第8章61話 アニキラシオン 6. 黒と白の暴風

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「はっ……てめぇがあたしの相手かぁ……?」


 獅子の毛皮を被った、筋骨隆々のたくましい肉体を誇る女性――この世界の存在ではない、アビサル・レギオンの一員であるピースであることは、角や翼の有無で一目でわかる。


「ふむ……?」


 不思議そうに首をかしげるのはノワール。

 彼女は妖蟲ヴァイス襲撃と同時に街へと飛び出し、ひたすらに妖蟲の駆除に務めていた。

 そして妖蟲の出現場所と推測される大ミミズのうち、一匹を倒そうと来たわけだが……そこで遭遇したのは、ピースの一人であった。

 『天空遺跡』では姿を見かけなかった初見のピースである。


「チッ、その恰好だとユニットじゃねぇな、面白くねぇ……」


 反対にピース側もノワールの姿を見てユニットではなく『エル・アストラエア』の住人だと判断したようだ。

 正確には住人ではないが、どちらにしても『この世界』の住人であることは間違いない。

 この世界の人間であれば『魔法』は使えるが、戦闘力という点ではユニット・ピースに到底及ぶことはない。

 言葉通り詰まらなさそうにため息を吐くピースであったが、


「どっか行けよ、見逃してやるからさ」


 しっしと手を振ってノワールを逃がそうとする。

 ラビがピッピから聞いた通り、ヘパイストスの目的はあくまでも『人身売買』にある。となれば『エル・アストラエア』の人間を傷つけないようにすることは当然であると言えよう。

 ただし、それは絶対に安全ということを意味しない。

 現に襲ってきた妖蟲は人々を襲おうとしている。

 ピースたちも積極的に街に攻撃を仕掛けてはいない――ラビのユニットたちに対しては激しく攻撃を仕掛けはしているが。


「……なるほど、相も変わらず『人攫い』が目的というわけか。姿こそ違えど、やはり『ラグナ・ジン・バラン』の同類か」


 ノワールは『ラグナ・ジン・バラン』との最初の戦いから存在している生き証人だ。

 彼らの目的が単なる殺戮ではないことには気付いていただろう。

 姿が全く違うピースも、やはりその同類なのだとここで改めて実感したようだ。


「なれば、やはり放置しておくわけにもいくまい」

「……なんだよ、やる気か? はぁ……」


 いかにも面倒くさいといった態度を隠しもせず再度ため息を吐くと、


「『積極的に傷つけるな』とは言われてるが、『絶対に殺すな』とは言われてねーんだ。じゃあな」


 右手に自身の霊装を呼び出す。

 それは獅子の意匠を施した巨大な『戦斧バトルアックス』であった。


「む?」


 霊装を手に取ると同時に、ノワールの目の前にいたはずの姿が掻き消え――


「ぬおっ!?」


 いつの間にかノワールのすぐ隣に出現。それと共に振るわれた斧の一撃を受けてノワールが吹き飛び、近くにあった家屋へと激突、家屋が崩れ落ちる。




 ノワールの前に現れたピースの名は『リオナ』。『炎獅子』の異名を持つ戦闘型のピースである。

 彼女のギフトは【襲撃者レイダー】――その効果は、自身から攻撃を仕掛けた場合において、強烈なステータス強化バフを得るというものだ。

 その一撃は鋼鉄すらも容易く砕き、目で捉えることのできない速さとなる。

 自身から積極的に攻撃を仕掛け、相手に何もさせないうちに強力な攻撃力で屠る。単純ではあるが対処のしようのない攻撃特化型のピースであると言えよう。

 持っている魔法もいずれも近接火力および自身の強化に特化したものばかりだ。

 己の身体や霊装を超硬度の金属へと変化させる『結晶魔法クリスタライズ』。

 炎による攻撃や強化を行う『炎熱魔法ブレイズ』。

 ジュリエッタのライズのような任意の強化魔法こそ持たないものの、【襲撃者】の効果はそれを補って余りある程だ。

 加えて、攻撃特化型故のステータスの高さも持ち合わせている。


「ったく……詰まらねぇ任務だぜ」


 彼女に課せられた任務は、ボタンたちと同様、妖蟲ヴァイスの進入路である大ミミズの開けた『穴』の防衛である。

 『穴』を塞ぎに来るものがいれば排除する――ただそれだけの退屈な任務だと思っていた。

 事前にマサクルたちからは敵対者としてラビのユニットたちが来るかもしれない、とは聞いていたが……実際にやって来たのはユニットですらない現地の人間であった。

 この世界の人間が『魔法』を使えるとはいえ、それはユニットやピースとは比べるべくもないものであるともわかっていた。

 だから、リオナは『詰まらない』『退屈』な任務だと思っていたのだ。

 しかし――


「ふむ……筋は悪くない」

「……なに……?」


 瓦礫を押しのけてノワールが現れる。

 しかも、全くの無傷で、だ。

 魔法を使ってないとは言え、リオナの【襲撃者】で強化された一撃を受けて無事で済むとは全く思っていなかった。


「てめぇ……何で生きてやがるんだ!?」

「なぜと言われてものぅ……」


 困ったように頭を掻くノワール。

 その態度が自分をバカにしているようにしか思えず、リオナはついに本気になる。


「ざけんなよ! クリスタライズ!」

「ほう?」


 リオナが魔法を使用すると、全身が鈍い輝きを放つ『金属』へと変わる。

 クリスタライズの効果は単に身体を金属に変えるだけではない。

 金属の持つ硬さ・重さはそのままに、リオナ自身の動きを一切妨げることがないという攻防一致、隙の無い全身強化魔法なのだ。


「ブレイズ《ヒートメタル》!!」


 更にそれに加え、今度は全身にブレイズを使用。

 リオナの身体が赤熱する金属の塊と化す。

 クリスタライズによる硬化・重化、そしてブレイズによる炎熱による攻撃と迎撃。

 これこそが、『炎獅子』たる所以である。


「後悔するんじゃねぇぞ……!」

「ふむ」

「うぉらぁぁぁぁぁぁっ!!」


 最大強化を施したリオナが、再度【襲撃者】のバフを受け目にもとまらぬスピードでノワールへと接近、身体同様に赤熱する戦斧を叩きつけようとする。

 まともに食らえば上位モンスターですらも一撃で砕け散る炎獅子の一撃がノワールへと叩き込まれ――


「なっ……!?」

「惜しいのぅ……其方が敵でなければ、ジュリエッタのように稽古をつけてやっても良かったのじゃが」


 振り下ろされた戦斧はノワールに受け止められていた。

 触れれば岩をも溶かすはずの炎熱だというのに、素手であっさりと受け止められているのだ。


「くっ……!」


 

 自身のプライドよりも、目の前で起きていることを正しく把握したリオナは一旦退こうとする。

 彼女のギフトはあくまでも『自分から攻撃する時』だけにバフを与えるものだ。

 故に、敵の攻撃から身を守る際には効果を発揮することはない。

 一旦退いて距離を取り、そこから再度攻撃を仕掛ける――そう考えるのは間違いではなかったろう。

 間違いだったのは……。


「《ディ・ゴウ・ボルクス》!」


 ノワールが斧を受け止めたのと反対の手で掌打を放つ。

 漆黒のオーラが腕から噴き出し、リオナへと迫り――




「……ふむ。他に『ぴぃす』とやらの姿はなしか」


 周囲を見渡し、ことを確認するノワール。

 ……そう、既にこの場に敵はいなくなっていた。

 《ディ・ゴウ・ボルクス》――ノワールの放った魔法は、文字通り全てを薙ぎ払っていた。

 クリスタライズで強化したリオナは漆黒のオーラに飲み込まれ、おそらくは自分がやられたことにすら気付かないうちに消滅させられた。

 オーラは止まらず、その先の進路上にいた大ミミズも巻き込んでいる。

 既に大ミミズは漆黒のオーラに蝕まれて絶命、穴の奥に伸びている胴体にまで侵蝕はおよび、更に穴の中から這い上がろうとしていた他の妖蟲をも巻き込んで全滅させてしまっていた。


「むぅ、どうしたものか……アストラエアの『声』も聞こえなくなってしもうたしのぅ……」


 ラビのユニットではないノワールは、当然のことながら他のメンバーと遠隔通話で意思疎通をはかることはできない。

 事前に色々と話は聞いていたため『やるべきこと』と『優先すべきこと』は理解してはいるのだが……アストラエアの『声』が聞こえなくなったというのは、彼女にとっては非常に拙い事態となっていることを意味している。


 ――神殿に戻るべきか、それとも……。


「…………いや、に向かう方が良さそうだの」


 ほんのわずかの間、目を閉じ周辺の様子を探っていたノワールはやがてある方向へと目を向ける。

 『結晶竜インペラトール』とは、結晶で構成されたドラゴンというだけではない。

 この世界において『結晶』が重要な役割を担っていることはノワールにはよくわかっているし、『異世界』から来たラビもピッピの話を聞いて理解している。

 『結晶』は何も人間だけに限った話ではない。

 ラビたちが『天空遺跡』から出た後に上空で目撃した他の浮遊大陸もそうだし、大地の全てが『結晶』を含んでいるのだ。

 結晶竜に限った話ではないが、この世界の存在は魔法を通じて『結晶に干渉する』『結晶から力を得る』ことが可能である。

 今ノワールは、『エル・アストラエア』中の結晶を通じて各地の様子を見て、『ある場所』が非常に危ういという判断を下したのだ。


「急いだ方が良さそうじゃな」


 この戦いが200年前の『ラグナ・ジン・バラン』侵攻すら及ばないほど、重要なものになるということは理解している。

 戦いの鍵を握るのはもはや自分たち結晶竜ではなく、アストラエアが呼び寄せた『異世界の英雄』――ラビたちにあるであろうことも。


「《ディ・ゴウ・アルケス》!」


 背の翼を広げ、大地を蹴ると同時に魔法を解き放つ。

 周囲に爆風を撒き散らしながらノワールの身体が宙を舞い、一直線に『ある場所』へと飛んで行った……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は少し遡り――


「ふん、まさかリベンジの機会が来るとは思っていなかったぜ」


 『エル・アストラエア』の外側にアトラクナクアが出現――それも三匹も――の報を聞いたアリスは、すぐさま一人で飛び出していった。

 それは単に何も考えずに暴れ回るためではもちろんない。

 なぜアトラクナクアが現れたのか、を考えた結果である。


 ――こちらに戦力を集中させるのが狙い、か?


 考えられる可能性は幾つもあるが、おそらくは自分の考えが正解に近いだろうとアリスは直観していた。

 マサクルの傍にエキドナドクター・フーがいたということは、ラビたちが『冥界』でアトラクナクアと戦ったことは知っているはずだ。

 であれば、『アトラクナクアが現れた』と聞けば戦力をそちらに割くことになる、と予想するのは自然なことだろう。

 故に、アリスは、


『オレが行く。貴様らは街中の蟲共を頼む!』


 と有無を言わさずに宣言、飛び出していったのだ。


 ――どうせアトラクナクアを放置しておくわけにもいかねーし、誰かが行かねばならないならオレが適任だ。


 誰が行くか? と問答する時間も惜しい。

 『冥界』でのアトラクナクアの能力を見ると、今のアリスでも三匹同時は辛いと言えるが……それでもアリスは躊躇わずに行った。


「……どうやら前に見たヤツとは全然違うみたいだな」


 城壁から見下ろしながらアリスは少し不満気に呟く。

 三匹のアトラクナクアは巨体の蜘蛛――をベースにした蟲のキメラなのは同じではあった。

 しかし、『冥界』の個体とは異なり『ミオ』を彷彿とさせるものはなにもない。顔も人間ではなく、蟻のような明らかな蟲のものであった。

 となれば、まず間違いなくミオの【遮断者シャッター】等の能力はもちろん、アリスとヴィヴィアンの魔法を真似たものも使うことは出来ないであろう。

 脅威度は『冥界』の比ではない。それは例え相手が三匹いようとも、だ。


「ふん、他の蟲は――いないか。では、さっさと片づけるか!」


 かつて苦汁を舐めさせられたものには遠く及ばないとはいえ、それでも『仇』であることには変わりない。

 いつも通りの獰猛な笑みを浮かべたアリスは城壁から飛び降りながら、一番手前にいるアトラクナクアへと向けて魔法を放つ。


「チッ、流石に《赤爆巨星ベテルギウス》一発では沈まねーか」


 敵の頭上から放った《ベテルギウス》は直撃はしたものの、アトラクナクアはまだまだ健在だった。

 ダメージを受けているのかどうかも見た目からはわからないが、少なくとも手足の一本も引きちぎれていないところから大した痛手にはなっていないのはわかる。

 たとえ魔法を使えなくとも、『冥界の支配者』たるアトラクナクアの各種性能は、妖蟲の比ではないようだ。


「上等だ、虫けら共め……! ext《竜殺大剣バルムンク》!」


 既に《神馬脚甲スレイプニル》は装着済み、加えて近接用の《バルムンク》を作り出すとアリスは三匹に向けて突進――無謀にも接近戦を挑もうとする。

 蟲たちもアリスに応戦、三匹がそれぞれ糸を伸ばして絡めとろうとしてくる。


「ab《フレイム》!」


 《バルムンク》へと炎を付与、糸を焼き切りつつ《ベテルギウス》を浴びせかけた一匹目へと斬りかかる。

 対抗して鎌状の腕を振るうものの……。


「む? ……なんだこれは……」


 《バルムンク》と鎌が交錯したのは一瞬だった。

 対抗することも出来ず、あっさりと鎌は断ち切られ、そのまま《バルムンク》が両腕を切断。

 あまりの手応えのなさに、『罠』を疑うくらいであったが、


「……なるほど、ユニットを吸収してなきゃ、こんなもんなのか」


 リベンジの機会に燃えていたため拍子抜けで半分はがっかり、残り半分は思ったよりは手こずらずに済みそうで安心してしまう。

 これは油断でも慢心でもない。

 事実としてアリスの力は素のアトラクナクアを遥かに凌駕していた。

 ……ただ、これはアトラクナクアが弱いのではなく、『冥界』の頃に比べてアリス自身の力が格段に増していることが原因なのだが――アリスにその自覚はないようだ。


「ならば、遠慮はいらねぇな。とっとと片づけるか」


 彼女の中での格付けは済んだ。

 もはやリベンジに拘る意味もない。

 早めに片づけて『エル・アストラエア』の方へと戻った方がいいだろう――そう判断したアリスは、まず一匹目の胴体を返す刀で切り落としとどめを刺すと、


「cl《焦熱矮星プロキオン》!」


 向かって右手側から襲い掛かろうとした二匹目へと新魔法 《プロキオン》を放つ。

 《巨星》系魔法とは異なり、《炎星ブレイズミーティア》をベースとした見た目には小さな『星』がアトラクナクアへと突き刺さる。

 そして突き刺さった瞬間、『星』が周辺の空間を飲み込むように『圧縮』――巻き込まれたアトラクナクアの胴体が半ばから潰され、千切れ落ちる。

 『爆発エクスプロージョン』の反対、『爆縮インプロ―ジョン』を付与された『星』は、目標に衝突すると同時に周辺を凄まじい勢いで『圧縮』して潰すのだ。

 本来ならばアリスは『核爆弾』を作りたくて楓に聞いたのだが、流石に核爆弾は再現することが出来なかった――楓もなぜか核爆弾の原理は知っていたので説明は出来たしアリスも理解出来たのだが、やはりどうあっても魔力が足りずに再現することが出来なかったのだ。

 ただし、その副産物として得た『爆縮』という概念は魔法として使える、とアリスは判断。

 結果生まれたのが、周辺に被害を及ぼしにくく、かつ物理的防御が高すぎない相手であれば『必殺』となりえる《矮星》系の魔法だった。


「……うーむ、なんかこっちの方が『ブラックホール』という感じがするが……まぁいいか」


 胴体のほとんどを潰されたアトラクナクアの死骸を見て出てきた感想はそれだけだった。

 確かに『ブラックホール』のイメージに近いのは、《黒色巨星ブラックホール》よりも《矮星》系魔法であろう。

 ともあれ、残るアトラクナクアは一匹のみ。

 そちらを倒そうとしたアリスだったが、三匹目は前二匹に比べるとやや賢い個体だったようだ。


「チィッ!? 面倒な!」


 一匹目が斬られた時点で二匹目のように接近するのは危険と判断したか、アリスには近づかずに離れた位置に留まる。

 それだけではなく、糸を伸ばして周囲の岩や瓦礫を投げつけ、あるいは糸で振り回して攻撃を仕掛けて来る。

 迎撃、回避できるものではあるが、数が多く近づくことが出来ない。

 火炎放射のような魔法があれば糸を一気に焼き切ることは可能だが、アリスにはそのような魔法はない――流石に《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》をここで使うのは魔力が勿体なさすぎる。

 《巨星》魔法で薙ぎ払うか……? いや、それでも距離が開いてしまっていては本体に攻撃出来ないし、また別の岩を投げられるだけだ。かといって無理矢理接近するにはリスクが高い……。

 アリスがどう残るアトラクナクアを倒すかを考えていた時であった。


「……お?」

『……あ』


 突如上空から降り注いできた『何か』が、アトラクナクアを頭から踏み潰した。

 全く想定外の方向からの攻撃、しかも気付いたところで回避しようのない速度での攻撃であった。

 なすすべもなくアトラクナクアは踏み潰され、しばらくもがいていたが……。


『……いちおー、とどめ、さす』


 降り注いできた『それ』がそう言うと、周辺に強烈な冷気が立ち込める。

 やはり蟲であることには変わりない。急速に冷やされ――どころか凍らされ、最後のアトラクナクアはそのまま氷漬けとなって絶命した。


「貴様か、ブラン」


 やってきたのは氷晶竜ブランであった。

 この街にやってきた時のような人間の姿はしておらず、かつて『天空遺跡』でアリスと戦った氷のドラゴンの姿である。

 得意のロケットダイブで一気に距離を詰め、勢いそのままにアトラクナクアを踏み潰したのだ。


『おーさまにゆわれたから……』

「ふん、そうか。貴様が来ると知ってれば、オレが来なくても良かったかもな」


 どうやらブランはノワールに言われて外へとやってきたようだ。

 アリスの言う通り、ブランが来るのであれば一体で十分だっただろう。

 ブランの能力は『冷気』――蟲の弱点であるし、辛うじて耐えられたとしても糸を凍らされたらほぼ何も出来なくなる。

 『エル・アストラエア』にいるメンバーの中では、ブランこそが妖蟲の『天敵』と言えるかもしれない。


「まぁ良い。貴様の能力ならば虫けらを駆逐するのに不足はないだろう。

 外は片付いたことだし、オレたちも中に戻るぞ」

『えー……ぼくねてたい……』

「ふざけるな、阿呆」


 恐ろし気なドラゴンの見た目に反して、たどたどしい喋り方で怠惰なことを言うブラン。

 どうやら中身はノワールたちに比べて大分幼い上にあまりやる気はないようだ、と内心で呆れかえるアリスであった。

 とはいえ、ブランの『冷気』は先に述べたように妖蟲に対してこの上なく有効な力であるし、何よりもアリスたちの魔法に比べて街への被害が出にくい。

 ここでブランをサボらせる理由は何一つとしてないだろう。


「ノワールに言いつけるぞ、貴様。さっさと行くぞ、ブラン」

『うー……わかったよー……」


 やる気のないブランの尻を叩き、アリスは共に街中へと戻ろうとする。

 ……だが、


『……? ねぇ、きんいろ……あっちから、なにかきてない……?』

「む? ……あれは……!?」


 ブランが指し示す方を見てアリスも顔をしかめる。

 街からまだ遠く離れた方向で、『煙』のようなものが見える。

 しかしすぐにそれが『煙』ではなく『土煙』であることに気付く。


「……おい、ブラン。貴様飛べるよな? オレを乗せてあそこまで行け」

『……わかった』


 やや不満そうな雰囲気は伝わったが、拒否することなくブランはアリスを背に乗せてそちらへと向かう。

 ほんの少しだけ飛行し『土煙』の正体を見た二人は絶句した。


「……おいおい……嘘だろ……!?」

『……「ラグナ・ジン・バラン」のたいぐん……!!』


 土煙を上げているものの正体は、大地を埋め尽くすかのような無数の『兵器』の群れであった。

 錆びつき、軋み声を上げている鋼鉄の兵器――それはいわゆる『戦車』というものに近い。

 アリス自身はあまり軍事兵器に詳しいわけでも興味があるわけでもないが、それでも流石に『戦車』くらいは知っている。


「拙い……! オンボロとは言え、あれだけの数の戦車がやって来たら……」


 見えているだけでも数えきれないほどの戦車の群れだ。

 おそらく数百は軽く越えているだろう。

 それぞれの戦車はさほど大きくもなく、象徴とも言える『砲塔』も小さいため攻撃力という点ではユニットの魔法に及ぶべくもない。

 だが数が脅威だ。

 そして、これだけの数の戦車が一斉に砲撃を行ったとしたら……ユニットはまだともかく、『エル・アストラエア』を守る城壁が保たない。

 既に内部に敵が侵入している状態とは言え、城壁に穴が開いてしまったらそこから敵が際限なく侵入してくることになってしまうし、今回の襲撃を凌げても後々困ることになるのは明白だ。


「くそっ、仕方ねぇ……やるぞ、ブラン!」

『うー……わかった……しかたない』


 嫌々そうではあるが、ブランも『ラグナ・ジン・バラン』の迎撃に力を貸してくれるようだ。

 ここで働かずにいたことが後でノワールたちにバレたら……と考えたのかもしれないが。


『使い魔殿、オレはこのまま外で戦う。アトラクナクアは片付けたが、「ラグナ・ジン・バラン」の大軍が攻めて来やがった!』


 遠隔通話でラビへと状況を報告、もし何か指示があればそれを仰ごうと思ったアリスであったが……。


『……? 使い魔殿? おい、聞いてるのか?』


 遠隔通話は繋がっており確かにラビへと届いている――以前の経験から繋がっているかどうかは感覚でわかるようになっていた――はずなのだが、返事が返ってこない。

 ラビが意識不明……というわけでもないだろう。それこそ瀕死の重傷で安全装置が作動していない限り、遠隔通話で呼びかければラビは目覚めるはずだ。

 それとも返事が出来ないほどに戦況がひっ迫しているということだろうか?


『ヴィヴィアン、サリエラ! ……チッ、こっちもか!?』


 すぐさまラビと一緒にいるはずのヴィヴィアンたちにも呼びかけるが、こちらもラビ同様に返事がない。


「拙いな……何が起きてる……!?」


 神殿にマサクルが現れたというところまではアリスも聞いている。

 まさかこのタイミングで敵の総大将が直接やってくるとは想像していなかったが、そうした行動に出るということはそれだけの自信があったということだろうか。

 それとも――


『おい、きんいろ』

「……ああ、すまん。ともかくまずはこっちを片づけなければな」


 ラビたちに連絡が通じないことをジュリエッタたちと共有し、アリスは頭を切り替えて『ラグナ・ジン・バラン』との戦いに臨む。

 ラビがやられたわけではなさそうではあるが、決して安心することなど出来ない状況だ。

 それでも、感情に任せて『ラグナ・ジン・バラン』の大軍を無視することはできない。


「速攻で片を付けるぞ!」

『わかった、ぼくもはやくおわらせてねたいし……』


 数の上では圧倒的に不利ではあるが、それでも大軍相手に強いアリスとインペラトールであるブランの二人ならば戦えるはずだ。

 そう確信し、二人は『ラグナ・ジン・バラン』の大軍へと向かって行った……。

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