第8章63話 アニキラシオン 8. "破壊天使"ガブリエラ&"始天使"ウリエラvs"氷炎の魔女"フブキ(後編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 動きを凍らせる『氷』と、それを反転させた『炎』。

 二つの能力を持つフブキによって、ガブリエラとウリエラは二人とも炎に包まれてしまう。


 ――拙いみゃ……!


 普通の人間であれば体の数割が火傷した時点で致命傷となってしまう。

 ユニットに変身している状態であればそれは関係ないのだが、炎によるダメージを受け続けて体力が削られていく状態というのは非常に拙い。

 元々体力が低めのウリエラではあっという間に体力が危険域レッドゾーンに入ってしまうだろう。

 だがそれよりも拙いのは、


 ――りえら様がパニックになっちゃってるみゃ。


 この状況を打開しうるのは――ひいては最終的にフブキを倒せるだけの攻撃力を持っているのがガブリエラしかいないのに、そのガブリエラは全身火だるまになってパニックに陥ってしまっていることだ。

 もちろんこの状況で冷静になれ、という方が無理な話であることは承知の上だが……。


『りえら様! 落ち着くみゃ!』


 遠隔通話で呼びかけるも、ガブリエラはそれに応えることも出来ない。

 たとえ火だるまとなってもガブリエラであれば当分は持ち堪えることは出来るだろうが、それだけ長く苦痛を味わうことになってしまうだろう。

 そして、それよりも早い段階でウリエラは体力がゼロとなってしまう。


 ――……仕方ないみゃ、ちょっと危険みゃけど……やるしかないみゃ!


 苦痛を堪えウリエラは決意すると、転げまわるガブリエラへと飛び掛かって抱き着く。


「り、りえら様! よく聞くみゃ!」

「ウリュ!?」


 流石に自分に抱き着いてきたウリエラの声は届いたようだ。


 ――よし、ひとまず第一段階は突破できたみゃ……。


 まだ安心は出来ないが、ガブリエラに自分の声を届かせられたことに一安心はする。

 ガブリエラに飛びつこうとした瞬間に反運動魔法アンティを食らって凍らされたらその時点でほぼ詰みであったが、どうやらフブキは相手を火だるまにした時点で勝ったと思っているようで使ってはこなかった。

 ともあれ、反撃のチャンスはもうこの時を置いて他にない、とウリエラは確信している。


「リュニオン、使うみゃ!」

「で、でも……うぅ……」


 ウリエラの声を聞いて少しだけ落ち着いたガブリエラだったが、全身を襲う苦痛は止むことはない。

 それにリュニオンを使ったとしても、炎自体が消えるわけでもないしアンティで動きを封じられるのには変わりない。


「大丈夫みゃ! いつものじゃみゃくて、のリュニオン使うみゃ!」

「!? あ、あっち!?」




「むぅ? 何かやろうとしてますかぁ? むーん、それじゃアンティ! で、【反転者リバーサー】!」


 離れた位置から油断なく見張っていたフブキは、二人がくっついて何か話しているのはわかった――ただし、距離が離れていることと炎の爆ぜる音で声そのものは聞こえていない。

 とりあえず何が出来るとも思えないが、反撃の目を潰そうと更にアンティで凍らせてから【反転者】で炎の勢いを増させる。

 フブキの持つ能力のうち、氷に関係するものは『動きを止める』ことには長けているが『ダメージを与える』ことにはあまり向いていない。アンティにしろ、動きを止めるだけであってダメージは与えられないのだ――凍っている箇所が『冷たい』と感じることはあっても、人間のように凍傷になるということもないため。

 そこを補うギフトが【反転者】である。

 凍らせたら即時炎へと反転させてダメージを与える。

 もしそれでも動けるようなら、更にアンティで凍らせてからまた反転させる――【反転者】を使った時点で、先の炎自体も氷になり、また炎へとなる……と延々と氷と炎は広がり続けるのだ。

 更に言えば、【反転者】の対象となる氷と炎は、フブキの魔法で生み出したものに限らない。

 ――例えば辺り一帯が雪や氷で覆われた場所であれば【反転者】によって一転炎熱地獄に換えることが出来るし、逆に炎が噴き出す火山であれば氷結地獄と換えることが出来る。

 極限地帯であればあるほど実力を発揮できる魔法とギフト――そしてそうでないとしても天候操作魔法ウェザーリポートやアンティを『起点』として徐々にギフトの範囲を増やしていくことが出来る、それこそがフブキの能力の真髄なのである。


「……も、もうちょっと念のため離れておこうかな……?」


 一見すると勝ちが確定したかのような状況ではあるが、フブキは自身の安全をとって二人からもう少し距離を取ろうとする。

 フブキの厄介なところは、非常に『小心者』だという点だ。

 普通に考えれば欠点としか捉えられないが、彼女の能力と組み合わさった時にそれは利点へと変わる。

 相手を氷漬けにし、あるいは火だるまに出来たとしても決して――油断しない、ではなく安心しない、なのだ。

 ある意味で自分の能力を完全に把握しつくしていると言えよう。距離を取ってひたすらアンティとギフトを使い続けることこそが最善であると理解しているのだ。


「……ん?」


 こそこそと距離を取ろうとしたフブキが異変に気付く。

 炎に包まれもがいていた二人が、動きを止めたのだ。

 もがく体力が尽きた――であれば何の問題もないが、そうでない可能性もある。

 小心者のフブキは魔法を解除することなく、二人が消滅するまで様子を見ようとしていたが、


「リュニオン――《》!」

「んん!? え……っ!?」


 苦しそうな声音でガブリエラが魔法を使う。

 次の瞬間、二人が光に包まれ――


「なっ……合体!?」

「……みゃー……やっぱりリュニオンしても火は消えないかみゃー……ま、別にいいみゃー」


 そこに現れたのは、ウリエラをベースにリュニオンした姿であったのだ……。




 ガブリエラの切り札的な魔法である融合魔法リュニオンは、勘違いしやすいのだが一語で発動する魔法ではなくで発動する魔法である。

 二語『以上』というのは、いつも使うウリエラ・サリエラとの三身合体であれば『リュニオン《ウリエラ》《サリエラ》』というように合体の対象の指定を指している。

 今ガブリエラが使ったリュニオンは、二語目に《ウリエラ》ではなく《ガブリエラ》を指定した。

 それが何を意味するか?


「【詠唱者シンガー】起動みゃー」


 今フブキの前に立っているのは、ウリエラをベースにガブリエラがリュニオンした姿なのである。

 いつもの天使人形のような姿の面影はなく、ジュリエッタくらいの幼稚園児くらいの大きさにまで成長した姿だ。

 ウリエラがギフトを起動――彼女の右肩の上に、ガブリエラをデフォルメした『詠う者シンガー』が出現する。


 ――リュニオンはあくまでも融合魔法であり、必ずしも魔法なのだ。

 だから、二語目に《ガブリエラ》と指定すれば、ガブリエラウリエラに融合することも出来る。

 尤も、これを使うケースはあまりないのではあるが――ウリエラ、あるいはサリエラをベースにしてしまうと基本ステータスが低くかつ体格も小柄な方が元となるので、ガブリエラ分を上乗せしても大した強化にならないためだ。

 しかしこの場ではガブリエラではなくウリエラをベースとする方に意味がある、ウリエラはそう考えてガブリエラにリュニオンさせたのだ。


 ――《ほいじゃ、りえら様、『ゲート』を使って欲しいみゃー》

 ――《わかりました! あ、水か火の『門』が出るまでってことですよね?》

 ――《違うみゃー》

 ――《?? 違うんですか?》

 ――《出して欲しいのは――》


 内部で二人は話ながらも、ウリエラは行動を開始する。


「【消去者イレイザー】みゃ」

「うっ……!?」


 自分を包む炎を消去し、ウリエラはアンティで凍らされないようにゆっくりとフブキへと近づいていく。

 速く動きさえしなければアンティは効果がない。

 ウェザーリポートによって強制的に氷を周囲に作られる可能性はあるが、それは【消去者】で対応――あるいは無視してしまえばいい。

 このタイミングでリュニオンを使ったもう一つの理由がここにある。


 ――……たとえ炎に包まれても、りえら様に我慢はさせられないみゃー。


 いくら桁外れの頑丈さを持っているとは言え、ガブリエラ幼い妹に炎を我慢させるなど姉として許容できない。

 どちらにしても炎を回避できないのであれば我慢するのは自分の方である、とウリエラは考えていた。そして実際にガブリエラのステータスを上乗せさえすれば、体力の低下はある程度は無視して耐えることが可能となる。

 それともう一つ、リュニオンで融合することにより【消去者】の対象を一人に絞ることが出来る、という理由もある。


《ゲート》


 ウリエラの指示通り、ガブリエラの『詠う者』が開門魔法ゲートを使用し『門』を呼び出す。

 現れたのは、赤い門――『火属性の門』だった。


 ――《うーん、火だったら大丈夫だと思うんですが……》

 ――《半分は正解みゃけど、もう半分がダメみゃー》


《ゲート》


 ゲートは様々な『属性』をに出すという、一見すると効果のわかりにくい魔法だ。

 RPG等で表現するならば、フィールドそのものが『火属性』となり、火属性の魔法を強化したり逆に火属性に強い場合は体力の自動回復を与えたりといった効果を齎す。

 これを『ゲーム』で有効活用するのは少し難しいだろう。特にゲートの魔法そのものが狙った属性・効果の門を出すことが出来ないという事情もある。

 それでもウリエラは、『ある属性』を引き当てるまでひたすらにガブリエラにゲートを使い続けてもらう。

 二度目のゲートで出てきたのは黄色の門――『土属性』の門であった。


「むむぅ……何をしようとしているのかわからないけど……素早く動けないのには変わりないし……」


 巨大な門が現れては消え、その間にもじわじわと距離を詰めてくるウリエラに対して不気味さは感じるものの、自分の優位が崩れたわけではないとフブキは理解していた。

 そもそもアンティの謎がバレたとしても、それに対処することは難しい。やれることと言えば、今ウリエラがしているように『ゆっくりと動く』ことくらいしかないのだ。


「……ウェザーリポート《スノードーム》! 【反転者】!」

「! みゅー……!!」


 ウリエラを取り囲むように雪を舞わせ、それを【反転者】で炎へ変換。

 しかしウリエラはそれを堪え、歩みを止めない。


《ゲート》


 今度は紫色の門。


 ――《むー、なかなかがでませんねぇ……》

 ――《大丈夫みゃー。むしろ、効果がわからないからフブキにもプレッシャーを与えられているみゃー》


 確かにフブキ側からしてみれば効果不明の魔法だ、それに現時点で特にフブキに対して何の危害も加えていないというのも不気味である。

 加えて炎に怯まずに向かってくるウリエラも脅威だろう。




 しかし、だからと言って手をこまねいているだけのフブキではない。

 腐ってもアビサル・レギオンの一員、その中でも特に強力な『グランド・ピース』に数えられる者なのだ。


「う、うぇひひっ! これで……終わりですよぉっ!」

「?」


 【消去者】で消すほどのダメージではないため炎を無視して進んでいたウリエラだったが、なぜかフブキが勝ち誇ったように笑う。

 その真意はすぐにわかった。


「【反転者】――炎を全部氷へ!」


 再度フブキが【反転者】を使用、ウリエラに降り注ぐ炎が氷の粒へと換わる――

 周囲へと燃え移ってしまっていた炎までもが、一斉に氷へと換わったのだ。


「みゃ!?」


 これはウリエラにも予想外であった。

 【反転者】の効果が及ぶのが『自分フブキの魔法で作った氷』だと思い込んでしまっていたせいだ。

 一度炎へと変換し、周囲へと燃え移った後に【反転者】を使えば、その炎までも氷へと換えることが出来る――つまり、ギフトの効果範囲内であれば、敵の使う炎だろうが氷だろうが反転させることが出来る、ということである。


「ぐ、グレイサルアーツ――《アイスジャベリン》!」

《ゲート》


 フブキのもう一つの切り札――それがアーツ系列の魔法、グレイサルアーツである。

 その効果は他のアーツ系列と同様、特定のものを自在に操るものであり、フブキの場合だと『氷』が対象となる。

 周囲一帯の炎を氷へと変換、更にそれをアーツで操作し無数の『氷の槍』を作り出して四方八方からウリエラへと向けて射出する。


「うぇひひっ! こ、今度こそ!」

「……みゃ」


 迫る氷の槍を回避しようと動けばアンティで動きを封じられる。

 【消去者】でグレイサルアーツを無効化したとしても、氷はいくらでもあるし、不足するようならばまた炎に戻して周囲を焼けば幾らでも増やせる。

 物量の優位は圧倒的にフブキの方が勝っている――故に、ここから先は力押しでいけるはず……だった。


「みゃっと」

「ふぇっ!?」


 降り注ぐ氷の槍を、ウリエラは迎撃することも素早く動いて回避することもなく、するりと隙間を通り抜けてかわしてしまう。

 一瞬何をしたのか、フブキも、ウリエラの中にいるガブリエラも理解できなかった。


 ――《う、ウリュ? 今のは……?》

 ――《みゃ? 槍に当たらない位置に先に動いてかわしただけみゃ?》


 による回避。

 ウリエラは《アイスジャベリン》が発動すると同時に、槍の飛んでくる方向を把握。

 魔法だろうと予想し、全ての槍の射線を先読みして当たらない位置へとゆっくりと移動しながら回避したのだ。


「う、嘘だっ!? そんな……!?」

「嘘じゃないみゃー。あんなわかりやすい攻撃、かわすのなんか簡単みゃー」


 ――《いや、それを簡単にできるのはウリュとサリュくらいじゃないかと……》


 かつてラビたちと対戦で戦った際、ステータスで勝るジュリエッタの攻撃を回避し続けたことがあった。

 その時も同様に、ウリエラは相手の動きから攻撃の先を予測し、回避していたのだ。


「くぅぅぅっ!? グレイサルアーツ《アイスジャベリン》!!」


 そんなありえない、とフブキは再度 《アイスジャベリン》を使ってウリエラを攻撃しようとする。


 ――《りえら様ー、ゲートが止まってるみゃー》

 ――《あ……そ、そうね……》


 先程よりも更に密度の濃い《アイスジャベリン》の雨を同じように難なくかわしながら、ウリエラはゲートの続きを促す。

 ムキになったフブキは尚も魔法を使い続けるが、やはりウリエラには通じない。


「当たらないみゃー」

「むぅぅぅぅぅっ!!」


 先程のフブキとガブリエラの立場が、ウリエラとフブキで逆になった形だ。

 しかし、口で言うほどウリエラも余裕があるわけではない。

 回避することは出来てはいるが、それでもギリギリ何とか……という話だ。


《ゲート》

「! 来たみゃ!」


 フブキがウリエラにに気付いてしまったら危うい、とウリエラが内心焦り出したところで、ようやく期待していた門が現れた。

 それは鮮やかな緑色の門だった。


「リュニオン《ウィンド・スピリット》みゃ!」


 すかさずウリエラはリュニオンを使う。

 現れた緑の門――属性は『風』である。


「くっ……なら、グレイサルアーツ《アイスウェイブ》!」


 同時にフブキもウリエラに有効な攻撃に気付く。

 氷の槍を作るのではなく、無数の氷の粒――小さなナイフのように尖った氷の欠片を無数に叩きつけようとする。

 これならば先読みして回避することもできないだろう、という気付きではあったが――気付くのが遅かった。


「とりゃー」


 全く気合の入っていない気合の雄たけびを上げつつ、ウリエラが翼を大きくはためかせる。

 すると翼から突風が吹きすさび氷の欠片をあらぬ方向へと吹き飛ばしていく。


「アンティ! それと【反転者】!」


 風で飛ばされたのは意外であったが、翼であっても大きく動かしたのであればアンティで凍らせることが出来る。

 それと合わせて、吹き散らされた氷の欠片を【反転者】で炎へと変換し、今度は炎の雨を降らせようとする。

 だが、


「アニメート……効かないみゃー」

「な、なんで!?」


 降り注ぐ炎の雨であったが、なぜか凍らない翼の羽ばたきによりウリエラに近づくことが出来ずに氷の欠片同様に吹き散らされてしまう。




 答えは簡単。

 風の精霊ウィンド・スピリットと融合したウリエラは、周囲に『風の鎧』を身に纏っている。

 そしてRPG等のゲームとは異なり、風は炎や氷よりも遥かに強力な属性だ。

 強烈な風であれば、炎を吹き飛ばすことが出来る。

 またもう一つ、この場で『風』属性を選んだ理由はある。


「アンティのもう一つの欠点……『形のないものは凍らせられない』だみゃー」

「うっ、そっちもバレてる……!?」


 動いているものを問答無用で凍らせる、と一見すると思えるが当然そんな万能な魔法ではなかった。

 凍らせられるのは『形があるもの』に限られているのだ。

 風とは要するに『大気の流れ』である。大気そのものが停滞することなどありえないし、無風に思えても大気の流れ自体は存在しているはずだ。

 であれば、それもまた『動き』であることに変わりはない。アンティを使った時に、ガブリエラたちごと周辺の大気までも凍り付くはずだろう。

 しかしそうはならなかった。

 それ故、『形のあるもの』だけを凍らせることが出来る――とウリエラは見抜いたのだ。

 『水』でも『火』でもダメだ。『風』でなければ、おそらく凍らされる、あるいは最悪の場合【反転者】の効果に捕まってしまう。


「くっ、でも……あなた本体なら……っ!」

「まー、確かにそうかもみゃー」


 確かにアンティは『形のないもの』には効果はない。

 ウリエラの周囲を守る『風の鎧』は目には見えないし凍らせることは出来ない。

 ただし、風の精と融合しているとは言えウリエラ本体は別だろう、とフブキは推測する。

 凍らない翼はよく見れば蜃気楼のように揺らいでいる――つまり翼は『形のないもの』なのだろう。

 反対にウリエラ本体は『形』はしっかりとあるし、本人も動かない……ということは、ウリエラ自身も凍らされるかもしれないとは思っているということだ。


 ――《実際のところ、どうなんです?》

 ――《みゅー、やってみなきゃわからみゃいけど……多分凍らされるんじゃないかみゃー》

 ――《むぅ……ではどうすれば……》

 ――《問題ないみゃー。風の門が引けた時点で、こっちの勝ち確みゃー。りえら様は、わたちの魔法に合わせて思いっきりオープン使ってくれればいいみゃー》

 ――《? クローズじゃなくてオープンですか? わかりました》


「……オープン!」

《オープン》

「にょわぁぁぁぁっ!?」


 二重のオープンがフブキを遥か遠くへと吹き飛ばす。

 やるならばクローズで引き寄せ、ガブリエラがやったように抱きことを狙うだろうと思っていたフブキは虚を突かれ、なすすべなく飛ばされて行く。


 ――《あいつのアンティは、使っていう欠点もあるみゃー》

 ――《ああ、まぁ考えてみればそれはその通りですね……》


 アンティにはもう一つ欠点がある。

 それが、フブキ自身の動きを凍らせることが出来ないというものだ。

 普通ならば気にする必要もないのだが、フブキが自分の意志に反して強制的に移動させられる――今のように吹き飛ばされた時やクローズで引き寄せられた時などに、自分の動きを凍らせて堪えるということが出来ない。

 自分が凍ってしまったら特殊なケースを除いて後に続かないので、この欠点は当然と言えば当然のものである。


「そいじゃ、大ミミズを退治しに行くみゃー」


 ――《あれ? そっちですか?》

 ――《もちろんちゃんとした理由はあるみゃー》

 ――《まぁ、ウリュがそう言うなら……》


 フブキを倒すことは当然諦めていない。

 ここでフブキを一旦遠くに引き離して大ミミズを狙いに行くのには、ウリエラなりのちゃんとした理由があるのだ。


 ――さっきアーみゃんから聞いた情報……気になるみゃー。


 実はつい先ほど――リュニオン《ウィンド・スピリット》を使った辺りのことだ――アリスから遠隔通話で二つの情報が伝えられた。

 ラビたち神殿組と連絡がつかないこと、そして『エル・アストラエア』へと迫る戦車の大軍ラグナ・ジン・バランのこと……。

 付け加えて、連絡が取れなくなる前にラビから『マサクルが現れた』という情報もある。

 これらの情報からウリエラは一つの結論を導き出していた。


 ――本命はマサクルたち、他は全部わたちたちを封じるための『囮』だろうみゃー。


 『バランの鍵』と並ぶもう一つの目的が『ピッピの命』であるという予想は既に伝えられている。

 今回の襲撃は、まず遠方より『ルールームゥの変形した要塞の進軍』によって攻めて来ると思わせておき、『妖蟲の大群』『戦車の大軍』での不意打ちを行う。そして、それに乗じて神殿へと直接マサクルたちが乗り込んで『ピッピの命』を狙う……というものだったのだろう、と考えられる。

 だから妖蟲や戦車の迎撃に出たユニットを出来るだけ長く足止めする必要があるはずなのだ。


「……予想通り、追っかけてきたみゃー」


 足止めが目的ならば、フブキはウリエラを追わざるをえないだろう。

 ピースよりも妖蟲の大群の方が足止めとしては効果的だからだ。大ミミズを倒されるのも、穴を塞がれるのもあまり好ましくない。

 既に一匹はジュリエッタによって倒され、二匹目もノワールによって倒されている。

 三匹目を仕留めさえすれば、少なくとも妖蟲の増加は止められる。そうなれば足止めできる時間はそう長くはない。


「ウェザーリポート《サンダーボルト》!」

「みぎゃっ!?」


 追いかけながらフブキが雷撃を放つ。

 これ一撃ではそこまで大した威力ではないが、落雷は落雷だ。

 まともに食らったウリエラが衝撃で弾かれ、地面へと落下する。

 大ミミズの根本まであと少し、といったところまで到達できたのだが……。


 ――《ウリュ! 私が代わります!》

 ――《ダメみゃー! 今リュニオンを解除したら、また風の門が出るまで粘らなきゃならないみゃ》


 これはリュニオンの欠点でもある。

 解除することは可能なのだが、融合している全てを解除してしまうのだ。

 ここで解除してしまうと、ゲートの効果も解除されてしまう。そうなるとまた風の門が出るまでゲートを繰り返す――という時間と魔力の無駄を強いられることとなる。

 だから、ここで決める以外に道はない。


「お、追い付きましたよ……さぁ、観念してくださいっ!」


 全く追い詰めている側とは思えない、ビクビクとした態度のままフブキは高らかにそう言う。


「――観念するのはそっちの方みゃー」


 落雷のダメージは受けているものの、それでも余裕のあるのはウリエラの方だった。


 ――《りえら様、今度はクローズを合わせてみゃ!》


「クローズ!!」

《クローズ》

「っ!? ……?」


 引き寄せからの抱き潰しが来る、と身構えたフブキ――もし引き寄せられてもすぐさまウェザーリポートで反撃して逃げようと身構えていたのだが、彼女の予想に反して引き寄せは来なかった。


「クローズ! クローズ! クローズみゃー!!」

《クローズ》


 ウリエラがクローズを連発している、がやはりフブキは引き寄せられない。

 ――もしや自分には特別な力があってクローズを無効化、あるいは素のステータスで耐えきっているのでは!? などと一瞬考えたフブキであったが、すぐに自分の間違いに気づく。


「…………え……!?」


 天に向かって伸びる大ミミズの身体が大きく揺らぐ。

 そして、それが一気にフブキたちの方へと向かって倒れ込んできたのだ。


「えぇぇぇぇっ!?」

「オープン!」

《オープン》


 倒れ込んだ大ミミズが周辺の建物を押しつぶす。

 ウリエラが何度もクローズを使っていたのはフブキを引き寄せようとしていたのではない。

 大ミミズを引き寄せるためだったのだ。

 押しつぶされそうになる瞬間、ウリエラはオープンを使って脱出。フブキに対してもオープンをかけて地面に縫い付けて脱出を封じさせる。


「アンティ!! グレイサルアーツ《アイスピラー》!!」


 しかし大ミミズが完全に地面へと倒れる前にフブキは全力でアンティを使用、大ミミズを凍らせると共にその氷を操り『氷の柱』を作って倒れ込む巨体を支えさせる。


「あ、危なかった……!」


 間一髪、潰される前に大ミミズは止まり、フブキは安堵する。

 ただ――これはこれであまり良い結果ではない。アンティで氷漬けにしてしまった大ミミズは生命力次第ではあるが大きなダメージを受けてしまったことには変わりない。

 穴をふさがれなければ妖蟲が湧くのは止まらないだろうが、大ミミズがいなければ新しく穴を掘ることも出来ない。

 ともあれ自分の命は助かった、と思うフブキであったが――


「オープンみゃー!」

「えっ、そ、そんな……っ!?」


 一足早く大ミミズのプレスより逃れたウリエラはすぐに行動に移っていた。

 大ミミズを挟んでフブキの丁度反対側へと素早く移動したウリエラは、オープンを使い大ミミズを完全に地面に押し付けようとする。


「あ、あぁ……」

「オープン! オープンみゃー!!」

「こ、こんな死に方……い――」


 フブキの涙声は途中から聞こえなくなった。





 アンティは『相手の動きを止める』という点では強力な魔法なのには違いない。

 フブキの敗因は、『ウリエラ・サリエラにアンティを見せすぎた』という点に尽きる。

 特に『天空遺跡』での弾丸を止めたのを見せたのは致命的な失敗だったと言えよう。


「……やっぱり、『落下の動き』は凍らせられないみたいみゃー」


 飛翔する弾丸が凍り、これこそがフブキを破るための大きなヒントとなった。

 重力に任せて落ちる動きは凍らせられない、というわけではない。

 おそらくだが一度動きを凍らせた後、別の動きが加えられたら追加でアンティを使わなければならないのだろう、そうウリエラは推測した。

 つまり、アンティを使った後にすぐさま別の力で動かした場合に『隙』が出来るということだ。

 加えて『落下』そのものを凍らせることも出来ない。もし出来るのであれば、それは『空中で静止する』という凍り方をすることになってしまうからだ。

 ――もっとも、仮にそれが出来たとしても、オープンを何度も掛けて押しつぶそうとしてくるのを防ぐことは出来なかったであろうが。


「……ちょっと残酷だったかみゃ」


 大ミミズに更にオープンを加え続けて胴体を押しつぶした後、ウリエラはそう呟く。

 フブキの姿は見当たらない。どうにか逃れたとしたら、上から見ていたウリエラが見逃すことはないので大ミミズに潰されて消えたのは間違いない。


「リュニオン解除みゃー」

「……むぅ、ウリュの嘘つき」

「え? 何がみゃ?」


 融合解除した後、ガブリエラはなぜかふくれっ面でウリエラに不満を言う。

 『嘘つき』と言われる心当たりがなくウリエラは首をかしげるが、


「勝たせてあげる、って言ったのに……」

「あー……」


 そういえばそんなこと言ったなぁと思いつつも、色々あって結局自分がとどめを刺したようなものだと気付く。

 ただ、ガブリエラ主体で戦わせたらフブキには相性が悪かろうと言う考えもあるし、抱き潰す――というあまりガブリエラにやらせたくない倒し方を避けたという思いもある。


「まー、次の機会があったらみゃー」

「次ですか……復活してきますかね、雪ん子さん?」

「……どうだろうみゃー」


 これがユニット相手であれば使い魔がリスポーンさせてくるのであろうが、ピースの場合はどうなるか不明だ。

 能力的にはかなり危険な相手なので、出来ればフブキには二度と現れて欲しくないという思いはあるが……。


「それにしても、良かったですね。ゲートでが出なくて」

「そうだみゃー……そこだけはちょっと危険な賭けだったみゃー」


 ガブリエラが言う『アレ』とは、ゲートの中でも出る確率の低い、しかしとてつもなく危険な門のことである。

 もし『アレ』が出てしまった場合、敵も味方も――ガブリエラ自身さえも――巻き込んでしまう、最強にして最悪の効果を持つ門なのだ。

 ――ちなみに、美々香ジェーンがガブリエラのことを恐れている理由が、その門だったりもするが……。

 それはともかく。


「それで、どうしましょうか?」

「……とりあえず穴を塞いでからみゃ」


 フブキの撃破は出来た。

 ついでではあったが大ミミズの始末も出来た。

 後は穴を塞いで妖蟲が這い出るのを防げば、大分街中の戦いは楽になる。

 だがウリエラは別のことを考えていた。


 ――どうするかみゃー……うーみゃんたちの方が気になるけど……。


 一番の気がかりは連絡の取れなくなったラビたち神殿組の方である。

 そこでの戦いでマサクルを仕留められれば、それで今回の争い全てに片が付く――とは思うのだが、それだけでは解決しないような気もしている。


 ――……どっちにしても街の守りは必要みゃし、あっちにはさりゅもいるから大丈夫だとは思うけど……。


 この世で最も信頼できる双子の妹サリエラが神殿にはいる。であれば、よほどのことがない限りは何とかなると信頼はしている。


「とにかく、りえら様いくみゃー」

「ええ。……何か、嫌な予感がします」

「……りえら様がそう言うってことは、まだまだ油断はできないってことみゃー……」


 本人にも説明できないだろうが、ガブリエラの『勘』はよく当たる。

 それが良いことであればいいのだが『嫌な予感』ということは当然好ましいものではないだろう。




 ――この戦い、まだまだ気を抜けないものになるだろう。


 ウリエラはそう思いつつも、とにかく行動に移るのであった。

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