第8章60話 アニキラシオン 5. "魔獣公女"ジュリエッタvs"万魔神殿"ルールームゥ(後編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……強い……!!
ジュリエッタは素直にルールームゥのことを内心で称賛する。
『強敵』と呼べる相手とは幾度も戦ってきたが、ルールームゥはそのいずれにも劣らぬ――場合によっては凌駕するほどの『強敵』であると改めて認識する。
魔法の幅が非常に広く、あらゆる距離でジュリエッタにとって致命的な攻撃をすることが出来るというのが脅威ではあるが、ルールームゥの一番の脅威はそこではない。
それはずば抜けた
――どうなってる……!? 硬すぎてダメージが通った気がしない……!
今もルールームゥの隙をついて接近、顔面に膝を叩き込みつつそのまま右腕を取ってへし折ろうとするが、
<ピピッ>
「くっ……!?」
それどころか、無理矢理右腕を振り回してジュリエッタを振り解いてしまう。
ジュリエッタはすぐに態勢を立て直し、今度は低い位置からルールームゥの足を刈ろうとする。
しかしそれも無駄に終わる。
――見た目通りの『鋼鉄の柱』……!
全力で足を刈ってもルールームゥは揺らぎもしない。
ここまでの『安定性』を持つ敵はユニットでは初めてである。
エクレールが『山を殴っているような感じ』であるとするならば、ルールームゥは見た目通りの『鋼鉄の壁を殴っている感じ』だとジュリエッタは思う。
どちらがより強敵かは……今考えても仕方ない。
――……どうする……攻撃が通じない……。
殴り掛かったジュリエッタの方がむしろ痛い思いをしているくらいの硬さである。
だからと言って攻撃を緩めるわけにもいかず、離れて様子を見るという選択肢も取れない。
なぜならば、ジュリエッタにとって『最悪』と言えるのは、ルールームゥが先程狂乱していた時の形態――《バルバトス-8》になられることだからだ。
圧倒的な物量での
一度距離を離してしまったら、《バルバトス-8》の面制圧を掻い潜って再度接近することはほぼ不可能だ――そうジュリエッタはわかっていた。
だから相手から絶対に離れずに接近戦を仕掛けるしかない。その接近戦も、ルールームゥの異様な安定性によって効果をなしていない。
――むぅ……まるで小型のムスペルヘイム……。
幸いなのは、ルールームゥは見た目が鋼鉄のロボットであるが故か、機動力が異様に低い。
今使用している《アモン-7》によって多少は機動力も上がっているようだが、それでもライズを使わないジュリエッタでも十分翻弄できる程度のスピードしかない。
拳を振り上げても、見てから余裕でかわせる程度の速さなのだ。
小型の割には小回りが利かない――という点も含めて考えれば、名もなき島の火口で戦ったムスペルヘイムの分身が一番近い相手かもしれない。
<……ピー……ピッピッ、ピガー!>
<[コマンド:トランスフォーメーション《ウヴァル-47》]>
「むっ!?」
自身の攻撃が全て空振りに終わってしまうのに相手の攻撃は(効かずとも)当たるのに苛ついたのか、ルールームゥの目がピカピカと点滅すると新しい魔法を使用する。
すると、ルールームゥの両足――足首から先が変形、それを見たジュリエッタはすぐに悟る。
「拙い……ライズ《アクセラレ――!?」
<ピポッパー!!>
咄嗟にライズで加速しようとしたが間に合わなかった。
ギャルギャルとけたたましい音を立て土埃を上げながらルールームゥが急加速。真正面にいたジュリエッタにタックルを繰り出す。
ルールームゥの変形は足をキャタピラ――要するに戦車のように変えたものだ。
身体そのものの動きは相変わらず変わらないが、少なくとも『移動力』に関してだけはこれで問題は解消されてしまった。
<ピー!!>
「こ、の……っ!?」
体当たりされたジュリエッタは吹き飛ばされないように耐え、そのままルールームゥにしがみつく。
離れないことは理解しているのであろう、ルールームゥはそのまま走り続け……。
「ぐぁっ!?」
近くの民家へと突進、ジュリエッタを壁に叩きつける。
小型の戦車が激突したようなものだ。民家は耐えきれずに崩壊するが、ルールームゥは尚も止まらずに走り続ける。
「こいつ……!!」
ジュリエッタは自分の理解が少し間違っていたことを自覚した。
ルールームゥはおそらく距離を離して《バルバトス-8》を使おうとは思っていない。
それが有効な手段であると理解していないのか、それとも先程メタモルで《マルコキアス-35》が暴発させられたことで警戒しているのか、どちらかはわからないが遠距離攻撃ではなく近距離攻撃でジュリエッタを倒そうとしているようだ。
突進で叩きつけられたジュリエッタであったが、かといって離れて戦うという選択肢はない。
ジュリエッタの魔法は遠距離には向いていないし、何よりもルールームゥの防御力を考えれば多少の遠距離攻撃が出来たところで蚊の一刺しにもならない。
「ぜったい……離れるか……っ!」
<ピーッ!!>
離れないにしても壁に叩きつけられ続けて体力は削られてしまうが、ジュリエッタはルールームゥの右腕にしがみついて離そうとはしない。
――でも、ここからどうする……!?
離れてもしがみついていてもルールームゥを倒す手段が見当たらないのには変わりない。
それでも考えなければならない。
「ライズ……《ビリオンストレングス》!」
右腕にしがみついたままライズで腕力強化――それもほぼ最大強化となる『ビリオン』系での強化を行い、再度腕を折ろうとする。
<ピッ!?>
みし、とルールームゥの右腕がわずかに軋む。
これならいけるか? ――そうジュリエッタが思い更に力を込めたところで、更にルールームゥが魔法を使う。
<[コマンド:トランスフォーメーション《カイム-53》]>
「ふぉっ!?」
唐突な加速による加重を感じる。
――ロケットパンチ!?
ルールームゥはジュリエッタのしがみついている腕を、切り離して発射――『ロケットパンチ』でジュリエッタごと吹っ飛ばしたのだ。
「うぐっ……!?」
<ピー!!>
ロケットパンチで家屋に叩き込まれるが、それでもジュリエッタは腕を離さない。
吹っ飛ばされる直前に、切り離された腕が細いワイヤーで胴体と繋がっているのをしっかりと確認していたためだ。
「メタモル!」
腕と胴体を繋ぐ細いワイヤーへと手刀を叩き込んで切断しようとする――が、
「くっ……これも硬い!?」
ライズはかけていないにしても、ワイヤーは全く切れる様子はない。ということは……。
――こいつ、全身のあらゆる箇所が硬いってことか!
隙が全く見当たらない。
どこを殴ってもダメージを与えることができないとなると、正に『無敵』としか言いようがない。
しかし、
『ゲーム』の仕様上、魔法すら使っていない状態で『無敵』になることなどあるはずがないのだ。それこそ、ジュウベェの時のような
そしてアビサル・レギオンの一員であるということを考えれば、ルールームゥがそのようなチートを使っているとも思えない。
であれば……。
「……おまえのカラクリ、絶対に暴いてみせる……! 勝つのはジュリエッタだ……!!」
ワイヤーを振り回してジュリエッタを壁や地面に叩きつけようとするルールームゥに、ジュリエッタはそう宣言した。
ルールームゥの強さは明らかに並のユニットとは比較にならない。
かつて戦ったプラムのような『技』で上回ってくる感じではないが、攻撃防御共に最高峰のものを持っておりジュリエッタの攻撃のことごとくを防いでくる。
間違いなくアビサル・レギオンの中でもトップクラスの戦闘力の持ち主であろう。
――なんでこんなヤツが『ゲーム』で負けたんだろう……!?
アビサル・レギオンの
ということはルールームゥもかつて負けたはずなのだが、
だが現にルールームゥはピースとなっている。
――……さっきの
推測できることはあるが、確証は全くない。
ともあれ、ジュリエッタにとって唯一の希望となるのは『ルールームゥはかつて負けたことがある』という一点だ。
不死身でも無敵でもない。ならば必ずジュリエッタでも何とかする方法、あるいは隙があるということになる。
……ルールームゥは負けていないが使い魔が先にやられてしまったから、という可能性は今は考えない。
どちらにしても『無敵のユニット』など存在するはずがない、その一点を信じて賭けるしかない。
「ライズ《アクセラレーション》!」
ルールームゥがワイヤーを振り上げた瞬間を狙って加速、伸びきったワイヤーの上を走って一気に距離を詰めようとする。
<ピッ!?>
<[コマンド:トランスフォーメーション《アミー-58》]>
ルールームゥの左腕に、大型の銃のようなものが装着される。
次の瞬間、ワイヤーごとジュリエッタへと向けて《アミー-58》から炎が発射された。
――火炎放射器!?
「メタモル《
ライズでの防御ではなく、メタモルでの防御をジュリエッタはすぐさま選択する。
彼女の右腕が大きく膨れ上がり、表面には黒い溶岩の塊のような鱗――名もなき島で吸収した『溶岩竜』のものだ――が張り巡らされる。
マグマの温度にも耐える鱗が《アミー-58》の火炎放射を受け止め、ジュリエッタはそのまま走り抜けてルールームゥの顔面目掛けて右腕を叩きつける。
<ピガッ!>
「こ、のぉぉぉぉぉっ!!」
更に下半身を蛇に変えて巻き付いて動きを封じつつ、何度も右腕――溶岩竜の鱗はとても重い――を叩きつける。
<[コマンド:トランスフォーメーション《ビフロンス-46》]>
ジュリエッタを引きはがせないと判断したルールームゥが使った魔法は、今度は背中に大きなブースターを生やすものであった。
見た目通り、
「くっ……メタモル《
打撃が効果がないのであれば、属性攻撃。
そして『機械』系の敵に有効なのは『電撃』であろうと思ったジュリエッタは、ヴォルガノフの雷撃を至近距離から浴びせかける。
<ビッ、ギッ……!?>
――効いてる!?
流石に全身に巻き付かれた状態で電撃を食らうのは効いているようだ。
ルールームゥの声に『苦痛』めいたものが混じっているのが聞き取れる。
<[コマンド:トランスフォーメーション《ブエル-10》]>
「ちょっ!? そんなのアリ!?」
空中でルールームゥの身体がバラバラになった。
文字通りの『バラバラ』である――頭部、手足、胴体……パーツごとに身体が別れ、しかも各個に小型ブースターを備えて飛行している。
巻き付いていたジュリエッタから逃れてしまう。
「……チッ!?」
無理に追いかけることはせず、ジュリエッタはメタモルを解除。
バラバラになったルールームゥは地上へと逃れようとしているのでそれを追う。
地上でルールームゥは元通りの形に戻るが、《アモン-7》は解除されて普段通りのレトロロボットへと戻ってしまっていた。
――……なるほど、わかった……!
地上にてルールームゥへと追撃を仕掛けながら、ジュリエッタは幾つかのことに気付いていた。
一つ、ルールームゥはやはり『無敵』
単に異様に身体が頑丈なだけで、ダメージそのものは通っていると考えられる。
そうでなければ、今のようにジュリエッタの攻撃から『逃げる』ということはしなかったはずだ。
――多分、こいつは……
ジュリエッタはそう結論付けた。
そもそもルールームゥが霊装らしきものを取り出しているのをジュリエッタは見ていない。
ジュリエッタの『狐のお面』のように一見武器に見えないものが霊装である可能性はあるが、そういったものもルールームゥは所持しているようには見えない。
そして全身を変形させる魔法から考えると、ルールームゥの霊装とは『ルールームゥそのもの』であると考えざるを得ないのだ。
だから破壊することが出来ない――そういうことだと考えられる。
もちろん、霊装だから攻撃を完全にシャットアウトできるというわけでもない。
単に『破壊不能』である、つまり見た目上のダメージが反映されていないだけで、ルールームゥへのダメージはしっかりと蓄積されているということである。
「メタモル、ライズ《ビリオンストレングス》!」
ならば、一見効いてないように見えてもいずれ削り切れるはず。
……その前にジュリエッタ自身の体力が尽きないように攻撃を回避しなければならないし、『防御力』の数値がやはり見た目通り高い可能性は十分にある。
それでも『無敵』ではないということが確信できたのは、ジュリエッタにとって大きな意味があった。
それともう一つわかったことは、ルールームゥの魔法の『特性』だ。
今までに使った魔法が全てではないのはわかっているが、おおよその特性は見えてきた。
その特性として、『変形のパターン』がある。
《アモン-7》《バルバトス-8》のような『全身を変形させる』パターン。これは同種の魔法との併用が出来ないが、他の魔法との併用は可能のようだ。
《マルコキアス-35》のような『身体の一部を武器に変える』パターン。
《ウヴァル-47》《アロケス-52》のような『身体の一部に別の性質を持たせる』パターン。
そして、最後にたった今使った《アミー-58》のような『武装を別に作り出す』パターン。
おそらくこの4パターンである。
――……ジュリエッタの魔法に似ている……。
メタモル、ライズを同時に使っているようなものだ。確かに非常に似ていると言えるだろう。
それゆえに、ジュリエッタはどう攻めるべきかを瞬時に考え出す。
異様な硬さによる『無敵』の演出と、変幻自在の武装で色々と惑わされていたが、その正体を突き詰めれば要するに『ジュリエッタと同様の魔法』を持つタイプのピースなのだと言える。
自分と似たタイプであれば、逆に『弱点』となる箇所も想像がつく。
予想が確実に当たっているとは限らないが、これ以上時間をかけて検証することもできない。
ジュリエッタはここで『賭け』にでる。
<ピッ!>
元の姿に戻ったルールームゥへと、ジュリエッタが巨大化させた拳を振るう。
全身変形魔法を使う隙を与えずに攻める――そういう考えなのだろうと、ルールームゥも判断しただろう。
<[コマンド:トランスフォーメーション《レライエ-14》]>
全身変形魔法はジュリエッタで言えばメタモルの二語魔法に相当するものだ。確かに強力であり、一括で様々な変化・強化を行うため便利ではあるが、だからと言ってそれに頼り切りになるようなものではない。
ジュリエッタが先程考えたトランスフォーメーションのパターン――それは4つだけではない。
ルールームゥの魔法が発動すると共に、両腕が変形――人型の腕ではなく腕そのものが銃身と化す。
同時に両肩からも二本の砲身が現れ、背中からはミサイルポッドが出現する。
トランスフォーメーション第5のパターン、それは『大規模破壊兵器』化である。
<[システム:殲滅セヨ]>
「!?」
両腕からはレーザー、両肩からは榴弾、そして背中から無数の
《レライエ-14》――各種射撃兵器による、至近距離からの飽和砲撃にジュリエッタは晒されてしまう。
「舐めるな、メタモル!」
トランスフォーメーションの発声と同時に、ジュリエッタもまた瞬時に反応。
いかなる攻撃にも対応できるように次に使う魔法を周到に準備していた。
ルールームゥの射撃開始と同時に、ジュリエッタはメタモルで全身をスライム化。地表へと張り付くようにして射撃を回避する。
<[コマンド:トランスフォーメーション《フィニキス-37》]>
「ライズ《アクセラレーション》!」
スライムを焼き尽くそうと左腕の砲身を火炎放射器へと変形、周囲一帯を焼き払おうとするが、それよりも早くアクセラレーションで加速――ルールームゥの背後へと回り込む。
<[コマンド:トランスフォーメーション《アンドレアルフス-65》]>
「ライズ《ビリオンストレングス》!」
振り返らず、そのままルールームゥが背中に新しい武装を作り出す。
クジャクの羽のようなパーツには、特徴的な『目玉』の模様の代わりに『レンズ』がはめ込まれている。
そのレンズから背後のジュリエッタへと向けて熱線が放射されるが、咄嗟の射撃のため照準が甘く小柄なジュリエッタには掠るだけで当たらない。
回り込んだジュリエッタは再度
<ビッ……!>
「もう一発!」
一撃でミサイルポッドと《アンドレアルフス-65》が砕け散る。
更なる追撃を加えようとするジュリエッタであったが、
<[コマンド:トランスフォーメーション《ブエル-10》]>
反撃よりも回避を優先したルールームゥが再度全身をバラバラに分離、ジュリエッタの攻撃を回避。
それと同時に、分離した体のパーツから射撃を行う。
「しまっ――!?」
異なる全身変形系は重ね掛けは無理なのはわかっていたが、他の変形との重ね掛けは出来る。
「――!!」
ジュリエッタが何か魔法を使おうとしたが――その声は爆音にかき消された……。
<……ピー? ピピッ>
<[システム:目標
<ピピ……>
分離した身体を再び合体させたルールームゥであったが、他の魔法は解除せずに油断なく周囲を見回す。
――あれで倒したとは思えない。
言葉には出さないが、未だに警戒は解いていない。
その証拠に、ルールームゥの両目は戦闘態勢を取っている時と同じく赤い光を放ったままだ。
倒したのであればよいが、咄嗟の攻撃だったために爆音と激しい閃光でジュリエッタを見失ってしまったため、本当に倒したかどうかを自分の目で確認できていない。
ルールームゥにも『レーダー』の役目を果たす魔法はあるが、それは今は使っていないために自分の目で確認するしか方法がないのだ。
<ピピッピ……ピポパッポ、ピピピルピ……>
レーダーを使うかどうか迷うが、まだ使わない。
なぜならば、
それでも生死の確認はしておくべきか、それを迷ったがためにレーダーを使っていないのだ。
『……聞こえるか、ルールームゥ』
<ピッ!?>
と、その時突如ルールームゥにジュリエッタの声がどこからか届く。
周囲をばっと見渡しても姿は見えない。
『これからおまえを倒す。覚悟しろ』
<ピ……ピピピ……ピガー!!>
幻聴ではない、確かにどこかからジュリエッタの声は聞こえているのだ。
ジュリエッタの言葉を挑発と受け取ったルールームゥが武装を構え、周囲一帯を薙ぎ払おうとする。
どこかに隠れているのはわかっている――ならば、隠れているジュリエッタごと吹き飛ばしてしまえば済む話だ。
そう判断したルールームゥが一斉射撃を行おうとした瞬間、
<ピギー!?>
レーザー砲となっていた右腕が爆発した。
どこかから攻撃をしてきた形跡はない。
予想すらしていなかった攻撃でルールームゥはパニックに陥る。
しかも、壊れるはずのない自分の身体が壊されたのだ。防御力に自身のあるルールームゥであれば猶更だった。
「メタモル《
<ピピィッ!?>
<[システム:警告警告警告……]>
ジュリエッタの声は、
砲撃を自力である程度躱し爆煙に紛れたジュリエッタは、分離したルールームゥの右腕へと接近、ディスガイズで腕そのものを覆うように擬態して身を隠したのだ。
メタモルで地面に潜って回避、あるいはディスガイズでその辺りの瓦礫に化けるという手もあったが、ルールームゥが無差別砲撃を仕掛けてきたら意味がない。
そう咄嗟に判断したジュリエッタは、あえて相手に近づいて相手の身体そのものに化けて隠れるという際どい『賭け』を行ったのだった。
そして、射撃と同時にメタモルで爆薬を作り出し、身体の内部からルールームゥの右腕を破壊したのである。
――……一撃で決める……!
ディスガイズを解除したジュリエッタが使うのは、神獣ムスペルヘイムから吸収した炎――だけではなく、竜巻触手、ヴォルガノフの雷撃全てを一極集中させた最大の魔法――
「
ジュリエッタの右腕にあらゆるメタモルの力を凝縮、輝く甲殻を纏った魔獣の爪が出現する。
《光神剣態・天魔ノ爪牙》――今のジュリエッタに出来る、最大のメタモルによる強化魔法である。
<ピッ……ピガー!!>
<[コマンド:トランスフォーメーション《キメリエス-66》]>
――
ルールームゥは回避でも迎撃でもなく『防御』を選択した。
彼女が両手で掲げるようにして『鉄の板』にしか見えない盾を構え、真向からジュリエッタの一撃を受け止める。
「く、そ……っ!?」
ただでさえ防御力の高いルールームゥが作る『防御用の武装』だ。その硬度はボタンの防御魔法にも匹敵するであろう。
ジュリエッタは自分の読みがまだ甘かったことを認める。素の防御力が高いルールームゥが、更に防御用の魔法を使ってくるとは想定していなかったのだ。
<ピィィィィッ!! ピッ、ゴッ!!>
「ぐあっ!!」
全てのメタモルの力を込めた一撃、とは言えそれは見た目には何の変哲もないただのパンチに過ぎない。
受け止められ、更にそれをルールームゥのパワーと重量で無理矢理押し返され吹き飛ばされてしまう。
――……ダメだ……ジュリエッタの魔法じゃ届かない……!?
同質の魔法でそのことごとくを上回れてしまっては太刀打ちできない。
吹き飛ばされながらも、ジュリエッタはそれでもまだあきらめずに何か出来ることはないかを必死に考える。
《光神剣態・天魔ノ爪牙》以上の硬度と鋭さを持ったメタモルは、現時点のジュリエッタには作ることは出来ない。これで倒せなければ、おそらくは《
何よりもルールームゥが初めて『防御』の魔法を使ったのだ。まともに食らえば危ない、という判断をしたのは疑いようはない。
問題は、その『防御』を貫くことが出来ないということなのだ。
<[コマンド:トランスフォーメーション《ガープ-33》]>
左腕を『ドリル』へと変形させ、残った銃火器を乱射しながら最後のとどめを刺すべくジュリエッタへと向かってくるルールームゥ。
もはやジュリエッタになすすべはなく――
――『なぁ、ちょっと教えてくんねーか?』
走馬灯――というわけではないが、ジュリエッタの脳裏に以前の出来事が浮かび上がってくる。
それはアビサル・レギオンがいつ攻めて来るかわからず、『エル・アストラエア』で各自が準備を整えたり思い思いに過ごしていた時のことだった。
――『……今度はバン君か……』
――『? ああ、ありんこが先に来たのか』
なぜか疲れたような顔をして千夏を迎え入れたのは楓だった。
大体何をありすから質問されたのかは、先に質問された千夏の方がわかっているのだろう。けれど、それについては触れたら長くなりそうなので敢えて触れずにスルーする。
――『バン君、どうしたの?』
――『ああ、ちょっとわからないことがあるからお前かハナ子に聞こうと思ってな』
――『……ふぅん? まぁ私でわかることならいいけど』
――『すまねぇな。でさ、聞きたいんだけど――』
――……そうだった。ジュリエッタ、前に聞いてたんだった……。
千夏が楓に質問したのには理由がある。
ありすが楓に聞いた時に『知識の有無で魔法の効率が変わる』可能性について考えられたが、同じことを千夏も考えていた。
ただし、千夏の場合は『効率』ではなく『実現』のために必要な知識が不足していたからだ。
現実に戻って調べればわかることではあるが、その余裕はないし、仮に戻ったとしてもその間に『エル・アストラエア』が襲撃されたら何の意味もない。
だから、大概のことは知っているであろう楓か椛に聞いたのだった。
――『……あー……なるほど。バン君もある意味あーちゃんと同じ系統の質問なのね……』
一瞬遠い目をして呟く楓であったが、千夏の質問に答えるのはありすの質問に答えるよりも遥かに簡単な話であったため、すぐにいつも通りのポーカーフェイスに戻る。
――『大丈夫、その質問ならすぐに答えられるから。えっとね、バン君の質問の答えは――』
「ライズ……ッ!!」
意識が一瞬途切れていたのかもしれない。
しかし、覚醒したジュリエッタは今の回想で思い出したことを躊躇わずに実行する。
ジュリエッタのライズ――その中でも多用する《ストレングス》系統は、
なぜそんな名前の魔法にしたのか、と問われてもジュリエッタは『何となく』としか答えられないのだが……振り返ってみれば『運命』的なものが意味を持たせるためにそうしていたのかもしれない。
――『ビリオンより
それが、千夏が楓に投げかけた質問だった。
数を修飾子として魔法の名前に付けてしまった以上、
故に、単純な外国語の単語レベルの知識問題として楓に尋ねたのだ。
そして楓はその答えを千夏に告げる。
……しかし、その答えを元に新たに作った魔法は『失敗作』であった。
正確には、使ってしまったら最後、ジュリエッタ自身の肉体が耐えきれずに崩壊してしまうという――
――でも、使うのは
それでも、ジュリエッタは躊躇わない。
ルールームゥをここで生かしてしまえば、『エル・アストラエア』防衛戦は一気に崩壊しかねない。
それだけ、ルールームゥが脅威であるとジュリエッタは認識している。
だからこそ、自分の肉体が保たないであろうことを覚悟の上で、ジュリエッタは己の超越魔法を使う。
「――《
『ゲーム』のシステムの上限をも超越した、正真正銘のジュリエッタの最大強化魔法――それこそが《ジリオンストレングス》……『無限数強化』である。
《光神剣態・天魔ノ爪牙》を前に突き出し、迫りくるドリルを掴む。
<ピィッ!?>
「が……あぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドリルを右腕で捉えるものの、高速回転するドリルが《光神剣態・天魔ノ爪牙》を削ろうと火花を散らす。
如何に各種メタモルを詰め込んだとはいえ、硬度という点ではルールームゥの霊装並の硬さには及ばない。
故に、ジュリエッタがいかなる強化を行ったとしても、ドリルに触れた時点で削り切られて終わる――それが本来の結末であった。
<ピピィッ!?>
なのに、結末が変わった。
「一撃必殺……」
ジュリエッタは、究極まで強化した握力で、無理矢理ドリルの回転を止めていたのだ。
ありえない光景にルールームゥの目が戸惑うように激しく点滅するも――そこで次の手を打てなかった時点で勝敗は決した。
「――ぶっ飛ばすッッッッッ!!」
全てを込めた《光神剣態・天魔ノ爪牙》、それに加えてステータス上限を超える強化を施した掌底がルールームゥの胴体を穿つ!
<…………ッ!?>
ルールームゥは自分の身に何が起きたかすぐに理解できなかっただろう。
ドリルを止められたと思ったら、自分の身体――超重量・高防御の鋼鉄の肉体――が紙切れのように宙を舞い、『エル・アストラエア』を取り囲む城壁へと叩きつけられたのだから。
<ピ……ビ、ガッ……>
<[システム:損傷甚大。戦闘不、能……]>
<ビガァァァァァァァッ!!>
霊装と同程度の強度を誇るはずのルールームゥのボディに亀裂が入り、そして――断末魔の悲鳴を上げてルールームゥは爆散、消滅していった……。
「……勝った……うぐっ!?」
逃げられた形跡はない。
密かに使っていた
《ジリオンストレングス》の負荷はすさまじく、最大強化したはずの右腕はボロボロになってしまっていた。
「メタモル……」
使い物にならなくなった右腕を切り離し、新しい腕を作り出すものの……失った『肉』は取り戻せず、また《ジリオンストレングス》の後遺症なのか右腕には違和感が残っている。
おまけにしばらくの間ライズを使うことが出来なくなっている――ピースはともかく妖蟲相手であればメタモルだけである程度は対処可能ではあるが。
――……これなら、エクレールにも通じる……けど……。
頑丈さという観点ならば、おそらくルールームゥはアビサル・レギオンの中でも最強だったはずだ。魔法であればボタンのプロテクションだろう。
そのどちらも《ジリオンストレングス》のパワーとメタモルを合わせれば突破できることは証明できた。エクレールにも当たりさえすればダメージを与えられることは間違いない。
……その当たりさえすれば、というのが最大の問題であるし、何よりもエクレールの傍にはおそらく『彼女』もいるということなのだが……今そのことを考えている余裕はないだろう。
「ジュリエッタ、終わりまシタか」
「む、オルゴール……」
丁度その時、離れた場所でボタンと戦っていたオルゴールが戻って来てジュリエッタと合流する。
彼女がいなければ、おそらくジュリエッタはルールームゥを倒すことは出来なかったであろう。
「……感謝する。おかげで何とか勝てた」
「ソウですカ。お役に立てて何よりデス」
色々と疑わしいところはあるが、少なくとも『敵』ではないと流石に今は思っている。
ならば戦力としては思った以上に頼りにできそうだし、手伝ってもらえるのであればそれに越したことはないだろうとジュリエッタは考え直した。
「それで、ワタクシたちはドウしましょうカ?」
「む……」
ルールームゥとボタンを倒したとしても、戦況は全く変わっていない。
むしろアビサル・レギオンとの戦闘にかまけてしまい妖蟲退治が滞ってしまっている分、『エル・アストラエア』の危機はますます深まったと言えるだろう。
遠隔通話で他の状況をある程度把握しているジュリエッタは迷うものの……。
「……ジュリエッタたちは――このまま妖蟲退治、する」
そう結論を出した。
他の戦いに参戦して手助けする、あるいは神殿へと戻りラビたちを助けたいという気持ちはあったが、それ以上に当初の目的である『エル・アストラエア』防衛を優先すべきと判断したためだ。
何が一番『正しい』判断なのか、自分の判断が『正しい』のかは自信がないが……少なくともラビから強制移動で戻されたりしていないこと、そして他の仲間たちを『信頼』するが故に、妖蟲退治を行うことを決める。
「承知しまシタ。デハ参りまショウ」
「うん、引き続きよろしく」
「ハイ」
迷いを振り捨て、オルゴールと共にジュリエッタは再び妖蟲の駆除を行うために街中を駆けまわってゆく……。
――……これで、向かって来てるっていうルールームゥの戦艦も止まればいいんだけど……。
それと同時にルールームゥが現れた謎は未だに解かれていない。
こちらで倒したことにより《アガレス-2》も止まってくれれば、大分安心はできるのだが……。
――とにかく、まずは妖蟲を倒さないと……。
止まれば良し、止まらないにしても到着までまだ時間の猶予はある。
その間に『エル・アストラエア』が妖蟲に滅ぼされたのでは意味がない。
考えるのを後回しにして、ジュリエッタは妖蟲の駆除に集中する――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
<[システム:《ムルムル-54》の撃破を確認]>
<[システム:メインシステム再起動開始...再起動完了]>
<……ピー……ピッピッピ―>
『エル・アストラエア』へと向けて進軍中の巨大な鉄蜘蛛――《アガレス-2》内部、その
<ピポッ、ピー……ピピピッポッピッパー……>
《ムルムル-54》――ルールームゥと全く同じ姿・能力を持つ『コピー』を作り出す特殊なトランスフォーメーションである。
ジュリエッタが倒したのは、本体から分離された《ムルムル-54》の方だったのだろう。
オルゴールの使った『糸人形』と似たようなものなのかもしれない。
両目がピカピカと激しく明滅し、やがて――
<[システム:チェック完了...システム正常起動を確認]>
<ピプー>
コントロールルーム内にガラクタのように横たわっていたルールームゥが起き上がる。
『糸人形』との違いは、おそらく《ムルムル-54》と同時に本体が動くことが出来ない、ということなのだろう。
起き上がったルールームゥは自分の身体に異常がないかを確認するように見回し、満足そうにうなずく。
……ジュリエッタが知れば『あれだけ苦労して倒したのに……』と嘆きそうな事実だが、ここはルールームゥの方が上手だったという評価が正しいだろう。
もちろん、無限に《ムルムル-54》を作れるのであれば実質『不死身』となってしまうが、そうではない可能性はある。
<ピピ……ピピピッ、プピペッパ、ポプポープ……ピピパッピポピパ……>
他の者が聞いても理解できない言語でルールームゥはひたすら呟いている。
どうやら何かを考え込んでいるようだが……言葉はもちろん、表情からもその内容は窺うことは出来ない。
<[システム:前進要請。《アガレス-2》を
<ピピッ……ピー……ピポッ>
今までゆっくりとした動きでしかなかった《アガレス-2》が突如スピードを上げる。
既に『エル・アストラエア』から派遣されていた斥候は振り切られていたが、もし《アガレス-2》の近くにいたとしたら――《アガレス-2》の足踏みで周囲の地面は激しく揺れ、地面に亀裂が走っているのだ、巻き込まれてしまっていたかもしれない。
『動く災害』と化したルールームゥは、今までとは異なるスピードで『エル・アストラエア』へと急接近してゆく……。
それを監視していた斥候は既に距離を離され、また■■によって別に監視していたはずのピッピはこの時――
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