誰もピッピが刺された瞬間を覚えていないってわけにゃー。

 あ、それだけじゃなくって……もしかしてピッピに対してギフトも使ってるかにゃ? 多分――『傷が治らなくなる』とかかにゃ?」

「……ッ!?」

「お、正解かにゃ?」


 もう一つ、シノブの持つ暗殺特化能力――それが彼女のギフト【刺殺者スタッバー】だ。

 これもまたサリエラの推測がほぼ当たっている。

 ギフト使用後の攻撃で付けた傷はあらゆる回復能力を受け付けなくなる、というものである。ただし、一度傷をつけたら死ぬまで癒えないという破格の効果故に制限はある。一度のクエストで一回しか使えないというものだ。

 だから先程不意打ちで刺されたヴィヴィアンの傷は治すことは可能だ。


「気づいたきっかけは――って、これ以上のんびり話している時間もないかにゃ。他に能力があるなら早めに使っておくことをオススメしておくにゃー」

「……」


 無言でナイフを構えるシノブ。

 それを見てサリエラもドリル槍を構える。

 サリエラの言う通り、こうしている間にもピッピの命は失われようとしているのだ。

 【刺殺者】の効果が果たして永続なのかどうかにもよるが、シノブを倒せば解除されるかもしれない――その希望に縋るしかない。

 他に能力があるなら……と挑発したものの、おそらくはないだろうとサリエラは予想している。

 フェードイン・フェードアウトによる完全なる隠密能力、そして【刺殺者】による確殺能力――こういう『特化』能力者は他に汎用的な能力を持っていないことが多い。サリエラ自身がそうだからよくわかる。


「んじゃ――」


 サリエラが笑みを引っ込め、すうっと目を細めてシノブを睨みつける。

 その瞬間、シノブは得体の知れない悪寒を感じ、知らず一歩後ずさってしまう。


 ――こんな、頭脳はともかく肉体的には貧弱極まりないユニットから、どうしてこんなプレッシャーを感じる……!?


 シノブは知らない。

 見た目からは想像できないほど、サリエラの戦闘力は非常に高い。それは主にユニットの性能ではなく、中身によるものであるが。

 そして――


「さっさと片づけるにゃー」


 ラビたちも、そしておそらくは双子の姉ウリエラも知らない。




 適当で自堕落で本気を出さない、いつも能天気に笑っているように見えるサリエラだが――『本気』を出したその時、普段の様子からは想像も出来ない苛烈な性格へと変わるということを……。




*  *  *  *  *




 私たち――正確にはヴィヴィアンがやろうとしている作戦は、非常に単純だ。

 ……この作戦を思いついたのが一体誰だったのかが全くのが気にかかるが、作戦の内容からしてルシオラの幻覚能力を打ち破るには、現状『これ』しか手が無いように私も思える。


「サモン《イガリマ》、サモン《シュルシャガナ》!」


 ヴィヴィアンが新たに二つの召喚獣を呼び出す。

 それらは人間が扱うにはあまりにも巨大な――『鎌』と『鋸』であった。

 呼び出した召喚獣イガリマとシュルシャガナを、《ヘカトンケイル》の両腕がそれぞれ持ち上げる。




 ヴィヴィアンの召喚獣には一つの制約がある。

 それは『召喚獣同士は接触することが出来ない』というものだ。

 だから《ヘカトンケイル》が《イガリマ》《シュルシャガナ》を手に取るということは本来は不可能なはずだった。

 しかし、その問題をヴィヴィアンは発想の転換で解決させた。


 召喚獣同士が触れ合えないのであれば、の召喚獣を作ればいい。


 もちろん召喚獣の基本ルールを改変することになるため魔力消費は大きく上がってしまうし、かといって魔力消費を下げるために固有の能力を削ってしまっては意味がないだろう。

 そこをヴィヴィアンは『固有能力の有無には関係ない召喚獣』として作ることで解決させた。

 他の召喚獣に触れる能力を持つのは、《ヘカトンケイル》の方だ。

 ただし、触れられる箇所を制限することで《ヘカトンケイル》自体の性能を落とさないような工夫をしている。

 両手、それと体の各所に設けられた兵装支持架ハードポイントだけに限られている。

 こうすることで《ヘカトンケイル》自体のパワーを維持したまま、状況に応じて外部兵装として他の武装型召喚獣を『装備』できるようになるというわけだ。

 そして《イガリマ》《シュルシャガナ》は武装型召喚獣の中でも、最初から《ヘカトンケイル》に装備させる前提で作り出した巨大な、超重量の武器である。

 ちょっとやそっとでは壊れることのない超硬度、そして大きさに見合った超重量の二本の武器を、《ヘカトンケイル》が全力で振るえばどうなるか――


「さぁ――殿、《ヘカトンケイル》!!」

「な、なんですとぉっ!?」


 《ヘカトンケイル》の振り下ろす二振りの武器の狙いはルシオラではない。

 彼女たちが立つ、殿である。

 叩きつけた《イガリマ》らを中心に、床に蜘蛛の巣状のヒビが入り――


「落ちなさい!」


 二発目で床が完全に崩壊――ルシオラ諸共、ヴィヴィアンは下の階へと落ちて行った……。




 ――これで一つはっきりしたことがある。

 それは、ルシオラの幻覚は『夢』とかではないということだ。

 どういうことかというと、例えば何らかの魔法を私たちが気付かないうちに掛けていて、私たちは眠っているような状態に陥っている――その眠りの中で、ルシオラは幻覚を見せているのではないかということだ。

 これだとルシオラ本体が同じ夢の中にいない限り、私たちはルシオラを倒すどころか夢の中からの脱出も難しくなってくる。『夢』だと疑っても抜け出すことが出来ないのだから。

 でも、きっとそうではないのだろうとは思っていた。

 理由は簡単で、ためだ。

 夢というのは想像力も影響するだろうけども、要するに『記憶』を元にしたものである。

 だったら、夢を操っているルシオラはヴィヴィアンの記憶もある程度は把握できるのが普通なんじゃないだろうか。そうであれば、同一召喚獣を同時に呼ぶことが出来ない、なんていう基本ルールを見逃すことはないと思えるしね。それに見たことのない召喚獣を呼び出すことだって出来たはずだが、実際にはヴィヴィアンが使ったものしか呼べていなかった。


 そして今の床破壊だ。

 これが夢ならば、床は壊せないかあるいは壊した先には本当の神殿の下の階とは異なるフロアが広がっているんじゃないかと思う。

 でも私から見ても下の階は記憶にある通り――神殿入口の大広間になっているようだ。


 ……この作戦を立てた人、どこまで見抜いていたんだろう……?

 全てが後追いで『こういうことだったんだ』と私はようやくわかったくらいだけど、作戦を立てた時点でほぼ全て――ルシオラの能力について見抜いていたとしか思えない。

 、その答えもわかっていたのだろう。

 そのきっかけは――おそらくはピッピの件なんだと思う。

 ルシオラの幻覚が『幻のダメージ』を与えるとは言え、だったらピッピはなぜ今も動けないほどのダメージを受けているのか?

 答えは簡単、ピッピの受けた傷は幻覚ではなく本物だから。

 だから少なくとも実体を持つ『誰か』は確実にこの場にいるはずだ。

 ……ピッピを刺した後に『夢』の中に閉じ込める、という可能性はゼロではないけど低いとは思う。私の後ろで《ヒュドラ》に包まれているピッピそのものが幻覚でなければ、とっくにピッピはとどめを刺されているはずだ。


”……いや、もしかして……ヴィヴィアンのおかげなのか……?”


 ふと思ったけど、ピッピが刺された次の瞬間、ヴィヴィアンはすぐさま《ヒュドラ》を呼び出して誰にも手出しできないようにしていた。

 そのせいでピッピにとどめを刺すことが出来ず、やむを得ずにピッピごと幻覚に巻き込んだ――のかもしれない。

 ともあれ、刺されたピッピもいるということで、は『夢ではなく現実で幻覚を見せている』のだと判断したのだろう。

 そして――


『”ヴィヴィアン、大丈夫!?”』

『はい、問題ありません。このままを倒します』


 下の階に落ちたヴィヴィアンは私の問いにそう返して来る。

 ――『ルシオラの本体』、つまり私たちが今まで見ていたルシオラではなく、本物のルシオラがそこにいる。

 これも今までの不自然な流れからの推測だった。

 ピッピを刺した『実体ある誰か』が存在し――それをルシオラだと仮定する――かつルシオラが不自然な不死身っぷりを見せつけて来ていた。

 このことから推測できるのは、『見えているルシオラ自身が幻覚』だということ、そしてどこか別の場所にルシオラ本体がいる、である。

 ……この神殿、かなり大きいがそう複雑な作りではない。

 一階部分は祭祀の場となる大広間と裏方――そして二階へと続く通路があり、二階は私たちがいた食堂兼広間と居住スペースがあるくらいだ。三階は物置となっていて隠れるスペース自体はあるもののそこまで広くはない。

 ルシオラ本体の隠れ場所の候補はそう多くはないのだ。

 私たちをまとめて魔法の射程範囲に広め、また自分自身を安全な場所における位置――となると、可能性は二か所。

 戦闘のフィールドとなる二階広間ではなく、その上か下……そして上については侵入経路がない――二階から上がる以外は屋根を吹き飛ばすしかない――ため必然下となる。

 事前に神殿の構造を調べておいて正解だった。これも中学生組が『いざという時に備えて』で調べてくれていたものだ。


 後は、ヴィヴィアンがルシオラ本体を倒せれば――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 が、おおよそ成功したとヴィヴィアンは確信していた。

 一階へと落下しながら周囲を見渡し――


 ――いましたね。


 一階大広間を支える柱、その一本の陰に人影が見えた。

 二階から落としたルシオラの姿は変わらず目の前にいる。ピッピ以外の神殿の住人は一足先に避難させていて他に誰にもいないはず。

 となると、隠れている人物こそがルシオラ本体である……そう考えられる。


「サモン《ヴォジャノーイ》!」


 着地するよりも早くヴィヴィアンは即時動く。

 空中で《ヴォジャノーイ》を呼び出すと柱へと向かって砲撃をさせる。


「むおっ!?」


 崩れ落ちる天井に気を取られていたルシオラの反応が遅れ、《ヴォジャノーイ》の吐き出す粘液に絡めとられる。

 火炎巨人ムスッペルの炎を消火するだけでなく延焼を止めるほどの粘着力を持つ液体はルシオラを柱に縛り付ける。

 幻覚能力に特化しているルシオラは、肉体的な強度は大したことはない。それに幻覚魔法は粘液をどうにかする力はない。


「くっ……!? イリュージョン!」


 《ヘカトンケイル》に乗ったヴィヴィアンは動けないルシオラへと容赦なく追撃を仕掛けようとしてくる。

 自力で逃げられないルシオラは魔法で抵抗する。

 幻惑魔法イリュージョン――これこそがルシオラの真の魔法、『幻覚』を作り出す魔法だ。

 これに加えてギフト【詐欺者フローダー】がある。こちらは『嘘を信じやすくする』という精神攻撃を補強する効果である。

 ギフトによって現実と区別がつかないほどリアルな幻覚を生み出して相手を惑わす――それがルシオラの能力なのだ。

 ヴィヴィアンに向けて巨大な怪物の幻覚を見せる。

 ギフトの効果により幻覚だとわかっていてもそうとは思えないほど、真に迫った怪物がヴィヴィアンへと襲い掛かる。

 百の頭を持つ怪物が噛みつき、《ヘカトンケイル》ごと噛み千切ろうとするが――


「くだらない!」

「ば、バカなっ!?」


 だが、それもヴィヴィアンに限っては全く通用しない。

 本来ならば【詐欺者】の効果で、幻覚に噛まれたら『幻のダメージ』を受けるのだが、全身を噛まれようが頭を噛み千切られようが、ヴィヴィアンは全く動じることはない。

 ……もしヴィヴィアン以外がルシオラと戦ったとしたら、即死はしないまでも幻覚に翻弄される一方になったであろう。

 幻覚でも止まらず、《ヘカトンケイル》が振り回す《イガリマ》《シュルシャガナ》がルシオラの貼り付けられた柱へと叩きつけられ、あっさりとへし折る。


「く、こ……こんな……ッ!?」


 本人もダメージは負ったが柱が壊れたことで脱出は出来た。

 その場から何とか逃走をはかろうとしたルシオラであったが……。


「フェ、フェードアウト!」

「【贋作者カウンターフェイター】フェードアウトにゃー」

「!? サリエラ様!?」


 突如ルシオラとの間に二つの人影が現れる。

 一人は見たことのない黒装束――シノブ、もう一人はサリエラだ。

 サリエラたちが姿を現した瞬間、ヴィヴィアンの記憶が元に戻り全てを理解する。


「……記憶ごと消える魔法、ですか!」

「そんな感じにゃー。ヴィヴィにゃん、とどめを!」

「ええ!」


 突然の事態に記憶は多少混乱しているが、それでもヴィヴィアンは己のやるべきことを見失わない。

 ルシオラには既に一撃加えており、現れたシノブも今までサリエラに翻弄されていたのだろう既にボロボロの状態だ。

 この機を逃すことは出来ない――ここで二人に逃げられてしまったら、また不意打ちを警戒しなければならなくなってしまう。


「に、逃げますぞ!」

「……!!」


 ヴィヴィアンに幻覚は通用しない。

 そしてシノブの『別空間』への逃走はシノブ自身につか使えないし、仮に使ったとしたらまたサリエラに逃げ場のない『異空間』で追い詰められるだけだ。

 二人は背を向けてなりふり構わず走って逃げようとするが――


「逃がしません!」


 《ヘカトンケイル》だけならば、まだ走って逃げ切れることはできたかもしれない。

 しかし、ヴィヴィアンは呼び出しておいた《ヴォジャノーイ》にわざと触れ、召喚獣の反発を利用した変則的なダッシュで一気に距離を詰めると容赦なく《イガリマ》《シュルシャガナ》を逃げる二人へと全力で振り下ろす。


「ま、待っ――!?」

「……ッ!?」




 ――『幻覚』と『暗殺』、真っ向からの戦闘に適した能力を持たない二人には回避も防御もする術はなく、二振りの巨刃は無慈悲に彼女たちの命を刈り取っていったのだった……。




*  *  *  *  *




 よし! ルシオラ、それともう一人いたピースも無事に倒せたみたいだ。

 ……どうやら異空間に隠れると記憶からも消える、という割ととんでもない能力の持ち主がいたみたいだ。

 そのことにサリエラは気付いて、そいつをどうにかするためにあんな作戦を指示したっていうことか……。


 詳細は後でサリエラ本人に確認しないとわからないけど、おそらくこういうことだろう。

 まず、ピッピが刺されたこと自体は幻覚ではない――このことから、『もう一人いるはず』ということに気が付いた。でもそいつの正体がわからないし、本当にいるのかどうかもわからない。

 だからサリエラはまずはヴィヴィアンにルシオラを追い詰めるように――表向きは『幻覚を破る』ために暴れてもらい『囮』にしたというわけだ。

 ……まぁ物申したい気持ちはないわけではないけど、正直そこまでしないと『もう一人』を引きずり出すことは出来なかっただろう。何も対策を考えられなかった私が責める資格はない。

 サリエラの予想通り、ルシオラの幻覚を破りかけたヴィヴィアンを始末すべく、『もう一人』が姿を現し不意打ちを仕掛ける。

 もちろん予想していたのだからサリエラもすぐに対応できた。相手の魔法を【贋作者】で真似て、同じように異空間に移動していったというわけか。

 で、どう事態が動いてもルシオラだけは確実に倒せるように、事前にヴィヴィアンに第二の作戦――『この神殿を破壊してしまっても構わないから大暴れをして欲しい』を言っていたわけだ。


 ルシオラの幻覚の正体も、『安全な場所から魔法を使ってルシオラそのものの幻覚を見せる』というものだと見抜いていたのだろう。

 魔法の性質、そしてその性質を活かすためにはどうすればいいのか――自分の推測を元に相手の思考を読み切ったのだ。

 ……改めて考えるととんでもないよな……推測できること自体もスゴイけど、きっちりと当てているわけだし。

 これで更にサリエラと同スペックのウリエラがいるっていうんだから……もう本当に戦闘に関しては私が出る幕はないのかもしれない。


『”ヴィヴィアン、サリエラ。今こっちに呼び戻すよ!”』


 床が抜けているとは言っても、一階大広間の天井はかなり高い。デフォルトで空を飛べるサリエラはまだともかく、ヴィヴィアンは戻るのは難しいだろう――これだけのために召喚獣を呼び出すのも勿体ないしね。

 強制移動を使って二人を呼び戻す。


「ヴィヴィにゃん、ピッピは!?」

「はい、今 《ナイチンゲール》を召喚いたします!」

”そ、そうだった……!”


 いかん、本格的に私の頭が働いていないっぽい。

 《ヒュドラ》に守られているとはいえ、ピッピは刺されたままなのだ。早いところ治療してあげないと……!

 召喚された《ナイチンゲール》がピッピの胸の傷を治療しようとしているが……。


「……これは……!?」

「傷が治らないにゃ……」


 《ナイチンゲール》が胸の傷を縫合しても、すぐさま傷が開いてしまう……。

 そのたびに苦しそうにピッピが呻き、血を吐く……。

 これじゃ治すどころか余計に苦しめることになってしまう!


”……そういう効果の魔法か、あるいはギフトか……しかも本体を倒しても消えないなんて……”


 もう一人の名前のわからない暗殺者の方だろう。確実に倒したのはヴィヴィアンとサリエラがどちらも確認している。

 だというのにピッピの傷が治らないのは、そうとしか考えられない。

 ……まさしく暗殺者の『呪い』だ。厄介すぎる……!


「ぐっ……ラ、ビ……!」

”ピッピ!”


 苦しそうに喘ぎながら、ピッピは意識を取り戻し私へと視線を向ける。

 ……これはかなり拙い事態だ。

 『ピッピの命』がマサクルたちの目的な理由は――ピッピから話を聞く限り間違いない。その上、正直なところ『バランの鍵』を奪われるよりも『ピッピの命』を取られる方が格段に拙い事態になると思われる。

 妖蟲ヴァイスの襲撃を囮に直接ピッピを狙ってくるとは……しかもピース本体を倒したとしても消えない『呪い』で確実に命を取りに来るなんて……。


「マサクル……が、まだ、いるわ……」

”えっ!?”

「あいつ、幻じゃなかったにゃ!?」


 ルシオラの能力が幻覚だとわかった時点で、私たちの前に現れたあのマサクルも幻覚だと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。

 ……あ、そうか……!


”『バランの鍵』を狙ってるのか!”


 マサクルたちの狙いがわかった。

 ヤツは『ピッピの命』を狙いに来たのではない――同時に『バランの鍵』も奪おうとしてきたのだ。

 あの暗殺者でピッピを狙い、ルシオラの幻覚で私たちを封じ込める。そしてその間にマサクル本人が抜け出して『バランの鍵』を探そうとしている……ということだろう。

 ……しかも、『バランの鍵』が殿ことはどういうわけか理解はしているようだ。正確な場所はわかっていないようだけど。

 どうする……!? マサクルをここで放置する理由はない。

 しかしルシオラたち以外のピースを連れてきている可能性もありうる……ここに治療のために《ナイチンゲール》を残しておいたとして、その隙にピッピにとどめを刺されるなんてことがあっては意味がない。

 だけどヴィヴィアンを護衛に残してサリエラ一人……っていうのも不安がある。彼女が実は戦闘力が高いのはわかっているけど、それでももしクリアドーラのような強敵が来ているとしたら……。


「大、丈夫……神殿内に、マサクル以外、いない、わ……」


 私の不安を理解したピッピがそう言う。

 神殿内の様子は確かにわかるだろう――ルシオラたちがいなくなった以上、他にピッピの探知を誤魔化せる能力者がいない限りは大丈夫なはずだ。

 それに同じ系統の能力ってあんまり持っているユニットはいないし……。


「…………うーにゃん、ここはピッピを信じるにゃ!」

「そうですわね。念のため、再度 《ヒュドラ》で護衛を行います。わたくしたちはマサクルを!」

”――わかった!”


 勝負をする以上、どこかで危険な賭けに出ざるを得ない時はある。

 それがきっと今……なんだろう。

 逆にマサクルも今が勝負をかける時、と判断したからこそ自ら神殿に乗り込んできたのかもしれない。

 他のピースたちが神殿内におらず、また外にいるピースたちは皆が止めてくれている今が最大のチャンスと言える。

 私たちは神殿内に隠れて『バランの鍵』を探しているであろうマサクルを探し出すことを優先すると決めた……。


 ここでマサクルを倒せれば、それでほぼ全ての問題が解決するだろう――そう信じて……。

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